1960年代

 1950年代から1960年代にかけて、米国では「ホモセクシュアル」という「ヘテロセクシュアル」に対立的な言葉を用いるのではなく、「ホモファイル」(同性愛好)という言葉使うようになり、主流社会に対しての同化的な運動が高まった。この運動の方向性は、同性愛と異性愛の平等を重んじ、両者の共通点を強調する戦略が取られた。しかし同性愛者たちに対する差別は変わらず、それを避けるため1960年代に、保守的キリスト教徒の支配力の強い東部や南部を避け、より自由な西海岸へ移動していった[井田1994年]。
 1965年、ニューヨークで「ソドミー法」と呼ばれる同性愛行為に対する刑事犯罪法が制定された。その中には「異常な性交は軽犯罪である」「異常な性交とは結婚していない者同士がペニスとアヌス、口とペニス、あるいは口と外陰部とを接触させる性行為を意味する」という条文がある。こうしたソドミー法は1968年の時点ではアメリカ全州に存在し、1997年の時点でこのような条文が有効なのは25州にも及んでいる。「ソドミー法」は同性愛自体を禁じているわけではなく、違法なのはその行為のみであるとしている。にもかかわらず、同性愛者自体を生来の犯罪者としてみなす風潮を生み、「ソドミー法」が差別と偏見の前提になったのは事実である[北丸1997年]。
 1969年、現代同性愛史の中でもっとも重要な事件が起きた。「ストーンウォール事件」である。ニューヨーク、グリニッジ・ヴィレッジのゲイバー「ストーンウォール・イン」に対する度重なる警察の嫌がらせと酒類販売法違反名目でレズビアンを摘発し、その連行をきっかけに女装したゲイ男性とレズビアンが警官隊に罵声をあびせながら、ハイヒールや酒瓶を投げつけ始めた。その後、表立ってはゲイとは分からなかった客たちも加わり、三晩にわたって拡大していった。この事件はゲイ・メディア7では「ゲイ革命」とも呼ばれ、この事件をきっかけに同性愛者たちの動きはアメリカ国内にとどまらず、世界に広がり同性愛者たちの運動は急速に展開を始めていった。