file 21 偽りの賢者アルヴィス

 アルヴィスは北欧神話に登場する小人――ドワーフである。北欧神話には人間と神以外にもさまざまな半人の種族がいて、ドワーフもその一種であった。背丈は人間族には及ばないものの、手先が非常に器用で、武具や装飾品を作る技術に長けていた。しかし太陽の光を浴びると石化してしまうので、常に洞窟の中で暮らしていた。
 そのドワーフの中で最も賢いとされていたのが、このアルヴィスである。

 アルヴィスは頭だけでなく手先もドワーフ族の仲で1、2を争うほど優秀だった。ある時オーディンがアルヴィスの工房にやってきた。
「来るべきラグナロクのために、我々の武器を調達してはもらえないだろうか」
アルヴィスが断る理由はない。しかし、タダで引き受ける理由もなかった。
「なら神様、その代わりに…と言っちゃあなんだが、欲しいものがある」
「出来る限りのことなら約束しよう」
とオーディンは答えた。
「あんたの孫娘に、スルードっていう美しい娘がいるそうだな。そいつを俺の嫁にくれよ。そうしたら喜んで武器を作らせてもらうぜ」
なかなか大胆な交換条件ではあったが、ラグナロクは近い。スルード本人の承諾を得る暇はなかった。もとよりオーディンはアース神族の主神であるので、ためらう必要がなかった。
「いいだろう。早速、今から製造に取り掛かってくれ。スルードは武器と交換しよう」
と、武器の受け渡しと婚儀が行われる日を決定した後、アルヴィスは武器の製造に取り掛かった。

 オーディンの孫娘、と書いたが、正しくはオーディンの息子の娘である。オーディンの息子には、バルズールなど何人か有名な神々がいるが、その中でも特に有名なのが雷神トールであろう。スルードはトールの娘であった。
 トールはこの取り決めが面白くない。自分の愛娘を、権威ある神ならともかく、洞穴暮らしをしている小人に与えなくてはならないのだ。トールは父オーディンに不満を訴えたが、主神の決定には息子と言えども逆らえない。決定は覆らなかった。

 しかし、このままむざむざ娘をくれてやるわけにはいかない。娘の婚儀までトールは考え、そして一計を案じた。

 いよいよ運命の日。アルヴィスは、オーディンの住まう国アースガルドへ到着した。今は真夜中である。冒頭に記したとおり、日の光を浴びるとドワーフ族は石になってしまうから、昼間の移動は避けなければならなかったのだ。
 約束の場所には、スルードとその父親であるトールが来ていた。トールはアルヴィスから武具を受け取り、その精巧さを確認・礼賛したあと、アルヴィスに相談を持ちかけた。
「アルヴィス殿…約束どおり、あなたに私の娘を差し上げるときがやってきた。しかし、父オーディンの取り決めとはいえ、私は見ず知らずの小人に娘をやるのが惜しい。今までかわいがってきたのだからな」
「とはいえ、もうあんたの親父さんが約束したことだ。もしスルードをもらえないなら、この武具も全部ナシだな」
とアルヴィスは強気である。
「分かっておる、分かっておる…私とて主神の命に背くわけではない」
「だったらどうしろっていうんだ?」
のってきたな、とトールは内心ほくそえんだ。
「私は、自分の娘はそれ相応に賢い人物に差し上げることに決めているのだ。ドワーフ族1番の賢者と評されるアルヴィス殿ならもちろん申し分はないのだが、実際どのくらい賢いのかを私は知らぬのだ」
「ふむ」
「そこでだ。これから私が幾千もの質問と問題とをアルヴィス殿に投げかけよう。それらの質問に全てお答えできたなら、あなたの知恵に敬意を表し、喜んで娘を差し上げることにする。どうかな?」
「俺を誰だと思っている? お安い御用だ」
とアルヴィスは快諾した。

 そういうわけで、トールとアルヴィスの問答が始まった。トールの質問はジャンルがバラバラで、中にはトール自身も答えの知らない問題もあったのだが、アルヴィスはそれらの全てを難なくこなしていった。

 いくつの問題を出しただろうか。トールが、
「これが最後の問題だ」
と言い、とびっきり難しい問題を出した。
「ふふ、それはだな――」
と、例によってアルヴィスは完璧な回答をだした。
「完敗だ。約束どおり、私の娘を持っていくがいい」
とトールは微笑んだ。そして遠くの山を指差し、こう付け加えた。
「…ただし、この日光を避けられたらの話だがな!」
アルヴィスがハッと気がついた時は手遅れであった。山の陰から太陽が姿を現し、その光を浴びたアルヴィスは驚愕の表情のまま石化してしまった。こうして、アルヴィスはスルードを手に入れるどころか、丹精込めて製造した武具も奪われてしまったのである。トールの知恵の勝利であった。

 アルヴィスは本当に賢者だったのだろうか。トールの1000の質問には答えられても、自分の命にかかわる日の出を忘れてしまうとは…。「ドワーフの中では」、という条件つきの賢者だったのかもしれない。


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