96.『ギブ・アンド・テイク』と『権利と責任』  

2003.10.5
   


 『我々の生活を支配するギヴ・アンド・テイクの原則は、期待の原則である。』

 この言葉は『人生論ノート』(三木清)のなかにある『利己主義について』の一節である。

 我々は『ギヴ・アンド・テイク』というと、『権利と責任』、あるいは『権利と義務』を思い浮かべる。
しかし権利、責任、義務という言葉自体は、明治以降に作り出された翻訳語である。
江戸時代の人間はそんな言葉を日常使っていたわけではなかったし、日常生活のなかでそのような意識を持ってもいなかった。

 しかし日本でもギヴ・アンド・テイクの考え方はあったはずである。
『我々の生活を支配するギヴ・アンド・テイクの原則は、期待の原則である。』
という三木清の言葉は洋の東西を問わず、あてはまると思うからである。

 それならば、日本人はそのことをどういう言葉で表現してきたかというと、それは歴史的には『御恩と奉公』の考え方ではなかったかと思う。

 今でも『借りたものは返さねばならぬ』あるいは『受けた恩は返さねばならぬ』というのは当たり前のことである。
これは『ギヴ・アンド・テイク』の考え方だが、その際注意せねばならないことは、『借りたもの』があるということ、『受けた恩』があるということが前提になっているということである。

 それは逆にいうと、『貸す人がいる』ということであり、『恩を与える人がいる』ということが前提になっているということである。
こういう社会は、『人に貸す人がいる』ことを当たり前としている社会であり、『人に恩をほどこす』ことを当たり前としている社会であるということである。

 決して『困っている人がいたら助けましょう』というレベルのことを社会的な目標とする社会ではなく、そして『恩を売りましょう』と奨励することをその社会的な目標とする社会ではない。
『困っている人がいたら助ける』ことは当たり前のことであり、逆に困った人を助けたことによって、『恩を売ったから忘れるなよ』と言葉で言い表すことは卑しいことだとされた。
当たり前のことに対して報酬を要求するのはおかしいからである。

 『御恩と奉公』の考え方からすれば、まず先にあるのは『御恩』であり、それに対して後から『奉公』が発生する。
まず『人に恩をほどこす』という行為が前提とされてはじめて、『その恩を返す』という行為が成り立つ。

 このことは次のような広がりをもつ。
『御恩』は家来が将軍に要求してなされることではなく、将軍自らが家来に対して行う行為である。また『奉公』は将軍が家来に要求してなされることではなく、家来自らが将軍に対して行う行為である。
(後にはシステム化されるがここでは原初形態、つまり発想の根源を問題としている。)

 つまり『御恩』と『奉公』に共通することは、その行為の主体にとってはどちらも、『自分が受け取る行為』ではなく、『人に与える行為』であるということである。
つまり『人に与える行為』が優先され、それを起点として社会的な人間関係が構成されている。

 何をいいたいのかというと、このことは『権利と責任』の関係と似ているようでありながら、非常に違ったコントラストを示している。
『権利』とは自分の権利であり、自分が『他人に要求する』ことである。
『人に与える』ことではなく、『自分がもらう』ことである。
『責任』も同じであり、『責任が問われる』というように、『人から要求される』という要素が強い。
『義務』となるともっとその強制的要素は強くなる。

 つまり行為の主体から見ると、『人に与える行為』ではなく、『人に要求する行為』なのである。
言い換えれば『権利』は『私には権利があるからあなたはそれを行う必要がある』ということであり、『責任』は『あなたは果たすべきことを果たしていないからそれを果たす必要がある』ということなのである。

 このように考えていくと『権利』も『責任』も『人に要求する』というベクトルを放っていることが分かる。
『御恩と奉公』が『自ら与える』というベクトルを持っていることと強いコントラストを示している。

 しかしその逆向きのベクトルにもかかわらず、それが同じことのように扱われている。

 実は私も以前、日本史の授業の中で、鎌倉幕府の『御恩と奉公』の関係を説明するとき、『御恩と奉公の関係は、権利と責任の関係と同じようなものだ』と説明したことがある。
しかし説明してみて、
『いや何か違う』
と思った。
そこでこの違いが何なのかと胸の中がずっとくすぶっていたのだが、そのことが実はこの文を書くきっかけである。

 そんな言葉の解釈などどうでも良いではないかといわれるかも知れない。
しかし日本人の人間関係を考えるとき、『権利と責任』だけではどうにも割り切れないものを感じる。
特に今の学校現場のような『権利と責任』の崩れた生徒たちの社会に身を置いていると、一段とその思いは強くなる。
『権利と責任』をいくら説いても、生徒に言葉が届かないのである。

そういう思いで苦しんでいる教師は決して私だけではあるまい。

 最近は特に、生徒の『自己決定権』や『自己責任』がやかましく言われ出しているが、そのことは日頃私が感じている『権利と責任』に対する違和感をますます増長させるのに十分である。
 『これではますます生徒は崩れるのではないか』、そんな思いが強くなる。

 ヨーロッパではキリスト教の思想的背景があり神から与えられた『天賦人権説』の考え方があるから、『権利と責任』の考え方は単なる利己主義に陥らず、宗教的・倫理的価値のあるものとして維持されることも可能である。
しかし、キリスト教的思想背景のない日本でそのことがどのように解釈されるのかというと、限りなく利己主義に近づいていく可能性がある。
『権利と責任』の本場ヨーロッパでさえ近代啓蒙主義以降はその考え方は、その一方の『権利』意識を肥大させていくばかりで、そのバランスを著しく損なっている。
アメリカ社会が訴訟社会になっていることは、そのことを良く表している。

 キリスト教は『愛の宗教』だといわれる。キリスト教そのものが利己的な宗教だというつもりはない。
ではなぜ『権利と責任』という考え方が、日本でより多く利己的な要素を含むようになるのか。
それは日本の宗教性が大きくからんでいるのではないか。

日本の宗教の中で大きな要素をしめるのは仏教だが、その仏教の教義そのものというよりもその広がり方、その浸透の仕方が、キリスト教の浸透の仕方と大きく違うと思う。

 キリスト教はローマ帝国の中で迫害された歴史を持つ。
しかしその迫害にもかかわらず、下層の人たちから徐々に広がりはじめ、やがて皇帝までキリスト教徒になることによって国に公認された国教となる。
つまりそのベクトルは下から上へと、自らの権利を主張することによって、広がって行く。

 それに対して仏教は、日本の中では迫害された歴史を持たない。
迫害どころかもともと国家仏教として上流貴族の間で信仰されたのである。
奈良時代には民間布教は禁止されていたが、日本の仏教者たちはその教えを広めることに熱心で、逆に自分たち特権階級だけが仏教の加護のもとにあることに強い疑念を持ち続けた

 本来、自己の救済を目的とし他者の救済は二次的なものであったはずの仏教本来の教えより、『困った人がいたら助ける』という日本文化特有のベクトルのほうが優先されていく。
そして鎌倉新仏教の成立を大きな契機として急速に庶民の間に広がっていく。
つまりそのベクトルはキリスト教のような下から上へのベクトルではなく、上から下への教え(または保護)のベクトルになっている。
そこに大きな違いがあるのだと思う。

 布教というのは一種の教育である。寺子屋というのは寺に子供を預けて教育を受けさせたから寺子屋である。
それは必ずしも子供を坊さんにするためだけではなかった。武士の子弟の教育という意味合いが当初からあったのである。

 日本人にとって庶民をいかに救済するかということは、日本文化の根幹に関わる実に大きな宗教的テーマであり、それは政治的テーマでさえあった。
この宗教的テーマがなければ『御恩と奉公』の関係も成立しなかったのではないかと私は思う。

庶民を救済することと、人に恩をほどこすことは同じベクトルである。どちらも人に与える行為であり、上から下へのベクトルである。
(人に与える行為がなぜ日本で可能であり、しかも上から下へのそのようなベクトルが無償で行われることがなぜ可能であったかということは、残念ながら今の私の能力を超える問題である。日本の共同体から考えてみなければならない問題だと思う。)

 先に言ったように、困った人を助けたことによって、『恩を売ったから忘れるなよ』と言葉で言い表すことは『卑しい』ことだとされた。
それは自慢すべきことではない、当たり前のことだったからである。
当たり前のことに対して見返りを要求することは実は、本人がそのことを当たり前だと思っていない証拠であり、図らずも自分の未熟さを示すことになるから、『卑しさ』が自動的に発生する。

 しかしヨーロッパ型の『権利と責任』は無償性の上に成り立っているのではない。
そのことと比較すれば、日本の『御恩と奉公』の関係は、ギウ・アンド・テイクという互酬性のルールの中でも、その中に無償性を入り込ませることに成功した事例であり、ヨーロッパから見れば例外的な事例である。
しかもその例外的な事例を起点として、日本では多くの人間関係の基本が成り立っている。

 特に武家社会のルールはそういうものであった。
後にそれは武士道として広く武士たちの間の共通の認識になるのであるが、『武士道とは何か』と問われた場合に、そのことを明確に説明した書物が見あたらないのは、『ギウ・アンド・テイクという互酬性のルールの中に、無償性を入り込ませること』という一見矛盾する関係を言語化することが非常に困難であるからである。
しかしそのことは生活知として人々の心の中に深く入り込んでいたということであり、書物からえた表面的な知識とは異なるという意味で、より根深いものになっている。

 そのような一見意識化できない価値観の中に『権利と責任』といった無償性を否定する観念が入り込んでいけば、意識の奥底ではどこかにそれは『卑しい』という感情を発生させることになる。
卑しいという感情を根底に持つ価値観の中で自らの人格を向上させていくことはできない。しかもそれが容易に言語化できず、意識の表面にのぼらせることが困難であるだけに、よけいにやっかいである。

『あいつは自分のことばかりを主張する』
『あいつは出しゃばりすぎる』
『あいつは一言多い』
『あいつの言い方はモロだ』
『えげつない』
『そんなことを言えばまとまる話もまとまらない』

 そんな言い方は『権利と責任』の関係を前面に押し出したときの『卑しさ』とどこかで関係しているように思える。
 そしてその後は『あなたがそこまで言うのなら、こちらも言わせてもらおう』というやりとりになってしまうことが多い。

 日本の場合『見返り』を最初から期待すると人間関係を壊してしまうことが良くある。
『無償性』をどこかに保持していないと、人間として信用されないということが良くあるし、人間関係を築けないということも良くある。
そういうことを考えると、『権利と責任』の関係だけを教育の現場で強調することは、子供たちの社会性を崩していく反教育的な教育になってしまうのではないか。

 歴史的に見ても、鎌倉時代に将軍の『御恩』が発生したことと、同時代の鎌倉新仏教の開祖たちが庶民の救済を大きな宗教的テーマとしてとらえたこととは別々のことではないと思う。
それどころか両者は分かちがたく結びついている。
日本の文化はそのことを考えることなしには理解できないのではないか。


 しかしそのことは『権利と責任』の関係からは説明できないのである。
従って、日本人は『権利と責任』の関係によっては日本の文化を吸収することができず、そのことはいくら『権利と責任』の関係を理解しても、自らの『人格』を育てていくこととは結びつかないということである。




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