<<失われた亡霊>> ローゼンメイデン『トロイメント』を観た感想 このアニメは、胸をつきさすほど深刻なテーマを提示している。 ****親の愛を得るために**** 究極の少女『アリス』を目指すべく、人形師ローゼンによって命をふきこまれた人形たち――― 彼女らは姿の見えないローゼンを『お父さま』と呼び、 1『お父さまに会うためには完璧な存在・アリスにならなければならない』 2『そのためには互いに闘い、他の人形(姉妹たち)の命の源を全て奪いとらなくてはならない』 ということを各自が刷り込まれて外界に送り出されてくる。 <<人の心を癒す力を持つ翠星石>> しかし、人間と契約を結ぶことでさまざまな能力を発動させる彼女らには、 経験を通して自己の信念をつくりあげた子供(真紅) 姉妹で仲良くしたいと願う子供(翠星石) 傷つき屈折した子供(水銀燈) 親の命に忠実な子供(蒼星石) など、目的意識に明らかな個体差がある。 この中でも水銀燈はいわゆる『かわいそうな子供』といえる。 『見捨てられた』『できそこない』などの劣等感に立ち向かうために、 優等生たる真紅を目の敵にし、孤独にアリスを目指そうとする。 しかし私は彼女の中には救いを見出すことができる。 信念ではなく感情によって行動しているため、 その悪魔的な顔は微妙なゆらぎを見せる。 反対に、私が最も恐怖を覚えたのは、蒼星石の言動であった。 真紅らと共に平和な日常に暮らしながら、 純粋ゆえに平和を望まず、 涙を流す双子の姉(翠星石)を切り捨てても 親を喜ばせる至上命令を実行しようとする子供。 信念のために殺し合いが発生する現実の縮図がここにある。 加えて、『私たちの誰もアリスにはとどかなかった』という作中の発言の中には、 『親が幸せでないのは子供である私たちのせい』という姉妹全体にのしかかる自責の念がひそんでいる。 『親を喜ばせなければ愛されない』 それがために時として自身を犠牲にしてしまう。 ある意味、子供にとって親は世界の全てなのだから。 ****アリスとは何か?**** それは誰にもわからないし見た者はいない。 ゆえに美化され絶対視されたもの。 姿を見せない『親』が、子供の中でカリスマになってしまうのと似ている。 楽園、天国、理想郷、 そんなものはこの世に存在しない、 いや、ある意味存在してはいけないのではないか。と私は思う。 真紅が異なるのは、蒼星石と同じ刷り込みを受けながら、 自己の判断で優先順位を書き換えてしまったことにある。 『お父さまの命令より、姉妹を大事に思う自分の心の方が上位』 一歩自由になった存在。 全てを救いたいがために厳しくもなれる存在。 自律思考が困難な道であることも、 そのため真紅は誰よりも強くなくてはならないことも、 この作品はきちんと謳っているように思う。 雛苺とジュン <<ジュンの頭にのる雛苺>> ****人としての価値**** アリス・ゲームを支えるのは一種の選民思想である。 『オーベルテューレ』の回想シーンにおいては、 まだ精神的に未熟な真紅が、水銀燈に向かってあなたは美しいわと言いながら、 つくりかけの人形がローゼンドールのはずがない、 ともらして差別意識を露呈してしまう。 私が水銀燈でも、真紅の仕打ちは容易には許せないと感じる。 きっと私も同じような行動に走ったことだろう。 それゆえに水銀燈はアリス・ゲームの最大の被害者のように思えてしまう。 感受性が強い子供であることは、 その後の暴走ぶりを見ても理解できる。 不治の病にかかり自分を役立たず=ジャンクと呼ぶ契約者に自身を重ね合わせ、 彼女を救うため、また、 不条理に自分を産み落とした世界に復讐するために、 悲しい闘いに出向いていく。 彼女の笑いは悲しい心の裏返しである。 人を愛する心を持ちながら、適切な愛を与えられなかったために、混乱した子供。 人形の中で最も愛を必要としているのは彼女である。 真紅と水銀燈、このふたりは信じられないほど間の開いた『ごめんなさい』の応酬をするが、 案外根本のところでは一番近い存在なのじゃないかと思ったりする。 完成し切れなかった最初の人形は、実は最も愛されている可能性すらあるが、 伝わらなくては意味がない。 選民思想は人間の対立においても表現されている。 作中では、ローゼンドールの闘いをとめようとする真紅の契約者・ジュンのことを、 『何も生み出さない人間』 『たまたま真紅という価値ある人形の契約者になっただけ』 などと嘲笑する人形師が出てくる。 ジュンは心に葛藤をかかえた不登校児で、 皆に追いつこうと一人で懸命に勉強している――― 確かに人形を作れるわけではないが―――あまりにもひどい言葉だ。 特定の才能がない人間には価値がない? 優しいのは人間として最上の価値ではないか。 愛を与えることは何かを生み出すことではないのか。 人を安易にランク付けようという階層意識こそ、低劣であると私はいいたい。 そういう意味では、 『完璧ってなんだ』 『お前らのどこがいけないんだ』 『こんな闘いの果てにあるのがいいものなのか』 と問いかけるジュンは人形たちにとって理想の契約者であるかもしれない。 殺戮に長けた者が完全な少女になるという刷り込みはまともな思考では理解できない。 もし親への愛を利用して互いに壊しあうことを子供に課したとすれば、 それは最低の人間だ。 特殊な能力を使うことをのぞけば、人形たちの行動様式は人間そのもの。 特に、妹に拒絶される翠星石の心はいかほどかと思うと胸が痛む。 作品後半では闘いを終えたドールに『別の方法でまたはじめからアリスを目ざしなさい』という『お父さま』からの導きが出てくる。 しかしその前に。 そもそもアリスがなんなのか、思考しなければならない気がする。 思考停止している人はまさに人形のように操られているだけなのだから。 真紅 <<『信念の人形』真紅>> (注・サイト内のイラストはアニメ版を製作者に無関係な筆者が二次創作したもの。 本物とは異なります) <<追加ページ>> アリス・失われた亡霊 聖戦の果てに 翠星石 水銀燈と真紅