エヴァンズの遺書 ヘンリー・エヴァンズ 。。。この後の世代に、 エドガ―およびメリーベルと名のるものがエヴァンズ家の子孫の前に現れた場合は 彼らの身分・国籍・年齢いっさいにかかわらず エヴァンズ家の資産のすべてを付与すべし。。。
祖父が残したこの風変わりな遺書をめぐり、エヴァンズ館でくりひろげられる ネオ・ゴシック・ロマン……といってさしつかえないであろう。 少女漫画の最高峰ともいわれる名作『ポーの一族』第四巻の第一話である。
姉に勧められて読み、その美意識に圧倒された。
メリーベル 当時小学生か中学生の僕が知っていたのは、『ベルばら』より人気があったらしいということ、 バンパネラとして永遠を生きる主人公たちの名は、 詩人のエドガ―・アラン・ポーからとられたということ、 早い段階で主人公エドガ―の妹、メリーベルはいなくなるが、話は時空を自在に移動しながら続いていくということ、 であった。 (余談だがこのくだりには、最近まで、 私の思い違いによるかなり恥ずかしい間違いがあった。 最初私は、『英国の詩人』と書いたが、彼はアメリカの詩人である。 次いで、メリーベルは彼の妻の名前からとられた、と書いたが、 妻の名前はヴァージニアである。 彼女を思って書いたとされる詩、『アナベル・リイ』の名と、 メリーベルが関連しているという説が、 私の中でひとりあるきしてしまったらしい。) 事実上、メリーベルが生身で登場する最後の話であり、 兄エドガ―を想う気持ちが読み手の心の中で不思議なファンタジーとなって炸裂する マライマックスの雪のシーンには幻惑された。
この話を読んだだけでも、読み手にはひとつのことが強烈に印象づけられる。 それは、エドガ―とメリーベルがほとんど相手を神聖化するまでに愛しているという事実。 兄と妹の愛を、これほどロマンチックにうたいあげた作品は他にないであろう。 おはなし 話は、嵐の夜からはじまる。 エドガ―は馬車に乗り、家族と合流するべく御者を急がせている。 なぜ彼が単独行動をとっているかは謎である。 他の巻を読むとわかるのだが、 不死のバンパネラ一族、ポーツネル一家のふるさとは、 次元の裂け目にぽっかり出現する、『ポーの村』である。 ふだんはそこで薔薇などを作って平和にくらしているらしいのだが、 人間とかかわる必要が生じていったん外界に出ると、 彼等にもその入口が正確にわからなくなる性質のものらしい。 彼等は手分けしてそれを追って旅をしていたのかもしれない。 しかし道中、エドガ―の馬車は崖に転落、 記憶喪失となった彼は近くにある館の主、ヘンリー・エヴァンズにひきとられる。 エドガ―は、自分の名前、及び、「あの子」がいなくて悲しいということだけを理解しており、 メリーベルの顔も、 自分がバンパネラであることも記憶から消えていた。 ヘンリーは亡くなった妻の面影をエドガ―の印象的な青い目の中に見出し、 とっくに効力の切れた祖父の風変わりな遺書までもちだして息子としてかわいがろうとする。 だが、兄の財産をねらうヘンリーの弟、ロジャーはその遺言にも激しく反発、 次のやりとりが家の中で交わされる。 「エドガ―などという名はざらにある!」 「ではあとメリーベルが現れればよい」 その予言通り、果たしてメリーベルが彼等の前に現れるのであった。。。 以下はネタバレなため、是非コミックを買ってお読みください♪ (ここに掲載されたイラストは、萩尾望都の原作コミックから、 筆者がへろへろマウスを駆使し、お絵描き掲示板に自己流に『模写』したものです。 著作権利益を害するようなシリアスなものではないと判断し、引用させていただいています。) メリーベルについてのちょっとした考察 メリーベルにそっくりな人間は、この世に三人いる。 遺書を書いたオズワルド・オー・エヴァンズの父(エヴァンズ伯)の浮気相手、メリーウェザー。 後にエドガ―が自分の一族に迎え入れる親友アランの婚約者・ロゼッティ・エンライト。 そしてエドガ―とアランが入学する中洲の学校の教師の娘・アンナニーナ。 いずれも物語が進行する時点ではとうの昔に死んでしまっている。 メリーウェザーは肖像画、ロゼッティは焼き絵、アンナニーナは懐中時計の内蓋の写真として残っているに過ぎない。 「ポーの一族」の中では、理想の少女は常に失われており、 そのためにより強く心に残り、求められなければならない。 そしてその集約たるメリーベルは、第一巻で消失する。 ポーの物語はいきなりここでクライマックスを迎え、妹を求め続けるエドガ―の世界が完成する。 それを軸として、物語は時空を生き物のように自在に行き来しはじめるのだ。 メリーベルへの思いは、もうこの世にいない三人の少女の残像によって巧みに反芻され、強化される。 だが決して、手にとどくことはない。 バンパネラ。 永遠の命。 それは永遠の「思い」を意味する。 これが全篇を貫くテーマだと言っても過言ではないであろう。 第二巻より、遺書についての考察 エドガ―の瞳の色は、かなり特殊な遺伝子であるらしく、作中で同じ瞳を持つのは遺書を残したオズワルドだけである。 不良ぶってはいるが、その実熱血漢で感傷家。 彼がなぜ第四巻になって出てくる、風変わりな遺書を残したのか。 それはひとえに彼の性格による。 「エドガ―とメリーベルをしあわせにする」 これは、オズワルド本人以外にはまったく価値を持たない内容である。 英語でいうところの、センチメンタル・バリュー(極めて個人的な価値)だ。 それは、自分の手でこの二人をしあわせにできなかった、という「悔い」から発生しており、 「愛するものが自分の手から永遠に失われた」 が故に、余計に強く求めるという物語のテーマが、ここでも反芻されている。 オズワルドは果たせなかった自分の思いを、後世の者に託したのだ。 大変な感傷家である。 ある意味、エドガ―もメリーベルも自分の所に迎え入れようとしたヘンリーは、彼の遺志を忠実に実行しようとしたといえるだろう。 名前の謎 作品構成と伏線について DARKZONECITY