「そこでブルーベルパスっ! ピプキン、ボールを手に持つ前にすでに自分の動きを予測しろっ! ホリーっ、周りを見ろっ、どこに敵がいるか味方がいるかを把握して動くのを常に頭に叩き込め。ブラックベリとシルバー、お前らはきちんと連携しろよっ!」
 それまたあちこちに飛び回るガキどもに指示を飛ばす。俺も大変だが、ガキどもだってどっこいどっこい。自分で言っときながらなんだが。――無茶な注文だと思う。そもそもそうも簡単に指示されることができりゃ誰も苦労はしやしない。
 しかも注文つけてるのは何もしないで転がるだけのレタスだ。やってられねえ、って腹立てるのがオチだと思うが、なぜかこのガキどもはそのオチに落ち着かない。
 根性はある。やる気もある。文句も少ない。んで揃う者は揃ってる。これで道理が通らないわけはない。
 俺と並んで観戦するファイバーは時にぐぐぐっと拳を握り、顔を真っ赤にして息をつめて奴らの様子を見守り、誰かがファインプレーをすればきゃらきゃらと手を叩いて跳ねて喜ぶ。さすがに年少すぎて参加させられんが、いいムードメーカーだ。
 動きも見込んだとおりに皆素早いが、中でも抜き出てるのはヘイズルだ。あいつはとにかく視界が広い。俺が指示を飛ばす必要もないくらい、自分の役目と周りのがきどもの位置が頭に叩き込まれてる。さすがにみなのお目付け役を一挙に担ってきただけはあるか。
 そのヘイズルは汗を飛ばして、練習でも模擬試合でも誰よりも真剣にとりくみながら、練習のかすかな合間に、それか日々の合間に時たまこっちをちらっと見る。複雑に揺れる年頃の目で。これも分からないんでもないんだが。まあ、こういうのはすぐさま動いてどうにかなるもんでもないだろ。
 熱中は時を早くしてしこたましごかれたガキどもは、直進する猪のような勢いで飯を食い漁り、シスターを唖然とさせて膨れた腹を重そうに抱えて二階によろよろと上がると、リディアへのお休みの文句も言わずにベッドに倒れこんでいびきの何十奏の中で深く深く眠る。それが主な日程。基本的には悪かない生活パターンだ。
 おやすみなさい、と最後まで起きているファイバーが言ってベッドにもぐりこみ、可愛い寝息が聞こえる頃に、俺は乗せられた戸棚を転がって窓の傍に来た。最近は満月が多いので助かる。さあっと闇夜に溶けた月光が流れ込み、欠けた身体の部分も自由も全てを与えてくれるよう、俺の中に満ちた。


 部屋に現れた青年の影は突然の視点の上昇に面食らったように額に手をあてて少し顔を振り、それから手足を軽く動かして身体をほぐすと、先ほどまでは得られなかった位置からいびきと寝息で充満する小さな部屋を見渡した。
 早々に毛布を跳ね除けている小さな手足に気付いて、苦笑してベッドの下に落とした毛布を拾い、首元まで引き上げて軽く頭や肩を叩いてやると布団に覆われる柔らかな身体は気持ちが良さそうに身じろぎした。
 満足げにその様子を見守っていた青年は、けれど視界の中に横たわる影の一つが急にがばりと起き上がった刹那、その肩を大きく揺らした。
「うぇー?」
 左手でぎゅっと毛布を掴み、目をこするのは黒色の髪をした少女だ。
 見事に視線がかちあってしまい、慌てたように青年がひらひらと誤魔化そうとして誤魔化しようのない仕草で手を振るが、少女は目を細めてうーっと獣のように呻き、それからぽすっとベッドに伏した。
 緊張に強張った身体がやがて少女の寝息が聞こえてくるとほっと息をつき、それから今度はいささか慎重にベッドの中心で猫のように丸まる少女の身体に毛布を被せた。
 首元についていた痣はだいぶ薄くなっていて、痛々しさが薄らいだことに目の端で微笑んだが、ついと辺りの闇を染める光の粒子が背後から漂って、はっと振り向くと灯火を抱えた聖母のような姿で、皺の刻まれた艶のない肌に、慈愛の微笑みを浮かべた一人の老女が立っていた。
「良い晩ですね」
 囁くと、ぎこちない挨拶が返ってくる。たじろぐ青年は前に見た時よりも幾分、若く見えた。
「子ども達を起こしてしまわぬよう、下へ参りませんか? お茶をいれますわ」
 言うと不器用な少年のように、躊躇いやがて頷いた。シスターの後に従う青年が背を向けた瞬間に、ベッドに横たわった影の一つがむくりと夢現ではないはっきりとした動作で動いたのには誰も気付かなかった。
 油の節約にと二つの灯火が灯らぬ場所は闇にぼやけて、どこもかしこもうっすらと影が舞う。青年も肩の辺りが辛うじて闇の中、輪郭がみえるだけだ。
「あの・・・・・・敬愛すべきシスター。不審であるとは、思われないのですか?」
「なにがですか?」
「その・・・・・行動が。このような夜更けに、大事な子ども達の部屋にいるような男に警戒心は? そのようなものをこの聖域にいれてもかまわないと?」
「あなたはそのような意図を持ってまいられたのですか?」
「いいえ」
 迷いも揺れもない一言を放ち、けれど闇の向こうからその双眸を向けているのであろう彼の傍に光とも違う白き湯気の立つカップを置いた。青年が身を乗り出すと、光の中に首筋までが露となる。
「ですが、他にこのような場合であった時、私のような意図を持つ者は稀少でしょう。今は愚かしき悪意の元に惑わされて害をなそうとする者も現れることだとて」
 勢い込む青年の直情さをするりとかわすように、自分のカップにも琥珀色に輝く茶を注ぎ、枯れ木のように細い指を絡めて持ち上げると口元で香りを楽しむように微笑んで、シスターはお飲みください、とだけ言った。
 いささか憮然と彼は乗り出しかけた身を戻し、カップのとってに指を触れさせる。
「あの子達はずいぶんと健やかに眠り、笑うようになりました」
「・・・・・・・・・・・・・」
「瞳も輝き始めて、様子も生き生きとしていて、今までとは雲泥の差ですわ」
「あの、シスター」
 言いかけた青年をまたもや手で留める。
「説明など必要ありません。あなたがしてくれたことは、この老いた目にも確かに映っています。そして深い感謝を抱いています」
 急に彼は居心地が悪そうに顔をそらし、しばらくの間躊躇っていたようだが、やがて罪を告白するような滑舌の悪さで
「・・・・・――俺はそんな、崇高な意思を持ってやったわけではないのです。腹が立ったんです。発端は冒険者と聞きました。同じ冒険者として、いえ、人として踏みにじられたことに俺・・・・・・いえ、私はただ勝手に腹を立てたのです。本当に辛いのは、誰だかしかと見据えもしないままに」
 それだけ言い切って言葉を詰まらせた青年の前に、紅茶を器へと戻すシスターはすうっと前を見据えた。
「怒りを覚えるだけで止まるならば、人の心も事態も変わりはしません。人は目に映らぬものは常にその存在を信じ続けることは困難なことだからです。あなたは動いてくださった。傷はたとえ痛みを伴っても手当てせねばならないのですよ。私の手だけでは不足でした。」
 もどかしそうに青年が指で机を打つ。
「あなたはとても良い方です。彼らもとても・・・・・・。その、分かっています。分かってはいますが、時にどうしてなのだと、何故なのだと、得られぬ答えを求めて心が軋みます」
「その問いを発するならば、何故私はあの優しい神の子達に巡り会えたのか、何故窮地に陥ったあの子達の前にあなたが現れたのか、それをも問わねばなりません」
 ぐっと言葉に詰まって押し黙る青年を、教会の子供たちを見やる目と同質の慈愛を湛えて見守った。


 凪の海は味気なくも退屈で荷物運びの仕事もまた単調で、こちらの神経を参らせる。嵐がいくら続いても、風の中の木の葉のように頭の中までしっちゃかめっちゃかにさせられる揺れの苦痛も、退屈であること、それには叶うまい。
「うー。海が俺を呼んでいる」
「誰もてめえなんか呼んでねえよ」
 後ろで最後の麻袋を担いで通りかかった、コオロギの羽のように艶やかに焼けた黒肌にひりつく汗を拭って、つまらなげに男が言い放った。二の腕まで見事に盛り上がった筋肉は荷揚げでかいた汗でてらてらと光っている。
「海に出てー」
 船のへりにぐぐっともたれてぼやくと、こちらも休憩に入って水をぐっと煽ったもう一人の仲間が笑って
「一人で泳いでいけよ」
 笑いは含まれてもそこにひとかけらの容赦もない言葉達の次々の飛来にもまったくにめげずに、
「後、十日だぜ。海の男を野暮に地に縛り付けんなっての」
「海もせいせいしてるんじゃないか」
 小さく笑いながら髪のない頭に布を巻きつけた男が言った。
「おう?」
 不意にそれまでのへさきにもたれてぼやっとしていた男が呟いて目をこらす。
「どした?」
「あのガキども、今日も来てやがる。いってえ、何してんだ?」
「ストローボールだろうさ」
「あー、あの藁投げか。」
「ほれ、大会とかがあるだろ。あれに出んじゃねえの?」
「馬鹿だからって馬鹿言って良いなんて理屈はねえぜ。あんなちびどもになにができる」
 軽口を叩く中、額に布を巻いた男は舳先により、元々に細い眼を一層細める。
「あれは孤児院の連中だな」
「ああ、あの質が悪いって噂になっている奴らか」
 ふいにぽんっと冴えない色をしたそれが一点の雲もない青い空に舞い、船上のデッキへと弧をかいて飛び込んできた。足元までてんてんと来たそれを帆先で作業していた一人の男が身をかがめて拾い上げ、近づけて顔をしかめた。
「んだ? このきったねえの」
 見下ろしながら呟くと、船がつけられるように整備された石畳の上を小さな少女がととと、と船の下に駆け寄ってきて、丸く大きな瞳でこちらを見上げた。
「ボール、飛んできてないですか? あったら取ってください」
 舌足らずなところが見受けられる声を聞いて、船の船員達は誰ともなく互いを見回す。
「とって、だとよ」
 不意にそれまで船の先でだれていた男がにやりと笑って立つ男の手からそれを強引に奪い取ると、片手で舫縄を掴んで船から猿のように器用につたって港の石畳の地面へと着地した。
「ありがとう」
 少女にとっては見上げるような大男に、礼儀正しくぺこりと頭を下げる。
 けれど男はにやにやと笑ったまま、ストローボールを思わせぶりに掲げた。
「困るな、嬢ちゃん。俺達の船にこんなゴミなんか投げ入れちゃ」
「ごめん、なさい。でもゴミじゃなくて、それボール・・・・・・」
 つたない言葉で少女が全てを言い終える前に、固めた厚く硬い拳が目にも留まらぬ速さで持っていたボールに打ち込まれ、藁と藁を寄り合わせただけのそれは呆気なく破裂した。
「・・・・・・・・・」
「ほら、返すぜっと!」
 唖然とする幼子めがけて、掌に残っていた藁の残骸を投げつける。
「っ!」
「・・・・・・・・!」
 船の上の男達もいささかその行為にはむっと顔をしかめ、額に布を巻いた男はぐっと身を乗り出しかけた。
 思わず顔を手でかばった、ぶちまけられたそれは少女の全身に引っかかっていた。黒い髪には幾つもの藁が嘲笑うように降りかかる。
 その様を見やりながらぱんぱんと手を払って男が笑いながらきびすを返した瞬間、家の角から一人の少年がたっと姿を見せた。少年はその場の状況を一目見るなりさっと顔色を変えて指を口に突っ込んでピーッと切り裂くような鋭い口笛を鳴らした。
 数秒の間をおいて、その角から半ば転がるようにして六、七人の子供たちが駆けてきた。
「ファイバーっ!」
 異口同音に彼らが叫び、呆然として口もきけない少女の有様を見やって加害者を捜し突き止めた子供たちの目に物騒な怒りが宿った。それにいっせいに睨みつけられた男は
「なんだよ」
「問答無用で攻撃に移る。ピプキン、縄を持ってさっきやった作戦C!」
 急に少年達の中から張りのある青年の声が響いた。しかし、姿はない。それに気を取られたほんのわずかな間をついて、わっと躍り出てきた子供たちが四方に散らばった。それに紛れ、面食らった男めがけて木箱の上にあった縄を引っ掴んだ小柄な少年が放たれた矢のように一直線に駆けてくる。
 背は低いものの、瞳には闘争心をぎらぎらと輝かせて、その勢いになんだと身構えた瞬間にくるっと実にたくみに身をかわして背後にそのままリレーの折り返し地点のように回ると、今度は前転の要領で素早くその股の間を転がって、仲間の元へと全力できびすを返した。
「な、なんだ?」
 慌てて足に絡みついたそれを取ろうとするが、ぴんと張った縄からは容易に抜けられない。その合間にすでに持っていた縄と新たにピプキンが持って帰った縄を二つに分かれ待ち構えていた彼らが掴んだ瞬間に
「引けっ!」
 その一言になすすべもなく両足を縄にとられた男は派手にすっころんだ。
「作戦成功! これより後、各自罵倒しながら撤退!」
「馬鹿っ!陰険っ! お前! 姉ちゃんになんか一生もてないで相手にされないぞっ」
「てめえ、シルバーより質が悪いな」
「ブラックベリの奴より馬鹿だなっ」
「間抜け、ださださっ、腐ったじゃがいもそっくりっ」
「あなた、最低だっ!」
「ろくな船乗りじゃねえな。てめえの操る船になんか乗ったら、船も沈んじまう!」
 餌を求める雛のようなかしましさでそう怒鳴りながら、中心に少女を守るように引き入れてあっと言う間に少年達が蜘蛛の子を散らしたように散らばった。
 一瞬の空白の後、船の上では同僚達がどっと笑い声をあげ、石畳に強か腰をぶつけた男はアルコール度の高い酒でも飲んだかのようにその岩のような顔が真っ赤になった。
「あ、あのクソがきどもっ・・・・・」
「戻れ。スリアラー。お前が悪い」
 船の上で冷酷に言い放った布を頭に巻いた男は、納まらないままもあの子供たちを捕まえるのは容易ではないと分かったのか、渋々と腰をあげてこちらに向かってきたのを見て取ると、ふと考え込むように瞳を伏せた。


 気持ちと共に天気まで悪くなってきて、空には分厚い雲が水を吸ったカーペットのようにどんより膨れて敷き詰められた。
 ファイバーは泣きはしなかった。ぎゅっと手の中の俺を抱きしめて、ヘイズルが全ての藁をはらい、髪にからまった奴は丁寧に取ってやる間、口を聞かずに立ち尽くしていた。
 この嬢ちゃんから笑顔が消えると、ガキどもがどれだけ意気消沈するのか分かった。火が消えたように静かになる、どんどんと沈みこむ中で、それでも飯だけはきちんと喰う姿勢は偉い。
 誰も何も言わずとも彼女は彼女なりに察することができるのか、シスターは何も言わずにただがきどもを並べて食事を食べさせて、がきどもはみんな葬式の晩餐みたいに黙々と食って二階へと戻ると、ファイバーは俺を抱きしめたまま、何も言わずにベッドに腰掛けた。俺はちらりと外へと向ける。雲が立ち込めて夜は霞んでいる。それを確かめると
「なんか話をしてやろうか」
 声をかけるとファイバーはしばらく黙ってからやっと口を開いた。 
「・・・・・・・・・神様の、お話?」
「そんな崇高なもんはしっちゃいねえよ。竜を倒す話だ。昔な、フィナート山に黒竜が現れたことがあったんだ。それを倒して一躍、名をあげた孤児出身の聖騎士カリスクの話だ」
「孤児」ぽつんと親しみのある言葉を呟き続けてファイバーが言った。「竜?」
「そう、竜を倒したんだ。もちろん、一人で倒したわけじゃねえし、いくら聖カリスクでも最初から強かったわけでもない。仲間もたくさんいて、強くなるまで辛くて長い旅をした。竜に到達するまではだいぶ時間がかかるが、聞きたいか?」
「うん」
 ファイバーが頷く。
「寝不足でも明日の訓練はちゃんとやるぞ。いいか」
「うんっ」
「それじゃあな、」
 言いかけてふとこちらのやり取りに、露骨に首を突っ込んでる奴に、顔をそらしながら目でこっちを追ってる奴ら、様々な注目に気付く。
「聞きたけりゃベッド合わせろ。一つの寝床みたいにするのが物語りきく正しい姿勢だ。じゃなきゃファイバーにしか話さないぞ」
 慌ててガキどもが力をあわせてベッドを寄せていく。お前ら、一人に話したら嫌でも全員に聞こえることに誰か気づけよ。
 寄せられたベッドにガキどもは喜んで靴を放り投げて飛び乗る。そこら辺は寝転がる奴、ちゃんと腰掛ける奴様々だ。
「これは昔、世界がまだ若かった頃の話だ。」
「世界が若いの?」
「ああ、今よりずっと若かった頃だ。北のディアッカ山のふもとにあるディエゴ地方の騎士養成所に、当時は十六で、聖騎士見習いをしていたカリスクがいた。その頃のカリスクは、後にはすくすく伸びて長身になるんだが、背も低くて身体も細い、まあ見た目にはあまり強そうでも頼りがいがありそうでもなかった」
「シルバーみたいな奴だったんだな」
「ブラックベリみたいな野郎だったんだろ」
「お前ら、どっちも似たような身長体重だろ」
「こいつのほうが」
 互い互いを指し示し同時に重なった言葉に、俺がなにかを言う前に両方の背後から手が出て、首をぐっと引き寄せてなぎ倒した。
「ナイスだ、ホリー、ブルーベル」
 ばたばた似たように暴れる二人を押さえつけて、毛布でまとめてすまきにしながら、いい仕事をした二人はにっと笑って親指を立てた。
「今も残ってるそこではすげえ神童に祭りたてられているが、実際の話、その当時のカリスクは学校ではあんまり評価されてなかった。あまり強そうには見えないその外見、孤児出身って言う後ろ盾のなさと、本人も型破りな性格の主だったらしく、聖騎士に必要な礼儀や作法を重んじなかったせいでな。」
 なんとなく親近感を覚えるのか潰されてじたばたしていたシルバーとブラックベリも動きを止めてこっちを見てくる。
「ただ実戦だけはまごうことなく強かった。けどその頃のカリスクの周りの評価はまぐれ勝ちが多い幸運な奴だとしか思われていなかったけれどな。カリスクは虐げられてたんだ。高慢な貴族子弟は誰もが思ってた。孤児なんかに自分達が負けるわけがないって。あんな痩せっぽちのチビに自分達が負けるわけないって。本当に強い奴だけがカリスクを認めた。風のごとき身のこなし、その剣裁きはまさに雷光のごとき鋭さと速さ、同期の見習い達は誰も三太刀とカリスクと剣を合わせてまだ剣を持っていられた者はいなかった」
「強かったんだ」
「ああ、強かった。」
「どうしてみんな分からなかったの?」
「みんな、知ってたさ。でも知りたくなかったんだよ。自分より弱そうな奴が自分よりずっとずっと強いなんてな。だから知らないふりをしてた。本当は知っているのに無知な真似をすることが惨めだってことにも気付かないで。知っているのに、知らないふりをしてた。強い奴だけが認めたんだ。強い奴ってのは、他人の中の強さをちゃんと認めることができるやつだ」
 その言葉にうっときたのか、いまだにブルーベルとホリーに潰されている、シルバーとブラックベリがちらりと視線を交わした。まあ、こいつらは一応は互いを認めているんだと思うんだが。
「カリスクは強かった。けれどその外見と孤児って言う出自、そしてその自由な性質のせいでカリスクはそこではその実力以上には評価されずに終わってる。一応は聖騎士の位は持ってたがな。カリスクの真の力の発揮はそこを出てから始まるんだ。」
 消されていない壁の松明がゆらりと、揺らいだこっちを向いたガキどもの目がそれが宿ったように輝いた。


「辺りはまさに灼熱の風が吹き荒れる有様で、露出した肌はちりちりと焼けた。竜が地獄の炎を吐いた。どんな固い岩をその業火を浴びればもどろどろに溶けるような、凄まじい一撃だ。カリスクはそれを避けたが、ついには幾度もカリスクを恐ろしい一撃から守ってくれた盾がその熱気にバターのように溶けてしまったんだ。もう避けることはできない。一撃も喰らわずに、決着をつけなければならない。けれど、竜には隙が無かった。一瞬、一瞬でよかったんだ、カリスクはその一瞬で竜を倒せた。竜が炎を吐いた、その瞬間に仲間の、その当時、世界で一番の腕を持つと言われていた仲間の女魔導師が最後の力を振り絞って結界を張った。その結界は炎を分散させ、それは跳ね返して空に踊り狂った。それはカリスクが切に待ち望んでいた瞬間だった。竜に隙ができたんだ。カリスクはその期を逃さずに飛び上がった」
 ちょっと前まではおう、だのうわっだの歓声が忙しくあがっていたが、今はもうそんな余裕もないのかひたりと息を詰めて皆、話に聞き入っている。
「次の瞬間、竜の恐ろしい咆哮と共にカリスクの身体は跳ね飛ばされて、彼の仲間達になんとか受け止められて岩とぶつかって粉々に砕けてしまうことだけは免れた。その手には剣がなかった。剣を弾き飛ばされて見失ってしまえば、もはや勝つ術がなかった。仲間達の顔にさっと悲壮感が走る」
 ほとんど真っ青になっている顔を見回しながら
「そのとき、瞳を閉じていたカリスクがゆっくりと顔をあげて指し示した。竜の様子がおかしかった。竜は嵐のように暴れ狂い、そして自らの頭を地に打ち付けた。皆が同時に気付いたんだ。竜の喉笛にはカリスクの剣が、その根元まで深々と刺さっていた。竜は最後の咆哮を放った。けれどそれは弱々しく細く、やがて途絶えてその身体はゆっくりと横たわった。巨体は地を揺るがして、辺りの山を崩した。カリスク自身も怪我を負っていた。けれど彼は立ち上がり、仲間を率いて倒れ伏した竜の元へと行き、その死骸からするりと剣を抜いた。その時に彼と彼仲間は初めて気付いたが、恐ろしい一夜は明けていた。竜が放つ炎に照らされて、カリスクも仲間達も気付けなかったが、長い長い戦いはその間に夜明けをもたらしていた。薄闇がかかり静まり返った地平線からゆっくりと太陽があがってきた。カリスクの抜き取って厳かに空に掲げた剣の刃がそれを跳ね返して輝いた。そうしてカリスクは、剣聖カリスクとして大陸全土にその名を馳せることになった」
 言い切ってまだ夢から覚めやらないようながきどもを見回す。
「話はこれでおしまい。どうだ? 面白かったか?」 
「面白かったっ!!!」
 簡潔な感想は何十奏にもなってはじけるよう帰って来た。素直でよろしい。それだけじゃあ到底、言い足らないのかガキどもの特に中間辺りの年代は腕を振り回して
「すごいなっ、カリスクってかっこいいっ! 竜に立ち向かうなんてすごいっ」
「俺、騎士になるっ!」
「お前は無理だ。俺がなる」
「お前になれんだったら中庭の畑ミミズでも騎士になれらあっ」
「ホリー、ブルーベルさっきの」
「ぐげっ」
 性懲りもなく潰された後から、その上に乗っかった二人が顔を輝かして
「けど竜を倒すなんてすごいよっ! 絶対、できないよっ!」
「いや、できたからカリスクは竜を倒せたんだ。カリスクじゃなきゃ難しかったのはそうだし、カリスクにしてもすごく難しいことだったんだ」
 退け〜、と地平の果てから響くような声が二人と布団に見えなくなった主の存在を主張する。
「強い人なんですね、本当に。誰よりも誰よりも」
 ファイバーを膝に乗せたヘイズルが穏やかに微笑んで言った。俺はそちらを見やり
「そうでも、ないぜ。カリスクだから、竜ぐらい倒さなきゃ認められなかったんだ。そこいらのちんぴら倒したって全然すごくないんだ。だってカリスクにとっちゃ簡単なことなんだからな。いいか、簡単なことをするのはちっとも凄くなんかないんだ。他の奴全てにとって難しいことでも、そいつにとっちゃ簡単なことだ。人間の目は惑わされやすいけど、それは違う。そいつにとって難しいことを成し遂げるのが、本当の強さなんだよ。怖くないこと、簡単なこと、それに立ち向かったってそこには勇気も何もない。」
 不思議そうな瞳が注がれて、俺は少し前後に揺れた。
「だからお前らだって充分、強いんだ。充分、竜に立ち向かっていったカリスクと同じ勇気があるんだ。胸を張れ。」
 それからヘイズルの膝の上に、可愛い人形みたいに乗っかったファイバーを見上げる。
「ファイバーはもう、泣くな。元気を出せ。無理にでも出せ。カリスクだって仲間がいなきゃ竜を倒せやしなかった。その仲間と全然、見劣りしないくらい、いい奴ばっかだろ。ここにいるのは、みんなお前の味方だ。みんなお前の仲間だ」
 ファイバーはしばらくじっと俺を見てから聞いた。
「・・・・・・・レザーさんも?」
「当たり前だろ?」
 じわ、と一瞬、大きな瞳に涙がわきあがって周りのガキどもは一様にぎくっとしたようだが、けれど次の瞬間、太陽の下の向日葵みたいに顔全体が笑顔になってファイバーが大きくうんっと頷いた。
 猛烈なその勢いに顔をあげると、目の端の涙はどこかへ飛んでいっていた。


 中天の満月もそろそろと沈んでいき、そのほかの多くの酒飲みと比べると珍しいことだが、怒りが入るとこの男の酔いは薄くなる。昼間に赤っ恥をかかされたスリアラーの憤怒は収まらずに、身も知らぬ街の連中の一人に喧嘩をふっかける辺りで仲間に止められたが、からりとした気性が一度燃え上がれば止める術がないように感情は加熱し続ける。
 かすかに頭に巻いた上等な布のターバンに触れて、ラブスカトルは冷徹な瞳に懸念を宿した。潮を含む風が荒い気質を育むのか、それかその風が元からそのような気質のものを呼び寄せるのか、どちらかは分からなかったが船乗りとは世界でも類を見ない扱い難い人種であることは確かだ。
 先ほどの喧嘩だとて止めたこちらに酔いに濁った目を向けてせせら笑った街の若衆も、仲間が止めようとしなければスリアラーがものの数分と立たずに、顎を砕き骨の数本を折ってのしてしまったに違いない。最寄りの港町で船乗りの評判を下げるのは商業面に関しても決して得策ではなかった。
「もう、いい加減に忘れろよ。あれは、てめえが悪かったんだよ。あんな片手の平で包めそうなガキにあんな真似してよ」
 見苦しかったぜ、と小突くように諭した仲間の手を、受け入れようとはせずに邪険に振り払う。
「コケにされて、黙っていられるか」
 船乗りの屈託ない気質も、時にこじれれば王侯貴族のそれよりも高くなる。周りの仲間は顔をしかめて
「怒っていいことなら存分に怒ればいいがな、おい」
「気がすまねえんだよ。みてろよ、クソがきども、街の奴らを言いようにしていい気になっていられんのも今のうちだ。あの空っぽの脳みそに、触れればただですまねえもんがこの世にあるってことを、叩き込んでやる」
「――へえ」
 不意に見知らぬ相槌が前方から飛んだ。一瞬、足を止めた彼らの前に滑るようにして人影が脇の裏路地から出てきた。
「面白そうな、話だな。色んな海を自在に渡る、船乗り達の話は格別に面白いって聞くけどな」
 薄闇にじっと視線をこらすが、街頭の光から外れていてその姿ははっきりと示されない。けれど、影の中でそのシルエットだけは見える。すらりと背の高い、けれど上背の割には細い、引き締まった身体の主だ。
「冒険者か・・・・・」
 腰にさした剣と軽く揺れるマントのいでたちで判断したラブスカトルの冷静な呟きに、他の船乗り達が息をつく。
「悪いな、兄ちゃん。酔っ払いは、もう間に合ってんだ。怪我したくなけりゃ、酔った船乗りには絡むな」
「いや、ここで引き下がるには後悔するほど面白そうな話だ」
 数歩、進んで紡ぎだすその声は常に冷静さを含んで、とても酒に浮かれている者の言葉には聞こえなかった。
「何の用だ?」
「その男の話が気になったんだ。なにしろ、ガキを苛めて勝ち誇ってガキにやられて飲んだくれた奴なんだろ? そんな奴がどんなほらを吹くのか楽しみでね」
 きしり、と小さな独特の空気が張り詰めて、突如として現れた青年の焦点を向けられた男は仲間の手を払って静かに前に進み出た。けれどその背後から青年に向けてなおも
「やめな、兄ちゃん。いくら剣振り回しても、船乗りに喧嘩売るなんて、そりゃ馬鹿だぜ。こちとらいつも大海原の中で海賊どもとやりあってんだ」
 それは無鉄砲な若者にたいしての、半ば過ぎるほどに親切な忠告ではあった。誠意は伝わったのか、彼は軽く手をあげ
「剣なんぞ使わない。こっちも身一つでいくさ。」
「馬鹿だ」
 忠告の主は放り投げるように言った。冷罵を一心に受けて進み出た男はにやりと笑い
「馬鹿の度胸は笑えるな。ちょうどむしゃくしゃしてたんだ、慈善事業、助かるよ、あんちゃん」
「あいにく、そんなに出来た人間じゃないんでね。俺は馬鹿の馬鹿げた行動が笑って終わりにできないから来ただけだ」そこで一つ言葉をきり、ひたりと彼はこちらを見据えてきた。「――ろくな船乗りじゃねえな。てめえの操る船になんか乗ったら、船も沈んじまう、って言ったな、覚えてるか。」
 ふと、男の額がぴくりと動き、それまでの冷笑的な態度が、ゆっくりと吹き上がってくる業火に歪んでいった。
「・・・・・・そうか、てめえ、あの死にぞこないのガキどもの」
「ああ。そうさ」
「ハッ、ちょうどいいっ! こちとら、腹に据えかねてどうしようもなかったんだっ! まさか向こうからわざわざやってきてくれるとは手間が省けたぜ、それも殴りやすい背丈のある奴が」
「お互い様だ。」
 言って腰を落として挑発的に拳を作る。口元にゆがめたように作られた笑みは闇が巧妙に覆い隠して、そこにはらんだ危険性を男達には伝えなかった。
「こっちだって、――腹に据えかねて来たんだからな」
 それが合図だった。スリアラーが咆哮にも似た声をあげて、その溜めていた力に押されるような形で、すさまじい速さで空気を横切る固めた拳が突き出されたのを最小限の動きで横に避けた。
 同時に繰り出された横蹴りを真っ向から受け止めずに、得体の知れない青年は下に降ろしてあった足を浮き上がらせるよう、無理のない動きで軌道を変えさせて、男が自らの力にぶんっと振り回された形でよろめいたところを鳩尾へと一撃、叩き込む。
 見たところは破壊力に欠けたその一撃はけれど、思いがけないほど身体の奥まで響き、ぐらりと身体が前のめりになり、一瞬目を白黒とさせたところに、両手でかしりと組んだこぶしが頭頂部から垂直へ、のめり込むように下された。
 街の石畳に男が転がるどさりとした尖りのない音に、沈黙が落ちる。冴え冴えとした夜気の沈黙だった。その中を一人、ラブスカトルが進み出た。
「やるな。素手で船乗りをこうもあっさり下すとは」
「船乗りだけが拳を持ってるわけじゃない」
 そう言う影の主は、もはや戦闘態勢ではなかった。ちらりと自分が転がした男を見やり、そこで初めて自分の行動を恥じたように顔に手をあて
「良識ある人間が、すべきことじゃないくらいは分かってるが。そいつのしたことを受けた相手は、ここで転がる程度じゃなかった」
「あれはすまなかった。私達の監督不行き届きだ」
「あいつらを傷つけるなら、俺にも覚悟がある」
「ど、どんな覚悟だって言うんだ」
 船乗りの一人が声をあげる。青年は淡々と彼らを一人ずつ見回して
「今ここでお前ら全員とやりあう」
 それから冷ややかに続ける。
「そして俺が勝つ」
 怒りか、それとも恐怖かに、背筋がぞっとするほど、辺りの空気が冷ややかに感じられた。ラブスカトルの瞳が細まる。端的に言えば愚かだ。一人倒したからと、気を増長させた見る影もない小物の言としかとれないが、呟いた一言を合図に冷たい気迫がその引き締まった身体から流れ出して、船乗り達全ての身にまとわりついて肌を痺れさせた。
 凍りついたその場でラブスカトルが小さくため息を吐いた。
「やりあうには、得策ではないようだな。分かった、これからは十二分に気をつける」
「保証は?」
「しよう。」
「嫌に素直だな」
「船乗りは、波を見極めて舵をとる。」
「そうか」
「心配はない。――こいつは、心底強い奴に対峙すればそれが分かる。目が覚めたらきっとお前の信望者になっている」
 完全に目を回している仲間の腕を持ち上げて肩に担ぐと、それからラブスカトルは薄闇の中に佇む男へといつも細めている目を見開いて睨んだ。
「名前を聞いておこう」
「・・・・・・レザー。レザー・カルシス」
「数百の港を巡っても、聞かぬ名だ」
「名を売るのは好きじゃない。」
「そうか、けれど今、お前は船乗りに名を売った。幾許かの心構えはすることだな」
 言って仲間達の下へと戻るためにラブスカトルはきびすを返した。担いだ男を仲間の手へと預けてもう一度、振り向いた時には薄闇の中には誰の姿もなかった。


 この世で一番何が嫌いかと言えば、暇であることに決まっている。
 鬱々と時間をただ垂れ流すことには、人生を無駄にしているとしか思えない。
幼い頃から持ち続けた確固たる持論ではない。昔は生き急ぐ人々につられて流されることもなく自らは自らだと、のんびりと生きていけばいいと思っていた。
 焦りを滅多に見せることもなく、日課でどこでも気がなく昼寝する自分を周囲の人間は笑ったものだ。器が大きい、凡人とは違う、今思えば目を閉じて耳に入ってくるそんな言葉達にもいい気になっていたのかもしれない。
 あの頃は人生がまだ長いものだと思っていた。若い自分には途方もなく長いものだと。けれど目標が見据えられた今、人生がどれだけ疾風のように流れて目の前から去っていってしまうのかがひしひしと感じられる。
 それでも焦燥感はあまりはない。水の匂いを含んだ風が渡るように全てが大いなる変化へと駆け抜けていくこの感触は心地良かった。いつでもあの頃より己が生を楽しんでいると断言できる。
 磨き上げた刃に自身が映る。赤銀の髪とその下にある据えた瞳が己を冷静に見つめていた。やがて剣を降ろし汗を拭って大会の日までついでに寝泊りしてさせてもらっている市長室へと戻ろうとすると荒げた声が響いた。
「――っ、冗談じゃ、ないですよっ!」
 何事かと思って見やると、受付の窓口で穏やかそうな老シスターとあの町長秘書がなにやらを言い合っている。見たところ、シスターは必死に追いすがり、それをつげなく町長秘書が跳ね除けているようだ。
「こんな大事な街の催し物に、孤児院を参加させるですって? あなた方は幾度、この町に泥を塗ったら気がすむのですか」
「けれど、その全ては誤解です。」
「誤解? いいですか、誤解というものはね偶然が重なって出来るものなんですよ。こんな膨大な数の誤解があるものですか。一体、今度はどのような企みを? 賞金目当てですか、それともこの催し物を最大にぶち壊すのが目的ですか」
 必死に言い募っていたシスターはその侮辱にぴくりと止まり、悲しげなけれど凛とした瞳で見据えた。
「百の真実の事象を疑ってもよろしい。それはあなたの心ですから。けれど一つの真心を疑うことは許しませんよ、エル」
 おや、と思う。呼びかけはどこか非常に近しい、もしくは近しいことがあった者が使うような響きだった。町長秘書もそれにたじろいで受け入れているところを見ると、決して不適切な使い方ではないようだ。彼は視線をそらし、噴き出してきた汗をごまかしながら
「と――ともかく、そんなことは許可できるわけがありません。何を考えて参加なんて、まったく」
「エル」
「いくら頼んでも無駄です、手を離してくださいっ」
 思わず掴んだ袖を払うと、思いのほかにそれは強いものとなって小さな声をあげてシスターの細く小さな身体がよろめいた。けれどその身体は固い床や壁でなく、柔らかい腕に受け止められた。
「大丈夫ですか?」
 仕草の優しさの割には、素っ気無い言葉にええ、と躊躇いがちにうなずく。抱きとめたアシュレイは、老婆をはねのけた瞬間に町長秘書の冷徹な顔にはっと浮かんだ罪悪感を思い出して、殴るのは勘弁するか、と面白くないながらも決めた。
「参加条項。年齢、性別、職業、住処と共に制限なし。ただ意志在りし者を募集」
 壁から剥がしたチラシをひらひらと受け止めた手とは反対の左手で振る。
「なんで却下されるか、理由が分からないね。このチラシはあんたが責任持って出したんだろう?」
「あ、アシュレイ殿。これは、私どもの問題ですから」
「口をはさんで欲しくないなら、目の前でこういう暴挙はやめろ。孤児の噂は聞いてるが、だからってあんたの態度はいきすぎだ。」
「どう言われても認められませんっ、孤児院の参加なぞ」
「なら俺も帰るかな。レザーぐらい自分で捜せる」
「・・・・・・・・・・・」
「ガキや老人苛めるような相手とは、徹底的に付き合うなってのが実家の家訓でね。悪く思うなよ」
 エルは目元をきつくつりあげてきっ、とシスターとアシュレイの交互を睨んだが、悠然と口の端に笑みを見せて構える赤銀の青年と、隣の青年の出現を気にかけながらも引く意志はないと静かだが断固とこちらを見やる老女は決して揺るがなかった。やがてエルはもう一度肩を弛緩させるよう震わせると、おろおろと後ろで縮こまる受付嬢に「受理しろっ」とだけ怒鳴り憤然とドアの向こうへと姿を消してしまった。アシュレイは荒々しく閉まったドアをちらりとむきながら
「冷静さ売ってそうな秘書が、やけにむきになってるな」
 呟くと、シスターの瞳が自分に向けられているのに気付いて、そちらを向く。
「見も知らぬ私どものために、わざわざありがとうございました」
「ああ、いやいや。家訓ってのははったりのようだが本当で、それに――」少し言いにくそうにアシュレイは頬をかいて「助けないと、どうにも怒らせそうだ」
「はい?」
「いや、今捜してる俺の友人はあなたみたいなタイプが好きでね。昔から、どうも趣味が渋いというかなんというか。それで助けたまでだ。下心ありの神の遣いじゃない」
「それでも私の感謝には変わりはありませんわ。あなたの中の誠意があなたを動かしたなら」
 赤銀の髪の青年は、祖母ほどの差がある慈愛の微笑をたたえた老婦人をしばし見やり
「ほんとに、あなたはあいつの好みだな。」
「お友達のことですね。友人は人生の素晴らしいものの一つですよ」
 面映いように頬をかりかりと指でかき、青年は相槌をうとうとはしなかったが、顔に浮かんだ表情はそれに同意しているようだった。
「まあ、面白いんですよ、あいつ。」
 シスターが微笑んだ。その言葉を皮切りに彼女の教会の子供たちと同じ表情が青年の中に広がったのがはっきりと見て取れたからだ。
「たとえばだ、仲間内でカードゲームをしてて、それの罰ゲームが一番好きな女に花をやる、なんてものに、そいつがあたったとする。今考えれば馬鹿そのものだけど、俺たちもがきだったから、ほんとに誰もやりたがらなくて。渡すときには相手にはっきり好きだって言うなんて赤面ものの代物。それにそいつ、どこが罰ゲームなのか分からないって進んで花束受け取って迷う素振りなんかなく真っ直ぐいつも俺達にうまい飯作ってくれたまかないの、七十か八十かの婆さんところに行って、笑顔で花束差し出していつもありがとうございます、僕は、あなたのことが大好きです、って大声で言ったんだ。見てた俺達はずっこけて、婆さんは唖然として。その日の飯はもうテーブルの端から端までずらりと祭り日みたいなご馳走だったもんで、仲間内からは勇者扱い。俺達ももう苦笑いするしかなかったけど、てんでガキで、ガキの強さばっかり備えてて、あいつ」
 楽しげに語る青年に、楽しげに聞いていた彼女もやがて
「大切な方なのですね、その方は」
 にっと彼はやはりどこかしら全ての仕草に挑戦的なものが漂う、茶色の瞳を光らせた。
「いないと、人生がつまらなくなる」
 それから微笑みを向けられて気をよくしたように
「それであなたの方は孤児院の子達を大会に参加させようと?」
「はりきって練習しています。私に出来るのはこのようなことだけなので」
「けれどこの大会、ほとんどが大人の参加者のようだが?」
「私はもう充分ですよ。虐げられたあの子達が瞳を輝かせてこの大会に参加したいと言ってくれたそれだけで。後はあの子達の努力と神の御心次第です」
「ふむ」
 アシュレイが考え込むように頷いた。
「俺は無精者だから、そこらの青空に神様がいるかどうかは知らないけれど、神様みたいなものを胸に住まわせてる奴は強い。俺もなりゆきで大会を見物することになっているので、シスターご自慢の子供たちの活躍、期待しときますよ。」
「ええ。本当にありがとうございました」
「顔はあげて。あなたの頭は俺なんかにさげられていいもんじゃないはずだ」
 手を振って、去っていく彼女を見送った。去り際にも何度も丁寧に頭をさげるその仕草に本当にあいつ好みだとくすりと思う。近くにいれば餌を与えられた犬のようにのこのこと現れてきそうな勢いだ。
 くっくっく、と肩で機嫌よく笑いながら、役所の庭の樫の木の根元に座った。これも相手が出てこないかという無意識の所作かと、自分で気付く。
 少年と言ってもよいあの過去の時の流れでは、休む暇もありはしなかった。暇であることより、寸暇を惜しまぬことで時を濃密にした。木々にもたれかけて一眠りしていてもすぐに頭上には蒼い髪が垂れ下がり影が迫って自分に眠ることを許さない。
『アシュレイと戦うのが、一番、面白い』
 無邪気に勝者は言って笑う。記憶の中のそれにつられたように、アシュレイは次の瞬間、大きく笑い出した。腹の底から高揚感がどんどん生まれて喉元にせりあがっては踊りだす。ひとしきり笑いを吐き出してから、すらりと剣を抜いた。木漏れ日が落ちる木々の影、記憶の中の彼は鮮かで。
「もったいぶってないで早く出て来いよ、なあ」
 刀身に映った赤銀の髪の青年は不敵な笑みを浮かべていた。
「まだ俺は、お前に一度も勝ってないんだぞ、レザー」


 人間の心なんてあやふやで不確かで不安定なもんだ。実際、それを責めるには及ばない。だって元々、そういうものなんだから、それは仕方ない。だからって不貞をしていいとか極論に走られても困るもんだが。
 目の前で土下座している兄ちゃんに向けて、ガキどもはそれを実感していることかと思う。渋るガキどもを大丈夫だと促して、いつもの特訓場、港の倉庫の裏へとやってきてしばらくたって船の中から昨日の奴らが顔を出した。
 ぎくっとして逃げ出しかけたガキどもを慌てて引き止めて、昨日ファイバーに藁をぶつけた男が船から下りてきてがんっと地面に頭をぶつけて謝ってきた。
「本当に、俺が悪かった。目が覚めた、悪かった、謝る、悪かった!」
 その態度の豹変に、いつもはからかい組みのブルーベルとホリーも唖然として、がきどもはしんと黙って目の前で土下座する兄ちゃんを見ていた。
「あの・・・・・」
「分かってるっ、いくら謝っても、謝り足りないってことはっ! だけどどうか許してくれっ、なんでもするっ、この通りだっ!」
 恐る恐るヘイズルが声をかけると、それを遮って兄ちゃんは唾をとばしてまくしたてる。
 どうもこいつのこの有様は殴られたのに脅えてるとか、そういう風にも見えなかった。ただ本当に必死になって謝罪を取り付けたいと願ってるようだ。
 ターバンを巻いた男の様子を見て多分ないだろうとは思ったものの、万が一に報復してきた対応を考えていた俺だから、こんな展開になるとは予想してなかった。だってやったことと言えばただぶっ飛ばしただけだし。いくらなんでも拳で語り合えた、とかは思わねえよ、俺も。
 そこでとことこと歩み出てきたファイバーを見てはっと相手は顔をあげて
「嬢ちゃん、勘弁っ! 俺が悪かった、本当にすまねえ、すまねえ、許してくれ」
「うん。いいよ」
 ファイバーがあっさり頷くと、喜色を浮かべて顔をあげ
「本当かっ?」
「うん。でももうしないでね」
「も、もちろんだ、金輪際、がきには手をださねえ」
「なら、いいの」
 さっぱりとファイバーは笑う。昨日は一発二発はぶん殴ってやんなきゃ気がすまなさそうだった他の連中も気の抜けたこいつの態度とファイバーの対応にどことなく許してやるか、という風になった。
 ――しかし、ほんとにこの態度はなんだ?
「と、ところで」
 まだ土下座したままのかっこうで奴が辺りをきょろきょろとせわしなく見回す。ん?
「兄貴は、いないのか?」
「は?」
「レザー兄貴だよ」
 思わずファイバーの手から滑り落ちて数度転がる俺の前で、奴は恍惚の表情であらぬ方向を見上げ
「あんな強い男、初めて見た。ああ、あれこそ俺の理想の男だっ」
 ・・・・・・・・・・
 かすかに震える俺を慌てて拾い上げてくれたファイバーが、さっきとは一変して敵愾心に満ちた表情で
「駄目よ、レザーさんはファイバーのなの」
 なんで俺の周りは他人の所有権を主張する奴ばっかりなんだ。俺がレタスだからかっ、ちくしょうっ!
「なにっ」思わず相手は目をむいてから、ファイバーをまじまじと見て妙に得心した様子で「なるほど、兄貴は幼女趣味なのか」
 ―――
 なんとなく、心に青空が浮かんだ。
 瞼(はないが)の裏には白い雲が見えた。
 顔があったら俺は笑ってたかもしれん。底抜けの笑顔で。
 はっはっはっ。さあ――殴るか。俺が殴ったせいでどこかいかれてしまった頭ももう一、二三四五六発殴って正気に戻すのが俺の責任だな。ついでに背後でなんか納得していっせいに頷いてる船乗り一同も全員なっ!
「ようじょしゅみってなあに?」
 無邪気に問いかけるファイバーを、慌てて意味が分かっているらしい青ざめたヘイズルが止めようとするが
「嬢ちゃんみてえなのが大好きな奴のこという」
「ほんと? レザーさん、ファイバー好きなのっ!?」
 嬉しげにわあいと歓声と共に飛び上がって、ファイバーは俺に顔を寄せた。その眼前に慌てて躍り出て
「ふぁ、ファイバー、それはちょっと意味が違うんだ」
 ヘイズル、はっきりいってこの中でお前だけが頼りだ。
「・・・・・・・違うの?」
「あ、ああ。違うんだ」
 すると急にファイバーの黒い瞳にじわっと涙が浮かんできて、その場にいた全員が狼狽した。
「レザーさん、ファイバー好きじゃないの?」
 間違ってる、論理展開が間違ってる! 四、五歳にそんなもの求めるほうが間違ってるんだが、この場合はそうも言ってられない。
「そ、そうじゃなくて、その・・・・・幼女趣味ってのはさ、えっと・・・・・」
 幼女趣味について幼女に説明することを課せられた十四歳。なんて過酷な試練を負った奴だ。がんばれ。
「あの・・・・・・つまり、幼女趣味ってのはたとえば、た、たとえばだよ、そんなこと絶対ないけどたとえばね、レザーさんがそうだったとしたら・・・・レザーさんが、ファイバーをお嫁にもらいたいなって思うような趣味なんだ」
 俺への気配りも忘れずに、目を空に泳がせながら苦心の末、ソフトな言い回しをヘイズルがしたが、
「ファイバー、レザーさんのお嫁さんになる!」
 の一言に何も言えなくなってしまった。
 ――ってか、自分の事ながら。せめて相手は人間にしとけよ、嬢ちゃん。
「レザーさんようじょしゅみじゃないの? ファイバーじゃやなの? お嫁さんになるの、レザーさんがいいのっ!」
 ようじゃしゅみじゃなきゃやだやだ、とひたすら言い続けてうわんうわん泣きだすファイバーに、なぜかしたり顔で頷いて「女泣かせだぜ、兄貴」とか呟いてる俺が殴った男、それについでに船乗り達の一番奥でかすかに笑っているあのターバン巻いた喰えないあの野郎。
 脱力して腐ってしまったヘイズルが、ファイバーの手元に顔を近づけて、ふんっとした風にそっぽを向いて呟いた。
「もてますね」
 状況が状況ゆえに一言も口をきけず、ぐっと飲み込んだ言葉が、胸の中で大合唱してる。
 お前八つ当たりするなら、もっと幸せな奴相手にやれっ!!


 後ろからの風に垂らした風が進む方向へと流れて冷たく、潮を含む空気は肌を通して身体全体をじわじわと痛めつけるようだった。くん、と小さく鼻を鳴らしてやっぱりな、とした風に彼女は首をかしげた。
「いくら嗅いでも、この潮の匂いと人の匂い、強烈ですよねー」
 前に抱えた鍋を持ちながらてくてくと歩く少女の身体には、ふんわりと霧色の髪がまとわりついて、舞い従うようになびく。
「嗅覚が衰えたのは不満ですが、こういう時は人の身体も存外に多様的であるとは認めないわけにはいきませんね。全く、なにが幸いするかとは限りません。視界をこうまで発達させるというのもややこしいだけではないのですから」
 そうまで言ってふっと視線を転じた先にある者に瞳を細め、それから恋に恥らう乙女のように頬を染めて
「ああ、レザーさんのことが片時も心を離れません。こうしている今も誰かに食べられているという最悪の事態になっていない限りはきっとこの空の下でいっぱいの不幸を満喫されている方でしょう人にしては見ている分でもずいぶんに面白い方でしたからねもちろんあの魅力がたいしたものなのでしょうがこのように離れていても私の心を縛り付けて離さないくらいなのですからー」
「やあ綺麗なお嬢さん、うちのレタスご所望ですかい?」
「はい、そこの中央に上下からいっても真ん中の開き具合が良い新鮮な奴を」
「まいどありー」
 ちゃらちゃらと幾つかの硬貨を手渡して、野菜を並べる市の前から上機嫌で去ったメイスは、石畳はやがて泉の場へと出てそこに腰掛けた。手の中のレタスをまあまあだと品定めしながらもやはり叶わないという結論に達して
「さて、レザーさんが無事だと仮定してどうやってレザーさんを捜しますか」
 白い指先が緑色のレタスくるくるとまわす。
「何か話題になっていませんかねー。もしあの状態のレザーさんが人前でばれたら、どのように麗しいレタスでも喋るというだけで愚かにも人は物珍しがり恐れ慄いてしまうようですし、珍品とかオークションとかそこいらにあたるか、それとも街の人々の話を聞くか。――うん、悪くないアイディアですね。レザーさんとご一緒にあたって人の習性も結構学びましたし、人が多い場所にいったり宿屋に泊まりますかー」
 満足してレタスを一枚、引きちぎって頬張りながら、ちらりと脇に置いた土鍋に目をやり
「土鍋さんも喋ってくださればいいですのに。これじゃあ独り言ばかり言う相手として、人世界で言えばいささか不審な人物と見られてしまって厄介です」
 残りのレタスを丁寧にザックにしまうとさてと立ち上がり、飛び跳ねるように腰掛けていたそこから降りた。そこで土鍋を回収しようと振り向いたメイスの目の端に、ちらりと白いものがよぎる。
 前は謎の張り紙がしてあった場所だと、何気なく目をやって内容を読み下す。ストローボール大会、と未知の単語のようにぼうっと呟いて首をひねる。
「人とは不可解な真似をしますね、狩りでもないのに無意味に身体を動かすなんて非効率な。食料が有り余った先の、本来それを得るために備えた本能の持て余しによる互いの食い合いを避けるための昇華ですかね」
 言いながらも条項を呼んでいくうちに街が総出で開催する、かなりの規模のものだということが分かった。ふと先ほどに自分が決めた方針が頭をよぎる。白い紙に落とされた赤い瞳に一抹の考えが生まれたようだった。
 メイスは口元に手をあててもう一度、記された文字を視線で撫でた。
「・・・・・人がいっぱい、集まるんでしょうか?」


 夕日が差し込む海は朱色に染まって、波もまた白さを失っている。練習を終えてくたびれてへりにちょこんと並んで座り、足をぶらぶらと海の方へと投げ出すがきどもは急に響いた汽笛の音に驚いて横脇に漁から帰って来た船を見上げた。
 幾人かの船乗りがヘリから手を振って何か合図をした瞬間に、不意にぼろっちい編み篭がするするとそこから下ろされてきた。
 何事かと腰をあげて囲むがきどもに、船乗り連中が上からのぞきこんで
「漁の残りの雑魚だが、やるよ」
「雑魚?」
 まだぴちぴちと跳ねる尾から海水を飛ばすでっけえ赤魚を見つめて、ブルーベルが半ば独り言のように呟いた。篭の中には取れたての魚が五、六匹跳ね回っている。
「ああ、試合にでんだろ? ちゃんと飯喰って体力つけねえといけねえからな」
「あ、ありがとうございます」
 慌ててヘイズル一人が頭を下げる中、他のガキどもは興味津々に篭の中の魚をつついている。そうまで近づくと――
「ひゃあっ!」
 案の定、ピプキンが跳ねる尾で顔面をぶったたかれた。痛そうだな、おい。
「ほれ、親切には礼」
「ありがとうございましたー」
 顔を押さえたままの奴もいるが、とりあえず声をそろってこちらが礼を言うと、なんとなく船乗りもまんざらでもなさそうに頬をかいてかわるがわる顔を出した。結構、粋なことするな。一旦心を開くと気のいい奴らだって聞いたしな。――これに銘じて三発ぐらいで勘弁しよう。でも殴らないのはいやだ。ぜったい殴る。
 豪華になった晩飯に満足して外を見やると今日もあいにく曇り空だった。なんとなくベッドをくっつけて寝るのが好きになってしまったのか一つなぎの寝る空間にガキどもが転がると、俺が集合をかけた。
「おーい、作戦練るからよってこい」
「えー、お話がいいよ。カリスクの話もっとしてよ」
「ありゃ特別の時しかやらん」
「けちー」
「レザーさんのケチー、ケチレタスー」
「おいこら」
 可愛さ余って憎さ百倍というか。よっぽどお気に召したのかしばらくブーイングが続いたが、こちらが黙っていると段々と諦めてきたのか仕方ないというような気配が広がってきたので、そこを見計らって話を切り出す。本当は作戦よりも言っておかなきゃいけないことがあった。
「まあ、ぶっちゃけ言って、大会も後、二日後になったろ。」
「うん」
「二日あれば楽勝だよ」
「お前は二百日あっても苦戦で惨敗だよ」
「ホリー、ブルーベル」
 背後からのひねりを入れたとび蹴りに、そろって布団に顔をめり込ませて沈黙した二人を、放っておいてとりあえず奴らを聞く体勢にさせる。
「お前らはこのままで行けば実力を出せれば勝てる」
 瞳の中に暗示を生ませるみたいに――あんまりいいやり方ではないが。
「だから問題は実力を出せるか、そこにあるんだ」
 躊躇いが一瞬生まれたが、それをすぐさま潰した。
「いいか。率直に言う。お前らは多分、試合会場じゃ歓迎されない」
「・・・・・・・・・・・・・」
「全部じゃない。他の場所からやってくる奴が半分はいるからな。だが、残り半分は確実に知ってる。嘲笑われるか、野次飛ばされるか、それとも物が飛んでくるか。そんな応対をされる」
 恐怖の想像が浮かぶのか、並んだ奴らの一様にある種の緊迫が生まれた。俺はそれを見ながらつくづく思った。
 きかんぼうで、融通が効かないのもいて、臆病者もいて、喧嘩腰のもいて、こいつらがただの「いい子」でなんかありえない。それは全ての自然な子どもに言えることだけど。
 こいつらはやっぱりまだ背も大人には到底届かなくって、力も足りなくて、体力も足りなくて。ストローボールで不利だとか言う前に、こいつら、子どもなんだよ。婆ちゃんに言い聞かせられたからぐっと飲み込んでた言葉が喚いてる。
 ストローボールに参加するにしても懸命に生きるにしても。良くも悪くもこいつらは子どもなんだよ、子供なんだよ。それを、なんでそんな思いを味合わされなきゃならないんだよ。
「だったらやってやるよ」
 不意に響いた声に、ふっと我に帰る。発したのは潰されて布団に突っ伏したままのブラックベリだった。格好は決まってないが、ブルーベルの下でこちらを不敵に見つめている。
「思う存分、跳ね飛ばして黙らせてやる。見せ付けてやる。俺達はちゃんと強いんだって、ちゃんと試合に勝って」
「お前だけじゃ勝てねえよ」
 横合いからこれまたホリーに潰されて格好は決まってないシルバーが口を出した。ぎんっと厳しい目がぶつかってきても素知らぬ顔でがんばって顔をそらそうとする。潰されたままのその動作はきつい。それでもなんとか気取った風に顔をそらし「だけど俺もいるから、まあ勝てるかもしんねえけど」
「勝てるさ」
「うん。竜に勝った勇者様だっているんだから野次なんてどってことないよ」
 ブルーベルとホリー。
「ぼ、僕、分かったんだ」
 少しどもって声に出し、みなの視線が集まると恥ずかしそうに頬を染めてそれでも懸命にピプキンが呟く。プレーの時は勇猛果敢な切り込み隊長な癖に普段はてんで大人しい――正直に言えば臆病者だ。
「ずっと思ってた。僕らが弱いから、ほんとはなんにもしちゃいないのに、それでもああいう言葉や態度に傷ついちゃうんだろうって。でも分かったんだ。ああいうことしてくる人達だって、とっても弱いってこと。そうしたら、辛いけどもう立ち向かえると思う」
 それを全員で聞いて示し合わせたように一つ頷くとピプキンはほっとしたような、恥ずかしさをまた覚えたような、そんな複雑な表情をしてヘイズルを見た。バトンタッチされたヘイズルは、慎重に自分の場を譲り、俺を両手で持って膝にのせるファイバーに目を向けた。それで皆もちっちゃなこの嬢ちゃんを見た。
 みんなの視線を一身に浴びてファイバーは不意ににこっと笑った。大きな目は輝いて、頬は上気し、唇は笑みを形作る。嬉しげに、何かを自慢するように。
「あのね、ふなのりさん、謝ってくれたでしょ? 町の人達みたいなことしたけど、謝ってくれたでしょ?」
 突飛な発言にみんなが小首をかしげるが、ね? と同意を求められると、こくこくと頷いた。
「ファイバーね、あの時、全部消えてったの。ふなのりさんきらいって思うきもちも、痛かったところも、全部消えてったの。うれしかった。やなきもちが全部消えてった。ファイバー、大丈夫よ」
 大丈夫よ、その言葉は広がってがきどもの瞳に宿った。弱点が消えて強力な武器が現れた。
「じゃあ、みんな、異論はないね。」
 ヘイズルが言って周りを見回して手を出した。こいつはだけは結局言わなかったな、なにも。
「やろう。僕らのために」
 小さな手が四方から突き出されて重なり合っていく。その様はどんな大人のそれよりもでかい一つの手に見える。やがて合わせた掛け声がびりびりと辺りの壁を引き裂くように轟かせた。下にいて聞こえているがだろうシスターはなにも言ってこない。
 なんで自分が、こんな目に。
 特に際立った利己主義者ではなくたって人間なら誰だって一度はこう思うことがあると思う。ああ、俺だって常々思ってるよ。なんで俺がレタスなんて目に、って。
 でも俺がレタスのままで喚いていたって、結局その末路は食われるだけだ、ヤギか羊かはたまた青虫かに。俺のように生死を分ける、とそこまで切羽詰ってなくたって困った事態に陥って、なにもしないでなんで自分がこんな目に、と喚くのは俺がレタスのまま少しだけ左右にゆらゆら転がっているだけの行為と等しい。つまりなんの意味もない。
 だから時たまどうしようもないから喚いて発散しはするけど、俺はメイスと旅に出て、メイスの馬鹿師匠を追った。こいつらもそれが分かってるんだ。最初は喚くのもいいさ。そんなにすぱっと割り切れるもんじゃない。でも時が立てばなにもしてないのにこんな目に、が、なにもしてないからこんな目に、に変わっていく。運命は理不尽だなんて非難にも素知らぬ顔で聞き流すだけだから。
 さあて、とりあえず不満を吐き出して腹をくくりきったら。
 
 反撃は、ここからだ。





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