謎のミニ外伝『栄西禅師は牛が好き』 「なあ坂上。お前、仙台松島の生まれというのは本当か」  その日。放浪のフリーター、坂上御幸19歳は、初めて栄西……延暦寺四天王の ナンバー3、禅師栄西に話しかけられた。 なんの接点もない上に、出会いがしらに「フン、お前らぶっちゃけ三日で死ぬん じゃね?なにこのひ弱なもやしっ子シティーボーイ、京都人舐めへんでよ!!」 みたいな事を言われた相手だ。そしてなんだか、遠くから見かけるたびに眉を 寄せ、ざかざかと竹箒で小石をかきまわしている。なぜそこまで掃除にこだわる んだ?と不思議になるほど、懸命に落ちる葉に花といたちごっこを続けている 彼が俺になんの用だろう。 「……へ、へぇ、まぁ」  あせって江戸っ子みたいな生返事をした。その返事に、「ん?江戸っ子?」 みたいな顔をしてから、彼はすとん。御幸が腰掛けていた縁側の隣に腰掛ける。 え?なに?なんで?俺殺されるの?……御幸の指が、磨きぬかれた濃い茶の廊下を すべった。目を反らしたいのに反らせない。こ、こわい……。 じっ……。まばたきもせず、真剣な目でのぞきこまれ、「なるほど」と言われて ようやく首が動いた。勢い良く地面を向き、ぶるぶる震えていると言葉が続いた。 「牛は、平気なのか?」  良く通る低い声だ。御幸の心臓はきゅうきゅう萎縮する。 目を閉じ、怯えている御幸が答える。 「はい、俺は元気です。でも正宗の方がもっと元気です」 「正宗?」 「はい。正宗は親鸞に頼まれて、熊を倒しに行きました。地球温暖化で  冬眠できない熊が京都にも出て、そんで、いや、それで、熊を倒しに  行ったんですが俺はついていけなかったのでマジ暇してて、……あ、  暇でございまして、こうやって、お、お、お暇を潰しておりましたとさ!」  敬語を使ったのはいつぶりだろう。御幸は薄く片方の目だけを開いた。 こえぇ。マジこえぇ。てか、声と顔が合ってねぇ。シビィ(渋い)。 「熊か……」  顔の輪郭に手をやり、少し首をかしげる。 180センチのスレンダー美人が小首をかしげている様は、はたから見ていると 面白いものだが、隣でやられちゃたまらない。ぶる……、御幸は自分を自分で きつく抱きしめ、うるうると潤んだ目で彼を見上げた。 こ、殺さないで……。 「熊はどうでもいいんだ。わりと」 「そ、そうでごじゃりまちたか」  どうやらご不興を買ったようだ。四天王って怖いなぁ、何されるのかなぁ、 俺、ちぬのかなぁ、と走馬灯を走らせながらぼーっと口を半開きにしていると、 彼はついっ……と、丹頂鶴のようになめらかな動作でこちらに向き直った。 う、や、やめろ。延暦寺の男はなぜに、手入れもしねーのにこんな輝いてんだ。 髪の毛のつくりからしてちげーだろオイ、神様仏様よぉ。 「先日、お前の父母が延暦寺に送ってくれた牛タンの包みがあってな。  他の坊主は肉を食わんから、俺にそれが回ってきたんだ」 「へ、へぇ」 「あんまりうまかったから、取り寄せようとして包み紙を見たら、  こう書いてあったんだ。『仙台では全国平均の約9倍の牛が消費されています』  ……と」 「あ、あぁ……名物なんスよ、牛タン……」  かかる重圧をおしきり、御幸がまばたく。 すると、栄西が、まつげを揺らしていることに気付いた。 「不安になったんだよ」 「え?」 「……牛タンというのは牛の舌だろう。ところが、舌というものは人間に  換算しても、体のほんの数パーセントでしかない」 「は、はぁ。そスね……」 「牛タンは、きっと牛の数パーセントしかないんだ。なのに、仙台の人間は  皿に大盛りでそれを出す。定食で、定食でだぞ!?  なぁ。坂上。一皿に何匹分の牛が使われているんだ?あの定食一回のために、  何匹の牛が死んだんだ……?しかも、だ。定食は毎日、仙台のあらゆるところで  軽々しく出される。仙台の飲食店はほとんど牛タン屋じゃないか……!  あんなにたくさんの店で、毎日昼に、あんなたくさんの牛の舌を使い、  また夜になるともっとたくさんの牛の舌を使い、」  御幸は「うへぁ」と声に出して言った。なんでこの人青ざめてるの……!? 見れば見るほど、栄西は冗談でそれを言っているようには見えなかった。 本気。本気で彼は牛について語っている……!! 「……牛は。牛は大丈夫なのか……?滅びて……しまわないのか!?」 なんで!?なんでそんなに牛のことで!?  162センチの少年(19)の両肩に手を置き、がくがくとゆすぶりながら 180センチの四天王(21)が声を震わせ、訴えかける牛問題。 それはものすごく、とてつもなく異様な光景だった。  遠くから、三、四人の若い法師がそんな二人を見つめている。 御幸は前後に揺れながらも、必死に首を左右した。 (ち、ちがう!痴話喧嘩じゃない!あぁあもう!なにこれ!?) 「一皿に何匹を殺したんだ!?なぁ、坂上!教えてくれ!」 「あ、あのですねぇ。牛の舌って、たぶん栄西サンが考えているほど  ちっこくねーはずなんですよ。あんたの?頭くらいはあるはずなんです。  だから一皿一匹じゃなくて、七皿とか八皿はいけるんじゃないかと!!」  がくがくと後頭部を揺らしながら、御幸がみぶりてぶりで話し出す。 すると、栄西は心底ほっとしたように、肩を落とした。 「そうか、そうなのか……そうだよな、それならいいんだ……」 「舌は大丈夫ッスよ。それより、俺はテールスープが気になりますもん〜!  舌はこーんなでっけーのに、シッポってやっぱちっちゃいじゃないスか〜!」  わざと明るい調子でふざける。……と、栄西の顔色が変わった。 「テール……スープ」  形のいい、長い指先が御幸の肩をすべり……、すっ、と離れる。 己の右手のひらで、口元を覆いながら彼は視線を地面に落とした。 地面とはいっても、白い碁石のような平石が敷き詰められた、繊細にして 上品かつ清楚なものである。縁側の縁から投げ出された足は長い。 袴の一部を親指と人差し指で握り潰しながら、彼は何かを言いかけ、 そして再び御幸を見つめた。 「牛……っ、……」  まるで恋する女の名をつぶやくがごとく。 栄西は息をつき、物憂げにそこにいた。 (お、おぉ……なんか、あれだ。美術室にあるアレのようだ)  美術室のアレ。つまり、模写に使う彫像に似た、整った顔立ち。 まさかこの男が、21にもなろうという男が「牛」のことで切なげに 吐息をついているだなんて、誰が思うだろう……。 「牛が、心配なんですか……?」 「ああ。一体この国にはどれだけの牛がいるんだ?牛が足りないから  各国から牛を集めているんじゃないか?だとしたら、仙台で牛タン定食が  出るたびに世界の牛は減っていき、最後……最後には、」 「……いやいや!そんなヤバかったらニュースとかで言いまくってますって!  てか?ほら、なんか牛丼とかも一時なくなったじゃないすかぁ!  だから、今年とか超牛余ってるっぽいって俺は思うんですよぉ!」  ばしばし。今度は反対に、御幸が栄西の肩を叩く。そのまま首に腕をまわし、 ガッ、と引き寄せた。そして、ごつごつ、と頭をぶつけつつ思案する。 えっと……なんていえばいいのかな。 「あ、そうそう!今世界的にヤバいのは少子化っしょ!  人間はヤバいけど牛は平気だと思うんですよねー!」 「少子化はいい。少牛化(しょううしか)が気になるんだ……ッ!」 「少牛化!?」  人間はいい。牛が心配だ。 言い切った後で、彼はふいっ、と立ち上がり、ふらふらとどこかへ 歩き出した。よ、読めない。あの人の思考は読めない。 「……?」  御幸はぽりぽりとこめかみをかき、大きく首をかしげた。 「少牛化……?」  栄西の様子がおかしい。次にそれに気がついたのは、この国に勝る美なしと 歌われ中(現在進行形)の、四天王ナンバー1、空海大師その人であった。 当主、親鸞から依頼された巻物の写経を彼に頼み、出来上がったそれを 確かめていた時のことである。 「なにこれ……」  右上がりの、生真面目で丁寧な文字は、確かに栄西の筆だ。 『牛馬を殺し、男と女を殺し、赤子や老人を殺し、』  戦国時代の人物についての複本づくり。いつもならば武将好きの道元が「やりたい やりたい」と言ってくるそれを、めずらしく彼が取りに来た。念仏や、風景模写、 荘厳な建築などを写したがる彼の、異様にすわった目が気になってはいた。 だが彼は人一倍A型気質なのだ。まかせていいだろう、と思って三日。 たしかに美しい仕事だ。だが、この一文がおかしい。 『牛馬を殺し(てはだめだ)、男と女を殺し……でもいいけど牛はだめだ、  赤子や老人を殺し……たけど牛は逃がした』  数百ページのうち、たった一行だけが改変されていた。 坊主がつむぐ巻物には、歴史を変える力がある。昔、伝えられた歴史は口から 歌へ、歌から書物へとつながれてきた。外界の文字とは違い、この寺社、そして 朝廷で扱われる文字には直接歴史に干渉する筆力があるのだ。 ゆえに、琵琶のメロディや文章の改変は禁じられているはず。 (何を考えてこんな?)  不可解な顔をしている空海の隣で、最澄がそれをのぞきこんだ。 「こんなトコ、改変してなんになるっていうんでしょう?」 「なんだろ……よくわからない。なにか大きな陰謀を感じるけど……。  あのひとって、そういうことするひとじゃない……よね?」 「牛、ですか。確かにアイツは隠れ牛派ですけど……。ここ直しても、  別に松坂牛は来ないのに……ねぇ?」 「おなかすいてるのかな?」 「じゃあ、俺、取り置きの牛肉持ってアイツんとこ行ってきますよ。  どーせアイツしか食わないんだし、とっておいても仕方ないですから」 「僕も行く!ついでだから、……えへ、いいよね?」  にこにこしている空海の表情が……フッ、と影になる。 いきなり暗くなった眼前の理由に思い当たり、空海は少し口元をゆるめた。 「あ、栄西……」  見上げる空海の目の前に、いつしか栄西が立ちふさがっていた。 彼は何も言わず、牛肉を取りに行こうとしている最澄の行く手をさえぎっている。 「ち、ちがうよ!最澄は君に意地悪しようとしてるんじゃないの!  今日はちがうの!そりゃいつもはひっどいイジメもするけど、ほんとは  ほんとは最澄は君を嫌ってなんかいない!」  空海がそう訴えてもなしのつぶてだ。栄西はゆっくりと、無言で首を横に振る。 「牛を取ってきてはいけません」 「えぇ!?どうして!?最澄は性格が悪いだけなのっ……  そんな彼が、今日はなけなしの優しさで牛を取ろうといっているのに……!?」 「そ、それ逆にヒドくないスか……?」  穏やかなノリツッコミにも動じない。栄西のただならぬ真剣な目に、二人は 射抜かれたように硬直していた。な、なんだろう。今日に限って栄西のこの表情は。 「いいんです……俺は」  俺『は』?きょとんとする二人を残し、栄西はふらふらとまたどこかへ 消えていった。まるで狐に化かされたかのような一瞬。 最澄と空海は、目を丸くしたまま、互いに顔を見合わせた。   「あのね、えーやん。そういうのは『いんたぁねっと』だよ!  『いんたぁねっと』で「牛」を『けんさく』すると、牛のことが  わかるの!……まったく、これだから時代遅れな男ってヤダね!」  寺の中をめぐりめぐって五日。悩みに悩みを重ね、ついに自分でもわけが わからなくなってきた栄西は、最後の最後にその部屋をたずねた。  炊事班の寝所の近く、掃除班の寝所からは遠い二人部屋。はじめ炊事班に いたはずの道元は、一度炊事場を吹き飛ばしてから掃除班に異動させられたという。 それゆえに、炊事班近くに部屋を持っているのだった。  御幸と正宗が使用している、客室タイプの二人部屋は、東門特攻隊長の名目により 与えられたものだった。大抵の小坊主が4〜6人用の大部屋に住んでいるにも関わらず、 彼は齢14にしてこの部屋を持ち、そこにリルケを住まわせている。 甲斐性があると言わざるを得ないだろう。  親鸞の本堂、四天王の一人部屋、東西南門(北門はない)特攻隊長の二人部屋。 己の部屋よりいくばく狭いその、静かな部屋にリルケがいた。  部屋の主は座禅をしに行ったらしい。 金の髪をさらしながら、レプンクル・遠藤・リルケは肩をすくめる。 「僕なんか、ずいぶん前、朝廷に攫われる前から父上に『いんたぁねっと』を  いただいたんだから!これからはネットの時代だし、レプンクルが  古いしきたりをやぶることで、兄者の仕事も減るってわけさ!」  フン。そこまで一口に言い切って、背を向ける。 ここに来て数週間で、彼はいっぱしの口がきける地位にまでのぼりつめていた。 さすがというかまさかというか。全体的に法術系、補助系の延暦寺に足りないのは 法隆寺的な武術、直接戦闘力なの!と親鸞様に進言し、あっというまに道場を作らせ、 そこで武術を教えるようになったのだ。こじんまりとしてはいるが、国宝の 掛け軸や薙刀の飾られた、質素で古風なその場所に、彼の目の色はよく映えた。 位としては下っ端で、力量的にはずば抜けており、術は一切使えない。 素質すらない。実に法隆寺的な新入りの強さに、やはり見惚れるのが男の性なのだろう。 彼の道場はわりと流行しているようだった。 なにせ、獣の耳を持つ異人。それだけでめずらしいのに、この少年には我らには ない魅力がある。天使だ、と「延暦寺東門の戦い」で称された美貌、親鸞様に匹敵 すると噂のその声。気高さと、荒々しさが同居するその小さな身体をちぢこめ、 彼はなにやら紙に文字を書いている。 「で?何を検索するの?」 「け、けんさく……」 「『牛 絶滅 心配』と『牛 消費量』あたりでいい?」 「あ、あぁ」 牛 絶滅。牛、消費量。小筆でがすがすと乱暴に書き殴ると、 リルケは部屋の奥に入り、からからと窓をあけてそこに乗り出した。 半身を窓の外に出し、足をかけて位置を固定し、そのまま指先を空に伸ばす。 「インター!ネット!おいで!」  もう片方の腕を口元にあて、甲高い指笛を鳴らす。 と、数秒たたないうちに大型の鳥獣……あれはおそらく鷹だろう……が二匹、 空気をたわませるような、湿気た音を出しながら舞い降りてきた。 リルケは栄西に向き直り、ぱたぱた、と足を動かして得意げに言う。 「こっちの茶色いのがインター。黒いのがネット」  時折、身をよじるように羽を伸ばし、また閉じる二匹に、栄西はたちまち 夢中になってしまった。雄大で大振りな、華奢な王子に似合わぬはずのその夜鷹は、 若き王としての笑みをたたえるリルケの、その威厳を否応なく高めている。 これは文献で見たことがある、これがあのインターネットか!!  延暦寺には、男が喜びそうなものはあまりない。車、酒、女、タバコ、つまり 嗜好品の類は見たことも聞いたこともないのが普通だ。ゆえに、それらはないものと され、四天王の脳内にもあまりない。女は朝廷にいるらしい、酒は親鸞様が飲んでいる らしい、車は外界を走っているらしい、たばこは何かがたばになっているのだろう、 と予想はつく。だがそれは伝え聞くもので、見て触れた知識ではないのだ。 妄想するおっぱいと、実際揉んだおっぱいが違うようにその間には隔たりがある。 ……よって。彼らにとっては、鳥獣や屏風、数珠や巻物などが身近なトレンド。 その上、王族の持つ鷹である。これは、栄西でなくとも欲しい一品だ。 せめて刀があれば、その銘柄を競いもしたのだろうが、ここには仏具しかない。 仏具のグレードをきゃっきゃと見比べるのはなんだか違うと思っていたところだったのだ。 「じゃあ飛ばすね。……インター、今日は北方から西南に強い風が吹いてる。  ネット。上昇気流が低いみたいだ。気をつけて」  栄西が、おそるおそるネットのくちばしに触れた。すると、彼は愛想よく 栄西の手の甲に頭を寄せてくる。目を閉じ、その、予想より柔らかな毛をもって。 「よし!行って!!」  腕の一振りで、彼らが飛び立つ。その勇ましさは筆舌尽くしがたい男の浪漫だ。 「すごいな……インターネットというものは……」  二色の羽根が舞う空を見上げ、法衣の青年は目を細める。 なるほど、これなら迅速に情報を集めることなど容易いだろう。 「フフッ、秘密だからね。僕がITに詳しいなんて」  リルケが人差し指をたて、腰に手をあててみせた。 栄西はそれを、羨望のまなざしで見ている。 ……返事は二日後だ。 「で。結局、それについて心配している文献や情報は一件もなく。  牛タンの美味しさや『牛はさておき馬は』、のような返答ばかりが戻ってきたと  いうわけですね……?(実話)」 「うし……」  うなだれて、縁側の柱にもたれかかっている栄西を見て、正宗はそう繰り返した。 御幸を見るたびに、目を伏せ何かを思っている栄西を、ここ数日何度も見ている。 「こんなに牛を心配しているのは俺だけなのか……、それとも、俺が世界で最初に  牛の危機に気づいたのか……。食べないで欲しい、みんな、食べないでほしい……」  平静を装っていた彼が、さりげなく(それは正宗から見ると必死にも見えたが) 問うてきた疑問。それに答えた瞬間、彼は動くのもおっくうになったようだった。 『肉牛と乳牛はどうちがうんだ?』 『肉牛は茶色いんですよ。で、乳牛は、おそらくあなたが想像している白と黒の  ホルスタインだと思います』 『肉牛と乳牛は違う種類なのか!!』 『ええ』 『ど、どのくらいで出荷するんだ?』  まばたきもせずにこちらを見上げる栄西。こんなにたじろいでいる彼を見たのは はじめてだった。延暦寺の中でも、一、二を争う静謐な方だと思っていたのに。 『肉牛が二年から三年。乳牛は四年から八年でしたっけ』 『二年……!?ま、まだ言葉も話せない(普通牛は話せない)、何も知らない  あどけない子牛を出荷してしまうのか!?な、なにもわからない子牛を!?  あ……そ、そうだ。ミルクを出さない乳牛の雄は……雄はどうなってしまうんだ?  必要なのは牝だろう?そんなに雄は必要ないよな?こ、殺すのか?食べるのか!?』 『どちらにせよ、最終的には消費しますね。最後は全部肉になります』 『結局食うのなら、生産量はかなり高いということか。じゃあ牛は大丈夫  なのか……。しかし、長くて八年か……俺の部屋では牛は飼えない……』  そして、「うし……」である。  心を痛め、目を閉じて拳を胸にあてている栄西の隣で、着物の襟を正し、 結わえていた髪をほどいた。もう一度それをきつく縛りなおしながら、正宗は思う。 (俺達は殺し、俺達は狩られる。だけどその輪の中から、外れた法師がいてもいい。  優しい人だ……それでいて、どこかおかしい……) 「年間消費量がこれだけあって、生産量がどれくらいで、と数値ではっきり  出してもらわないと納得できないんだよ。うし……」 「今度牧場でも行きますか?そうしたら、あなたの悩みの半分くらいは  取り除いてあげられるかもしれない」  そう言って笑うと、栄西は、こてん、と頭を柱につけて小さくうなずいた。 「行く……」 彼の長い髪がさらさらと肩をすべりおちていた。 日に透けそうな、薄い色素。遠く、小鳥の鳴き声がしている。 ここにはなにも余計なものがなくて、それがとても気持ちいい。 「貴方って、ものすごく生真面目な方なんですね」  風が吹き、栄西の黒衣はばさばさとはためいた。 「それが俺なんだ。残念ながら、割り切れるタイプじゃない」  視線を交わし、同時に口元をゆるめた。 いつならあいている?……その、ささやかな声に。 正宗は微笑む。ええ、わりといつでも。