
episode24:「宇宙(そら)のシグ」
episode25:「ドッグファイト!!」
episode26:「計画」
episode27:「敵艦からの暗号」
episode28:「若き戦士達」
episode29:「真実と怒り」
episode30:「シュガト、吼える。」
episode31:「眠れる獅子」
episode32:「さらば、シュガト」
episode33:「接触」
episode34:「迎撃」
episode35:「潜入、第3艦隊」
episode36:「総帥」
episode37:「アンタ、名前は?」
episode38:「脱出作戦」
episode39:「ガイア」
episode40:「シグの激闘」
episode41:「追撃!黒い三連星」
episode42:「ダイブ」
episode43:「調印凍結」
episode44:「特務隊消滅」
episode45:「存在意義」
episode24:「宇宙(そら)のシグ」
「けっ!なんだって、この俺が宇宙にいるんだよっ!」
シグは思いっきり、クズ籠を蹴り上げた。
「まあ、まあ、シグ中尉!落ち着いてください。」
「うるせー!俺は生まれてこのかた、地球から離れた事がないってーのっ!」
下士官に腕を取られて、シグがデッキに連れて行かれる。
UC0079 01 15
ルナツー(月の近くに運ばれてきた隕石を改造し、局地基地とされている一大要塞基地である。)
独り、ランサムに呼び出されたシグは特務命令で宇宙に上がっていた。
特務内容はレビル将軍救出作戦!
しかし、計画詳細はシグには説明されてはいなかった。
これは無論、ランサムのジャブローでの体面保持の為の計画であった。
が、ジオン中枢に捕縛されたレビルの救出は絶対不可能と見込まれている。
その無謀とも思える計画の実行責任者にランサムはシグを選抜し、宇宙に送り込んだのであった。
無論、元々計画的なものは何も用意されてはおらず、シグの元に届いた作戦指令書は白紙に近い物であった。
「ケッ!ランサムの野郎!まんまとやってくれたぜ…」
シグが星の海を眺めながら独り呟いた。
ランサムの元に出頭した後、秘密保持の名目でシグはチームへ別れも告げられずに宇宙港へ連行され、ブースター付の連絡船で無理矢理ともいえる強引さで、宇宙艦隊へ合流を果たした。
艦隊の補給基地がルナツーであり、シグはルナツーの作戦チームと合流した。
そこで実行メンバーと紹介されたのは、若き兵士達であった。
シグが彼らとミーティングを開始して、先ず驚いたのが全員、作戦への志願兵であった事だった。
連邦を愛し、レビル救出に熱き思いを語る者。
功名心と出世に思いを馳せて、志願した者。
特務に対する特別給与に惹かれた者。
そして、何より闘う事に熱心な者。
様々な理由で寄り集まった若者達で構成された救出作戦のメンバーのチームリーダーとして、シグは紹介された。
シグは頭を抱える。
「なんだって、こんな坊や達とこんな作戦遂行しなきゃなんねーの…」
そして、与えられた装備といえば、宇宙空間戦闘用FF−S3セイバーフィッシュ5機とジオンの廃棄艦パプワより接収したジオン軍の連絡ポッド1隻であった。
これらを運用し、首尾よくレビル将軍の救出を実行せよ。
というのが、ランサム直筆の命令書である。
「はぁ〜」
深い溜息をつくシグ。
そんなシグの背後に一人の青年が立った。
「失礼します。シグ隊長!全員シミュレーター訓練、終了しました。各員、シグ隊長よりの指示を待っております。」
「ん?ああ、御苦労。で…貴官は…」
「は!ビリー・マクスデュアルであります。」
青年が踵を鳴らし、敬礼を送る。
「失礼した。ビリー…伍長」
肩の階級章をチラリと見やりながら、シグも敬礼を返す。
「お固いのは抜きでいこうや…」
そう言いながら、シグは敬礼した右手をポンッとビリー伍長の肩に置く。
「はっ!」
益々、緊張した様に伍長はシグの姿を目で追いながら敬礼する腕を固くした。
「よーし、では、18:00に全員、ブリーフィングルームに集合。訓示を述べる。」
「はいっ!」
ビリー伍長は瞬時に返事を返すと失礼しますと、再び敬礼して駆け出した。
「ふぅ〜隊長ねぇ…。宇宙空間戦闘なんて、した事もねーのに…。」
シグは再び星の海を眺めた。
UC0079 01 15
18:00 ブリーフィングルーム
「さて、と。全員集合したか?」
シグが部屋を見渡す。
と、先程のビリーが手を上げる。
「シグ隊長、ベイル伍長がまだです。」
「ああ?ベイル…?」
誰だ、そりゃ?という感じをあからさまにシグが訊ねる。
と、同時に面影に幼さを残した一人の青年が入室してきた。
「ベイル・トレマー伍長、入ります。遅くなって申し訳ありません!」
小柄なベイル伍長は双眸に怯えを映している。
「おう!まあ、座れや。」
シグはいつもの調子で声を掛ける。
するとベイルは驚いた表情でシグに訊ねる。
「あ、あの…シグ隊長…。懲罰とかは…?」
「あ?懲罰?なんだ、貴様、引っぱたかれたいのか?」
「え?いや、そういう訳では、ありませんが…」
「なら、黙って座れ。ガタガタ抜かしてると、引っぱたくぞ」
「は、はいっ!」
ベイルが慌てて、最前列に腰を降ろした。
すると、ビリーが再び立ち上がる。
「シグ隊長!失礼ですが、そういう事では規律が守れません!規律があっての軍隊と私は教育されましたが!」
「…」
鬱陶しそうに、シグがビリーを見る。
「…のなぁ、優等生。お前の言いてぇ事は解るが、お前らの隊長は俺だ。この、シグ・アニェスだ。ルールは俺が作る。それが嫌ならこのチームから出て行け。それが、ルールその1だ。」
「…はっ。」
ビリーが渋々、腰を降ろす。
ブリーフィング内の何処からかヒューと口笛が鳴る。
シグはの口笛の方に視線をやり、パチリとウィンクを送った。
「貴様らに言っておく、俺は宇宙は初めてだ。だから、貴様らの方がキャリアは上だ。その事を承知しておいて貰いたい。そして、俺はこれから、貴様らに何度となく、教えを乞うだろう。その時は宜しく頼む。以上だ。」
ザワザワと室内に雑談が起こる。
「あの…」
一人の青年が手を上げる。
「何か?」
「あの…自分は、バーン・アルティスも申します。質問、宜しいですか?」
「おう!何だ?」
「隊長は本当に宇宙は初めてなのでありますか?」
「おう!初めてだ。」
「し、しかし…それで、将軍救出に志願なされたので…」
「ああ?志願?そんなモンしてねぇーぞ。」
「は?あ、いや、自分は隊長は連邦のエースで連邦初のMSパイロットの生え抜きだと…」
「ん?地球上じゃあ、エースパイロットだ。MSのテストパイロットも事実だ。おっと、MSの事はまだ秘密だったな…忘れろ。だが、宇宙は初めてだ。」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ。それじゃ、約束が違うぜ!俺ぁ、隊長がエースだって聞いたから、志願したんだ。それじゃあ、むざむざ、死にに来た様なモンじゃねーか。」
後列で前の椅子に足を乗せていた青年兵が叫ぶ。
「俺もだぜ!こんなんだったら、元の部隊の方が、よっぽどマシじゃねーかよ。」
俺も、俺もと声が挙がる。
シグはグルリと室内を見渡して、ドン!と、机を蹴り上げた。
「バカヤロー!静かにしやがれッ!テメェらの前に立っているお方を誰だと思ってんだよ!地球じゃ、泣く子も黙る「灼熱の翼」シグ・アニェス様だぞ。俺が隊長やってんだ!誰一人として、死なしゃ、しねーし、俺だって、死ぬ気なんざぁ、ねってーのっ!」
再び、室内がざわめく。
「…おい?聞いたか?「灼熱の翼」だってよ…?聞いた事あるか?」
「…ん?知らねぇ…」
「何やら、凄そうだぜ。あの隊長…。」
再び、シグが机を蹴る。
「解ったか?宇宙空間戦闘は経験ねーが、お前らと一緒にこれから、腕を磨く!今日から3日後には、お前ら全員、キルマーク付けてやるからな。それでも、俺を信じられねぇなら、とっとと出て行け!いいな!」
全員が、ガタリっと椅子をはね上げて、直立不動となり、敬礼をする。
シグはフフンッと鼻をすすってブリーフィングルームを出ようとした。
その時、また、別の青年がのろのろと手を上げる。
ヒョロッと、背の高い、青白い顔をした青年だった。
青年はいまにもずり落ちそうな、黒ぶちの眼鏡を片手で抑えながら、立ち上がる。
今にも、貧血で倒れそうに。
「あ、あの…隊長。」
「ん?」
何だよ、面倒臭せぇ!という態度でシグが青年を見る。
(おいおい!ここは病院船か?なんだ、ありゃ、まるで幽霊じゃねぇか…)
シグは青年を眺めてそんな事を考えていた。
「あの…隊長…自分は…」
消え入りそうな声で青年が言う。
「ああ?ナニカ?」
「自分はムイルギット・ベイン・アウルバウドと申します…」
「あ?ああ。(ムイ…何だって?)」
「失礼ですが…私のUC0078版連邦パイロット名鑑には…「灼熱の翼」とは載っていないのですが…」
「んだとぉ!(パ、パイロット名鑑?そんなモンがあるのかよ!)」
シグはいささか、驚きながらも、憤然とムイルギットに近寄った。
ムイルギットの持つ小型電子ブックを奪い取ると、検索コードを入力する。
が、反応は「該当ナシ」であった。
(…なんだ、こりゃ…あっ…!)
何気なく検索コードを「ブラックリスト」に入力してみる。
(あった…)
『シグ・アニェス(灼熱の翼)-パイロット登録抹消-
UC0075 7 10演習中にランサム准将乗艦のビッグトレーを攻撃、独房入り。
航空機操縦テクニックに優秀性は認められるものの、その戦略性は行き当たりばったり。
高高度からのダイブによる地上攻撃による戦法を得意するが、編隊飛行での組織だった戦法は不得意。
協調性に欠け、その性格は散漫。独房入り後のデーター無し。
生涯撃墜データ:
地上ゲリラ掃討作戦中:大型戦車48両 装甲車:72両
駆逐艦:8隻 巡洋艦:2隻
航空戦闘:耐要撃機:24機 攻撃機:62機 戦略爆撃機:18機
輸送機:5機 空中補給機:2機
他:民間船舶及び病院船 計3隻』
(ちっ!よく調べてあるが…病院船は沈めてねーよっ!)
「た、隊長…?」
電子ブックを覗き込もうとするムイルギットを遮って、シグがドンッ!と肩をぶつける。
ムイルギットが思わずしりもちをつく。
「あっ」
そういいながら、シグは電子ブックを足元に落した。
そして…
ガシッ!
ムイルギットの電子ブックを足で踏み砕く。
「あ、あぁ〜」
ムイルギットの悲痛な叫び。
しかし、シグは素っ気なく、「君ぃ、無理をしちゃいかんよぉ。まあ、不慮の事故ではあったがな。それと、このパイロット名鑑は落丁版の様だ。偏ったデータは意味をなさん。良かったな。正しい道に修正できて。」
ポカンと口を開けるムイルギット。
シグは室内を見渡し、言った。
「それから、諸君に言っておく。過去のデーターにとらわれている様では、前には進めん。今日から心を新たに、所属していた部隊の事は忘れて、新しい任務と戦技訓練に邁進する様に。以上だ。」
そして、まだ、足元でおたおたしているムイルギットへ屈み込み、彼の肩をガシリと掴んだ。
「解ったね。ムイ…くん。」
砕けそうな肩の激痛にも悲鳴を上げられず、ムイルギットはコクンと頷いた。
「は、はひ〜」
「よしよし。素直ないい子だ。」
シグは溢れんばかりに白い歯をむき出して、ニコリと笑った。
つづく。
episode:25「ドッグ・ファイト!」
「よーし!全員、シミュレーター終了だな。」
シグが管制室から声を掛ける。
特務隊のメンバーはそれぞれの姿勢で整列していた。
「よし、本日の訓練はこれまで。今から呼ぶ野郎は残れ。後は解散だ。明日、集合は06:30。パイロットスーツ着用の上、フライトデッキに集合。以上だ。」
「隊長。既に22:30ですよ。今から居残りですか?」
バイロットメットに内臓されたインカムを通して、”優等生”ビリーが訊ねる。
「あ?お前ら死にたくねぇだろ?」
乱暴に物言いにビリーは肩をすくめる。
「それは、そうですが。」
「だったら、言う通りにしろ。いいかぁ。居残り…ベイル、バーン、それとム…ムイルゲット…以上3名だ。あとは解散。」
名を呼ばれた3名を残し、他のメンバーはそれぞれ、更衣室に向かった。
残された3名。
小心者のベイル・トレマー
興味津々のバーン・アルティス
そして、虚弱体質のムイルギット・ベイン・アウルバウドである。
シグは管制室を出て、3人の元に行った。
「居残り御苦労。わりぃな。残しちまって。」
「あ、あの隊長。僕達…あ、自分達は何が…」
恐る恐る、ベイルが訊ねる。
「ん?ああ。今回のシミュレーションで解ったんだか…」
「…?」
「お前ら3人がレベルが低いんでな。」
「…はぁ。」
がっくりと肩を落す3人。
「いや、これから、俺の初めての宇宙空間戦闘シミュレーターに最適かと思ってよ。」
「え゛っ?」
「だけどな、下手なりにそれぞれいいトコは持ってるよ。お前ら。だから、そこを研究しつつ、お互いに腕を磨こうと思ってな。」
「…つまり、カモ撃ちのカモって事ですか?」
「だぁーはっはっ!おい。ベイル、そんなにハッキリ自覚すんなよ。自分が悲しくなるぞ。」
「隊長。自分は充分に悲しいです。」
「まあ、まあ、そう言うなって。ビリーの奴も大したレベルの違いはねぇが、アイツは口が軽そうでいけねぇ。だからさ、仲良くなれそうなお前らに付き合って貰いたいワケ。」
「隊長、まさか、ホントっに、宇宙は初めてなんですか?」
バーンが訊ねる。
「お前もしつこいねぇ。だから、何度もいってるだろっ!は・じ・め・て!」
沈黙が一同の間を流れる。
「ささっ!時間もねぇんだ。みんな、シミュレーターに乗った!乗った!!」
撒くし立てて、シグもシミュレーターに乗り込む。
元来、シグは地球連邦軍地球航空隊(E・F・A・F)の所属である。
宇宙航空隊(E・F・S・F)とは全く指揮系統も違えば、戦略も違う。
その様な人物を宇宙航空隊へ廻し、重要な作戦を指揮させる事自体が不可思議な事ではあったが、その事を誰一人として、口に出す事は無かった。
何故ならば、今回の作戦立案者がランサムであった事に他ならない。
ランサムに意見すれば、己の立場が危うい。
ならば、レビル救出劇をお膳立てているランサムの計画には、余計な口を挟まぬ方が己のためだ。
そう、連邦の士官達は考えていた。
だから彼らにとって、シグはランサム配下のゲストであり、VIPであった。
そういった事もあり、シグは別段、何処から意見される事も無く、自由に行動できていた事は不幸中の幸いであったかもしれない。
シミュレーターに乗り込むと、シグは軽やかに操縦桿を握る。
(へっ、たいして代り映えしねぇな…)
前方のスクリーンには暗闇へぽっかりと口を開けている港口が映し出されている。
「よし、各員、出撃準備で出来たら、連絡しろ」
シグがインカムに向かって話掛ける。
「ベイル、OKです。」
「バーン、準備完了」
「ムイルギット、い、行けます…」
それぞれの声が返ってくる。
「了解、これから、コードを与える。自分のコードを認識しろ。先ず、俺のコードは…ウルフリーダーだ。」
「了解。ウルフリーダー。我々はウルフ1ですか?」
「抜かせ!バーン!お前はシープ1だ、ベイルはシープ2,ムイルゲットはシープ3だ。」
「シープって…」
ベイルが泣きそうな声で言う。
「悔しかったら、ウルフになってみせろ。」
「了解…」
「あ、あの…ウルフリーダー…」
「なんだ?シープ3?」
「僕は…『ムイルゲット』じゃなくて、『ムイルギット』です…」
「ん?ああ。すまん。ムイルギッチョ…」
「…」
「だはは。ワザとだ。いくぞ!」
シグがスロットルを踏み込む。
スクリーンに加速感が加わる。
スクリーンとはいいながらも、かなりの質感を感じさせる映像がシミュレーターを流れる。
シグは上機嫌にピューと口笛を吹いて、スロットルを踏み込んだ。
そして、やおら機体をバンクさせる。
「おっと!」
シグが思っていたより機体は鋭角にターンをする。
「…なるほど、地球と違って、空気抵抗がねーぶん、機体反応が敏感ってわけだ。」
『こちらシープ2、ウルフリーダー現在座標を連絡願います。』
「おっ、そうか!忘れるとこだったぜ。…こちらウルフリーダー。今から座標合わせをする。俺はX4876,Y3459,Z998だ。お前ら全員、この付近の座標に修正しろ。と、オペレーター!」
『はい、こちらコントロールルームです。』
「シミュレーターの設定をG2R4に設定してくれ。」
『G2って…いきなりアストロイドベルトですか?』
「そうだ。シープ1から3は隕石を潜ってウルフリーダーを攻撃しろ。個人でも、組織戦でも構わん。俺を落せるか?」
『こちらシープ1。ウルフリーダー、宇宙を舐めたらいかんですよ!そちらを落すより隕石避ける方が難しいですね。』
「へっ、言うじゃねーか。シープ1、オペレーター聞いたか?隊長墜とす方が楽だとよ。」
『コントロール了解!行きますよ。シグ中尉。データ転送!』
途端、シグの機体の周りに様々な隕石群が現れる。
「ととっ!なるほど。こいつぁ、すげーや。」
隕石を右へ左へかいくぐりながらシグは上機嫌にまた口笛を吹く。
『シープ2,座標合わせ完了…うわっ!』
「おいおい!シープ2,俺とやる前に落ちんなよ!」
『こちらシープ1!ウルフリーダー、行きますよ!』
「来いよ!小僧!」
シグのコンソールのレーダーが自機の背後に敵機がいる事を伝える。
シープ1のバーン機がシグの背後に座標転送したのだ。
シグのコクピット内に警報が鳴り渡る。
「ちっ!姑息な真似を!」
シグが機体を加速させ、機体の重心を逸らせようとする。
「わわ!」
と、シグが驚きの声が挙げる。
「なんだよ!機体がうかねーぞ!空気がねーってのはやっかいだな!」
取り敢えず、機体をバンクさせ、巨大な隕石を回り込む。
後ろについていたシープ1はシグが隕石の向こうへ廻ったとみるや、自分は上昇し、隕石の上部へと廻った。
「おい、シープ2!ちょっと、教えろ!機体を浮かすにゃ、どうすんだ?」
『こちらシープ2。機体を浮かす?どういう事です?』
「地上なら、空気抵抗で、機首を上げるなり、下げるなりで、機体が持ち上がるだろ?」
『ああ、そういう事ですか。えっと、取り敢えず、スロットペダルの左右のサブペダルを踏んでみてください。』
「何?あ、これかっ!おお!なんじゃ!こりゃあ!」
踏み込んだ途端、シグの機体があり得ぬ方向へ機動する。
『姿勢制御用の機体両脇のガス式噴射です。踏み込みの調子で噴射量が変わります。』
「なるほど!昔のCCVの要領か!サンキュー!シープ2!」
『いえいえ、どういたしまして。』
「よし!来い!シープ1あれ?」
レーダーに反応は無かった。
シグの機体が隕石の上面より飛び出した。
途端、再び鳴り響く、警報。
『ウルフリーダー!腹が丸見えだ!もらったぜ!』
シープ1、バーンの声がなりひびく。
「こなくそ!」
シグはブーストスロットルをゼロ位置に戻し、サブスロットルを全開にする。
機体は機首から強引な反転状態となり、更に、ほぼ、位置を変えぬまま、軸回転する。
驚いたのはバーンだった。
目の前のシグの機は腹を見せていたのに、あっと言う間に、たった今飛んで来た方向へ回転して飛び去ったのだ。
『マ・マジかよ…』
バーンの呆然とする声にシグはニヤリとする。
再び、シグは機のメインブースターを全開にすると、今度はサブノズルを使い分けて、正面の隕石をグルリと円を書く様に避けた。
「これがやりたかったんだよ!」
更にご満悦にシグが叫ぶ。
「おい!シープ1の小僧!どうした?」
『くっそう!』
バーンはアフターバーナーでシグの機を追った。
迫るシグの機。
(もうすぐだ、もうすぐミサイルレンジ…)
バーンはシグが速度を落している事に気づかない。
バーンの瞳にはシグの機体のエンジンノズルしか見えていなかった。
(ふっ。シープ1、お前はカンはいいが、もうちっと、周りを見ろよな)
シグはニヤリと笑って、機体をスパイラルさせた。
バーンの眼前のシグの機体が突然消えた。
というより、シグ機が円運動するように、機動した事には気づいていた。
気づいていなかったのは、その前方に小型の石があった事だ。
突然回避したシグの機体の動きにはついて行けず、バーンはそのまま石に突っ込んだ…
「うっわぁぁぁぁ−」
バーンの機は最大限の振動を与えて、停止した。
「ウルフリーダーよりシ−プ1。残念だったな。お前は自室に帰ってよし。」
『シープ1了解。お先です。』
バーンはシュミレーターから降りると、ヘルメットを脱いで、足元に叩きつけた。
「くそっ!何が、宇宙は初めてだっ!あんな機動、教本にはねーぞっ!」
「さてさて、次の羊は何処だ?」
シグがレーダーに目をやる。
「ちっ!小型の石が多過ぎて、レーダーが役にたたねぇな。」
『くくくっ』
(ん?なんだ?)
『クククッ墜ちろよっ。みんな、墜ちろ!』
突然、シグのインカムに響きわたる声。
(誰だ?)
突如として、小型隕石群の向こうから、1機のセイバーフィッシュが姿を現した。
機は隕石群もお構い無しにバルカンを放ちながら、シグの機体に突っ込んで来る。
「うおっ!…の野郎!」
バルカンの掃射を避けながら、シグとは相手機と交差した。
無論、映像なので、相手の顔は見えない。
前方の隕石を回り込む様にバンクする。
すると、左手より新たに1機が飛来する。
『ウルフリーダー!捕まえましたよ!』
「来たか!シープ2!」
(ん?って事はさっきのアブネー奴はシープ3かっ!)
シグ機の後ろにシープ2が張りつく。
シグは機体を小刻みに操作して、シープ2のミサイルロックを巧みに避ける。
『うわ!凄いな…。でも!』
ベイル(−シープ2−)も負けじとシグの機体を追う。
(ブツブツブツブツブツ)
シグとベイルのインカムに不愉快な程の音声が入り込む。
(死ねよ…死ねよ…死ねよ…死ねよ…死ねよ…死ねよ…死ねよ…。消えてなくなれぇぇぇ!)
と、突如として、前方の隕石に身を潜めていたシープ3が浮上する。
途端にシグとバーンの両機にミサイルを全弾打ち放った!
「…んでぁ!」
声にならない叫びを上げ、シグが回避運動に入る。
ベイルは目の前に迫るミサイルを呆然と見つめた。
(わわっ!そんなぁ〜)
次々とミサイルが着弾し、ベイルの機は停止した。
(クククッほーら、やっぱりね。僕が一番なんだよ…)
ムイルギットの囁く様な低い声がシグのインカムに響く。
(ちっ!こいつ、見境なしか。)
シグは回避行動から、機体を水平に戻し、シープ3の左上方に配した。
「シープ3、どうした!?避けねえ、つもりか?」
(クククッみんな、死ねよ、死ねよ、死ねよぉ…)
インカムには相変わらず、耳障りな囁きが流れる。
すっと、シープ3が発進する。
「よおし!その気になったか?ああ!?」
突如ムイルギットの機体画像がブレる。
と、シープ3は姿を消した。
「おい、どうした?シープ3」
応答は無い。
シグはコンソールの黄色いスイッチをONにする。
「こちら、シグ。オペレーター、シープ3はどうした?」
『こちら、コントロール…それが…』
「どうした?」
『ムイルギットの奴、機を降りてます。』
「んだとぉ!?シミュレーター停止だ。訓練終了!」
『了解。ロック外します。』
スクリーンが真っ暗になり、シグのシミュレーターのドアがガチャリと開く。
シグはコクピットから飛び出すと、シミュレーターの外に飛び出した。
「なんだってんだ!?」
辺りを見回す。
すると、ムイルギットは部屋の片隅で膝を抱えてガタガタと震えていた。
そんなムイルギットを見下ろすベイル。
「どうしたんだ?」
ベイルに話掛けるシグ。
しかし、ベイルは肩をすくめて、小首を傾げた。
「さあ?」
「おい、ムイルゲット…?」
シグが屈んで、ムイルギットを覗き込む。
「なんだよ。弾がなくなっちゃったよ。何でだよ。そんなのズルイよ…」
一人ブツブツと呟くムイルギットの目は見開かれたままだった。
(おいおい、壊れちゃったのかよ…)
「おい、ムイルゲット、しっかりしろ!どうして、突然機をおりたんだ?」
シグがムイルギットの肩を掴んで揺り動かす。
すると、ムイルギットは虚ろな目をシグに向けて言った。
「だって…だって…弾を全部撃ち尽くしたら、ゲームオーバーなんですよ。」
「はあ?」
「だって…武器が無いのに、どうやって闘えるんです?隊長が逃げるから、僕、リセットしたんですよ…」
「あ?」
「どうやら、彼にはシミュレーターとゲームが 混在している様ですね…」
ベイルがうずくまるムイルギットを見下ろして言った。
「ああ。これじゃあ、コイツは実機には乗せられんな。無茶苦茶だ。」
「オカシイよな。あそこの攻略方法は間違っていないんだ…データーが変わったのかな…。最新情報を仕入れなきゃ…」
ムイルギットはボソボソと呟きながらのっそりと立ち上がり、シミュレーター室から出ていった。
その後ろ姿を呆然と見つめるシグとベイル。
「おいおい…なんだ、ありゃ?」
「はあ、彼はゲームマニアで有名でしたけど、これほどとは…。」
「ああ、アイツはちょっとヤバいよな…」
シグの心にはこれからの作戦遂行への暗雲が厚く垂れ込めていた…
つづく。
episode26:「計画」
「ったくよ!」
自室に戻ったシグはシャワーを浴び、ドサリとベッドに座り込んだ。
(しかし…参ったぞ、こりゃ。どうやって救出作戦を展開したモンかな…)
考え込むシグだったが、徐々に気だるい疲労が彼を包む。
ベッドに身体を投げだすと、じきに彼は眠った。
ルルルルルルル
シグは備え付けのアラームで目を覚ました。
着の身着のままでルナツーへ連れて来られたシグはお気に入りの目覚ましを持って来る事も出来なかったのだ。
愛する息子、トニーが自分の誕生日に溜めた小遣いで買ってくれた目覚ましだった。
「ん…」
ルナツーは隕石基地の為、太陽光を浴びるという事が殆ど無い。
無論、時間の概念は地球と一緒ではあったが、これは地球に長く暮らしたシグの体調と神経を大いに悩ませた。
実感の無い「朝」を迎える。
実際、シグに朝を感じさせるのは睡眠の後の空腹感だけであった。
「う。もう、朝か…」
昨夜部屋に戻ってからそのままの姿で眠ってしまった事にようやく気付き、シグは汗くさいウェアを脱いだ。
「ふぅ〜、さて、と。」
簡単な食事を済ませ、ノーマルスーツ室に向かう。
「ったく、このノーマルスーツっ奴は、何度着ても…」
ブツブツ言いながら、教官用のスーツに袖を通す。
長年、地球勤務にあったシグにとって、パイロットスーツには馴染んでいても、ゴワゴワとしたノーマルスーツ(船外活動着)はかさばるだけの宇宙服でしか無かった。
「MSが実用化されるんだったら、もっと、動き易いスーツを考案しなきゃな…」
独り呟きながら、シグはスーツを着込み、フライトデッキに向かった。
「全員居るか?」
シグの前に特務隊が並ぶ。
ベイル、バーンは昨日の居残りにもめげず、きちんと並んでいた。
「ん?ムイルゲットはどうした?」
昨晩の強烈なキャラクターは忘れる事も出来ず、シグは一人欠けているメンバーに気づいた。
「それが…」
恐る恐るベイルが口を開く。
「今日はデーターの確認だそうで…」
「あ?…ムイルゲットか…アイツは使えねぇかな…」
シグがぶつぶつと呟くと、優等生、ビリーが口を開く。
「隊長、昨晩の居残りで何かあったのですか?」
シグはビリーを見据えた。
「ビリー伍長、何でも詮索しようってのは感心しねぇぞ。」
しかし、ビリーも今回は黙っていなかった。
「は。申し訳ありません。しかし、隊長。自分はこの先も共に闘っていく仲間として…。」
「ほお。ビリー伍長はムイルゲットと親しいのか?」
「あ、いえ。ですが、仲間のコンディション等を逐一、把握して…」
「だからさ、そういうのは、お前にゃまだ必要ねぇっていってんだろうが!」
イライラとシグが怒鳴りつける。
「いいか!ビリー!お前が優等生肌の学級委員長だってのは、良く解ったよ。だがな、ここは学校じゃねーんだ。軍隊なんだよ!テメェの命を守る為の戦闘技術を身につける軍隊なんだ。他人の世話がやける位になるにゃ、まだ、経験も知識もたりねぇんだよ!ヒヨッコ!」
シグの言葉にビリーが唇を噛んで、黙り込んだ。
ブルブルと身体を震わせるビリー。
そんなビリーを見つめながらシグは思った。
(嫌になるくれえ、青臭せえ奴らだ…。だがな、そんな青臭さが俺はたまらなく羨ましいぜ。そして、愛おしいんだ…。お前らを死なす訳にゃいかねぇ…。だからよ、ビリー。背伸びしたがるお前らを俺は叩くんだ。死なせたくねえ。息子のトニーと幾つもかわらねぇお前らは、俺の息子なんだよ…)
「いいか!お前ら、死にたくなかったら、『灼熱の翼』シグ・アニェスの言う事を聞け!俺を憎んでもいい、だがな、命令は絶対だ!それが、命を守る為の最低限のルールだ。いいな!」
全員が一斉に敬礼をする。
ビリーも又、歪んだ表情で敬礼を送った。
「よし。今日は実機訓練に入る。具体的な計画は立案中の為、説明は省くが、最悪の場合、敵との交戦もあり得るはずだ。各自、戦技向上に務めろ。以上。」
「…えっ?」
「隊長、以上って…」
「そうですよ。以上って言われてもどんな戦技訓練すればいいんですか?」
「…むう。」
「いや、むう、って…」
先程の態度と打って変わって弱気になるシグ。
「だってさぁ…敵の配置も装備も解っちゃいねぇんだ。計画なんか、たてられっこねーだろ!…あ。」
「え゛え゛っ??」
一斉に隊員がどよめく。
「それ、ホントですか?」
「ちょっ、ちょっと待ってくれよ!そんな無茶な作戦があるかよ!」
「っていうか、作戦自体、無いって事?」
ベイルもバーンも全員が唖然としていた。
「あ、いや、まぁ、な。ははは。今のは忘れろ!」
「そんなぁ〜」
暫くの間、シグは沈黙した。
「…うーん、よし、解った。全員、実機訓練は中止してブリーフィングルームへ集合しろ」
「隊長、全員揃いました。」
ビリーが報告する。
シグはブリーフィングルームを見回す。
ムイルギットも隅の方で俯きながら、座っていた。
どうやら、誰かが無理矢理引っ張って来たらしい。
「おお!ホントに全員いるな。ムイルゲット、気分はどうだ?」
シグは声のトーンを上げた。
無感動な表情でムイルギットはシグを見つめた。
「はは。データー解析が忙しかったと見えるな…はは。」
ムイルギットのドロリとした視線にさすがのシグもたじろいた。
「さて、と。まあ、お前らに今更、隠し立てしても仕方がないんで、この際、ぶっちゃけた話をする。」
再び気を取り直して、シグは全員の顔を見回した。
「今回の作戦については、『作戦』と呼べるものは今のところは無い。」
「…」
「敵側の配置に兵器の種類、そして、将軍の監禁場所さえはっきりとは掴めては居ない。」
「それじゃあ、どうやって救出しろと言うのですか?」
ベイルが訊ねる。
「ん…ここまで、言っちまうのは何なんだが…俺も嘘は付けん質でな…はっきり言っておく。この作戦はジャブローででっち上げられた中身の無い作戦だ。」
「そ・それは…??」
「考えてもみろ。将軍の救出にジャブローは表立った動きは見せていない。本腰を入れて救出作戦に出るのであれば、お前らみたいなヒヨッコで組織されると思うか?もっと、ベテランのパイロットで救出部隊が組織されるはずさ。」
「…」
全員が黙り込む。
「つまり、だ。この部隊での作戦が成功すれば、良し。もし失敗しても、連邦としては、ダメで元々。組織上は連邦と将軍を慕う義勇兵が勝手に行動を起こし殲滅された、で事が済む。上にとっちゃあ、何ら問題は無い、という訳さ。」
「そ・そんな…」
「まぁ、お前らもパイロット候補生だから、バカじゃなかろうから、その辺は理解出来ると思うがな。」
「…」
「事実、連邦はジオンの出した降伏勧告に乗っかろうとしてるって話だ。」
「…」
「つまり、連邦上層には本気でレビル将軍を救出する気は、無いって事だな。」
「では、隊長。我々は何もせずに敗戦すると言う事ですか?」
ビリーが問う。
「我々?お前は何もせずに敗軍の兵となりたいか?」
「いえ。」
「だろう?だからさ。戦争はまだ終わった訳じゃない。俺はまだチャンスはある、と考えている。だがな、何もしなければ、このまま終わっちまうさ。」
「…」
「幸い、俺には『将軍奪還作戦』の指揮者として、このルナツーでは特別権限を貰っている。この宇宙要塞内での施設と装備の使用権限と軍の機密事項へのアクセス権は限り無く自由に近い。その全てを駆使して、作戦を成功させたいと考えている。」
「ですが…どうやって…?」
ベイルが問う。
「そう、そこが問題だ。だから、ここに全員集まって貰い、本作戦の真相を明らかにした。軍人・指揮官としては失格だろうが、このまま無謀な作戦を立てても、全員が犬死にするだけだ。だから、最初にも言った。お前らに教えを乞うかもしれん、と。中身の無い計画ならば、俺達の手で、作らねばならん。誰一人死ぬ事が無い計画を…」
「し、しかし…敵の配置も解らないんじゃ…」
バーンが情けない声を出す。
「…敵の配置なら判りますよ…」
ふいにボソリとムイルギットが呟いた。
「?なに!?」
全員がムイルギットの方を振り返る。
「あわわ…。」
全員の視線を一斉に受けて、ムイルギットは凝固した。
「それは、本当か?ムイルゲット!!」
シグが叫ぶ。
ムイルギットは更に身体を強張らせて、うんうんと頷いた。
「ル、ルナツーからは常に何らかの電波が、発信されていますので、その発信波長との跳ね返ってくる同周波数を拾っていけば、サイド3までの距離位迄でしたら、ほ、殆どの空間物質は捉える事が出来ます…」
「ホントかよ!」
シグがムイルギットに駆け寄る。
「しかし…空間物質といっても、隕石や、人型と戦艦の区別はどうやってつけるんだ?」
ビリーが訊ねる。
「そ、それは…高調波は広範囲に広がる波長の為、跳ね返る物質の大きさ、形状によって跳ね返り波長の到着時間差が出来ます。
その波形を計算する事によって、戦艦と人型・隕石等の区別は付きます…」
「そうか!お前は天才だよ!」
シグがバンバンとムイルギットの肩を叩く。
「しかし…まてよ、ムイルギット。お前は肝心な事を忘れていないのか…?」
再びビリーが口を開く。
「な、なんでしょうか?」
オドオドとムイルギットが聞き返す。
「ミノフスキー粒子さ。」
「ああ…」
全員がああ、そうだったと溜息を漏らす。
ミノフスキー粒子の存在する空間では電磁波が乱反射するため、レーダー等の探査方法は効果を持たない。
つまり、ムイルギットの提案した案では、探査は不可能なのである。
しかし、ムイルギットは不敵な笑みを浮かべた。
「そ、それが、そうでも無いのですよ…。0072年にミノフスキー博士が地球圏ら亡命された事は御存知ですよね?僕は博士の亡命後に大学の特別講師として、博士と話をする機会がありまして…。」
全員が一斉にどよめく。
「長調波型のレーザービーコン波の一種で、かなり直進性を高めた誘導波ならば、ミノフスキー粒子の影響をそれほど受けない波長があるのです…そ、その波長を使用すれば、かなり、精度の高い配置確認が可能なはずです…」
「おお!」
更に一斉がどよめく。
「と、特に今回はレビル将軍の捕縛されている艦隊を特定出来れば良い訳ですから、簡単だと思います。一番、護衛の多い艦隊を特定すれば良い訳ですから…」
「やっぱり、お前は天才だ!ムイルゲット!」
シグが思わず叫ぶ。
「あ、いえ、宇宙物理学専攻していれば、常識範囲ですよ…」
「お前みたいな奴がなんで、パイロット志願なんだ…?」
シグが何気なく呟く。
しかし、ムイルギットは何も答えずにうつむいた。
「よし!ムイルギット、その発振器とやらは簡単に作れるのか?」
ムイルギットの態度は気にも止めずシグはトーンを変えてムイルギットに訊ねる。
「は、はい。材料さえあれば…。」
「材料については、俺が何とかする。必要な物を書き出してくれ。」
「は・はい…」
ムイルギットは早速、自分のコンピューターに部品リストを入力し始めた。
「じゃあ、敵の配置については、目処が立ちそうだな…。次は…」
「具体的な作戦の立案ですね。」
ビリーが声を上げる。
「そういう事だ。」
今、シグは全員の心が打ち解け始めている事に気がついた。
episode27:「敵艦からの暗号」
UC0079 01 23
シグが宇宙に上がってから既に1週間近い時間が経過していた。
レビル将軍が捕縛されたその日に宇宙へと上げられたシグはそのお膳立ての良過ぎる計画に辟易としながらも、再び地球へ舞い降りる為に自らに課せられた作戦を遂行しようと日夜、あれこれと考えていた。
自らの若き部下達はここ数日、計画と訓練に熱く燃えている。
だれもが、見捨てられた自分達の存在をアピールしようと激しい訓練に明け暮れていた。
そして、シグ自身ももともとはエースパイロットを自負する身であり、腕には自信がある。
当初の約束通り、最初の3日間で全員にキルマークを付けていた。
ムイルギットの方は自らが考案した特殊ビーコンの発振装置を量産し、ベイルやバーンとの協力を得て、先のルウム戦役等で破壊された連邦・ジオンの各宇宙兵器の残骸を回収しては、装置を取り付け、再び宇宙に放出し、情報を得るという作業に没頭していた。
そして…
「隊長!シグ隊長!」
シグの士官室にベイルが飛び込んでくる。
「おう!ベイル。御苦労。何かあったか?」
「はい。すぐに監視室へ御同行願えますか?」
「どうした?」
「はい、今、ムイルギットと反射ビーコンの変換作業をしていたのですが…。その中に暗号信号の様なものが…」
「暗号だと?」
「はい。ですが、非常に…とにかく、ムイルギットの処へ。」
「おう!了解した。と、ちょっと待て。」
そういうと、シグはインカムを装着した。
「ビリー伍長いるか?おう、そうだ。…ビリーか?お前の作戦、中々いいぞ。コレをベースで行こう。…ああ。そうだ。メンバーについては、俺の方で選抜する。お前は今迄の戦技訓練の結果をまとめておいてくれ。いいな。」
シグはそれだけ言うと、インカムを切り、ベイルを伴って部屋を出た。
「作戦、決定ですか?」
ベイルが歩きながら訊ねる。
「ああ。」
シグはぼそりと返事を返す。
「…成功、させたいですね…。」
「ああ。」
廊下を進み、ムイルギットが作業を進める部屋に入る。
ここは、シグが特別権を発動させて、基地から借り受けたコントロールセンターである。
大きなヘッドホンを耳にあてたムイルギットがシグを見て、おたおたと立ち上がる。
その際、ヘッドホンのピンプラグがはずれ、部屋中にノイズ音が響き渡った。
「うはっ!」
思わず、シグとベイルは耳をふさぎ、屈み込む。
ムイルギットは慌てて、ボリュームを下げた。
「す、すいません。シグ隊長。」
ムイルギットは米つきバッタの様に何度も頭を下げた。
シグはニカッと笑った。
「カカカッ!気にすんな。で、どうだい?」
「は、はい、現在、ルナツーを中心として、ぜ、全方位に248基の発振器が浮いています。で、それぞれの発振ビーコンと受信ビーコンを計算して…更に、連邦の配置部隊データを排除したものがコレです。」
そういって、ムイルギットがコントロールパネルを操作すると巨大な作戦スクリーンに太陽系の惑星位置とコロニー配置図、そして敵艦隊を示すブリップが点滅した。
「こ、この中で、サイド3にほど近い艦隊がかなりの密集度を見せています。更には…」
「ん?何だ?」
「は、はい、この受信ビーコンに交じって作為的な信号が発振されている様な…」
「それが、暗号信号ってやつだな…」
「は、はい。それが、電気変換しても、文章とならず、連邦軍のどの暗号パターンともマッチしないのです…。」
「ただの、ノイズじゃないのか?」
「その可能性はあるのですが、ノイズにしては、規則性が無く、それでいて、作為的な…」
「ふぅ〜ん。それは、今でも届いているのか?」
「は、はい。ビーコンを電気信号に変えて、音声化してみているのですが、お聞きになりますか?」
「ああ。ちょっと聞いてみたいな…」
ムイルギットから手渡されたヘッドホンを耳に当て、シグは目を閉じ静かに聞き入った。
極力、ノイズを除去したというサーッというノイズ音の向こうで確かに不規則な音が聞こえる。
トン・トン・ツーツー・トントン・ツートン・ツー
「ん?」
シグの目が見開かれる。
「こ、こりゃあ…」
「何です?隊長?」
ベイルが覗き込む。
「モールス信号、だ。」
「も、モールス信号ぉ?」
「ああ、ちょっと待ってろ…ええと…。ショ・ウ・グ・ン・ハ・ワ・レ・ト・ト・モ・ニ・ア・リ。ハ・ツ。ジ・オ・ン・ダ・イ・サ・ン・カ・ン・タ・イ。キ・カ・ン・ナ・イ。キュウ・シュツ・ヲ・ノ・ゾ・ム」
「ええと、復唱しますね。将軍は我と共に有り。発、ジオン第3艦隊旗艦内。救出を望む!!」
「だとぉ!」
シグは思いっきり、立ち上がった。
と、ヘッドホンのプラグが外れ、再び部屋は大音響に埋まった。
「という訳でだ。将軍の居場所が解った。」
「そんな暗号、信用できるんですか?」
ビリーが怪訝な声を上げる。
シグはちょっと考え込んでから口を開いた。
「俺は信用できる、と思う。要素としては、3つ。先ず第一にジオン側からわざわざこんな手を掛けた偽情報を流す必要性が今現在の戦況下では、無い、と言う事。第2は連邦の暗号パターンではなく、モールス信号を用いている事。これは、確実にジオン内部からの発信を示唆できる。第3は教えてきた第3艦隊が一番、艦隊の密集した拠点に存在している、と言う事。」
「これら3つの要素から鑑みても今回の情報は我が連邦の諜報部隊がジオン側の部隊に存在しており、将軍のすぐ側にいて、その情報をとにかく、こちらに伝えようとしている、と俺は考える。第一、そう考えでもしなけりゃ、俺には辻褄があわせられん。」
全員に言葉は無かった。
みんな真剣な表情でシグを見つめていた。
「で、だ。ここで作戦を説明する。この計画はビリーの立案したものをベースに色々と考えてみた。質問、矛盾等があれば、その都度質問してくれ。皆で考えよう。いいな。」
「了解!」とその場にいた全員が返事を返した。
「よし、先ず、第1段階。チームをみっつに分ける。チームA:ジオン連絡ポッドチーム、チームB:セイバーフィッシュ隊、C:バックアップ隊だ。」
「まず、全員で作戦宙域に移動。連絡ポッドを囮にセイバーフィシュ隊が追い込みを掛ける。当然、敵部隊がやってくる。そこで、セイバーフィシュ隊は適度に攻撃を加えて、反転。逃げに入る。連絡ポッド隊は敵護衛と共に敵艦隊へ潜入と。」
「そう、上手く行きますか?」
「上手くやらなきゃ、こちらがやられる。」
「そりゃ、そうですが…」
「全員で特攻するよりは、計画的だろ?」
「はあ。」
「なーに、いざとなったら、舵が壊れたでも、推進剤が暴発したとでもいって、無理矢理敵艦にねじ込じまえばいいのさ。」
「…」
「で、なんとかして、こちらの諜報員と接触し、レビル将軍を確保。後はケツまくっておさらばだ!」
「…」
全員がふぅ〜っと溜息を付く。
「大丈夫ですかねぇ〜」
「ま、やってみなけりゃ、解らん。というのも正直な処だがな…」
「…」
「いや〜嘘はつけん質では。あは、アハアハ。」
シグの言葉に全員が再び深い溜息を付く。
「隊長。バックアップ隊は?」
「バックアップ隊については、各状況の確認と戦闘時のミノフスキー散布。そして、最悪の場合はバックアップ隊だけでも、連邦本体と合流し次に繋げて貰いたい。」
「さ、最悪の状態って…」
「ま、それは考えるな。全員が無事に作戦を成功させる事だけを考えろ。」
「で、隊長、チーム編成は?」
「それについては、もう少し、時間をくれ。戦技訓練の結果と、お前達のそれぞれのスキルを考えて、俺が割り振るつもりだ…。いいな。」
「…」
「本日は以上だ。解散。」
episode28:「若き戦士達」
ベイル・トレマーがシグの部屋を訪れたのは、隊が解散してから、数十分後だった。
「失礼します…」
「おお。ベイルか。どうした?」
「シグ隊長、実は…折入ってお願いが…」
「ん?」
「作戦部隊の編成なのですが…」
「…」
「じ、自分を連絡ポッド班か、セイバーフィッシュ班に志願させてください。」
「…」
「自分はバックアップ隊で生き残るなんて絶対に嫌です。」
「…なあ、ベイル。」
「は、はい?」
「お前はこの作戦が失敗すると思っているのか?」
「…それは…」
「確かに確率は低いかも知れん。だが、皆で立てた計画だ。誰一人、失敗を望んじゃいないし、特攻を掛けるつもりでも無い作戦だ。ならば、生きるの、死ぬのは全員が平等だろ。」
「は、はい…」
「だったら、自分がどんな役割を課せられても、完遂できる様に100%の力を出し切るのがお前の仕事じゃあ、無いのか?」
「…」
「お前の仲間を思う気持ちは解る。だがな、仲間を思えばこそ、どんな仕事でもやるべきじゃあ、ないのか?」
「…はい。」
「お前も成長したなぁ。出会って1週間程度だが、小心者のベイルが、よくここまで育ってくれたよ…」
「シグ隊長の御指導の賜物です。」
「ははっ、よせよ!お前は自分自身を成長させたのさ。他の連中だってそうだ。ベイル、実はな、同じ事を言いに来たのは、お前で5人目だよ。」
「え?」
「いい仲間を持ったな。」
「…はい。」
「よし、話はここまでだ、編成については、俺が全てを決める。結果については、恨みっこ無し、だ。いいな。」
「…はい。」
そういうと、シグはベイルを部屋のドアまで送った。
電子ロック式のドアが静かに開く。
「うわ!」
「おおっ!」
二人はドアの向こうに立ちすくむ人影に驚いた。
「ム、ムイルギット!?」
「ま、まさか、お前まで?」
「まあ、座れよ」
ベイルと入れ代わりに入って来たムイルギットをシグは椅子に座らせた。
自分はベッドに腰をおろす。
「す、すいません。夜遅くに…」
「はは。ココにいると夜だの、昼だのっていう感覚はねーがな。」
「…た、隊長は地球ですか?」
「うん?おお。そうだぜ。お前は違うのか?」
「…は、はい…。フォン・ブラウンです。」
「というと、月か…」
「はい。地球は良い処ですか?」
「はは。何だか変な気分だな。俺は地球しか知らんのでな。地球は、か。」
「僕はフォン・ブラウンしか知りません。地球は埃っぽくて匂いのキツイ処だと聞いています。」
「ふぅん。そんなモンかねぇ。確かにエアコンの効いたスペースシティから比べれば埃っぽいだろうがな。」
「僕は、そんな地球には降りた事も有りませんし、何の愛着も有りません。」
「まあ、そうだろうな。」
「隊長はそんな僕が何故、連邦軍に志願したのか、不思議に思いませんか?」
「…ああ、思うね。ましてや、今回の様な絶望的な計画に何故、志願したか不思議に思うよ。…教えてくれるか?」
「…はい。僕は御覧の通り、虚弱体質で運動神経などとは無縁の存在です。ましてや、軍隊などという組織には一番縁遠い存在だと自覚もしています。」
「…はは。何ともいえねぇが…」
「僕の本当の夢はMS開発なんです。」
「…ほぉ!?」
「ジオンのMSを初めて見た時、全身が震えました。この世にこんな素晴らしい機械があるかって。」
「…戦争の道具ではあるがな。」
「はい。今はそうです。でも、MSの持つ可能性は計り知れません。」
「そんなお前がどうして?」
「ぼ、僕はもう一度、この目でMSを見たいんです。確かめたいのです。あの、素晴らしい機械の可能性を見極めたいんです。」
「だが、それは最前線でなくても、出来るだろう?」
「それは、そうですが…僕はMSの事を考えるといてもたってもいられなくて…」
「で、この作戦に志願した?」
「はい。本当はルナツーの新素材開発部所属だったのですが…」
「ん?ならば、知っているだろう?連邦のMS計画は?」
「…僕みたいな下っ端に触れられる情報では無いですよ…」
「…そうか。で、最前線に志願した訳か。」
「…はい。」
「…バッカ野郎!これはな、観光旅行じゃ、ねーんだよ!」
「…は、はひぃ〜」
突然、シグに怒鳴り付けられ、ムイルギットは椅子から転げ落ちた。
「いいか!ムイルゲット!お前のその頭脳はもっと有効に使われるべきだ!お前みたいな優秀な奴が次の連邦を支えていくんだ!お前の頭脳が俺達パイロットを支えるんだ!人殺しは俺達、専門家に任せろ!お前は、お前みたいな奴がその手を血に染めるとろくな事はないんだよ!お前はこの作戦で人殺しが出来るのか?自分で銃を撃てるのか?どうなんだ!?ムイルゲット!」
「…ぼ、僕は…」
「お前、人殺しをゲームと思っているか?」
「そ、そんな…人殺しをゲームだなんて…」
「少なくとも、最初のお前のシュミレーターはそうだったな?」
「は、はい…あれは…混乱してしまって…」
「ハッキリ言ってな、お前はパイロットには向いていないよ。才能も無い。」
「は、はい…」
「何よりな、お前は機械を愛し過ぎている様に見える。人の命を返り見ていない様にも見える。全てをデーターとして受け入れ、処理しているんだ!だがな、それはお前が自分をそうだと、暗示に掛けて居るだけにすぎん。…なあ、ムイルギット…」
「…はい。」
「トリガーで人を撃つって事は辛い事だぞ。戦争とは言え、人殺しにゃ変わらん。そんな業をお前は背負っていけるか?」
「…それは…」
「お前はMSの可能性と言った。それは何故だ?本当は人を愛しているからだろう?人が好きだから、MSに可能性を求めているんじゃ、無いのか?そんなお前にトリガーはひけんよ…。」
「…」
「それにな、お前は変わったよ。ここ数日でな。何故か解るか?」
「…変わった?」
「そうだ。将軍発見までの作業の中でお前は確実に変わった。それはな、ベイルやビリーといった仲間を得たからさ。奴らに交じって作業するお前は確実に変わっいったと俺は思う。」
「…」
「本当は、違うんだろう?」
「…何が、ですか?」
「本当はMSを見たい、とかじゃなく、ベイルやビリー達を失いたくないんだろ?」
「…」
「ムイルゲット、自己犠牲の精神は何も生まんよ。そんな事を考えるより、お前はその頭脳で、どうしたら仲間の為に闘えるかを考えろ。」
「…」
「俺は嬉しいんだぜ。お前も成長したな…」
「…隊長。」
「この作戦が終わったら、俺がイイ処を紹介してやるよ!連邦のMSを開発してる俺のダチの所だ!お前にゃ、あの最悪な乗り心地のMSをどうにかしてもらいてぇな。」
「…隊長、あ、ありがとうございます。ぼ、僕は…僕は…。」
ムイルギットは敬礼する手を震わせながら泣きじゃくった。
「おいおい、よせよ。軍人なら、僕なんて言うんじゃねーよ。」
グスッ、グスッとムイルギットが鼻を鳴らす。
そして、突然ワァ〜と泣き崩れた。
「じ、自分には初めて友達が出来たんです。今迄はずっと、上官に殴られ、蹴られ、同期の連中からも疎まれて…仲間なんて呼べる人は居なかったんです。だから、ココに志願した時も隊長や他のみんなからも最初は白い眼で見られて、やっぱり自分の居場所は無いと思っていました。でも、でも、ベイル君やビリー君達に囲まれて波長変換していた時は楽しかった…。みんなが、僕を支えてくれて…。」
「おいおい、ムイルゲット…解ったよ。もう、泣くな。ホラ、いい年して、鼻水が…あちゃ、付いちまった…」
「若い女性ならともかく、ムイルゲットに抱きつかれてもうれしかねーよ。」
そう言いながらもシグはムイルギットの肩を抱きしめていた。
「だから、僕はみんなを失いたく無いんです。皆を死なせたくないんです!僕が囮になって、初めて役に立てるんです。隊長の言う様に僕に…自分に人殺しは出来ないかもしれません。でも、デコイ位なら…」
「…ばっか野郎…。お前みたいな優秀な奴を死なすかよ…。お前にゃアイツの片腕になって貰うんだ。そうだ、この俺がそう、決めたんだよ…。ムイルゲット、俺は誰一人として死なしゃしねーよ。な、約束する。だから、泣くのはよせ。」
シグも思わずグスリと鼻を鳴らす。
(こいつらは、一生懸命なんだ。自分の生命よりも仲間を大事に思っている。こんな可愛い奴等を死なせてたまるかよ!いいか、シグ、上手くやれよ!今度の計画の成功如何に全ては掛かっているんだ!)
シグは自分の瞳にも熱い滴が溜まって居る事にも気づかずに熱い視線で宙を睨んでいた。
つづく。
episode29:「真実と怒り」
UC0079 1 25
「ねえ…シュガト…」
「ん?」
小さなベッドの中で男女がシーツだけを巻き付けた姿で横たわっていた。
「あなた、何も聞かないのね…・」
「ん?何が…?」
「私の事…。」
「誰でも触れたく無い過去はあろだろう?」
「でも、私は過去では無くて現在なのよ。」
「…」
「コロニー落下の騒ぎが収まれば、また、私はあのランサムに呼び出されるわ。」
「…シグ中尉みたいに、か?」
「そう。あの男は今、ジオンへの降伏勧告を躍起となって、連邦上層へ勧めているらしいし。」
「もうすぐ、連邦はその降伏勧告を受諾するという噂もあるわ。」
「もし、そうなれば、私はきっと、消されるわ。」
−女−ヨーコはその瞳をシュガトに向けた。
「ヨーコ、滅多な事は…。」
「大丈夫。この部屋の監視装置にはすべて細工がしてあるわ…」
「…」
シュガトは黙ったまま、ヨーコを見つめた。
「もし、連邦が降伏すれば、ランサムは私の父の存在と私を消そうとするはずよ。彼のして来た事の一端を握っている私達親子の存在を。そうなれば、シュガトとは一緒にはいられなくなる…。」
「そんな…」
「だから、聞いて欲しいの。私を忘れて欲しくない。だから、何時、消されても言い様に、私の懺悔を聞いて、私の存在を覚えていて欲しいの。」
「ヨーコ…。そんな悲しい事は言わないでくれ。」
「でもね。これが現実。スパイとして生きた女にまともな幸せなんて来ないのよ…」
「ヨーコ…」
するり、とヨーコはベッドを抜け出し、下着を身につけると、ガウンを羽織ってソファに座った。
シグも下着だけを身につけ、ベッドに座り込む。
「私の父は連邦の情報部に所属しているの。父は立派な連邦の軍人よ。ランサムの配下に居る様な人じゃないわ。でもね、ランサムはそんな父を罠に掛けたの。和平交渉の文書と称して、ランサムの親書を持たされたの。内容はランサム自らが、ジオンへ協力するという内容だった…。何も知らない父はそのまま、ジオンとランサムとの連絡役とされてしまった…。」
「そんな…。」
「父もね。気がついてからは必至に抵抗しようとしたらしいの。でも…。」
「でも?」
「ランサムはいざと言う時の為に切り札を用意していたわ。もう一人の娘、私の妹を人質に取ったのよ…。」
「人質?」
「そう、ただし、妹は何も知らない。常にランサムの監視下に置かれ、父か私が裏切ろうとすれば…」
「汚いな…。」
「そうよ、それがランサムのやり方。連邦上層なんて、そんなものよ…。」
「一皮剥けば、連邦もか…」
シュガトは親指の爪を噛んだ。
「そして、私はその事実を知らされ、父と妹を助けたければと、ランサムに言われたわ。私は父と妹を助けたい一心でランサムの命令を聞かざるを得なかった。そして…なんでもやらされた…。」
「いいよ…。それは、もうこれ以上、言わなくても…。」
ヨーコは視線を上げ、シュガトを見つめた。そして、また、床に目を伏した。
「そして…やっと、つきとめた父の駐留先が…」
「シドニーか…」
ヨーコはその大きな瞳に涙を溜めて、コクリ、とうなずいた。
「ランサムから最後に聞かされたのがシドニーだった。勿論、コロニーがシドニーに落下した事は偶然、というか、ジオンのミスだったんでしょうけど…。結果的には父は…。」
うう、とヨーコは嗚咽を漏らす。
「だが…確認が取れた訳では…」
シュガトも言葉を探したが、結局、出て来た言葉はこの程度だった。
「どうやって、確認するのよ…。シドニーが一瞬にして壊滅してしまったのに…。みんな消えちゃったのに…。」
「…ああ。」
「コロニー落下の事実とレビル将軍の拿捕で、連邦は降伏しようと動いているわ。連邦が降伏した暁には、ランサムはジオンから、相当のポストが与えられる。それがランサムの狙い。そうなれば、邪魔になるのは、私の様なランサムの裏を握る人物達…。」
「それで、…君は黙っているつもりなのか?」
「…えっ?」
シュガトの予想外の言葉にヨーコは思わず顔を上げた。
「そうやって、黙ってランサムに消されるつもりか?お父さんの仇も討たず、屈辱も晴らさずに…」
「…で、でも。」
部屋には重苦しい沈黙が流れる。
「一体、どうすれば、いいのよ!私には何が出来るの?一体、どうすれば…」
ヨーコが沈黙に耐えられずにソファから立ち上がる。
「ヨーコ…君は何かを忘れてるよ。『私達』だ…。」
「…えっ?」
「中尉!ファルコニア中尉!」
突然叫びながら飛び込んで来たヨーコにファルコニアは驚いた。
「ど、どうした?」
ファルコニアの部屋にヨーコが飛び込んで来る。
「あの人を、あの人を止めてください!ファルコニア中尉!」
「ど、どうしたんだよ!」
「シュガトが、シュガトが全て、自分がカタを付けるって、ランサム准将の所に…」
「何?どういう事だ?」
「私、全部、父と妹の事、シュガトに話したんです。父と妹がランサムに人質に取られて…」
「ま、まて。ここじゃ、マズイ。例のトコへ行こう。」
二人は屋上へと向かった。
「よし、ここなら、監視カメラはないぞ。なあ、どういう事か説明してくれ。」
「はい。私の父と妹はランサムの監視化にあるんです。だから、私はランサムのスパイとして、色々な機密を流していました…。」
「その辺は想像つくが…」
「それらの事を全て、シュガトに打ち明けたんです。そして、連邦が降伏すれば、私はランサムに消されるだろう…って。」
「証拠隠滅か…。」
「…はい。そうしたら、シュガトが言ったんです。『俺達は一心同体だ。君を苦しみから解き放つ為に俺は存在している。そして…』」
「そして…?」
「そして、こう、言ったんです。『俺の故郷はサイド3。ジオン国国民だ。ジオンの潜入スパイがランサムを暗殺した事になれば、君にも、君の妹にも迷惑は掛からないはずだ。全てのカタは俺が付ける』って。」
「…!?なに?シュガトがそう、言ったのか?自らの口で?」
「はい、はい!確かに…そう、言ったんです…。嘘ですよね?あのシュガトがジオンだなんて…。ましてや、スパイだなんて…。」
「ん。まあ、スパイかどうかはともかく、ジオンか…。」
「ファルコニア中尉?」
「なんとなくな、気に掛かる部分はあるんだ。だがな、ヨーコ。お前はシュガトを信じられるな?」
「はい。」
「良し、いい返事だ。で、シュガトはどうした。」
「それから、自分の部屋に戻って…。銃を掴んで…。」
「マズイな…。それはどの位前?」
「今からですと…15分位前かと…。」
「正門の警備は先日のコロニー騒ぎから比較的自由になった…。とすると、既に施設の外に出ているとして…。」
「もう少しだけ、時間はあるわ。」
「ああ。とにかく、俺達も後を追うしか…。」
「はい。」
「いや、ヨーコはここで待っていてくれ。ランサムと鉢合わせしちまえば、何かとマズイ。」
「…はい。ファルコニア中尉、あの人を、シュガトをお願いします。」
「ああ、奴を失えば、居なくなっちまったシグも悲しむしな。」
「…はい。」
シュガトは基地のエレカで疾走していた。
甲高いモーター駆動音が悲鳴を上げる。
向かう先はランサムのいるジャブローの中央司令部だった。
シュガトの脳裏にはヨーコの涙がかすめる。
「お願い!シュガト!止めて!貴方まで失えっていうの!?お願い!シュガト!待って!!」
耳元でなびく風切り音が悲痛なヨーコの悲鳴の様にシュガトに届く。
(ヨーコ、君はもう、誰にも縛られなくていいんだ。君を自由にしてあげる。それが、俺の使命!)
(俺は復讐を誓ってジオンを出た。ジオンへの復讐。それは私怨。だが、ヨーコの為に闘う。これは愛。そうだろう?ニードルス…。)
しかし、シュガトには誰も答えはしなかった。
(人は分かり合えるとニードルスは言った。だから、俺はヨーコと結ばれた。人は分かり合える。人は愛の為に死ねる!)
シュガトのエレカが司令部の入口に横付けされる。
たちまち、正門の守備兵がシュガトを囲んだ。
「何事か?官と姓名を名乗れ!」
「自分はテム・レイラボ所属。機密兵器運用試験班のシュガト・グレイフィールド少尉である。」
すると、番兵はそれぞれ階級が低かったらしく、一斉に敬礼を向けた。
「それは、失礼しました、少尉。軍司令部には如何様な御用事でございますか?」
「ランサム准将に至急、取り次ぎを願いたい。試験運用機について、御相談がある。」
「アポイント等は?」
「バカモノ!緊急事態だ。」
「は、しかし…」
「超軍事機密に触れられる権限を貴様らは持っておるのか!?」
「…はっ。」
シュガトの鬼気迫る迫力に番兵達も腰砕けとなってしまった。
渋々とインターホンで取り次ぎを願う。
「ランサム准将がお会いになるそうです。」
「よし。貴様らの対応に感謝する。」
「…はっ。」
毅然としたシュガトの態度に番兵達は思わず最敬礼を送った。
シュガトは案内の兵につれられ、建屋の奥に入っていった…
数分後…
一台の高速型エレカが同じ建物の正門に横付けされた。
エレカから飛びだした下士官を番兵が取り囲む。
「貴様、官と姓名を名乗れ!」
「自分はテム・レイラボ所属。機密兵器開発班のファルコニア・フォーエバーロング中尉だ。」
「そ、それは失礼しました。中尉。」
「ランサム准将に大至急、取り次ぎを。」
「試験運用機の件ですか?」
「…?うん?」
「先程、シュガト少尉が来られまして…」
「…!そうだ!早くしてくれ!」
「少々お待ちを…」
当番兵が、インターホンに駆け寄る
そして…!!
つづく。
episode30:「シュガト、吼える。」
シュガトは静かに、案内の兵の背後を歩んでいた。
(落ち着け、シュガト。落ち着け…。落ち着け…。)
カタカタと手が震える。
(落ち着くんだ…俺、そして、頑張れ…俺。)
(やってやる…。ヨーコの為に…。ガンバレ…俺。)
「ガンバレ…俺…。」
「はあ?」
案内の兵が怪訝な表情でシュガトを振り返る。
「あ、いや…。」
(いっけね。思ってた事が口から出ちまった…。)
「ランサム准将にお会いするのは初めてなモンでね。はは。」
すると、案内の兵がにっこりと笑う。
「確かに、気難しい方ですが…。なーに、大丈夫ですよ。ここ最近はランサム准将も機嫌がいいんです。」
「ああ、そうなんですか…」
(いかん、いかん。気弱になるな…。シュガト、落ち着くんだ…。)
「こちらです。」
シュガトは大きな木製のドアの前に立った。
すっ、とドアが音もなく開く。
蝶番がリニアモーターになっているらしい。
余計な所に金を使うもんだ、とシュガトはふと思った。
部屋の中にはランサムと覚しき、高級士官と秘書だと思われる女性がいた。
女性は妖艶な女の色気を身に纏っている。
その視線がシュガトに注がれる。
「ようこそ。シュガト・グレーフィールド少尉…」
氷の様な冷たい声だった。
ランサムの細身の身体にシュガトはジオンのギレンを重ね合わせた。
「不躾に失礼します…ランサム准将。」
「いや、構わんよ。何やら、機密兵器についての上申だそうだな…。」
「…はい。」
「そういう事はテム・レイ大尉を通してが本来だが、緊急との事だ。で、用件は…?」
「は…。准将、事は重大です。お人払いを…。」
ちらりとシュガトが秘書の方に視線を流す。
秘書はあからさまに不機嫌な表情を浮かべる。
「彼女の事は気にするな。私の私設秘書だ。プライベートから全てを管理して貰っているのだよ…ははは。」
ニヤリとランサムが薄ら笑いを浮かべる。
(ちっ、スケベオヤジめ!)
「し、しかし、事態は軍のトップシークレットであります。いくら、准将と秘書だけと仰られても、スパイは何処にいるか…」
「貴様、私の秘書がスパイとでも?」
ギロリ、とランサムがシュガトをねめつける。
しかし、シュガトも負けてはいなかった。
「しかし、准将、先般、テム・レイラボでもスパイ騒ぎがありまして…」
「ほぉ〜お…」
すっ、とランサムの顔色が変わる。
「で、そのスパイとは…?」
「スパイの捕獲は失敗しました。すばしこい男で…コロニー騒ぎに乗じて、機密を盗み出そうとしたらしいです…」
無論、これはシュガトの出任せであった。
「男…。…ふん。セキュリティを強化せねば、な。しかし、ラボからは何の報告も上がってきていないが…?」
「それは…多分、ラボ内がまだ、混乱していて、持ち出された機密事項の整理に時間が掛かっているものと…」
「ふむ。まあ、今更、機密も無いがな…。」
「は?今、なんと?」
「あ、いや、なんでもないよ。シュガト少尉。君の懸念ももっともだ…。ミユキ…外したまえ。」
ミユキと呼ばれた女性は黙って隣の部屋へと消えた。
(ミユキ…彼女もヨーコと同胞なのか…。)
ふと、シュガトはそんな事を考えた。
「さて、シュガト少尉。これで良いかな…?」
「はい、ランサム准将。恐れ入ります…。」
「では、本題に入ろうか…。」
「はい…」
シュガトはランサムにゆっくりと近づいた。
同時にシュガトの右手も徐々に腰のホルスターに近づく。
「まて。」
「…!?はい?」
突然、ランサムに声を掛けられ、シュガトは一瞬、凍りつく。
「何やら外が騒がしい…」
ランサムが、窓際に近づき、ブラインドの隙間から外を覗く。
「あの男…」
ランサムの目に止まったのは、正門で何やら言い合う、ファルコニアの姿だった。
「ファルコニア中尉か…」
ランサムがボソリと呟く。
その言葉にシュガトは凝固した。
(ファルコニア中尉!まさか!?)
その時、シュガトの中で、何かが、弾けた。
「ランサム!覚悟!」
「!?」
シュガトの叫びにランサムが振り返る。
ランサムの目に飛び込んだのは、両手に連邦製の拳銃を構えたシュガトの姿であった。
「き、貴様!?」
「ランサム、貴様は生きていてはならない存在だ。その生命、ジオンのシュガトが貰い受ける!」
「な、ジオンだと?」
「ジーク!ジオーン!」
その刹那、シュガトの叫び声と同時に部屋飛び込んできたのは、秘書-ミユキ-であった。
その華奢な腕には不釣り合いとも言える自動小銃を構えて飛び込んでくる。
しかし、それは完全に訓練された動きであった。
「曲者!准将!伏せて下さい」
ミユキはそのしなやかな身体をのけぞらせて、反動の大きい自動小銃の照準をシュガトにあわせる。
あまりのレスポンスの良さに、シュガトは一瞬、たじろいたが、それでもシュガトは腰だめに拳銃を放つ。
しかし、一瞬、ミユキの動きに気を取られたシュガトの弾丸はランサムの右肩を貫いたのみであった。
シュガトは第2波を掛けようとランサムに向けて突進を開始する。
しかし、ミユキも素早く挙動し、シュガトの背後を取ろうと駆け出す。
「くそがぁぁ〜!!」
シュガトの咆哮が部屋に響きわたる。
が、しかし、ミユキのサイトが確実に自分を捉えている事をシュガトは背後に感じ取った。
ランサムに向かって突進するも、その銃口をランサムに向ける暇は無い事を瞬時に悟ったシュガトはそのまま、ランサムの脇のガラス窓を突き破って表に飛び出した!
「おい、早くしてくれよ。」
ファルコニアがイライラと番兵に怒鳴りつける。
「ランサム准将の部屋が繋がらないんですよ…」
番兵も困惑した表情でファルコニアに応対する。
その時、彼らの背後で、一発の銃声が轟いた!
刹那、2階のランサムの部屋の窓が突き破られ、一人の男が飛び出した。
シュガトである。
呆気に取られる番兵達。
すると、シュガトはそのまま、正門脇の塀の外へ着地した。
突き破った窓から、一人の女性が自動小銃を構えている。
そして…
タタタン!タタタン!
スリーショットバーストの発射音にマズルフラッシュを伴った弾丸がミユキの自動小銃から発砲される。
シュガトの後を追う様に着弾していく弾丸。
道路からは着弾とともに、削られたアスファルトが削り出される。
追い詰める様にして自動小銃の弾丸はやがてシュガトを捉えた。
「ぐはっ!」
シュガトの背中を弾丸が貫く。
しかし、シュガトは疾走する事を止めなかった。
その、信じられない光景にファルコニアと番兵は一歩も動き出す事が出来なかった。
ただ、状況を見つめるだけであった。
シュガトはファルコニアの乗り付けたエレカに飛び乗ると、一気にファルコニアの脇を駆け抜けていく。
突き破られた窓からは肩口を抑えたランサムが顔を覗かせて何やら叫んでいた。
その声で、番兵達はハッと我に返った。
「追え!今のはジオンのスパイだ!殺せ!絶対に逃がすな!」
ランサムの剣幕に番兵達は一瞬、身体をすくませる。
そして、ファルコニアもまたランサムの声に弾かれる様に、シュガトの乗ってきたエレカに飛び乗った。
「奴は、俺が追う!お前達はランサム准将の身辺警護を!」
ファルコニアの叫び声に番兵達は反射的に反応した。
全員が、建物の中に駆け込んでいく。
「はいっ!中尉!宜しくお願いします!!」
番兵の声を風の中に残し、ファルコニアは疾駆を開始する。
「ちきしょう! 遅かったか! シュガト、死ぬなよ!」
ファルコニアの乗るエレカは一般連絡用のものだ。
しかし、シュガトが乗っている(ファルコニアの乗ってきた)エレカはシグとファルコニアが暇潰しにチューンした車体であった。
「おっつかねーぜ…」
ファルコニアの視界にはシュガトの乗るエレカはもう、見えなかった。
「はやまったな…シュガト…」
ヨーコの泣き叫ぶ姿が脳裏に浮かぶ。
「バカめ!」
ファルコニアは一層、アクセルを踏み込んだ。
やがて、ファルコニアは馴れ親しんだ、MS試験場脇のハンガーに辿りついた。
案の定、シュガトが乗っていったエレカが停車されている。
ファルコニアは急いで駆け寄ると、運転席を覗き込んだ。
シートはぐっしょりと血糊で濡れていた。
「シュガト!」
叫びながら、ファルコニアはハンガーへ入った。
血痕の後を辿っていく。
「シュガト!」
血痕は点々と銀翼号の元へと続いている。
「シュガト!」
ファルコニアが銀翼号の機体の裏にまわり込んだ。
果たして…シュガトがそこにいた。
上半身を血に染め、機体に身を寄せる様に肩で息を付きながら、シュガトは手にした拳銃の銃口をファルコニアに向けていた。
「俺だ!シュガト!」
「…」
「おい!しっかりしろ!」
シュガトは銃を構えたまま、気を失っている様だった。
「おい!シュガト…シュガト!!」
ファルコニアの叫びにシュガトの双眸がゆっくりと開かれる。
そして、その瞳から一筋の糸が引かれた。
「ファ、ファルコニア中尉…。すいません。迷惑掛けて…。俺、失敗しちゃいました…。」
「馬鹿野郎!しっかりしろ!ヨーコはどうするんだ!」
「あ…。ヨーコ…。ファルコニア中尉、ヨーコの事、頼みます…。いい子なんです…。あ・い・し・て…」
シュガトの瞼が重そうに閉じられる。
ファルコニアはぐったりとしたシュガトの身体を抱き抱えて絶叫した。
「おい!シュガト!シュガト!この馬鹿!お前だけ逝くなんて、許さねーぞ!」
シュガトからは何のいらえもなかった…。
「チキショー!シュガト!!」
ファルコニアの叫びが薄暗いハンガーにこだまする…。
つづく。
episode31:「眠れる獅子」
UC0079 1 26 ルナツー
「おい、聞いたか?いよいよ、降伏らしいぞ…」
「コロニー落としに、将軍拿捕だからな…」
そんな噂がルナツーを駆け巡っていた。
そんな中で、シグ達の部隊に一通の命令書が届いた。
『シグ中尉貴下の将軍救出作戦の発動を許可す。作戦発動はUC0079
01 29 07:00を持って作戦スタート。
シグ中尉には作戦宙域までの移動にサラミス巡洋艦1隻、護衛中隊の使用を許可とする。
発ジャブロー 作戦本部 宛ルナツー司令官ワッケイン経由シグ・アニェス中尉』
「いよいよか…」
ワッケイン司令から手渡された命令書を見て、シグは呟いた。
そんな、シグの姿を見て、ワッケインが気の毒そうに声を掛ける。
「シグ中尉。心中は察する。ジャブローは将軍の救出計画であっても、この程度だ…。護衛艦隊といっても、サラミスにセイバーフィシュ中隊…。上は前線の事は解っておらん。」
そんなワッケインにシグは敬礼を返した。
「司令、お心遣いありがとうございます。しかし、この作戦は少数であればこそ。連邦の軍艦で大挙しても、成功の確率は似た様なモノです。」
「しかし…そんな護衛艦でさえ、計画遂行の使用許可されておらんのだ。宙域で待機、将軍救出の暁には、更に護衛艦隊を差し向けるが…」
「はは。それで、充分であります。司令。隠密行動には少数精鋭と昔から相場は決まっています。」
「少数精鋭とはいっても…。君の部隊は…。」
「たしかに若くはありますが、訓練と肝っ玉はベテラン部隊以上であります。はは。まあ、見ていて下さい。見事、将軍を奪還して御覧に入れますよ。」
「ありがとう、中尉。君の様な士官が今の連邦を支えている…。」
「ただ…」
「…?む?」
「万が一の場合は、司令。彼らの回収はお願いします。」
「心得ているよ中尉。そして、君も死ぬ事はない。」
「無論であります。『灼熱の翼』シグ・アニェスは簡単に、やられやしません。」
「心強いな。シグ中尉。君の為に、最強の護衛艦キャプテンを用意した。」
「はい?」
「サラミス巡洋艦艦長、ヘンケン・ベッケナーと護衛中隊のスレッガー・ロウ少尉だ。」
ワッケインがシグにファィルを手渡す。
シグがパラパラとファイルをめくる。
添付された顔写真には若い金髪の男性2人の顔があった。
この若さで、艦長と中隊長であれば、腕は相当なモノなのであろう。
ワッケインはシグの為にルナツー進駐部隊の精鋭を用意したのだった。
「ありがとうごさいます。ワッケイン司令!」
シグは再度、基地司令に敬礼を送った。
「よーし! いよいよ作戦決行日が決まった。」
シグの言葉に部隊がどよめく。
「作戦スタートは明後日の01.29.07:00スタートだ。」
全員が一斉に自分の時計を覗き込む。
「了解であります。隊長!で、編成は?」
「編成をいまから、発表する。」
再び全員がどよめく。
「先ず…セイバーフィシュ隊。ビリー伍長。お前が隊長だ。」
「り、了解!」
「つぎに、バーン、そして、ユイリィ、お前らがビリーの下につけ。」
「は、はい!」
「続いて、セイバーフィシュ第2部隊。こちらは、奪還後の迎撃・護衛部隊となる。まず…ボーマン。そして、リーの2名だ。」
二人の若者が立ち上がって敬礼を返す。
「以上でセイバーフィッシュ5機の割り当ては完了。続いて…」
ゴクリ、と全員がシグを注目する。
そんなメンバーを一通り見回して、シグは言葉を続ける。
「続いて…突入部隊だ。先ずは俺。そして…ベイル、マイク、そして、ムイルギット、以上だ。」
ムイルギットの目が見開かれる。
「後の者はバックアップ隊となる。以上、編成終わり!」
「た、隊長!」
ムイルギットが思わず叫ぶ。
「あ、ありがとうございます。」
「…よせよ。作戦上の編成だ、礼を言われる様な事じゃない。」
「ですが…ぼ、あ、いや、自分の願いを…」
「ムイルギット、作戦に私情は厳禁だ。お前を突入部隊に編成したのは、個人的感情ではない。いいか、これだけは忘れるな。俺達は死にに行く訳では無い。将軍を救出する為に編成された特殊部隊なんだ。全員が一致団結で、これに当たれば、作戦は必ず成功する。信じろ、俺を。そして、自分の力を信じろ。以上だ。」
「はい!」
若き戦士達が信ずる隊長に敬礼を送る。
そして、シグもまた、一人一人の顔を焼き付けるかの様にゆっくりと全員を見回した。
UC0079 01 29 08:00
いよいよ、「その日」がきた。
巡洋艦サラミスのブリッジにレビル将軍救出部隊「スリーピング・オライオンズ」が整列していた。
これは、出撃に向けて、シグが命名した部隊名であった。
当初、部隊内からは、もっと強そうな部隊名にと懇願があったが、シグ曰く「お前達はまだまだ成長する。『眠れる獅子』位が丁度いいんだよっ!」という、一言で部隊名は決定した。
若き救出部隊を一瞥して、驚きの表情を浮かべたのは、サラミス巡洋艦艦長のヘンケンであった。
「諸君、私が、当艦のキャプテン、ヘンケン・ベッケナーだ。宜しく頼む…ところで、シグ中尉…?」
「なにか?」
「今回の救出作戦は本当にこのメンバーで?」
「はは。艦長の懸念は承知している。確かに、若い。だが、こいつらは一騎当千のパイロットなんだ。」
シグの言葉に部隊全員の表情が柔和になる。
「それは、まあ、今回の作戦に選抜されたメンバーでしょうから…それにしても…」
ヘンケンはシグの言葉にも釈然としないらしい。
「まあ、艦長。俺は中々の面構えだと思いますぜ?」
と、ヘンケンの背後に立つ青年将校が声を掛ける。
「俺は、護衛中隊の隊長、スレッガーだ。作戦宙域から途中までのお前らのお守りを仰せつかった。宜しく頼むぜ。」
スレッガーに全員が再び敬礼を送る。
「堅苦しいのは無しだぜ!作戦宙域までは、お前らはお客さんだからな。ま、ノンビリしてくれ。敵がでてくりゃ、俺達が出る。」
スレッガーはパチリとウインクを送る。
「よし、では、ヘンケン艦長。宜しく頼みます。お前らはハンガーへ降りて、各機体と装備の点検。終了したら、休息を取れ。解散!」
シグの掛け声にスリーピング・オライオンズのメンバーは解散した。
そして、ブリッジには、シグとヘンケン、スレッガーが残った。
「シグ中尉、作戦には俺も…」
スレッガーが口を開く。
だが、シグは首を振った。
「お心遣いはありがたいが、これはジャブローの命令だ。いくら、自滅しに行く様な部隊だからと言って、君の様な有望なパイロットを道連れにする訳にはいかんよ。」
「しかし!将来があるのは、アイツらも一緒ですぜ!?」
「それは解っている。だがな、少尉、ここは軍隊だ。軍隊では、命令が絶対だ。前線がいくら希薄でも、上の指示が無い以上は前線は与えられた戦力で作戦遂行せねばならん。解ってくれるな?」
「は、はい…」
「シグ中尉。」
ヘンケンが口を開く。
「私も一つ、作戦本部に黙って用意したものがあってな…。」
「何です?」
「それは、後でのお楽しみだ。」
ヘンケンはポンとシグの肩に手を置くと、片目をつぶってみせた。
「スレッガー少尉…」
それぞれ機体を整備し終わったベイル達の前に現れたのは護衛隊隊長のスレッガーであった。
「よぉ!若き英雄達!」
「止してください。作戦はこれからなんですよ!」
ビリーが異を唱える。
スレッガーはボリボリと頭を掻いた。
「わりぃ、わりぃ。しかしな、お前らの勇気にゃ、敬意を表するぜ。」
「僕らは死んで英雄となるつもりでは、ありません。」
ビリーがムッとして答える。
「ったりまえだ!バカ野郎。死んだら英雄も何もあるか!」
心外だとばかりにスレッガーも怒鳴り返す。
「あの…スレッガー少尉…」
ベイルがおずおずと口を開く。
「ああ?なんだい?」
「少尉は実戦経験は…?」
「あるぜ。宇宙空間戦闘のプロだ。もっとも、軍人だから、プロは当たりまえか。はは。」
「ジオンの人型とは…?」
「…ああ、あれは、すげぇな。戦争兵器の認識を根底から覆すシロモノだ。機動方法も戦法も全く従来の戦闘方法じゃないからな…」
「それは、どういう…?」
「いいかい、戦闘機ってのは、基本的に固定武装だろ?それに、武器ってのは、たいがい、正面の敵を倒す為に付いているよな?」
「…はい」
「つまり、だ。正面の敵を討ち損じたら、姿勢を立て直して、そう、旋回して、だ。再び攻撃せにゃ、ならん。だろ?」
「はい、判ります。」
「旋回して、姿勢を正すにはどんなに速くても数秒の時間が必要となる。だが、ジオンの人型は違う。」
「はあ。」
「お前、後ろ振り向くのに、何秒かかる?」
ベイルはクルリと後ろを向く。
「はは、少尉、何秒なんて、掛かりませんよ…あっ!」
「そうさ、再攻撃までのタイムラグが無いんだよ。だから、こちらが攻撃する時は一撃必殺でやるか、外したと思ったら、全速力で逃げないとヤラレちまうのさ。」
「…なるほど。」
「ま、そんなに悩むな。一撃離脱、これを基本にしときゃ、まあ、大丈夫だよ。」
「…」
その場にいた全員が黙り込む。
「はは、いけね。俺は別にお前らにプレッシャーを掛けに来た訳じゃないんだが…。すまないな。作戦前のお前らに…。」
「いえ、少尉。貴重なお話しをありがとうこざいます。」
ビリーが丁寧に礼を言う。
スレッガーは参ったなとブツブツいいながら、部屋を出ていった。
つづく。
episode32:「さらば、シュガト」
シュガトの事件から数時間後、ジャブローSPがテム・レイラボを取り囲んだ。
応対にでたテム・レイは何が起きたのか、理解出来ずに苦慮していた。
埒が空かないとSPはテム・レイを拿捕、連行していった。
ファルコニアはテムには気の毒な事をしたと思ったが、千載一遇の機会とばかりに、シルフィを呼び出した。
シルフィに大まかな事情を説明するファルコニア。
すると彼女は小さく溜息をついてこう言った。
「ふぅ。シュガトったら、全部正直に言っちゃったのね…。」
「な、何?じゃあ、君は知っていたのか?」
驚き顔のファルコニアにシルフィはふふっと笑みを浮かべる。
「…全て、では無いですわ…。でも、彼の過去のデーター改変を請け負ったのは私ですもの。ファルコニア中尉には少しだけですが、お話ししておきますわ。シュガト少尉の出身はサイド3。ジオンの人間です。」
「や、やはり…。しかし、何故、ジオンの人間を超軍事機密のMS研究部署に?」
「彼が地球に降りたのは、ある人物の護衛として…。そして、その人物とともにジオンを捨てたのです。」
「…その人物とは?…まさか?。」
「そう、Y・T・ミノフスキー博士。」
「ミノフスキー物理学の草分けか…」
「そう、ミノフスキー粒子の発見、実用化を目指した博士はその将来に戦争を予感した。ジオンはMSを開発し、戦争の準備を進めていく。大規模な宇宙戦争と地球滅亡とを不安に思った博士はジオン・ダイクンの側近の家柄にあったシュガト・グレーフィールドに連邦政府への亡命とその護衛を持ちかけた…。そして、博士を亡命させるチームは地球のヒューストン宇宙基地に降りたのです。」
「…」
「博士はそのミノフスキー技術を連邦にもたらす条件に亡命し、同時にシュガト少尉の連邦軍のMS開発部隊への入隊を希望された。その真意は定かではありません。ただ、彼の両親は現在のザビ派によって、追放、暗殺をされております。シュガトはおそらく復讐の為に…。まあ、真実はシュガト少尉が知るのみですが…。」
「そして、君がシュガトの監視役に任命された。」
「御名答。」
「そうだ、君はヒューストンといったな?もしかすると、俺が遭遇したジオンのMSは…?」
「お察しの通りです。ミノフスキー博士を追うジオンの追撃部隊です。」
「じゃあ、連邦はその事実は知っていたのか?」
「一部の上層は、知っています。ですが、中尉、貴方が3機のMSを撃退したという記録は公式にはありません。」
「…そういう事だったのか…。しかし、君は一体…?」
「この時代、女の方が、男よりも器用に生きられましてよ…。」
不思議と、悲しそうな表情を感じさせる笑みでシルフィは微笑んだ。
「ところで、シュガトはどうする…?」
「今、彼は?」
「ヨーコと共に、銀翼号で民間の医療施設に送った。軍施設の医療部隊ではすぐに身元がばれる。幸い、弾丸は背中から入ったが、腸を避けて、貫通した。暫くの療養で持ち直す。」
「…それは賢明です。現在、ランサム准将は連邦の殆どの施設を牛耳っていますからね。しかし、よく抜け出せましたね。」
「ああ、それは何とかな。MSの試験プランを至急に提出して、銀翼号をデーター収集用に上がらせた。で…。」
「そのまま、行方不明…。」
「流石だな。その通りだ。シュガト・グレイフィールドは逃亡。ヨーコ・ヴァレンタインは銀翼号と共に行方不明。取り敢えずはな。」
「ファルコニア中尉…貴方も中々…。」
「おおっと、俺はただの技術屋さ。君の様に器用ではないさ。で、どうする?このままでは、結局シュガトは発見されちまうカモだ。」
「どうして、そこまで…?」
「俺はお人好しなのさ。あいつらは仲間だし。もともと、俺は民間の技術屋だしな。軍よりも友情を重んじるんだよ。」
「…。連邦も大変ですこと…。」
「とにかく、だ。俺はこのまま、シュガトとヨーコを逃がしてやりたい。そこで君に助けを求めたい。頼む。力を貸してくれ。」
「解っています。一つ、アイデアがあります。」
「アイデアとは?」
「シュガト少尉には新たな任地を用意します。ヨーコ少尉については、このまま行方不明で宜しいかと。」
「うむ。で、それは?」
「一番、混乱している所…」
「なるほど。『宝を隠すにゃ、宝の中へ』か。」
「はい。」
「そこは…オーストラリア…だな。」
「はい。私の友人に補給部隊の隊長がいます。彼女のミデアで彼らを運んで貰います。」
「顔が広いんだね。」
「職歴が多いのも何かと役に立ちます…」
シルフィは静かに微笑んだ。
「ならば、シュガトには新しい名前を名乗って貰わねばな。データーの変更は、頼んでも…?」
「はい。お任せください。オーストラリアは大混乱ですから、簡単でしょう。」
「ならば、本人の承諾も取ってはいられないが…。手は早い内が…。」
ファルコニアはジット考え込む。
「芸はないが、シュトガ、シュトガ・ラミネス。どうだ?」
ファルコニアが提案する。
「古代エジプトの王の名の様で素敵ですわ。」
シルフィはフフっと微笑んだ。
「では、シュトガ・ラミネス少尉をオーストラリアの『lyre.bird』隊へ編入としておきます。」
「っとと。少尉、頼みがある。アイツも女一人喰わせる身だ。中尉にしといてくれんか?多少、実入りも違うだろう。」
「了解です。面倒見が良いのですね。」
「…データー改竄で貰える給料が変わるんじゃ、他の兵は怒るだろうがな…。」
「では。」
シルフィの後ろ姿を見送ってファルコニアはふぅっと溜息をついた。
「…いい女じゃないか…。」
つづく。
episode33:「接触」
「よーし、作戦宙域だっ!野郎共!気ィ引き締めていけよ!」
スレッガーの言葉に護衛中隊の面々は「オゥー」と鬨の声を上げる。
百戦錬磨のスレッガー中隊…
『スリーピング・オライオンズ』のメンバーはそんなスレッガー中隊の姿を頼もしく、そして、少し寂しげに見つめていた。
いくら凄腕の強者といっても、今回の作戦では、途中までの護衛でしか無い。
敵旗艦まで、手を引いて案内・護衛してくれる訳では無いのだ。
結局の所、最終的なツメは自分達でやらなくては…
そう、メンバー達は改めて任務の重さに心を引き締めた。
いよいよ、出撃であった。
ところが隊長のシグは出撃間際になって急に編成の変更を伝えた。
突如として、連絡ポッド班から抜けると言い出したのだ。
隊員達は驚いた、驚いたというより信じられなかった。
「シグ隊長!ど、どういうことです?」
「そうですよ!今更、編成変更なんて…」
「作戦はどうなるんですか!?こんな、こんなのって!」
「隊長は生命が惜しくなったのでは?」
様々な言葉が飛び交う。
ようやくシグが口を開く。
「馬鹿野郎!作戦シミュレーションは何百回も重ねただろうが!俺がいようが、いまいが、作戦遂行に支障は無い!自分達の力を信じろ!それに、もし、俺が戦死した時はどうするんだ?お前らは同じ状況下で作戦遂行せねばならんだろうかっ!」
「で、ですが…どういう事なんですか?」
「…後で説明する。この作戦が終了したらな。とにかく、今は言えん。機密だ…。」
「機密って…」
全員の顔が蒼白となる。
「ただ、俺も出撃しない訳では無い。ちょっと別行動になるが…」
「…??」
「これ以上は聞くな。いいな。」
シグらしくない態度に部隊メンバーは不信感を募らせる。
しかし、作戦はスタートしているのだ。
彼らにはもう、やるしか無かった。
「3・2・1…スリーピング・オライオンズ連絡ポッド班、出ます…」
『了解。幸運を祈る』
「ちっ!幸運を、なんて、よく言うぜ…。」
マイク・アンガスがその尖った口を更に尖らせてぼやいた。
「それにしても、シグ隊長め!どういう事なんだよ!おい、ムイルギット、何か聞いてないのか?」
「ぼ、僕は何も…」
「ベイル、お前は?」
「僕も何も聞いては…シッ!ビリー達が出るよ。」
『続いて、スリーピング・オライオンズセイバーフィシュ隊1、発進どうぞ。』
連絡ポッドの無線機がサラミスのオペレーターの声を響かせる。
『了解。スリーピング・オライオンズ1番機出ます。』
『続いて、2番機』
『3番、出る』
3機のセイバーフィッシュがバーナーを輝かせて漆黒の空間に浮かぶ。
「へぇ〜ビリーの奴、いっぱしじゃねーかよ。」
マイクがヒューと口笛を吹く。
『うるさいぞ!マイク、作戦は始まってるんだ!無駄口叩くな!』
突如ビリーの声がポッドの中に響いた。
「んだと!ビリー!シグ隊長が居なくなったら、途端に隊長気取りかよ!」
『俺はそんなつもりじゃない!マイク、お前こそポッドの中で偉そうな口を聞いて!』
『…止せ!お前ら。作戦遂行前に喧嘩するんじゃあ、無い。』
無線に割り込んできたのは、スレッガーだった。
はっとして、ビリーが背後を見る。
そこには、ビリーが初めて経験する光景が広がっていた。
ビリー機の背後にはベイル、マイク、ムイルギットの乗る連絡ポッド。
その両脇にはバーン、ユイリィの操るセイバーフィッシュがピタリと編隊を組む。
更に後ろにはボーマン、リーの乗る機が控えている。
そして、バックアップ隊の乗るミノフスキークラフト搭載の指揮者用ランチを取り囲む様にスレッガー中隊の9機のセイバーフィシュが一糸乱れぬ編隊を組んでいた。
「す、凄い…」
ビリーの心は踊った。
こんな編隊の先頭にたっている自分に心が踊る。
(何故だろう?上手く行く気がする…。)
「はっ!申し訳ありません。スレッガー少尉!」
ビリーは素直に言葉を返した。
『よーし、言い返事だ。ビリー伍長。シグ中尉殿も後から来るだろう。頭は当分、お前に張らせてやる。』
「り、了解であります。」
『おい、ビリー!頭張るっていってもお前が隊長って訳じゃないからな!』
「うるさいぞ!マイク!解ってるよ!」
(?シグ隊長はどこに?)
キャノピー越しにビリーはキョロキョロと漆黒の空間を見回した。
が、シグの搭乗している機らしきものは無かった。
「そろそろ、敵のレーダー網に掛かる頃だ。ベイル、無線を封鎖しろ。バックアップ隊はこの位置から減速。ミノフスキークラフトの準備を。」
ビリーの指示で部隊が動き出す。
『ベイル了解。連絡ポッドはこれよりジオン側の認識信号に切り換える。間違っても撃たないでくれよな。』
『バックアップ隊了解。ミノフスキー粒子散布準備に入ります。』
『ボーマン、リーの両名はランチ周辺にて哨戒活動に入る。』
「了解。ボーマン、リー、気を付けて。」
『サンキュー、ビリー。お前も頑張れよ!何かあったら、すぐに駆けつけるぜ!』
「ああ!宜しく頼む!よし、ベイルの船は先行してくれ…。おっと、無線が通じないか。」
ビリーは機の翼を振って連絡ポッドより後ろに下がった。
「スレッガー少尉。フォーメーション完了です。」
『了解。伍長。いい指揮っぷりだったぜ。俺達は予定通り、ここでミノフスキークラフトの護衛につく。』
「はい、ありがとうこざいます。」
『それからな、お客さんが来ても、深追いはするなよ。向こうはジオンの大艦隊だ。こちらが少数と解れば大した数は出て込んだろうが、
向こうの懐に飛び込んだら、それこそ袋のネズミになっちまうからな!』
「はい、了解しました。」
『では、幸運を祈ってるぞ。』
「はい!」
スレッガーに見送られ、ビリー小隊とベイルの特務小隊はスレッガー護衛中隊とバックアップ隊から離れた。
『ははは。急に寂しくなっちまったな』
バーンの声がビリーのインコムに入る。
「ああ。バーン。頼むぜ」
『おいおい、優等生のビリーにしちゃ、弱気じゃないか。』
「よせよ、俺は優等生なんかじゃない。」
『だが、シグ隊長もお前を認めているからリーダーにしたんだろ?』
「これは、あてつけさ。」
『あてつけ?』
「でもなきゃ、こんな無茶な作戦の実行前に姿を眩ませたりするもんか!ジャブローに対しての生贄なんだよ!僕達は!」
『…』
「これは、ジャブロー連中に対するあてつけなんだ。」
『…あてつけで、シグ隊長が俺達を見捨てたって言うのか?お前、本気で言ってんのか?』
「…そ、それは…」
『シグ隊長がこんな無茶な事を本当に俺達だけで、やらせようと思っているのか?』
「じゃ、じゃあ、シグ隊長は何処にいるんだよ!」
『そ、それは解らないけど…』
『おい、よせ、お前ら。どうやら、お迎えが来た様だぞ!』
ユイリィが割って入る。
セイバーフィッシュのレーダーには敵を示す赤いブリッブがフリッカしていた。
「き、来た!」
『よ、よし、ビリー、距離を取ろうぜ!』
「あ、ああ。バーン、ユイリィ、作戦通りに!」
『了解。』
「ベイル、マイク、ムイルギット、上手くやってくれよ!」
3機は連絡ポッドから距離を取った。
一方。
「き、来たよ…」
「ああ。いよいよだ。ムイルギット、上手くやれよ。」
「は、はい…。」
ベイル、マイク、ムイルギットの3名が搭乗する連絡ポッドにも敵からの信号が届いていた。
そして…
『こち…ジオン第3…第304局地…哨戒小隊…貴官の…属…姓名…』
「来たよ!無線連絡だ。」
「よし!マイク、頼むよ。」
「おう!まかしとけ!しゃべりなら、な。」
マイクが無線の発信スイッチを入れる。
「こちら、連絡船第8810号…。ミノフスキー粒子が濃くて、無線の状況が良くない。聞こえるか?こちら連絡船8810号…」
『了解、なんとか…聞こえるぞ… …810号…。連邦に…てるのか?』
「ええっと、こちら8810号、そうだ!乗っていた輸送艦が撃破された。後ろについているのは、連邦の送り狼だ!頼む!救援に…」
『8810号…積み荷を確認…』
「なんだって?…積み荷?積み荷って言ったのか?」
『そうだ…輸送艇…8810…確認出来…貴艦の積…はなんだ?』
「積荷って…どうするよ。」
「適当な事言っちゃえよ。」
ベイルが困ったなと言いながら言い放つ。
「そ、それはマズイですよ…旗艦にたどり着く前に確認にきたらOUTです。」
「くっそ〜シグ中尉から指示は無かったのか?」
マイクの言葉にベイルが首を振る。
『…おい?ど…した?…810号。応答…積荷は…確認…』
と、ムイルギットはハッと顔を上げた。
そして、無線機のマイクに顔を近づける。
「積荷は私です。ミノフスキー物理学博士のムイルギット・ベイン・アウルバウドです。第3艦隊の旗艦より正体不明の信号が発信されている可能性がある為、調査を依頼されました!」
『…正体不明…号だと…』
「はい、そうです。特殊な変換信号でして、我がジオン軍の諜報部でも解析出来ない為、民間施設の私に調査依頼が参りました。しかし、途中で乗艦していた艦が撃沈され…連邦の戦闘機に追われています。救助を…。」
『…るほど。…解した。これよりMS小隊を…。なーに、連邦の…なんざ…っというまに…。待ってろよ…810号…』
「助かります。ジーク・ジオン。」
『…。はは、民間の…の割りには…やる…。3分で救助隊が…ぞ。それまで…すなよ。』
「は、はい。」
ふぅ〜っとムイルギットが大きな溜息をつきながら無線を切った。
後ろでは固唾を飲んで見守っていた二人が顔を見合わせていた。
「す、凄いぞ!ムイルギット!」
「やるじゃないか!」
そんな二人を見て、ムイルギットもニッコリと笑った。
「シグ中尉が言ってたんですよ。僕をこの班へ編成したのも作戦の内だって。それを思い出したんです。たぶん、僕の役割はこうだったんだって。」
「…なるほど。これなら、荷物を調べられても大丈夫だな。」
「嘘は最低限しかついていないから、ボロも出にくい…」
ほっほ〜と3人は感心した。
「それより、敵が来ますよ!」
「そうだったな!良し、作戦開始だ!」
ベイルがコクピットの操縦桿を握り、マイクはレーダーに釘付けとなる。
そして、ムイルギットは今回の作戦用に特別にしつらえた制御盤の前に屈み込んだ…。
やおら、ベイルが機体を左右に振る。
それが、後方に控えるビリーへの合図であった。
「…ジオンと連絡が取れた様だな。ユイリィ、バーン、敵のMSが来るぞ!」
『バーン機、了解した。適当に相手して、引き付けておけばいいんだな。』
「そうだ、攻撃したら、反転してスレッガー中尉の元へ逃げ込めばいいんだ!」
『ユイリィ、了解。』
3機は一度散開した。
それぞれが当たらない様に連絡ポッドを威嚇射撃する。
と、漆黒の空間のはるか彼方から3つの輝点がみるみる『スリーピング・オライオン部隊』に迫ってくる。
「きたぞ!」
誰かが叫ぶ。
もう、目前にジオン特有のモスグリーンの人型兵器が迫っていた。
「あ、あれがMS…」
誰もが初めて目の当たりにするMSを呆然と眺めていた。
「す、すげえ…」
そして、誰よりも心奪われていたのは、ムイルギットであった。
(ああ、こんなに近くで…MS、なんて力強くて…気高くて…美しい…)
ジオンのMS−ザクU−がその姿を現す。
片手の装備されたマシンガンを一連射する。
その射撃を避けながら、3機のセイバーフィッシュはなおも、連絡ポッドを追う。
そして1機の巨大な人型兵器がその大きな掌でポッドの牽引バーを掴んだ。
ミノフスキー干渉を受けない直接回線で、ハッキリとしたMSパイロットの言葉が連絡ポッドに流れ込む。
『我々は304哨戒部隊所属第03MS小隊だ。貴艦の救助信号により、参上した。今、連邦の蠅共を追い払うからな。安心しろ。』
「こちら第8810輸送艦。貴官の援助、感謝する。」
マイクが叫ぶ。
『貴艦らはこのまま、真っ直ぐに我々の前線を超えて飛べ。第3艦隊には連絡済だ。』
「ますますの御好意、感謝する。」
『うむ。民間とはいえ、科学者は重要だ。我々の未来の為に無くしてはならん。心して行かれよ。』
先行した2機のザクの後を追って隊長機と思われるザクがポッドを離れた。
連絡ポッドの背後では、すでにセイバーフィッシュ隊とザクとの熾烈な空間戦闘が繰り広げられていた。
「ううっ…くっそぉ〜こいつら、考えていた以上にすげぇ…」
ビリーは既に頭の中が真っ白になっていた。
先ずは真っ直ぐに2機の敵MSが突っ込んで来た。
即座に機関砲をたたき込んだが、回避されてしまった。
2機のMSは3機のセイバーフィッシュの間を割り、こちらの編隊を崩させた。
1機はバーンの機を追い、もう1機がビリーについた。
今、もう1機のMSが迫ろうとしている。
こいつは多分、ユイリィに付くだろう。
1対1…。
分が悪過ぎる。
ビリーはそう考えたが、既に編隊を組み直すには難しい状況にあった。
自分は持てる限りの技術で小半径旋回を試みる。
しかし、敵MSは反撃のチャンスを与えてはくれない。
どんな角度で突っ込んでいっても、その凶悪な紅い瞳は常に自分を見据えている気がする。
もう、ビリーはその恐怖に耐えられそうも無かった。
『おい!ビリー、もうだめだ。敵がもう1機、増えた。こいつがユイリィに付いてたら、俺達に勝ち目は無い!引き上げよう!』
バーンが肩で息を付きながら、交信を求めてくる。
「…もう少し、もう少し引き付けよう。あまり急激に退いて、ミノフスキー粒子の濃い宙域に引っ張っていっても、怪しまれる。もう少し引き付けながら、後退するんだ!」
『了解した。おい!ユイリィ!そっちに1機行ったぞ!気をつけろ!』
『あ、ああ。』
「おい!ユイリィ、ボーっとするな!集中しろ!」
『大丈夫だ。急旋回のし過ぎで頭に血がいってなかった。これから、後ろの奴を引っ張って行く。たぶん、こいつが隊長機だ。』
「本当に大丈夫か?」
ビリーは怒鳴ったが、答えは来なかった。
ビリーの機の遥か向こうを2つのバーニアノズルの輝点が飛び去っていく。
そんな、ユイリィの機体に気を取られていた時だ。
「あっ!?」
ビリーの機体に振動が走る。
どうやら後ろから追ってくるザクに撃たれたらしい。
つい、気が緩んでロールを止めた途端だった。
コンソールに無数のエマージェンシーランプが輝く。
鳴り響くブザー、アラーム。
「ああ…エンジンが…推力…0」
エンジン推力が停止した。
燃料が爆発しなかったのは、不幸中の幸いか?
しかし、既に敵のMSは既にそこまで、迫って来ている。
「もう、だめだ…。」
ビリーは深い絶望感に包まれた。
敵はこのまま、止めをさすか、見放すかするであろう。
どちらにしても、ビリーにとっては死を意味する。
「バーン、聞こえるか?ビリーだ。俺の機はもうだめだ。現在、推力0。惰性で流されている。敵MSもすぐ後ろだ。何方にしろ助からん。」
『ビリー諦めるな!』
「バーン、もういい。反転しろ。そして、こいつらをスレッガー少尉の所まで案内してやれ。俺の事はもういい。頼むぞ。」
『ビリー…。了解。必ず助けに来るからな!諦めるなよ!』
そう言い残して、バーンの機は背後に付くザクを引き付けながら反転し、スレッガー護衛中隊の待つ宙域へ向かった。
「うう。ここで終わりか…」
ビリーの頬に涙が伝う。
そして、ビリーの機体に背後から迫るザクの手が掛かった…。
つづく。
episode34:「迎撃」
「もう、だめだ…」
ビリーは思わず両目を固くつぶった。
死ぬ時にこんなに臆病になるなんて!ビリーがふとそんな事を考えたときだった。
自分の機の左後方から迫る別の熱源体があった。
みるみるその姿が迫ってくる。
しかし、それもやはり敵のMS、ザクであった。
(ああ、きっと、バーンかユイリィが仕留められて、その内の1機がきたんだ…)
ビリーはそんな事を考えていた。
ビリー機を迫ってきたザクはビリーの機体を掴むと機の前方に回り込んだ。
ビリーの座るキャノピーから、ザクの全容が伺える。
ギロリっとザクはその紅い瞳を輝かせ、コクピットの中を覗き込んだ。
パイロットが笑った?ビリーは、ふとそんな事を感じた。
ザクは手にしたマシンガンをウエポンラッチに取り付け、腰部に取り付けられた巨大なトマホークを手にした。
(なぶり殺してやるよ)
そんな、敵パイロットの声が聞こえた気がする。
いよいよだと、ビリーは覚悟した。
と、その時だった。
背後から近づくザクがビリーと敵MSの間に割って入った。
何事かとのけぞる敵MS。
そして、何やら、MS同士のコミュニケーションが計られている。
後から来たMSが後方のスレッガー中隊の駐留する宙域を指さす。
すると、敵MSは慌てて、その方向に飛び去って行った。
目の前の信じられない光景にビリーは呆然とした。
突然、無線から聞き慣れた声が響いた。
『おい、ビリー、大丈夫か?』
「えっ?」
『死んじゃあ、いまいな?』
「そ、その声はシグ隊長?」
『はっは〜!驚かせてすまんな。』
「ど、どうして?」
『あぁ、黙っていてすまんな。同じ連邦内にもどんな奴がいるかわからんのでな。こいつは、ヘンケン艦長がルウム戦役の折に接収したMSだ。ヘンケン艦長も役者でな。ルナツー付近の小惑星にこっそり隠してあった。』
「な、なるほど。それは判りましたが、今のは…?」
『ああ、お前らの隊長が向こうの宙域で苦戦しているから応援しろと言ってやった。あいつ、慌てて飛んでったぜ。わはは。』
「よ、よくも、まぁ…」
ぐすんとビリーが鼻を鳴らす。
『動けるか…?無理そうだな。ブースターパックがボロボロだ。誘爆しないで何よりだ。』
「そんなに酷いですか?」
『ああ、外から見れば解る。救助ブイを置いていってやるから後で回収して貰え。いいな。』
「はい、ありがとうございます。隊長は?」
『俺はこれから、敵に成り済まして、連絡ポッドを牽引しながら、敵艦へ乗り込む』
「…了解です。お気を付けて。」
『ああ。ビリー、良くやったな。いい仕事だったぜ…。』
それだけ言い残すと、シグのザクは2本の指を立てて、頭部に当てた。
シグが良くやる仕種だった。
そして、背中のバーニアをふかして連絡ポッドの飛び去った方向へ消えていった。
「す、すごい…シグ隊長。乗りこなして…」
バーンは半分涙目だった。
逃げても逃げても、振り切れない。
背後のMSの火線上に乗らない様に必至で操縦する。
しかも、絶えず、動きが単調にならない様にもしなければならない。
必死であった。
「くっそ〜!くっそ〜!!振り切れない…」
スパイラル、ロールを幾度も幾度も繰り返し、敵の攻撃をかいくぐる。
前方では、ユイリィの機が同じ様に右往左往していた。
(まだか、まだ、見えないのか!?)
今にも叫び出しそうな自分を抑えてバーンは突き進んだ。
インカムにはユイリィの苦しそうな喘ぎ声が入って来る。
(もう、ダメだ…もう持たないよ…)
その時だった。
『御苦労だった!バーンか?後は俺達に任せな!』
「す、スレッガー少尉!?」
『おうよ!ジオンの禿坊主め!地獄の門番、スレッガー少尉のお出迎えだ!』
前方にズラリと水平展開した9機のセイバーフィッシュが一斉に迎撃ミサイルを放つ。
18発のミサイル群がバーンとユイリィの機をすり抜けて2機のザクに襲い掛かった。
次々と着弾するミサイル。
みるみるザクの装甲が剥がれ落ちる。
『おしっ!全機、散開!一気に片付けるぜ!』
スレッガーの頼もしい言葉が各員の闘志に火を付ける。
セイバーフィッシュ9機がそれぞれの目標に躍り掛かった。
『おい、バーン、大丈夫か?』
バーンの機にパックアップ隊からの連絡が入る。
「あ、ああ。」
安堵したバーンは呆然としていた。
追われる恐怖に全身の毛穴という毛穴が開き、アドレナリンが急激に湧き出してくるのが解る様であった。
『おい、ビリーはどうした?』
「…あ?ああ。」
『ああ、じゃないよ!しっかりしろ!バーン。ビリーはどうしたんだ!?』
「ビリーは…たぶん…」
『えっ?』
バーンは混乱している様子であった。
「敵のMSから逃げ回るだけで精一杯だったんだよ!俺には!」
『どういう事なんだ?』
「ビリーが敵の1機に撃たれた所は確認した。奴は推進不能になった。奴は俺に逃げろと言ってきた。俺は精一杯逃げた。それだけだ。」
『そんな…。じゃあ、お前は仲間を見捨てたのか?そんな…?』
「だって、しようが無いだろう!俺は精一杯だったんだ!必死だったんだよ!それに、ビリーの奴が言ったんだ。『俺に構うな』って…」
『…だけど…』
「俺にどうしろって言うんだ!?一緒に死んで来いってか?なあ、ユイリィ!俺達には…」
『ああ、そうだ。バーン。俺達には何も出来なかった…。ビリーは自分で決めたんだ。死に場所をな。』
「そうだよ。ビリーが…ビリーが…」
バーンの涙は止まらなかった。
悔しかった。誰よりも。仲間を見捨てるしか無かった自分の無能さに嫌気がさした。
ビリーが撃墜されて、確実に死んだという確信が持てなかった事もバーンの気持ちを重くしていた。
せめて、目の前で撃墜が確認されていれば、(仲間を見捨てた)という、背徳の気分にはならなかっただろう。
『ちょっ、ちょっと待って。二人共。この先から友軍の救難信号がでているよ!もしかして…?』
バックアップ隊の誰かが叫んだ。
「ビリーなのか?」
バーンがハッと顔を上げる。
『はっきりとは解らないけど、位置的には流されている様だけど、ビリーの機が活動停止した位置から線上だ。可能性はあるよ!』
「ホントか?ビリーは生きているのか?」
『バーン、行こうぜ!』
ユイリィが声を掛けてくる。
「あ、ああ!」
バーンは身体ばかりか、顔までもがグシャグシャに濡れていた。
「ようし!ザク2機大破確認。もう1機来るぞ!」
スレッガーは宙に浮いたまま動かなくなったザクの残骸を確認しながら、叫んだ。
『ケルベロス小隊了解。』
『ヘルハウンド小隊了解。』
両翼につく両小隊が前にでる。
『隊長、我々も出ましょう!』
スレッガー直属の部下が興奮して叫ぶ。
「まあ、待て、この先何があるか解らん。兵力は温存しておきたい。補給は当分受けられんからな。」
『敵さん、まだきますか?』
「来るな。先攻1個小隊が沈められたとあっちゃあ、黙ってはおらんだろう。」
『ですね。』
スレッガーの前方ではザク1機に対し、6機のセイバーフィッシュが攻撃を加えている。
『こちら、ケルベロス小隊。スレッガー中隊長へ状況報告。残りのザクは撃破しました。しかし…』
「損害は?」
『小隊長以下、僚機がやられました。ケルベロス小隊は私1機です。』
「御苦労、サンダース。お前はこのまま、サラミスまで戻って補給しろ。補給が完了次第、ヘルハウンド隊へ編入する。以上』
『了解です。スレッガー少尉。』
「ザク3機に対してセイバーフィッシュ2機なら安いモンさ…。」
スレッガーは全機引き上げの信号を放った。
episode:35「潜入、第3艦隊」
「何かが、来る!」
連絡ポッドのレーダーを覗き込むマイクが叫んだ。
「何?」
ベイルはマイクの方を振り返る。
「解らん!識別信号は…ジオンだ…。」
「くっそう!さっきの奴らが戻って来たのか?ビリー達、やられちまったんじゃ…?」
「変な事言うなよ!」
「だけど…」
徐々に未確認の機体が近づいて来る。
そして、連絡ポッドの前方に回り込むと、ポッドの牽引バーをガシリと掴んだ。
紅い瞳がポッドのコクピットを覗き込む。
そんなザクの頭部にベイルが恐る恐る話しかける。
「あ、あの…御苦労様です。連邦の奴らは…?」
『…ああ、5分で全機撃墜だ…。』
「そ、そうですか…。そ、それは…」
『しかし、中々骨のある奴らだったな…隊長がよっぽど良いとみえる…。』
「は、はあ。」
『ところで、貴官達はどこへ?』
「我々は第3艦隊の旗艦へ向かう予定であります。」
『ほう、それは、また何故?』
「…?…ですから、第3艦隊旗艦より正体不明の信号が発せられておりまして、その確認をしに…」
『なるほど、巧い言い訳を考えたな。ベイル。』
「え?ま、まさか!?」
「シグ隊長ですか?」
『いえ〜す!!スマンな!驚かせたか?』
「お、驚きましたよ!それより、どうしたんです?そのMS?」
『これか、これはな…ひみつだ。わっはっは〜』
「秘密って…。隊長!人が悪いですよ!」
『スマンな。ヘンケン艦長が隠し持っていたMSを借り受けて来た。これで、怪しまれずに潜入出来るだろう?』
「なるほど。しかし、隊長、いつの間にMSの操縦を?」
『俺はMSのテストパイロットだっての!』
「うーん。説得力に欠けますね…。」
『抜かせ!宇宙空間機動は初めてだが、地上歩行より、乗り心地は格段にいいな。これはファルコニアに報告しなきゃな。』
「誰です?」
『気にするな!俺のダチだ。それよりも…来たぞ、敵さんが!後は俺が上手くやるから、お前らは黙ってろ。いいな?』
「はい!隊長。」
前方に浮かぶ戦闘艦から新たなMS3機が連絡ポッドに近づいてくる。
シグの操るザクが大きく手を振る。
『これが連絡のあった連絡ポッドか?』
隊長機と思われる羽飾りを付けたザクがシグのザクの腕を掴んで言った。
「そうだ。この先の宙域で乗船していた艦がやられた。生命からがら逃げ出してきたそうだ。」
シグが答える。
『貴官は?護衛のMSの話は聞いていないが…?』
「自分はアラン・ラムザット曹長であります。先のルウム戦役時に小破され、空域を漂っておりました。推進バーニアの修理を終えて、最寄りの艦隊を探してした所、たまたま、この艦の母艦の戦闘に遭遇し、護衛の任についております。」
『…なるほど。ルウムから…3週間の漂流はさぞかし大変だったろう…。無事で何より。貴官の労をねぎらいたい。是非、我が艦へ招待したいが…
名乗りを上げていなかったな。私はガトー。アナベル・ガトー少佐だ。』
「え゙っ?あ、いや、その…お心遣い、痛みいります。しかしながら、自分はこのポッドに乗っている博士を早急に送り届けてこそ任務遂行であります。少佐の申し出は大変ありがたく存じますが、先ずは自らの任を果たしたく…。」
『その、物言い、心意気。素晴らしい。ジオンを支える兵とは貴公の様にあらねば。是非、曹長と一度お目通り願いたいものだ。
なるほど、曹長の言う事、至極もっとも。貴君の任を遂行した暁には、是非、我が艦へお越し願いたい。星の海の言葉に耳を傾けながら、ジオンの行く末を語り合いたい…。』
「…。(ジオンの行く末だと…?俺とか?笑わせてくれるぜ!)身に余るお言葉、恐悦至極。」
『…。カリウス、行くぞ!では曹長、失礼する。また会おう!我が同士よ!!』
そういうと、隊長機は他のMSを引き連れて飛び去った。
「な、なんだったんだ…??」
シグは小首を傾げながら、前方に浮かぶの旗艦に向かった。
『輸送ポッド8810号、及び護衛のアラン曹長機だな?』
「そうです。」
『連絡は受けている。我が第3艦隊へようこそ。』
「我々はどこへ?」
『アラン機はMS用ハッチへ。ポッドは5番ハッチへ入船せよ。』
(むっ?ここで別々にさせられちまうのはマズイな…)
「すまんが、連絡ポッドの操縦者は民間人で素人だ。出来れば、自分が牽引して入船してやりたい。」
『…ちょっと待て。』
シグはドキドキした。
(怪しまれたか?)
『了解した。アラン機はポッドを牽引して3番ハッチへ廻れ。今、ガイドビーコンを出す。』
「恐れ入る。」
やがて、宇宙空間に浮かぶ巨大な艦のハッチが開かれ、誘導用のレーザーが発信される。
空間に浮かぶ滑走路であった。
『ハッチ内、受け入れ準備完了。アラン機、ハッチ入船後はバーニアを切れよ!この間も第2艦隊で事故があったそうだ。』
「了解。」
(ふーん。そうなのか…)
シグは何故か感心していた。
やがて、シグのザクとベイル達の連絡ポッドが入船した。
わらわらと整備員がシグのザクに取りつく。
シグはコクピットハッチを開けた。
「ご苦労さまでした!アラン曹長!ガトー少佐より手厚く労えとの連絡を頂いております!」
ジオン兵が敬礼で出迎える。
シグも敬礼を返す。
「これは…ありがたい。先程お会いした。御尊顔は拝んでいないが、光栄でありますな。」
これはシグの本音であったかも知れない。
ふと、シグが足下を見やると、ベイル達もポッドから下船してきた所だった。
「整備はお任せ下さい!」
と叫ぶ整備兵に手を振りながら、シグはトンっとコクピットハッチを蹴ってベイル達の元に向かった。
ベイルが敬礼をして、シグを迎える。
「ありがとうございます。アラン曹長!」
「いや、無事で何よりでした。おケガは?」
「いえ、こちらも無事です。」
お互いの芝居にニヤニヤと笑いが込み上げる。
しかし、ベイル達は驚いた。
シグはしっかりジオンのパイロットスーツを着込んでいるのだ。
これは、MS接収時搭乗していたパイロットのものに違いない。
そして、認識番号に姓名も、だ。
「みなさん、第3艦隊へようこそ。」
格納庫にジオンのノーマルスーツを着た下士官らしき人物が一行を迎えにでる。
一行はやがて、艦の簡易に設えられた接見室に通された。
戦闘艦とはいえ、艦隊旗艦だ。簡易といっても、部屋には豪奢なテーブルが置かれ、壁にも化粧板が張り付けられている。
そして、壁には巨大なデギン公の肖像画。
およそ、連邦の艦からは想像も出来なかった。
一行には暖かい飲み物が出された。
やがて一行の前に高級士官と思われる人物が現れた。
その人物を目の当たりにした時、一行の背筋は凍りついた…
つづく。
episode36:「総帥」
案内の士官の背後に立つ人物こそ、ジオン総帥、ギレン・ソド・ザビその人であったのである。
(!!こ、こいつぁ!ギ、ギレン!!なんだって、こんなところに!)
シグの驚愕した様子にも気がつかず、ベイル達は緊張の面持ちでジオン軍の総帥を迎えた。
「御苦労。」
冷たい抑揚の無い言葉だった。
「こ、これは閣下…」
シグに精一杯言えたのはこれだけあった。
(ギレン総帥が?何故??)
敵軍の将、しかも総帥がまさか、出てくるとは誰しもが予想すらしていなかったに違いない。
そのギレン総帥が口を開く。
「アラン曹長だったか?この度の任務、御苦労であった。聞けば、ルウムから漂流状態だったとか…?」
「は、はいっ。ありがとうございます。閣下。」
「そう、硬くならんでよろしい。で、どうだった?ルウムは?」
「は、連邦の抵抗激しく…。生き地獄でありました…。」
「ははっ。はっきり言ってくれる。兵達にも苦労掛けてすまぬとデギン公王も心痛の御様子だ…」
「は。言葉が過ぎました…。」
「よいよ。ジオンの将として兵達の心の痛みは分かち合いたいと思っている…。」
「は。恐悦至極であります。しかし…恐れながら…閣下…。」
「何か?」
「何故にこの様な戦闘艦へ…?」
「貴様!?一般兵が閣下に…!」
案内の士官がシグを怒鳴りつける。
が、ギレンはそれを制した。
「良い。曹長の様な兵がいてのジオンだ。ルウムから漂流状態でよくぞ…。その苦労を偲べば、多少の無礼は見逃そう。」
「…。はっ…。これは、失礼しました。」
シグが頭を垂れる。
「曹長、連邦の将軍が我がジオンの手におちたのは知っているな?」
「は…いえ。自分は…。」
「そうか、漂流中は情報も入らなかったか…。」
「…は。」
「レビルが、この艦に居るのだよ。」
「…!それは!」
シグは驚愕の顔をしてみせた。無論、シグなりの演技ではあったが、より自然に見えたのは一部は不確定要素が確信と変わった衝撃がそうさせたというのも事実ではある。
そんなシグを見て、ギレンは少々得意そうな顔をする。
「しかし…レビルもしぶとい。中々口を割らん。」
今度は苦々しい表情を浮かべるギレン。
能面の様な顔であっても、この男、意外なほど表情が現れる。
「尋問の為に閣下が直々にでございますか…?」
「…まあ、そういう事だ。これ以上は一介の兵には言えんよ。さて…そこにいる民間人だが…・?」
ギレンの視線を受けて、ベイル達がビクリッと震える。
「わ、私達は…」
「サイド3の民間研究所から技術応援と報告されているが…?」
「は、はい。この艦から特異な電波が発信されておりまして…」
「…聞いておらんな。」
ギレンの目がすぅっと細まる。
全てを射すくめる様な視線であった。
「そ、それは…」
ベイルも言葉に詰まる。
何より、その視線に恐怖を感じる。
と、ムイルギットが口を開く。
「そ、それはそうだと思います。何せ、『正体不明』でありますから、その正体が判明するまでは、閣下への御報告は差し控えているのかと…」
「…ふむ。なるほどな。で、それはどの様な…?」
「は、はい。特殊長調ビーコンで不規則な波形を示しておりました。解析には若干の時間が…。それに、受信状態がミノフスキー散布空域下を通しての為、非常に不鮮明である為…。」
「それは、ミノフスキー干渉で不規則波形になっているのでは、無いのかね?」
ギレンの指摘にムイルギットも少々たじろいだ。
「は、いえ。その要素は否定できませんが、特殊波長である事が…」
「なるほど。その波長が暗号電文である可能性があると…。」
「御意に。その可能性は否定出来ないものかと…。」
「しかし…諜報部からは、何も報告が来ていないな…。」
「そ、それは…。」
口ごもるムイルギットを横目にシグはギレンに対し、不敵に笑ってみせた。
「閣下。彼ら(諜報部)にもメンツというものがあります…。」
シグの言葉にギレンも空虚な笑みを作ってみせる。
「なるほど。全てを掌握するという事は所詮、不可能であるのかな…。」
「人には『心』が有ります故。」
「フッ。貴様の言葉、しかと受け止めよう。帝王学は学んでも、民から得るものは多い。」
「は。ありがとうございます。」
「怪信号の件は解った。すぐに調査に掛かれ。」
「はっ」
ムイルギット、ベイルらが深々と頭を垂れる。
「恐れながら、閣下。」
ふいにシグが口を開く。
「なにか?」
「この者達は民間人であります。この様な戦闘艦に乗艦することは初めてであると思われます故、私が調査作業に同行したいと…」
やはり頭を垂れながら話すシグの視線がすぃっとギレンを見つめた。
ギレンとシグの視線がぶつかる。
シグはニヤリと口元を歪ませた。
その表情を見てとったギレンもニヤリと笑う。
「ふむ。機密保持は重要である。貴様を調査団の責任者に任命しよう…。調査完了後は…。」
「はっ、心得ております…。」
シグはその一級の演技力でこの場を乗り切って見せた。
無論、ベイル達も気づいていた。
ギレンは調査報告後はベイル達を始末しろとシグに含ませたのである。
「更に、お願いが…」
シグが再び口を開く。
ギレンは次にこの男が何を言い出すのか、少々興味深く見守った。
「なにか。」
「はっ。調査に当たりましては、当艦内での行動について、特権を頂きたく。」
「特権…とは?」
「艦内を自由に行動できれば結構であります。」
「ふん…。まぁ、調査となれば、その位は当たり前だ。宜しい。艦内には通達しておく。」
「ありがとうございます。」
こうして、シグはギレン総帥との会見を乗り切ったのである。
だが、しかしシグは気づかなかった。
部屋を出るギレンが側近に言った言葉を。
「あの男、腹に一物抱えている。身辺の監視を徹底しろ…。」
つづく。
episode37:「アンタ、名前は?」
即日、シグとベイル達一行は調査を開始した。
先ずシグが向かった先は戦闘ブリッジだった。
一通り趣旨を説明しようとしたが、ギレンの命令が即時徹底されている様で、特に支障はなく、そればかりか、シグはキャプテンに笑顔を持って迎えられたのであった。
一介の曹長が中佐以上の階級を持つ上官に笑顔で迎えられる事は異例中の異例であった。
それも、『総帥勅命を受けた男』としての特権であったのかも知れない。
ともかく、彼らは難なく旗艦の艦内配置図と調査用の個室を与えられた。
一行は連絡ポッドに積み込んだビーコン受信機と解析装置の類という名目で様々な物品を個室に運び込んだ。
その異常とも思える様な膨大な機材の量に疑いを持つ人物は戦闘艦には居かなった。
堅牢なジュラルミンケースの中には通常資材の他に携行用バズーカーやアサルトライフル等の銃器類が隠されていたのであった。
「こいつを使っての脱出行にならなきゃいいんだが…」
手に取ったライフルの照準を覗き込みながらボソリとシグが呟く。
「とにかく、将軍発見が最優先ですね。」
配置図を眺めながらベイルが呟く。
「へへっ。柄にも無く震えてきちまったぜ…」
自らの拳を押さえ込むマイク。
「………」
そして無言のムイルギット。
一行の中に沈黙が訪れた。
「よし、行くぞ!ビビるな。俺達は無敵のスリーピング・オライオンズだ!」
「はいっ!」
沈黙を敗るシグの言葉にベイル達も奮い立つ。
一行はムイルギットの探知機を先頭にゾロゾロと歩きだす。
ベイルは配置図にチェックマークをいれながら、マイクは解析機を持ちながら。
そして、小銃を構えるシグがジオンの制服を身に包んでシンガリを務めた。
シグ襟章には届けられたばかりの特務隊のバッチが輝いていた。
「大体、こういう場合の幽閉先ってのは、相場はきまってんだがな。」
そうシグが呟く。
シグに言わせると敵将とはいえ高級士官である。
従って幽閉先は士官室であるというのだ。
しかも、警備が最も厳重な所。
そんな場所を求めて一行は艦内を徘徊した。
そして…
一行は艦内の狭い通路で一人の男と出会った。
彼も又、ジオンの制服を身につけていた。
男はちらりと一行に目をやるとシグを呼び止めた。
「貴様、コレは何か?」
「はっ。当艦より発信されている正体不明のビーコン波を調査中であります。」
すると男の顔色がスッと変わる。
「それは…。もう少し詳細に事情が聞きたい。」
男は牽制しようとするシグ達を無理矢理に彼の個室へ引っ張り込んだ。
シグに替わってムイルギットが大まかに事情を説明する。
ビーコン波に含まれる正体不明の信号。
そして、解析すれば、なんらかの暗号かも知れない、と言う事。
男は黙ってムイルギットの言葉に耳を傾けていた。
「そして、それは、まだ、解析できていないのだな?」
男が訊ねる。
「は、はい…。」
その途端だった。
男はその腰のホルスターから銃を引き抜くと、おもむろに銃口をシグに向けた。
シグは慌てたが、肩にした小銃を構える余裕は無かった。
「お、おい、これはどういう…」
「その信号を解析されては困るのだよ…。」
「…アンタ…??」
男の銃にかかる指に力がこもって行く事が解った。
あわてるシグ。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。アンタ、何者なんだい?」
「…私は、諜報部の者だよ…。」
「諜報部のメンツかい?だったら、解析後に諜報部の手柄にすりゃいいじゃねえか。」
「…解析されては困る、と言っているんだ。」
両手を上げながら、シグは必至に話し掛ける。
「…?アンタ、名前は?その位、教えてくれてもいいだろ?な。」
男は少しためらった様子を見せたが、その厳しくつり上がった口元を緩めた。
「エーリントン・ヴァレンタイン…と言う。」
「!!!(ヴァレンタイン!)アンタ!ヨーコのオヤジさんじゃないのか!?」
咄嗟にシグが叫ぶ。
男、−エーリントン−の顔がみるみる驚愕の顔に変わった。
「貴様、何故、娘を知っている!?」
シグの顔が破顔した。
「やっぱりか!俺の本当の名はシグ・アニェス。連邦のパイロットだ!」
「…!何だと!?では?」
「そうだよ!救助信号を解読してここまで乗り込んできたのさ!…銃を降ろしてくれないかな…。」
シグは両手を挙げたまま、叫ぶ。
しかし、エーリントンは用心深く銃を構えたまま、ベイル達を見回した。
「しかし、彼らは…?」
「俺の部下達だ。レビル将軍救出作戦部隊『スリーピング・オライオンズ』さ。…銃を降ろしてくれないか?」
事情も良く飲み込めないままに、ベイル達はにっこりとエーリントンに笑顔を送った。
そんな笑顔に囲まれてエーリントンは手にした拳銃の銃口を下げた。
「手、降ろしていいか?」
「あ、ああ。すまない。シグ…」
「シグ・アニェス中尉だ。」
「ああ、中尉。本当にすまない。しかし、一体…?」
「こいつがさ!こいつが天才なんだよ!ムイルゲットって言うんだが。」
ポンポンとムイルギットの肩を叩きながら、シグはエーリントンに破格の笑顔を見せる。
「隊長!ムイルギットですよ!どうも。ムイルギット・ベイン・アウルバウドです。」
ずり落ちそうな眼鏡を直しながら、ムイルギットはエーリントンに敬礼を送った。
それに習い、ベイル、マイクも自分の名を敬礼と共に告げた。
シグは今までの事を簡潔にエーリントンに説明していった。
「しかし、エーリントン…」
「ああ、すまん。エーリントン…少佐だ。」
「げげっ!失礼しました!少佐!」
慌てて、シグが敬礼を送る。
エーリントンはそんなシグに苦笑しながらも、敬礼を返す。
「この際だ。堅苦しい挨拶、口調は抜きだ。いいね。」
諭す様な口調だった。
「は。ありがとうございます。では…少佐。何故、ここに?」
「私は諜報部の一員でね。この艦に潜り込んでいる。」
「では、例の信号は?」
「アレは私が部下にやらせた。色々と考えたのだが、情報の発信は予想以上に厳しかった。そこで、天に祈るつもりでやってみたんだが…まさか、な。」
エーリントンが初めて笑顔を見せる。
そんな笑顔にシグはヨーコの面影を重ねた。
「は。ともかく、自分達はここまで来ました。後は将軍を確保して脱出するだけなのですが…。」
「計画は?」
「は。この艦での行動の自由については、運良くギレン総帥から特権を頂いております。後は将軍の身柄の確保を何とかして、その後は携行銃器で防戦しながら…」
「君は将軍を殺す気か?」
「は、いや、その…。」
「ギレンから特権を与えられたのは感心だ。しかし、後の計画がマズイな…」
「隊長、まさか、行き当たりばったりだったんじゃあ…」
マイクがシグの耳元で囁く。
シグは顔を真赤にした。
「ば、ばっかやろう!そ、そんな事ないってばよ〜」
その狼狽振りにマイク達は確信した。
(い、行き当たりばったりだったんだ…)
「まあ、将軍の身柄と脱出方法については、私がプランを練ろう。君達はこの後も怪しまれない様に行動を続けてくれたまえ。」
エーリントンが柔らかい口調で言う。
「ところで…シグ中尉。」
「はっ。少佐。何か?」
「君は何故、娘のヨーコを?」
「は。お嬢様とはジャブローのMS開発局で一緒のチームでありました。」
「ほう…ヨーコが…MS…。あの子はてっきり航空機班だと思っていたんだが…」
「いえ。彼女の作った軽飛行機も素晴らしい出来で有りました。」
「はは。軍で趣味はやめろと言ってあったんだがな…。あの子は元気かね?」
諜報部員とは違う父親の顔に戻るエーリントン。
そして、シグの表情もまた、父親のそれになっていた。
「はい。とびきり素敵な女性になっておられます。ただ…」
「ん?ただ?」
「彼女の後ろにランサム准将の影があります。」
「!!…やはり、な。ランサムに私もハメられたのだ。売国奴め。」
「少佐も…?」
「ああ。私がジオンの艦に身を寄せている経緯にも色々あるんだが…。今回の将軍の拿捕についてもそうだ。全てランサムからの情報でジオンは連邦の動きを知っていたのだよ…」
「…ああ。納得です。今回の救出作戦もランサムの発案ということですが、中身なんざぁ、ありませんでした。」
「だろうね。彼にとっては、今回の救出は成功されても困るだろうし。」
「ええ。とにかく自分は奴が許せません。少佐にヨーコ少尉。そして連邦全体を…。」
「ああ。私が連邦に帰った暁にはこの身を証拠として奴を弾劾せねばならん。が、その前にまずは、目前に控えた連邦の降伏をなんとか回避しなくては…。その為にも将軍には御帰還願わなくては…。」
「…はい。」
「よし。とにかく、私は脱出プランを。君達は私から連絡を待て。」
「はい。」
一行はエーリントンの部屋から出ようとした時だった。
エーリントンがシグを呼び止めた。
素早く耳元で囁く。
「シグ中尉。私事ですまんが頼みがある。地球に帰ったら、是非に私のもう一人の娘の行方も探してはくれないか?」
「…?はい。それは…構いませんが。」
「すまん。恩にきる。名を『ミユキ・ヴァレンタイン』という。」
「…。はい。『ミユキ』さんですね。」
改めて一行はエーリントンに敬礼を送って彼の部屋を出た。
すると、通路の向こうから、見計らった様に一人の人物が姿を現した。
「アラン曹長。」
鋭い目つきのその男はシグを呼び止める。
「何か?」
シグは何事かとその男をみやった。
長身の金髪をオールバックにした細身の男である。
外観から鋭いナイフを思わせる様な男であった。
「自分はキリング中佐である。」
「はっ!中佐。」
「彼、エーリントンとは何を?」
キリングは探る様な目つきでシグを見る。
しかし、シグはそんな視線にも負けじとニヤリと笑った
「あまり、縄張りを荒らすな、メンツを重んじろ。と釘を刺されました。」
「ふふん。そうか。やつ奴、焦っているのだな?」
「…はい。その様で。」
腹の中で目一杯舌を出してる気分でシグは上目遣いにキリングを見つめた。
「…そうか。よし、行っていいぞ。調査は隅々までな。」
「はっ。」
シグの扮するアラン曹長の後ろ姿を見やりながら、キリングはギレンへの報告の事で頭が一杯だった。
つづく
episode38:「脱出作戦」
「ふい〜。参ったね。」
カカカッと高笑いでシグはソファにドサリと身を投げ出した。
「ホント、驚きましたね。」
ベイルもシグに同調する。
「シッ!何時、この部屋も監視設備が入ったか判りませんよ。」
そういいながら、ムイルギットは壁の四方に盗聴機発見用の電波を当てる。
そんな姿を見て、シグ達は一瞬にして凍りついた。
監視カメラの様な設備はすぐには用意出来ないが、盗聴位なら、簡単である。
ブリッジからも各部屋へは直通モニターも付いているのだ。
「うん。大丈夫な様ですね。」
ムイルギットの言葉に一同の緊張した空気が一気に溶けた。
それでも、一行は自然と身を寄せ合い、囁き合う様に会話をしてしまうのは、自然な事であった。
「で、後はエーリントン少佐の連絡待ちですか?」
ベイルが問う。
シグは考え込みながら、言葉を探す様に口を開いた。
「…ん。そうだな。この際だから、敵情視察も兼ねてMS見学といくか?」
ニヤリとシグはムイルギットを見やる。
ムイルギットは満面の笑みをその顔面に浮かべた。
「ほ、本当ですか!?隊長!」
「シッ!声がデカイって!!」
その時だった。
ふいにシグ達の部屋のドアがノックされる。
「!!」
一同の間に緊張が走る。
扉を開けて顔を覗かせたのは、まだ若い伝令であった。
「失礼します。アラン曹長」
「あ?何か?」
「はい。エーリントン少佐がお呼びです。」
「少佐の私室か?」
「はい。」
「ありがとう。伍長。」
「え?あはは。いやだな。自分は2等兵ですよ。」
「えっ?あ、ああ。すまん。その胸元の星がな。」
「あ、ああ。コレはこの艦の伝令兵の印なんです。」
「そ、そうだったのか。馴れなくてな。」
そういうと、シグは伝令に手を振って見送った。
「よし。エーリントン少佐の部屋に行って来る。お前達はこのまま、解析作業の振りをしながら、緊急時の脱出経路プランでも練っていろ!いいな。」
シグはベイル達に言い残してエーリントンの待つ部屋へ向かった。
「失礼します。」
コンコンとドアをノックする。
「誰か?」
中からエーリントンの声が聞こえる。
「アラン・ラムザット曹長であります。」
「入りたまえ。」
シグはゆっくりとドアを開けた。
部屋の中にはエーリントンの他に2名の男性がシグを待ち構えていた。
「掛けたまえ。シグ中尉。」
エーリントンがシグに声を掛ける。
シグは用心しながら、エーリントンの向かい側のソファに腰を降ろした。
「紹介しよう。私の部下のミハイルとコーツウェルだ。無論、君と同じ故郷だ。」
よろしく、と二人の男性が敬礼をする。
シグもようやく、緊張を解いた。
「早速なのだが…シグ中尉。」
「はい。」
「レビル将軍奪還に又とない機会が訪れそうだ。」
「!それは?」
「今月の末日に連邦の降伏受け入れの調印が予定されている。それを受けて、レビル将軍の身柄をサイド3本国に移送される計画が決定された。」
「…」
「移送はジオンの連絡船で行われる。」
「はい…。」
「その連絡船のパイロットにこの2名を指名させる事に成功した。」
「!!なるほど!」
「さて、問題は…その移動につく護衛MS隊を何とかせねばならん。」
「MSはどの程度…?」
「うむ。ジオンもこれでいて中々に人手不足でな。1個小隊といった所か。」
「…なるほど。後はそいつらを撒いてしまえば良い訳ですね。」
「そういう事になる。」
「そちらは何とかしましょう。」
「本当か?中尉?何か策があるか?」
「な〜に、自分に任せてください。いざとなったら…。」
「中尉。無理は禁物だぞ。」
「少佐。お言葉ですが、連邦を、いや、地球を守る為です。多少の犠牲は致し方ありません。」
「…中尉。」
エーリントンがシグを見つめる。
「…君の様な強さが私にあればな。ランサムにも好きにはさせなかったのだが…。」
「少佐。自分と少佐では立場が違います。存在価値も。私なりの価値の仕事をするだけです…。」
「…シグ中尉。すまん。苦労を掛ける。」
3人の士官は無言でシグに握手を求めた。
シグも黙ってその手を握り返しただけであった。
翌朝、艦内は早朝から異様な喧騒に見舞われた。
先ず、ギレンが直属の艦隊へ舞い戻った。
続いて、レビルがサイド3へ移送される為、その準備に慌ただしかったのである。
レビルの身柄をサイド3へ移送完了した後、艦隊はその後に予定されている連邦の降伏受諾の調印を受けて、地球軌道へ移動する予定であった。
凱旋パレードのつもりであったのか…。
そんなゴダゴタの中でシグは艦長にMS2機と調査用ポッド、そして推進ブースターの借用を願い出た。
艦長は当初、いぶかしがったが、『艦内での調査はほぼ完了の為、船外からの調査の為』と称した借用願いに快諾した。
若干、推進ブースターの借用願いには多少モメたが、これも、ムイルギットの『艦隊移動後も現宙域に残って、残存粒子を調査したい故と調査後に艦隊、若しくはサイド3の研究施設への帰還の為。』という多少強引な理屈で納得させてしまった。
所詮、旗艦の乗員も軍人でしかなかったと言う事だ。
「あの艦長。人が良いんだな。心が痛むぜ…。」
これはシグの言葉である。
借り受けたザクの1機にはシグが搭乗している。
そして、もう1機は…、ムイルギットだった。
MSに搭乗する際、整備兵はかなり怪しい、というかホントかよ?という表情をしていたが、シグの『どうしても、MSで直接、外装接触せんと波形調査ができんのだそうだ。俺がお手手引いてやるから心配すんなよ!」
という、勢いのある台詞と艦長の許可書を突きつけられた整備兵も承知せざるを得なかった。
ムイルギットも当初は歩く事もおぼつかなかったが、シグの指示と元来、彼がMSマニアだった事も功を奏したのか、どうにか機動していた。
むしろ、艦内の歩行移動よりも宇宙空間での姿勢制御の方が、パイロットとなったムイルギットには楽であった。
ベイルとマイクの乗り込む調査ポッドとムイルギットのザクを牽引しながら、シグはレビルの艦が出てくるハッチ付近に待機した。
そして、レビルの身柄が移送船に移され、発進する時間をじっくりと待っていた。
「隊長。緊張しますね…」
ムイルギットがパイロット同士のみの回線を開いて話掛ける。
「ああ…。ここが一番の勝負処だからな。」
「エーリントン少佐は?乗っていらっしゃらないのですね?」
「ああ。全員脱出と言う訳にはいかん様だな。」
「今回、我々は運が良いですね。」
「ああ。それは、俺も思うよ。だが、まだだ。まだ、気を抜いちゃいかん。」
「はい…。」
「…!来たぞ!」
戦闘艦のハッチがゆっくりと開き、連絡船がガイドビーコンに導かれる様にゆっくりと前進してきた。
そして、護衛のザクが3機、艦の別のハッチから現れる。
シグ達は艦の外装を確かめる様に張りついている。
「いいか、ムイルギット…。上手くやれよ。バーニアは壊すなよ…。」
「は、はい。」
移送艦に護衛のザクが近づいて来る。
「…。今だ!行け!」
シグの合図とともに、ムイルギットのザクが護衛のザクに突貫した。
「う、うわぁぁぁぁ〜」
2機のザクに掴みかかる様にムイルギットのザクが漂う。
驚いたのは護衛ザクのパイロット達だった。
突如、眼前に友軍機が飛び出したのだ。
彼らの機体は回避する事もかなわず、ムイルギットの機体に激突する。
「な、何事か!」
パイロットが叫ぶ。
すかさず、ムイルギットが言葉を返す。
「す、すいません。外装調査中にバ、バーニアが…う、うわっ!お?」
ムイルギットが叫びながら、両腕・両足をバタつかせる。
「ちっ!素人がっ!」
そう言ってパイロット達はムイルギットの機を排除しようとした。
ところが、機体の接触時に外装装甲のどこかが絡んだのか、ムイルギットの機は一向に離れなかった。
それどころか、突如、メインモニターがブラックアウトしてしまったのであった。
「…!?な、何事か?」
「た、小隊長。絡んできた奴が小隊長のモノアイを…」
そう。ムイルギットはドサクサに紛れて、隊長機のモノアイを潰したのであった。
「ば、馬鹿野郎!なんて事しやがる!?おい、状況は?」
慌てた護衛小隊長は僚機に確認を取った。
「そ、それが、こいつ…うわ!よせっ!」
入って来た通信の様子が奇怪しいと感じた小隊長はもう旗艦のブリッジと連絡を取った。
「お、おい!?どうなってるんだ?状況を教えてくれ!」
驚いたのはブリッジだった。
艦の左舷でザク3機が何やら、絡み合っている。
『おい!何を遊んでいるんだ!?早く、そいつを排除しろ!』
ブリッジの管制官も思わず叫んだ。
それもそのはず、ムイルギットの機は駄々っ子の様に手足をばたつかせた挙げ句、片手は小隊長機の頭部を突き刺し、もう一方の手は残った1機の頭部動力パイプをムンズと掴んで、打ち振っているのだ。
「だめだ、コイツ…無茶苦茶だ。おい、応援を要請する。誰か、こいつを何とかしろ!」
隊長は思わず叫んだ。
『すまんな!俺が手を離した隙に…』
突如、無線に割り込んだ声があった。
シグである。
『ブリッジ。聞こえるか?アランだ。俺が何とかする。すまんが、護衛小隊の連中を回収してやってくれ。』
『アラン曹長か?貴様、この責任は重いぞ!』
『了解だ。アンタラの手は煩わせんよ。レビル移送艦の護衛は俺が付く。本国へ帰りゃいいんだろ?』
『…それはそうだが、貴様には任務が…。』
『外装調査中に発振器を発見した。こいつをこのまま、本国の研究所へ持ち込んで調査したい。移送艦の方の護衛機は3機ついてりゃ、アンタラのメンツは立つんだろう?』
『それは、そうだが…。しかし、1機たらんぞ?どうする気だ?』
『ココで暴れてる馬鹿を連れてくよ。スタッフだしな。なーに、数さえ合ってりゃ、お偉いさんにはきずかれまい?』
『貴様、余計な事を言うな!ま、まあ、貴様の言う事ももっともか…。よし、アラン曹長。護衛は任せる。』
シグは密かにニヤリとした。
『了解。すまないな。』
『いや、こちらも人手不足だ。貴様の申し出、ありがたい。』
(つくづく…。お人好しばっかりか?心が痛むぜ。)
シグはムイルギットの機に近づくと、回線を開いた。
「よし!ムイルギット!!良くやったぞ!もういい。行くぞ!」
『了解』
途端におとなしくなるムイルギット機を引き離し、シグは護衛小隊の隊長機に触れた。
「すまんな!アラン曹長だ。この借りはきっと返すぜ!」
『…。馬鹿野郎!やっと、本国に帰れるはずだったんだぞ!俺は!!』
「…。本当にすまない。アンタの事は良く言っとくからな。」
身に詰まされる想いでシグは言った。
『くそっ!馬鹿野郎が!!』
嗚咽にも似た、小隊長の言葉がコクピットに響く。
(いや、ホント、すまねぇな。)
シグはムイルギット機の腕を取り、調査ポッドを牽引すると、レビル将軍の移送艦に近づいていった。
つづく。
episode39:「ガイア」
「あれ、アラン曹長ですか?」
旗艦のデッキで若い兵が窓越しにザクを見やった。
「ん?ああ。どうもそうらしいぜ。」
同じデッキにいた戦闘隊の隊員が返事を返す。
「先程はブリッジの方、騒がしかったですね。」
「ああ、アラン曹長と一緒の民間人がMSの操縦を間違えて、護衛小隊に突っ込んだらしい。」
「へえ?民間人がMSを?」
「ああ。キャプテンも何を考えているのだか…。素人にやらせるなんてな。」
「でも、アラン曹長って面白い方ですね…。」
「ん?何かあったのか?」
「いえ、昨晩、僕が伝令をお伝えした時に、僕を伍長って…。」
「はは。階級章みりゃ、解るだろうにな。」
「いえね、伝令当番の星印を見て、勘違いしたそうですよ。」
「…ナニ?」
「ほら、コレ。」
若い兵は自分の胸元に光るバッジを指さした。
兵の胸元には星を象った徽章が付いている。
「…」
「どう、されました?ガイア曹長?」
ガイアと呼ばれた戦闘隊隊長は考え込んだ。
(おかしいぞ。何か引っ掛かる…)
「おい、アランの部屋はどこだ?」
「え?」
「どこだと聞いている!」
ガイアの鬼気迫る形相に若い兵は気後れしながら、こちらです、と案内に立った。
部屋の前に立つ2人。
果たして、ドアには電子ロックが掛けられていた。
慌てて、解除しようとするガイアを兵が制しようとする。
「いけませんよ!ガイア曹長。勝手に開けたりしたら…」
「馬鹿野郎!そんな事言ってる場合じゃねえかもしれんのだぞ!」
「し、しかし、艦長の許可は取っておかないと…」
「ぐぬぬ…」
ガイアは歯ぎしりしながら、通路のインカムを取った。
「ブリッジか?艦長を頼む!そうだ!緊急だ。それとな、マッシュとオルテガをMSデッキにスタンバらせろ!場合によっちゃあ、我々が出るやもしれん!」
その頃、ガイアと共にいた兵は何気なく電子ロックの解除キーを入力していた。
「タイプ18−Eと…。あ、開いた…。」
ガイアには艦長の許可が、といいながら、興味本位でいじって開いてしまった。そんな背徳の念が彼を襲う。
(あちゃ…どうしよかな…。)
ガイアの怒鳴り声が通路の向こうから響く。
「艦長か!ガイアだ!アランとかいう奴の部屋を開けるぞ!特務?解ってるよ!だがな、ちょっと気になる事がある…。そうだ。理由は後だ!とにかく、許可願いたい…ああ?理由を明確に?だからよ!それは…」
(ちょっと覗くだけ…)
伝令の若い兵は自らの誘惑に負け、恐る恐るドアを引いた。
薄暗い部屋の中に、人の気配は無かった。
更にドアを引く。
すると、ドアに軽い抵抗を感じる。
(…?)
力を込める。
その時、軽い抵抗が何なのかに気がついた。
(ワイヤー…?)
そう、それは細いワイヤーであった。
内側のドアノブから、ワイヤーが奥の壁に伸びているのだ。
そして、自分がドアを引く事によって、ワイヤーは更にピンッと張られる。
(!?)
ワイヤーは壁に固定された滑車を経由して、更に壁に固定された拳銃のトリガーに繋がっていた。
彼が気づいた時には既に遅かった。
固定された拳銃のトリガーが引かれる。
ブシュという不明瞭な音と共にサイレンサーが装着された銃口からは鉛の弾が容赦なく発射された。
弾丸は真っ直ぐに兵の眉間から、頭蓋に侵入し彼の脳をシェイクし、頭蓋内部で何度も跳ね返り、こめかみから出て行った。
伝令の兵は何が起きたかも解らぬままにその短過ぎる人生の幕を閉じた。
そして、頭部を朱に染めた彼はぐったりと前のめりに倒れた。
開き掛けた扉はそんな彼の唐突の死を受け止める様にバタリとその口を閉じた。
「ちっ、艦長の野郎…」
ガイアはブツブツと言うと、元来た部屋の方へ戻ろうとした。
結局、インカムでは艦長は許可を出さず、ブリッジで口頭での説明をさせたのであった。
ガイアは伝令の兵が言っていた事に引っ掛かる事があった。
伝令兵の星型の徽章を見て、伍長と間違えたという、アラン曹長の話。
その話を聞いた時、何かが奇怪しいと感じた。
その感覚が何なのか今では、ハッキリと解る。
星型の徽章は連邦様式なのだと。
自分の中で何かが叫ぶ。
俺のカンは正しい!と。
ガイアは一通り説明をすると艦長の許可の言葉もそこそこにアランの部屋へ舞い戻った。
そして…
彼は見た。
アランの部屋の前でがっくりとひざまずき、ドアにもたれ掛かる様にして死んでいた伝令兵を。
彼が部屋の前にたどり着いた時、彼はその驚愕にも似た表情をガイアが歩く通路の反対側を見据えていた。
ガイアがその身体に触れるとヌラリと生暖かい感覚があった。
脳漿の交じった夥しい血痕に気づくガイア。
既に伝令兵が息絶えている事を悟ったガイアはその亡骸を無造作に通路に転がすと用心深くドアの前にかがみ込んだ。
(アンブッシュか…ブービートラップか…)
アンブッシュ(待ち伏せ)である公算は低い。
何故なら、アランをはじめとした人物達は既にこの空域を出て久しい。
わざわざ、待ち伏せの為に人間を残しておく様な事はしないはずだ。
ならば、ブービートラップ(罠)か。
何方にしても、時間稼ぎの為には巧妙な手口だ。
今から追撃するにしても、艦長を説得する必要がある。
ならば、ここで確実に証拠を握らなくては…
応援も欲しいが、今からでは更に時間が掛かる。
かといって、直近の部下であるマッシュとオルテガには直ぐに出撃出来る様、MSでの待機を命じてある。
(ならば…)
ガイアは腰のホルダーから自らの銃を引き抜くと、ゆっくりとドアを引いた…
(む…?)
めざとくドアから伸びるワイヤーを見やる。
すると、ガイアは一度開けたドアを再び閉め、通路に転がる伝令兵の遺体を引きずって来た。
遺体の襟首をがっしりと掴むと、まるで盾にするかの様に遺体の陰に隠れて、ドアを引いた。
ブシュ。
壁の拳銃が再びその銃口から弾丸を発射する。
弾は伝令兵の腹部に着弾した。
ガイアは仕掛けられた拳銃がスリーショットバースト(3連射)で無い事を確認するとドアを大きく開け放った。
その勢いでワイヤーにつながれた拳銃が弾かれた。
(よし、これで、トラップは外したか…)
が、ガイアは直ぐに部屋に入ろうとはしなかった。
(…赤外線センサーのトラップに、絨毯下の小型地雷と、トラップの仕掛け様は色々あるからな。敵も馬鹿じゃあるまい…)
そう、考えるとガイアは伝令兵の遺体を担ぎ上げた。
「お前の死は無駄にせんよ…」
そう呟くと、突如部屋の中の放り込み、自分は壁に身を隠した。
部屋の中からは物音一つしなかった。
(ふむ、どうやら、トラップは1つだけか…)
ようやく立ち上がるとガイアは部屋の中に足を踏み入れた。
部屋の中には自分が投げ入れた伝令兵の遺体が無残に転がっている。
死体を投げ入れて、引っ掛かる様なセンサー等のブービートラップは無さそうであった。
油断無く、部屋に入るとガイアは伝令兵の遺体を踏みつけて、その上に立つ。
足場としては非常に悪いが、死体の上に立っていれば、取り敢えず地雷が仕掛けられていたとしても、踏んでしまう心配は無いからだ。
「やはり、な。」
壁に転がった拳銃を手にしたガイアは呟いた。
連邦の正式拳銃であった。
「つまり、まんまと出し抜かれたって訳か…」
ガイアはその拳銃を懐にしまうとふと、部屋の隅に置かれた机の上に目をやる。
(な、なにぃぃ〜!?時限式センサー爆雷だと!)
しかも、御丁寧にタイマーは作動し、残り時間が表示されている。
遺体を投げ込んだ時点でセンサーが感知し、動作を開始したらしい。
残り、3秒。
ガイアは伝令兵の遺体を思いっきり踏みつけると、部屋から飛び出した。
ドッゴォォォォ〜ン!!
刹那、爆炎と共に、部屋が消滅した。
もうもうと立ち昇る黒煙と瓦解した艦の内壁材にまみれながら、ガイアはむっくりと起き上がった。
「へへ。やってくれるじゃねぇか、連邦もよ…。おもしれぇ…。俺が、俺達が狩ってやるぜ…。『黒い三連星』がよ…」
ガイアの瞳が妖しく輝いた。
つづく。
episode40:「シグの激闘」
「MS電源廻せ!」
ガイアの怒号がMSデッキに響きわたる。
整備兵が俊敏な動きで、ガイア、マッシュ、オルテガ達、『黒い三連星』のMSに取りついていく。
ガイアはアラン曹長の部屋での出来事の後、即座にパイロットスーツに着替えて、MSデッキに出たのであった。
黒色に紫のアクセントを付けて彩られたMS−05『ザク1』が彼らの愛機であった。
この戦争が開始された直後であっても、この機は既に後継機MS−06へ機種転換が進められ、既に退役機に近しい機ではあったが、ジオンきってのエース部隊である、ガイア達にとっては何よりも尻に馴染んだ愛機であった。
彼らがエースだという事実は連邦のレビル将軍その人が彼ら『黒い三連星』によって、捕らわれ人となった事でも伺い知る事が出来る。
たとえ、連邦の動きがランサムによって情報がリークされていたのであったとしても、ルウム戦役時の連邦の主力艦隊を抜いて、将軍その人を奪い取ったという事実はガイア達三名がエースパイロットで構成された強力な小隊であるという証であった。
そんな、エースパイロット小隊が今、シグ達を追おうとしているのである。
ガイアはその馴れ親しんだザクのコクピットから、旗艦のブリッジへの回線を開いた。
「…艦長か。我々は出させてもらうぞ…。」
『ガイア曹長…。今から間に合うか?』
「間に合わさねばならんのだろ?」
『すまん。第3艦隊全艦を持って追撃したいのだが…。』
「ギレン閣下からの勅命が降りているのだ。艦隊を動かせば、お前の責任になる。俺達に任せておけ。」
『…恩にきる。』
「いいさ。どうせ俺達は宿無しだ。レビル拿捕をもって、この艦隊に降りてきただけだ。その上、飯まで喰わせて貰ったのだから、その恩は返さにゃなるまい。ましてや、艦長が幼馴染みのお前の艦であればな。」
『ガイア…』
「とにかく、向こうにも1機は友軍が付いているんだ。そいつと連絡を取って、足止めさせてくれ。後は俺達が追いつきさえすれば、何とかなる…。」
『了解した。』
「レビルを逃がしたとあっちゃあ、お前は確実に処刑される。とにかく、ここは上に気取られるな。お前はギレン閣下の御命令通りに第3艦隊を動かせ。」
『あ、ああ。』
「まあ、いざって時はレビルの護衛の連中が寝返ったとでも証言してやるよ。」
『…すまんな』
「なーに。気にするな。それより、マリアに宜しく伝えてくれよ。この作戦が終わったら、遊びに行かせて貰うぞ。」
『あ、ああ。是非来てくれ。歓迎する、ガイア…』
「出るぞ!」
『武運を』
ガイアのザクの単眼が紅く輝く。
ズシリ、と歩を進め、ガイアのザクが宇宙空間に躍り出た。
更に続くマッシュ機、オルテガ機。
3機のザクは宇宙空間に暫く漂うと旗艦のブリッジに敬礼を送り追撃用に装着したハイパーブースターに点火した。
瞬く間に3つの点となり、消え去る『黒い三連星』
旗艦の艦長はいつまでも、その3機のMSが消えた宇宙空間を見つめていた
ザクのパイロット、プラウニーは何度もコンパスを覗き込んだ。
(?)
「おい、輸送艇。聞こえるか?」
『…』
「おい!輸送艇のバイロット、返事をしろ!!」
『何だ?』
「この進路、間違っちゃいないか?」
『いや、別に…』
「別にって、このままじゃ、サイド3には着かないぞ。」
『こちらのコンパスでは間違ってはいない』
「なあ、アラン曹長、そちらのコンパスはどうだ?」
アラン−シグ−の返事はぞんざいだった。
『ああ〜ん?どっちでもいいよ。別に。』
「き、貴様!」
『だって、俺は(輸送艇の警護)が任務だからな。』
「おい、輸送艇、停船しろ。」
『…時間が無い。』
「おい!」
その時だった、旗艦から、プラウニーのザクに通信が入る。
『…レビル移送艦艇護衛小隊…プラウニー伍長…聞こえるか…』
「!こちら、プラウニーです。丁度良かった。我々の針路が違う気が…」
『…だ。お前の…は…連邦の…』
「ミノフスキー粒子の影響が強く、良く聞き取れません。何と?」
『お前の隣に…アランは…連邦の…だ。始末しろ!若しくは…黒…が到着…足止め…。』
「!?アラン曹長が何?連邦?始末?」
プラウニーは状況が良く飲み込めなかったが、護衛している艦艇の針路が違うのは事実の様だ。
プラウニーは自分を取りまく情報を総合的に判断する事とした。
(現在、向かうべき針路は確実に違っている。そして、艦からの連絡、アラン、始末、連邦…、つまり…。)
プラウニーは腰に取り付けたウエポンラッチから、マシンガンを手にした。
「おい!停船しろと言っている。」
プラウニーの突然挙動にシグは身動きが取れなかった。
腰だめにマシンガンを構えるプラウニーのザクを視認したシグは仕方なく、移送艦のパイロットと回線を開く。
「ここは、おとなしく停船した方がいい…」
『…了解』
移送艦のパイロット、ミハイルとコーツウェルは静かにシグの指示に従った。
その意外な程、おとなしく指示に従った一行を見てプラウニーは不安に駆られた。
(俺の判断は…正しかったのか…?)
「な、なあ、アラン曹長。」
『なんだ』
「あ、アンタ、一体何者なんだ?」
『どういう意味だ?』
「今、旗艦から通信が来た。ミノフスキーの影響で良く聞き取れなかったが…アンタが連邦だとか…わめいていた…、気が…。」
『俺が?連邦?はは!わっははは!』
無線のアランは豪快に笑っている。
プラウニーはますます混乱した。
「…?はは、笑っちまうだろ?ルウムの英雄で、ギレン総帥に直接お言葉を頂いたアンタが連邦、なんてさ。なあ、なあ!わっははは。」
プラウニーも笑い出す。
これは誰かが本国に帰る俺をねたんで仕組んだ冗談に決まってる。
プラウニーは、そう自分に言い聞かせた。
「だからさ、アラン曹長、針路を見直してくれよ。この針路は間違っている。な?」
『…いや、間違っちゃいないさ。』
「な、なにを…?」
途端にトーンの変わったアランの言葉にプラウニーはピクリと震えた。
『お前は何一つ間違えちゃいない。一つだけ、教えてやる。ここにいる全員が連邦なのさ。』
「えっ…?」
その途端だった。
プラウニーのザクの背後から強烈な衝撃を受ける。
(し、しまった!もう1機の存在を…)
そう、ムイルギットの駆るザクがプラウニー機を背後から襲ったのである。
プラウニーのザクを除いてはアラン機もムイルギット機も武器は携行していなかった。
それも、プラウニーを油断させていた一因でもあった。
ガツン!という衝撃を食らった後、プラウニーの機はスロットルの反応が無くなった。
たぶん、背後からタックルを受けて推進機が破壊されてしまったのであろう。
プラウニーは推進機による回避運動を即座に諦めた。
手にしたマシンガンを構えようとする。
『おっとっと…そんな物騒なモンを振り回させる訳にゃ、いかんな…。』
アラン機が渾身の力を込めて、プラウニー機の腕をはたく。
ガシーン!機械と機械が打ち合う鈍い音がコクピットを包む。
プラウニーは右手が作動しない事を即座に感じ取った。
「くそ!」
ならば、と左腕を操作し、腰のウエポンラッチに取りついているはずのヒートホークを探した。
アランの声が聞こえる。
『よし!ムイルギット!移送艦と一緒に先に行け!こいつはもう闘えない!』
『は!隊長!』
移送艦のバーニアが点火され、続いて、ザクが小型ポッドを牽引して行くのが見えた。
(くっそぅ!俺がもう、闘えないだと?舐めるな!)
左手のヒートホークに触れた衝撃が伝わる
(よし!)
「死ねぇ!アラン!」
掛け声一閃!プラウニーはヒートホークを構え、アラン機に躍り掛かった!
『な、なにぃ!?』
明らかに動揺したアランの声が響く。
「うらぁ!」
ガシーンッとプラウニーの腕に相手を捉えたという感触が伝わる。
『やるな!』
しかし、アランは無事な様であった。
みれば、自らが放った渾身の一撃は見事にアランのシールドに受け止められていた。
「くそっ!連邦風情が!」
プラウニーは左手を操作すると、アランのシールドに食い込んだヒートホークを引き抜くと即座に振り上げる。
「こんどこそぉ!」
プラウニーの視線が敵機の胴体を捉える。
(回避できまい!)
水平にヒートホークを打ち込む!
ガシィィッ!
再びプラウニーに衝撃が伝わる。
金属と金属が打ち合う衝撃とヒートホークの灼熱したブレードの物凄いアークがプラウニーの目に焼きついた。
(くそっ!モニターが見えん)
だが、慌てる必要は無い、向こうは丸腰なのだ。
状況を見極めようとプラウニーは目を凝らした。
自らが放った一撃はどうやら相手機の右肩を砕いた様であった。
『…つつっ。いてーなっ!』
場違いとも思えるアランの声。
プラウニーは確信した。
(勝てるっ!)
が、次の瞬間、アラン機が挙動した。
『うらぁ!』
アラン機は右肩にヒートホークをくわえ込みながらもその衝撃を受け流す様に体を沈めていた。
そして、プラウニーの機と垂直となる様な姿勢となりつつ、放った一撃。
『キーーーーーック!!』
蹴りであった。
次の瞬間、プフラウニーは右腕をへし折られた物凄い衝撃を感じた。
脳が揺さぶられる程の衝撃。
「く、くう…」
頭を打ち振り、モニターを見つめる。
レーダーサイトをチラリと見やる。
(どこだ?どこへ行った?)
プラウニーの右手の視界に敵機が入る。
「野郎!」
プラウニーは左手の操作に全神経を集中させる。
(よしっ!まだいける!)
左手にはヒートホークは握られている。
(この一撃で!カタをつけてやるぜ!)
プラウニーの視線が敵機を認めた。
が、次の瞬間、プラウニーの思考が瞬時、停止した。
(?ナゼだ…)
『あばよ…』
アランの手にははマシンガンが握られていた。
(あ、アレは…)
ドン、ドドドドンッ!
プラウニーには自分を撃ち抜くマシンガンがへし折られた右手に携行していた兵器であったかどうかを理解できたのか、それは解らない。
ただ、恐怖に支配されずに死んで行ける彼は幸運であったのかも知れない。
「ふう…ヤレヤレだぜ。」
シグはボロクズと化して宇宙空間に漂うMSを見つめて溜息をついた。
「MS…こいつでの闘いは生々しすぎる…」
シグはプラウラーのザクが握るヒートホークをむしりとると腰のラッチに取り付け、移送艦の飛び去った方向を目指して飛んだ。
つづく
episode38:「迫撃!黒い三連星」
シグは漆黒の闇を飛び続けた。
前方には移送艦の放つバーニアの輝点さえ見えない。
「どの位、離れちまったのか…」
独り残されてしまった孤独感がシグを襲う。
先程の強烈な戦闘で機体の様子も芳しくなかった。
「…む?」
前方に浮かぶ石。
その陰にシグは何かの影を捉えた気がした。
「あれは…ムイルギットか?」
『隊長、ですよね?』
回線が開いた。
「ムイルギット!お前!?」
『あはは。良かった。隊長、よくぞ御無事で!』
「…馬鹿野郎!何故、先行しない!?お前は将軍の護衛だろうが!」
シグはムイルギットを怒鳴りつけた。
『はっ!も、申し訳ありません。た、隊長の無事を確認…』
「そんな事でどうするっ!俺がやられていれば、お前が将軍の身をお守りする役目だろうが!」
『は、はいっ!』
「将軍はどうした?」
『はい。84秒程、先行しております。』
「そうか…行くぞ。」
2機のザクはバーニアを全開にした。
「マッシュ!獲物はまだみえんか?」
『あ、ああ。まだだ。』
「意外に足が速いな…」
『おい、ガイア、前方2時にMSだ。』
マッシュに言われて、ガイアはメインモニターに目をやった。
暗い宇宙空間に1機のザクがその無残な姿をさらして浮かんでいた。
「ん?…なるほど。調べるぞ。」
『おお。』
『了解だ』
宇宙空間に漂うMS「ザク2」の周辺に3機の黒い「ザク1」が取りつく。
装甲を撃ち抜かれ、ボロボロになって漂う「ザク2」をモニター越しに見やりながら、マッシュが口を開く。
『こりゃあ、至近弾だな…』
「こいつは、どっちの機なんだ…?」
『見分けはつかんが、移送船追撃が俺達の任だ、この際、どっちでも構わんだろう。』
マッシュが呟く。
「そうだな、コイツが敵機なら、獲物が1匹減っただけ、コイツが友軍機なら、獲物は2匹…どちらにせよ、俺達には大して変わらんよ…。」
『くくっ。ちげぇねぇ…俺達『黒い三連星』にかかりゃ…』
マッシュが不敵な笑いを浮かべる。
『だけどよぉ…奴ら、丸腰だったんじゃねぇのか?』
怪訝そうな声を上げたのはオルテガだった。
「付近にコイツの兵装が見あたらないな…大方、奴らに奪われて、ヤラレたんだろう…。」
ガイアが付近を見回しながら、冷静な判断力を示す。
『しかし…ガイア、奴らは連邦だろう?アイツらにMSが操縦できるのかよぉ?』
オルテガはまだ、信じられない様であった。
『オルテガ、お前の疑問はもっともだが、事実、レビルを奪還されたんだ、その経過には奴らの操縦するMSが絡んでいるいる事は間違いねぇ…。現実は受け止めようぜ。』
『あ、ああ。マッシュ、そうだな…。』
「そういう事だ。オルテガ!マッシュ!敵さんは兵装を手に入れた。丸腰じゃないのが判れば、お前らも手を抜く必要はねぇぞ。いいな。」
『へへっ。判ってるよ!ガイア。元々、手を抜くつもりはさらさらねぇがな。』
『おうともよ!狩りに手を抜く必要はねぇぜ!』
「よし、奴らの後を追うぞ。連邦の匂いがプンプンしやがる」
かくして、3機のザク1が漆黒の闇の中へ再び追撃を始めた。
「くそ!ブースト圧があがらん…」
シグはチッと舌打ちをする。
『僕もです…』
ムイルギットの機も先の接触で調子が今一つであった。
「目標は見えるか?」
シグがムイルギットに問う。
『いえ…あ、ベイル達からのビーコンです。』
「なに?バカめ!まだ、敵の制空圏からでておらんのだぞ!」
『方向、距離は掴めました。』
「追いついたら、ぶっ飛ばしてやる…」
『まあ、シグ隊長、敵機影もないですから…』
「ムイルギット、甘えるな!そんな事じゃ死ぬぞ!」
『は、はい。申し訳ありません…。』
「とにかく、追いつく。バーニア全開だ!」
『了解!』
シグとムイルギットの2機のザク2も推進力を全開にして跳んだ。
『隊長、前方に移送艦です。』
「やっと、追いついたか…」
シグはメインモニターを最大望遠に切替え、目をこらした。
前方の漆黒の闇の中にほの暗いバーニアが見える。
「よし、もう一息だ!」
『はい』
シグとムイルギットのザクが並走するかの様に跳ぶ。
その時、シグは何かの気配を感じた気がした。
「おい、ムイルギット、お前がこれを持っておけ。」
シグは左手に持っていたマシンガンをムイルギットに渡した。
『こ、これは…?』
「なに、万が一の場合だ。援護射撃位ならできるだろう?」
『は、はあ。…しかし、いざ、武器を持つと怖いものですね。』
「怖いか?」
『はい、全身に震えが来ます。』
「お前はまだ健全だよ。だがな、俺達が乗っている機体こそが、兵器だと言う事を忘れるな。」
『はい…』
二人の間に沈黙が走る。
その時、二人の胸に去来した思いはなんであったのか…。
『隊長…』
「ん?」
『凄いマシーンですね。MSって…』
「ああ。俺も、今、同じ事を考えていた。」
『こんな凄いモノが戦争の道具だなんて、僕はやっぱり悔しいです。』
「…ムイルギット、お前と同じ考え方をする奴が、今ジャブローでMSを造っているよ。」
『でも、連邦のMS技術はジオンに比べて、10年は遅れていますよ…。』
「だがな、アイツなら、そんな10年なんて、直ぐに埋めてくれるよ。」
『そんなに凄い人なんですか?』
「ああ。俺のマブダチだ。2年前にMSとの戦闘も経験してる。」
『え?本当ですか?』
「ああ。だから、MSについては、誰よりも知っている奴だ。アイツの造る機体に俺は乗る。」
『隊長、連邦はどんなMSを造っているのでしょうか?…機密ですよね…』
「はは。まあな。気になるか?まあ、これから俺が喋る事を俺とお前の機密にしときゃ、問題なかろう。」
『え?本当ですか!?ええ。無論、他言はしません!』
「俺が乗ったのはRXシリーズといってな、大型戦車タイプのタイプ75、ガンタンク。そして、2足歩行型の中距離支援型タイプ77ガンキャノンって奴だ。こいつらが、地上運用試験機で、とにかく乗り心地が良くねぇ…。」
『へえ…戦車タイプに2足歩行式かぁ…。見てみたいなぁ』
「この作戦が完了したら、お前の転属願いを受理してやる。それから、推薦状も書いてやるよ。ジャブローのラボへな。」
『あ、ありがとうございます!』
「おう!おっと、お喋りはここまでだ。移送艦に手が届くぞ。」
『はい』
シグとムイルギットの機が先行するレビル将軍の移送艦に追いついた。
移送艦のうしろには推進能力を持たない調査用ポッドがワイヤーで牽引されている。
『シグ隊長!御無事で!』
嬉々としたベイルの声が響いた。
「おう!ベイルか?良くやったな!」
『あはは。僕達は何もしていません。ムイルギットの方がよっぽど凄いですよ!』
「そうだな。今回のムイルギットの活躍はスゲーもんだ。将軍に勲章くれる様に言っておくぞ。」
『え?そ、そんな、め、め、滅相もないっ!』
ムイルギットの慌てた声が入る。
一同はドッと笑いをこぼした。
『勲章かね。いいとも。君達の隊、全員に送ろう。』
突如として、レビル将軍その人の声が割り込んだ。
「こ、これは将軍!失礼しました。ご、ご無礼をお詫びします!」
今度はシグが慌てた。
まさか、回線が移送艦にまで開いていようとは…。
『ははは。良い良い。話はここにいる諜報部員から聞いたよ。御苦労だったな、シグ中尉。』
「は、光栄であります。将軍も御無事で何よりであります。」
『ところで、友軍までの距離はあとどの位かね?この艦内にはジオン兵の遺体が何体か転がっていてね。あまり、いい雰囲気では無い…』
「は、あと5000ほどで友軍の艦が迎えに出ております。無論、この空域を出ましたら、直ぐに連絡を取り、護衛艦隊がルナツーを出る予定であります。」
『そうか、良くジャブローが計画したものだ…』
「は、はい…」
シグはぐっと言葉を飲み込んだ。
作戦を立てたのは自分だ、しかし、計画そのものはランサムの手柄となる。しかし、その事をレビルに言っても仕方の無い事であった。
その時だった。
突如、ムイルギットが叫ぶ。
『た、隊長、後方、距離300に敵機!MS3機です!』
「な、なにぃ?」
シグは慌てて、レーダースクリーンに目を投じ、レーダーレンジをロングレンジに切り換えた。
3つのブリップを確認する。
「速いぞ!こいつら!」
シグが姿勢を変え、後方を見据える、漆黒の闇の向こうに3つの光点を認めた。
その光はグングンと迫って来る。
「ムイルギット!マシンガン、準備しとけ!俺は切り札の準備をする。」
『は、はい!』
ムイルギットのザクがマシンガンを構える。
シグのザクは更にバーニアを吹かし、移送艦に牽引されている調査用ポッドに取りついた。
「移送艦の乗員へ!多少の振動が起こるが、飛行は続けてくれ!外装作業する!」
『シグ中尉!どういう事だ?』
「追撃部隊が来た!かなり足が速い!切り札を使う!!」
『切り札!?何をする気だ!?』
「説明は後!とにかく、飛びながら作業せにゃならん。こちらは不慣れなMSだ。船底に穴開けるとマズイからな。ちょっと黙っててくれ。」
『お、おい!?』
そんなパイロットの後ろでレビルの声がする。
『今は、シグ中尉に命を預けよう。ここまで、拾った命だ。私は彼に預けるよ。』
『は、はい…』
そんな会話を聞いて、シグはニヤリとした。
(さすが、将軍になる人は違うね。命の預け所ってのを知ってるぜ。それに潔い…。)
シグはポッドに取り付けた推進ブースターを取り外した。
これは、敵艦を出る時に、シグが旗艦艦長から正式に借り受けたモノである。
ザクの小脇にブースターを抱え、シグは移送艦の船底に潜り込んだ。
ザクの飛行速度を移送艦と合わせる。
そして、移送艦の船底についている固定用のマウントラッチのフック部分に推進ブースターの固定ラッチを引っ掛ける。
多少、規格は合わない様だが、フックだけが引きちぎれる心配は無さそうだった。
「よし!と。ムイルギット、敵の様子は?」
船底を睨みながら、シグはムイルギットを呼び出した。
『距離120、もう、目の前、というか、すぐ後ろです!』
「よし、こちらの細工は終わった。おい、移送艦のパイロット、とベイル!」
『何だ?シグ中尉?』
『はい、隊長』
「今、移送艦の艦底に推進ブースターを取り付けた。敵が来たら、ブースターに点火する。これで、アンタ達を逃がす。全員、耐ショック姿勢、将軍は最上級のソファへ御案内してくれ。」
『了解だ。シグ中尉、アンタ達はどうする?』
「出来れば、一緒に逃げたいが、敵さんの戦技レベルが判らん。場合によっては、時間稼ぎをするから、安心しろ。」
『し、しかし、それでは…』
「気にすんなって。エーリントン少佐にも言ったが、俺は俺の価値に値する仕事をするだけだ。」
『了解した。幸運を祈る。シグ中尉。』
「とと、それから、将軍にお願いがあります。」
『何かね?』
「是非、御帰還の際には我が隊の『スリーピング・オライオンズ』の面々の労をねぎらってやってください。」
『承知している』
「それから、ジャブローのテム・レイラボのスタッフをランサム准将の呪縛から解き放ってください!」
『テム・レイラボ…君はRX計画の関係者かね?』
「MSテストパイロット、『灼熱の翼』、シグ・アニェスです!」
『君の名、忘れはしないよ…』
「ありがとうございます!将軍!では、行きます!」
シグのザクが移送艦を離れる。
ザクの姿勢を変え、後方を睨み付けると、既に3機のザクらしき機体がそこにいた。
漆黒の闇の中で、紅い瞳だけが3つ、こちらを睨み付けながら、迫ってきた。
(は、速い!)
シグは驚愕した。
なんという恐ろしいまでの速さか!
目の前で輝く3つの瞳が一斉に散開した。
(こ、こいつらは…!?こいつらは!エースだ!)
シグの頭の中で半鐘の様なアラームがガンガンと鳴り響く。
(ヤバイぞ!こいつらはマジでヤバイ!!)
そう直感した瞬間、シグは叫んだ!
「ムイルギット!こいつらはヤバイ!逃げろっ!」
『えっ?』
シグの言葉にムイルギットが反応した時だった。
2人を囲む様に3方向へ散開したそれぞれの方向から、火線が跳んだ!
一斉にマシンガン斉射だった。
3方向からのマシンガンの射撃を回避出来る訳もなく、シグとムイルギットのザクは次々とその装甲を撃ち抜かれて行く。
『うわぁ!うわぁぁぁ〜』
ムイルギットの悲痛な叫びが響きわたる。
シグもコクピットへの直撃を避ける様に身体を捻るのが精一杯だった。
「ムイルギット!とにかく、撃て!」
パニックになっているムイルギットを制するかの如く、シグは叫んだ。
シグの声を耳元で受けながら、ムイルギットは無我夢中でトリガーをひく。
ガガガガガッ!
ムイルギットの放つマシンガンの銃口から火線が飛ぶ。
閃光弾の交じった火線が漆黒の宇宙空間に飲み込まれていく。
敵のMSはその黒く塗られた機体を漆黒の闇に潜ませている。
ボウッと輝く紅い瞳が闇の中に浮かぶ人魂の様に浮かんでいる様にしか見えなかった。
『くそっ!当たれ!当たれ!』
ムイルギットは取りつかれた様にトリガーをひく。
ムイルギットの放ったマシンガンの火線に敵の攻撃が一旦、止まる。
「今だ!ムイルギットォォォォ!」
シグは夢中でマシンガンを放つムイルギットのザクの腕を掴むと、移送艦に向かってバーニアを全開にした。
『た、隊長!』
突然のシグの挙動にムイルギットが叫ぶ。
2機のザクを追って、3方向から再び黒い三連星が追いすがる。
『マッシュ!撃て!』
ガイアの咆哮がマッシュのコクピットに響く。
「おうよ!」
マッシュは小脇に抱えたマシンガンを前方の2機に向けた。
押し馴れたトリガー、身体に馴染んだマシンガンの振動。
発射されていく弾丸は間違い無く前方のザクに向かっている。
着弾し、弾き飛ぶ敵機の装甲。
今、コクピットの中では、パイロットが恐怖に打ち震えているに違い無い。
いや、既に息絶えたか…。
とにかく、前方では1機のザクが移送艦に向かってバーニアを全開にし、もう1機が腕を引かれて無防備に曳航されている。
「堕ちろやっ!」
マッシュは手慣れた手つきでトリガーを引く。
宇宙空間を引きずられる様に飛んでいく後方のザク2は挙動しない。
墜とすべきは前方のザク2だ。
マッシュは更にマシンガンを打ち放った。
『まだ、生きてるか!?』
シグの声が響く。
ムイルギットは迫りくる姿の視認出来ない敵MSの恐怖を振り払うかの様に首を振った。
「は、はい…」
身体に痛みは無い。
コクピットからの空気の流出もなさそうだ。
(と、とにかく、現状把握を…)
コンソールに目をやる。
両脚部損傷、左腕損傷。
満身創痍の嫌になるほどの機体データが目に飛び込む。
(ボロボロだな…)
「た、隊長、現状は?」
『奴らのスキを見て、移送艦に向かっている。奴らはエースだ。とても、太刀打ちできる相手じゃねぇ!マズイのは移送艦に取り付けた推進ブースターの点火がまだだ。俺はとにかく、ブースターを点火させる。お前の機はまだ、持つか…?』
「ぼ、僕の機…。右の腕は何とか動きそうです。マシンガンの残弾…あと120…」
『いいぞ。ムイルギット、この状況で冷静だな。良し、取り敢えず残弾は全て撃ち尽くせ。狙わんでいい。足止めにでもなれば…』
「はい…」
ムイルギットはトリガーを引いた。
振動と、共に残弾計が0に近づいていく。
「今、撃ち尽くしました…」
たいした足止めにもならなかった様だ。
すぐ後ろを着いて来る紅い瞳はスゥッと横移動する程度で回避運動すらしない。
『よし、マシンガンは捨てろ』
「はい。」
言われた通り、ムイルギットは右手のマシンガンを手放した。
『もう、少しだ…頑張れよ、ムイルギット…』
シグの声が再び響いた。
episode42:「ダイブ」
「くそっ!ヤバすぎるぜ!」
シグの鼓動は早鐘の様に打ち震えた。
絶対敵な力の差…。
シグはその現実を素直に受け入れた。
それを受け入れられずに死んで行った兵が大勢いる。
シグにとって、「生」きる事が何よりの勝利であった。
しかし、今は己の生死よりも、やらなければならない事があった。
将軍の絶対救出。
これが、現在、己に課せられた使命であり、自分の存在価値であった。
しかし、今はかなり切羽詰まった状況であった。
武器と呼べる武器は近接戦闘用のトマホークが一丁。
しかも、相手はエース級が3機。
どうあがいても、戦闘に持ち込んで勝てる見込みは無い。
ならば、何としても、推進ブースターに点火を果たし、移送艦だけでも、救出せねば…。
それが、シグにとっての「勝利」である。
そして、その為には…
(後は時間稼ぎの為に、エース3機を足止めさせて…)
(そう、上手くいくか…?)
シグは自問自答しながらも、必至で跳んだ。
ブースト圧は限界だ。
冷却能力も連続運転で落ちている。
(もう、限界…。)
目指すは移送艦の船底に取り付けた推進ブースターの外部起動スイッチ…
(アレだけ、押せばいい。アレだけ…。)
背部からは、敵機の放つ火線が時々、かすめていく。
既に移送艦と同軸線上にいるため、背後の敵もそうそう銃器を使えない様だ。
なにせ、目の前の艦には連邦軍の将軍が乗艦しているのだから。
敵も無理をして撃墜にはこれないらしい。
ならば、近接戦で、俺達を狙ってくるだろう。
これが、シグの大まかな予想であった。
(もうすぐ…もうすぐ…)
移送艦の白い腹が目の前にある。
その時だった。
ビィービィー!
シグのコクピットの警報が鳴り響く。
(ブースター、オーバーロード!!)
ドゴォォォーン!
凄まじい爆音と共に、シグのザクの推進機が暴発した。
「チィィィッ!!」
暴発の推進力でシグの機があらぬ方向へ弾き出されようとした。
「ムイルギット!推進ブースターを点火しろ!ムイルギット!!」
『は、はい!』
暴発したシグ機に曳航されていたムイルギット機がブースターを全開にして、姿勢を戻す。
ダラリと人形の様になったシグ機をぶら下げる様な格好で、ムイルギット機が移送艦の船底に取りつく。
『もう…ちょっとぉぉぉ〜』
ムイルギットの声が響く。
ムイルギットはシグの機を右手で引き上げると、船底のフックにシグのザク2の頭部動力パイプを引っ掛けた。
「ば、馬鹿野郎!何してる!早く点火しろ!」
シグの怒鳴り声が響いた。
『み、皆で帰るんでしょう!!隊長!』
ムイルギットが彼には珍しく感情を込めて吼えた。
そして、ムイルギットは姿勢を変えると、唯一動く右手で推進ブースター脇の点火スイッチを叩いた!
永遠とも思える時間。
ムイルギットの足元には既にマッシュのザクが追いついている。
移送艦の船底に張りつく2機のザクを分断しようとマッシュはヒートホークを手にした。
『隊長!ブースター点火しません…!』
ムイルギットの今にも泣きそうな声が響く。
「なにぃ!?」
シグは焦った。ここまでか…。
その時である。
ズズっという、太いトルクが2機のザクに伝わる。
緩慢な動きで推進ブースターが点火する。
ズズッ、ズズッ。
(くそ!早く、加速しろ!早くっ!!)
シグが祈る様な気持ちで時を待つ。
(推進ブースター!)
驚いたのは3機の内で先行していたマッシュであった。
止めを刺すべく、振り上げたヒートホークのすぐ隣で、轟音とともに青白いバーナーがブースターから吹き出している。
(くそっ!モニターがやけちまう!)
マッシュがすかさず、モノアイをバーナーの炎から外す。
「ガイア!奴ら、推進ブースターを持ってやがるぞ!」
マッシュが叫ぶ。
『何ぃ!マァッシュ!ブースターを潰せ!』
ガイアの咆哮が響く。
「おうよ!やらいでか!」
マッシュは振り上げたヒートホークを推進ブースター本体へ向けた。
(マズイ!推進ブースターがやられちゃう!)
ムイルギットはマッシュのザクの動きを見ていた。
敵機がトマホークを振り上げた瞬間、もうダメダ…と覚悟を決めた。
だから、心に決めたのだ。最後の瞬間をその目に焼き付けてやる…
思えば、逃げてばかりの人生だった。
友人と呼べる友も無く、恋人と呼べる存在も無い。
しかし、「スリーピング・オライオンズ」に入隊してからは何かが変わった。
自分の中に自信と呼べるものが芽生えた。
(だから、僕はもう、逃げないっ!)
ムイルギットは全てをその瞬間まで焼き付けようと敵のMSを睨み付けていた。
ブースターの青白い炎に照らし出され、初めて視認する敵機。
それは凶々しく、黒く塗られたMS。
それはまるで、自分を葬る死神の様であり、自分の葬送の列に加わる喪服の様であった。
そんな、敵機の挙動がバーニアの光の中に写しだされる。
バーニアの点火に怯みを見せた敵機は姿勢を変え、攻撃目標を自分から推進ブースターに変えた様だ。
(マズイ!このままじゃ!)
ムイルギットはキョロキョロと視線を動かした。
(何か、何か無いのか!)
そして、彼の目に入ったモノ。
それは、シグ機の腰のウェポンラッチに取り付けられたトマホークであった。
「アレだ!」
ムイルギットは精一杯、バーニアをふかすとシグのザクの腰の位置まで、腕を伸ばした。
動かなくなった左手はシグ機にホールドされている。
巨体を構成する部位で唯一動く右手がシグ機のトマホークに掛かった。
「隊長!失礼します!」
『な、何だ!?何をする気だ!?ムイルギット!?』
バキッとウエポンラッチごとトマホークをシグの機体からむしりとる。
トマホークの柄を握った瞬間に兵装感知システムがトマホークを認知し、戦闘スタンバイの信号がコンソールに灯った。
灼熱化するブレード部。
ムイルギットは一度、そのブレード部に目をやると、やおら右手を振りかざした。
渾身一撃、ムイルギットの切断したモノ、それは自機の左腕であった。
『何をしている!ムイルギット!よせ!』
シグの叫びがコクピットに響く。
「隊長。僕は僕の価値に見合う仕事をするだけです。」
ムイルギットは静かに呟いた。
『よせ!止めるんだ!ムイルギット!そんな事したら!!』
「隊長、ありがとうございました。皆にも宜しく伝えてください。僕にも、出来る事があったと。そして、『スリーピング・オライオンズ』は最高だったと…。皆が好きだったと…。」
ガシィィ!!
2度目の動作でムイルギット機の左腕が切断された。
ブースターはいよいよ加速を開始し、その能力を発揮しつつあった。
『よせ!ムイルギット、皆で帰るんだろっ!お前だけ死なす訳には…ああ…行くな…ムイル…ギットォォォ…!』
シグには判っていた。
ムイルギットの機が離れていく事を。
自らの機は頭部を固定され、どうする事も出来なかった。
推進ブースターの加速力を上回る推進力が無ければ、自由にはなれないのだ。
しかし、バーニアは既に暴発している。
自分にはどうする事も出来ない…。
シグは己の身体を掻き抱きながら、叫ぶしか無かった。
『ムイルギットォォォォォ〜』
マッシュは焦っていた。
徐々に加速を始めるブースターと移送艦。
推進ブースターをヒートホークで狙うには、速度が違い過ぎる。
「くそっ!」
ならば、距離をおいてから、マシンガンで狙撃するしかない。
そう判断したマッシュは手にしたヒートホークをウエポンラッチに取り付けると、代りにマシンガンを手にした。
移送艦との距離が瞬く間に開いていく。
狙撃するには頃合いだ。
マッシュは照準を覗き込んだ。
その時だった。
青白いバーニアの逆光の中に、黒い点が見えた。
(?何だ?)
マッシュはそれが何なのか見定めようとモニターを凝視する。
徐々に大きくなる点。
それは、バーニアの光の中から飛び出してくるかの様なザク2だった。
まるで、死を享受するかの様に真っ直ぐにこちらを見据え、失った左腕をダラリと下げ、残った右手を思いっきりひらいた姿勢で天空よりダイブするかの様に跳んでいた。
そのザクがバーニアを全開にして、飛び込んで来る。
マッシュはその姿に些か見とれていた。
距離80…
コンソールが回避限界距離をけたたましく知らせる。
「ちっ!冗談じゃねぇよ!」
ハッと我に返ったマッシュは手にしたマシンガンを放った。
至近弾で打ち込まれていく弾丸。
引力の無い空間でザク2に衝突する弾丸の衝突力がザク2の姿勢を変えていく。
しかし、敵機のパイロットはまだ存命らしく、バーニアをふかす威力は衰えない…。
「ちっ!死にやがれ!」
マッシュは自機の姿勢を変えると突進してくるザクの頭部に蹴りを放った。
頭部を打ち砕かれたザク2はのけ反った。
すかさずマッシュは敵機の背面に回り込み、マシンガンの残弾を全て目の前の敵にたたき込んだ。
それ以降、敵のザク2は微動だにしなかった…。
『マァッシュ!移送艦はどうした!?』
隊長、ガイアの声が響く。
マッシュは暫く声を発せなかった。
ガイアの機が近づいて来る。
『マッシュ、返事をせんか!』
ドンと小突かれ、マッシュは我に返る。
「あ、ああ、すまん。ガイア。推進ブースターに追いつけなかった…。」
『なんと、逃げられたか…。』
「あ、ああ。すまん。」
『えい、くそぅ…わしらも既に推進剤が切れ掛けておる…。これ以上は追撃できんぞ。まんまとヤラレタな…。』
(くそぉ、後味の悪い戦闘だぜ…)
マッシュは心の中で呟いた。
(俺達の負けか…)
『おい、マッシュ、後で戦闘記録をだしとけよ。』
「あ、ああ…。しかし、すまない、ガイア…これでお前の友人も…」
『うん?ああ。この責任を追わされて銃殺は免れんだろう…。俺達に出来る事はやった。だが、奴には運がなかったのよ…。』
「そうか…そういう事だよな…」
(そうさ、目の前のコイツも運がなかったんだよな…)
バーニアの炎の中で全身を広げたザク2の姿がマッシュの脳裏から離れなかった。
今まで、多くの戦闘を繰り返してきた。
敵を粉砕する事なんの疑問も持たずにやってきた。
しかし…この後味の悪さは何だ…?
マッシュは独り考え込んでいた。
『よお!マッシュ、撃墜1か。しかし、撃墜相手が友軍機じゃ、マーキングのしようもねーな。』
後から追いついたオルテガの声が響く。
『黙れ!オルテガ!俺達は勝負に負けたんだ。もっと、戦技レベルを上げねーと、『黒い三連星』が笑われるぞ!』
ガイアがオルテガを怒鳴りつける。
『いいか!俺達の戦闘フォーメーションを作り上げるんだ!誰にも負けねぇ、俺達だけの!いいな!帰ったら特訓だぞ!』
ガイアが叫ぶ。
『おお!いいとも。ガイア、望む所だ。『黒い三連星』のフォーメーション、作り上げようぜ。』
オルテガが調子良くいう。
『そこで、モノは相談だが、ガイア。』
『なんだ?』
『今、ジオニックで研究中のザク2の高機動型ってのが、あるらしい。この際、ソッチに乗り換えねぇか。』
『おお!オルテガ、お前、中々の情報通だな。良し、帰ったらキシリア殿の上申しておこう。』
二人の会話を聞き流しながら、マッシュは前方のザク2を見やった。
蜂の巣の様になった機体。
(いつか、俺もあんな風に…)
何気なく、そう思っていた時だった。
モゾリ、と破壊されたザク2の残骸の中で何かが動いた。
(!?)
マッシュはその何かを凝視した。
(!運のいい奴だ。生きてやがる…)
つづく。
episode43:「調印凍結」
『畜生!ムイルギットがぁぁぁ〜』
ベイル達のいるポッドにシグの声が虚しく響く。
「隊長…。」
マイクが呟く。
「隊長、後方で小爆発確認…ブースターの光に遮られて、詳細は不明ですが…恐らく…。」
『ベイル、奴に、ムイルギットに一体何が起こったんだ!?モニターしていたんだろう?』
「はい…。彼は敵機がブースターに攻撃目標を変更した事に気づいて、隊長のトマホークで自機の左腕を切断、そのまま、敵機に特攻を…。その後はブースターの光で見えませんでしたが…」
『くそっ!くそっ!それは俺の役目だったんだ!ムイルギットめ!馬鹿野郎…。ホントに馬鹿野郎だ…うっ、うっ…』
シグの嗚咽がポッドのコクピットを包む。
「隊長、敵制空圏を出ます…。」
感情を押し殺した声でマイクが再び呟いた。
推進ブースターは内臓した推進剤を使い果たし、その役目を終えようとしていた。
ブースターは停止しても、空気抵抗が無い宇宙空間では一度与えた加速が衰える訳では無い。
移送艦のパイロット、ミハイルとコーツウェルは曳航する調査ポッドが追突しない様にゆっくりとバンクをしながら、逆噴射をかけた。
時にUC0079 1.31の事であった。
「キャプテン!未確認機より通信です。」
ヘンケンが2杯目のコーヒーに手を伸ばし掛けた時、通信兵ががなった。
「未確認機だと!?識別信号は?」
「それが、判らないので未確認です。」
「…。そりゃ、まあ、そうか。通信開け!」
「了解!」
通信兵がコンソールを叩く。
「こちら、ルナツー所属サラミス巡洋艦、『エイジス』だ。貴官の所属と目的は何か?」
暫くして酷いノイズに交じって相手の声が響く。
『…らは…邦軍…ミハイル…である。本船は…ジオン…制空圏を脱出し…た。本船には…レ…将軍を…し…貴艦の…を望む…。』
「なんだか、聞き取り難いですね…」
通信兵はノイズを軽減しようとノイズフィルターのダイヤルを調整する。
「ん。だが、なにやら衝撃的な内容だな…。」
ヘンケンは手元のインカムを手に取ると、艦内に待機しているはずのスレッガーを呼び出した。
ただちにスレッガーがブリッジに姿を現す。
「キャプテン、何か用ですかい?」
「ああ、少尉。帰還したばかりですまんな。今、距離2000に未確認機がいる。先方の言い分だと、どうやら、将軍が乗艦しているらしいのだ。」
「なんですって!?」
「ただ、ミノフスキー濃度が濃くてな、はっきりと確認が出来ん。少尉、手間を掛けるが、確認してきてはくれんか?」
「それは、構いませんが…。」
「スマンが、直ぐに発進してくれ。」
「はっ。」
スレッガーはヘンケンに敬礼を送るとパイロットスーツ室に掛け出した。
「じゃあ、行って来ます」
コクピットコンソールモニターのヘンケンに向かってスレッガーは改めて敬礼を送る。
軽い振動の後、強烈なGが掛かる。
セイバーフィシュのスレッガーがカタパルトから射出される。
星々の煌きの中にスレッガー率いる『ミッドナイト・デビル小隊』と『ヘルハウンド小隊』の合計6機の編隊がアフターバーナーで飛び出して行く。
スレッガー機には機種側部にフォークを持った悪魔が描かれ、フォークの先には敵MS「ザク2」の頭部が突き刺さっている。
そして、グレーを基調とした塗料ではあったが、機体側部にはファイアーパターンが描かれ、連邦軍としては、かなり派手な機体であった。
そのスレッガーに率いられたセイバーフィシュ隊が訓練された動きで、未確認機を確認した。
『スレッガー隊長!相手機確認しました。ジオンの連絡艦の様です。…!敵艦、MSを曳航…というか、ぶら下げてます!』
「何?MSだと?ぶら下げてってのは良くわからんが…。全機、戦闘体勢へ移行。敵艦に怪しい動きがあればただちにぶち込め!!」
『了解!』
6機のセイバーフィッシュが散開する。
正体不明の宇宙船を注意深く見守る様な形の陣形を取った。
その時だった。
サラミス巡洋艦のキャプテン、ヘンケンからスレッガーの元へ通信が入った。
『スレッガー少尉!大変だ!地球では連邦がジオンの降伏宣言を受諾し、調印の準備に入ったそうだ!』
「なんですって!?」
『少尉、レビル将軍の存在を確認してくれ!直ちに、だ!もし、将軍奪還が本当なら、調印を阻止せねばならん!私はまだ、負けを認める訳にはいかん!』
「了解です!キャプテン!」
スレッガーはそう叫ぶと、自機の速度を一気にアフターバーナーにたたきこんだ。
『少尉!危険です!』
ヘルハウンド小隊のサンダースが叫ぶ。
しかし、スレッガーは構わずに連絡船のコクピットを目掛けて、突進した。
コントロールスティックのトリガーに掛けた指は膠着していた。
この距離で敵から一射されれば、回避は不可能だ。
しかし、事は緊急かつ、重大なのだ。
「うおおお!!」
野獣の様な咆哮と共に、スレッガーは機体の引き起しに掛かる。
そして、ジオンの連絡艦のコントロールデッキに確認した人物。
それは、やつれていながらも、しっかりと目に輝きを灯したレビル将軍その人であった。
レビルはゆっくりとスレッガーの機に向かって敬礼を送った。
その姿にスレッガーは反転しながらも敬礼を送るといった離れ技を見せて、更にサラミス巡洋艦に向けてスロットレバーを全開にした。
「こちらスレッガーだ!ヘンケン艦長に至急つなげ!」
『ヘンケンだ!』
「たったいま、レビル将軍を視認!間違い無い!シグ中尉が奪還作戦に成功した模様だ!今すぐ、調印を止めてくれ!!」
『本当だな!?よし!通信兵!ルナツー経由で全地球圏へ発令!』
通信兵が慌てて、全チャンネルを開放した。
「キャプテン!発令どうぞ!」
ヘンケンは親指を立ててウインクを送ると、手元のインカムに向かって叫んだ。
「ルナツー所属『巡洋艦エイジス』よりジャブローを含む全地球圏へ緊急通達。私は本艦の艦長、ヘンケン・ベッケナーである。連邦軍ルナツー所属「エイジス」はジオン公国軍よりレビル将軍の奪還に成功した!ジオンの降伏に調印する必要は無い!繰り返す!連邦はまだ、負けてはいない!調印を今すぐ凍結しろっ!』
ヘンケンの声が全地球連邦軍の部隊に届けられる。
そしてそれは、ジャブローや、南極大陸の調印式に臨まんとするジオン、連邦の上層幹部らの耳にも。
その時、宇宙からは地球が震えているかの様に輝いて見えた…。
この声明の後、南極大陸で行われようとしていた連邦軍の無条件降伏の調印式はただちに一時凍結とされた。
ジオン公国軍が事態の確認に奔走する。
数分後、第3艦隊から異例とも思われる速さで返信された内容はおおむね、以下の様な事であった。
****************************
まず、第3艦隊旗艦の高級士官室で艦長の射殺体が発見された。
艦長は頭部を撃ち抜かれ、即死状態であった。
凶行に使用された拳銃はレビル拿捕時に押収した拳銃と見られ、凶器は連絡船デッキで発見された。
尚、レビル脱走時と前後して艦内で爆発事故が発生しており、スプリンクラーの動作が確認されている。
以上の様な状況から報告を以下の様にまとめる。
レビル将軍の脱走は事実である。
レビル脱走に関する概要推測は下記の通り。
連邦軍司令官、レビルは第3艦隊旗艦内において発生した下士官室の爆発事故により発生した障害(電気系統の異常)によって引き起こった事故(レビルの自室の電子ロックが解除される)に乗じて逃走。
この際、同室内にあったレビル所有物品庫のロックも無効化され、拳銃を奪取。
同時刻、取り調べに立ち会っていた同艦の艦長を無抵抗のまま射殺。
その後、爆発事故によって警備の手薄になっているブロックを抜け、連絡ポッドを強奪、脱走を図ったと推定される。
よって、今回のレビル脱走は全て偶発的事故を発端として様々な偶然が積み重なって結果的に招いた偶発的事故である。
以上により職務上、不幸にも射殺された同艦の艦長の死は悼むべき犠牲であり、ジオン公国の誇り高き国民として立派な最後であったと推測する。
と、おおよそまとめられていた。
つまり、第3艦隊において、レビル将軍の脱走劇はスパイの介入も無く、アランという兵士の存在も介入もありはせず、全て偶発的に起こった事故に乗じて、レビルが逃げ出したのだ、という、どうにも強引な報告であった。
ジオン側にしてみれば、第3艦隊という主力部隊の、しかも旗艦内において、連邦側のスパイが存在し、跳梁跋扈されていては、沽券に関わる。
ましてや、レビルと共に抜け出したアランの部屋からは連邦製の武器がぞくぞくと発見されているのだ。
これは、簡単に敵の潜入を許してしまったという全く格好の付かない事実であった。
だからこそ、真実は全て消されるべきであり、多少強引な様でも、偶発的事故、を強硬するしか無かった、というのが本音である。
そして、艦長の死は悲しむべき尊い犠牲、という形が取られた。
艦長の家族へは公国軍の犠牲者として、巨額の慰労金が支払われる事となった。
…これは、無論、ガイアの発案であり、計画遂行であったのだが。
ジオン側の蜂の巣をつついた様な対応とはうらはらに連邦軍側ではヘンケンの艦に降り立ったレビル将軍の姿の画像が衛星経由で流れると、連邦軍の中で激しい怒号と歓喜の声が湧き上がった。
その映像の直後に一旦凍結された条約は一方の敗戦調印では無く、戦争継続の為のルール決めの調印式として行われる事となった。
今後の両勢力の闘いの中での核兵器の凍結と細菌・毒ガス兵器等の不使用、捕虜の取扱方法等をうたった調印に両軍がサインを交わす。
『南極条約』である。
そう、戦争はまさに、始まったばかりであった。
しかしながら、このレビル奪還を知らせる報の中に、「スリーピング・オライオンズ」の名を知らしめるマスメディアは無かった。
つづく。
pisode44:「特務隊消滅」
「君達に命を救われたのだ。感謝している。」
サラミス級巡洋艦「エイジス」のブリーフィングルームにレビルを迎えた艦長、ヘンケンを先頭にスレッガー、シグ、そして『スリーピングオライオンズ』のメンバーが直立不動の姿勢で立っていた。
レビルは全員の手を一人一人とっては握手をして廻った。
初めて目の当たりにする将軍を前に若き戦士達は緊張に身体を硬直させていた。
そんな様子にヘンケンとスレッガーがくっくっと、笑いをかみ殺す。
だが、そんな面々の中でシグは一人がっくりとうなだれていた。
「中尉、元気がないな?」
ヘンケンがシグの耳元で囁く。
「あぁ、申し訳ない。キャプテン。俺ぁ…」
「部下を失った事か…?残念な事をしたとは思うが…。だがな、中尉、これは…」
「解っていますよ。これは戦争だ。犠牲者が出る事は当たり前…。ですがね…」
「?ん。」
「戦闘に一番向かない奴をMSに乗せたのは俺だ。俺が奴を殺しちまったんですよ…」
「中尉…。だがな、今回の将軍救出にこれだけのメンバーで臨み、犠牲者が一人で済んだのだ。これは驚嘆に値する。開戦からこっち、連邦には勝ち戦といえる戦闘は一切無いのだ。だからこそ今回の作戦成功の影響は大きいのだぞ。」
「…」
「犠牲になった若者の話は聞いた。彼の最期はとても立派なものだったそうじゃないか。将軍救出の為に自らを犠牲にして…」
「…違いますよ、キャプテン。」
「えっ?」
「奴は将軍の為に死んだ訳じゃない。奴は、ムイルギットは仲間を守る為に死んだんです…。」
「それは、結果的に…。」
「違います!仲間の為に死んだのだと俺達が理解してやらなければ、奴の死は無駄になるんです。奴の魂は永遠に成仏出来ないんですよ!」
「シグ中尉…」
ヘンケンは困惑した表情を浮かべる。
ふと、レビルがシグに近づいた。
「中尉、私は全てを知っている。君の部下は私ではなく、君達を守る為に散っていった。私も中尉の言っている通りだと思うよ。そう、私が理解することで彼や君の魂は救われんかね?」
「将軍…」
シグの瞳からボロボロと涙が溢れ出る。
「ちきしょう、目から…勝手に…」
シグは必至に汚れたグローブで自分の瞳を拭いながら、呟いた。
スリーピング・オライオンズのメンバーからも嗚咽が溢れる。
「部下の為に泣いてやれる上官がいて君達は幸せだよ…。」
レビルが全員の顔を見回す様に呟いた。
「ところで、シグ中尉。今回の礼を含めて、君達に勲章を送ろうと思うが、受け取ってくれるかね?」
レビルが気分を取り直す様にシグに話し掛ける。
シグは暫く考え込んだ。
「将軍。失礼を承知の上でお願いがあります。」
「ふむ。何かね?」
「は。今回の勲章については、スリーピング・オライオンズは辞退したいと思います。」
「ええっ!?」
ヘンケン以下スリーピングオライオンズのメンバーもシグの言葉に驚いた。
「それは…どういう意味かね?」
レビルも少々戸惑いながらシグの顔を覗き込む。
「はっ…今回の作戦、内容はともかく、発案はジャブローであります。我々が勲章を授与される事となれば、無論ジャブロー側の発案者も同じ栄誉を受ける事に…。それは将軍にとっても連邦にとっても近い将来、決して良い結果を生み出しません…。」
「…ランサムか…。」
「はっ。しかし、彼を告発する為の証人は今だジオンの第3艦隊におられます。事実、今回の一番の功労者はエーリントン少佐であるのも事実であります。」
「うむ。中尉の言う事は理屈が通っている。しかも、私の将来まで案じてくれているとは。」
「ですから、今回の作戦、いや我が隊の存在自体を無かった事として頂きたいのです。」
そして、シグはスリーピング・オライオンズのメンバーの前に進み出、深々と頭を下げた。
「すまん、みんな。ここまでやって貰いながら、俺のワガママで全てを封印するのは…。このシグ、どんなに責められても返す言葉は無い。だが、頼む。今回は俺の我を通させてくれ。頼む!」
誰一人、声を発しようとはしなかった。
全員がシグをじっと見つめる。
やがて、ビリーが口を開く。
「止めて下さい。シグ隊長。自分達は名誉や栄誉の為に作戦遂行した訳ではありません。全員が、それこそムイルギットも、シグ隊長を信頼しているから付いていったんです。隊長の為に、スリーピング・オライオンズはあるんですよ。隊長が白だと言えば、黒だって白ですし、この隊は存在しないといえば、存在しないのです。そうだろ?みんな!?」
ビリーが声を掛けると全員がシグに向かって敬礼を送った。
シグのその真赤に腫らせた瞳から止めどなく涙が溢れ出る。
「すまん。お前達…。」
そんなシグの肩にレビルがポンッと手を置く。
「中尉、良い若者達だ…。」
「はっ…。」
後は言葉にならないシグであった。
「ところで…中尉。」
レビルが言葉をつなぐ。
「はっ…?」
シグが思わず顔を上げる。
「中尉に相談がある。」
「私に、相談?でありますか?」
「ああ。今回の件で、私は今後の戦略にMSの存在が絶対不可欠だと実感した。」
「はい。」
「そこで、だ。私はこの後、地球に降りた後、全連邦組織に早急のMS開発の大号令をかけようと考えている。」
「し、将軍…?」
「聞けば、君はRX計画の関係者と言う事だ。あの計画こそ、今の連邦にとって最重要課題であり、早期完了を目指すべき計画だ。」
「はい。仰る通りであります。」
「来るMS量産化の暁には、パイロットの育成も考えねばならん。機体はあっても、パイロットが不足しているのでは話にならんからな。」
「はい。」
「だからこそ、今からMS戦闘を前提としたパイロットの育成が必要となる。中尉、私はルナツーにパイロットの育成機関を設立しようと思う。君はMSアドバイザー、育成教官として赴任して貰えんだろうか?」
「そ、それは…」
「そしてMSパイロット第1期生を君の若き部下達として貰いたい。」
将軍の言葉にスリーピング・オライオンズの全員がどよめいた。
「すげぇ!MSだってよ!」
「MSパイロットだったら、連邦のエリートじゃねぇか?」
「最初のパイロット…すげぇぞ。腕が鳴るぜ!!」
レビルはそんな若者達の姿を微笑ましく見守った。
「どうだ?中尉、君の部下達はまんざらでも無い様だが?」
「はっ。将軍、光栄であります。」
「では…快諾して貰えるね。」
「はっ。シグ・アニェス中尉。心して務めさせて頂きます。」
「うむ。それとな、中尉、君達には昇進して貰うよ。シグ中尉は今回の功労として、2階級特進。他の者もそれぞれ、1階級上げさせて貰う。キャプテン、君もな。」
「は?自分も、でありますか?」
ヘンケンが目を丸くする。
「無論だ、勲章よりも実入りが多い方が良いものだ。そうだろう?」
レビルは全員の顔を見回した。
「はっ!ありがとうございます!将軍。」
シグ少佐はレビルに敬礼を送った。
全員に見送られて、レビルが退室する。
退室する際にレビルはシグに囁いた。
「少佐、育成機関に必要なものを全てリストアップしてくれたまえ。全てこちらで用意しよう。それとな、組織に名前もつけねばならんな。ま、その辺は少佐に一任しよう。」
「は。」
シグは改めて敬礼を送ると将軍の後ろ姿を見送った。
つづく。
episode45:「存在意義」
シグ達の活躍については語られる事はなくとも、レビルの生還は連邦軍にとって大きな変革期であった。
レビルは無事の生還を全地球圏に知らしめ、後世にも語られる「ジオンに兵なし」の名言と共に、ジオン公国への徹底抗戦を高らかに宣言した。
同時にジャブローでの実権を再びその手にし、莫大な予算を捻出してのMS開発の大号令を掛けた。
レビルによって発せられたMSの研究開発はジオンから接収されたザクの徹底解明も手伝って、加速度的にその技術を確立しつつあった。
だが、一方でジオン公国軍のMSを主力兵器とした実力差は物量投入に任せる連邦にとっては決して有利とは言えず、日を追うごとに地上制圧を許していった。
UC0079 2月に開始されたジオン公国軍の地球制圧作戦は電撃的に展開された。
第1次地球降下作戦としてジオンは中央アジアに位置する地球連邦軍のバイコヌール宇宙基地を強襲。
基地の制圧後は次々と機動師団、戦闘機部隊を基地に降下させその戦力を増強。
制圧の触手を欧州、中東地域へ拡大していった。
MS開発の号令を受けたジャブロー以下、各研究機関は軍上層の矢継ぎ早の催促に辟易しながらも、ジオンのザクを超えるMSの開発に昼夜明け暮れていた。
そして、「RX計画」を進めるテム・レイラボでもその騒ぎは例外ではなかった。
「中尉、ファルコニア中尉!」
「あ、ああ?」
食堂のテーブルに突っ伏しているファルコニアを揺さぶって起こすシルフィ。
「また、こんな所で寝て!」
「あ、シルフィ中尉か…。」
「また食事しながら寝たのですね。風邪ひきますよ。」
「うん?あ、そうか。昨晩は…といっても、さっきだな…。コントロール系統の見直しまで終わって…。」
「もう、何日目です?いい加減にベッドで睡眠を取らないと体、壊しますよ。」
「あ、ああ。それは解ってるんだが…。もうすぐ、プロトタイプが仕上がるんでな…。」
「例の、ですか?」
「ああ。今回のプロトタイプはかなり自信があるんだ。アレなら大尉も納得されるハズだ。」
「テム大尉もかなり、強硬スケジュールの様ですね。」
「ああ、なんせジオンの地上侵攻は驚く程、素早い。なんとか、現状の局面に歯止めを掛ける兵器を作りださにゃならん。」
「それにしても、テム大尉とファルコニア中尉には負担が掛かり過ぎなのでは?」
「連邦も人手不足だ。ま、ジオンのスパイが居たっていう組織にゃ、中々人手も廻してくれんだろう…。」
「…それなんですが、中尉。少々、気になる話が…。」
「ん?」
シルフィがファルコニアの耳元にその可愛らしい唇を寄せる。
「ランサム准将が人事移動で飛んだ様です。」
「何?本当か?」
「ええ。レビル将軍の勅命らしいです。」
「ふーん…。こんな御時世に人事移動か。上も大変なんだろうな。」
「我々はかなり楽になりますがね。」
「まあ、な。だが、俺としちゃあ、なんとかMSの方を…。」
「それから、例のルナツーから廻された…。」
「接収機か?」
「ええ。アレの研究チームから呼び出しがきてます。」
「何?なんだろう?」
「さあ。そこまでは…?」
「そうか。とにかく顔をだすか…。」
「そうですね。そうしてください。朝食でも取ってから。」
「おいおい、晩飯喰ったばかりだぞ。そんなに喰えるもんか。」
「でも、ちゃんと食べないと…。」
「毎日、似た様なラボの飯だ。喰ってても栄養になるもんだか…。」
ファルコニアは食傷気味にふぅ〜っと溜息をついた。
「あら、それでしたら、私に言って下されば…。朝食位なら作って差し上げますわよ…。」
「はは。中尉の手料理なら入りそうだ…。」
何気なく言ったファルコニアだが、直後、シルフィと目が合うと、二人は顔を赤くしてうつむいた。
「と、とにかく、ファルコニア中尉。ちゃんと食べて、ベッドで寝てくださいね。」
「あ、ああ。」
シルフィは慌てた様子で食堂を出ていく。
ファルコニアもキョロキョロと周辺に目線を移しながら食堂を後にした。
「いよう!俺を呼んだって?」
ファルコニアがルナツーから送られて来たジオン製MS、「ザク」を分解・研究するガレージに入っていく。
ファルコニアの姿をみとめた研究主任のルース・コレクトが高所作業車から降りてくる。
「すまんな。中尉!忙しいのに!」
愛想良く笑顔を振りまくルースにファルコニアが歩み寄る。
「これか!?ルナツーから廻された接収機ってのは?随分と…」
「オンボロだろ?装甲はズタズタ、推進バックパックは暴発して跡形も無い…」
二人が見上げる巨大な人型兵器は静かにたたずんでいる。
「これで闘っていた奴は死んだのか?」
ファルコニアが訊ねる。
「いや、それが、そうでも無いらしい。バイロットについての申し送りはないんだが、コクピット周辺は被弾数が殆ど無い。スゲぇ戦闘の割には自分の身を守っていたらしいな。」
ルースは大したモンだ、と呟いた。
「ほお?で、俺に用ってのは?」
「ああ。実はな、コクピットコンソールからビジュアルディスクが出て来た。どうも、システム起動用のディスクじゃ無いらしい。」
「ふむ。」
「で、ちょいと中身を覗いたら、プロテクトが掛かってる。」
「ほお?しかし、ソフトシーケンスは専門外だぞ。」
「まあ、待て。話は最期まで聞くもんだ。で、起動してみると、コマンドがでる。」
「ああ。」
「ま、試しに見てくれ。」
ルースに促され、ファルコニアはガレージ奥のラボに入った。
ルースが一台の端末のディスクドライバースリットにビジュアルディスクを挿入する。
すると画面には一列の文字が浮かんだ。
『このディスクは連邦軍最高機密に属する。このディスクについての接触権利は以下の人物に限定される…』
「?」
『我が永遠の友。ファルコニア・フォーエバーロング中尉』
「ん?どういう事だ?」
ファルコニアが画面を見ながら、首を傾げる。
「さあな。と、言う事で、この機密に触れられるのは中尉だけ、という事らしい。」
ルースは首をすくめる仕種を見せると端末からディスクを抜取り、ファルコニアに手渡した。
「後は、好きにしてくれ。もし、技術的な話だったら、聞かせてほしいんだが…」
ルースの言葉にファルコニアは戸惑いながら、ディスクを受け取る。
「しかし…俺にはジオンに知り合いはいないんだがな…」
ファルコニアの言葉にルースがはははと笑う。
「こいつは、ジオンからの直接接収では無いらしい。どうも、諜報部が噛んでいる様だが、詳しい話は解らん。ま、中尉にスパイ容疑が掛かる事はないだろう。」
ルースの言葉にファルコニアが再び困惑した顔をする。
「諜報部…?」
「心当たりは無いのか?」
「ああ…。」
「まあ、ビジュアルディスクだからな、爆発する事はあるまい。ま、ウィルスチェックだけはしてくれ。ジャブロー内のコンピューターがやられたらかなわんからな…」
「ああ…」
ファルコニアは再び首を傾げながら、ルースのラボを後にした。
「さて、と。」
自分のラボに帰ったファルコニアは端末に向かうとディスクを挿入した。
「おっと…」
システムを立ち上げ、自室の監視システムにジャミングを掛ける。
シルフィが用意してくれたシステムであった。
このシステムを入れれば、ファルコニアのラボ内に備えつけられた監視システムに割り込み、監視を無効化してくれる、との説明であった。
モニターにルースのラボで見た画面が映しだされる。
パスワードの入力欄にファルコニアは自分の名前を入力してみた。
すると…
『貴殿が本人かどうかの確認の必要があります。パスワードを入力してください』
と表示される。
「パスワードってたって…」
ファルコニアは再び困惑すると新たな文字が浮かんだ。
『アナタの尊敬する人は?』
「ん?」
なんじゃこりゃ、そう呟きながら、ファルコニアは思いつく人物の名前を入力していった。
そして…
『シグ・アニェス』
入力した途端だった。
画面が薔薇色に変わる。
「!?」
シグか!ファルコニアは直感した。
画面に再び文字列が浮かぶ。
『俺達の合言葉は?』
「ん?」
ファルコニアは再び困惑しながら、思い当たる言葉を入力していった。
BOO!
BOO!
コマンドを受け付けないビープ音が鳴り響く。
「なんだこりゃ!」
段々とイライラしてきたファルコニアは思わず、『ランサム・アス・ホール!』と入力した。
と、画面が再び変わる。
映しだされたのは、星の海をバックに立派な皮製の椅子に座った男の後ろ姿だった。
「ああ?」
モニターを食い入る様に見つめるファルコニア。
と、男がクルリと振り返る。
シグであった。
画面の中のシグはニヤリと笑うと、立ち上がってモニターに近づいた。
『よお!ファルコニア!元気か?俺だ。シグだ、シグ・アニェスだ。』
「おお!シグ!無事だったのか…。」
独り感慨深げに呟くファルコニア。
『俺は今、星の海に居る。馴れてみると宇宙も中々良いもんだ。ラボの連中は元気か?ヨーコとシュガトは上手くやってるか?シルフィは相変わらずだろうな。ははは。』
「そうか、シグはあの二人の事は知らんのだな…」
『ところで、俺からのプレゼントは受け取ってくれたか?ジオンのMSだ。』
「!あのザクはシグからだったのか!」
『今、俺はルナツーにいる。軍事機密に関わるので詳しい話は出来んが、お前だけには無事を知らせておきたいと思ってな。』
『俺はレビル将軍の命により、連邦で最初のMSパイロットの養成機関を指揮している。まあ、イロイロとあったんだが…。とにかく、馴れない組織作りだし、訓練用の機体も無い養成所だ。仮想シュミレーターなんぞは作ってみたが、やはり難しいモンだな。まあ、初代所長としては苦労の連続だ。ははは。』
「MSパイロット養成所…」
『ファルコニアのMSの方はどうなってる?もし完成が近い様であれば、情報と実機を廻してほしいんだがな。まぁ、この機関が正式に立ち上がれば、お前の所にも協力要請が行くだろう。その時は宜しく頼むぜ。』
「…」
『それからな、ヨーコちゃんに伝えて欲しい。ヨーコちゃんの父上は御存命だ。複雑な事情があって、今暫くは地球に降りられんだろうが、とにかく無事でいるから安心しろ、と伝えてほしい。』
「…!?そうか!しかし…」
『で、だ。ファルコニア、お前に頼みがある。ヴァレンタイン少佐…ヨーコの父上だな、には、もう一人の娘が居るそうだ。この娘がランサムの監視下というか、人質状態にあるらしい。そこで、ジャブロー内でこの娘を探し出してはくれんか?名はミユキ、ミユキ・ヴァレンタインだ…。』
「ミユキ…?」
『すまんな。面倒な事をたのんじまって。まぁ、ヨーコの姉妹なんだから、お前も放ってはおけんだろ。と、まあ、お前のお人好しの所を買っての一方的な頼み事ばかりで、すまんな。』
「ミユキか…。」
ファルコニアの脳裏にシュガトがランサムを強襲した時の場面がフラッシュバックした。
シュガトが飛び出した窓から顔を覗かせ、自動小銃をぶっ放した東洋系の女性…。
(まさかな…)
『ああ、そうだ。その代わりといっちゃあ、なんだが、ランサムのボケ野郎は将軍に頼んでとばして貰うからな。これで、お前も少々はやり易くなるだろう。俺も実はVIPの仲間入りでな。ガハハ。』
ファルコニアはようやく気づいた。
ラシグの襟章に黄金のラインが入っている。
「シグ…お前!?少佐か!」
するとシグがグイと襟章を突き出して見せる。
『どうだ!ファルコニア!少佐だぜ!といっても、技術屋のお前にゃ興味も無いか。はは。』
と、突然、シグは普段は見せない沈鬱な表情を見せた。
『これはな、若い命と引き換えに貰った階級だ。本来ならば、俺には受け取る事は出来んシロモノだ。だがな、お前は以前、独房で、そして食堂で語ってくれたな。若い命を食い物にする戦争が許せん、と。俺もな、俺も痛感したよ。だから、俺も闘う決心をした。これ以上、若い奴らの命を無駄にさせる戦争は…。続けさせては、いかん。その為に俺はこの階級を自らへの枷として、受ける事とした。もう、一介のパイロットでおき楽にやれる立場じゃ無くなった。MSパイロットの養成は若い奴らをMSに乗っけて、闘わせて、そして死なす為、という事じゃない。一日でも早く戦争を終わらせる為に、生き残らせる為に、パイロットを作り上げるんだ。その信念を胸に俺は若い奴らを教育するつもりだ。だから、ファルコニア、お前にも頼みがある。お前はパイロットの安全性を優先させたMSを作ってくれ。パイロットは捨て駒じゃねぇんだ…。
あ、いや、それはお前が一番良く解っているか…。』
「ああ。シグ…その通りだ。」
『まあ、とにかく、だ。試作機が出来たら、こっちに廻してくれ。お前の作ったMS…久しぶりに乗って見てぇからな…。』
モニターのシグは画面っ向かって敬礼を送る。
ディスクはそこで終わった。
「シグ…。星の海に居るのか…。」
ファルコニアは天井をふり仰ぎ、星の海に思いを馳せた。