03/12
「進井様がみてる 第2話 紅蓮魔雪の溜息」 Unlocked Room Novels
初出:「ミステリ系音楽会の夕べ」 原案:のりぽん・ザ・リッパー
作:鍵屋壊夢
主な登場人物
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進井彗子(すすい すいす) 文芸部員。劇に助っ人参加。
年未青(としみ あお) 文芸部員。
日向元(ひなた もと) 文芸部員。
九条里流(くじょう さとる) 文芸部員。
紅蓮魔雪(ぐれん まゆき) 文芸部員。萌えがわからない。
砂言紗香(すなこと しゃか) 演劇同好会顧問。
年未成(としみ なる) 青の双子の妹。バーチャルネット声優。劇に助っ人参加。
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1:楽屋

「進井くん、調子はどう?」
開演を目前にして深呼吸をしながら気持ちを落ち着かせようとしていた進井彗子の前に紗香が現れた。
「舞台は久しぶりだし、少し緊張してます」
「あらあ、大丈夫よ。進井くん台詞はばっちりだし、心配なのはむしろ成くんの方」
紗香は彗子の肩を軽くもみほぐしながら、リラックスリラックスと声をかける。
「あ〜、しゃかせんせ、ヒドイ。ぼくも頑張ってるのに」
彗子の隣に座っていた年未成がむくれた。
「はいはい。無事に舞台終わったら、みんな食事に連れてってあげるからね」
「わ。じゃあ、ぼくはアンミラがいいな」
「らじゃりましたー」
成の頭をなでる紗香を見て彗子の表情がいくぶんやわらいだ。
「うん、その表情いいね。舞台では笑顔よろしく、進井くん。さあさ、みんな準備はいい?」
部屋中に響き渡る紗香の声を合図に、楽屋にいた者たちが慌ただしく動き始めた。



2:客席

永世女学園・演劇同好会「冬の発表会」の客席最前列に文芸部のメンバーが鎮座していた。
「ところで、なんで進井ちゃんが劇に出ることになったの?」
「演劇同好会顧問の紗香先生に誘われたみたいですよ」
日向元の問いに九条里流が答えた。進井彗子は文芸部所属なのだが、元演劇部というところを
買われ演劇同好会の助っ人として今回の劇に参加しているのである。
「えへへ、せんぱい、成ちゃんも出るんですよー」
「なるっちも?」
年未成は年未青の双子の妹である。声優部に所属していて、インターネット上でバーチャルネット声優
なんてものをやっているのだが、彼女も紗香女史のお気にいりだったらしい。
「ふうん、わたしが浦賀再読してる間にそんなことになってたんだー」
「そういえば再読どうでした?」
「浦賀最高。なんだけど『記号を喰う魔女』でちょっとおなかいっぱいになっちゃった。
 次は『マルドゥック・スクランブル』読もうかなー」
「あ、それはぜひ、ぜひ。面白いですよ」
「青は最近何読んだ?」
「青は冬コミの本作らなきゃいけないんで、忙くて本読む暇なんかないです。
 先輩たちがなかなか原稿書いてくれないから…」
「え、ごめんごめん。でも、都楽ちゃんとかくーみん先生も書いてくれてるんでしょ?」
「そうですけどー。でもでもでもぉ、最初にミステリサイト本作ろうって言ったの、もと先輩なのにー。
 書いてくれないんですか? 青泣いちゃいますよ」
「わあった。わかった。ちゃんと書きます。書かせていただきますよ。
 れんまちゃんと古井ちゃんのラブラブ小説でもなんでも」
「わたしと古井さんがどうかなさいまして?」
突然、背後から冷ややかな声をかけられ、元は思わず背筋をピンと伸ばす。
「ごきげんよう」
青の隣に音もなくすっと優雅な仕草で腰をおろしたのは紅蓮魔雪である。
魔雪の瞳はすでに攻撃的な色を帯びていた。
その視線で見つめられると尖りキャラである元でもたじたじになってしまうのだった。
「わたしと古井さんのラブシーンにそんなに需要なんてあるのかしらね?
 それってやおい萌えというやつでしょう? わたしには全然まったく理解できないな」
「ええっと、この場合、蓮魔さんも古井さんも女の子なので、やおい萌えではないと思います」
「あら、そう。そうね。この世界ではそういうことになってるのね」
「……?」
「あ、そろそろ劇が始まるみたいですよ」



3:舞台

劇はミステリ仕立てのものであった。古びた館で開かれたパーティー。突然の嵐に館に閉じ込められる一行。
食事会での最初の殺人。仮面の殺人者。第2第3の犠牲者。名探偵登場。明かされたトリックと犯人。
進井彗子は探偵の助手をつとめることになるメイド役、年未青は危うく第4の犠牲者になりかける少女役、
砂言紗香は館の女主人にして犯人役として好演をみせていた。
そして、終幕目前…

女主人「ねえ、探偵さん。最後に一杯よろしいかしら?」
探偵「構いませんよ。自ら毒をあおるつもりでなければね」
女主人「ふふ、すべてお見通しなのね。心配しないで、そんなことはいたしません。リリス、ブランディを」
メイド「はい、奥様」
女主人「さあ、探偵さんもローズマリーもナージャもグラスをおもちになって」
探偵「いただきましょう」
少女A「はい…」
女主人「残念だわ、ナージャ。あなたが亡き者になればローズマリーにすべての遺産が転がりこんだのに」
少女B「………」
女主人「そんな怖い顔をしなくても、大丈夫。あなたの勝ちよ。では、乾杯」

メイド服を着た女の子が1人崩れ落ちる。
息をのむ観客。どんでん返し!? まさか真犯人はメイドのリリスだったのか!?
だが、舞台の上の役者たちまでもが驚愕の表情で、倒れたリリス…進井彗子を見つめていた。
新聞記者役の娘が慌てたように彗子にカメラを向けてシャッターを切った。



4:閉幕

進井彗子は命に別状はなかった。強力な睡眠剤を摂取したことによる一時的な昏倒と診断された。
事件直後は彗子が倒れる直前に口にした飲み物の中に睡眠剤がいれられていたのだろうと思われていたのだが、
舞台の上に残されていたグラスの中からはそれらしき成分が検出されなかった。

「じゃあ、どうやって進井先輩は眠り薬を飲まさせられたっていうんですか」
状況を説明した紗香に文芸部のメンバーたちがつめよっていた。
「そんなのわからないわよ。もしかしたら進井くんがこっそり自分で飲んだんじゃないかって」
「進井さんがそんな悪戯自分でするわけないですよ」
「確かにそうよ。でも、舞台はあの通り衆人監視の状況なのよ。あなたたちも観ていたわけでしょう。
 彗子さんが口をつけたグラスに睡眠剤が仕掛けられていなかったとしたら、彼女が自分で飲んだとしか思えないし」
「グラスのふちのほんの一部分に睡眠薬が塗られていたとか」
「それだけで昏倒するほどの量を摂取できるかしら?」
「進井先輩の口をめがけて遠くから睡眠剤を発射した」
「そんな水鉄砲を持った人は舞台にも客席にもいなかった」
「犯人はスリットミカコで、進井さんの口の中にスリットを作ってそこから眠り薬を飲ませた」
「さけてー」
「っていうか、テレビの見過ぎ」
「トリックはわかってるわよ」
紗香と文芸部メンバーの推理合戦を制したのは、彗子の見舞いに保健室へ行っていた魔雪であった。
「れんま先輩わかっちゃったんですか!?」
「ええ、初歩的なトリックよ。あまりにも基本的で古典的な手法の1つなので、
 今のミステリではとてもじゃないけど使えないけどね。元さん、あなたミステリを何年読んでらっしゃるの?
 進井さんが被害者で頭に血がのぼってしまってるのかしら」
「しょ、しょうがないじゃない。わたし古典嫌いなんだからっ」
「もう…、あなたもメフィスト賞ばっかり読んでないで、たまには古典の名作も読みなさい」
「うー」
「ミステリ小説では単純すぎて今さら誰も使わないようなトリックでも、実際にやられたら意外に気づかれない。
 現実は小説とは違うということね」
魔雪はテーブルの上に置かれていたグラスを右手に取り「乾杯」と言ってグラスをあおる真似をした。
そして皆に向かって微笑みながら、ぱっと手を開く。
グラスが床に落ち、ぱりんと音をたててくだける。
「………………」
「………なに?」
「さて質問です。わたしの左手には何があるでしょう」
皆が魔雪の左手を見つめる。手ぶらだったはずの左手には一輪の花があった。
机の上にあった花瓶から抜き取ったらしい。誰も魔雪が花を抜き取る場面を見ていなかったため、
魔雪の手に突然花があらわれたように錯覚しかけた。
「あ…、そういうことですか」
「里流さんはわかったみたいね」

「進井さんが倒れた。その瞬間みんなの視線は彼女へ集中している。その間にグラスをすりかえる」
「グラスはすりかえられていたから睡眠薬が検出されないのも当然」
「つまり犯人は、グラスを最後に受け取ってリリス…進井さんのもっとも側にいた新聞記者役の彼女」
「で、でも、動機は? 彼女それほど進井くんと親しかったわけでもないし」
「さあ、そこまではわたしにもわかりません」

「あ、はーい。れんま先輩。青わかっちゃいましたあ。
 あの人カメラを持ってて進井先輩が倒れた後に写真とってましたよね。
 実は進井先輩倒れたときにちょっとだけ…見えてたんです。」
「見えてたって?」
「はい。そんな姿を写真にとっておきたかったのかなって。進井先輩のメイド姿すっごくかわいかったし」
「そ、そんな動機って…、メイド萌えとパンチラ写真とりたかったのが動機なんて、そんなのありなの!?」
「う、ちょっと焼きまsげふんげふん」

「やっぱりわたしには萌えって理解できないわね…」
紅蓮魔雪は溜息をついた。




なお、この作品は純然たるフィクションであり、登場人物に似た名前の実在の
人物とは一切関係ありません。