序章


 半村良「炎の陰画」は、昭和48年12月15日発行。東洋堂出版刊、『季刊・日本の宗教』第1巻1号に掲載された。単行本化は河出書房新社、昭和49年8月10日初版発行の『炎の陰画』(注1)。なお、本文は初出である『季刊・日本の宗教』による。
 『炎の陰画』は半村良のあまり数の多くない短・中編集の一つで、筆者が半村良の著作集めをしていたなかでも、最近になって収集した作品である。半村良自身「炎の陰画」に思い入れがあったようで、田中潤司との対談(注2)での自選ベスト5で、
   私小説ではないが、私の書く小説のクセの目いっぱいのところをやった気がする。無数の構造とかフィクションとか
と述べている。山本容朗もこの作品が好きであったようで、『東京酸酊散歩』(注3)にて以下のように記述している。
   私は、半村さんの『炎の陰画』(文春文庫)という短編集が好きだ。とりわけ表題作は力作で、そのなかに、焼跡に生えている橙色に色づいている酸漿の描写がでてくる。これが、私にはまことに印象的だった。
   私はその酸漿の色が、空襲で死んだたくさんの人たちのように思える。東京の町、とくに本所・深川を歩く時、今でも私は、まだその酸漿が整理された町のどこかに橙色に色づいているように思えてならない。

 筆者が『炎の陰画』の単行本を見つける以前から、このような記述が見られていたので、必然的に注目していた作品であった。
 この「炎の陰画」を読んで思ったことは、時代設定が「産霊山秘録 時空四百歳」(注4)と「晴れた空」(注5)とほぼ同じ。ラストシーンは、「考証・重蓮上人」(注6)。細かい出来事は半村良(清野平太郎)自身の話から引用している。作品全体に流れる「妖星伝」(注7)的な思想性。私小説のような半村良らしからぬ作品表現が筆者に強い印象を与えた。これらの、「私の書く小説のクセ」を掘り下げていこうと思う。

 

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