
オーディンたちがまだ世界を創造して間もない頃(そして人間も創られて間もなかった頃)、ミッドガルドにムンディルファリという人間が暮らしていた。彼はオーディンたちによって創られた初期の人間であった。世界には天体が生まれ、人間たち神々も日々の営みの中で増加しつつあった。その営みの中で、ムンディルファリにもめでたく二人の子供が授けられた。
ムンディルファリは…おそらく最初の子供だったのだろう、自分の子供を一目見て、
「ああ…この子達は何て美しいのだろう! まるで空に輝く恒星のようだ!!」
と隣人たちに触れ回った。今で言う親バカである。気持ちが分からなくもないが、聞かされる方からすればうっとうしいことこの上ない。
これがギリシア神話なら、
「人間の子供を神々以上に褒めたてるとは何事かッ!」
という制裁を受けていただろう。だが、ここは北欧神話。まだ巨人族以外の神々も少なく、ミッドガルドの情勢にいちいち耳を傾けているヒマはなかった。
さて、世にも美しい(と本人は決めてかかっている)二人の子供を授かったムンディファリ。だが、まだその子供たちには名前がなかった。
「この子達はタダの子供ではない。世の中で一番美しく、最も賢い子供たちなのだ。太郎とか次郎なんてありふれた名前は付けられまい。ああ、何かこの子達にふさわしい名前はないものか!」
ムンディファリは頭を抱え嘆く。隣人たちからすればどうでもいいことだったろうが、彼にとってはまさに子供たちの死活問題でもある。ムンディファリは日夜眠らず子供の名前を考え続けた。
何日考え続けただろうか。幾百と言う名前が考え出されたが、どれも自分の子供にはふさわしくないものに思えた。机に向かっていてもいい名前が浮かばない…そう考えたムンディファリは、気分転換に外の空気を吸いに行くことにした。
やはり家の外はいい。想いを詰まらせていた頭の中に新鮮な空気を運んでくれる。太陽も変わらず私を見つめ、その恵みをもたらしてくれる…。
「…!?」
ここで、ムンディファリの脳裏に一つのアイディアが浮かぶ。
「太陽…そうか! 何故今まで気がつかなかったんだ。煌々と絶えず私を見つめ、力を恵んでくれる太陽…まさに私の美しい子供の名前にふさわしいではないか!!」
これこそ我が子にふさわしい名前だ…そう確信したムンディファリは、空に浮かぶ太陽とそれと対を成す月から名前を取ることにした。日本人で言えば『陽一』『月子』と言った方の名前を想像してもらえばよいだろうか。
しかし、ムンディファリの理想は大きかった。上記の例で挙げた名前は、太陽と月を象徴しているものの太陽と月そのものではない…私の子供はまさに太陽と月そのものなのだ! そう思い込んでいたムンディファリは、自分の子供たちにそのまま『太陽』と『月』という名前を授けることにした。
この世にも珍しい名前は瞬く間に九つの世界を駆け巡った。やがてその噂は、諜報係のワタリガラス・フギンとムニンを通じて主神オーディンの耳にも入った。それを耳にしたオーディンは激昂する。
「何だと…人間の子供に『太陽』と『月』と言う名前がつけられただと!? 『太陽』も『月』もいわば私の所有物…それを値踏みするかのごとく、全く同じ名前を与えたというのかッ!?」
神々の所有物は人間の子供と同等だ…ムンディファリの命名は、オーディンたちにとって不遜以外の何物でもなかった。オーディンは神々に呼び、ムンディファリとその二子に相応の罰を与えるよう命じた。
ムンディファリにとっての罰は彼を最も苦しめること…これは神でなくても考え出せた。彼から子供を永久に奪い去ってしまうことである。オーディンの使者はムンディファリが寝ている隙に『太陽』と『月』をアースガルドへと連れ去ってしまった。
そして、直接の罪ではないにしても、ムンディファリの子供たちにも親を惑わせた原因はあったと考えたオーディンは子供にも容赦なく罰を与えた。
「一思いに殺すことはしない…お前たちには、父親の望みを本当の形で与えてやろうではないか」
そういうと主神は自らの作り出した(本物の)『太陽』と『月』を空から下し、代わりにムンディファリの息子たちを新たな『太陽』と『月』に任命した。彼らには戦車を与え、一年交代で空を駆け回るよう命じた。
もしこのまま――このまま命令どおりの状況だったならば――現代の北欧世界では一年おきに昼と夜が繰り返されていたであろう。しかし、今はご存知のように一日の中で1回ずつ昼夜は逆転する。『太陽』と『月』は何故その任務を変えたのだろうか。
このコーナーを毎回見ている方なら察しがついているであろう。貪欲な怪物、スコルとハティの存在である。彼らが太陽と月を追い回すため、『太陽』と『月』は一年どころか一日中逃げ回るハメになったのだ。神々により不死の命を与えられた『太陽』と『月』は、こうしてラグナロクで狼たちに食い殺されるまでの間、地獄の責め苦を受けることになったのである。