はじめに  

 


人情噺「笠と赤い風車」 

作・平岩弓枝  口演・八代目林家正蔵(彦六)

ひとのいい継母おせんの好意を、ことごとく誤解してぐれた常吉は、仙吉という悪いヒモつきの女おきんにそそのかされ、おせんのもつ十五両をだましとって旅へ出た。

そのとき、おせんは常吉の生母の形見の赤い風車を、彼の笠につけてやった。途中、おきんと仙吉は、常吉を谷川へつきおとして金をうばったが、常吉は笠がからだをささえるようなかっこうで水に浮いていたのでようやく助かることができた。

いまこそ、継母おせんの愛情にめざめた常吉が江戸へとんで帰ると、おせんは息をひきとったあとだった。しかも、おせんはふしぎにも両手をまっすぐ空へあげて、なにか重いものを必死にささえるようなかっこうで、水につかったようにぐっしょり汗にぬれて息が絶えたという。

「おっかさん、おっかさん」と、子どものように泣きじゃくる常吉の背中の笠についた風車が、風もないのに「カラカラカラ」と、ちいさな音をたててまわっていた。                 

(講談社文庫「古典落語・続々々」興津要・編より)


 

私がこの噺に初めて出会ったのは、1987年夏。

NHKカセットの「落語名人選」のパンフレットで偶然見つけて

「聞いたことのない題名の落語」という理由から購入したのが

そもそものきっかけだった。

 

初めて聴いたとき、感動したというよりも

「常吉が背中に背負っている笠の赤い風車が・・・。

カラカラ、カラカラカラカラカラ・・・」

で終わったあとの不思議な余韻が

妙に印象に残ったことを覚えている。

この不思議な余韻は何回聴いても変わらないのは、なぜだろう?

ましてやこの噺を覚えて高座にかけようなどと

夢にも思わなかったのである。

 

他の人情噺、

例えば「文七元結」や「芝浜」、「鼠穴」などの有名な噺と決定的に異なるのは

ラストがバッドエンディングであるということ。

ラストで人が死ぬという人情噺は(あくまでも私の知っている範囲であるが)

他には「心中時雨傘」しかない。

後味があんまりよくないのだ。

「笠と赤い風車」がいまひとつメジャーにならないのは

おそらくそこにあるのではなかろうか。

(事実、「心中時雨傘」も超マイナーである)

 

だが、私は誰が何と言おうとこの噺が一番好きだ。

メジャーだからいい噺で

マイナーだからつまらない噺と誰が決めた?

現在では、林家正雀師匠しか演らないらしい。

もったいないことだ。

あまりスレてない噺だから

これからもっと素晴らしいものに仕上がるにちがいないのに・・・。

 

ところで。

私のHPの掲示板に、こんな書きこみがあった。

「こわくて、せつない噺です」

こわくて、せつない噺・・・。

今までの人情噺になかった、全く新しいタイプである。

 

古典落語の人情噺とも

三遊亭円朝師匠が創作した人情噺とも違う

全く新しいタイプの人情噺を新作に求めたのは

他ならぬ八代目林家正蔵(彦六)師匠だったのである。

しかも、「子別れ」「火事息子」「藪入り」といった

親子をテーマにした人情噺がどう頑張っても描ききる事の出来なかった深い部分を

正蔵(彦六)師匠は「笠と赤い風車」で見事に演じきっている。

この噺に出会えて、本当によかった。

 

結局、私はこの噺に自分を重ねているのだ。

途中で人の道から外れずにここまできた

今、私がこうして普通に生活していられるのも

おそらくこの噺に助けられたからだ。

 

常吉は、まぎれもなく、私自身なのである。

 

だから

「なぜこの噺を演るの?」と、訊かれたときに

「絆だから」と答えるのである。

たかだか落語だが

人の人生を大きく左右してしまうほどの影響力がある。

現に、私がそうであったように・・・。

 

私が「笠と赤い風車」を初めて高座にかけたのは、1994年秋。

出会ってから実に7年後のことである。


HP「笠と赤い風車」

HPを作ることに決めたのはよいが、タイトルを何にしようか?

悩むところである。

どうもいいタイトルが思い浮かばない。

「ぢゃあ、いっそのこと一番好きな噺のタイトルをそのままつけてしまおう!」

というわけで、タイトルは「笠と赤い風車」に決定した。(ずぼら?)

 


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