○月 昼飯に土から掘り出したばかりのニンジンを食べた日

 街の真中、私が人ごみに疲労を覚えて噴水前のベンチに腰掛けていた時、隣に座ったレザーさんがふんふーんと言いながら小刻みに揺れていた。相変わらず煌めく日光の下、瑞々しい葉の色が鮮やかで素晴らしい。しかしその行動はおかしい。私はもしや私の大切な非常食に異変でも起きたのかと血相を変えて尋ねると、焦る私とは別にレザーさんは呑気そうに、ああ、と答えて
「そこで演奏してる楽隊あるだろ。結構、いい腕してるぞ。ああいうノリがいい音楽、好きなんだよ」
 としごく機嫌が良さそうに仰って、ふんふんとどうやら拍子をとっている模様。
 ベンチの上の青々しいレタスは揺れている。
 良い天気だった。


○月 晩飯にクローバーの群集を平らげた日

 レザーさんはいつも無駄な足掻きにころころ転がっているけれど、今日はころころころころと いつもより多めに回っていた。しばらくまた例のよく分からない足掻きのひとつかと静観していたが、別に移動というわけではなくこっちへ転がっていたりと思うと、きゅっと止まって向こう側にころころと転がりだし、よく回っている。あんまりしつこくそればかりやっているのでさすがに気になり
「なにをなさっているのですか?」
 私が問いかけると、レザーさんはぴたりと止まり
「受身の練習」
「なぜに」
「よく落とされたり投げられたりするから、受身とらねえと身がもたない」
 「実」がもたないのは大変だと、思いながらも、あまり武術に詳しくないのだけれど、レタスと人体ではあまりに勝手が違うのでは、と尋ねるとレザーさんはあっさりと
「いや、受身はとりやすい。俺、丸いから
 レザーさんは普段は素晴らしい実でありながら、その姿が不幸だなんだと騒ぎ立ててうるさいのに、こういう点に関してはいやに冷静で合理的な考え方をする。


○月 朝食にキャベツの千切りを頬張った日

 暑い日だった。人間は毛皮をかぶっていない丸裸の奇怪な生き物なので、こういう日に際しては少しは楽だと思うのに、残念ながら植物は弱い部分をどうしても受け継いでしまうのか、持って歩いているうちにいつの間にかレザーさんが萎れていて慌てた。
「どうして早く行ってくださらないんですかっ!」
 糾弾すると萎れたレザーさんはそっぽを向いた。変なところで意味のない意地を張るので、私はいささか腹を立てて
「味が落ちたらどうするんですかっ!」
 と叱ると少し青くなった。
 街角に水汲みポンプを見つけたので急いで桶に入れて水をすくう。腕の力仕事は得意ではないのだけれど、必死に繰り返しているとやがて地の底からわきあがってきた清水の張った桶の中でレザーさんがぷかーっと浮かんだ。萎れた葉が生き生きとしてくる。
 しばらくぷかぷかと浮いていた後、レザーさんはくるりと回り水を跳ね上げて
「メイス」
「はい」
「悪かった。今度からちゃんと言う」
「ええ」
 照れ隠しなのかしばらく水に浮きながらレザーさんはくるくると回っていた。私はそれを見守って微笑んだ。そう、まだ食べない以上はレザーさんになるべく長い間、日持ちしてもらわないと困る。


○月 タンポポの新芽だけを摘み食べた日

 月が出ていない晩なのでちょっと残念そうなレザーさんが暇任せに情操教育とかいうよく分からないことを称して寝物語をしてくれた。川から桃が流れてくる話だった。そのくだりで私がレタスの方がいいのに、と呟くと、それまで吟遊詩人も顔負けの流暢さで語っていたレザーさんが止まった。ちょっとの沈黙の後、気を取り直したらしく、話を続ける。桃から人間が生まれるというけったいな話で、愚かで恥知らずで厚顔で全てにおいて勘違いというオブラートを持ってしか全世界と接することができないある意味で同情するべきけれど自らのつけ故に全く欠片も針先ほども同情には値されない私のお師匠様に、私やレザーさんのように魔術をかけられて桃に閉じ込められたのでは、と思いつつもこれは伝承のナンセンスさだろうと納得して黙って聞いていたが、桃から生まれたので桃太郎という名前になったと言うのでじゃあレザーさんはレタス太郎ですね、と言うとそれきり黙ってぷいと向こうへ転がっていってしまった。その美味しそうな姿が土手から見えなくなったところで突然悲鳴があがる。駆けつけると茂みに突っ込んでしまったらしく、慌てて引っ張り出すと数匹の芋虫にたかられていた。助け出すと、怒ったこと帳消しにして、話の残りをしてくれた。話の方はある島に鬼と言った架空の生き物がいてそれに対し主人公とお供の一行が何の大義名分もなく問答無用で島を踏みにじり好き勝手に強盗を働くという弱肉強食の良い例でまあ面白かったが、一連のレザーさんの動きの方がよっぽど面白いと思ったのは口にせずにおいた。


○月 農家から貰った蕪の葉を食べた日
 
 実はレザーさんの人間体はいまだに見ていない。夜中は私は眠いし、月夜なのになぜかレザーさんの顔は霞んでいる。まあ人間の顔の区別などはつかないし、もうどうでもよくなっている。


○月 「おらの作った野菜コンテスト」にレザーさんを出そうとした日

 人間が口を何かに触れさせることを口付け、もしくはキスと言い好意の証だと聞きつけたのでそれはよい手だなと思い、レザーさんに「キスしてもいいですか?」とたずねると、冗談じゃないというふうに「お前絶対そのまま一口齧る気だろう!」と激しく返って来たのでむっとして「心外です、私がそんなせこいことをするとお思いですか」と言い返すとレザーさんはちょっと意外そうに揺れたけれど、続けて「私なら最低でも、三口は狙います!」にそれから口を効いてくれなくなった。失敗。敗因が今ひとつ不明。人間レタスになると色々物を考えるもんだ、と前岩の上にのってひょうとレザーさんが何かを悟ったように仰ったけれどこういうことなのだろうか。とりあえず野宿の時もこの岩からこっちに来るなと警戒された。うーん。


 ○月 レタスサラダ日

 レザーさんのおせっかいのせいでなんとなくニーチェ村の魔術師だとか大魔導師などどうも名が売れてしまったらしく、道を歩いたり街に入るだけでなにか突然呼び止められたり身勝手な厄介ごとの相談を持ち掛けられたりすることが多くなってうんざりする。人間の身でありながら、魔導師、魔術師、魔法使いの区別も分からずに使っている人々から請われてもやる気も起きずやる義務もない。魔法使いは早い話が半人前、完成にはいたらぬ者をさす呼称で今現在の私はこれにあたる。魔導師というのは魔を導く師。お師匠様のような者をさす呼称。一人前、大成した者、と見なされて初めて魔導師と名乗ることができ、人に技を伝授したり誰かの師になれる資格を有するのも魔導師から。だから私が大魔導師というのは全く的外れの呼称であり、そもそも「大」というのがいただけない。大きければ全てが良いと思っているのか。レタスだとて大きければ中身がすかっとして大味で美味しいものではない。―――レザーさんは別だけれど。
 ともかく話がそれたけれど、魔術師は魔導師と魔法使いを両方をひっくるめて言い表す呼称。つまり魔術師というならよい。


○月 雨が降っていた日

 雨が降っていたので、歩むのをやめて街道の途中の大木の下でレザーさんと雨宿りをする。葉の雫が落ちてきて、水の音が一日中響いて、森が騒いでいる。今頃、故郷の森はどうなっているのか、同じ雨に降られているのか。そう考えると、少しだけ懐かしくてレザーさんに話すと静かに聞いてくれた。


 ○月 今日

 ヒーロー論。
 ある大きな街のアンティーク屋に向かった。魔術解除の呪文の件で、どうしても分からないところがありどれだけ一個の生物として欠落し不完全ではた迷惑でどうしようもなく他には何の役に立つと聞かれれば答えは皆無、かわりに何の邪魔、迷惑になるかと数えあげれば星の数ほど存在するその膨大さの前にはほとんど無意味になるほど霞む利点ではあるけれど知識だけはあるお師匠様に教えを請うこともできないために魔道書を読みに来た。その先で奇妙なものを発見。内容はただの子供に語る伝承らしいが、異なる波動が観測されこの世界のものではないと注釈がついていた。確かにこの世界に存在する全てのものと異なる波が感じられる。中身を見る。奇怪なパンで出来たヒーローが活躍する話らしい。どことなくレザーさんに似ているため親近感を覚え読み進んでいくと感嘆するような素晴らしいヒーローだった。レザーさんと一緒で食せるヒーローとしての特色を遺憾なく発揮して、空腹な被害者にたいして彼らが何も言い出さぬまま自ら、自分の顔を分け与える。決め言葉は「僕の顔をお食べ」
 ぜひともレザーさんに繰り返し繰り返し語らなければならないと震える手で本を持ちながら固く決心する。パンは何回か食したことはあるものの全く水気がなくぼそぼそしていてあまり美味しいとは思えない代物だが、それにしたってこの心構えは素晴らしい。私の理想のヒーローとは、この方のありかた。名を刻んでおこうとしたけれど残念なことにその部分はこすれて読み取れなかった。なにやらそのパンで出来たヒーローのパンはアンパンとかいうらしい。
 しかしそれにしても。この決め台詞は最高としか言いようのない。
「僕の顔をお食べ」
 胸がときめく。一度でいいから、言われてみたい。その一度で食べ尽くせるので。
 レザーさんは言ってくれないだろうか。いつでもその一言を私は待っているのに。
 いつでもその一言を、私は待っているのに。


 ああ、私がレザーさんを食べれる日はいつなのだろう。