いとあはれ


日本の伝統文化の1つの和歌(短歌・俳句・川柳など)。 ここでは私のお気に入りの和歌を紹介したいと思います。 大体時代順に並べてあります。人の名前をクリックすればその人の句にジャンプします。


スサノオ   菅原道真   中納言朝忠   阿部仲麻呂   小式部内侍  
壬生忠見   平兼盛   崇徳院   小野小町   藤原道長  
豊臣秀吉   浅野内匠頭   松尾芭蕉1   松尾芭蕉2   上杉鷹山  
幕末の狂歌   吉田松陰   高杉晋作   坂本龍馬   土方歳三  
石川啄木


八雲立つ 出雲八重垣 妻ごみに
              八重垣作る その八重垣を      スサノオ

[歌意](新婚の)妻を(人に見られたり取られたりしないように)わきあがった雲で幾重にも垣根を作って隠します。【ようするに新妻のノロケ】


日本神話に登場するスサノオです。天照大神(アマテラスオオミカミ)の弟。これが日本で最初に詠まれた歌(日本最古の歌)なんだそうで、一応ここに入れときました。ちなみに、『八雲立つ』(樹なつみ、花とゆめコミックス)という漫画がありますが、なかなかオススメです。

東風(コチ)ふかば にほひおこせよ 梅の花
              あるじなしとて 春なわすれそ      菅原道真

[歌意]東風が吹いたら匂いを届けてくれよ梅の花。主人がいなくても春を忘れずに。


藤原氏との権力争いに破れ、無実の罪で太宰府に左遷されていく道真が詠んだ歌です。なんかキレイな歌なんで好きです。でもこんなキレイな歌を詠んどきながら、怨霊になっちゃう、ってのもなんだかな〜。

あふことの 絶えてしなくは なかなかに
              人をも身をも 恨みざらまし      中納言朝忠

[歌意]もし契りを結ぶということが全くなかったのなら、あなたも自分自身も恨んだりしなくてすむのにな。


なんか、すごい納得。「あふ」(=契る=Hする)というのと、「恨む」というのはちょっと極端ですけど。恋してたら(特に片想いだったりしたら)、つらかったり、カッコ悪かったり、みじめだったり、いっぱいするけど、そんな時こんな風に、人を好きになるなんて事が世の中に無ければいいのにって思うこと、私はあったりなかったり^^;。

天の原 ふりさけみれば 春日なる
              三笠の山に いでし月かも      阿部仲麻呂

[歌意]大空を眺めると、(月がのぼっている。あの月は、)春日の三笠山に、かつてのぼっていた月だったのかな。


百人一首の七番目。この歌の作者の阿倍仲麻呂は、遣唐使船に乗って唐(今の中国)に行き、そこで皇帝に気に入られて、出世してたのです。それでもやっぱり故郷は恋しかったのです。 ♪うさぎ追〜いし〜かの山〜......。で、まあ、なんで私がこの歌を気に入っているかといえば、単に百人一首で最初に覚えた歌だからです^^;。

大江山 いく野の道の 遠ければ
              まだふみも見ず 天の橋立      小式部内侍

[歌意]大江山を越えていき、生野を通っていく道のりははるかに遠いから、まだ天橋立の地を踏んでいませんし、(母からの)文も見ていません。


百人一首の六十番目。高校の時、古文で習ったのですが、私はこれを習った時、彼女は天才だ、と思って、とっても感心しました。どういうことかというと、歌合せの作者の一人に選ばれた小式部を、藤原定頼という人が、「母君が不在で心細いでしょう、歌の相談に使いをやりましたか、使いは帰ってきましたか」と、からかった。ちなみに小式部のおかんは和泉式部という有名な歌詠みの名手。その時に小式部がとっさに詠んだ歌がこれです。「行く」と「生(野)」、「踏み」と「文」が掛詞になっているハイテクな(?)歌。とっさにこれが出て来るなんてすごいと思うのです。

恋すてふ 我が名はまだき 立ちにけり
              ひと知れずこそ 思ひそめしか      壬生忠見

[歌意]恋をしているという私の噂が早くも世間に立ってしまった。人に知られない様にこっそり思いはじめたのにな。


百人一首の四十一番目。「まだき」は「まだその時期じゃないのに、はやくも」という意味。私もけっこう好きになったらすぐ出る方なので、よくわかります。ちなみにこの歌には、次にあげる歌とのエピソードがありますので、次の歌の解説を見て下さい。

しのぶれど 色にいでにけり わが恋は
              物や思ふと 人のとふまで      平兼盛

[歌意]ひそかに隠していたけれど私の恋は顔色にあらわれてしまった。物思いをしているのかと、人が尋ねるほどに。


百人一首の四十番目。上の歌と結構似てますが、どっちの方がいい歌やと思います?この二つの歌にまつわるエピソードというのは、ある歌合せの会で、この二首の優劣がつけがたく、村上天皇が「しのぶれど」の歌を口ずさんだことでこっちの勝ちになった。そのため、壬生忠見は、悲しんで発病し死んだというのものです。その後、内裏に「恋すてふ...」といいながらさまよう忠見の亡霊が出たとか出なかったとか。

瀬をはやみ 岩にせかるる 滝川の
              われても末に あはむとぞ思ふ      崇徳院

[歌意]浅瀬の流れが速いので、岩にせき止められる急流の(二つに別れてもまた下流の方で会う)ように、僕らも、今は別れていても将来再び逢いたいな。


百人一首の七十七番目。 恋を急流と掛けるとこなんかがステキなかんじ。この歌を題材にした古典落語があるのですが、私はそれも好きだったりします。

花の色は うつりにけりな いたづらに
              わが身よにふる ながめせしまに      小野小町

[歌意]花(桜?)の色はあせてしまった。そのように私の容色もすっかり衰えてしまったよ。むなしく世を過ごし、長雨をながめ暮らして物思いに沈んでいるうちに。


「経る」と「降る」、「眺め」と「長雨」が掛詞になってます。私、別にこの歌すきじゃないんですが、これを見てくれた女性のために(大きなお世話か?)、紹介。どういうことかというと、この小野小町という人は、絶世の美女とされてて、しかもこの時代の全てとも言える歌詠みが上手かった(何といっても六歌仙のひとり!)。とーぜん、もてるわけでして、こんなエピソードがあります。深草の少将という人が、彼女に惚れて交際を望んだところ、彼女が、百日間毎晩通ってきてくれたらつきあってあげてもいいわ、と返事した。その日から、深草の少将は、雨の日も雪の日も毎晩、通った。そしてとうとう百日目の晩、何と深草の少将さん行き倒れて死んでしまった。“しょうしょうふかく”な人ですね(スミマセン...)。って、言いたいのはそんなことじゃなくて、いくら若い頃もてた人でも、年をとると「容色が衰える」のです。今まわりにちやほやされていい気になってる可愛い人! あんまり調子にのって男をもて遊んでるといつのまにかまわりから男がいなくなってますよ。というわけだから、俺とつきあってください....あれ?

この世をば わが世とぞ思ふ 望月の
              欠けたることも なしと思へば      藤原道長

[歌意]この世は全部俺のもんだ。満月に欠けている所が無い様に。


有名な歌です。この、とっても調子に乗っているところが何とも言えずいい。

つゆとおち つゆと消えにし わが身かな
                  浪速のことは 夢のまた夢      豊臣秀吉

[歌意]


豊臣秀吉辞世の句。足軽から関白太政大臣まで登りつめた彼も、晩年には朝鮮出兵の失敗やまだ幼い息子秀頼の事が心配であるなど様々な悩みを抱えており、死ぬ間際に自分の人生をふりかえり虚しくなったのではないでしょうか。そんな気がする辞世です。

風さそう 花よりもなお 我はまた
                春の名残りを いかにとやせん      浅野内匠頭

[歌意]


辞世の句といえばこれ、というぐらいに有名な句かも。怒り心頭に達した浅野内匠頭が松の廊下で吉良上野介を斬りつけてしまった結果、切腹を命じられ、無念のうちに詠んだ句。私事ですが、私の誕生日は12月14日。赤穂浪士が吉良邸に討ち入りした日なのです。それで小さい頃から毎年誕生日が近くなると忠臣蔵がTVであったりして、いつのまにやらすっかり忠臣蔵ファンになってしまったのです。でも有名な歌のわりにイマイチ歌意に自信が無い。多分、「風で散っていってる花(桜)よりも、今散っていこうとしている私の方が名残惜しい。この気持ちをどうしたらよいのだろう」というような意味だろうと思うのですが....。

夏草や 兵(ツワモノ)どもが 夢のあと     松尾芭蕉

[歌意]


この句は芭蕉が奥州平泉の源義経の館跡を訪れた時、その地で死んでいった義経やその従者達のことを思って詠んだ句なのだそうです。ところで、芭蕉って出身地が伊賀上野ということもあって公儀の隠密だったっていう説ありますが、ホントだったら面白いですね、なんかそれで一つ時代劇が作れそう。

旅に病んで 夢は枯れ野を かけめぐる      松尾芭蕉

[歌意]


芭蕉の辞世の句。私、芭蕉の句はいいのかどうなのかよくわからんけど、これは好きです。っていうか、辞世の句は、その人の人生がつまってるような気がして、だれのでも好きです。でも、芭蕉の句ってよさがわからないのが多いです。「古池や 蛙とびこむ 水の音」って言われても....ふ〜ん、って思うぐらいです(すみません芸術を解する心が無くて)。この句に関して面白いのを見つけたので紹介します。「はせを(芭蕉)翁 ほちゃんといふと 立留り」(誹風柳多留より)

なせばなる なさねばならぬ 何事も
                成らぬは人の なさぬなりけり      上杉鷹山

[歌意]


大赤字に喘いでいた米沢藩を、改革を断行し、立て直した上杉鷹山の詠んだ句。小泉改革を引き合いにだして最近よく紹介される話しなので、知っている人も多いかも。大した事してない人がこんな説教臭い歌を詠んだら“えらそーに”ってなもんやけど、この人はいろいろ失敗しつつもついに改革に成功し、藩財政を立て直した人で、ほんとにすごい人だと思うし、この歌にもそれだけ重みを感じます。
小泉改革にも期待しています。今の日本、なんとかしてくれ。

太平の 眠りをさます 上喜撰
              たった四はいで 夜も眠れず      

[歌意]


ペリーの黒船来航を題材にした狂歌。めちゃくちゃ上手いこというなあと感心。上喜撰というのは上等のお茶のことで、もちろん蒸気船に掛けてるわけです。黒船来航から幕末という時代が始まったのであった....。

身はたとひ 武蔵の野辺に 朽ちぬとも
              留め置かまし 大和魂      吉田松蔭

[歌意]


吉田松蔭の辞世の句。安政の大獄で捕まって処刑される時に詠んだ句です。結局、松蔭の教え子達が明治維新を成し遂げていったということを考えると、良くも悪くもこの句の通りに松蔭の魂は生き続けたと言えるのでは無いでしょうか。

おもしろき こともなき世を おもしろく
              (すみなすものは こころなりけり)      高杉晋作

[歌意]面白くない世の中を面白く過ごすのは心の持ち方次第だ


幕末の革命児、元奇兵隊総督、高杉晋作の辞世の句(ちなみに辞世の句とは死ぬ時に残す歌のこと)。下の句に( )がついてるのは、晋作がつくったわけではないからで、晋作が上の句だけを書いて力尽き、筆を落したため、そこにいた野村望東尼という人が下の句を付け足し、晋作に見せたところ、「おもしろいのう..」とつぶやいて事切れたとか(司馬遼太郎『世に棲む日日』より)。なんとなく、下の句がつくと説教くさく、晋作っぽくないという意見があり、私もそう思いますが(私は、面白くないはずの世の中を面白く生きてやった、とか、面白い世の中に変えてやった、とかいう方に持っていきたかったんじゃないかと思っています)、下の句をつけて考えても、今の世の中にぴったりないい歌だと思います。前向きに生きていきましょう^^;。

世の人は われを何とも言はゞいへ
              わがなすことは 我のみぞしる      坂本龍馬

[歌意]


ほんとでっかい人やなあとつくづく感じさせられます。日本人って何か大衆迎合というか、みんなで一緒にっていうか、そういう気質がある民族な気がするんだけど、やっぱり歴史に名前を残すような人は違いますよね。幕末に独特の発想で日本を変えようとした龍馬ならではの句やと思います。

しればまよひ しなければまよはぬ 恋の道      豊玉

[歌意]


豊玉などと書きましたが、これはあの新選組副長、土方歳三さんのペンネーム(でいいのかな?)。人斬りだとか、鬼だとかいうイメージが強い人ですが、彼の趣味は俳句だったのです。豊玉発句集というのが現存していまして、その中でも自信作だったのか○で囲まれていたのがこの歌です。でも、よく考えるとなんか変な歌で、「知れば」に対応させるなら「知らねば」だし、「しなければ」なら「すれば」なんじゃあ?それとも「しれば」っていうのがこの時代は「すれば」っていうことなのかな?まあ、それはどうであれ、こんな一面もあった土方歳三でした。

たはむれに 母を背負ひて そのあまり
          軽きに泣きて 三歩あゆまず      石川啄木

[歌意]


この光景を想像したらなんだかすごく悲しくなりました。まあまだうちのおかんはぴんぴんしてるんで、っていうかまだそんな歳じゃないし、いいんだけど、たった31文字でこんな深い意味になってしまうところが、和歌ってすごいなってちょっと感動した歌なのです。


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