川の蝶







哲学者は変人で人見知りをする。だれの言葉か忘れたが本当のことだと確信し
ている。人は深く闇の底へと真実たらしめているものを探し求めることに慣れ
てしまうと、結局は闇の底から這い上がってこようとしなくなり闇の民となる。
そして光の民を嫌い疎外してゆく。ここでは光と闇は便宜上の意味で使わせて
もらったが、あくまで便宜上の意味だと念をおさせてもらう。







じっとりとした空気、悪道を走る馬車、一言も口をきかない客、荒れ果てた時代
昼間の商人が夜には追いはぎになり、昼間の職人は夜には人殺しになる。この国
では今では一切の信頼はない。たかが同車している者が馬車を降りた瞬間には金
品をさらう山賊になっていてもおかしくない。客達はみな目の端で銃を捕らえ、
ただ息を潜めて終着駅を待つ。客達は終着駅まで同乗することなくチリジリバラ
バラになってゆく。もちろん殺されたりするという事ではなく、各人の目的に応
じて降りてゆくのだ。終着駅に着いたころには客は一人になっていた。最後の客
が降りたときに街の人々に歓迎の言葉をなげかけられる。おめでとうの言葉が胸
を躍らせるだろう。彼女は成し遂げたのだ。辛く過酷な道を、全てを賭けた旅を。
これを神の奇跡と呼ぶものもいる。これを出産に例える者もいる。多くの者達が
たどり着けないこの旅の終着。生きることを彼女は笑って喜ぶ。海の街。今日も
潮風が心地よい。彼女は官能を越えて辿りつく性感に心酔わせる。熱くしたたる
汗。男の汗だ。何も交うことのないこの国に熱気に満ちた歓声が上がる街がある
ここは海の街。今日は潮が吹く…






海はいつまでも、風を待っている。何のために光は注ぎ、何故闇が訪れる。全て
は絶望、一部は希望…何をもって夢をかたり、そしてうたかたは消えまた結ぶ。
とても多くの人々の中で孤独を感じる少年。周囲には人がいる、彼は独りだろうか
時代は語る。人とは助け合うものではなく、競い争うものだと。自らが生きんと
する為に他をけり落とすものだと。より優れたものが新たなる世界へと辿り着ける。
そう、この海は嵐を待っているのだ、穏やかな海にやがて厚い闇が訪れ、風は荒れ
波は狂い、激しい雨が降る。人々は生き急ぐように海へと飛び出す。溺れる者、
疲れ果てる者、そして選ばれる者。全ての人は決められたはずの神の決断に自らの
命をもってこれに立ち向かう。生きるために、ただ一度のチャンスのために…





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