古代ギリシアにおける同性愛

 欧米の歴史を知る上で、重要なのは古代ギリシアである。まずはそこから検討していきたいと思う。
 古代ギリシアでは同性愛は嫌悪の対象ではなかった。逆にむしろソフィストたちの間で、真剣に討議されるテーマだった。特にソクラテスは『饗宴』[プラトン1952年]のなかで、男性同性愛の倫理を統制するために、哲学的根拠を与え、その基礎固めを行った[ハルプマン1995年]。  
 当時のセクシャリティは三つに分類されていた。一つは男性に惹かれる男性。もう一つは女性に惹かれる女性。そして三つ目は、女性に惹かれる男性と男性に惹かれる女性(つまり異性愛)である。この中で男性同性愛は一つ目のカテゴリーに属し、さらに二つのサブカテゴリーに分かれていた。一方は成人男性が少年を愛すること(ペデラスト)で、他方は、少年が成人男性を愛する(フィレラスト)である。しかし、現在でいう男性同姓愛とは違い、若いころはその傾向がある少年であり、年がいっては少年を愛するものとして定義していた。つまり同年齢間の同性愛ではなく、互いに違う年代によって営まれるものであった[ハルプマン1995年]。またこれは、ソクラテスにより、制度として確立していた。
 しかし、上記の三つのカテゴリーとは別に、性的倒錯もしくは病気として、〈モルリス〉と〈トゥリバウス〉というものがあった。まず〈モルリス〉から説明すると、性行為において積極的にほかの男性に従属的な(つまり女性的な)役割を演じることを望む男性のことである。これは女性とセックスするときは「男性的」であるが、それだけではあき足らず、因習的な男性との行為においては、逆説的な衝動を押さえられなくなり、女装まで行う。これに対して〈トゥリバウス〉は「男性よりも女性とセックスしたい」という願望が強く、結局は男性・女性のどちらともセックスする。〈トゥリバウス〉の性愛の対象はあくまでも女性であるが、その代替物として男性とも性行為を営む。つまり〈モルリス〉と〈トゥリバウス〉は、同性愛というよりも、むしろバイセクシャルであった[ハルプマン1995年]。
 上記の例を見てきた通り、古代ギリシアにおける同性愛は、現在のセクシャリティやジェンダーよる同性愛のとらえ方とはかなり相違がある。古代でのとらえ方は、ヘテロ・セクシュアルな二元論的思考で言えば、同性愛といえるが、現代用いられている狭義の意味でのホモ・セクシュアルとは違うものであった[上野1997年]。これは制度化され、相互の身分もしくは年齢が離れたもので、同性愛というよりも「少年愛」である。