人生、苦しいことも、悲しいことも有る。2002年版
 ってな訳で、人生についてちちっと考えてみます。
 他と比べて、ローテンション。まったりと、時にはもの悲しく人生を語ります。


【バックナンバー】
 2000年版 ごんじぃの目指すものがチラホラと。
 2001年版 ごんじぃの価値観を多く掲載。
 2002年版 このページじゃ。ごんじぃの人生失敗談を中心に掲載予定。


【 お品書き 】
 ★★02/01 「無駄ではない努力」
 ★★05/12 「恋は劇薬」

 ★★05/14 鬱について その1 「鬱と鬱病」
 ★★05/15 鬱について その2 「心の痛みは、心の架け橋」
 ★★09/28 鬱関係 青少年に贈る、鬱の対処方法 序章 新新新
 ★★10/02 鬱関係 青少年に贈る、鬱の対処方法 本編 新新新

 ★★08/20 「祖先に思いを馳せる時」
 ★★08/24 「脈々と受け継がれる生命」

 ★★12/23 「ごんじぃの恋愛失敗談」 その1 +序章
 ★★02/02 「ごんじぃの恋愛失敗談」 その2
 ★★03/01 「ごんじぃの恋愛失敗談」 その3 〜終章
 ★★08/28 終わったならば・・・
 ★★09/12 永遠の鎖 忘れる努力









 
★★02/01 人生について 無駄ではない努力

 人は皆、「業」を背負っており、聖人君主になれるものではない。
 しかし、良き人たれと努力を続ける人と、それを放棄している人では、微妙に違うものだ。
 その積み重ねが、いつしか大きな差になるのだと思う。

 そういえば、我が師はこう語っていた。
 「行動を変えれば習慣になる。習慣になれば心が変わる」、と。

 ワシを偽善者だと思う者も居るかもしれぬが、恐らくそれは間違いではない。
 残念ながら、ワシは善人などでは無いのだから。
 しかし、善人で有りたいと願い続けているし、そうであるよう努力もしているつもりだ。

 そうやって生きることが、自分自身への誇りとなる。
 そして、死ぬ時にも己に満足して逝くことが出来るような気がする。



 
★★05/12 人生について 「恋は劇薬」

 恋とは実に劇薬
 良い時は天国にも昇る気持ち。
 悪い時は人生の全てが真っ黒。

 某サッカーチームに入れ込んでいるワシは、日本でも最底辺を彷徨う成績に殷々鬱々でした。
 それがこの日は劇的な逆転劇で、もう幸せ120%(笑)
 これも恋みたいなもんですね。

 色々と気苦労も有るけれども、「このために生きていた!」と思える時が有るのは良いものであります。
 いや、良い時だからこそ言えることではありますが・・・ (^^;




 
★★05/14 人生について 「鬱と鬱病」

 鬱と鬱病は違うもの。
 鬱とは「精神状態を表す言葉」で、健常者だろうが誰でもなりうる「塞ぎ込んだ精神状態」のことです。

 一方、鬱病とは「精神の病」のこと。
 症状を簡単に言うと「些細なことで鬱になる」もしくは「ほとんど理由も無く鬱になる」といった感じ。

 例えば、一人暮らしの夜。
 特に理由もなく孤独感にさいなまれ、どんどん気持ちが苦しく、悲しくなってしまう・・・
 といった具合。

 原因が全く無い訳ではないが、それほどまで強く落ち込む理由も無いのに深く強い苦しみが続く。
 これが鬱病。これが結構、苦しいんです。


 
★★05/15 人生について 「心の痛みは、心の架け橋」

 そう、実は私も昔、鬱病でした。
 当然、根拠の無い孤独感と精神的な苦痛なども味わったこともあります。

 しかしながら、悪いことばかりでもありません。
 当時のワシは、心の痛みを常に「実感」できたので、人の痛みも自分のものと感じていたように思います。
 そして、共に悲しみ、乗り越えようと頑張ったことも有りました。

 しかし・・・ そうなんです。
 過去形なのです。

 今のワシは実に脳味噌天気で、人の痛みを「実感」出来ない人間になってしまったように感じています。
 苦しいという感覚をどうしても共有出来ず、客観的で、静かな自分。
 そんな自分にとまどい、落胆することもしばしば。

 確かに、自分は楽ではあるのですが・・・
 そんな自分が余り好きではありません。

 もし、鬱になった時、その痛みを大切にして下さい。
 心の痛みは、他人の痛みを知る架け橋なのです。


 
★★ 09/28 【人生】 青少年に贈る、鬱の対処方法 序章

 以前「鬱の意義」について書いたのですが、やはり苦しいことは苦しい。出来ることなら治したいのは誰も一緒でしょう。そんな訳で今回は鬱の原因とその解決方法をご紹介しましょう。

 ではまず、鬱が一体どうやって発生するかについて考えてみましょう。まずは 1.悪い状況があって 2.それに対処し切れず 3.後ろ向きな考えになると発生します。

 これらを打破するためには 1.環境を変え 2.逆境を乗り越える行動力を鍛え 3.どうしようも無いなら積極的に癒すor発散するor考え方を変える等々・・・ といった具合に、発生する各段階への対処方法があると思われます。


 その3-1 薬物療法
 最もお手軽かつ確実な方法で、上記の3区分でいうところの第3段階目に対する対処法です。
 しかしながら、風邪薬や麻酔薬と同様に「痛みを和らげる」効果でしかありませので、根本的解決にはなりません。酒類も同様で、私はこれらを完全否定はしませんが、重病であるほど依存症に陥る危険が有るだけに、そちらに溺れそうならば薬を処方してもらった方が賢明だと思われます。

 その3-2 内面的に癒すor
 これまた3段階目に相当するもので、カウンセリングや内観療法、哲学文学といった種類のものがこれ。気を楽にするとか、ウジウジしている自分を受け入れるとか、弱い自分でも良いじゃないかとか、そういった内面的哲学類です。

 しかし実はこれ、なすべきことを全てやり切った人が取るべき選択で、多くの場合、その前にやるべきことがある場合がほとんどなのです。


 
★★ 10/02 【人生】 青少年に贈る、鬱の対処方法 本編

 その2 原因に立ち向かう
 やるべき事とは、すなわち困難に立ち向かうこと。すなわち、宿題が多いだとか、受験がだるいだとか、未成年に見られる鬱病の多くは、これらの問題から逃げ続けていることが原因です。そんな彼らに対しては「そっとしておけば良い」などという「手抜き教育論者」も居られますが、それはキッパリ『嘘』と申し上げておきましょう。

 すなわち勉強とは、学習しなければ一生修得することはできません。逆に、学習すればするほど楽になるものです。例えば英語の長文では、単語を沢山覚えている人の方が楽に読解できますよね? 努力を重ねれば重ねるほど、勉強は楽しく、楽になるものなのです。

 そんな訳で、目の前の面倒なものから逃げることなく、立ち向かってみましょう。例えば、大学生なら山と残ったレポートを、まずは1枚やってみましょう。すると、課題の残りは1枚減り、それを続ければいつかは完成します。千里の道も一歩から、ってな具合ですね。こんな感じで、人間、頑張り続ければ何とかなるものなのです。

 逃げることに慣れてしまった人は、立ち向かうことを恐れるようになってしまいます。
 しかし、頑張ることを続けてみれば、結構やれるもんだ、ということが分かるようになるはずです。そしていつの間にか、その努力に慣れている自分に気付くはず。そうなればしめたもの。ウジウジしてた時よりもずっと、生きていることに張り合いが出て、充実感いっぱいになることでしょう。

 そんな訳で、逃げるのは止めにして、困難を乗り越える努力を続けてみましょう。
 より良い未来がきっと開けますから。
 そうすれば、鬱という言葉もいつの間にか忘れているはずです。









 
★★08/20 人生について 「祖先に思いを馳せる時」

 先日、ワシをとても可愛がってくれた祖母が亡くなった。
 90年以上も生き、何人もの曾孫の顔を見れたのだから、充実した人生だったと思う。

 葬式には沢山の親戚が集まっていた。えらく複雑で、何が何だか良くワカラン状態だったけれど、ちょっぴり驚くと同時に、血の繋がりについて考えさせられた。

 祖先らが私たちに望んだことは一体何だろうか。
 ワシの祖先らを育んできた風の走る水田や、山、川、海を感じながら、自然と生命と、祖先らについて思いを馳せずには居られなかった。



 
★★ 08/24 【人生】 脈々と受け継がれる生命

 さて、皆さんは系図とか祖先について考えたことは有りますでしょうか。
 すなわち親は2人、祖父母は4人、曾祖父母は8人、曾曾祖父母は16人といった具合に増えて行きます。そして何と、10代ほど遡ると1024人に膨れ上がります。20代遡ると約10万人、30代だと何と1億人です。
 かなり乱暴な概算ですが、平均25歳で出産されたと計算すると250年で1024人、1000年前で1000億人となります・・・(笑)

 ここまで来ればお分かりでしょうが、親戚同志の結婚も有り得る訳で、1000億の祖先が居ることはまずあり得ません。それでも10万年以上も昔から、人としての祖先が居て、脈々とその血が受け継がれてきたことを考えてみて下さい。
 自分という1つの存在、命に大きな尊さを感じずには居られなくはないですか??





































 
★★2001/12/23 ごんじぃの恋愛失敗談 その1

 ずっと後になって、はじめて分かることが有る。
 もし、私の経験が誰かの役にたてば、と思い、筆を取りました。


 大分昔の話になりますが、こんな私でも1人の女性とお付き合いする機会が有りました。当時の私たちは、お互いに心から「愛している」と言える恋人であり、苦楽を分かち合う親友でもありました。しかし、物理的に距離が離れてしまったことに加え、自分自身すら支えることが出来なかった私の至らなさもあり、彼女は、4年近く続いたその関係を絶つ決断をしました。
 今回は、そのことについて、順を追って語ろうと思います。


1.当時の私と彼女

 当時、私は「誠実とは何か」「永遠の愛なんて有るのだろうか」と自問自答を繰り返しておりました。

 私にとっての誠実さとは、いたわり愛することであり、嘘をつかないこと、欺かないことであり、何よりも傷付けないことだと考えておりました。
 そして自身へ対し「誠実であれ」「常に良き人たれ」と常に強いており、その生き方はさながら苦行僧のごとし。しかしながら、完璧を目指しても完璧になれる訳も無く、逆に己の「業」に落胆することしばしばでした。
 そして、ふと目をあげてこの世を見渡せば、愛し合ったはずの夫婦が分かれることも多々有ります。そんな世の中、永遠の愛など有るのか、自分自身も彼女を永遠に愛し続けることが出来るのか、もし愛せなくなってしまったとしたら・・・
 彼女に夢中で、熱烈に恋していたと同時に「彼女を『絶対に』幸せにしなくてはならない・・・!」といった義務感を抱えていた私は、そんな不安から、彼女に対して「一生君を愛し続けるよ」と、永遠の誓いを語ることは出来なかったのです。


 その一方で、彼女はいつも「誠実さとは何か」「結婚とは何か」を問い続けていたようです。
 彼女は、親戚等の家柄が複雑なこともあって、愛情が希薄なのに己を殺しつつ結婚生活を続ける「冷えた家庭」を知っていたので、結婚には否定的で、常々「結婚なんてしたくない」と語っておりました。
 彼女は、結婚生活を守るための『配偶者への表向きな誠実さ』に対し欺瞞を感じ、その反動から、自分に嘘をついてまで結婚を続けるべきではないばかりか、己を抑えるよりも自分の欲望に素直であるべきだ、と考えていたのです。そして、冷えた家庭で傷付く子供を知っていたためか「子供なんて欲しくない」とも語っておりました。


 それを聞くたび、私は悲しく思っておりました。結婚なんてしたくない、という彼女の言葉は、私との結婚の拒絶とも取れたし、子供に云々についても私の結婚観と大分違ったからです。
 「僕とは結婚したくないのかい? 子供、本当に欲しく無いのかい?」言葉にならない問いを、何度も語りかけていたように記憶しています。しかし、ついにそれを口に出すことは有りませんでした。

 私は彼女と共にずっと生きて行きたいとも、彼女を絶対幸せにしたいとも思っていました。意志も、そして心もそう意識していました。ですから別れる=結婚しない、などとは考えも付かなかったのです。ずっと一緒であることが自分の中では当然で、それはきっと彼女にも伝わっているはずだ、と思っていたことも深く語らぬ理由の1つでした。

 それに、そんな問いを吹き飛ばしてしまう程、共に過ごした日々は実に楽しかったので、そういった「結論」までの語らいをすることはほとんど無かったのです。





 
★★02/02 ごんじぃの恋愛失敗談 その2

2.誤解

 喧嘩もしながらも、甘く楽しい日々が続いておりました。
 しかし、大学卒業が迫った彼女は、就職難の中で就職活動を始めることになります。

 そして、そんな中でもいくつかの内定を貰うのですが、彼女の親は、よほど素性のしっかりした所以外では就職を認めようとはしません。そしてコネの問題等もあり、就職は実家の近くに、ということになってしまいました。彼女の実家は静岡といってもほとんど名古屋近辺。そのため、遠距離恋愛になること濃厚となりました。

 それが決定的になってしまった頃、いつものように彼女の住む学生会館の横で、別れを惜しんでいた時のことでした。「ああ、実家に帰っちゃうんだね・・・」と私が愚痴をこぼしてしまったところ、彼女が少し間を置いてから「もし・・・ 私のぜ〜んぶ、受け止めてくれるなら・・・ 東京に残っても、いいよ?」そう言って彼女は上目遣い気味に私を見たのでした。
 「う、うぅむ・・・」それが私の反応でした。『彼女の全て』という言葉の重みに尻込みしてしまったのです。「でしょ〜? だから残れないんだよぅだ」少しおどけたように、彼女はすねて見せました。
 その時の私は、そう言った彼女の真意を知らなかったのです。
 そして彼女も・・・

 続く



 
★★03/01 ごんじぃの恋愛失敗談 その3  4月、21月に若干訂正&補記


3.遠距離恋愛になって

 様々な事情もあり、彼女が実家に戻ってからも、お付き合いは続き、遠距離恋愛を頑張っておりました。しかし、片道は3時間弱で旅費5000円に加え、宿泊代をプラスすると、出不精な学生(学年1つ下)だった私にとってはかなりの負担ではありました。

 しかし、最大の障害は彼女の母親とのすれ違いにありました。
 学生時代に、門限付きの学生会館に閉じこめ、過干渉とも思える監視を続けた彼女の母親に対し、私は余り良い印象を持って居らず、普段から彼女の母君に対する愚痴を聞いていた私は、「むしろ自分の方が彼女の理解者だ」などと思い上がっていたのです。
 そして、実際に母親に対面した時もそんな態度だったものですから、話が上手く行く訳もありません。母親からすれば不誠実で生意気な子供。そんな私に対する余計に印象はさらに悪くなり、彼女は私と母親との板挟みになってしまいます。
 私も母親も共に、同じ彼女を大切に思う人だということを理解しなかったこと。これは最後の最後まで響く最大の失敗だったように今でも思います。

 争点は価値観の相違と・・・ もう1つは誤解にありました。
 以前にも書いた通り、私は彼女を何が何でも絶対、幸せにしたいと考えておりました。しかしながら、それ故に、未来の倦怠期だとか見知らぬ恐怖に怯え、「永遠の愛」を誓うことは出来なかったのです。しかし、彼女の母親はそれを「無責任・不誠実」と捉えてしまったのです。

 そんな訳で、母親は事有るごとに彼女へプレッシャーをかけていました。それに疲れ始めていた彼女が、ある日こう語ったことが有りました。「どうせこのまま付き合うなら、結婚でもしなさい、って言われたわ・・・」と。
 私は、『だったら結婚しようよ』という言葉を飲み込みました。自分の中ではそれが当たり前だったことも有りましたが、彼女が「結婚なんてしたくない」と繰り返していたのも、理由の1つでした。
 この一番大切な部分が、お互い最後まで伝わっていなかったのです・・・・


 そして・・・ 複雑な事情もあり上記のような誤解とすれ違いも重なり、その重みに耐えかねた彼女は離別の決断をするのでした。

 何だか煮え切らない文章になってしまいましたが、書くべきではないことまで色々と必要になってしまうので・・・ ご了承下さい。



4.振り返って

「未来のことなんて誰にも分からない。だから今の貴方の気持ちを言ってくれればいいのに・・・」そう彼女は語っておりました。それに対して、私は「未来のことは分からない」と、彼女の言うことを理解せず繰り返していました。「嘘を付かない」という、私なりの誠実さを語っていたつもりだったのです。そして、私の中で彼女が大切なことは分かり切っていたことだったので、多く語ることも有りませんでした。しかし、彼女のとってそれは逃げているようにも感じたのでしょう。「逃げてばっかり・・・」と最後に彼女は呟いていたのを覚えています。

 確かに、未来にはどんなことが起こるか分からない。本当に心の底から愛していたとしても、もしかすると、愛情に終わりがやってくるかもしれない。それは誰にも分からない。けれども、その人と共に生涯を歩いて行きたい、幸せにしたい、そういった気持ちが有るならば、その気持ちを伝えることは悪いことではない。

 未来を保証することなんて誰にも出来ない。けれども、彼女を幸せにするという決意と、覚悟が有るならば、その想いを乞うことは決して悪いことでは無かったではないか。相手がそれを望んでくれるなら、人生をかけて試してみようという気持ちが有るならば、共に育てて行けば良い。



5.説教モード

 高層ビルを建てるとき、そのビルはもしかすると倒れてしまうかもしれない。大地震が起こっても倒れないビルを作っても、火災で全焼してしまうかもしれない。もしかすると爆発事故で倒壊してしまうかもしれない。
 しかし、テロが起こっても倒れないビルが作れないからといって、ビルを建てようとしないのは愚かなことだと今は思う。それは誠実などではなく、単なる臆病ものである。

 それに、最悪の場合、離婚という手も有る。
 子供を作る前にそれを決断出来れば、それはそれで良い、と私は思う。

 そうそう、あともう1つ。相手の両親は敵ではなく「共通の人を愛する」「世界で一番大切な味方である」ことを覚えておいて欲しい。これはとても大切なことだから。



6.結び

 全てを書くことが出来ず、書き手としては何とももどかしい内容で終わってしまいましたが、一番大切な部分についてはある程度伝えられたと信じ、ここに我が人生失敗談を終えようと思います。
 この文章が、いつか迷えるカップルの一助になれば、と願いつつ。









 
★★ 08/28 【人生】 終わったならば・・・

 あゆみ嬢が新曲を発表しました。
 「君のこと思い出す日なんて無いのは 君のこと忘れた時が無いから・・・」
 実に、実に・・・・悲しい歌ですのう (T^T)

 昔、ワシにもそんな時期が有りました。
 別離から1年目は、生きてることが本当に辛かった。
 2年目も、事あるごとに痛かった。
 3年目も、悲しい時の追い打ちになった。
 4年目になって、やっと意図的に過去から目をそらすことが出来るようになった。
 5年目で、思い出すことも少なくなった。
 こんな感じで、えらく尾を引いてしまったものです。

 それは、「彼女を悪く思ってはいけない。愛情を失ってはいけない。力になれる存在でなければならない。けれど、もう痛みは忘れてしまおう」といった風に、彼女への愛情を心に保っておきながら、苦しさは忘れてしまおうなどという『矛盾』を自分に強いていたからでした。

 今にして思えば、良くなかった、と、今は思っています。

 別離が決定的となったならば、自分自身に対し、相手への愛情を強いてはいけません。無理に整頓しようとすると、痛みが長引いてしまうからです。傷を早く癒すためには、思い切り恨んで憎んで否定して、忘れてしまうのが幸せの近道でしょう。そのためにも、貴方が相手に対して出来ることはもう無いことを確認して、納得することが大切になると思います。

 それでも、ずっと後になって心の中に愛情が残っていたなら、青春を共有した大切な人として思い出にしまっておけばいい。負の感情しか残ってなかったならば、それこそ忘れてしまうことでしょう。ずっと大切な人なのかどうかは、己の『意志』がどう強いたところで、どうなるものでもなく、いずれ自ずと貴方の『心』が悟ることでしょう。

 何より大切なのは、自分自身と、新しい相手を全力で幸せにする努力。
 それは、過去よりも未来を大事にすることだと、私は思います。
 思い出は自分を満たしてはくれないのですから。



 
★★ 09/13+ 【人生】 永遠の鎖 忘れる努力

 どんなに痛くても、恋の痛みはいつか必ず癒えます。

 人間には忘却という偉大な能力が備わっているから。

 しかし、一つの落とし穴が有るのでご用心。

 それは残った心が、恋情ではなく、愛情だった時。

 愛情は己を縛る鎖となってしまうのです。

 その人が幸せになる時までずっとずっと・・・

 だから・・・ 忘れましょう。

 思い出してはいけないのです。

 積極果敢に忘れましょう。

 さもないと・・・