ナロードニキ
народники

人民主義者。アレクサンドル2世の農奴解放令にはじまる19生起60年代から80年代後半のマルクス主義の台頭までロシアの革命運動の主流をなした急進的なインテリゲンチアの一派。 19世紀40年代のインテリゲンチアの知的・精神的運動を経て誕生したロシア社会主義思想は一般に農民社会主義の性格を濃厚におびていた。西ヨーロッパの先進的な政治思想(特にフランスの革命思想とヘーゲル哲学)によって精神的自覚を得たインテリゲンチアにとって、ロシア人口の9割近くを占め、絶対王政と地主階級の抑圧に苦しむ農奴の解放は何よりも緊急の課題でなければならなかった。こうしてロシア社会主義思想の形成は農奴制廃止運動の展開とほぼ一致したのである。
革命的人民主義(ナロードニチェストヴォ)の創立者ゲルツェンはロシアに人民(主として農民)に対して、たんに解放されるべき客体としてのみならず、社会主義の理想を実現すべき主体としての積極的な役割を与えていた。
ナロードニキ主義はゲルツェンによって理論的・哲学的基礎を与えられ、60年代以降チェルヌイシェフスキー、バクーニン、ラヴロフ、トカチョフ、プレハーノフらの指導または思想的影響の下に実践的な社会運動へと発展する。 この運動に参加した青年の多くは下層の地主、僧侶、市民の子弟など、いわゆる雑階級出身のインテリゲンチアであった。かれらはゲルツェンの「人民の中へ!」のよびかけに応じて社会主義の普及ために農村にはいり、啓蒙ないし宣伝活動に従事したのである。