古典主義の時代

Sant Petersburgの写真エカテリーナ2世(在位1762-96)の治世下、他の芸術分野と同じく文学においても、バロックの大げさなスタイルは後退して、古典主義的節度の時代がはじまった。悲劇作家A.P.スマロコフ、叙事詩人ヘラスコフM.M.Kheraskov(「ロシアーダ」1779)、喜劇作家フォンヴィージンD.I.Fonvizin(「親がかり」1782)が代表的な作家である。18世紀最大の詩人デルジャービンG.R.Derzhavinは古典主義の規則を無視し、バロック的な荘重な文体を好む一方で、イギリス‘墓地派Churchyard school’の影響下にロマン派に接近する。この時代の活発な文化活動は、啓蒙思想の運動に反映し、ラジーシチェフA.N.Radishchev(「ペテルブルグからモスクワへの旅」1790)、ロシア・ジャーナリズムの創始者でフリーメーソンであったノビコフN.I.Novikovらを生むことになる。文学史的により重要なのは、西欧で通例プレ・ロマンティズムと呼ばれている流派に対応するセンティメンタリズム(主情主義)という文学潮流である。ラジーシテェフはこの文学的にはこの派に属している。軽快典雅なフランス語法を取り入れ、古典主義に軽やかさをとりもどしたカラムジーンが中心的作家であったために、この派はカラムジーン派とも呼ばれている。


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