
| 1930年代 このようにドイツでは同性愛研究が進歩しつつあったが、ナチスの台頭により1930年代に入ると状況が一変する。ヒットラーの統治下で同性愛者たちは、徹底的に弾圧される。刑法175条によって、他の男性の体に「みだらな目的」で触れた場合、裸の男性の体が触れ合った場合などすべて可罰対象化とし、また特に、職場の上下関係などを利用した場合、21歳以下の少年との性行為・同性愛売春は、重懲役として10年以下3ヶ月以上の懲役とした。ただし女性同性愛は可罰の対象から除外された[小野寺]。 さらに組織強化のために、ドイツの刑事警察局内に「同性愛・堕胎撲滅のための全国センター」を設置し、ゲシュタポ内に同性愛担当部局として特別課を設置した。全国センターは、全国の疑わしい同性愛者を監視・登録を行う機関であるが、その監視は、道路、駅、公園、公衆便所、職業安定所、飲食店、ホテルなどの至るところに及んだ。さらに情報提供者による密告を奨励し、この情報をもとに目録を作成し、この目録をもとにゲシュタポが逮捕し強制収容所へ拉致を行ったのである。また登録の際、ピンクの三角マークを用いて識別していた。このことから、現代では迫害に負けないゲイのシンボルマークとして、ピンクのトライアングルが使用されている。 |