あれはいつ頃だったのか覚えてない。
その頃の私は、寒い冬に着る厚手のコートか、
春物の洋服を身にまとい、いつもの濃い、茶色のスカートを着ていたよう気がする。

「握手を」

私は言った。
相手は微笑んで、にっこりと笑って握手をしてくれた。

「あなたがプロデュースした映画は、本当に素晴らしかった。
私は映画を今までに見てきましたが、こんなにも感動した映画は今までに無かった」

他にも私以外に、この人を一目みたい。
自分の気持ちを率直に伝えたい人が山ほどいるかもしれない。
私は早口に、手短に言った。

「私は、物を書いています。小説のようなものです。それをHPに公開しています。
私が書くものは、本当に幼稚な物だけど、
あなたがプロデュースした映画を元に、オリジナルストーリーを私は書きたい」

相手の人は、にこにこしながら、聞き、そしてゆっくりと笑顔を浮かべて言った。

「あなたは、きっと小説を書くのが上手なのですね。
いいですよ、『あの映画』を元にした小説を、是非書いてください。
そして、その『あの映画』のスバラシイ所を、もっともっと、広めてください」

ここで、私が話した相手とは、元日本の総理大臣をされていた人の奥様で、
私はまさか、こんな身の程知らずな、頼み事を実に快く、
引き受けてくれるとは思わなかった訳で。びっくりしてしまいました。

そして、あれから、どれぐらい月日が過ぎたのか。
私は、学校生活のこと、アルバイトのこととか、自伝を完結させるとか、
色んなことを理由にして、その人とのある意味、約束的なことを果たさずにいました。
『あの映画』のオリジナルストーリーを書かない代わりに、私は日記を書き続けました。
その日記は、だんだんだんだん、汚くなっていき、汚れました。

このHPをやり始めた頃、反応が凄くて、私は色んな人から色んなメールを頂きました。

メールの内容は多種多様、さまざまにあるのですが。
その貰ったメールの内容等を見て、
ある時、私は、自分がその人達の中では美化されていることに気づきました。
中には、私と会ったことを、事細かにメールにレポートにした人もいるのです。
勿論ここはインターネット上の世界ですから、
現実の日常生活に比べてある程度情報が制限されます。
情報が制限されてくると、今度は残った情報に注目されます。
その残った情報が、私のHPの場合、文字でした。

初めは素直に喜び、途中からは戸惑いを浮かべ、最後は嫌になりました。

私はそんなに、いい人ではありません。

サークルの友人や後輩、先輩達は、私のいい所も、
悪い所も、ある程度は知っている訳です。
それらを踏まえて、あの人達は私と付き合ってくれているのです。

最初は個人のサイト、企業のサイトではないただの個人のサイトではあるけれども
社会的なHPと位置付けていたのですが、段々、そう思えなくなりました。
日記です。

日記も、最初はそれなりに人の目を気にして書いていたのですが、
だんだんだん、ただのいわゆる内輪向けの日記になってしまいました。
そして、私自身、日記を書くにつれて精神状態が悪くなり、感覚が麻痺しました。

社会的と位置付けるなら、日記も、全部統一させなければならない。
だけど、私はそれを統一させることが出来なかった。
HPは、個人の趣味です。HPを運営するもしないも、個人の自由です。
その自由ですが、私は、今までやってきた日記を今日限りで「閉鎖」しようと思います。

だけど、これで終わりとは言いません。

日記の代わりに、新しく、The novel to considerなるものを設置します。
ここには、あの方に誓ったオリジナルストーリーや、他にも小説を載せたいと思います。

ただ、『あの映画』を元にした小説を書くにしても、
管理人は現在、執筆すらしていません。全て頭の中で内容を考えているのですが。
その考えすらまとまりません。文章に表す上での視点も定まっていません。
何もかも、0からのスタートです、物理的には。

ここで唐突に浮かんだ、高等部の時の化学の先生の言葉。

「自由と我侭は違うんだよby成人式騒動のニュースの後」

自由と我侭の区別がつくようになる、
現在の私の精神状態が良くなったら、日記を別な形で復活させようと思います。

多分ね。

あと、私信。
ひろゆきさん、おめでとうございます。パチパチ。
お幸せに!

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