“ひとりよがりの庵” 改め “咳をしてもひとり…” ・開設日:2001/02/07 ・更新日:2010/12/26


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ラーメン屋を出すなら(甲府市北部の場合)(10/12/26)

 そろそろ脱サラして、ラーメン屋を始めようと思う。
ラーメンのホームページも実はそんな願望を成功させるために立ち上げた調査の一環。
およそ10年間見て来たので、流行る店、潰れてしまう店の傾向がほぼつかめた。
期は熟した。失敗はありえない。

■ラーメン空白地帯

 まずは味。これは絶対条件。しかし、立地条件も大事である。
どんなに美味しくても場所に恵まれず畳んでしまう店があれば、逆もまた然り。場所に助けられている店もある。
幹線道路沿い(中央分離帯のない、角地でない、丘陵の斜面でない)、もしくは住宅街のど真ん中。
 …どこか良い場所はないだろうか?
そんなことを考えながら、地図を眺めていて、ふと気が付いた。
山梨のとある場所に、ぽっかりとラーメン空白地帯がある。
そこは、閑静な住宅街が広がり、背後の山にも中腹付近まで宅地化されているので人口は多い。
古い食べ物屋さんはあるが、ことラーメンに重き置いているお店は皆無。
年齢分布には偏りの無い印象。(少なくとも高齢化地域ではない)

 場所を言おう。湯村の厄地蔵から先の甲府盆地北部。羽黒町〜山宮町だ。
宮塚団地、湯村団地があり、特に片山には山宮団地(山宮ハイタウン)がある。
広大な墓地、千代田霊園もあるので、沢山の市民が家族連れで通過する場所でもある。
潜在的ユーザーは多いはず。

この界隈に住んでいる人がラーメンを食べたくなった場合、わざわざ県道6号線(山の手通り)か、県道7号(甲府昇仙峡線)まで出なくてはならない。


大きい地図・ルート検索  ( powered by ゼンリン地図 いつもNAVI )

 食べたい時に食べるラーメンが一番美味しいラーメン。近所にラーメン屋がないなんて、僕だったら耐えられない。
住んでいる人の多くも同じ考えだと思う。
ひょっとしたらこの辺りはインスタント麺の売り上げが突出しているのではないか?

 ここのど真ん中にラーメン屋を構えれば確実に当たる。 僕のこれまでの食べ歩きの実績がそう結論付けているので、先ずはここを挙げておく。

■千代田湖周辺も見逃せない

 秘境的要素も兼ね揃えている“千代田湖周辺”も無視できない。
秘境的要素というのは、極めてわかり難い場所、人里離れた山奥に立地するお店の事。
不思議なことだが、そうした条件化に立地しているお店は、実力以上の味が出せる。

初冬の千代田湖
 初冬の千代田湖

 道に迷いながらもお店を発見、ようやく出てきたラーメンを前にしたときに、
『こんな奥地まではるばる来たのでマズい訳がない』という、自分自身を擁護する考えが生じ、それが味覚に働くのか、
それとも単純に、空気のおいしい自然の中で食べるから美味しく感じるのか。同じおにぎりでも、家で食べるよりピクニックで食べる方が美味しく感じるのに似ている。

 とにかく、立地条件も魔法の調味料になり得るのだ。H市のT、Y村のT、K市のKなどがそれに該当する。
古民家を改修してレトロ感を出せば“魔法”はさらに増強。もうイリュージョンだ。

 また千代田湖は釣りのメッカ。 県の内外から多くの釣り客が訪れる。
有名な景勝地、昇仙峡にも隣接。当然こちらから流れてくる客もターゲットになり得る。

 成功させるコツとして、何か解りやすく印象的な特徴を持たせる。
麺が自家製とか、何かの具材、例えばチャーシューの量が突出して量があるとか、秘境まで足を運んできた労をねぎらうような付加サービスがあるといい。
ちなみに例に挙げた店にもその特徴がある。地の利を生かし、湖畔に多数いるカモなんか食材にしてはどうだろう(ウソ)。

 客足が遠く冬場をどう乗り切るかがという課題は残るが、羽黒山宮がダメだった場合は千代田湖周辺も検討材料の一つにしている。

■あえて激戦区は避ける

 都心でみられるラーメン激戦区とは行かずとも、山梨も中心の方では実力店がひしめき合い、しのぎを削っている。
見合ったマーケットがあれば良い。しかし人口90万未満。少ないパイの奪い合いになってしまうのが現状。
そんな中では、資金力を持ち、過当競争を生き抜くノウハウを持ったチェーン店が有利。個人経営店は苦戦を強いられるだろう。僕なら避ける。

 以上を鑑みたとき、現状、ラーメン屋を出し成功をさせるなら甲府市北部。ここしか思いつかない。
次回は成功する屋号(お店の名前)について語ってみたい。

※僕の出店はウソです。脱サラもウソ。そんな甲斐性はありません。



山とラジオと自転車と(10/10/10)

 サイクリングにラジオを持ち歩くようになったのはここ数年のこと。
当初、林道では、なるべく無音で、鳥のさえずり、小川のせせらぎに耳を傾けたり、または、無音そのものを感じることに重きを置いていた。(日常生活で完全なる無音は、そう無い。)
…だからラジオなどは必要なかった。

 そんな僕が、音の出るラジオを持ち歩くようになった理由は二つ。

 ひとつは熊避けのため。
いままで遭遇したことは無いが、近年人里近くで目撃例が多発。
開発や異常気象で、人と熊との住み分けの境界線が曖昧になってきている。
 出来たら遭いたくない。
ところが熊も人に遭遇するのが嫌だと言う。お互い様な訳だ。
ならば、こちらで音を出すなどし、予め存在を明らかにしておけば良い。そうすれば熊の方から敬遠してくれる。
 そこで僕は音を出す道具にラジオを選んだ。
以来、ひと気の無い林道、特に登り坂ではスピーカでラジオを鳴らしながら走っている。
そのおかげか?今日に至るまで熊に遭遇していない。
※これを書いている最中、市川三郷町の山林で危ない接近遭遇があったが事なきを得た。

 もうひとつは、“登り鬱”(のぼりうつ)の防止のため。
登り鬱とは、僕が作った言葉。
自転車で坂を上る際、いくつかの条件が重なるとうつ状態になってしまうのだ。
条件とは、

・ いつまで続くか分からない斜度10%前後の登り坂
・ 蒸し暑く、かつ曇天
・ 視界が悪く
・ 心配事がある

 これらが重なると登り鬱の状態になる。
症状としては、『俺は何をやっているのだろう』『登ってなんになるのか』という、いま直面している問題から、『仕事やめたいな』『生きていてもつまらないな』という人生観的な問題まで、さまざまなマイナス思考が頭を走馬灯のようにめぐる。
…これでは漕いでいて楽しくない。

 そんなときにラジオのスイッチを入れてみる。
流れてくる音に耳を傾けると、不思議だがたったそれだけで登り鬱にならないでいられる。
音楽やおしゃべりに気を分散することで、負のスパイラルに落ち込まずにいられるのだ。
これは非常に助かる。坂道もスイスイ苦にならない。もっと早くに気がつけばよかった。

■展開が読めないのがラジオの魅力

 自転車ではFMよりもAM、中波放送を聴いている。山間部でも安定して聴こえるからだ。
そして局は基本的にNHK。正時毎にニュースをやってくれるし、こまめに時間を言ってくれるのが助かる。

 ラジオの楽しみというか、魅力の一つに“何が流れるか分からない”点が挙げられる。

 番組表が頭に入っている訳ではないので、何を放送するか知らない。
ところが不思議と“その時の”状況に合った番組が放送されることがある。
そんな時は、状況と放送内容とが同期して記憶され、そのまま旅の思い出として残る。

 観音峠で尺八の演奏が始まったとき、風景に音色が溶け込んで行くのを感じた。
柳沢峠でいきなり始まったラジオ番組、芥川龍之介の杜子春、早朝の大菩薩から本当に仙人が出てきそうな気がし、思わず聴き入った。
紅葉が始まった丸山林道で流れた山口百恵の秋桜…もう何もいうまい。


 林道は尺八の音色が合う

 ラジオマジックとでも言おうか。何気に絶妙なのである。
もっとも、局も季節にあった作りにしているので必然なところもあるかも?

でも、それを差し引いてもラジオの持つ意外性が好きなのだ。

■おすすめはSONY『ICR−P15』

 このラジオは山間部でも驚くほど感度が良い。大音量でも歪まず、おまけに電池の持ちも良い。 値段は1200円〜1500円で販売されている。
AM専用でFMは受信できない。しかし、この点は僕の必要性とマッチしているので問題ない。 もしラジオを購入するのなら迷わずこれを薦める。


 感度抜群の『SONY ICR−P15』

■それでもラジオを消すとき

 ラジオは、あくまで“熊除け”と“登り鬱防止”のためである。
林道では、シカ、カモシカ、キジ、サル、テン、リスなど下界ではお目にかかることの出来ない動物に巡り会うことがある。これも愉しみの一つ。
 熊には嫌われても彼らには嫌われたくない。
だから、不要であると判断した時にはラジオは消し、自然との同化を図る。

 以上が、僕の林道サイクリング中でのラジオの活用方法。熊避けと、登り鬱(他にいるのかな?)対策に効果が期待できるので試したい方は是非。



テレビでイラッとすること(10/04/05)

■CMに移る前と後

 テレビ番組、特にバラエティー番組を観ていて非常に腹の立つことがある。
それは番組のヤマやオチへ移る直前にCMを挟むやり方に対してだ。

 このとき必ず、ゲストの爆笑や驚きの表情を抜きつつCMへ、あるいは、要となる部分にモザイクをかけたり、?(クエスチョンマーク)で隠して、見えなくしつつCMへ移るのだ。
要するにCM明けまで、美味しいところは『おあずけ』と言うわけだ。

 こうしたやり方は姑息で気分が悪い。
そして、いざCMが明けてみればご丁寧に、CMに入る前の“振り返り”を数十秒行う。
1時間番組も中身は実質40分前後だろう。

 CMを見せたい気持ちは分かるが、ここ数年、悪化の一途を辿っている。
 “悪化”には二つあって、一つは、これらの手法は元々日テレ系が執拗に用いていたのだが、ここ数年他局も導入し『おあずけ』が激増してしまったこと。
 もう一つは、質の低下で、『おあずけ』を喰らった割には“全然たいしたこと無いオチだった”ということが増えてきている。予想の範囲内で、いわば“待ち損”。『おあずけ』喰らった割には不味かったということだ。

 僕はこれらの手法を用いる番組に対し、『おあずけ』行為が出た瞬間にチャンネルを替え、ささやかながら怒りの意思表示をしている。
なので、生放送以外のバラエティー番組を最後まで観ることはほとんど無い。

 自称CM評論家の僕でさえ辟易しているのだから、あの『おあずけ』を何とも思わない人は、スポンサーの社員か、そうでなければ真性のM体質だろう。

■奇妙な擬音

 あと気に入らないのが、動物、特に愛玩系の動物の動きに合わせてピコピコ、ピューピューと擬音を被せる手法。
あれは止めてもらいたい。子供とか、動物が動くたびに実際ああいう音が出ると勘違いしないかな?

 そういえば、世界一背の低いと言われる男性(中国人)がテレビに出演していた際も、動きに合わせてピコピコ擬音が被せられていた。
つまり、局は彼を人類ではなく愛玩動物とみなしている事になる。これはもう、人権問題だ(?)。

 これも日テレ系が多いね。

■台詞の字幕の功罪

 発言が、いちいち字幕になって出る番組も多い。字幕がガチャガチャと鬱陶しいが良い点もある。
ある時、ウチの子(小学生)が、まだ習っていない難しい漢字が読めることに気が付いた。
もしかして天才?と思ったが、どうもこうした番組を観ているうちに、知らぬ間に漢字の読み能力がついていたらしい。
 鬱陶しい以外にも、ツボとされる語句を文字を大きくしたり書体を変えたりと、押し付けがましい。
笑うツボは自分で決めるよ。と、言いたいが所だが、良い事例もあるという話。

■テレビからラジオへ

 最近、僕のメディアはテレビからラジオへと移行している。
FMはアナウンサー/パーソナリティの質が低いのでもっぱらAM中心。

 ラジオは視聴者をバカにしたような演出が無いので心穏やかに聴いていられる。

 昨今、若者を中心にテレビ離れが進んでいるという。
理由に、インターネット利用を始めとするメディアの多様化が挙げられているが、実はこうした視聴者を馬鹿にした演出も原因なのではないだろうか?



王様殺し集計結果(10/03/10)

 以前、当ホームページを通じて球技“王様殺し”について公開調査を行ったところ、十数名の皆様から情報が寄せられました。
協力してくださった方、ありがとうございました。

 ようやく集計結果が出ましたので報告いたします。
もっと早く発表するべきでしたが、諸事情で遅れてしまいまして申し訳ございませんでした。

 〜 参照 〜
 08/09/24号:王様殺し
 はてなダイアリー:王様殺しについて調べてみよう

■王様殺しとは

 王様殺しについてもう一度おさらい。

●ルール
 二人で行う。ドッヂボール大の玉を用い、双方5mの間を開けて向かい合う。両足を肩幅より広げて立つ。
じゃんけんで投げる順番を決め交互にボールを投げあう。

●投げ方
 投げ方が特徴的。両手で玉を持ち、体を前屈させ股の間までボールを持って行き体を起こしざま正面にいる相手に向かって投げる(転がすのではない)。
両足は地面に固定。
相手の補給できる範囲に投げる。暴投すると負けだったかな?

●受け方
 下記“必勝法”以外は、基本的に両手で捕球。ボールを落すと負け。また捕球してもボールが胸に付くと負け。

●必勝法
 必勝法として、受け側が腕をクロスしてボールをキャッチすると次に投げる際、相手に三歩接近して投げる事ができる。
ほぼ目の前から投球されるので相手は取ることが出来ず、大抵これで勝負が付く。
 片手で補給するとそのまま片手で速球を投げるルールもあったとおもう。

以上、08/09/24号『王様殺し』より要約し引用。

■結果と傾向

 ここでは雑感を述べておく。
寄せられたデータは一覧表にしたのでそちらをご覧頂きたい。

クリックすると大きく見えます
 王様殺し集計結果

■地域と呼び名

 西は京都府、東は東京都まで、ほぼ同じルールの球技が呼び名を変えて存在した。

  • 山梨県 … 大様殺し(おおさまごろし)
  • 東京都 … 天下(テンカ、てんか)、セッチ(せっち)
  • 神奈川県 … セッチ(せっち)
  • 京都府 … 股投げ(またなげ)

 岐阜県からも一件、名称は忘れたが近いルールの遊びをしたと情報が寄せられた。
東京都は『セッチ』と『テンカ』二通りの呼び方があるのが興味深い。

■年齢層

 年齢層は、1953年(昭和28年)から、1978年(昭和53年)生まれの方まで、広いレンジから情報が寄せられた。
 戦後、物資の乏しい時代に現れ、インベーダーゲームが登場する1978年頃姿を消す。
子供の遊びの変遷を象徴的に表ているとはいえないだろうか。などと、評論家っぽい事を言ってみる。

■継続して情報を集めよう

 球技“王様殺し”の情報提供はひとまず落ち着いています。
しかし、まだ締め切ってはいません。これを種に、引き続き情報を増強していきたいと思います。

 王様殺し、セッチ、テンカ、股投げ、で遊んだ人、メールください。



AC(Alcohol Control)(10/02/06)

 長いこと習慣になり、僕の睡眠の質を低下させていた寝酒を、ついに止める事ができた。
あからさまに宣言すると失敗した時、落胆するので公言はしなかった。

 寝酒をやめたくらいで何だ!?自分も毎日飲んでいる。記事にするほどのことも無かろう。
…多くの人はそう思うに違いない。
ところが僕の場合は一線を越えてしまった。

 もともと寝つきが悪く、睡眠薬代わりに焼酎の水割りを飲んで寝るのを習慣にしていた。
毎日寝る前に歯を磨くのと同じだ。

 しかし、ここ数年で飲む量が増大。
酒が切れると、雨の降る深夜でもコンビニに買いにいく始末。
飲みすぎて翌朝に残る事もしばしば。寝酒で二日酔いという笑えない事もあった。

 アルコール依存症…

そんな言葉が脳裏をよぎる。

 これはナントカせねば。飲酒量が増えるに従い思いは強くなった。
しかしなかなか断酒実行へ踏み切れない。
『明日から、ダメならまた明日から』…何ヶ月も何年もその繰り返しが続いた。

 止める切欠になったのは、健康上の理由もあったが、妻が発した何気ない一言が大きかった。

 『お酒止めればそのお金で自転車の部品を買えるのにねぇ』

 趣味に関わる物の購入は僕のなけなしの小遣いから出ている。
酒も、家族で誰も飲まないので同様。
安酒とは言え、飲む量が増大するに伴い、僕の資産を食い潰していった。
当然、他の愉しみの投資にしわ寄せが来る。

 そもそも、寝酒のメリットはなんだ?

 飲んで気持ちがいいのはその時だけ。
寝入りには良いが睡眠の質を著しく低下させる。
夜トイレに起きるので眠りは浅くなり寝起きは悪い。
酒の量に比例し軽い鬱状態。胸もムカムカ具合が悪い。
健康診断のγ-GDPと尿酸値は基準を越えている。
そして、増大する“固定費”として君臨する酒代。

 何の生産性も無い。何一つ良い事はない。
メリットなど無い。心身を蝕む事に金を掛けているようなものだ。

 そして去年暮れ、妻の言葉を切欠に寝酒中断を決行。
外部での飲み会と、家では正月に少々飲んだが、寝る手段としての酒は完全に止めることができた。
無ければ無いで気にならない。お付き合いではこれまで通り飲む。すなわちアルコールをコントロールできる体(頭?)になった。

 じゃあ寝る時はどうしている?酒がないと眠れないんじゃないの?

 そう。最初の3〜4日は眠りに入りにくい。
だが僕はこんな方法をとった。
ごく小さい音でラジオを鳴らし気を紛らわせながら布団に入る。すると知らぬ間に眠りにつける。
寝入りには気を紛らわす程度の“軽い集中”が良いみたいだ。
この時、ラジオはタイマーで電源が切れるようにしておくと良い。 あと、ガチャガチャする民放よりしっとり落ち着いた語りのNHKを勧める。

 雨降る夜中に酒を買いに家を出るなんてバカなことはもうない。
夜トイレに起きる事もなく、朝のムカツキもない。深い眠りがもたらす爽快感。
いまでこそ日常となった事だが、家飲みを止た当初、この感覚は本当に久しぶりだった。
朝の食事も格段に美味しい。

 財政面でもゆとりが…
酒代が発生しないので毎月金が余ってしょうがない。
…とまではいかないが、酒代はそのまま建設的で有意義なことに充てている。
妻の何気ない一言に感謝している。

 思えばこれまで酒に悩まされてきたな。
酒の記事を書くのはこれが最後だろう。人生の次のステージに行けた気がする。

  ― 参照 ―
 07/11/25号:酒よさらば
 05/05/01号:酒との決別
 04/05/09号:酔い覚め



歯切れの良い文章(09/11/12)

 それまでプロによって書かれてきた文章を読むことがほとんどだったが、インターネットの普及によりプロ以外、つまり素人の書く文章を読む機会が増えてきた。
中にはプロ顔負けの文章を書く人もいるが、全体から見れば小数。

 書く側としては、どうせ公開するなら少しでも良質な文章を目指したい。しかし、文才は一朝一夕には向上しない。

 だが、ちょっとしたコツ、〜ある語句を使用しないこと〜で、文の歯切れがよくなり、結果良質な文章に近づけることを発見した。
 その語句は、口癖で言う『えっと…』とか、『あのー』などのように無意識に使ってしまい易く、それでいて主張をぼやかせてしまう害がある。口癖ならぬ“書き癖”に陥り易い語句。

 かく言う僕自身、つい最近まで“書き癖”になっていてこれらを多用。9年以上、質の悪い文章を公開していた。

 サイト管理者のみならず、文章を発信する人には参考にしていただきたい。

■不必要な副詞

 素人っぽい文章の一つに、“読んでいて歯切れが悪く、どこか違和感を覚える文章”がある。
中でも、映画や料理など“何かについて感想を述べた文”。ブログで多く見る。
(今回の気付きを得たのも某グルメ系ブログである)

 何が歯切れを悪くしているのか?こうした文章には共通した特徴がある。

 それは、『けっこう』『かなり』『割りと』など…これらの副詞を多用しているという事。

 例えばこんな記述をよく見る。

 ・『この店の餃子はけっこう美味しい』
 ・『かなり分厚く切られたチャーシューが載っている』
 ・『店内は割りと衛生的で…』

 それぞれ、なぜ『美味しい』と言い切れないのか?なぜ『分厚く切られた』と言い切れないのか?違和感を感じないか?

 断言を避け、尚且つ上から物を言っている感じがし(評価目線)、読んでいて『お前何様だよ』みたいな感情を覚える。
 さらに、これらの副詞を付加すると、“漠然とした他との比較”という作業が加わった事を相手に感じさせ『お前にその資格があるの?』という感情を引き出させてしまう。

 昔、友人が好意を寄せている女の子に、
『××ちゃん、けっこうカワイイね』と言ったら、
『アンタに言われたくない』と切り返され、その後相手にしてもらえなくなった事がある。
バカである。言うのだったら『キミ、カワイイね』でいいのだ。“けっこう”は余計。

 もしご自身のサイトをお持ちなら、これら副詞を検索してみてください。
外しても文のつながりに問題が無い(=要らない)ばかりか、主張がボヤけず伝わりやすくなるはず。歯切れも良くなる。手軽にサイトの出来が向上する事請け合いである。
 言葉にも文章にもこれらの副詞は不要。これを機会に意識的に使わないことをお試しいただきたい。
ただし、僕のように“書き癖”になっていると、抜くのはかなり難しいと思う。

 試しに僕のコラム内で検索してみると…多用しすぎていてイヤになった。最悪だ。
…こっそり消すとしようか。



窓ガラスのへのへのもへじ(09/09/15)

 ここ数日間同じ曲が頭の中でエンドレスで流れている。

 遠い昔、深夜放送を聞きながら勉強していたある日、ふいに流れてきた女性デュオの歌に思わず意識が集中した。

♪ぐーうぜん ああたぁ さぁーかみちでぇー あなたーいきなりぃー
♪ぼくんち とおくへ ひぃこすよぉてぇー へいきなかおでーえーぇー

『おぉ!なんていい曲なんだ。』

 当時軸足がニューミュージックからHR/HMに完全に移っていた僕だったが、じっくり、そしてしんみり最後まで耳を傾けてしまった。

 その曲とは、
“窓ガラスのへのへのもへじ”。歌うのは“さそり座”という女性デュオグループ。
ヤマハのポップコンで入賞したと言う。

 翌日、甲府駅北口の(当時あった)ダイイチファミリコまでシングルを買いに行った。そして、部屋に戻って何回も聴いた。

 好意を寄せている男子に対して、分かれの際でさえ素直になれなかった女の子の心情を、美しいメロディーとハーモニーに乗せて歌い上げている。
ストーリー性豊かな歌詞、卓越した作曲能力と歌唱力。全てが僕の琴線を掴んだ。
B面の“なぐさめのリイベ”もワルツ調の素敵な曲。

 ウォークマン用に編集したベストテープには、ブラックサバス、ライジングフォース、ホワイトスネイク等に紛れて“窓ガラスのへのへのもへじ”が入ることになった。
野獣たちの中にあどけない少女達を放つ…そんな感じだ。我ながら凄い組合せだと思った。

 少女と書いた。…そう。驚くべき事に彼女たちはなんと中学2年生(当時)と言うではないか!
中学生で既にこの作詞作曲能力。一体この先どんな進化を遂げていくのだろう。大いに期待を抱く。
次のシングル、そしてアルバムの発売が待たれる。

 ところがその曲以降後、彼女たちの新作を耳にする事は出来なかった。
学業が忙しくなり活動停止か?
 今みたいにインターネットなどなく、情報収集の手段といえば音楽誌だが、僕が購読していたBURRN!に彼女たちの記事が載るワケも無く、(レコード会社に電話して訊けばよかったがそういう知恵が無かった。)いつしかさそり座の存在は記憶からフェードアウトしていった。

 …あれから24年たった先日、不意に彼女たちの事を思い出し、インターネットで検索してみた。
すると、いろいろ出てきた。
“…へのへのもへじ”の後も地道に曲を発表。グループ名をSWAYに変えて活動していたが、現在はメンバーの結婚などで現在は休止中とのこと。

 久しぶりに“…へのへのもへじ”聴いて見ようと、レコードを探したが見つからない。必ずどこかにあるのだが、度重なる引越しで奥にしまい込んでしまったみたいだ。
でも幸いな事に、Youtubeで聴くことができる。
(脱線するが、僕のインターネット利用はYoutubeとWikipediaで大方済んでしまう。)

 改めて聴いてみると、本当に素晴らしい曲ということを再認識する。今こういう曲を歌う人っていないよね。

Youtubeで聴く窓ガラスのへのへのもへじ
 Youtubeで聴く窓ガラスのへのへのもへじ

ファンサイト:http://www.geocities.co.jp/MusicStar-Bass/9901/sway-list.html
公式サイト:http://www.outdex.net/sway/

 体調不良もあってか、不完全燃焼のまま夏が終わり秋。
感傷的になっているこんなときに聴いていると、いろいろあったけどあの頃に戻りたいな〜。なんて、つい思い出してしまう。

 彼女達の曲は、これ以外にも一部CD化され入手困難ではあるが市場に出回っているらしい。アルバムも発表している。24年の時を経て彼女達の作品、僕が知る事の出来なかった“その後のさそり座”を集め聴いたみたいと思う。



生まれ変わりと魂の汚染(09/06/24)

 『死んだらどうなるか?』
人類の永遠のテーマである。
前も同テーマについて掘り下げたことを書いたが、この歳になり更にまとまってきたので、ここまでの考えを書き留めておきたい。

参照→06/11/05号:生まれ変わり

 まず、魂を説明する際、『誰の』とか『どの動物の』と、限定するとよく分からなくなる。
 魂は、喜怒哀楽、恐怖、希望、絶望、愛と憎、善と悪、憂と鬱ー…そういうエッセンスにバラバラに細分化された状態で空間を彷徨っている。一人の人格としての魂は無い。

 ならば生きている個人を形成している魂、たとえば自分自身ってなんなのか?
答えは脳。脳の形状にある。

■魂は電波に似ている

 テレビアンテナ、BSアンテナ、ラジオのロットアンテナ等、アンテナは目的によって姿形が違ってくる事は皆さんも知っているだろう。
 アンテナの形状を変える事によって空間に無数に漂う電波の中から目的に合った物を効率的に集められる。
言い換えれば、アンテナの形状の差異で受信できる電波が違ってくる。

 これは魂と脳の関係にも当てはまる。
脳がアンテナで魂が電波とすると、脳の形状は人それぞれで、それぞれの形に合った魂を脳が拾っている(受信している)。
 ネコはネコ、犬は犬、それぞれ脳の形状が違うから種により個性が違う。また同じ種でもそれぞれ個性がある。

■結局は脳の形

 植物や昆虫まではわからないが、魂はヒトや動物問わず行き来している。
それらを一度に沢山停在させられるのが大きな脳を持つ人間というわけだ。

 魂は様々なエッセンスの集合体である。魂群というべきだろう。それを繋ぎ止めているのがあなたの脳で、個性を決定しているのは他ならない“脳の形”である。
『脳が活動している』ということは『魂を繋ぎ止められる力がある』と言い換えられる。

 ジグソーパズルに例えれば、ピースの一つ一つがあなたを決定付ける性格、趣味嗜好の細かな要素で。完成した状態があなたの自信となる。

 ピース(魂)がはめ込まれた状態を“魂の停在”と呼ぶ。

■覆水盆に帰らず

 結論から言って輪廻転生、生まれ変わりはない。

 脳が活動を停止すると、脳は魂を繋ぎ止められる力を失い“あなた”を構成していた魂群は空間にパラパラと解き放たれ、広域に渡り拡散し人や動物問わず数多の何がしかの脳に停在する。
 ジグソーパズルで言えば、完成していたジグソーパズルをひっくり返し、他のパズルにピースを使われ元に戻せない様子。

 エントロピーの増大。行き渡った魂は『覆水盆に帰らず』である。

 ここで、
『人生は一度きり。今に挫折したからといって自殺をしてはいけない。』
…と、まとめるのも容易いが、もっと面白いオチを考えた。

■魂の汚染

 魂は、電波に似たエネルギー体であり、地表そう遠くない空間を脳という受容体を求めて彷徨っている。
魂のエネルギーは趣味嗜好など細々した物から、人格を決定する物まで様々で、大別すると負のエネルギー、正のエネルギーとに分けられる。

 以上を踏まえて、死刑制度に全く違った切り口で反対してみる。

 秋葉原通り魔殺人、附属池田小事件、最近は、死刑になる事を望んで凶悪事件を起こす輩がいる。間接自殺という。
 しかし犯人の目的どおり『はい、それなら』と、安易に死刑台に送るとどうなるか。

 反省の無い状態で彼等を死刑にすると、憎悪、ひがみ、劣等感など、負のエネルギーをもった魂が解き放たれる事になる。
解き放たれた魂は受容体(似た形状の脳)へと入り込み、類似した次の事件の発生に繋がる。

 そう、“魂の汚染”だ。

 反省のない絶対悪の人間は死刑にすべきではない。隔離し生かし強く反省させ、魂を浄化させるべき。(可哀想だが)死刑にするとしたらその後か?
 あるいは、僕は魂といえども光や電波と同様に、時間、距離など物理的なしがらみから逃れられないと思っているので、凶悪犯人は生かしたまま遠く宇宙に飛ばしてしまっても良いと思う。

■記憶について

 個を構成している魂は、エッセンスでありその集合体が個であると書いてきたが、ここで解らなくしているのが“記憶”である。
記憶もまた同様に空間に解き放たれるのであろうか?記憶はエッセンスは違い個別で後天的なもの。違う扱いではないか?

 皆さんはデジャブ(既視感)を経験した事はあるだろうか?
僕は、死者の記憶の断片を受信してしまったのがデジャブなのではないかと、少々苦しいが、こじつけてみた。

 …そんな訳で、今日現在、生まれ変わりも死後の世界も無いと僕は思っている。ただしまた何年かすると考えは変わるかもしれない。



願いは叶う(09/04/04)

 願いは叶います。僕は非常に満足しています。
 今回は“願い続ければ夢は形になる”という事実を僕の体験を元にお話したい。
くれぐれも起業の魅力を述べ、その気にさせ金を巻き上げるインチキサイトではないのでご安心を。

■事例1 ガキ大将

 ラーメン好きだった僕は『遅くまでやっている美味しいラーメン屋さんが近所にできないかな』と仕事もそぞろに毎日思っていた。20代半ばの事だった。
そんなある日、家から歩いて数分の程近い所にラーメンの“ガキ大将”(現“いっぽん”)がオープンした。その後改装されたが当時入口がビニール張りだった。
『ラッキー、外見荒削りだけど良い感じのお店じゃん』

 予想は的中。そこの味噌ラーメンは、今でこそ珍しくはないが当時としてはとても重厚な味で、それまで『味噌なんて画一的でつまらない』と思っていた僕の考えを改める切欠を与えてくれた。
僕の味噌ラーメンへ対する偏見の扉を開けてくれた貴重なお店となった。
しばらくの期間、夜食に通う事となる。

■事例2 花月

 コッテリ志向が強かった7〜8年前、僕は会社の帰りに向町の“花月”に足繁く通っていた。仕上げに背脂をチャチャチャッと撒き散らすのがいかにも不健康で下品で好きだった。
しかし自宅とは離れる方向に位置するためそれが嫌だった。
『近所に出来ないかなぁ』

 …数ヵ月後、近所にあったスパゲッティー屋が移転し、しばらく空きだったテナントに、なんと花月が入った!
『うそっ、信じられない。これならいつでも行けるじゃん』
 生涯で一番体重が増加していた頃、週一以上は通ったな。
残念ながら今はもう撤退してしまったが、コッテリ志向が高かった当時の僕の欲求を満たせてくれた功績は計り知れない。

■事例3 あんどう亭

 山梨で根強い人気を誇る韮崎市の“みどりや”。
見た目、醤油醤油しているがほんのり甘く芳醇な旨みのスープとの極旨のチャーシュー。スープと相性の良い縮れ麺。
 地元の人に愛されているのだろう。広い店内はいつ行っても混んでいる。
サイクリングの途中に時々寄るが、何しろ営業時間が昼のみで短く、運が良くないと入れない店の一つだった。

 みどりやのように特徴があって、地元に根付く本格的なラーメン屋さんが近所に出来ないものか。
そんな事を思っていたある日、出来ちゃいました、あんどう亭が。いまから6年前のことだろうか。
『お店の外見からして美味しそう!期待大!』

 思わず開店当日に飛び込んでしまった。
みどりや的な美味しさに更に煮干を前面に出し個性的を打ち出したスープ。軟らかく味の染み込んだチャーシュー。
いささか値段は張るがそれは自信の現われとも取れる。(家族で行くとサイフのダメージが…)
 昔に比べ、やや煮干風味が後退した感もあるが、界隈でも屈指の個性的なお店が出来て嬉しい限りだった。そういえば開店後一年くらい居たおねえさんはどこ行ったかな?

■事例4 円熟屋

 その店の名は円熟屋。

 美味いラーメンを作る傍ら、定期的に“限定ラーメン”と銘打ち、有名店のラーメンを模したものや斬新な切り口の創作ラーメンを発表するという注目のお店。
『歌を忘れたカナリア』『多芸は無芸』と揶揄する声もあるが、山梨のラーメン偏差値を上げるのに貢献している事は間違いない。

 先日4店舗目を立ち上げ、ますます上り調子の彼らだが、ここいらで彼らにぜひやってもらいたい事がある。
 山梨のご当地ラーメン(例えば甲州ラーメン)をリリースして欲しい。
かつて、かの“夢乃屋”が、ご当地ラーメンとして“甲州ラーメン”と銘打って提案したが定着には至らなかった。
 現在、山梨で勢いのある円熟屋が各店舗を挙げて甲州ラーメンを発表すれば、そのままデファクトスタンダートになるのではないか?と、そのくらいの影響力がある。
もうカナリアなんて言わせない。彼らの野心に期待する。

 …脱線した。
さてこの円熟屋だが、かれこれ4年ほど前、今の本店である店が山梨大学医学部の近所に誕生。その後、甲府市大里町、昭和町と店舗を増やしていった。
 しかし、自転車を主な交通機関とする僕にはいずれのお店も遠い。会社の帰りにちょっと、というわけにはいかない。R20の反対側は(僕にとって)生活圏が違うのだ。
『近所に出来ないかなぁ』

 思っていたある日、信じられない事に甲斐市長塚(旧敷島)に店を出すというではないか!
『まさか!長塚といえば家に近くで、しかも通勤途中。ヤバイよ』

 今日現在、既に何回も足を運んでいる。普通のラーメンも美味しいが、二郎にインスパイアされた肉醤油ラーメン(全部増し)は魔性の喰い物。コッテリ嗜好が戻ってしまうではないか!
近所に出来て嬉しいが、罪なお店でもある。

■事例5 どんちゃん

 モツ煮が好きで、お店に行くと必ず注文するし自分でもちょくちょく作る。
自分が痛風予備軍と分かっていてもつい食べてしまう。

 甲府市中央に“どてやき”という売り物がそのまま屋号になっているお店がある。
どてやきとは串に刺してあるモツ煮。これがべらぼうに美味い。口に入れるごとにエクスタシーさえ感じてしまう。五感がすべて覚醒する完全食。
 ただしこれを食すのは僕にとって困難。営業時間が15時から19時半とタイトだからだ。
仕事が終わって南アルプス市から駆けつけるには無理がある。
『モツ中心で食べられる店が出来ないかな』

 そしたら出来てしまった。“もつ屋どんちゃん”。
『おいおい、本当に痛風になっちゃうよ〜』
 旧免許センター隣にモツ専門店“どんちゃん”がオープンしたのは今年3月6日のこと。
実はまだ訪問していないのだが連日の盛況ぶりからハズレではないことが想像つく。
どてやきとは方向性は違うかもしれないがモツはモツだ。今から楽しみ。

■願いはかなう

 以上、願い続ければ夢は形になるということがお分かりいただけただろうか。
『ああなったらいいな〜』『こうなったらいいな〜』
みなさんも、好きな物はあるか?やりたい事はあるか?叶えたい夢があったら願い続けることだ。必ず目の前に形になる。そう、僕のように。
 ただし、食、しかもラーメンとモツに対する願い限定のようだが…

 そんな僕が今願っているのは、現状維持である。ここには紹介しなかった古くからの既存のお店も含めて、これからもずっと続けていってもらいたい事。
もうホント、僕の生活圏は充実しましたから。

 念のため言っておくけど努力の伴う願望はいくら願ってもダメだよ。
出来るのは“努力してお店を出そうとしている人”を呼び寄せることかな。



不法投棄をなくすには(09/01/12)

■不法投棄はなぜ止まないか

上帯那付近の廃タイヤ不法投棄現場
 上帯那付近の廃タイヤ不法投棄現場。「不法投棄禁止」の看板が空しい。

太良ヶ峠要害温泉手前の廃タイヤ不法投棄現場
 太良ヶ峠(太良峠)要害温泉手前の廃タイヤ不法投棄現場。清流と景観が台無し。

 人目の付かぬ林道に入ると、このような不法投棄をよく見かける。
環境保護の意識が高まる今日において、なぜ未だにこうした行為が行われるのか?

 答えは簡単。
廃棄するのに、お金が掛かかり、諸々の手続きが必要だからだ。
人は欲しい物を手に入れるのにお金を出すのは惜しみないが、要らない物を捨てるのにお金を払うのに抵抗を感じる。

 タイヤを例にあげる。
僕の住む甲府市では『市では収集しない物』のリストに組み込まれ、処理方法として
『ガソリンスタンド、タイヤ専門店、修理工場などに処理(有料)を依頼してください。又は、各タイヤメーカーと相談してください。』としている。
参照→ごみの分け方・出し方(甲府市のホームページより)

 実際この方法でタイヤ店に持ち運び処理したことがあるが、確か一本800円だから4本で3200円取られたと思う。10年前の話なので今はもっと値上がりしているかもしれない。
 重いタイヤを運び、さらに金も取られる。4本だけでもこれだから、沢山あれば 『誰も見ていない山奥に捨ててしまおう』と思う人も普通にいるだろう。

■出来ない人は出来ない

 果てしなく細分せねば出せない今のゴミ捨て方法はどうか?
時々地区のゴミ当番が廻ってくる。各家庭から出されたゴミを仕分けし処理業者に回収してもらうのだが、中に全くできてない人がいる。
 恐らく彼等は、分別が面倒くさい、ややこしいといった理由で“できない”のだ。どんなに説明してもダメで、こういう人たちには一定数必ずいる。モラルが低いのではなくモラルが“無い”のだ。

 しかし、彼等を肯定するわけではないが、分別はややこしいく面倒。
未だに『これは有価物かガレキか?』と市から配られた表を見直すことしばしば。中にはタイヤ、バッテリー、大型家電など回収してくれない物もある。(これが不法投棄になる)
 『趣味はゴミの分別です』とか言い始めるマニアが出てきそうなほどである。マニア=非主流。これでは定着は難しい。

■これからはコンビニエンスゴミ出し

 コンビニエンスストアが世に広がった理由は、近くにあって、手軽に24時間いつでも買い物ができるから。
不法投棄対策もこれに習う。つまり“いつでもタダで簡単に捨てることができる仕組み”を構築する。
名付けて“コンビニエンスゴミ出し”。
 まずマニアックな分別を簡単にする。
 福祉の基本理念は“出来ない人目線”である。最大公約数ではなく限りなく1に近づける。そうでなければ意味が無い。
だからゴミ出しも同様に出来ない人、モラルの無い人の目線で考えねばはならない。
 例えば、分別は、「生ゴミ」と「その他何でも」と大雑把に至極わかりやすく。そして、ゴミ出しポイントを増やし毎日業者が回収する仕組みにする。
これならばどんなに“出来ない人”でも大丈夫だろう。
 また大量のゴミは、個人法人問わず、電話一本でタダで取りに来てくれるようにする。
まさしくコンビニエンス。これで不法投棄は“完全に”無くなる。

 回収業者は事後に行政に費用を請求すればよい。財源は、不法投棄のゴミ処理の分を回せば賄えないだろうか。
 足りなければ製造メーカも負担すべきだと思う。家電リサイクル法的な法律を他の生産物にも適用すべきだ。ただし地方自治だと運用が難しい。

■雇用確保

 分別は必要に応じて回収後に行う。(分別は意味が無いと言う意見も聞くがこの場では論じない。)できるだけ機械化し、どうしても人の手が必要なところは人材を投入する。雇用の確保にもなる。
元気なお年寄りや、ヒマを持て余している主婦向けにどうだろうか?
 『汚いからいやだ』と言うだろう。
ニオイを取り除くようにすれば、“イヤ度”が軽減されるハズ。暗く殺風景で寒々しいイメージもあるので極力明るく暖かく(夏は涼しく)衛生的にする。

 さらに、作業者には特典をつける。
例えば、甲府市のリサイクルプラザでは、ゴミ焼却時の余熱を利用した温水プール、お風呂、スポーツジムを市民に開放しているが、作業に従事する者とその家族はこれらをタダで利用できる特典を与える。
そうすれば、主婦(女性)をはじめ、広い層から取り込むことが出来るだろう。
 それでも集まらなければ、裁判員制度同様、一般から抽選で集める。環境問題に対する啓蒙にもなり一石二鳥。

■山梨から提案しよう

 これを書いている明日、有価物の回収日である。
アルミ缶、スチール缶、ペットボトル、新聞、ビン…仕分けし交通量の多い危険な道を渡り極寒の早朝の中出しに行くのだ。正直ユウウツだ。
 不法投棄者に同調するわけは無いが、この面倒を考えると現行の仕組みでは世の中から不法投棄はなくならないな、と思う。

 今こそ発想を変え、山梨県から画期的な仕組みを提案するときでないか?



女か?男か?(08/11/28)全面書き直し

■女性ギターヒーロー不出現論

 近年、政治、経済、スポーツ、様々な分野で女性の社会進出が目覚ましい。山崎直子さん(天は二物を与えた…)よろしく宇宙にもガンガン行っちゃう。
もう、女性は女性らしく、男は男らしく等と言っている時代は終わったのだ。

 ところが、唯一(?)男性に残された聖域がある。
ロックに於けるギターヒーローだ。
(“ギターヒーロー”…他に言い方がないのか考えたがこれが妥当だと判断。こそばったいがご了承願いたい。)

 多くのギタープレーヤーが忌み嫌うハウリング/フィードバックを自分の音に変えてしまったジミヘンドリックス。
 右手によるタッピングでロックギターの新しい可能性を示唆したエドワードバンヘイレン。
 リッチーブラックモアが目指したであろうロックとクラシックの融合を比類なきテクニックで完成させたイングヴェイマルムスティーン。

 常識を破り進化の節々に登場してきたのは全て男性。歴史に名を残す女性ギターヒーローは一人もいないし今後も出てこないだろう。

 女性が音楽に向いていないかというとそうではなく、例えば、クラシック音楽など、強い様式(マニュアル)の上に成立するジャンルでは活躍する女性は多い。
しかし、マニュアル通りではなく、既成観念を破壊し進化しつづけるジャンル(=ロック)は不得手のようだ。

 一定のテーマを与えれれば力を発揮できるが、逆に制約を設けず『自由にやれ』といわれると出来ないのが女性である。マニュアルに沿う事を是とするので、タブーや逆境を楽しむ機転も余裕もなく“進化”のタイミングを見逃す事になる。

 現在取り組んでいる人には申し訳ないが、女性にはロックは水が合わないと、歴史的は述べているようだ。

■へたれという名のギタリスト

 YouTubeで興味深いギタリストを見つけた。
自らを“へたれ”と呼ぶ。
見たところ女性だが、『男性なのでは?』という声もあり、(小規模だが)国の内外を交えネット上で意見が二分されている。

Youtubeのユーザー名は“17586063”。
YouTube上のへたれさん:http://jp.youtube.com/17586063
Web上のホームページ:http://music.geocities.jp/tjmthtr/

 話題になるだけあって、ギターの腕前はたいしたもの。
僕の好きな'70〜'80年代のHM/HRを多くコピーしYouTubeへアップしている。オリジナル曲も何点か公開している。
僕もへたれさんが男性か女性か気になっている一人。
そこで今回は、先の“女性ギターヒーロー不出現論”を加味し多角的に検証。この場で結論を出したいと思う。

 結論から言うとへたれさんは“男性”である。だから以降“彼”で通す。

1.男性ではないかと思われる点

  • 部屋が女性らしくない
    どの動画を見ても背景が襖(ふすま)で、女性にしては演出に欠ける。
    女性ならまず中身より見た目、本質よりうわべ、に拘るはず。
    しかし男性だとしたら…背景が襖でも納得が出来る。

  • 手がでかい
    女性としては手がでかい
    深田恭子の足のサイズが26センチだというから一概になんとも言えないが、この手の大きさも『男ではないか』とする判断材料の一つ。

  • 自らをへたれと称する
    真性のへたれには逆に言えないこと。実力のあるものほど自分の事をへりくだったりするもの。
    血の滲むような練習に裏付けられた自信の裏返し。そんなところも男っぽさを感じる。

  • 顔が全く映らない
    首から上を(肩から上)完全に隠している。そのためネックヘッド側の指技が全く見えない時もある。つまりそれをも犠牲にして“隠したい理由”があるという事だ。
    思うに、唯一メイクでごまかしきれない、男性ならではの…そう“立派な喉仏”をお持ちなのではないか?

  • ピッキングハーモニクスを完全に自分のものにしている
    曲の要所要所でピッキングハーモニクスを自在に出し自らのアレンジとしている。前述した通り、こうした遊び心は女性には無い。

2.女性ではないかと思われる点

  • 女性らしいしぐさ
    左手でギターの弦をスライドさせるときによく見せる左足をヒョコっと上げる、彼が時々見せる女性らしいポーズ。

    S.A.T.Oを弾く勇姿。問題の足上げポーズ。

    ところが僕にはこれがどうしても“男性が女性らしさを演じている”ようにしか見えない。
    女性ロックギタリストが、“女性だからとナメられないように”ステージ上で男っぽく振舞うような…逆に男性が女性ぽさを強調したらこんなポーズもするだろう…という印象を受けた。
     なりきる上で、襖など配慮に欠けていると思われるが、中でも彼が研究/実践したのは、コスプレと、ときどき見せるこの女らしいしぐさではないだろうか。

■総括

 以上の分析により、へたれさんは男性であると判断しざるを得ない。ところがやはり彼が女性であると信じて疑わない人もいる。きっとこの分析を提示しても認めてくれないだろう。

 …もっとも、彼にとってはこうした論議も計算済みなのだろう。
自分を男性か女性、ミステリアスな存在に置くことにより話題性を高めアクセス件数を伸ばす。
それがすなわち彼の目的=“メタル布教活動”の筋書きだから。
(彼の動画には必ず『メタル布教活として××のギターを弾いてみた』と銘打たれている。)
 もし彼が普通に男の出立ちで演っていたら…このような記事として書かなかっただろう。気が付けば、僕は彼の布教活動に(微力ながら)貢献していたわけだ。。

 まぁ、野暮な詮索はこれくらいにして、ここは一つピュアに彼のギターを聴こうではないか。これからもバンバン動画をアップロードし我々HMフリークを楽しませて欲しい。ファンの一人として応援している。




■これ以前のものはバックナンバーをどうぞ!

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