1980年代

 1981年6月、アメリカのロサンゼルスで5例の成人男子に日和見感染の一種であるカリニ原虫による肺炎が発生したことが報告され、7月にはニューヨーク、カリフォルニアで26例のカポジ肉腫が日和見感染を伴って発生していたことが報告された。調査の結果、1976年から81年7月のあいだに108例のこのような症例の通報があった。このうち男性同性愛者が96例もあった。当初医学研究者たちは特定のウイルスの中にエイズの原因を探すよりもゲイの行為の特殊な側面にこの病気の原因を見出そうとしていた。1982年になってアメリカ防疫センターの調査により、その原因が免疫状態の低下によるものと判断され、"AIDS [acquired immune deficiency syndrome](後天性免疫不全症候群)"と定義したのである[西岡1998年]。このエイズの出現により、ホモフォビアが再燃した。1982年8月9日付けの『フィラデルフィア・デイリーニューズ』紙では、「ゲイのペスト、医師を困惑させる」という見出しで報じ、1982年10月の『サタディ・イブニング・ポスト』紙は、「ゲイになると健康上害がある」と報じた。このように、エイズは当初「ゲイのペスト」として報道されたのである。この時点で少なくとも三分の一は同性愛者ではないということが判明していたのにもかかわらず、その事実は無視されていたのである[ギデンズ1994年]。現在でもたしかに欧米諸国ではHIV感染者・エイズ患者の数は、同性愛者のほうが異性愛者の数を上まわっているが、世界的規模でみると、異性愛者のほうが同性愛者の数をはるかに上まっている(WHO、1997年末の統計)。
 このころになり同性愛者の社会的地位および法律上の地位の向上を求める運動がはじまった。異性愛者間の関係は、婚姻という制度で法的・社会的に保護されている。また異性カップルの場合、婚姻以外でも、事実婚の主張や婚約違反訴訟などで法的な救済が施される。しかしながら、同性愛者のパートナーの相互の関係を保障するものは何もなかった。そこで1982年、サンフランシスコ市がドメスティックパートナーシップ制度取り組み始めた。ドメスティックパートナーシップ制度とは、自治体、大学あるいは民間企業において同性愛のカップルや婚姻関係にない異性愛カップルに正式の登録を条件に婚姻や家族に認められている「健康保険証給付」「忌中休暇」「パートナーおよびその家族の看病に対する看護休暇」「市の病院および刑務所での面会」のような一部の権利を付与する制度である。だがこれはそれぞれの機関によって独自に制定しているので、対象項目はまちまちである。しかし、この制度はもともとゲイやレズビアンを対象にしたものだが、実際には同性愛・異性愛を問わず婚姻外のカップルのために設けられているため、同性愛者がどの程度この制度の恩恵をうけているかは、その同性愛人口によって大きく左右される。たとえば、ニューヨーク市では登録数の約90%が同姓カップルであるがシアトル市では約75%が異性カップルである。同性愛者がこの制度を利用しない理由は、まず社会のホモフォビアが根強く、これに登録することは同性愛者であることを公言することになる。また一個人として独立しているカップルの場合は、免税メリットが薄く、適用される保障や権利は既に個人として与えられているものと大差がないためである。いち早くこの制度を実現したのは、バークレー市であり、サンフランシスコ市が実現したのは、1992年のことである[杉浦1997年]。