
雑記2002.11〜12
8.12.2002
『すみれの花の砂糖づけ』 江国香織 新潮文庫
著者初の詩集。この人の言葉の使い方が好ましいのは、甘ったるい戯言や抽象的なきれいごとの中に、きらりと光る具体性をもった、例えば「左ななめうしろ」とか、「レバー」とかが生き生きとしているからだろう。
6.12.2002
『インディヴィジュアル・プロジェクション』 阿部和重 新潮文庫
映像専門学校在学中、妙なマサキという男のスパイ養成塾に入った主人公のオヌマ。しだいにエスカレートする盗聴や暴力の末にヤクザの組長を誘拐する。その後マサキはムショ行きで、オヌマは塾を抜け映写技師のバイトをしていた。そんな中同じ塾生だった4人が不穏な事故死を遂げる。精神を研ぎ澄まし、情報を探る中で、錯乱していくオヌマの行方は。
オヌマの一人称の日記で語られる文章だから、真偽の曖昧さが焦点を握り、おかしなトラブルに継ぐトラブルの結果錯乱するオヌマの異常さが際立っていく。オヌマの意識で創られた世界が、現実との微妙なズレを生んで、その齟齬がさらなるズレを生む。どこまでが現実でどこからが虚構なのかもわからない「多重人格的共存」の世界。けっこうすごいね、この人。
23.11.2002
『ALONE TOGETHER』 本田孝好 双葉文庫
他人の波長?を捕まえて、意識の深遠を覗き込み操る事ができる少年が、大学時代の教授に呼び出される。「私の殺した親の娘を救って欲しい」と。彼の周り起こる人間臭い出来事にまどわされながら流される運命。
どうにもこうにも、彼の語る一枚剥がしたような嘘臭さが最後まで気になったが、彼の陰の意識的分身的存在の男が語った、彼と関わった人の不幸な現実に、ホッとした。それがわかっている人なら信頼できる。
20.11.2002
『ニッポニアニッポン』 阿部和重 新潮社
ストーカー行為で東京に飛ばされた引きこもりがちな少年、鴇谷春生は、自分の名前の鴇がトキであることのシンパシーからアイデンティティをそこに求める。学名『ニッポニア・ニッポン』であるトキへの生態系を無視した、政府による身勝手な計画、商業主義を図る地方議会、それを解放する目的だったが、トキの繁殖が確認されるにあたり、憎悪の念から、佐渡トキ保護センターへ乗り込み虐殺することを決意する。
胸糞悪いくらいの少年の身勝手さがやけにリアルで、ネットの匿名性と個人に集約された人間の暴走が、緊張感を持って語られる。しかし、あのラストはどうだろう。そこまで閉鎖的なリアリティが必要だったのか疑問が残る。
16.11.2002
『アウトブリード』 保坂和志 朝日出版社
『私という演算』と同様に、保坂ワールド炸裂のエッセイ集。ネットで千冊書評をやっている松岡正剛氏は、この本をいつでも安心して読めるといっていたが、僕にとっては気合一閃で読んでも、もどかしさが残る。難解だけど、言わんとしていることの端っこをぎゅっと捕まえて読んでいくと、自分がただものではなくなった、ではなくただものなんだと気づかされる。そんな読み方が正解かどうかはわからないが。
11.11.2002
『ぼくの小鳥ちゃん』 江国香織 新潮文庫
ある冬の日、窓枠に「不時着」した小鳥ちゃんと、ぼくと、ガールフレンドの織り成す日々。モーツァルトとラム酒のかかったアイスクリームが好きで、意地っ張りで、でもどこか弱くて、にくめない小鳥ちゃんは、小鳥だから許せるところはあるけど、そのまま女性にしても魅力的だろうな、と思う。なんでも器用にこなす優しいガールフレンドもいいけど。
8.11.2002
『<私>という演算』 保坂和志 新書館
この人の書くことは、小説にして誰かの口から語らせることでわかっててもわからなくてもよい気になるが、それがエッセイといえる形で生の声として聞こえると結構困る。小説の場合は流れの中で大きなテーマとしてあるものが、数ページに垂直的に掘られていると、ここでボクはわかることを強制されている気がして。「ある/ない」、「生/死」、「永遠/時間」、ありふれたテーマが情緒的でなく具体性と思考のせめぎあいで導かれる。
7.11.2002
『走るジイサン』 池永陽 集英社
喫茶「茶々」に集まるのは、家庭よりも仕事を生き甲斐にしてきて定年退職とともに妻から離婚をせまられている健造と、なにかわけありの老夫婦・正光と房枝、そして他の人には見えない猿を頭の上に乗せ、息子の嫁の硬質な態度に戸惑いながらも男としての本能をくすぐられる作次。現代で「老人」という枠組みに組み込まれた人々の哀愁と、もどかしさがいっぱいにつまっている。
6.11.2002
『リセット』 北村薫 新潮社
太平洋戦争下、学生だった私は友達の従兄弟にあたる「修一さん」に思いを寄せていた。しかし二人のもとに迫るB29。時は流れ戦後、小学生のボクは貸し本をしていた「水原さん」になぜか惹かれる。ボクは「…修一」。そして電車の衝突事故。輪廻転生を繰り返す二人の運命は…。
『ターン』、『スキップ』に続く、時間をテーマとした三部作のラストを飾る作品。正直、戦中戦後への資料的描写が多く、しばらくは辛抱の読書をしていた。しかし、しし座流星群のエピソードを絡めたストーリーが最後まで辿り着いた時には、深く暖かい感慨がじわじわとやってくるだろう。
5.11.2002
『もし僕らのことばがウイスキーであったなら』 村上春樹 新潮文庫
アイルランドのアイラ島で本場のシングル・モルトウイスキーを飲む、ただそれだけのこと。売れっ子作家だからできる道楽と言えばそういう気もしなくもなく、うらめしい気分にもなる。しかもボクは齢22にして酒があまり飲めない。ウイスキーなんてもってのほかで、匂いだけで結構です。しかし、そんなだから、楽しめないかと言えばそうでもなくて、そこはエッセイを書かせても一流の作者の面目躍如。ウィットが利いた文章と、ずばっと切れ込むするどさに「まいった」もので、本当は飲めないウイスキーもたちまちうまそうに思えてしまう。
4.11.2002
『レヴォリューションNo3』 金城一紀 講談社
卒論の中間発表を数日後に控えても読書したるは、余裕でも諦観でもなく、逃避です。
で、『GO』を書かれた人の作品なんだけど、これはねぇ…いいよぉ。(深く感慨にふける)地元の落ちこぼれ高校生軍団「ザ・ゾンビーズ」が女子高の学園祭に乗り込む。基本筋はそれなんだけど、キャラクターがしびれる。特に、四種族混合の妖艶なキレモノ、アギ−の台詞にびりびりくる。コスモポリタンに必要な普遍的な武器はボクには(たぶん)ないけども。在日の舜臣の硬質なうでっぷしも、山下の愛くるしい凶運も、ヒロシの優しさも、ジャストフィットした服をピシっと着こなしたような心地よさで描かれている。何回でも読み返したくなる、ボクにとっては稀な一冊になりそうです。
3.11.2002
『人狼』 押井守
これまた卒論用です。そしてこれまた全共闘時代です。こちらはSFチックですが。赤いコートを着て爆弾を運ぶ少女、総称「赤ずきん」を撃ち殺せなかった特別機動隊の男は処罰され除隊を命じられる。そんな男の前に自爆した「赤ずきん」の姉と名乗る女が現れる。お互いの背景に暗躍する権力を知りながら惹かれあう二人。女は墓に入れるつもりだった一冊の本「赤ずきん」を渡す。「人の皮をかぶった狼」たる男の運命は…。
おそらくグリム、ペロー以前の口承民話であった話を参考にしていると思われる節が幾つか見られ、しっている者としてはニヤリという感じだったが、純粋にこれは作品として完成度が高く、変に時代や人間に媚びないトーンが気持ちよい。いやはや、一応卒論の資料なのだから楽しんでいる場合ではないんだけど。
2.11.2002
『マルコビッチの穴』
さえない人形師がたまたま求人広告で見つけたのは7と2/1階にある奇妙な会社。そこで彼は15分間マルコビッチの脳に繋がる扉を発見。同じ階に勤める美人の才女と彼はそれを使ってビジネスをはじめる。彼の同棲相手はマルコビッチ体験から自分が性同一性障害と気づく。屈折した三角関係の行方は…。
前半はかなり笑える要素たっぷりだが、後半になるにつれトーンダウンかな。もし、だれかの脳に繋がる穴があったらどうします。ボクは遠慮しとくかな。むしろいきなり高速道路わきに落とされるほうがおもしろそうだけど。
1.11.2002
『赤頭巾ちゃん気をつけて』 庄司薫 中公文庫
卒業論文資料シリーズで読んだのだが、これがなかなか面白い。東大入試を中止に追い込んだあの熱狂と脆さの同居した時代に、高校生の「ぼく」こと「薫」がユーモアと真面目さを武器に静かに闘う物語。保坂和志の蛯乃木さんに通じる「みんなをしあわせにする」視点や、本当の「やさしさ」たる力を教えてくれる。第61回芥川賞受賞作。