中世・近世ヨーロッパにおける同性愛

 聖書の中でも「べからず集」としての手引き書として知られている、〈レビ記〉の中には、隣人の妻との姦通・同性愛・動物との獣姦の禁止の、三つのタブー的戒律があった[山内1996年]。この戒律を犯すと、その悪徳を行なった者は死刑になるというものだったが、なぜかカソリック教会は、九世紀から十二世紀にかけては、比較的寛容であった。男性同性愛は修道の間でも街においても多くいた。中には、男色の聖人すらいた。その理由ははっきりしていないが、僧院で独身を強要されていたためであるとか、ファロス(男根)中心主義の出現があったとかいわれている。しかし決定的な説明は、未だになされていない。
 ところが1179年に、同性愛者にとって大きな事件が起こる。ラテラノ会議である。教会は突然方針を転換し、ソドミストを異教徒と断じたのである。これは、「レビ記」の規定を復活させて、同性愛を反自然的な行為であるとし、根絶やしを計った。しかし一般への浸透はずっと後になる。例えば、イギリスで同性愛者に対して、死刑にする法律ができたのが十六世紀前半のことである。これはピゥーリタニズムの台頭も一つの要因だったが、ラテラノ会議の決定は、現在でものキリスト教の戒律として残っている [山内1996年]。