
episode46:「新たな出会い」
episode47:「極秘計画」
episode48:「シグの災難」
episode49:「シグの驚愕」
episode50:「シャアVSムイルギット」
episode51:「それぞれの想い」
episode52:「狼煙」
episode53:「覚悟」
episode54:「前線へ!」
episode55:「空中戦線」
episode56:「突き上げた慟哭」
episode57:「救援」
episode58:「切り札」
episode59:「蒼き戦慄」
episode:46「新たな出会い」
戦争が勃発して既に3カ月。
地上はジオン勢力に圧倒され、連邦にとってはまさに正念場であった。
起死回生の為のMS開発は圧倒的な進行とも言えず、機動試作機はあっても、実戦投入にはまだ時期尚早という段階であった。
しかしながら、開戦以前より研究の進められていたテム・レイラボでは実戦投入段階の試作MSが何機か仕上げられ、最終テスト場へ送り込まれていた。
「RX-077は仕上がったと考えていいのかね?」
テム・レイのイライラとした声がラボに響く。
「はい。現段階でのテスト項目は万全です。後は月に送ってガンダリウム合金製の装甲を乗せるだけですよ。」
ファルコニアはドンと胸を張った。
「全く…戦争が開始されてからこっち、忙しくてかなわん。以前は馬鹿扱いだったものがジオンのMSを見た途端、こうだ。上の連中はいい減過ぎるぞ。」
テムはイライラと図面の束を机の端に寄せた。
「はは。全くですな。そういえば、大尉。例の強襲艦の着工が開始された様ですね?」
「むぅ。中尉、耳が早いな。MS搭載型強襲艦ペガサス級…。2番艦だったか…ん?3番…?」
「はは。大尉はMS専門ですからね。」
「まあ、そう言うな。RX-78タイプが完成し、ペガサス級が就航すれば、ジオンなど問題で無くなる。レビル将軍はV作戦と名付けられた。就航するペガサス級には私も同乗させてもらう予定だ。」
「ほう?そうでしたか。では、ルナツーでロールアウト予定のRX-78の受領に立ち会われるので?」
「ああ。新型艦の整備ドッグの設備確認もせねばならんのでな。それにRX-78の立ち上げと最終試験も確認したい。」
「ルナツーでの試験場は例の機関ですか?」
「ああ。『スリーピング・オライオンズ』で取り行う。空間試験が完了したら、サイド7へ持ち込んで重力下試験、そして実戦投入だ。忙しくてかなわんな。」
「試験が『スリーピング・オライオンズ』ならテストパイロットは…」
「無論、君の友人だよ。」
「シグですか。RX-78の性能でアイツの度肝を抜いてやりましょう。」
「そうだな。『ガンダム』はまさに芸術品だ。今だ実機は存在せんが、理論上、ジオンのザクなど問題では無い。機動性、パワー、操縦性、兵装…そこにガンダリウム合金の採用だ。これは…まさに…芸術だよ。」
テムはうっとりと呟いた。
「ところで、ファルコニア中尉。そのガンダムについての最終システムの見直しは…?」
「はい。現状、コアブロックシステムの整合性向上とエネルギーCAPシステムとの制御見直しを図っています。実機のロールアウトまではまだ幾分か掛かるでしょう。」
「そうか。レビル将軍が巨額の費用捻出を図って下さったが、現実はまだまだ厳しいな。将軍の御意向に添えるMSを開発するというプレッシャーも大きいが…。」
「そうですね…。おっと、それにまだMSの機体色の決定がまだでした。」
「機体色…まあ、その辺は君に任せるよ。空間試験において、目立ないが、視認しやすい…という矛盾したオーダーだ。」
「はあ。上層の思想はどうなってるんですかね。」
「しらんよ。上は勝手な事を言っているだけだ。とにかく、試作機が仕上がれば次は量産性を重視した機体という事になる。RX-78をベースに様々なコンセプト機体の発注も来るだろうしな。まぁ、当分は休めない様だ。」
「そうですね。大尉、お身体に気を付けてください。」
「うむ。ファルコニア中尉。君にも色々と苦労を掛けるが宜しく頼むよ。」
「ありがとうございます。では、大尉、失礼します。」
ファルコニアはテムに敬礼を送るとラボを後にした。
「どうでした?」
シルフィがカップに注いだコーヒーをファルコニアの前に置く。
「ん?まぁ、タイプ78の基本設計が完了したからな。まぁまぁ、ってとこか。」
「テム大尉がまぁまぁなら、上機嫌な方じゃないですか。」
「ん?それは、まあ、そうか。」
ファルコニアはカップを手にするとコーヒーの香りを嗅いだ。
「ん?豆が変わった?」
「あら。良く気がつきましたね。コーヒーの香りなんて気にもしてないと思ったのに。」
「おいおい。俺はそんなに朴念仁じゃないぞ。」
「いいえ。中尉は十分に朴念仁ですわよ。うふ。」
シルフィはニコリと微笑んだ。
「何だってんだ…?」
ファルコニアが上目使いでカップのコーヒーをすすりながら、シルフィを見つめる。
その時であった。
「失礼します。」
ファルコニアの設計室に一人の青年将校が姿を現した。
「ファルコニア・フォーエバーロング中尉でありますか?」
青年ががっしりとした体格に引き締まった面持ちで立っていた。
「そうだが…貴方は?」
ファルコニアは怪訝な面持ちで青年を迎えた。
「自分は兵器整備班の技術将校、ウッディであります。」
「ウッディ…大尉。これは失礼しました。」
ファルコニアは青年の襟章をみとめて立ち上がった。
「で、そのウッディ大尉が…何の御用で…?」
「はい。この度のV作戦発動に伴いまして、整備班としても、新型兵器の技術習得の命が下り、中尉に理論解説をお願いしたく。」
「なるほど。その件はテム大尉には…・」
「無論、申告済であります。」
「了解しました。大尉、先ずはお座りください。」
ファルコニアはウッディを簡単な会議程度ならば可能な設計室奥の応接に案内した。
ウッデイはソファに腰を降ろすと辞令書と軍事機密への接触許可証を示す。
ファルコニアはウッディの示した許可証を眺めると、ウンウンと頷いて、返却する。
「で、基本理論は…?」
「それが、全く…」
「現在までの整備担当、実績は…?」
「はい。主に宇宙空間用艦船の設計、建造、整備に携わっております。」
「なるほど。で、MS理論については、大尉殿お一人に御説明申し上げれば宜しいので?」
「はい。一先ず、私が理解して、整備部隊に水平展開を図る事となっております。」
「それは…また大変ですね…。」
「は…、いえ。ビンソン計画の発動により、連邦の全ての整備部隊は先の戦役で損傷した艦船の補修に手一杯となっておりまして。人手が無い、というのが、本音なのです。」
「なるほど…。」
「ところで、中尉、MSの基本理論はかなり複雑ですか?」
「んん。どうでしょうか。大尉殿でしたら、すぐに理解頂けると思いますが…。」
「そうですか。では、宜しくお願いします。…それと中尉、『大尉殿』は止めて頂けませんか?」
「は?」
「同じ技術屋です。ましてや、中尉に教えを乞うのは私の方です。中尉が宜しければ、『ウッディ』でも構いませんよ。年齢もキャリアも貴方の方が上の様ですし。」
「そ、そうですか…?」
ファルコニアは確かに自分より年下に見えるウッディの毅然とした態度に感心した。
(へええ。軍属じゃ珍しいタイプだな…)
「判りました。私も実は堅苦しいのが苦手でして。では、ウッディ…基本理論を説明しましょう。」
「はい。ファルコニア先生…。」
ウッディがニコリと笑った。
ウッデイがファルコニアの元に通い初めて3日目。
熱心なウッディ大尉の眼差しにファルコニアもいつしか、「技術享受」に熱くなっていた。
元来、技術将校として大尉の階級を持つ彼(ウッディ)である。
その優秀さは秀逸で、教えるファルコニアにとっても教え甲斐のある可愛い生徒となりつつあった。
そして…
ウッディはいつもの様に、ファルコニアの元へ急いでいた。
ジャブロー内の整備された道路は閑散としており、時々エレカがすれ違うのみであった。
居住区エリアを抜けようとした時だった。
一台のエレカが道路脇に停止している。
(なんだ…?こんな所に…)
ウッディが訝しげに停止しているエレカに近づく。
一人の女性がエレカのポンネットを開け、困惑している様子であった。
「どう、されました?」
ウッディは女性を驚かせない様に声を掛ける。
振り向いた女性はそれでもちょっと驚いた様子を見せたが、冷静を保つ様に微笑んだ。
「それが…久しぶりに乗ったら突然止まってしまって…」
彼女はその柔らかい声で答えた。
「ほう。私が見ましょう。これでも整備班なんですよ。」
ウッディは自分のエレカから工具と測定器具を持ち出すと、女性のエレカのバッテリールームを覗き込んだ。
「特に…異常は無い様ですが…あっ。」
「な、何です?」
「はは。バッテリーが切れてますね。しかも充電器のコネクタが接触不良の様です。」
「あ、あら…私ったら…」
女性は頬を赤らめる。
そんな女性の横顔にウッディは多少ドギマギとしながら、機材を自分のエレカのメンテナンスボックスに納めると、女性に向かって叫んだ。
「どちらまで?宜しかったら、お送りしますが…。」
彼女が少し考え込む様な仕種を見せながら、ウッディに答える。
「あの…宜しいので?」
「構いません。同じジャブローの施設内でしたら、ね。はは。」
「では、申し訳有りませんが、研究ブロックのテム・レイラボまで…」
「!?奇遇ですね。私も同じ所へ…。申し遅れました。ウッディと申します。」
「これは…失礼しました。補給隊のマチルダ・アジャンと申します。」
二人はウッディのエレカに乗り込むと、ゆっくりと発進した。
静かな電気自動車の中で、ウッディが何気なく呟く。
「補給隊…前線ですか…?」
「女だてらに…ですか?」
「あ、いえ。そういう訳では…」
困惑するウッディの横顔にマチルダはウフフと微笑んだ。
「今日は遅いですね。生徒さん。」
シルフィがカップを置く。
「あ、ああ。そうだな…。」
ファルコニアはRXシリーズの外装図面を前に頭を抱えていた。
「今日は何をお悩みで?」
シルフィがファルコニアの眺める図面を覗き込む様に訊ねる。
「うん?RXシリーズの機体色なんだが…これが、こう、難しくてな。俺にはセンスが無いらしい。」
「あらあら。何を悩んでいるかと思えば、塗り絵ですね。どうせ、シグ中尉、いえ少佐が乗られるのでしょう?でしたら、派手にして差し上げれば?」
シルフィがクスリと笑う。
「派手にか…」
ファルコニアにはグルリと自分の設計室を見渡した。
そして、暫く、モニターに向かって作業をするとクルリと振り返る。
「こんな感じか?」
プリントアウトされたデザイン画はファルコニアの設計室に貼られた「FF6−X2B」のデモフライト機(これはファルコニアが初めてジオンのザクと接触した時の機である。)と同じ、派手なトリコロールカラーであった。
「うふふ。それ、中々いいですわよ。シグ少佐にぴったり…」
「あはは。いくらなんでもこれじゃあ、な。」
ファルコニアは笑ってデザイン画を机の上に置いた。
「そういえば、今日、友人が来るんです。」
シルフィが囁く。
「へぇ。君の友人か。…怖いな。」
「どういう意味です?」
「あ、いや。別に他意は無いが…で、どういった…?」
「前にもお話しした輸送隊の隊長です。輸送隊といっても一個小隊ですからね…。」
「ますます、恐いじゃないか…。」
「あら。本人は至って秀麗な美人ですわ。でも中尉位だったら、あるいは…」
「クワバラクワバラ…」
その時だった。
ドアがノックされる。
「どうぞ。」
ドアが開く。
はたして、そこにいたのはウッディであった。
シルフィが「あら。」と声を掛ける。
「今、お噂を…。」
そんなシルフィににっこりと微笑みながら、ウッディが応える。
「シルフィティナス中尉が、私の噂ですか?どんな噂なのか…。大方、予想はつきますが…ははは。」
「あら?ウッディ大尉。私がどんな噂をすると思ってらして?」
「そうですね。堅物とか、生真面目な軍属とか、ではないですか?」
「ふふふ。ウッディ大尉は御自分で思われてる程、堅物でなくってよ…。堅物さんはここにもいらっしゃいますし…。」
ファルコニアが「えっ?」という顔でシルフィを見上げた。
そんなファルコニアをちらりと見やって、シルフィがフフとまた微笑む。
「さ、さて、と。ウッディ…。勉強会を始めようか…。」
「はは。そうですね。ファルコニア先生。」
ウッディは笑いをかみ殺しながら、奥の応接に入った。
「…と、言う事で、今回のRXシリーズには小型核融合炉が採用されている。で、だ。コアブロックシステムを採用したためにスペース的に機体の各所に核融合炉が分散されている。これは別にメリットもあり、融合炉の単機損傷の場合には、0タイムシステムにより電源供給が可能となっている。」
「なるほど。では、コアブロックシステムがなくとも、分散化された融合炉によって部品別の可動が可能という訳ですか?」
「…いや、コントロール系については、全てコアシステム内で制御されている為、パーツ単位での可動運用は出来ない。融合炉の稼働も基本的にはコアシステムと合体、つまりパルス信号のやり取りがあって初めて起動する訳だ。でないと、不埒な奴に勝手に動かされちまう。」
「あ、なるほど。」
「ただし、起動用のバッテリーシステムはA.Bパーツにそれぞれ搭載しているから、制御の為の電源は持っているぞ。整備時には、ココ、とココの…そうだ。ソレ。パネルを開放して、制御電源を落してくれ。でないと、コンデンサからの大電流でイチコロだからな。」
「了解しました。」
熱心なファルコニアとウッディの授業が続いていた。
「失礼します…」
と、ファルコニアの研究室のドアが音も無く開かれ、来訪者が現れた。
ファルコニアは、そっと研究室の方を覗いたが、シルフィは気にしないで、とのジェスチャーを送る。
再び彼はウッディとの会話に戻った。
「…そう。でもホント、久しぶりね…。」
「ええ。あなたも元気そうで。」
「前線は?ひどいの…?」
「ヨーロッパ方面は惨憺たる有り様ね…。補給物資なんて、届けるのも無駄なくらい…。前線の士気は最低だわ…。」
「そう…。でも、よくもまあ、無事で…。」
「ふふ。アナタも色々と御活躍みたいじゃない?シルフィ…。」
ファルコニアの耳に自然とシルフィと来訪者の話声が入ってくる。
来訪者は女性の様であった。
おおかた、先程シルフィが言っていた友人であろう。
「で、どうなの?最近は…?」
「どうって…?」
シルフィの小首を傾げる仕種がファルコニアの脳裏に浮かんだ。
「うふふふ。士官学校きっての才女と呼ばれたアナタがこんな薄暗いラボでくすぶっている訳、ないんでしょ?」
「薄暗い、は余計だわ。でも、ここは良い所よ。」
「ふーん…。アナタがそんな事言うなんて…。誰か良い人でも見つけたの?」
「ば、馬鹿な事、言わないでよ!」
珍しく、シルフィが動揺している…ファルコニアはもう一度、研究室を覗き込んだ。
乱雑な部屋の机でファルコニアの知らない女性が背中を向けて座していた。
しっとりとした、それでいて燃える様な赤い髪が印象的に後ろ姿だった。
その向こうに対象的なプラチナブロンドをアップに纏め上げたシルフィがこっちを向いて座っていた。
シルフィが顔を赤くして「顔を引っ込めろ」という動きを仕切りにする。
その動きを見て、赤い髪の来訪者がチラリとファルコニアをみやった。
クスリと笑う表情がチャーミングな、しかし端正な顔だちの女性士官であった。
ファルコニアはペコリと会釈だけすると慌てて顔を引っ込めた。
これ以上、顔を出していれば、後でシルフィに何を言われるものだか…
「ところで、…マチルダ。」
シルフィの声が一段トーンを落す。
「将軍からは…?」
「ちょっ、ちょっとシルフィ…。ここは…。」
「大丈夫。今、ジャブロー内では一番安全な場所なの。ここは。」
「そう?アナタがそういうのなら。将軍からはタイプ78のプロトをルナツーに至急廻せ、とのご命令よ。」
「タイプ78?でも、あれは…」
「外装類については後廻し。フレーム及びコクピットシステムだけでも廻す様に、との御命令です。」
「そんなに、将軍はルナツーの養成所に御執心なの?」
「ええ。急務はMS開発とパイロット養成。将軍は今の状況を打破する為にはMSは絶対不可欠と判断されているわ。そして…ニュータイプの存在の確認も…。」
「ニュータイプ…理論は知っているけど、実在するの…?」
「さあ、それは私には解らない。ただ、将軍御自身の直感力は凄いものがあるのも事実。将軍御自身がある程度、自覚なさっているのではないかしら…。」
「ニュータイプ…私の様な俗物には理解出来ない理屈だわ…。」
「あら、アナタがそんな言葉を口にするなんて…。随分と…。」
「何?」
「いいえ。やはり、好きな人がいるんでしょう?シルフィ…?」
「ば、馬鹿な事言わないでよ。マチルダ。貴女こそ、前線にでて、性格が変わったんじゃないの!?」
「そうね。多少、荒っぽくなった事は確かかも、ね。戦場は地獄よ…。」
「…」
「特に女の目から見た戦場はバカバカしすぎるほど。」
「…どういう意味?」
「シルフィ、女はね、『生み出す力』を持っているでしょ。だから、破壊のみの戦場は女の私にとっては呆れるほどバカバカしい所よ。人は作り上げる力を持っているはずなのに、戦場という所は破壊だけを行っている。特に男達はね…。夢中になって壊して廻ってるの。子供が一生懸命に積み木を崩す様に。そんな姿を見ているとね、滑稽よ。男の子は単純なんだなっ、て…。」
「ねぇ、マチルダ。じゃあ、貴女は何故、そんな戦場に赴くの?そんな男達を笑う為?」
来訪者-マチルダ-の言葉を遮る様にシルフィが訊ねる。
「馬鹿ねぇ。私はそんなに単純じゃないわよ。そうね、それも、私が『女』だからでしょうね…。」
「ふうん?…。」
「つまり、こう言う事かな…。壊すだけの男の子達はそれでもいいのよ。それが、仕事、それが生き方、なんだろうし。でも女の私には何の意味もない、行動だわ。破壊なんて。でもね。破壊だけを続ける事は所詮、人間には出来ないのよ…。」
「…?どういう事?」
「積み木を壊す子供だって、いつまでも破壊し続ける訳ではないでしょ?途中で飽きて、また積み木を積み上げるでしょ。結果、破壊する為だとしても。そんな時に、組み立てる為の積み木が無くては可哀相。そして、破壊に飽きた時に慰めて上げる存在が無くては彼らは再び立ち上がろうとする気にならないのよ…。私が『女』である証拠…母性本能とも呼ぶべきものが私を戦場に駆り立てるの。疲れた男の子を癒すために…ね。」
「…」
「アナタにはきっと解らないわ…。」
「…どうして?」
「だって、アナタは破壊の中に居ないもの…。アナタはこのラボで『作りだす喜び』に包まれているでしょ?だから。」
「…それは、そうかも、ね…。」
「戦場に出ろ、とは言わないわ。人にはそれぞれ役割がある。アナタは『作る』役割、私は『癒す』役割…。」
「でも、ね。でも…マチルダ…」
「何?」
「貴女は癒してあげた男に武器を運び、弾頭を運び、また戦場に送り出す訳でしょ?それは…?」
「辛い事よ…。でも、みんな、泣き言は言わないわ。みんな笑いながら手を振って立ち上がるの…。『じゃあ、行ってくるぜ』って。再び戦場に旅立っていく…。そんな後ろ姿を見る事ほど辛い事はないわ。でもね。それは私がそうさせている訳ではないわ。そうさせているのは彼ら自身。私の役目はあくまでも、癒す事だけ。」
「それって…」
「そう、自己満足かもしれないわね…。でもね、そう、割り切らないと戦場には立てない…。私自身がその気持ちさえも捨ててしまったら、誰が彼らを支えてあげられるの?」
「それは…そうかもしれないけれど…。」
「シルフィ…アナタが言いたい事は解るつもりよ。こんな私を可哀相だと想ってる…。」
「…そうね。マチルダ。貴女は誰よりも優しくて、誰よりも可哀相だわ…。」
「ふふ。ありがとう。シルフィ。私を癒してくれるのはアナタね…。」
二人の間に沈黙が訪れる。
そんな静寂を恐れる様にシルフィが切り出した。
「さて、と。マチルダ…タイプ78の件は解ったわ。また、将軍からは催促が来るでしょうけど。ルナツーに送るのは貴女?」
「私は宇宙には上がらないわ。無重力の感覚って恐いのよね…。魂が開放される感覚…。」
「そうね…。それは私にも解る…。なら、いいの。もし『そら』にあがる事があるのなら、頼みたい事があっただけ。」
「アナタの頼み事はいつもリスクが大きいけど、今度は何事なの?」
「それは承知しているわ。…でも、マチルダにしか頼める人がいないんだもの…。そういえば、あの二人は?」
「…ああ。あの二人にはもう、暫く会ってはいないけど、彼の方は大分、傷の具合も良い様よ。彼女の方も献身的な介護に頭が下がる思いだったわ…。」
「そう。幸せなんだ…。あの二人…。」
「あら?妬いてるの?」
「何よ。私だって機械じゅないのよ。時々は…寂しくなる事だってあるわよ…。」
「あらあら。鋼の乙女と呼ばれたアナタが随分と弱気なのね…。」
「ねぇ、マチルダ…。私ね、あの子、ヨーコと会ってからふっと、考えるのよ…。あの子の様に素直に生きられたら、どんなに楽かなぁって…。」
「でも、あの子はあの子なりの苦労があったんでしょ?」
「そうね。でもあの子の一番凄い所はどんな辛い思いをしていても前向きだったわね…。そんな彼女が羨ましかった…。」
「シルフィ、アナタ、本当に恋をしているわね?昔のアナタなら絶対にそんな事言わないわよ…。」
「うん、そうなのかも…マチルダ…。貴女は恋なんてしないの?破壊だけの男には興味ない?」
「…解らないわ。闘う男に恋をしているから戦場に行くのかも…。」
「それって、ズルイわよ…。」
「そう?でも私には精一杯の生き方だわ。今の生活。心のときめきはどこに落ちているか、なんて見当もつかないけど…。」
久々の再会に二人の会話は限りなく紡がれて行く様であった。
「と、今日はこれ位にしておくか?」
ファルコニアはウッディの顔を見つめる。
ウッディは目を充血させてながらもテキスト代わりのシステム設計書を閉じた。
「そうですね。ありがとうございます。だいぶ、MSという機械が解って来ましたよ。」
「はは。そうかい?君は優秀だからな。」
「恐れ入ります。ファルコニア中尉。これで新鋭戦艦の整備ドッグについての設備も目安がつきますよ。」
「ほお?では今、計画中の?」
「はい。ペガサス級と我々は呼んでいますがね。」
「強襲揚陸艦か…。じゃあ、ウッディ大尉はドッグ周辺の設計担当…?」
「まあ、手伝い程度ではありますが…。」
「そうか。中々大変だとは思うが、頑張ってくれよ!」
「はい。ありがとうございます。」
「いや…どちらが上官だか…すみませんね…。私も元々は軍人じゃあ、ないもんで…。」
「いや、お気になさらないでください。私もこの歳で大尉ですと、結構、やっかまれたりが多くて…。中尉の様にざっくばらんな方が気が安らぎます。」
「そういって貰えると…。」
ファルコニアは自然な動作で右手を差し出した。
ウッディも差し出された右手をがっしりと掴む。
「さて、たまには飯でも喰っていくかい?」
とファルコニア。
「いいですね。頭の方はイッパイですが、腹の方はカラッポですよ。」
ウッディが返した。
そういえば、いつの間にやら二人の声が聞こえなくなったな…?
そう思いながらファルコニアが応接を出ると、そこにはシルフィの姿もマチルダの姿もすでになかったのであった。
つづく。
episode47:「極秘計画」
「さてさて…ラボの飯が口にあうかはわからんが…。」
ファルコニアとウッディが食堂に入る。
ガランとした食堂だ。
STAFFは銘々のスケジュールで動いている為、ここがごった返す、と言う事はまず無かった。
二人は食事を受け取ると一番奥のテーブルを陣取った。
ファルコニアには大分飽きてきた食事であったが、ウッディには結構、珍しいらしく、美味そうに頬張っている。
そんなウッディの姿を見てファルコニアは久しぶりに清々しい気分になった。
「ウッディ大尉、どうだい?ここの食事は?」
「いや、美味いですよ。」
「へえ。整備の方とは食事内容もちがうのかな?」
「そうですね…私の方は肉食が主体ですから…。なにせ体力の使う職場ですからね。ここは魚が主体の様ですね、それに美味い。」
「ああ、そうか。研究員用の食事だからな。DHAの多い食事と言う事かな…。」
「そうですね、そう考えるとジャブローってのは結構、兵隊に気を使ってるんですかね?」
「さあて、それはどうだか?時々、アマゾン流域で捕れたんじゃないかっていう得体の知れない魚も出てくるが…。」
「ああ。そういや、整備の連中が非番になるとピラルクだとか釣ってきましてね…。そのままどこかへ運んで小遣い稼ぎをしてるらしいですよ。…そうか、搬入先は…。」
「おいおい!本当か?それは!?」
ファルコニアは大慌てで口にした魚料理を吐き出そうとした。
「あはは、冗談ですよ。中尉。」
「…ったく、大尉も人が悪い…。」
「あはは。中尉は私の事を真面目な輩とお思いでしょうがね、結構、整備班っていうのは、奔放な性格な人間が多いんですよ。」
「そういうもんかね。確かに、ルースあたりは明るいしな…。」
「そういや、中尉。どうなんです?」
「なにがだい?」
ファルコニアは打ち解けたウッディの性格が徐々に変わっていくのに少々戸惑っていた。
「シルフィ中尉ですよ。」
「ちゅ、中尉がなにか?」
「いやだな…。あんな美しい方を側に置いて、なんでも無い、って事はないでしょ?まさか。」
「い、いや、中尉とは何でもないさ。」
「本当ですか?信じられないなぁ…。」
「その、…なんだ。大尉。ここは軍だぞ。そんな個人的な感情を…。」
「中尉、そんな…。」
ウッディはガハハハと笑い出す。
「ファルコニア中尉は私より軍人らしいですな。でもね、いくら軍隊でも恋愛は自由ですよ。職場で出会うカップルは幾らでもいます。」
「そ、それは、そうだろうが…」
ファルコニアは困惑していた。
「いやね、中尉。実は…私もね…。」
ウッディが体を乗り出して、ファルコニアの耳元で囁く。
「大尉、シルフィ中尉ならダメだぞ。」
咄嗟にファルコニアの口から意外な言葉が飛び出る。
「…え?」
ウッディは一瞬、怪訝な表情を浮かべたかと思うと更に豪快に笑いだした。
「そうですか!では、シルフィ中尉はファルコニア中尉にお任せするとしましょう!」
ファルコニアは耳まで真赤にして俯いた。
「あ、おい…ウッディ!声がデカイ!!」
「あ?いや、これまた失敬!!わっははははは。」
ひとしきり笑うとウッディはコーヒーをすすりながら、再び口元をファルコニアの耳元に近づけた。
「実は、ですね。私も今日、素敵な女性と出会いました…。」
「ほう?」
気を取り直す様にファルコニアが聞き返す。
「名はマチルダ・アジャン。壮麗で素敵な女性でした。」
そして、ウッディはうっとりと天井を見上げる。
「燃え立つ様な赤い髪。引き締まった口元…。それでいて、濡れる様な唇…。」
「おいおい、大尉、随分と詩人だな。」
「あはは。これは失礼しました。しかし、シルフィ中尉もさることながら、彼女も実に美しい…。」
「それは御馳走様。」
「しかも、ですよ、中尉。彼女はこのラボに出入りしている様なのですよ。所属は輸送部隊と言っておりましたが…。」
「ほお?」
(輸送隊…女性…むっ?)
ファルコニアが思いを巡らす。
「いや、実はまたラボ内で出会えないかと密かに期待しておったのですが…。」
「まあ、大尉。君の心持ちは良く解った…が、貴官は今、MSの理論習得の身だろ?そんな浮いた気持ちじゃ…。」
ファルコニアは思わず苦笑する。
「いやぁ、中尉。失礼しました。しかし、講義中は至って真面目でありますよ。」
「うん?それは確かにそうだな…。」
ファルコニアは黙り込んで、食事を進める。
そんなファルコニアの姿を見て、ウッディも2口、3口と食事を進めると再びファルコニアを見つめた。
「中尉…」
ウッディが口を開く。
「この戦争は…どうなるのでしょうか…」
重苦しい空気に二人の身が沈む。
ファルコニアが添えられたビーンズをかき寄せながら呟く。
「どう、なるんだろうな…。10年は進んだMS開発にコロニー落とし…ジオンの用意周到な戦略に連邦は翻弄されているしな…。」
「…」
「まぁ…戦争の行方は政治屋に任せるしかないよ。俺達に出来る事は連邦という組織を支えるだけさ…。」
「それは、そうなのでしょうが…。時々、虚しくなる時があります…。」
「…うん…?」
「整備・修理を繰り返す毎日…。直しても、直しても、あっと言う間にポンコツです。血みどろになったシートを外し、新しい物に載せ換える…。そして数日後には、再びシートを載せ換えてるんですよ…。パイロットの無念さが伝わって来る血痕、染み…。ジオンの兵力の前に連邦の兵器は何故、こうも無力なのか?を問われている様な…。しかし、我々には何もできない。鉄の棺桶を整備して前線に送り込むだけです。戦争とは虚しいものですね…。」
「…。ああ、だから、俺はMSを作っているのさ。ジオンの独裁主義の連中に踏みつけられた全ての人間の為に…。なあ、大尉。それでも、俺達は幸せなんだよ…。」
「…?幸せ?」
「ああ。戦争という狂乱と破壊の中にいて、唯一、理性的である「創造」の中に居るんだ。人間の尊厳たるべき理性を持ちえる職場なんだ。」
「…ああ…なるほど…。戦争という破壊の中で唯一、モノを造る事が出来るから幸せ、か…。いい言葉ですね。中尉。」
ウッディはニコリと微笑んだ。
それから二人は黙々と食事を済ませると、ウッディは一人、自分の職場へ帰っていった。
残ったファルコニアは喫煙ルームにはいると紫煙をくゆらせ、目を閉じる。
(ふう…。しかし…疲れたな…。タイプ78の基本設計はほぼ終了。プロトタイプのロールアウト予定はルナツーだから、俺の手は離れる…。そして、その後はRXシリーズのフィードバックデータを基礎とした量産型の設計…と。テム大尉ではないが、たまらんな…。)
燃えた煙草の灰がポロリと落ちる。
しかし、ファルコニアはそんな事には気も止めず、一人考え込んでいた。
(シグ…。シュガト…。そしてヨーコ…。みんな、居なくなっちまった…。寂しいと感じる暇さえないが、こうして独りでいると、なんだか…。
へっ、可笑しなモンだ。会社にいたころにゃ、一匹狼だったってのに。今じゃ人恋しくなっちまってる。歳かね…俺も…。)
(…にしても、ウッディか。おもしれぇ奴だ。真面目そうな割に砕けてやがる。あんな奴が整備だと、俺もキッチリした設計をしなきゃ、なんて思っちまうぜ。タイプ78が終わったら、整備に廻ってみるのも悪くねぇかな…。)
(シルフィ…。最初にあった頃はイケスカネェ女だったが…。最近は、なんだか…丸くなった様な…。彼女もシグ達が居なくなって人恋しいのかね…。ああ、そうか。きっと彼氏でもできたんだろうな…。しかし…このラボにいて彼氏なんて出来るのか…??)
ファルコニアは久しぶりの休息に取り止めも無い思惑の泉にどっぷりと漬かっていた。
ファルコニアが3本分の煙草を肺に溜め込み、喫煙ルームから出て来た時だった。
「あら?」
シルフィの声がした。
「ファルコニア中尉。こちらでしたのね。」
「んあ?」
ファルコニアが声のする方に顔を向けると食堂の奥にシルフィがチョコンと座っていた。
向かいには見慣れない女性兵士が同席している。
「おう!シルフィ中尉。今、飯かい?」
ファルコニアがシルフィ達のテーブルに近づくと、女性兵士が立ち上がった。
「ファルコニア中尉、御紹介します。私の友人で、マチルダ少尉です。」
「初めまして。マチルダ・アジャンと申します。お見知り置きを。中尉。」
「ああ、初めまして、ファルコニア・フォーエバーロングです。」
ファルコニアは名乗りながらもシゲシゲと目の前に立つマチルダを眺めてた。
無論、女性に対して失礼だとは承知していたが、マチルダの持つ秀麗な外観に彼の目は釘付けとなってしまったのである。
(なるほど…。ウッディが惚れ込むのも無理は無いか…。)
制帽と書類入れを小脇に抱えた姿勢はスラッと真っ直ぐに伸び、燃え立つ様な紅い髪は誰の目をも引くだろう。
フランス系の血筋を引くと思われる肌は抜ける様に白く、エキゾチックな香りを漂わせる顔立ちは異文化の融合と調和を図った様な曖昧な美しさを醸し出していた。
そんなマチルダの美しさに引かれながらも彼は二人に着席を促すと、何処に座ったものか視線を泳がせたが、シルフィの目配せに気づくと、シズシズとシルフイの隣に腰を降ろした。
そんな二人を眺めてマチルダがクスリと笑う。
「なに?」
シルフィが問う。
「だって…。いまのシルフィ、まるで恋人だわ。」
「ば、ばかな事言わないでよ!」
シルフィは透き通る様に白い肌を真赤にして叫んだ。
「あら、そんなにムキにならなくたって…。」
マチルダはあくまで冷静な口調でやり返す。
「ファ、ファルコニア中尉もなんとか仰って下さい!」
シルフィが更にヒートアップして叫ぶ。
「あ?ああ…。」
突如シルフィにすごまれ、呆然とするファルコニア。
「あ、ああ。シルフィ中尉とは…、その…ただの仕事仲間だ…。間違っても恋人などという間柄では、断じて無い。」
ファルコニアがしどろもどろに答える。
と、シルフィがファルコニアを睨み付ける。
「ちゅ、中尉…。な、何もそこまで言わなくても…。」
「え?ああ…いや、すまん。」
何が何だかよく分からん、とファルコニアは首をすくめた。
マチルダはクックックッと笑いをかみ殺す。
「と、とにかく、今はそんな話ではなくて!」
シルフィが声の勢いも殺さずにドンとテーブルを叩いた。
「シルフィ、落ち着いて。」
マチルダが冷静な声でシルフィを制する。
ファルコニアも取り乱したシルフィを見たのは初めてであった為、驚きを隠せない様子であった。
彼は胸の動悸を抑える様な仕種でそっと胸元の手を置いた。
「な、なあ。その…シルフィ中尉。一体なんの話だったんだ…?」
緊迫したその場をを和らげる様な口調でファルコニアが語り掛ける。
「…。そう、そうですわ。ファルコニア中尉。そんな関係の無い話をしてる場合では無かったのです。」
シルフィが落ち着きを取り戻そうとグラスの水を口に含む。
「ファルコニア中尉。」
シルフィがトンッとグラスを置くとファルコニアに向き直る。
「は、はい。」
これ以上、シルフィを興奮させてはなるまいとファルコニアは素直に返事を返した。
「改めて御紹介します。マチルダ・アジャン少尉。第14輸送隊の隊長です。そして、その所属はレビル将軍直下となっております。」
「将軍直属の輸送隊?と、言う事は…?」
「色々と…軍事機密に触れる立場が多いと言う事ですわ。」
マチルダがすかさず、間に入った。
「ふむ。で?」
ファルコニアは大体承知したとばかりに頷いた。
シルフィの言葉を引き継ぐ様にマチルダは引き締まった表情でファルコニアを見つめる。
「将軍からの御命令を伝えます。テム・レイラボにおいて開発中のタイプ78を至急、ルナツーに廻せ、との事です。」
「おいおい、ちょっと待ってくれ。タイプ78はルナツーで建造予定だぜ。現品なんてココには存在していない。」
「それは承知しております。ですが、御命令は至急、廻せ、です。」
「つまり…そういう事か。」
「はい。」
「しかし、ファクトリーはどうする?ジャブローの設備内は試作機で一杯だ。新たにMSを建造できる設備は無いぞ。」
「それに関しては将軍からの指令書を預かっております。」
「ほお?」
マチルダが傍らに置いた書類入れから薄いファィルを取り出す。
表紙には赤文字で『極秘』とあった。
ファルコニアはマチルダから受け取ったファイルを開くなり、おおっと唸った。
「ふふ。驚きました?」
シルフィが微笑みながら、ファルコニアの表情を伺う様な視線を投げかける。
「ああ、驚いたよ…。まさか、いくら将軍でも…ここまでは…いや、参った…。シルフィ、君は既に…?」
「私も先程、マチルダ少尉から…。機密レベルは最高ですが、彼女と私は…」
「将軍直属、か…。」
「まあ、そういう事です。」
シルフィがニコリと微笑む。
「しかし…連邦ってのは…女性ばかりが機密を握ってるな…」
ファルコニアがフゥーと溜息をつく。
シルフィとマチルダは顔を見合わせてクスリと笑いあった。
「マチルダ少尉、将軍の命令は了解した。早速、計画に取りかかろう。」
「ありがとうございます。ファルコニア中尉。」
「しかし…即日実行となると…」
「問題がありますか?」
「うむ。タイプ78の設計・製造に関しては別段問題は無いのだが…。実は、今、MSの整備マニュアルの作成を兼ねて整備の人間と技術理論の講習会を連日実施していてな…。」
「はあ。」
ファルコニアは暫く考え込んだ。
「…!そうか、マチルダ少尉!」
と突然、叫ぶファルコニアにマチルダはビクリと体を震わせる。
「な、なんでしょうか?中尉。」
するとファルコニアはニヤリと笑った。
「マチルダ中尉、タイプ78工場の近くに研修施設はあるかい?」
「研修施設…?」
「ああ。」
「近くとは言い難いですが、付近に研究施設の空きなら多少…。」
「そうか!それは好都合だ!ところで、マチルダ少尉、貴官は当分、ジャブローにいるんだろ?」
「は?はぁ。タイプ78の完成までは…。」
「ますます好都合だ…。」
ファルコニアはさらに上機嫌な表情を浮かべる。
「マチルダ少尉、貴官に折入って頼みがある。」
「はい?。」
「タイプ78の製造工場の場所は極秘事項だ。よって一般兵の立入が禁じられる。しかしながら、俺の方は整備マニュアルの製作もすすめにゃ、ならん。」
「はあ。」
「そこで、だ。最寄りの空いているという研究施設を使用して整備マニュアル作りを別作業で進めたいとおもう。ついては、整備側の人間の送迎をマチルダ少尉、貴官にお願いできないか?」
「は?」
「いや、『は?』じゃなくて。」
マチルダは不可解な表情でファルコニアを見つめた。
「ファルコニア中尉。残念ながら、貴官の命令を受ける組織下に私は属しておりません…」
「おいおい。ちょっとまってくれよ。マチルダ少尉。これは私的な頼み事になるかもしれん。しかし、整備マニュアルが無ければ前線での整備機構はどうなる?いくらMSが早く配備となっても、整備できる人間がいなければ運用もできまい?」
「それは、理解しますが…。私には私の任務があります。誰か別の人物に依頼してください。」
「それが、そうもいかんのだ…。だって、そうだろ?タイプ78は超極秘機密だ。そんな機密施設の側に誰彼構わず近づけさせるのは、マズイだろ。」
「それは…そうですが…。」
「でしたら、私が…」
二人の間にシルフィが割って入った。
だが、ファルコニアはあわててシルフィの肩を抑える。
「おっととと…。シルフィ中尉はタイプ78の為に、俺の側にいて貰わなければ…、な。」
ファルコニアは口裏を合わせろと言わんばかりに片目をつぶってみせた。
しかしシルフィはそんなファルコニアの仕種に突然、顔を紅潮させ、下をうつむく。
「えっ…。そ、そんな事…」
しかし、ファルコニアはシルフィの様子には気づかず、マチルダを振り返った。
「な、頼む。マチルダ少尉。この通りだ。」
「ですが…。」
「もし、なんなら、将軍に報告してくれてもいい。俺は俺の手で整備マニュアルを完成させたいんだ!」
「…判りました。そういう事でしたら、将軍に御相談してみます。」
「すまん!恩に着るぜ!マチルダ少尉!」
「ふう。ファルコニア中尉、シルフィから聞いていたより強引ですのね。ところで、整備側の人物というのは?」
「おう、そうだった。整備班のウッディ大尉だ!」
ここぞとばかりにファルコニアは大きな声で告げた。
しかしマチルダにはファルコニアが期待していた様なリアクションは特に無く、彼女はサラサラと自分のバインダーにその名を書き付けると、ファルコニアの傍らで、今だドギマギした表情のシルフィを見やって、クスリと微笑みを浮かべた。
「了解しました。ファルコニア中尉。では、準備が整い次第ラボのロケーションの変更を開始してください。」
「ああ。了解だ。ウッディの件も含めて、2〜3日中には完了するだろう。少尉、頼むぜ!奴の事。」
「はあ…。」
何の事やらと言わんばかりにマチルダは曖昧な返事を返す。
「では、ファルコニア中尉、シルフィ中尉、私はここで失礼します。」
マチルダは軍靴の踵をカチリと鳴らすと、様になる敬礼を両名に送った。
そして、クルリと振り返ると彼女はラボを後にする。
そんなマチルダの後ろ姿を見送りながら、ファルコニアが呟く。
「なあ、シルフィ中尉…」
「は、はい?」
「うまくいくといいなぁ…」
「は、はい…。」
シルフィもファルコニアの真意が理解出来ず、ただ、曖昧に返事を返すだけであった。
つづく。
episode48:「シグの災難」
ルナツー最終テスト場。
それは、レビル将軍の発案によって創設されたパイロット養成機関「スリーピング・オライオンズ」のフィールドであった。
この組織はルナツーを拠点とし、ジャブローより運び込まれる試作機、又は電送される図面を元に独自の製造ラインまでを持ち、宇宙空間における連邦製試作MSの最終チェック機関として機能していた。
そして、この機関を総括する人物、シグ・アニェス。
シグは連日届けられるMSの試作機を眺めながら、イライラとメンテナンスドックを行き来していた。
「ったくよ!なんで、こんなロクでもねぇ、機体ばっかりなんだ?
俺の送ったザクの性能データーがフィードバックされてねぇじゃねぇか!」
シグの剣幕に傍らのビリーがまぁまあ、となだめる。
「仕方ないですよ。シグ所長。捕獲したザクは数少ないんです。研究施設全体に行き渡る程では無いですし、ジャブローに送った機体だって、今だ全てが解明された訳ではないんですから…。」
「だけどよぉ…テム・レイラボからの設計品はまだ来ていないのか?」
「はあ…所長の仰っていたRXシリーズって奴ですか?75タイプと77タイプの基本設計は届いています。現在、ルナチタニウムの成型工場で装甲板の加工途中らしいですよ…。」
「じゃあ、基本設計書を元にコアブロックシステムの構築は出来るはずだ。タイプ78も操作系の設計は共通のハズだからな。」
「それが…所長。操作系についての設計書はメンテナンスマニュアルの整備次第到着と言う事で、まだ届いていないんですよ。」
「んだとぉ!?それで、こんなクズばっかりが届きやがるのか…。こんなMSの成り損ないみたいなのばっかりで、俺達にどうしろっていうんだ?上の連中は…?」
「はぁ。それはそうなのですが…。でも、所長、このRGC-00X7タイプなんて、結構しっかりしてますよ。タイプ77が基本ベースらしいですが…。」
「『大砲かつぎ」の慣れの果てか…。どれ、データー見せてみろ…。」
シグはビリーの差し出すファィルを受け取るとパラパラと目を通す。
「ほう…なるほど。奴が死にそうになった頃からくらべりゃ大分マシになっている様だな…。ん?おい、ビリー、この試作ナンバー1088のCAPビームガンってのは?」
「えっと…。ああ、なんだか、ジャブロー側の依頼で戦艦兵装システム部が新たに開発した携行型ビームキャノンらしいです。冷却システムが今だに不安定だそうで、試してはいませんが…。」
「ふうん。面白そうだな、おい。」
「ちょ、ちょっと所長、まさか…。」
「コレってさ、RGC-00X7に携行できるか?」
「まって下さいよ!所長!そんな危険なシロモノをどうしようってんです?」
「決まってんだろ!ビリー。俺達「スリーピング・オライオンズ」は何の為に組織されたんだ?」
「それは…MS開発の最前線エリートチームとして…。って、所長、絶対ヤバイですよ!」
「うるせぇな。で、どうなんだよ!携行装備は可能なのか?」
「それは…信号カプラーを変更すれば、使えない事はないですが…。」
それを聞いたシグはニヤリと笑う。
「よーしよし。早速、装備できる様に改造しようぜ。」
「所長!」
「ビリー、俺達はな、同胞の犠牲の上に、今を生きている、いや生かされているんだ。二度とムイルギットの様な犠牲を出さん為にも、技術開発の為の労力を惜しんではいかんのだ…。」
シグはしたり顔で、ビリーに語りかける。
しかし、ビリーはフゥ-と溜息を一つ付くと、真顔でシグに言った。
「そんな事いって、本当は所長、暇なんでしょ。」
ビリーにすかさず返され、シグはカカカッと笑った。
「いやーん。ビリーちゃん。本当の事、言ったらダメだってばー」
『よーし。コントロール。『スリーピング・オライオンズ』シグ・アニェス、RGC-00X7で出るぞ。』
シグの声が管制室に響く。
「って、所長が言ってますけど、いいんですか?本当に。」
コンソールに向かうベイルがくるりとビリーを振り返る。
「もう、ほっとけ。所長の好きでやってるんだ、俺はしらん。」
「あーあ、だそうですよ、所長。勝手に行って下さーい。」
『…お前ら、少し冷たかねぇか?』
「私は止めましたからね!」
ビリーが叫ぶ。
「だ、そうです。所長。って事で、僕も一応、止めときますね。所長!危険ですから、止めて下さい!…では、いってらっしゃいまし〜。僕も止めましたからね〜。」
『へへーんだ!こんな面白れぇの、後で乗せてくれっていっても、乗っけてやんねーからな。』
シグが負けじと叫ぶ。
「そんな危険な装備持って宇宙をウロウロしたがる所長の気が知れんですよ!所長に何かあったら、次期所長はどうするんです?僕がなってもいいですか?」
ビリーがコンソールに向かって叫ぶ。
『そうだな…。ビリー、お前やりたきゃ、やっていいぞ。じゃあ、行って来マース。』
シグの乗るRGC−00X7が中腰姿勢でバーニアを吹かし、ドッグを出る。
この機体は以前テム・レイラボで試作された『大砲担ぎ』のデーターをドイツの研究機関に送り、更に宇宙戦闘中距離支援用の改装を受けてルナツーで建造された試作機の1機であった。
頭部モニターカメラはそれなりの頭部パーツの装いに改められ、右肩の61式戦車の2連砲塔は240mmカノン砲に換装、左肩の有線式ミサイルポッドも同じく240mmカノン砲に換装されていた。
その機体の装備された巨大なビーム兵器。冷却システムが完全では無い為、いつ熱暴走を起こすか判らない。
砲の後部には放熱用フィンが幾重にも並び、更に巨大な冷却用窒素タンクが装備されている。
無重力の宇宙空間でなければ、決してMSで携行できうる様なシロモノでは無かった。
その巨大なビームカノンに専用の固定ベッドを取り付け、信号カプラーを取り付けたケーブルがシグの乗る機体に直結されていた。
万が一の事故に備え、機体と砲の安全距離を保つ為のシグの発案だった。
シグの機体は特段の問題も無く、順調に航行していた。
「機体のブレもねぇし…。視界モニターも良好。中々悪くねぇ機体じゃねぇか…。」
狭いコクピットに身を沈めながらシグは独り呟いた。
シグの前方に小隕石群が広がっている。
ポイントP−3896。
『スリーピング・オライオンズ』の演習空域であった。
「っと、今日は演習は無いんだっけかな…。まぁ、いいや。ビーム砲だから、発射の反動ってのは無いんだろうし…。」
シグはシート後方に位置されたガンサイトスコープを引き出すと、のんびりと覗き込む。
前方モニターに同調する様に、スコープ焦点が映し出された。
「へえ。さすが、中距離支援機だな。どれどれ…。ズーム角は、と…。」
シグが手元のコンソールスイッチを捻るとデジタル処理されたモニター画像がたちまち望遠画像を映し出した。
「おお!こりゃ、面白しれぇ!」
ズームアップされたモニターにやや大振りの隕石が映し出される。
「とりあえず、照準っと…。」
ウェポンセレクターをAUX(外部補助入力)モードに切り換える。
モニターには兵種確認中のコメントが表示される。
「…おっせぇな!」
イライラとシグが呟く。
ようやく、Aux−Wepon−Matching−Dataという文字列が並ぶ。
「よしよし!エネルギー充填…。」
独り呟きながら、シグは砲の動力起動コマンドを入力した。
エネルギーゲージが徐々に上がり始める。
「冷却システムスタンバイ…。」
更にキーコマンドコンソールからコマンドを入力する。
「ったく、外部兵装ってのは、融通がきかねぇな…メンドくさくっていけねぇぜ…。」
フシュー
シグの座るコクピットシートに窒素タンクのバルブが開く振動と共に、冷却媒体へ液体窒素ガスが流れ込む音が響く。
「80…85…、冷却システム…確認…熱処理能力45%…。」
シグは静かにビーム砲発射の手順をこなしていく。
「充填95…100…。冷却75%…いよいよだぞ…。」
ゾクゾクする期待感がシグを包み込む。
手元のトリガーを軽く引き込む。
するとスコープが中央に映り込む物体にロックオンする。
更にトリガーを引けばビーム砲が発射される構造になっている。
「いくぞ…」
シグはトリガーに掛けた指に全神経を集中させた。
「3…2…1…0!発射!」
思いっきり、トリガーを引く。
ヴォンとビーム砲が怪しげな音を響かせた。
「…?」
「アレ?」
トリガーを引いたものの、シグの期待していたビームは発射されない。
「どうなってんだ?」
シグはサブモニターに映るビーム砲の砲身を見つめた。
別段、何も無いといった様子で砲は沈黙したままだった。
「なんだよ!ぶっ壊れたか!?」
シグはMSのアームを動かし、砲身をコンコンと叩いてみる。
しかし砲からはなんの挙動も無い。
コンソールモニターにも何の表示もされてはいなかった。
「仕方ない…帰投するか…。」
そう呟き、シグはMSの方向を変えた。
その時だった。
『そこのMS…停止しろ…』
シグの機に無線が入る。
「ああ?」シグはキョロキョロとモニターを覗き込み、声の主を探した。
『聞こえるか?そこのMS、停止せねば、撃墜するぞ。』
再び姿無き声がコクピットに響く。
「声はすれども、姿は見えず…まるでアナタは屁の様な…ってか?威勢はいいが、どう撃墜するってんだ?」
『ふ…こうやってさ…。』
突如、シグの右前方の巨大な隕石の影から3本の輝点が発生したかと思うと、みるみるシグの機に迫った。
「うおっ!艦砲ビーム砲か!」
シグは一気にバーニアを吹かすと、迫るビームをヒラリと避ける。
『貴様、連邦だな…。ふっ…連邦もいよいよMS投入間近と見た…。貴様の機、この私が手土産に頂く!』
「なんだと!てめぇ!ジオンか!」
『ふふ。ジオン第3艦隊所属、第14歩哨遊撃艦『アドミラル』の艦長、ゲーリック・バーチバルだっ!』
「連邦お膝元のルナツー付近でジオンの艦がチョロチョロしやがって!しかも第3艦隊だと!おもしれぇ!ぶっ飛ばしてやるぜ!」
『くくく。そんな出来損ないのMSで我が『アドミラル』を相手にしようというのか…。馬鹿め!』
ユラッ…
隕石の影で何かが動いた。
そして、ソコにいたモノ…。
「ちっ!ジオンの巡洋艦かよ!」
隕石の影から姿を現したのはジオンのムサイ型巡洋艦であった。
(巡洋艦とはいえ、戦闘艦相手じゃ分が悪過ぎるぜ!)
シグはMSの向きを変え、逃げの体制に入ろうとした。
がっ!
「ああ?」
突如シグの乗る機体は一切の反応を示さなくなってしまった。
「どうなってんだよ!」
シグは再起動コマンドを必至に入力する。
しかし、コンソールは何の反応も示さない。
「きしょっ!ちきしょう!」
泣きたくなる様な気持ちでシグは必至にキーコンソールを叩く。
そして、シグはコクピット内でブリップするランプに気がついた。
『兵装発射準備中』
「な、ナニィィィ〜!!」
慌てて、兵装状況を確認しようと、メインモニターの端にデーターを映しだす。
『AUX兵装 充填中…電力バックアップ本体より供給中…。』
「ばっ、ばっかやろぉぉぉぉ〜」
シグは絶望的な気分に駆られた。
様は携行していたビーム砲への電力供給が自前の装備で間に合わないため、兵装コンピューターはビーム砲の発射を最優先と判断して、MS本体の駆動系全ての電力をビーム砲に廻していたのであった。
『くくく。どうした?連邦のMS…?観念したか…。よし、回収艇を用意させろ!』
(ちきしょお!このままじゃ、マズイ!)
シグの焦りが頂点に達した時だった。
『充填完了…発射…』
なんの感動も無いコマンドがモニターに映し出される。
「ええっ!?」
流石のシグも仰天した。
瞬間、RGC−00X7の携行したビーム砲に振動が走る。
シグはもう、黙って砲身を眺めるしかなかった…。
砲塔の発射口が赤熱する。
大容量のエネルギーがゆっくりと蓄えられて行く様が見たまま感じ取れた。
シグは慌てて、バイザーを降ろす。
(もう、どうにでもなれだぜ!)
半ば投げやりな気持ちでシグは事の成り行きを見守る。
ヴオン…ヴォン…ヴォン…
発射口の赤熱が更に白い光に変わっていく…。
そしてついに集積されたエネルギーの塊がシグの乗る機体から弾き出される様に飛び出した!
ブッシュゥゥゥゥゥ〜
尾を引く彗星の如く、ビーム砲が活動を停止したシグの機体からみるみる離れて行く。
次に仰天したのは、『アドミラル』に乗艦していたクルーだった。
「艦長!敵MSより高エネルギー体!接触まで、2秒!」
「な、なんだとう!?」
艦長ゲーリックは叫んだ!
艦橋から見る広々とした漆黒の宇宙空間にポツンと発生した白い光がみるみる迫る。
彼の大好きなコーヒーにミルクを落とした様な…。
「ばかな!MSにビーム兵器…」
それが、彼が口にした精一杯の言葉であった。
白い輝きはあっと言う間に、ゲーリックの体を戦闘艦の艦橋ごと飲み込み、そして、粒子レベルまで分解していった。
遊撃戦闘艦『アドミラル』は沈黙した。
「なんて…なんて馬鹿馬鹿しい兵器だ…」
シグは呆然としながら、前方で艦橋から第2砲塔の半分までが消滅したジオンの戦闘艦を見つめた。
メインモニターは白く焼きつき、シグはサブモニターで事の成り行きを見ながら、バイザーを上げた。
「こんな…戦争になっていくのか…?」
戦闘機でドッグファイトをしていた頃が懐かしい…。
大容量兵器による殲滅戦…。
それは彼の思う所の闘い方では無かった。
「ふう…。生存者は…。」
シグは軽くスティックを動かしてみる。
ビーム兵器の発射を終えた時点で動力電源が戻ったらしい。
シグの思い通りに機体が挙動する。
シグはフットペダルを踏み込み、バーニアを吹かした。
と、突如、コンソールのアラームが鳴り響く。
ビィービィー!
『AUX兵器耐熱許容温度超過。暴発の危険』
「ちっ!やっぱり中途半端か!」
シグは慌ててビーム砲の固定ベッドの切り離し作業を行う。
電磁ロックされたフレームベッドが切り離された。
切り離し完了と共にシグはビーム砲から離れた。
だが、ビーム砲は冷却装置を内臓した後部パーツからあっと言う間に赤熱化していった。
そして…
ドォォォォォーン!
凄まじい爆発と共にビーム砲が粉砕される。
「ぐおっー!」
シグの機体が爆発に煽られ、弾き飛ばされる。
戦艦一隻を吹き飛ばす威力のビーム砲である。
シグの乗る機体も無事では済まされなかった。
装甲表面は爆炎に炙られみるみる焼けただれていく。
その熱は機体を伝わりコクピットのシグをも包み込む。
「うひっ!アチッ!アチィってばよ!」
シグは必至に機体を反転させるとバーニアを一気に吹かした。
しかし、更なる爆風がシグを追った。
「ぐおおおお!マズイ!弾倉が炙られたら…」
そう呟きながら、ながら、シグは必至に機体の安定を保とうとする。
が、巨大な爆炎が更にシグを飲み込もうと広大な宇宙空間に広がった。
冷却用の液体窒素は気化しながら、爆炎を打ち消そうとしていたが、それよりも混合用のドライエアーと液化水素が爆発に拍車を掛けていた。
可燃性の気体が急速に広がり、その気体を追うかの如く炎が真空空間であるはずの宇宙に広がる。
シグは己の機体の推進力よりも速い爆風にまるで、木の葉の様に煽られながら、『アドミラル』の方へ流されて行った。
そして…
つづく。
episode49:「シグの驚愕」
シグの機体はフラフラと不安定な姿勢で『アドミラル』に近づいた。
やがて、艦橋の消失した宇宙戦艦に激突する。
ガァァァァーンと乾いた金属の接触音が艦内に響いた。
「う、ううん。」
シグは機体の衝撃で数秒間失っていた意識を取り戻す。
「なんてこった…。」
取り敢えず四肢の無事を確認する。
特に痛みを感じる部分は無かった。
「ちきしょう…中途半端なモンつくりやがって…。」
次にシグは機体の状況を確認する為にモニターをチェックする。
第1装甲大破
コクピットブロック周辺は爆発の直撃は防ぎきったものの、満足な装甲能力を保持しているとは言えない状況であった。
電気系統、油圧系統等は細かいところでのダメージはあったものの、何とか稼働は出来る状態である。
「よしっ、MSの方は中々優秀だぞ。」
シグはピューと口笛を吹くと、焼きつきの直りつつある外部モニター画像に目をやった。
『アドミラル』の巨大な船体。
モスグリーンに染められたムサイ型巡洋艦の左舷、艦首にほど近い部分であった。
膨大なエネルギー量で射抜かれた戦艦は沈黙を保ったままであった。
戦闘配備中でクルーはノーマルスーツを着用しているとは思うが、機関部位、格納庫周辺にいたクルー以外、つまりは官制部署や階段状に配備されている3基の主砲要員達は恐らく、何も判らないまま、消滅してしまったと思われた。
艦内には勿論、生き残りのクルーが存在しているはずだ、しかし、制御すべきブリッジが消滅してしまった戦艦には既に反撃能力は無い、とシグは判断した。
そして…
「こんなMSじゃ、救助もできん…すまんな。基地へ帰って、すぐに助けてやるぜ…」
シグはなんとか動くMSの姿勢をルナツーへ向けようとした。
その時だった。
敵の信号を示すブリップがモニター下方を示す。
「何?まだ、戦闘能力があるってのか?」
シグはあわてて、頭部カメラを自らの機の下へと向けた。
そこに映ったのは果たして、ムサイ級巡洋艦に装備された大気圏突入用のカプセル、通称『コムサイ』であった。
巡洋艦の艦首下方に格納された宇宙艇が今、まさに射出されようとしていた。
「なるほど、脱出手段はあるってわけか…」
シグは内心、ほっと息をついた。
大気圏用カプセルならば、武装は大したモノがないはずだ。
なにより、今射出された艇は避難する兵士達が乗り込み、戦意すらないはずだ、と。
が、しかし、それはシグの思い込みに過ぎないとすぐにシグは覚った。
射出された艇は宇宙空間で弧を描くとシグの機体を目掛けて突進してきた。
「な、なに?」
大した武装も無いくせに!
シグは叫ぶ、しかし、考えてみれば、自分自身も大した兵装というものを保持してはいなかった。
両肩の240mmカノン砲、残弾12。
確かに相手はMSに比べれば巨大だ。
だが、試作機のこのMSで当てる自信シグには無かった。
とうする?
シグは自問自答する。
逃げるか?それとも至近弾でブチ込むか?
躊躇している暇は無い…。
シグはトリガーに手を掛けた。
『コムサイ』のパイロットはニヤリと笑った。
(コイツ、やる気だ…)
自らの母艦を沈められた恨みは、ある。
が、しかし、何よりも彼が心を踊らせていたのは、自らの艇に格納された兵器の威力を試せる事であった。
「艇内、状況…」
『こちらMSハッチ。いつでも行けるぜ。』
「了解。連邦のセコハンMSはヤル気らしい。」
『面白い…。早速こいつが試せるとはな…。』
「よし、試作MSの出撃、いくぞ。」
『了解。システムコントロール準備OK。好きなだけ、ヤッてこい…。ムイルギット…。』
『テッキ、カクニン、ムイルギット、スンバイ…OK』
恐ろしく機械的な、というか、電子音的な声がMSデッキのコンソールパネルから響いた。
MSデッキの整備兵がニヤリと微笑む。
「こいつの声はいつ聞いても、気味が悪いぜ…。」
シグの前方でコムサイの艇下部に設えられたハッチが八の時に開く。
「な…なんだってんだ…?も、モビルスーツなのか…?」
シグはハッチからゆっくりと離れ様としている、兵器をみた。
間違いなく、モビルスーツ。
その外観はザクに限りなく近い。
が、両肩にスパイクアーマーが装備され、両腕には巨大なトマホーク。
そして、シグを一番驚愕させたのは、背中のバックパックの巨大さであった。
直立不動の姿勢で天より降臨するかのごとく、宇宙空間に降り立ったザク。
その頭部の凶々しいモノアイが「ブンッ」と輝きを放った。
刹那!この世の物とは思えぬ速度でザクはシグの機体に迫った。
背部ブースターの凄まじい加速力で一気にシグの機体との差を詰める。
だが、シグも呆然としていた訳ではない。
敵機の距離を一瞬にして読みとるとトリガーを引く。
ドン!ドン!両肩のカノン砲が素直な振動とともに発射される。
が、シグは驚愕した。
機体の前方で巨大なトマホークをクロスさせた敵機はまるで、シグの攻撃を読んでいるかの如く、全身のスラスターを使い分け、宇宙空間をまるで、滑空するかの如く、そして、滑る様にして、シグのはなった弾丸を避けていく。
シグは信じられないモノをみたと一瞬、躊躇したが、彼の戦闘本能は一気に彼を現実に引き戻した。
自然と身体が動く、一撃をかわされたシグは機体のブースターを一気にMAXパワーまでたたき込むと、突進してくる敵機をかわす様に飛び上がった。
が!
シグは次の瞬間、まさに信じられないモノをみた。
自らのモニターに映ったモノ、それは敵機の頭部であった。
「な、なにぃ〜!!こ、こいつ…」
シグは垂直に飛び上がったのだ、普通であれば相手の推進速度からいけば、絶対にシグの機体を捉えられずに通り抜けていくハズであった。
そして、背後を取ったシグが後ろから…
そんな計算を全て否定する挙動を敵MSはとったのである。
ザクはシグの機体と同調するかの如く、凄まじい勢いで敵機は垂直移動したのだ。
シグはパニックに陥いった。
(こんな、こんなバカな!)
が、その瞬間、シグの機体に衝撃がはしった。
敵機は両腕に構えたトマホークを一気に振り降ろすとシグの機体を切り裂いた。
「ぐっ!」
コクピット中のアラームが鳴り響く。
そしてシグは聞いた。
敵機が接触している機体振動から聞こえる声…
『コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス…』
(こ、これは…??)
『イチバン、イチバン、イチバン…ボクガイチバン!ミンナ…キエテナクナレッ!』
(ム、ムイルギット?)
シグは直感した。
このMSにのっているのは、誰でも無い、あの心優しき青年、ムイルギットだと。
「ム、ムイルギット…なのか?お前、ムイルギットなんだろう!?おい!どうなってんだ、こりゃ!俺だ!シグだ!シグ・アニェスだ!」
『コロスコロスコロスコロスコロス…シグコロスシグコロスシグ…シグ…シグ…』
「そうだよ。俺だムイルギット!シグだよ!灼熱の翼だ!お前の隊長だ!」
『ワレハムイルギット…シグ…データー照合…データーアンマッチ…シャクネツノツバサ…データー照合…データーアンマッチ…』
「おい?おい、ムイルギット…?お前…じゃないのか?どうなってんだ?ムイルギットなんだろ?おい!?おいっ!?返事しろ!」
シグの叫びに敵機の挙動が止まる。
が、すでにシグの機体は四肢が切り裂かれ、鉄くずと化していた。
しかし、シグはそんな事も構わずに叫びつづけた。
「おい!ムイルギット!お前、いつからジオンになっちまったんだ!?でも、でも、生きて、生きていたんだな!ムイルギット!」
『…イキテイル…セイゾン…シグ…データー照合…ジオン…ムイルギット…システムネーム…』
「システムネーム…どういう事だ?おいっ!ムイルギット!顔を見せろ!俺だよ!覚えていないのか?おい!ムイルギット!」
接触した2機のMSの様子をモニターで眺めていたコムサイのパイロットは少々、首を傾げた。
「おい。そちらに博士はいるのか?」
『はい。フラナガン氏なら、そちらに向かいました。』
と、同時に背部のドアが開く。
姿を現したのは顎髭を蓄えた初老の男性だった。
「いかがですかな?彼の闘いぶりは?」
男−フラナガン−はモニターを覗き込むと目を細めた。
「博士、奴の機動力は大したモンだが…」
「ははは。そうでしょう。普通の人間なら、耐えられるGではないですからな。」
「では、奴はどういった訓練を?」
「訓練?彼は何も特別な訓練を受けてはおりません。なにせ、彼は肉体というものを持ってはいない。」
「む?」
「究極のバイオテクノロジーといいますか、生体コンピューター、つまり、彼の肉体と言うべきモノは脳だけですので。」
「そんな事が…?」
「特殊なケースに納められた培養液に浸された彼、ムイルギットの脳は通常のパイロットの5倍のGに耐えられます。そして、意思伝達は脳に埋め込まれたチップを通して、直接MSの操縦系統へ伝えられる。通常の人間が手足を動かして操縦桿を操作するより何倍もの速さでMSを操縦する事が可能なのですよ。」
「よくも、まぁ、そんな事を…」
「これ位の事をやってのけなければ、栄光あるジオンの第一級研究施設の座は勝ち取れませんからな。ましてや、軍上層はジオン・ズム・ダイクンが提唱したニュータイプ理論の可能性を模索していると聞く。私はこの研究成果を持ってデギン公王の元に伺うつもりです。」
「ふむ。それで、実践データーの収集の場を求めて、『アドミラル』に乗船した訳か…」
「ま、そういう事です。母艦は運悪く、撃沈の憂き目にあいましたがな…。」
「案外、奴が疫病神なのではないのか?」
「何をおっしゃいます。彼は優秀な青年でしたよ。MS理論に精通し、確固たる自我を持っていた。あの、黒い三連星の拷問にも近い尋問に耐え抜きましたからね。結果、自白剤の多用によって、廃人に近くなってしまいましたが…。それでも、彼は最期に自らの命を断とうとしたのですよ。彼の精神力は全く、素晴らしいものです。」
「拷問…じゃあ、奴は連邦の兵か、レジスタンスだったのか?」
「まぁ、ここだけの話ですが、レピル将軍の奪回作戦というものがあったのは事実らしく、その内のメンバーの一人だった様ですな。」
「しかし、そんな連邦兵をよく、ジオンの兵士と出来たものだ。洗脳でもしたのか…?」
「あはは。貴方は随分と好奇心がお強い様だ。それに知識も豊富な様ですね。先程も述べた通り、今の彼は自我というものを持ち合わせてはおりません。攻撃的本能に電極を差し込まれた蛋白質の塊です。つまり、敵を倒せ、お前の敵はアイツだと教えてやる、データーをインプットする訳ですな。そうすれば、彼は本能の赴くまま、敵を殲滅させる事だけを最優先するのですよ。」
「しかし…わからんな。そういったデーターだけでは、敵の攻撃を予測する事までは不可能ではないのか?先程の敵MSの砲撃をかわす所等はまるで、予測していたかの様な動きだったが…?」
「素晴らしい。貴方は全く聡明な方ですな。仰る通り、どんなに熟練したパイロットでも敵の行動を予測する事は難しい。しかし、人間の脳というものは本来の力の30%も使用していないと言われています。この辺りが私の考えるニュータイプ理論と重なってくるのですが、彼の場合、肉体を捨てた事で、本来の脳の働きと言うものが、培われて来たのでは無いでしょうか?無論、資質というものもあります。」
「資質、ねぇ…。」
「失礼ですが、貴方は?一介のパイロットとは思えませんが…。」
「ああ、失礼。シャア、アズナブルという。一介のパイロットだ。」
「…!?シャア!?では、貴方が!!」
「ふん。先の戦役から休暇を取ったつもりで、こんな田舎の遊撃艦に乗艦したが、なるほど、面白い物を見せてもらった。」
「貴方程の方のお力添えがあれば、私の研究機関設立も夢では無いのですが…。」
「私が?冗談だろう。私はただのパイロットに過ぎん。それに、あんなものが席巻したのでは、私の飯の種が無くなる…。だが…個人的には興味深いな。心には留めて置く。だが、あまり期待するな。」
「は、何卒、よしなに。少佐…。」
『ブリッジへ。ムイルギットの様子が変です。』
突如、フラナガンの部下らしき人物から連絡が入った。
「何?どういう事だ?」
『ムイルギットのシステムにノイズデーターが入り込んでいます。』
「ノイズ…馬鹿な!?どこから、そんなノイズの入り込むというのだ?」
『は。それが、自己データーの様です。』
「な、なんだとぉ!?そんな馬鹿な!彼には自我は存在せんのだぞ!」
『で、ですが…』
フラナガンの焦燥ぶりにシャアは冷やかな冷笑を浮かべた。
「研究の成果とやら、見届けさせて貰おう…」
「しょ、少佐。これは…」
「奴も人間だという証拠だろう。所詮、人間というものは自我と言うものは捨てきれん、という訳だ。人は存在する限りレゾンデートルというものを模索し続けるのが人だ、と言う事さ。」
「で、ですが…」
「ふふ。博士、何も私は貴方の研究を非難するつもりは無い。どうだ、考え方を変えてみては。」
「ど、どういう事でしょうか…?」
「最初から自我を持つ人間を強化すればいいのだよ。貴方が自分で言ったのだ、資質の問題もある、と。ならば、最初から資質を持った人間を探し出し、ニュータイプとして育てればいいのだ。理屈は貴方が持っているのだから。」
「…なるほど…。」
「よし、もういい、奴は回収しろ。ただちにこの宙域から撤退する。これ以上モタモタしていると敵が来んとも限らんからな。ルナツーはすぐ目と鼻の先だ。」
シャアは前方で絡み合う2機のMSに目をやると、直ぐに艇を発進させた。
シグは焦っていた。
すぐ目の前のMSにはあのムイルギットが乗っている。
たが、数刻前から敵MSは活動を停止し、ただ、シグの機体を保持しているだけであった。
そして。
『ムイルギット…ワタシハムイルギット。データー照合…カクニン。ナゼ、テキガワタシノナヲシッテイル…?』
「敵?俺が敵だってのか?ムイルギット。俺はお前の上官、シグ・アニェスだぜ!?お前こそ何故ジオンのMSに乗っている?」
『ワタシノジョウカン…?ワタシハフラナガンハカセノメイニヨッテカツドウシテイル。システムムイルギット…ワタシハニンゲンデハナイ。ダガ…マシーンデモナイ…システムプログラム…ノハズ…ダ…。」
「システムプログラム…?馬鹿な事を言うな!お前はムイルギット・アウルバウト!俺の可愛い部下だ。なぁ、帰ろうぜ。ムイルギット。一緒に。ビリーや、ベイル、マイク達が待ってるんだ。お前を。」
『…ビリー…ベイル…マイク…データー照合…データーアンマッチ…ダガ…ベイル…ナツカシイ…ナツカシイ…ッテナニ…・・・?』
「そうだろう?懐かしいよな!な、ムイルギット帰ろうぜ。俺が新しいねぐらに連れていってやるよ。な。」
『ナツカシイ…ベイル…マイク…ビリー…シグ…タイチョウ…』
「そうだよ!シグ隊長だよ!」
『ボクハ…ボクハ…』
「思い出したか!?ムイルギット!」
『オモイダス…データー…』
「違う!データーじゃない!記憶だ!お前の記憶をたぐりよせろ!」
『キオク…データーバンクデハナイ…キオク…』
「そうだ!」
『キオク…シグ…オモイダス… ・・・・・・・・シグタイチョウ!』
「ムイルギット?」
『ソウデス!ボクハムイルギット・アウルバウト。スリーピング・オライオンズノムイルギット!』
「そうだ!いいぞ!ムイルギット」
『ココハ…ドコデス?ナニカヘンデス。デジタルモニターガチョクセツシカイニハイッテキマス。MSデーターガチョクセツノウニハイリコンデクルヨウナ…。』
「ん?それは…よく分からんが、とにかく、だ。一緒にルナツーへ帰ろう。な。」
『ハイ…シカシ、シグタイチョウのMS…ヘンテコデスネ。テアシガナイデス…。』
「ん?まあ、まあな。なぁ、ムイルギット、お前のMSで俺を運んでくれるか?」
『モチロンデスヨ。サァ、イキマショウ。』
ムイルギットのザクがシグの機体をガシリと掴んだ。
そして、シグの示す方向へ向かおうとバーニアに火が入った…。
つづく。
episode50:「シャアVSムイルギット」
「少佐!ムイルギットが!」
コムサイのコパイががなった。
「判っている。フラナガン博士。この状況をどうみる?」
シャアは呆然と前方の状況をみやるフラナガンをシートの上から振り仰いだ。
「こ、これは…こんな馬鹿な…」
フラナガンは自分の実験体があり得ない行動に出た事に呆然としていた。
そう、『自我』の無いはずの戦闘システムである『ムイルギット』が敵MSを抱き抱え、ルナツー方向へ飛び立とうとしているのだ。
「しかし…少佐…これは…」
フラナガンは必至に現況分析を行おうと自らの頭脳をフル回転させた。
「博士。そういう事だ。人類はまだ、そこまでは至っていないのだよ…。」
シャアはフラナガンを一瞥するとコクピットシートを立った。
「博士。気の毒だが、あの実験体は現時点を持って破棄とする。いいな。」
フラナガンは黙って頷いた。
「悪い様にはせんよ、博士。言ったろう?私個人としては、非常に興味深い。あのテストモデルには吐き気すら覚えるが。」
そして、シャアはコンソールのスイッチに手を触れるとMS格納庫に連絡をとる。
「私のMSは準備出来ているか?」
『少佐!?少佐がお出になるので?』
「私でなければ、あのバケモノは止められまい?」
『了解です。おい!少佐のMSを!』
「それで、いい。」
シャアは静かに自らの『赤い彗星』に向かった。
「なあ。ムイルギット?」
シグがコクピットシートに身を沈め、呟いた。
『ハイ?』
えもいわれぬ、機械的な声が響く。
「何があった?」
『…ワカラナイ…。タイチョウ、ワタシニハナニモ…』
「そうか…。まぁ、ルナツーに帰ってみんなの元気な顔を見れば、思い出す事もあるだろう…」
『ハイ…』
「なあ、ルナツーはすげぇ事になってるぞ!連邦製のMSがズラリと並んでる。まぁ…試作機ばかりだが…。」
『ボクモノレマスカ…』
「ああ!ムイルギット!お前なら、全てのMSに乗れるさ!」
シグはまだ、知らない。ムイルギット本人が変わり果てた姿となっている事を。
ブンッ!
『赤い彗星』のモノアイが凶暴に輝いた。
「06S シャア・アズナブル、出るぞ!」
『少佐!どうぞ!』
「うむ。」
シャアはスロットルを一気にアフターバーナーまでたたき込むと、コムサイのMSデッキの床を蹴った。
なれ親しんだ加速感が彼を包み込む。
標的はすぐそこだ。
『赤い彗星』の異名を持つ彼にとっては何ら問題の無い距離であった。
流星の様に輝くバーニアが直ぐにモニターに入った。
シャアは手にしたマシンガンを構えると一射した。
「さて…どうでる?」
口元に薄く微笑みを浮かべると彼は「敵機」の挙動を待った。
ムイルギット機の5時方向から火線が飛んだ。
ムイルギットは即座に気づいた。
何故か敵味方を知らせる信号は味方を示している。
『ナゼ?』
今のムイルギットには理解出来ない。
自分が抱き抱えるMSの識別信号は「敵」だが、乗っているのは「シグ隊長」、後方のMSは「味方」だが、確実に自分を狙っている。
ムイルギットは混乱した。
『ナゼ?』
ムイルギットは自らに芽生えた「自我」の中で葛藤していた。
『タイチョウ…コウホウカラMSが…』
「あ?ホントか?…追手だ!ムイルギット!逃げろ!」
『シカシ…シキベツシンゴウハ『ミカタ』デスガ…』
「あ?ああ、そうか。そういう事か…。いいか!ムイルギット!信号はどうでも、俺達を狙う奴は敵だ!判るか!?」
『…ムイルギットリョウカイ…コウホウMSハ、テッキトニンシキ。セントウプログラム…モード307…』
「戦闘って…おい!ムイルギット!逃げるんだよ!」
『タイチョウ、コウホウMSハMS−06−2Sタイプデス。コマンダーモデル…『アカイスイセイ』デス』
「あかい…彗星!?あの、ルウム戦役のエースか!?シャアの5艘飛びの…アレか!?」
『タイプSハツウジョウモデルノ3バイノシュツリョクトイワレマス。ワタシノ06−2Xノシュツリョクデアレバ、ムロン、フリキレマスガ…』
「ならば、逃げろ!ムイルギット!まともに遣り合って勝てる相手じゃないぞ!」
『シカシソレデハ、タイチョウノカラダガモチマセン…』
「…? それはどういう事だ…?」
『アカイスイセイノツイゲキヲフリキルニハ…ゲンジョウノ5バイノスピードガヒツヨウトナリマス。サイダイカソクジニカカルGハ20…ツウジョウノパイロットデハカラダガモタナイハズ…。』
「20…G?お前…・えっ?」
『ワタシノセイタイデータハキョヨウヲシメシテイマス…ナゼカハワカラナイ…。』
「お前…まさか…」
『ナニ…デス?』
「改造でもされたんじゃねぇだろうな?ええ?機械人間って奴か?はは。」
『…カイゾウ…ワカリマセン…タダ、コノMSジタイガ、テアシノヨウニカンジマス…。』
「MSが手足って、中々生意気な事をいうじゃねーか!まるで、エースパイロットだぜ!」
『ソンナコトヨリ…』
「おお!そうか!ムイルギット、いいから、逃げろ!」
『…ハイ。タイチョウ…。』
ブンッ!
突如、シグの身体がシートにめり込んだ。
ムイルギットが一気に加速をくわえたのだった。
「ウグッ」
シグが突然襲ったGに思わず声を漏らす。
『ダイジョウブデスカ?』
「は、はは。なんてこた…グッ…」
シグの眼前が一気にブラックアウトする。
このままでは、意識が飛んでしまいそうだ。
メキッ!
更にシグの耳元で嫌な音が響く。
Gに耐えられないシグの機体が瓦解し始めた様であった。
「ちょっ、ちょっと!まってくれ!ムイルギット!」
必死にシグが叫ぶ。
『ハイ?』
「こ、このままじゃあ、お、俺は大丈夫だが、機体が持たん…。」
『…ソノヨウデスネ。』
「と、取り敢えず、ルナツーはすぐそこだ。幸い、俺の機はバーニアは使える様だ…。なぁ…ムイルギット、お前のそのすげぇ、MSで時間は稼げるか?取り敢えず、15分でいい!その間に俺は応援を呼ぶ…。どうだ?」
『15フン…。タイチョウ、オマカセクダサイ…ワタシハマケナイ!』
「え?いや、無理はするな。相手はジオンのエースだ。いくら、お前のMSがすげぇ機動をしても…。」
『シャア・アズナブル…カレノセントウパターンハデーターベースニハイッテイマス…。ダイジョウブ!』
「シャア・アズナブル…『赤い彗星』か…。厄介な相手だが、このままでは、俺もお前も助かる見込みが少ない…。頼む!ムイルギット!」
シグはムイルギットの腕から飛び立つ様に離れるとバーニアを吹かした。
「頼むぞ!ムイルギット…」
後ろ髪を引かれる想いで、シグはムイルギットから離れた。
「ん?どういう事だ…」
シャアは目を細めて前方のMSを見やった。
彼が一射した後、敵MSはその素晴らしいレスポンスを見せつけた。
その加速は彼のSタイプのザクでも追いつく事が出来ないと即座に判断させる程のものであった。
が、今は突如として、加速する事を止め、2機のMSが離れていく。
四肢を失った連邦製MSはルナツーに向けて…。
「システムが正常化したのか…?ならばっ!」
シャアは前方に飛び出したシグ機を目指した。
どちらにせよ、連邦のMSを墜としておいて間違いは無い。
が、そんな彼の前に立ちはだかったMSがいた。
ムイルギットだった。
『タイチョウハヤラセナイ!』
味方コードを発するMSから機械的な音声が響く。
「なるほど、そういう事か!」
シャアは瞬時に敵味方を悟るとムイルギット機にマシンガンを放った。
「墜ちろ!バケモノ!」
先に倒すべきはこいつだ。
このバケモノを落せば、後は破壊れたMSのみだ。
シャアは咆哮すると自軍の試作機に迫った。
シャアのマシンガン斉射にムイルギットは素早く対応した。
全高18mのMSに対応したその巨大な弾丸が空を切る。
「ちぃぃぃ!バケモノが!」
シャアは檄高し、更にマシンガンを放つ。
だが、ムイルギットはそんなシャアの行動を読んでいるかの如く、右へ左へと銃弾をかいくぐった。
シャアの中で焦りが生まれる。
(何故だ!?何故当たらない?)
ジオンの士官学校を出てから、パイロットとしての教育を受け、最前線で闘ってきた。
その功績は彼に「赤い彗星」の異名を与え、同期軍人の中でも常にトップで有り続けた。
そして、20歳という若さで勝ち得た少佐という、階級。
彼にとって勝利こそがプライドであり、絶対的な力の差というものが、自身の存在価値であった。
そんな彼の攻撃が当たらない。
シャアは自らが焦りを覚えている事を自覚した。
ただし、彼がエースたる所以は決してマシンの挙動にその焦りを反映させない事であった。
神経を研ぎ澄ます。
相手の気配を読む。
シャアにこれまで、何度も困難なミッションをこなしてきた。
そのたびに培われて来たのは、彼の闘いの本能であった。
その本能を剥き出しにし、闘いのオーラというものを彼は身にまとった。
「ならばっ!」
即座に彼は照準器による狙い撃ちを諦め、闘いの本能が命ずるままにマシンガンを放つ。
『ウッ』
ムイルギット機の右肩を弾丸をかすめる。
『サ、サスガデスネ…』
ムイルギットの自身のデーターベースを超えるレスポンスが敵機から弾き出される。
『コノママデハ…』
シグは時間を稼げといったが、逃げ回るだけでは、シャアの驚異的とも言える戦闘本能がムイルギットを超える事は即座に理解できた。
シャアとは、そこまで、有能なパイロットなのである。
ムイルギットは一気に加速した。
シャアの懐へ飛び込み、一撃離脱を試みる。
グワッ!
一気に全開にしたブースターがムイルギットの背中を押した。
「むっ?くるか!?」
シャアも即座にムイルギットの戦法を理解する。
「正面から…なめるなぁ!」
シャアは自機ののし正面から飛び込んで来るムイルギットを見据えると、マシンガンを構える。
ドガッドガガガガガガッ!
閃光弾の交じった弾丸が宇宙空間を切り裂く。
自身の放ったマシンガンのマズルフラッシュでモニターが焼きつく。
シャアは目を細めた。
「…やったか?」
と、相手の機が自機の上部に位置するブリップが点滅する。
「避けた?させるかぁ!」
シャアはマシンガンをあっさり放棄すると腰につり下げられたヒートホークを抜き去った。
ガツーン!
全長18mの巨体を震わす衝撃が襲う。
ムイルギットがシャアの上方から巨大なトマホークを振り降ろしたのであった。
しかし、シャアもその攻撃を予期してか、自身のヒートホークで迎え撃つ。
「ぐおっ!」
が、流石のシャアもたじろいだ。
ムイルギットはトマホークを振り降ろしたと同時に背中のバーニア出力を全開にし、そのパワーでシャアを押し切ろうとする。
「やる…。だがっ!」
シャアは両腕でヒートホークを支え、ムイルギットのトマホークを受けていたかと思うと、自身の姿勢を崩し、正面から押し切ろうとするムイルギットの機体を後方に受け流した。
ムイルギットはシャアの機体に逃げられると、その有り余るパワーに押され、シャアを飛び越える形となった。
「貰った!」
シャアは姿勢を崩したムイルギット機を視界の隅に捉えると、一気にヒートホークを灼熱化させ、ムイルギットの機に切りかかった。
ガツン!
シャアは確かな手応えを感じた。
『ウッ…』
ムイルギット機の右脚部が切り落とされる。
『マダ…デス。』
ムイルギットも怯むことなく、機体を反転させると機体の前でトマホークをクロスさせる。
「そんな…こけおどしがぁぁぁ!」
シャアは一声吼えるとムイルギットの機体に突進する。
灼熱化したヒートホークを高々と掲げ、ムイルギットのトマホークをへし折らんとばかりに一気に詰め寄る。
ムイルギットもまた、クロスしたトマホークでシャアの一閃を受け止めんと同時に突進した。
ガシーンッ!
両機の得物が激しい火花を散らして、ぶつかり合う。
ガツーンッ!
ガツーンッ!
ムイルギットが責めたて、シャアが流す。
シャアが迫り、ムイルギットが引く。
一進一退の攻防が繰り広げられる。
が、徐々に、徐々に形勢が変わりつつあった。
『…イキグルシイ…ナニカ…ウウッ…サンソノウド…テイカ…』
ムイルギットの動きが徐々に緩慢となる。
今では、シャアの繰り出す攻撃を受けるのが精一杯、いや、所々にヒートホークのブレードが食い込んでいた。
(ふっ…そろそろ限界か?)
シャアはフラナガンの言葉を思い出していた。
彼、(シャア)がMSデッキに立った時、同行したフラナガンの言葉。
「少佐、ムイルギットの活動可能時間は精々、2時間です。無理をなさらなくとも…」
「2時間…?」
「は。彼は肉体というものを持っておりません。培養液に浸された頭脳のみであります。そして、この培養液は洗浄循環しておりませんので…。」
「汚れた液体の中で徐々に朽ち果てて行く訳か…。」
「…はっ。」
「よくも…まぁ。」
「アレは試験体ですので…。」
「そういうのが、私は気にくわんのだがな。」
「…はっ。」
「そろそろ廃棄させて貰う!」
シャアの渾身の一撃がムイルギット機の頭部を叩き潰す。
『モニターソンショウ…』
ムイルギットが静かに呟く。
シャアは容赦なくムイルギットの機を打ち砕いて行く。
『カツドウセイゲン…。データーバンクソンショウ…。』
「まだ、堕ちぬか。しぶとい!」
すでに木偶となったムイルギットの機体を打ちつけつつ、シャアは叫んだ。
『アクチュエーターセイギョフノウ…』
抵抗しなくなったMSを見据え、シャアは最期の一撃を放った。
「貴様の人生は不幸に思うが…。私もイロイロとやらねばならん!恨むなよ!」
シャアはヒートホークのエネルギーを開放すると、ムイルギット機の胸元を切り裂いた。
ムイルギットの脳裏に最期に映ったものは何だったのか…。
灼熱化したブレードが超鋼スチールをチーズの様に切り裂いて行く。
「あれか!」
シャアは敵機のコクピットに納められた銀色に輝く金属ケースを見いだすと、即座にムイルギットの機を離れた。
やがて、先程放棄したマシンガンの元にたどり着くと、彼はヒートホークをラックに納め、マシンガンを構えた。
「さらばだ…。実験体。」
照準をムイルギットに合わせる。
ガッ!ガガガガガッ!
次々と発射されていく弾丸は惑うことなく、ムイルギット機のコクピットに吸い込まれていった。
へしゃぎ、破裂し、弾け飛ぶムイルギット。
シャアの目に、その灰色の脳髄が映ったかは定かでは無い。
シャアは全ての興味を失った様にコムサイに戻った。
「お疲れさまでした。少佐。」
「うん?ああ。」
MSデッキの整備兵に声をかけられてもシャアは不機嫌な態度を隠そうとはしなかった。
「また、スコアアップですね!?」
「味方機を沈めてか?馬鹿を言うな。あんな出来損ないを沈めても嬉しくはない。」
「は、はあ。」
「それより、コクピットに連絡だ。あの機体を曳航し、処分させろ。破壊したといっても連邦には渡せん。」
「はっ。」
シャアはMSデッキ脇のバイロット控室に入ると、ヘルメットを脱いだ。
見事なプロンドヘアが溢れる。
しかし、フランス系移民の端正な顔はその謎めいたマスクの下に隠されたままであった。
(…この私が、戦闘で焦りを覚えたのだ。素直に喜べるか。もし、奴にハンディキャップが無ければ…。あの異様とも思える殺気と威圧感。ニュータイプという奴なのか?…亡き父上が提唱した人類の覚醒とは…。戦争という環境の中で生まれるという理論では無いはずだ…。だが…。)
シャアの瞳が妖しく輝く。
「ブリッジへ。フラナガン博士を。」
シャアは再びヘルメットを身につけると、MSデッキへ戻って行った。
つづく。
episode51:「それぞれの想い」
ファルコニアとシルフィは巨大なシャッターの前に立っていた。
20mを超えるシャッターは岩盤をくり抜いた位置に備えつけられている。
「こりゃ…また…呆れたもんだ…。」
呆然と見上げながらファルコニアは呟いた。
「中尉のお気には召すと思うのですが…。」
柔らかな微笑を浮かべてシルフィが寄り添う。
「はっ。まさに秘密基地だな…。勿論、気に入ったぜ!」
連邦のトップシークレット、タイプ78の研究施設であった。
ファルコニアはシャッター脇の研究員用のドアを開けると更にほくそ笑んだ。
「おいおい!こりゃあ!また!!」
左手に広がるMSハンガーに並んでいるのは連邦各研究所で開発された試作機だった。
はしゃぐファルコニアを見て、シルフィは再び微笑む。
(まるで…子供ね。)
「すげぇーな!シルフィ中尉!まるで、こりゃあ!まるで…。」
「なんです?」
「おもちゃ箱だ!」
「中尉。MSは玩具では有りませんよ。兵器ですからね。」
「判ってる、判ってるが…。こりゃ、すげぇ!」
ファルコニアは整備用のハンガーベッドに据えられた機体を見上げる様にして見て回った。
「お!ガンダムヘッド装備型もあるじゃねーか。」
「こっちは…大砲担ぎか…?」
連邦内で初期開発されていたRXシリーズがベースとなり、試験運用データーがブィードバックされた機体の数々を見てファルコニアの胸には熱いものが込み上げていた。
今ではバラバラとなってしまったチームの懐かしい顔が思い出される。
シュガト、ヨーコ、そして…シグ。
つい数カ月前までは一緒だったのに、まるで、もう何年も、何十年も経ってしまった様だ。
自分の元に残されたのはシルフィのみ。
そんな思いを胸にファルコニアはそっとシルフィの方を振り返った。
手にしたバインダーに何やら書き込む仕種のシルフィはファルコニアの視線を感じたのか、フッと前方のファルコニアを振り仰いだ。
クスッと愛くるしい微笑を浮かべ、小首を傾げるシルフィにファルコニアは慌てて、前方に向き直った。
自分の耳元までが真赤になっているだろう事が自分でも判る。
「な、なあ。シルフィ中尉…。」
「はい?何です?」
シルフィに背を向けたままでファルコニアは言った。
「俺達はもう、永遠にバラバラなのか…な?」
「はい?」
「シグや、シュガト、ヨーコ達とはもう…」
「センチメンタルですか?」
「そ、そんなんじゃ…だけど、やはり、寂しいモンじゃねーか…。」
「寂しい…ですか…?」
「ん…まぁ、寂しいというか、こう…なんていうのか…張りあいが無いっていうか…。」
ファルコニアは言葉に詰まる。
「ここに並んだMS達をシグに、シュガトに見せてやりてぇ…。奴らのはしゃぐ顔が見てぇ…。技術屋の歓びってのは結局ソコなんだよなぁ…使う奴の喜ぶ顔が見たい、動かした奴の話が聞きてぇ…。そして、『どうだ!スゲーだろう!』って言ってやりてぇ…。」
「技術屋の性(サガ)ですか?」
「はは、まぁ、そんなモンだろうな。」
「中尉には可愛い生徒さんがいるじゃないですか…。」
「あ?ああ。ウッディか。確かに奴は可愛い奴だ。しかし、アイツも結局は俺と同じ技術屋だ。パイロットとは違う。境遇や意見は協調しても、やはり、違うんだな。シグや、シュガト達のソレとは…。」
「やはり、センチメンタルですね…。何時までも思い出に浸っていては…。」
「は、はは。シルフィ中尉は相変わらず…」
「中尉。軍は仲良しクラブではありませんわ。全ての人材がこの戦争に勝利する為に、それぞれの場所で闘っているのです…」
「それは、判る。だがな、だがっ!」
ファルコニアは余りにも冷たいシルフィの言葉に声を荒らげて振り向いた。
そして、シルフィの顔を見つめる。
「シルフィ…」
ファルコニアは全身は石の様に固まった。
ファルコニアの目に入ったのはシルフィの瞳に溢れんばかりに溜められた涙だった。
「ファルコニア中尉。弱気になってはダメ…。シグ少佐だって、シュガト中尉だって、みんな頑張っていますわ…。そして、私だって…」
「シルフィ…。」
ファルコニアは言葉を失った。
気丈な彼女が涙を堪えて耐えていたものにファルコニアは気づいた。
「すまん…シルフィ…俺が、俺達が奴らを支えてやらなきゃ…な。」
「…はい。ファルコニア中尉…。それに…」
「ん?」
消え入りそうなシルフィの声にファルコニアはキョトンとしたが、最後のシルフィの言葉は聞き取れなかった。
「それに…ファルコニア中尉の元にはまだ…まだ、私がいます…わ…。」
「どう、します…?」
技術官、アルノーがファルコニアの耳元で呟いた。
「どうって…?」
ファルコニアが聞き返す。
「ですから…新型機のコンセプトというか…。」
「ああ、上からはスリーピング・オライオンズに廻すタイプを御所望の様だが…。ソッチにはテム大尉のプロトタイプを廻す。」
「いいんですか?」
「テム大尉の許可は得た。それに、今からココで空間戦闘用のMSを建造しても意味は無い。」
「それは、まあ、そうでしょうが。」
「俺が考えているのは、ズバリ、局地戦用というか、地上戦用だ…。」
「陸戦型ですか…?」
「ああ。ジオンの地球占領作戦が発動されてからというもの、地球の半分は既にジオン勢力下だ。この局面を打開する為には、開発MSはコストの掛かるテストタイプではなく、量産面を考慮したモデルでなければならん、と俺は考えている。」
「ですが…連邦にはまだ、量産工場はありませんよ…?」
「ばかやろう。何の為に、これだけ立派な研究施設があるんだ。ココなら、家内製手工業製でも量産はできるさ。」
「しかし、そんな命令は…」
「お前、ジオンに好きにさせたいのか?」
「そんな…」
「とにかく、だ。空間戦闘を考えなければ、気密も考えんでいいし、何もガンダリゥムで無くて良ければ、コストパフォーマンスも抑えられる。先行量産型として、実績を示せば、上の考えも変わる!」
「そう…ですか?」
「ええい!煮え切らん奴だな。技術官ってのは、もっと割り切らんと前へは進めんぞっ!」
ファルコニアの剣幕にアルノーは首をすくめた。
「ファルコニア班長のお考えは判りました。ベース素体はRX−78タイプで宜しいですね…?」
「無論だ。」
「で、テストパイロットの件は…?」
「うむ。レビル将軍を通じて、スリーピング・オライオンズから廻して貰う事としているが、いかんせん、向こうもまだまだ、MSというものに馴れん様だ。当面は…。」
「は…?」
「俺が乗る!」
ファルコニアの言葉にアルノーはポカンと口を開けた。
「は?班長?」アルノーの表情を見つめ、ファルコニアはニヤリと笑った。
「作った奴が乗る、乗った奴がデーターをフィードバックさせる、フィードバックしたものを更に作る。理想的だろう?」
「ですが…もしもの事があったら…」
「お前、そんな危険なモノを作る気か?連邦のMS技術はほぼ確立にある。小型原子炉だって安定しているし、冷却能力にも問題は無い。温暖差が激しい空間仕様機もすでに有るんだ。地上運用においては、そのノウハウで十分だろう?」
「それは、そうですが…。」
「歯切れが悪いな、アルノー。遠距離・中距離支援機はついては目処がたった今、我々が目指すものは格闘戦も可能なタイプ78だ。」
「ガンダム…ですか…。」
「そうだ、地上運用の陸戦型ガンダム、こいつを俺達の目標とする。」
ファルコニアは中指を立てて、アルノーに迫った。
「了解しました、班長。しかし…パイロットの件は御再考願えませんか?」
「…やだ。」
「やだ…って…。」
「俺は自分で作ったモノに責任を持ちたい。ならば、乗り心地も自分で確かめたいんだ!」
「アルノー少尉。中尉は一度言い出したら、聞きませんわ。」
研究室にはいつの間にかシルフィが立っていた。
「シルフィティナス中尉…。」
どうにか助けてくれという懇願の目をアルノーはシルフィに向けたが、どうやら無駄な様であった。
「ま、そういう事だ。アルノー。陸戦型のテストパイロットは俺がやる、いいな。」
「班長…。そこまで、仰るのなら判りました。」
アルノーはヤレヤレといった仕種で首をすくめて見せた。
シルフィがスッと動くとアルノーの耳元に唇を寄せる。
「心配しないで、アルノー少尉、MSのコクピットに一度座れば、気が済むのよ。それに…あの乗り心地は常人には耐えられないわ…。」
アルノーはシルフィの言葉にニコリとした。
「それもそうですね。」
「さぁ!やるぞ!作るぞ!乗るゾォォォ〜!」
ファルコニアは一人気を吐いた。
「恐縮です。マチルダ少尉…。」
「いえ…これも、任務ですので…。」
言葉すくなに、マチルダは答えた。
「は、はは…任務ですか…。」
少々、がっかりとしたトーンでウッディは呟く。
暫くの間、沈黙が二人を包む。
二人を乗せたエレカはマチルダの運転によってファルコニアの待つMS整備の為の講義場所へと向かっていた。
「マチルダ少尉…。」
沈黙に堪り兼ねて、ウッディが口を開く。
「何か?」
「前線はどうです?」
暫く考え込んでからマチルダは言葉を返した。
「…大尉には前線の匂いは感じられませんか…?」
「前線の匂い…?」
「私の纏った血と、炸薬と硝煙の匂い…。連邦の兵力はガタガタです…。」
マチルダの意外な言葉にウッディは多少たじろぎながらも言葉を返す。
「あなたに血の匂いは感じませんよ…。むしろ…慈愛の香りです…。」
「お上手ですのね…ウッディ大尉。」
「整備にいても、前線の有り様は判ります。血糊のついたシート、弾けたコンソール…。直しても直しても…。」
「そして、私がそれを再び前線に運ぶ…。悪魔の翼…ですね。」
寂しげにマチルダが呟く。
そんな彼女の姿にウッディは強く首を振った。
「違います、それは違いますよ!少尉。貴方の様な勇敢な女性がいるからこそ、前線の兵達は闘えるのです。ジオンのMSという恐怖を身にまとった人型兵器を前にして、尋常な人間が平気で居られると思いますか?貴方の様な方が補給部隊として、兵の士気を鼓舞するからこそ、彼らは闘えるのです。そして、我々も永遠と思える修理作業に従事できるのですよ!そうでも無ければ、こんな戦争、何時までも続けてはいられない。貴方は現代のジャンヌ・ダルクだっ!」
ウッディの熱っぽい語り口調にマチルダはクスリと笑った。
「ジャンヌ…ダルク…ですか…?」
「そうです!しかも、美を兼ね備えた…」
口にしてから、ウッディは顔を真赤に染め上げた。
「大尉のお言葉、ありがたくうけたまわります…。」
再び沈黙が二人を包む。
「ウッディ大尉。」
今度はマチルダが口を開いた。
「はい?」
「連邦のMSはどうです?」
「…まだ、現物を見た訳ではありませんし…。未知数といった所でしょうか…。」
「なるほど…。では、新鋭艦、ペガサス級2番艦…ホワイトベースだったかしら…?アチラは?」
「…!?マチルダ少尉!何故、その事を?」
ウッディは驚愕の表情でマチルダの横顔を見つめた。
「…補給部隊にいると、色々と情報が入って来るものです。」
「なるほど。そうですか…。アレは素晴らしい艦です。強襲揚陸艦ホワイトベース…私が手に掛けた艦の中でもずば抜けている…。」
「従来の設計思想とは全く異なった艦だと聞いていますが…。」
「そうです。MS運用を主眼とした艦です。その容姿、設備、全てが宇宙艦隊とどの艦とも類似していません。」
「もし、その艦が就航されれば、戦局は変わるのでしょうか?」
「軍艦一隻では戦争は変わらんでしょう。しかし、配備されるMS如何では戦局は大きく変わる、と私は考えています。」
「そうなれば、いいのですが。」
「マチルダ少尉にも一度、見て頂きたいものです。あの美しい船を…。」
「戦闘艦が、美しいのですか…?」
「旧史以来、兵器というものはある種の美を兼ね備えていると、私は思っています…。」
「兵器崇拝…ですか…?」
「崇拝…という訳ではありません。だが、強いものに憧れる、強いものは美しいと感じるのは人間の摂理でしょう?」
「大尉は戦車や戦闘機、そして人型兵器までもが、美しいと仰るのですか…?」
「戦車には猛々しい美が、戦闘機には流麗な美が存在すると私は思います…。しかし、人型は…。」
ウッディの言葉にマチルダは耳を澄ませた。
「人型には兵器としての美はありません…。ジオンのMSは兵器と呼ぶには余りにも人に近い形をしている。アレは…。」
「なんです?」
「アレは兵器と呼ぶには生々しすぎる…」
ウッディは独り言の様に呟いた。
「では、大尉はMSはあまり、好きでは無いのですね…?」
「まあ、好きとか嫌いではというより…。私も古い人間なのでしょうが、やはり戦艦やら、戦闘機をいじっている方が性に合う様ですな。」
「大尉は整備を志願されたのですか?士官ならば、もっと楽な職場もあるでしょうに…。」
「楽な職場ですか?はは。まあ、そうですな。技術将校ならば、机に向かっていればいいのかも知れませんがね…。まぁ、好きなんでしょうな。機械とマシン油の香り…。なにより、戦争という愚かしい破壊作業の中での唯一、創造していける最前線…。私の戦場は作り、直す場での闘いです…。」
「…!?ウッディ大尉…。」
マチルダの心の中を見透かす様なウッディの言葉に彼女は戸惑った。
「いや、まぁ、ファルコニア中尉の受け売りもあるのですが…。は、はは。」
マチルダの様子に戸惑ったウッディは渇いた笑いを発した。
「ウッディ大尉…。感銘しました。私も同じ事を…。同じ志を持つ者として、大変嬉しく思います。」
「…マチルダ少尉…。」
二人を乗せたエレカはいつの間にか、ファルコニアの待つ施設を通り越していた…。
つづく。
episode52:「狼煙」
「班長!スリーピング・オライオンズより連絡がありました!」
肩で息をしながら、アルノーがファルコニアの部屋に飛び込んだ。
「お!アルノーか。どうした?」
ファルコニアはシルフィが差し入れたサンドイッチを頬張りながら、新型MSのマニュピーレーター調整をしている。
「シグ所長からの連絡ですよ!」
「無事に届いたのか?」
「はい。その様です。詳細はこのディスクに…。」
アルノーが差し出すディスクを受け取るとファルコニアはラボに入った。
後ろからアルノーが続く。
ファルコニアはコンピューターにディスクを差し込むとコードを打ち込んだ。
すると、前回の様なややこしい暗号コードも無く、画像が映し出される。
モニターに映ったのは、シグの後ろ姿だった。
『やあ、ファルコニア中尉…。』
シグの懐かしい声だ。
ファルコニアは思わずクスリと笑った。
(シグめ、相変わらず仰々しい…)
クルリと振り返るシグ。
(少し…痩せたか…?)
シグの表情を読み取るかの様にファルコニアはモニターに見入った。
『ファルコニア中尉…懐かしき友よ…。』
(…。なんだ、なんだ?)
シグの態度に戸惑うファルコニア。
が、
『久しぶりだな!ファルコニア!地球はどうだ?ルナツーは…そら、最悪だ!』
『報告しておく、この度、ルナツーのワッケイン司令からの情報官制が解かれ、俺達、スリーピング・オライオンズは極秘組織から公認組織となる事となった。というのも、連邦製試作MSの安全性が確認されつつある事と、ジオン軍の宇宙防衛ラインが確立してしまった事により、近い将来、絶対に必要となるMSパイロットの養成数を大幅に増やす必要性が認められた為だ。この為には、養成組織である俺達の存在を公にする必要がある、と言う事だ。つまり…つまり、宇宙の戦況は決して好転はしていない、むしろ厳しい状況である、と言う事だ…。お前なら判るな?ファルコニア!?」
途端に態度を変えるシグにファルコニアは安堵ながらも、シグの言葉になんら偽りや誤魔化しも無い事を覚って、ファルコニアは表情を固くした。
『先ずは業務連絡だ!タイプRX−78−1、確かに受領した!スゲー機体じゃねーか!やったな!ファルコニア!』
『出力、機動性、耐久性、対応兵装の自由度、どれをとっても申し分ねぇ!特に、エネルギーCAPシステムの汎用性はスゴイぜ!』
(ん?アレは…完成していたのか…?)
ファルコニアが知らないのも無理は無かった。
彼が新しいラボに移ってからは、外界(といっても、ジャブローという狭いエリアだが。)との情報はほぼ、遮断されていたし、唯一接触できるウッディからも兵器開発の情報は殆どもたらされる事は無かったからである。
『この、プロトタイプガンダムと名付けられたMSを見て、乗って、俺は確信した!この機体ならば、ジオンと十分、やり合える、と。俺は…先頃可愛い部下を失った。一度は死んだものと諦めていたが、ある日俺の前に現れた。しかし、奴は既に洗脳されていたらしく、俺を俺と認識しなかった。が、その洗脳が解け、奴の意識が戻ったと思った矢先に、ジオンのエース、『赤い彗星』と遭遇するハメとなった…。その時、俺の甘い判断で、奴は…再び行方が判らなくなっちまった…。もしかすると生きているかもしれん…。委細は不明だ。だが、洗脳した人間とはいえ、一度造反した兵をジオンがそのまま見過ごす訳は無いと思う…。ましてや、相手はルウムの雄、『赤い彗星』だ…。俺のカンでは…奴は…抹殺されたと思っている…。』
(シグ…)
『俺は誓った…。この新型MSを見た時に誓った。このガンダムで、俺は奴の仇を討つ。赤い彗星が相手でも、このガンダムならば、可能だ。そう、俺は直感した。今、ルナツーでは全ての生産能力をガンダム2号機、3号機に振り分けている。もうじき、新鋭艦の進宙も予定されると聞く。ファルコニア…、ガンダムと呼ばれるこの機体は後世、名を残すだろう…。ジオンのザクと共に…。俺は、お前とテム大尉が作ったこの機体に始めて触れ、搭乗したテストパイロットとして誇りに思うよ…。』
(シグ…。お前が初めてのパイロットだったか…。俺も嬉しく思うぜ…。)
ファルコニアの目頭に熱いものが込み上げた。
地球と宇宙…遠く離れた地でも、男達の友情はMSを通じてつながっている…。
『実はな…ファルコニア…。ここの奴らも大分、パイロットとして使える様になってきた。それで考えたんだが…。今度進宙するペガサス級はRXシリーズ系MSのテストベースとなるらしい。俺はそのテストパイロットとして新型戦艦へのクルーとなる事を志願した。何故なら、宇宙に出れば、奴の仇と出会える確立が増える。ましてや、連邦の機密を満載した艦だ。ジオンのエースなら、必ず食いつく!だから、俺は宇宙に出る…。ガンダムと共に!!』
(シグ…)
『だから、ファルコニア、お前も祈ってくれ…。俺の航海と闘いが良きものである事を…。』
(シグ…お前…まさか…)
『はは、お前、今、俺が死ぬんじゃねーか?って思ったろ!?馬鹿言うなよ!俺は無敵のシグ・アニェス様なんだぜ!俺は絶対にヘマはしねーよ!だから、お前も頑張れよな。俺の、俺達の為にすんげぇ、MS作るんだぜ!いいな!』
(ああ…判っているさ…。シグ…。俺の役目はお前達を支えてやる事…。この戦争を終わらす為の兵器をつく出す事だ…。シグ、
お前の手だけを血で汚させはしない…。俺の、俺のこの手ももう、血で汚れているんだ…。)
ファルコニアは両の拳をギシリと握った。
『ところで…よぉ!ファルコニア…。』
(…?)
『1号機の機体色はまぁ、いいや。地味でもX−NO,っぽいはな…。』
(…??)
『お前、この前送ってきた2号機は何だ!?』
そう言うとシグは手にした伝送グラフィックをカメラに向かって突きつけた。
(…あっ?)
シグが手にしていたのはファルコニアが冗談で塗って見せたトリコロールカラーの機体であった。
『こんなハデハデな機体に乗れってか?まぁ、今の御時世、ミノフスキー粒子のお陰でレーダー戦よりは視認戦闘の方が主だっていうのは、常識だが、それにしても…派手すぎや、しないか?俺は嫌いじゃないが…。』
(シ、シルフィめ!)
意外な所でシルフィの茶目っ気を知った気がしてファルコニアはクスリと笑った。
『ルナツーの工場の連中、困ってたぞ!宇宙要塞に青だの赤だのって塗料があるかっ!てな。わはははは。』
シグが変わらない豪快な笑いを見せる。
ファルコニアもつられて笑う。
隣のアルノーは不思議そうな顔でファルコニアを見つめている。
『オマケに奴ら、馬鹿正直にジャブローの調達課へ塗料の発注をしたらしいぞ。お前も罪作りな奴だぜ。しかも、発注した塗料の量を間違えてな…クッククククク。推進燃料用のタンクで来たらしい。困った連中が何をしたかと思えば…。』
『RX−77を真っ赤っかにしちまった!ガッハハハハハ!』
『まあ、何にせよ、だ。もうすぐ、俺達の反撃が始まる。ジオンの連中は連邦にろくなMSは無いとおもって油断している今がチャンスだ。新鋭の戦艦、強襲揚陸艦のペガサス級が宇宙に上がればこの戦局を打破出来るはずだ!俺は星の海で闘う。お前の心はここにある。』
シグはパシーンと手にしたグラフィックスを叩いた。
『俺は常にお前と共にある。お前と共に闘っている。忘れるな!ファルコニア、俺達は…いつも一緒なんだ!』
(シグ…。判っているさ…。ありがとうよ…。何よりの言葉だ…。)
『じゃあな、ファルコニア…。元気でやれよ。俺の動向は判らんでも、心配はするな。俺は宇宙からお前を見守っているぜ。お前の作るものを待っている…。シルフィし仲良くやれよな…。彼女はイイ女だ…。』
シグがパチリとウィンクを送ると同時に画像がプツリと切れた。
(フッ…。シグの奴、格好つけやがって…。)
ファルコニアは胸のポケットから煙草を取り出し、一服付けるとフッーと紫煙を吐いた。
「アルノー!原子炉に火を入れろ!RX−79G起動する!」
「は、はいっ!」
『どうです…?班長…?』
「ふぅ…暑いし…狭いな…」
『それは仕方ありませんね。』
「まあな、テメェで設計したとは言え、この狭さは閉口するな…。MSパイロットにゃ、申し訳ねぇが…」
『はは、コクピットにカウチソファ持ち込む訳にも行きませんからね。』
「ちげぇねぇ…アルノー、行くぞ!」
『はい、班長、お気を付けて!』
ファルコニアの搭乗する新MS『RX−79(G)』が歩を進める。
「理屈ってのは…判っているつもりだがな…うっ…舌ぁ、噛みそうだ…。」
ファルコニアのぼやきをインコムで聞いていたアルノーがニヤリとほくそ笑む。
『班長、どうです?憧れのMSの乗り心地は?もう、気が済んだのでは?』
「…抜かせ!アルノー!!確かに、乗り心地ってのは…うぐっ…。だが、こういう体感データーもフィードバックには必要なんだ!ましてや、この先、MS同士の格闘戦も想定せにゃならん!ならば…うぐっ…。」
『班長、仰る事はもっともですが、人間には向き、不向きってのが、あるんですよ!パイロット適正能力ってのは、そう言うモンじゃないんですか!?』
「バーロー!俺には向いてねぇ、って言いてぇのか?」
『まぁ、そうです。』
「はっきり言うじゃねーか!だがな!俺はコイツをモノにするぜ!宇宙では、MSを待ってる連中が居るんだ。そいつらの為にも…。うぐっ…。」
『お気持ちは判りますがね…。班長、射爆場まで、距離800。予定地点です。』
「了解した。正直、助かったぜ…。」
『一度休憩入れてからにしましょうや!』
「そうだな…。少し位の休憩はシグも許してくれるだろう…。」
ファルコニアは機を停止させるとコクピットハッチを開けた。
「は、班長!」
コクピットから出て来たファルコニアの顔色を見て、アルノーが驚きの声を上げる。
ファルコニアの顔色は血の気も引き、真っ青だった。
「おぇぇぇ…。大丈夫だ…。しかし、俺がこうまで酔っちまうとは…。」
コクピット脇に装備された昇降用のワイヤーエレベーターで地上に降りながら、ファルコニアは胃の辺りを押さえ込んだ。
「しかしよぉ…アルノー…。」
戦闘指揮車の荷台に横たわったファルコニアは額に乗せられたタオルをどかしながら傍らのRX−79(G)を見上げる。
「はい?」
別の場所でデーターを取っているシルフィと連絡を取り終えたアルノーがインカムを置きながら、振り向いた。
「すげぇモノを作ったと我ながら思うぜ…。」
「確かにそうですね。データー上ではジオンのザクを遥かに上回るスペックですからね…。しかし、班長…?」
「ああ?」
「どうして、コアブロックシステムは止めたんですか?」
「ああ。金が無かった…。」
「はい?」
「冗談だよ。まあ、予算の件も嘘ではないんだが、もともとコアブロックシステムはパイロットの身の安全と学習型コンピューターに蓄積された戦闘データーを持ち帰る為のシステムだ。それは知っているだろう?」
「ええ。このラボに配属になった時、説明されました。」
「で、だ。戦闘データーの蓄積は先のコアブロックシステムを装備したRXシリーズからフィードバックされる。つまり、タイプ75,77,78のそれぞれだな。ならば、データー収集は全てのMSから行わんでもいい、と俺は考える。無論、コアブロックシステムを採用した事によってマシンがより複雑になる事と、そのメンテナンス性の悪さもある。それからどうしても、装甲の問題もあるしな…。ジョイントシステムを重要視するとどうしても、外部装甲はギリギリまで、削ぎ落さんと機動性が失われる…。」
「その為のガンダリゥム合金採用なのでは…?」
「まあな…ルナチタニゥム…まあ、ガンダリゥムと呼ぶ新合金素材は軽量且つ、頑強。従来のスチール合金とは比べ物にならん。だが、その生産性の悪さもある。なにせ、月の特殊重力下で無ければ、精製は不可能というややこしい金属だからな。つまり、その分コストも高くつく。連邦だって、世界政府とはいえ、財源は無尽蔵じゃない。ましてや、現在はその半分をジオンに捕られちまってる。限られた予算の中でいかに結果をだすか、ってのも技術屋の領分さ…。」
「はあ…。」
「おっと。それと、だ。コアブロックシステムについては、まだ、理由があってな。もともとRXシリーズってのは空間運用も可能な様に作られている機体な訳だ。」
「はい…。」
「それに比べると、こいつ(RX−79(G))は、重力下仕様な訳だな。と言う事は、だ。宇宙空間ではどんな姿勢でいようとも、Aパーツ、Bパーツを強制射出しちまえば、コアファイターは無事に飛び出せる訳だが、地上じゃ そう、簡単には行かない。」
「ああ、なるほど…。」
「MSの上半身を射出するには、ロケットブースター並の推進力が必要となるし、コアブロックがコアファイターへ変形するまでのタイムラグを考えると射出されたパーツの落下方向、落下速度など、余りにもリスクが多過ぎて実用性を考えるにはちょっとな…。だったら、コアブロックシステム分の予算とマシンスペックを装甲と機動力に廻した方が、重力下MSとしては実用的なのさ。」
「よーく、判りました。」
「おっと、まだあったぜ…。これからMSパイロットになろうって連中が全員、飛行機乗りだとは限らん、ってのもある。」
「あはは、それが一番説得力あるかもしれませんねぇ…。」
「まあ、な。」
ファルコニアは姿勢を起こし、グビリとカップに注がれたコーヒーを飲み干すと、立ち上がってお尻をパンパンと叩いた。
「よぉし!アルノー、次のメニューを消化しようぜ。次は180mmロングバレルカノンとロケットランチャーだったな。」
「はい、それと碗部装着用のガトリングシステムと3連榴弾砲ですね。」
「よーし、んじゃあ、まあ、サクサクッとやりますか。」
ファルコニアはコクピットに収まるとアルノーの牽引してきた車両から180mmのロングバレルカノンを手にした。
二つ折りにされた砲塔を組み上げ、固定金具を巧みに操作する。
『班長、上手いもんですね!』
アルノーが半分茶化す口調で語り掛ける。
「バカヤロー、マニュピレーターと兵装システムが連動したコンピュータープログラムだって、知ってて言ってるだろうな?」
『わはは、勿論ですよ!班長。』
「…ちっ、茶化しやがって。セットよし。行くぞ!」
『了解。前方に標的見えますね?』
「標的…確認。」
ファルコニアがスコープを覗きながら答える。
デジタルスコープの中には射爆場の円形ターゲットが多数設置されているのが映し出されている。
「…ロック。」
『どうぞ。』
ファルコニアの乗るガンダムがロングバレルカノンを腰だめに構える。
20mを超える巨大な砲身から発せられる射撃反動は計り知れない。
しかし、以前の『大砲担ぎ』から時を隔てた今、ガンダムのショックアブソーバーの能力は飛躍的に伸び、その巨大な砲身の反動さえも吸収、若しくは受け流す程の能力を持ちえている。
ズスゥンッ…フッ…キューン
地響きの様な低い発射音の後に尾を引く様な高音を携えて弾頭が飛び去る。
そして、数秒後に着弾。
ズ、ズズズン…
射爆場の広大な野原の一角がもうもうと土煙をあげて飛散する。
双眼鏡を覗き込むアルノーは感嘆の声を上げた。
『班長、一発で命中ですよ!』
「ったりめーだ!」
ファルコニアが上機嫌に叫ぶ。
「しかし…すげぇな。砲身が長いだけあって、弾頭の直進安定性もいい。」
『班長、兵器テストじゃないんですがね。』
「バーロー!俺が作ったガンダムは完璧だってーの!」
『はいはい。』
「次、連射な。」
『どうぞ。』
「もっとやる気だせよな、アルノー。それともなにか?お前も乗りたい?」
『…結構です。私は狭い所は嫌いです。』
「あっそ。」
いうやいなや、ファルコニアは再びトリガーを引く。
ズスゥン、ズスゥン、ズスゥン…
3発の弾頭が勢い飛び出して行く。
その白い帯を引いて飛ぶ弾頭をファルコニアは目を細めて見送った。
「…反撃の狼煙だぜ…。」
つづく。
episode53:「覚悟」
「ここも、久しぶりだな…。」
ファルコニアは懐かしむ様に施設を見上げた。
−テム・レイラボ−
陸戦型の稼働試験の最中に、ファルコニアはテムから招聘を受けたのだった。
ほんの数カ月前までここに居たのに、何か懐かしい気持ちになる、ファルコニアは不思議な心境だった。
「…失礼します。」
テムの研究室のドアを叩く。
「…ああ。」
久しぶりに聞く声だった。
「御無沙汰しております、大尉。」
「ああ、中尉。元気そうで何よりだ。」
相変わらず、引き締まった表情に、イライラとしている感情が瞳の奥に燃え上がっている。
「は、御陰様で。」
「まぁ、掛けたまえ。」
テムには珍しく気を効かせる。
そんなテムの様子にファルコニアは嫌な予感を感じた。
「大尉…。今日は何か?」
「あ、ああ…。あ、中尉、新型の方はどうかね?」
「大尉、御存知でしたか?」
「おいおい、私が知らん訳はあるまい?私が造り出したガンダムだ。それに関わる情報は聞き漏らさんよ。」
「はは。それもそうですね。大尉を置いて、ガンダムを語れる方はいらっしゃいません。」
「世辞はいい…。それよりもどうなんだ?陸戦型だったか?」
「はい、先行量産型と考えて頂いても差し支え無いかと思います。空間戦闘を考えない事で、生産性はかなり向上しました。元来の基本設計スペックが高い事もありますが…。」
「そうか…。それは、いい。」
「は。」
「中尉…。」
テムがスッと眉間に皺を寄せる。
「最近、きな臭い声が聞こえてな…。」
「きな臭い…ですか?」
「ああ。」
「ここではマズイですか?」
ファルコニアはチラリと部屋の中を見回す。
外部侵入者と内部からの内通者を防ぐ為の設備がこのラボのソコ、ココに設えられている。
「いや、この部屋には監視装置は無い。監視する側にスパイが居ないとも限らんのでな。先日、上に進言した。」
「なるほど。流石です。で…?」
「うむ。ランサム准将…なのだが…。」
「は?ランサム准将…ですか?」
突然出て来た名にファルコニアは戸惑った。
ランラム准将…かつて、ファルコニア、シグを独房にぶち込み、銃殺刑を目論んだ人物であり、ヨーコ・ヴァレンタインの父、エーリント少佐をジオンへのスパイとして送り込んだ人物である。
「ああ。ランサム准将…今は降格とされて少佐となったらしいが…。実は、レビル将軍の命でジャブローから外されて居たのだが…。」
「はあ。確か極東方面隊に行かれたとか…?」
ファルコニアもシルフィという情報源があり、多少の人事情報は耳にしていた。
「良く知ってるな。で、だ。実は、先般の人事でレビル指揮下より、イーサン大佐へ身柄を預けられたらしい…。」
「はあ…。それが…?」
「うん。ここからはまだ、ハッキリしないのだが…。どうも、ランサム少佐が君の新型機の事を聞きつけたらしい…。」
「…」
「特に最近の情勢として、ジオンの極東方面への侵攻作戦が活発らしくてな…。イーサン大佐を通して君のガンダムを前線に廻せと言って来た様だ。」
「!…ですが、アレはまだ…。」
「ああ、連邦のMSはまだ実戦投入段階では無い。テストデーターが揃っておらんしな。…しかし、連邦の兵力では現在のジオンのMSには対抗しきれていないのも事実だ…。」
「大尉は…どう、お考えなのです?」
「私は…。」
テムが言葉に詰まる。
深く考える様にテムは言葉を吐き出した。
「我々が携わっている機械はいつか戦場に出る物だ。熟成されては居ないとしても、戦場でテストをする必要性はある、と考える。」
「…確かにそうです。」
「だがな…。私が憂慮しているのは、実はマシーンの事では無いのだ。」
「…?どういう事です?」
「極東方面隊からは、整備・開発に関わる人物として、君の移動要請も来ているらしい…。」
「…わ、私が、ですか?」
「ああ。君は技術屋だ。本来ならば、前線に出る必要は無いのだが…。何せ、連邦では初めて戦闘に臨むMSだ。整備の出来る人間もおらん…。」
「私が…前線に…。」
ファルコニアは黙り込んだ。
彼の胸に去来するものは何だったのか?
「私はな、私は絶対に反対なのだ。」
テムが慌てた様子で続ける。
「私にとって、中尉は欠かせない存在だ。デュアルセンサー、CAPシステム、どれをとっても素晴らしい。」
「…ありがとうございます。」
「だがな、タイミングが…悪い…。私は直ぐに宇宙に上がらねばならん…。新鋭艦の進宙式が間近だ…。進宙式が済めば、ルナツーで試験機を受領し、その後はサイド7で重力下試験…。私には君の盾となれないのだ…。」
「大尉…。」
「何故、ランサム少佐がイーサン大佐の元に移ったのか…。それは謎だが…。我々のV作戦、RX計画を庇護して頂いているレビル将軍の管轄を離れた以上、この命令が正式発令された場合は将軍にも中々、撤回は難しいだろう…。しかも、ジオンの侵攻作戦を止める術としては、すでにMSの投入以外は道は無い、と考えて良い状況になっている…。」
いつになく饒舌なテムにファルコニアは些か驚いた。
「もし…。もしこの話が本当ならば、中尉、君は極東方面隊へ移動となる覚悟をしておいてはくれないか…。」
「…大尉。ありがとうございます。そこまで俺、あ、いや、私の事を…。」
「元々は民間人の君に…申し訳ない事をしていると自分でも思うよ…。すまん。許してくれ。ファルコニア・フォエバーロング中尉。」
テムは深々と頭を下げた。
ファルコニアが更に驚く。
「大尉!止してくださいよ!私が、今、ここに居るのも、大尉のお世話になったからこそです。それに、今は私も連邦の一軍人と自覚もしております。前線行きは多少、不安もありますが…。上からの命令であれば…。」
「すまん。中尉。」
テムはファルコニアの手を握るとギュッと掴んだ。
「それとな…。中尉…。」
「はい?」
「私の…私のガンダムをジャブローに残していく…。後を頼みたい。」
「は?テム大尉のタイプ78ですか?ですが、ガンダムタイプは全て…?」
「うむ。実はな…。タイプ78の建造数は全8機。内、1〜3号機はルナツーに送った。残りの5機は通常装甲装備とフレーム状態だが、ジャブロー内にある。それぞれは既に実戦レベルで稼働可能となる状態だ。」
「それは…知りませんでした。」
「ああ。各種テスト用に製作した機体だが…。現状は各デポに送って地球上の気象条件下試験を実施している。ただし、ロールアウト時点で私の管轄は離れているのだがな…。」
「…?では、サイド7での重力下試験の意味合いは?」
「…サイド7内での試験は無論、空間戦闘と重力下試験の併設という意味合いもあるが…。主にパイロットの戦闘訓練の意味合いが強い。」
「コロニー内で戦闘訓練?ですか!?」
「まあ、な。だから、表立っては重力下運用試験と言う事にしている…。」
「コロニー側の反対もあるでしょうに…。」
「だから、さ。地球の半数をジオンに奪われた連邦にとっては、サイド7側の反感はかいたくない、だが、戦力増強の為の布石も必須、苦肉の策という訳だ。」
「はあ…。」
「そして、コロニー内の訓練が終了次第、地球と宇宙での同時に連邦の大反攻が開始される。」
「…それが、ビンソン計画の顛末とV作戦、という訳ですね。」
「うむ。その折にはジャブロー内のガンダム5機も君の手で宇宙にあげて貰いたかったのだが…。」
「それは…私からは何とも言えませんが…。」
「まぁ、君ならば残されたガンダムを上手く運用してくれると願っているよ…例え、極東の最前線でもな…。」
「ありがとうございます。しかし、私個人ではガンダム運用は自由にはならんでしょう…。」
「ああ、それが心残りだ。私のガンダムが私の手を離れてしまう事が口惜しい…。ならば、君に、と思ったのだが…。上は何を考えているのか…。」
「残りの5機…所在は調べます。もし、可能ならば運用権も根回しはしますが…。」
「すまんな…。政治屋でもない君にそんな気苦労をさせて…。」
「いえ…。」
テムの憔悴した表情を見ながらファルコニアはテムの憂いを払ってやりたいと心底思った。
「なんです?」
シルフィが細い眉を寄せてファルコニアに訊ねる。
「ん?ああ、ま、ちょっとな…。」
ファルコニアは言葉を濁した。
不確定要素の多い話でシルフィに余計な心配は掛けたくなかった。
「ああ、シルフィ中尉…。ちょっと訊ねたいんだが…。」
「はい?」
「テム大尉のタイプ78、何機建造されたか知っているか?」
「はい…。プロトタイプ1を含めてタイプ6までは知っていますが…。それはテム大尉が?」
「まあな。そうか…中尉の情報で6機か…。実はな、8機存在しているらしい…。」
「そう、なんですか?将軍からは何も…。」
「上も色々ある様だな…。」
「それが?」
「いや、テム大尉が宇宙に上がる前にガンダム4号機から8号機までの存在を把握してくれ、と。できれば、俺の方に運用権を託したいと言って頂いたんだが…。」
「一技術者に運用権の譲渡は難しいですよ…。」
「そうなんだ…。ただ、テム大尉の憂いは除いて差し上げたい。出来れば、残りの5機の存在と所属を調べてくれないか?情報としては持って置きたい…。」
「それは、構いませんが…。どうなさるんです?」
「いや、どうって事は考えていないんだが、心情的にな…。ここを離れる前に俺もすっきりして置きたいし…。あ…!」
口にしてから、ファルコニアはしまったという表情を浮かべる。
「中尉!ここを離れるってどういう事です?」
シルフィの表情が険しくなる。
「あ、いや、まぁ…。その何だ…」
「何です?」
シルフィが詰め寄る。
「うん…君だから話しておく…。どうも、79Gの整備要員として、前線に送られる可能性が…。」
「何ですって!?」
「うん…実はな、ランサム准将が…今は少佐らしいが…。レビル将軍の管轄を離れて、極東方面に居るらしいんだが…。79Gの話を聞きつけて、前線配備を要望したらしい。整備要員として、俺も、な。」
「そんな…。」
「命令が下れば、行かねばなるまい…?」
「でも、中尉は大事な研究スタッフですよ!?将軍が知れば、そんな命令は撤回されますよ!」
「うん、まあ。そうかも知れんが…。テム大尉曰く、将軍管轄から離れた命令系統は将軍でも撤回は困難だと言われた…。」
「軍の直下命は絶対ですが…。」
「まぁ、でも、まだ決まった訳では無いよ…。中尉、そんな顔するな…。な。」
ファルコニアはポンポンとシルフィの肩を叩く。
「ですが…。」
「とにかく、どういう状況になろうと、俺に出来るのは79Gのフォローだけだ。しかし…開発フローメニューはほとんど終了しているしな…。」
ファルコニアの一言にシルフィは過敏に反応する。
「メニュー終了はつまり、機のロールアウト、中尉の研究課題終了を意味しているのですよ!」
「ああ、まあ、そう言う事だな…。79Gのデーターフィードバックで完全量産型の計画メニューは立つだろう。純粋な連邦内部の研究施設でな。」
「中尉…前線に行く気ですね…。」
「ふっ…。そこまでは…わかんねぇよ…。俺が決めるこっちゃ、無い。」
「私…。」
「あ?」
「私はどうなるんです?」
「どうって…それは…。」
軍の命令が下るだろう?そんな言葉をファルコニアは飲み込んだ。
いくら鈍感なファルコニアでもシルフィの様子に気づかない訳は無い。
「私の気持ち…どうなるんです?」
シルフィは胸元でギュッと両手を抱え込み、うつむきながら絞り出す様な声で言った。
そんな様子にファルコニアは多少うろたえながら言葉を返す。
「君の気持ち…。それは大事にしたい…と思う。だが、君には、君の居場所がある…はずだ。」
「そんな!そんなのって!…逃げないでください!私は私の気持ちを素直に…素直じゃないかもしれないけど…中尉!何故、一緒に来いって言ってくれないんです!?」
燃える様な、それでいて深い悲しみに包まれた瞳がファルコニアを射抜く。
激情に身を委ねるシルフィの姿…。
ファルコニアは萎縮した。
返す言葉をしばし探す様にファルコニアは目を宙に流したが、すっとシルフィの瞳を見つめた。
「ありがとう…シルフィ中尉。君の…君の気持ち、素直に受け取っていいか?こんな機械バカでも…。MSバカでも…いいのか?」
ファルコニアは微笑を浮かべ、落ち着きながら囁いた。
「そんな事…そんな事、とっくに知ってますよ…。貴方の面倒は私しか見られないって事、知ってるでしょう?」
潤んだ瞳がファルコニアを見つめる。
シルフィの柔らかな表情にファルコニアは懐かしさを覚え、安らぎを感じる。
「ああ…。そうだな…そうだったんだ…。俺には…君が必要だったんだな…。すまん。気づいていても、気づかない振りをするしか無かった…。君は美しくて…聡明で…有能だ…。こんな俺が焦がれてはいけない女性だと…思っていたんだ…。」
シルフィはグスリと鼻を鳴らすと、微笑を浮かべて言った。
「私が美しくて、聡明で、有能なのは…貴方のそばに居たからだって、何故気づかないの…?自信を持ちなさい…ファルコニア…。」
シルフィがちょっぴり背伸びをしながら、大きな瞳を閉じる。
ファルコニアはその薔薇色の唇に多少ドギマギしながらも唇を重ねた…。
つづく。
episode54:「前線へ!」
「アルノー!準備はいいか!」
ファルコニアの怒号がハンガーに響く。
「はいっ!班長!79G、3機。予備パーツ2機分、兵装、弾薬、食料…予定の品、収納確認しました!」
アルノーが手にしたリストを細かくチェックしながら返事を返す。
「よしっ!シルフィ!そちらはどうだ!?」
「はいっ!隊長!計測試験器、予備部品類及び隊員全員揃っております!」
シルフィがブーツの踵を揃えて敬礼を送る。
ファルコニアはシルフィに敬礼を返しながら、微笑んだ。
「よしっ!了解。予定の作業終了した者から整列!」
ファルコニアの声にミデアの格納庫に群がる隊員達がワラワラと駆け寄る。
「全員、集合しました!」
ファルコニアが声を掛けて30秒と経たずに全員が1列横帯に立ち並ぶ。
満足気にファルコニアは笑った。
「よし!御苦労!では、これから、世話になる輸送隊隊長を紹介するっ!マチルダ隊長。」
ファルコニアの背から連邦の制服を身にまとったマチルダ・アジャンが進み出る。
全員からホォ〜という溜息やらどよめきやらが漏れ出す。
「諸君。」
燐としたマチルダの声がハンガーに響く。
その場の全員が聞き入った。
「隊長のマチルダです。宜しく。我々はこれから、諸君を極東予定地に運ぶ事となる。輸送途中はジオン勢力下に近い空域を通る事となるが、極力安全には注意を払いたいと思っている。が、御存知の通り、我が愛機『ミデア輸送機』には十分なる兵装は装備されていない…」
「…」
「だが、この作戦は連邦の命運を掛けた一大作戦である事は私も承知している。だからこそ、私は自らの生命を掛けて諸君らを送り届ける事を肝に命じている。諸君らも相当の覚悟を持って望んで欲しい…。そして…。」
マチルダが全員の顔を見渡す様に一旦、言葉を切る。
「そして、この空輸が失敗に終わった時も鑑み、連邦は保険を掛けている。即ち、本空輸部隊とは別の潜水艦機動艦隊による同時輸送作戦が展開されている。」
ここで、一斉にどよめきがおこった。
「ちょっ、ちょっと待ってくれよ!それじゃあ、俺達が囮になるって事もあり得るのかよ!」
「じょ、冗談じゃないぜ!」
「諸君!戦争とは2手、3手先を読むものだ。その位は常識だと言う事をわきまえて欲しい。」
マチルダの言葉に再び全員が黙り込む。
そして、マチルダは天使の様な微笑を浮かべると言った。
「死ぬ時は一緒ですわ…。皆さん。」
「脅かしすぎよ。」
マチルダと肩を並べて歩くシルフィがフフフと笑いながらマチルダに囁く。
マチルダはそうかしら?と呟きながら、シルフィの方に向き直る。
「あの位、言って置かないと、男共は抑えられないわ。」
「まぁ、そうかもね。マチルダを見た時の彼らったら…フフ。」
思い出しながら、シルフィが口元を抑える。
「戦場はこんな事ばっかりよ。シルフィ、貴方も覚悟なさい。前線は飢えた野獣ばかりですからね。」
「あら、前線の兵を癒すのが私の使命だ、なんて言ってたマチルダらしくもない台詞ね?」
「男は皆、子供よ。そして、飢えた狼だわ。」
「そう?私、子供っぽい男って嫌いじゃ無いわ。時には狼になってもらってもいいし。」
シルフィがクスクスと笑う。
「シルフィ…呆れた。アナタの場合は特定の人物でしょ?」
「あら?誰の事を言ってるの?」
「アナタの噂話くらい、耳に届いてるわよ。鉄の乙女が恋をした、それもとびきりのMSオタクのおじ様と、ってね。」
「あら、心外だわ。彼はおじ様なんかじゃ無いわよ。彼ほど子供っぽい人はいないわ。MSを与えておけば、昼も夜も無いし…。服装には無頓着…。」
「それって…魅力になるわけ?」
「えっ?」
マチルダの指摘にシルフィは一瞬考え込んだ。
「あーあ、恋は盲目って訳ね。」
「ちょっ、ちょっと待ちなさいよ。それ、どういう意味よ!」
シルフィがプゥーとむくれる。
マチルダはそんなシルフィを眺めながら楽しそうに微笑んだ。
「1番、4番、臨界です。2番、3番もほぼ、出力。」
副操縦士がチェックリストを読み上げながら、マチルダに報告する。
「2番、3番機はどうか?」
「2番、3番機も準備完了と言っています。ほぼ、同時に上がれます。」
インコムに耳を押しつけながら、副操縦士が答える。
「よし。メインローター始動、ロック外せと伝えろ。」
「はっ。」
輸送機ミデアは特異な形をした輸送機である。
機体の下部3方から伸びた脚に揚力用のローターを装備し、機体・主翼上部に4発、主翼下に2発、の計6発の推進用ジェットエンジンを積んでいる。
離陸時は機体下部のローターにより浮力を得、推進時はジェットエンジンにより推進する。
極度に荷重が掛かる場合、滑走による離陸滑空方式よりも、垂直引き上げの方が効率も良く、機体への負担も掛からないという設計であった。
また、ローターのカバー脇には車輪も装備されており、通常の航空機の様な離陸、着陸方式も可能である。
ジェット推進による離陸、水平推進方式は前史、米国や英国により開発された『ハリアー』型戦闘機攻撃に代表されるV−TOR機やS−TOR機にも似通ってはいるが、環境への配慮や、場所を選ばずに離陸、着陸が出来るという面では米国製『オスプレイ』型輸送ヘリの方が技術の流れを汲んでいると考えても差し支えない。
グランド要員がミデアの車輪止めと機体ロック様の留め具を外し終えたと連絡をよこす。
「ミデア、浮上!」
マチルダの声で3機のミデアが一斉にローターを回転させる。
その巨大な怪鳥の様な姿の機がフワリ、と地面から浮いた。
地上から5m程度浮かんだ所で、推進ジェットに火が入る。
ミデアは徐々に浮かびながらも水平方向へ滑る様に滑空を開始した。
「離陸完了。推進機器異常ナシ…。機長、少し休んでいてください。まだまだ先は長いですから。」
副操縦士がマチルダに話しかける。
「ありがとう。言う様になったわね…。」
フフっと微笑を浮かべてマチルダは瞳を流す。
副操縦士は耳まで赤くしながら、制帽を目深にかぶり直す。
「お言葉に甘えさせて頂くわ。後方控室にいます。…それとね。シルフィ中尉を呼んでください。」
至極丁寧な言葉使いでマチルダは副操縦士に語りかける。
「了解しました!…機長、当直兵にお茶でも運ばせますか?」
「気が利く事…。そうね。ダージリンと…アールグレーを…お砂糖はいらないわ。」
マチルダは芳しい残り香を油臭いコクピットに残してフワリと部屋を出た。
「もう、いいの?」
シルフィがマチルダの士官控室を覗き込む。
「いらっしゃい、シルフィ。離陸が済めば、後はコンピューターにお任せなのよ。敵が来ない限りわね。」
マチルダはゆったりとしたソファにその長い流麗な脚を組んで座っていた。
シルフィは向かいのソファに腰を降ろす。
「どうなの?下は?」
マチルダはテーブルに置いた制帽を取り上げると自分の脇におきなおした。
「最後の調整と間接部の防水カバーの取り付けをやっているわ。彼ったら…。フフ…。」
シルフィが口元を抑える。
「『彼ったら…』ねぇ…。」
呆れたと言わんばかりにマチルダが茶化す。
しかし、そんな様子も気に留めないでシルフィは続ける。
「彼ったら、初めて整備の連中と一緒になって張り切ってるのよ。案外、性に合っているのかしら…。」
「ふうん。ファルコニア中尉、か。私には判らないわ。ねぇ、シルフィ、本当にどこが気に入ったの?」
「な、なによ?突然…。どこがって…私にもハッキリとは言えないけど…。全部なのよ、きっと。目を離すと危なっかしい所や、それでいて、時々は大人っぽくもあったり…。不良中年みたいな所もあったり…。」
シルフィが頬を赤らめながら呟く。
「はぁ…。聞いた私がバカだったわ。」
ドサリとソファに身を投げ出すマチルダ。
「な、なによ、何よ!マチルダが聞くからでしょう?」
シルフィは身をよじって抗議した。
「そ、そんな事より…マチルダこそ!どうなのよ?」
「どうって?」
キョトンとするマチルダにシルフィがニヤリとする。
「彼よ、彼!ジャブローの整備課の馬鹿真面目そうな彼。」
「馬鹿真面目そうって…。失礼ね。彼こそ大人の男よ。大体、真面目そうなのは外面だけよ。プライベートは全然、別。」
「あら?随分と親しそうじゃない?」
「そ、そんな事は…。」
今度はマチルダがうろたえる番であった。
無論、彼とはウッディの事である。
「…たくっ。何がプライベートは全然、別っ!よ。いやらしい…。」
「いや、いやらしいって…失礼ね。私と彼は…」
勝ち誇った顔でシルフィがニヤニヤする。
「私と彼は…?何?何なのよ!」
シルフィは身を乗り出してマチルダに迫る。
「白状しちゃいなさい。マチルダ・アジャン!」
人指し指を立てて、シルフィは更にマチルダに迫る。
「結婚…するわ…。」
「え゛っ!?」
うつむきながら答えるマチルダにシルフィが慌てる。
「ちょっ、ちょおぉぉぉ〜とっ!ど、どういう事よ!それって…」
「だから、結婚の約束したのよ!彼と!」
「マ、ママ、マチルダ・アジャン、落ち着きなさい。い、いい、いい事?あ、アナタ、な、なんて事を言い出すの…?マ、マチルダ・アジャンがケ、ケケ、ケケケケケッコン!?」
「シルフィ、アナタが落ち着きなさいよ。」
「わ、ワワ、ワタシは落ち着いてるわよ…。でも、また、ど、どど、どうして…?」
「私が結婚するのってそんなに可笑しい?そんなに不自然な事?」
「い、いえ、ね。そんな意味で言ってる訳じゃないのよ…。でも、アナタがねぇ…。けっ、結婚…。」
「それ、どういう意味なのよ。」
マチルダがジロリとシルフィを睨み付ける。
「い、いえね。ほら、前線で男性兵士のお尻を蹴り上げては前線に送り込み、『戦場の死の翼』の異名を取り、『闘え!死ぬまで!』と叫んだという噂の『死と血のドレスをまとった女神』マチルダ・アジャンが結婚だ、なんて…。」
「随分と…ひどい言われようね…。シルフィ。その噂の出所をじっくりとお聞きしたいわ…。」
マチルダの流麗な眉がヒクヒクとつり上がる。
その表情にシルフィの表情も強張った。
「いえ、いえね。冗談よ、じょーだん…。マチルダ…噂なんて…冗談なのよ。今のアナタは味方の前線に爆撃しかねないわ…。」
「…そんな事しないわよ。宇宙に上がって、ジオンの代わりに連邦を粛清してやるわ。」
マチルダは拳を握ってみせた。
シルフィはハハと愛想笑いを浮かべたまま、固まっていた。
「でも…本気なのね。結婚。」
「モチロンよ。でも、今すぐという訳では無いわ。彼が携わっている戦艦が進宙して、タイプ78の稼働試験が終われば、一度ジャブローに帰還するハズなの。彼のスケジュールもそれに合わせて、忙しい様だから、結婚式はその後になると思うわ。シルフィ、アナタも出席してくれるわよね?」
「うん。ありがとう、マチルダ。勿論だわ。生き残っていれば、だけど。」
「そうね。こんな時代に結婚なんて、どうかしてるとは自分でも思うけど、こんな時代だからこそ、少しの幸せを最大限に分かちあいたいのかも。辛い、時代だわ。」
「うん。でも、彼の、彼らのガンダムが稼働すれば、戦争は終わるわよ。ジオンのザクがこの戦争を開始した様に、その抑止力としてガンダムは在るの。彼のガンダムなら…。」
二人の間にしばしの沈黙が流れる。
「シルフィ…」
「マチルダ…」
同時に声を上げる二人。
ハッと目を合わせて、二人は同時に呟いた。
「幸せになってね。」
つづく。
episode55:「空中戦線」
「敵襲!」
シルフィとマチルダの時間を破ったのはコクピットからの艦内伝達だった。
二人は即座に立ち上がると、部屋を飛び出した。
マチルダはコクピットへ。
シルフィは格納庫へ。
「敵だと!?」
マチルダの燐とした声がコクピットに響く。
「はい、後方7時、ジオンの小型戦闘機3機、及び偵察機1機です。」
「ちっ、定時偵察に当たったか!」
「どうします?キャプテン!?」
「前方の雲に入って、撒いてみるか…。」
「はっ。」
ミデアはその巨大な機体をバンクさせると前方に拡がる積層雲の中につっ込んだ。
雲の中に入るや、更に機体をバンクさせ、ミデア3機は視界の悪い雲の中を迷走する。
「ダメです。後方、ジオン機、喰いついてきます。」
「向こうの足が早いのは承知しているが…。後方2番、3番に連絡!かたまっていては喰いつかれる。散開して、敵機を分散させろ!向こうの鳩鉄砲では、このミデアはそうそう、落せんハズだ。」
マチルダが迷いも無く指示を出す。
「了解しました。2番、3番機に通達。各機散開し、包囲を突破せよ!繰り返す、散開だ!」
『2番了解』
『3番了解。集合地点は?』
「集合は12:00インド洋上空。ポイント2406!」
『了解です。御武運を!』
後方のミデアがそれぞれ機体を傾けて降下した。
各機のキャプテンの腕の見せ所だった。
「キャプテン、ジオン機2機、こちらにきます。2番機に1機喰い付きました。」
「3番は?」
「なんとか、雲を出て、南東の方に出た様です。磁気が強くて、レーダー反応はっきりしませんが。」
「よしっ。1機でも逃げ果せれば良い。我々も行くぞ!」
「はいっ!」
マチルダの声にコクピット内は緊張感に包まれる。
「右、20!」
マチルダの指示が飛ぶ。
「右、20!」
パイロットが反応し、操縦桿を傾ける。
ミデアはその重い機体を必死にバンクさせた。
「右翼…フラッター…舵が…」
パイロットが悲鳴をあげる。
「まだだ、我慢しろ!」
「…はいっ!」
ミデアの主翼が積乱雲の中の風に揉まれる。
ヨタヨタと機体がバンクを続ける。
雲の膜の中に巨体を沈め込むかの様にミデアは飛んだ。
しかし、後ろにつくジオン軍の戦闘機−ドップ−も必死に喰いついてくる。
もし、敵機の軸線にのれば、マチルダが鳩鉄砲と称する機関砲を打ち放ってくるに違いない。
機体への被弾、特に格納庫への被弾は極力避けたい。
マチルダは必死にジグザク飛行を指示した。
「キャプテン!敵機離れません。」
悲痛な声でレーダー手が叫ぶ。
もとより、自衛兵装といっても、2門の対空機銃しか装備していない、ましてや、今回の輸送任務はMS輸送という、積載能力限度の為、固定兵装まで、取り外してしまったのだ。
自らを護る手段は敵の目を眩ますか、体当たり程度しか無いのである。
「ええい!しつこい!」
マチルダもイライラと呟く。
と、更に廻りの状況が変化する。
一面が曇天と化し、周囲に鋭い稲妻が走る。
「雷雲につっこんじまったぜ!」
副操縦士が叫ぶ。
マチルダはデッキに立ちすくんだまま、微動だにしない。
「キャプテンッ!雲を出ましょう!」
パイロットが叫ぶ。
「まだだ!まだっ!」
マチルダはコクピットからビロウドの様な厚い雲の襞を睨み付けながら叫ぶ。
「…」
コクピットスタッフ達はただ、操縦桿を握りしめる。
と、ミデアの前方で雲の谷間に妖しい輝きがおこる。
「いまだ!エンジンカット!フラップ、エアブレーキ、フルオープン!」
マチルダの号令一下、全ての推進能力が断ち切られる。
更に空力抵抗を最大限に受ける様、機のブレーキ能力が発せられる。
ミデアは急激に航行速度を落とし、ほぼ、その場に留まるかの様な挙動をして、やがて自由落下に移った。
驚いたのは後ろにつく、ドップのパイロットだった。
前方を飛んでいたミデアの6発のエンジンから火が突然消え、フラップ、エアブレーキを全開にしたのだ。
急な減速航行にドップはミデア機に激突しそうなほどに接近したため、トップのパイロットは慌てて回避行動を行った。
結果、ドップ2機はミデアを追い抜く格好となった。
「敵機、オーバーシュート!」
ミデアのレーダー手が嬉々として叫ぶ。
「まだよ!」
マチルダは上空を通過していくドップを睨み付けた。
その時だった。
雲の合間から、凄まじい稲妻が天空を裂く。
カリカリカリカリカリカリッ!
ヒステリックな音と共に巨大にエネルギーが光の矢となってドップを襲った。
稲妻は2機のドップに直撃する。
眩い閃光に包まれたドップはやがてお互いを巻き込む様にして、雲の中を落ちて行く。
空気抵抗の少ない小型機はグルグルと螺旋を書いて、ミデアを追い抜く様に地上に向けて落下していった。
「エンジン始動!」
この、落雷が偶発なのか、計算なのかミデアのバイロット達は判らなかった。
恐るべきはこの指揮を取ったマチルダの能力。
『死と血のドレスをまとった女神』マチルダは稲妻をも味方とするのか…
誰もが得も知れぬ感動と恐怖を背中に覚えた。
だが、当の本人は指揮管席で抑揚の無い声で指示を出す。
敵機の撃墜に歓声をあげる間も無く、パイロット達は次の行動を要求された。
「雲を出る!」
マチルダの声に、パイロットが反射的に言葉を返す。
「了解!エンジン始動!」
ミデアの6発のエンジンに再び火が入った。
ボンッ!
積乱雲となった雲の中から、ミデアが抜け出す。
「2番機は?」
マチルダはレーダー手の背中に声を掛ける。
「2番機…後方5時、まだ、追われています。…あっ!敵機増援です!後方7時より更に…6機!」
「くっ…偵察機から連絡がいったか…!?」
マチルダが唇を噛む。
「同じ手は使えん…か。」
流石に7機のドップに偶然ともいえる稲妻の洗礼は与えられそうに無い。
マチルダはじっと考え込んだ。
「キャプテンッ!本機格納庫から連絡ですっ!」
オペレーターが叫ぶ。
「何事かっ!」
イライラとマチルダがインカムの受信機を取る。
『マチルダ!格納庫のハッチを開けて!』
「!?シルフィ!?何事?」
『ファルコニア中尉がMSで敵機を迎撃します!』
「そんな事!?出来るの!?」
『出来るかどうかはともかく、やらなきゃ!』
「だけど、ハッチを開ければ、失速するわ!」
『高度を取って!マチルダ!旋回して、2番機の後方へ!』
「けど…」
『迷ってる場合じゃないでしょ!私の彼を信じてっ!』
「私のって…」
マチルダは一瞬、吹き出しそうになりながらもパイロットに叫ぶ。
「よし!この場はファルコニア中尉に預ける!機体旋回、2番機の左翼上方につけっ!」
「は、はいっ!」
ミデア1番機が右方向にバンクし、高度を取りつつ、後方の2番機を正面に捉えた。
「ハッチ、開放!シルフィ、準備はいい?」
『おう!いつでも良いぜ!』
答えたのはMSコクピットに座るファルコニアだった。
「中尉!宜しく頼みます。格納庫内の人員は?」
『全員、控室に避難した。ハッチ、開けてくれ!』
「了解しました。開放、まだか?」
マチルダの声にパイロットがビクリとする。
「今、開けます!3,2,1…開放!」
グワン!
大きな音とともに、格納庫前面の観音式の扉のロックが外れる。
ゴゴゴゴッという音と共に、扉が開き始めた。
「な、なんだ!?」
ジオンのドップ隊の隊長が驚愕の声をあげる。
『た、隊長!前方2時、輸送機の格納庫が…』
「ああ、視認済だ。奴ら、何を始める気か知らんが、予想されていない動きでは無いぞ!落ち着いて行動しろ。連邦にゃあ、ろくな武器は無いハズだ!」
『は、はい。』
後方より応援に上がったドップ隊であった。
基地管制より輸送機発見の報を受け、スクランブル発進した。
厚い雲の中から現れたのは連邦の輸送機。
カモ、だった。
(へっ!コイツを墜としゃ、小尉昇進は間違いねぇな。)
隊長はペロリと唇を舐めた。
『隊長!MSらしき機影を確認!連邦のMSです!』
すぐ後ろにつく部下の叫びがインカムを通して、耳をつんざく。
「何?どこだ!?」
『2時輸送機の格納庫内です!』
すかさず、目を細め、格納庫内を見つめる。
「…確かに。」
開放されつつある格納庫の中に巨大な人型がたたずんでいる。
(連邦がMSの開発に成功したらしいとは聞いていたが…)
彼はニヤリと笑った。
(アイツを落せば、少尉ドコじゃねぇぞ!少佐は確実だ!)
バイザーを下ろし、戦闘態勢に入る。
「各機、散開!2から4番機は前のに喰いつけ!俺と5,6番機は2時の奴だ!」
『了解!』
「コイツは、とんだ大物だぜ!各自奮闘しろ!ブレイクッ!!」
6機のドップが二手に別れた。
隊長機の率いる3機は雲を引きながら、ミデア1番機に迫る。
「いいか!格納庫内のMSは狙わんで、いいぞ!コクピットだ!MSはなるべく無傷で手に入れろ!」
『了解です!隊長!』
(俺にもやっと運が廻ってきたぜ!本国でのMS適正試験以来、俺の人生はクソみたいなモンだったぜ!)
彼はトリガーに手を掛けた。
つづく。
episode56:「突き上げた慟哭」
「よしっ!コネクト!」
RX−79(G)に腰から伸びたケーブルとミデアの情報用出力端子を通してレーダー情報が供給される。
コクピットのレーダーサイトに出力のアップした敵機情報が表示される。
徐々に開きつつある格納庫の扉の映像に目をやりながら、ファルコニアは照準器を引き出す。
グオン!
滑らかとも言えない動きで使い込まれたミデアの格納庫の扉が開いて行く。
「どこだ…?」
眩い光に目を細めながら、ファルコニアは照準器を覗き込んだ。
(!正面!)
眼前に3機のドップが突っ込んでくる。
ファルコニアは半開きの扉から、片手だけを突き出す様な格好で、マシンガンを構える。
(威嚇って訳にゃ、イカンのが辛い!)
撃ち落とす以外に道は無い!
ファルコニアは照準もそこそこにトリガーを引いた。
ドップ隊の隊長の目に、開きつつある格納庫内のMSの姿は映っていた。
初めてみる連邦のMS。
コイツを捕獲すれば…。
彼の中で、欲望が渦巻く。
『隊長、敵MS、銃器を構えていますぜ!』
5番機が叫ぶ。
「ええい!うろたえるな!連邦のMSがどうあれ、そう簡単に当たるモンじゃない!」
彼は確信していた。
恐らく初めて戦場に出るはずの新品のMS。
各部品もマシンの調整もそこそこに出して来たに違いない。
我がジオン軍の巨神「ザク」と違って、なんと玩具っぽい白い機体か。
あんな、貧弱な角張った機体から放たれる弾丸など、恐るるに足りん!
と。
「私につづけ!」
隊長は闘志を鼓舞するかの如く、叫んだ。
ドルッ!
ドルルルルルルルッ!
小刻みな振動がマシン全体からシートを通してファルコニアに伝わる。
閃光弾を織りまぜた弾丸が空中にばら蒔かれる。
ジオンの戦闘機3機はファルコニアをあざ笑うかの様にミデア下方からのけ反る様に上昇してくる。
そんなドップ小隊の中央に位置する機を狙って、ファルコニアはマシンガンを放った。
が、ミデアの姿勢がぶれ、照準したはずの弾丸は右に大きくカーブを描いた。
「ととっ…」
足元をロックしているとは言え、突然の挙動にファルコニアは咄嗟に左腕でミデアの扉を掴む。
「おいっ!気をつけろ!」
インカムに向かって叫ぶ。
が、ミデアのパイロットも必死だった。
『やかましい!さっさとどうにかしろよ!』
確かに、敵戦闘機は上昇しながら、機銃を放った様だ。
コクピットを撃ち抜かれてはたまらんとミデアのパイロットも回避運動を行ったらしい。
「くそっ!お前さんの言う通りだ!」
ファルコニアは右足をロックしている固定金具を外すとミデア格納庫から半身を乗り出した。
「や、やめて!中尉!落ちたらどうするのよ!」
シルフィの悲鳴がインカムに入る。
「ミデアが落ちされたら、同じ事だろ?大丈夫だって。シルフィ…」
ファルコニアはMSの左手で扉をガッシリと掴み、自由になった右足を空中に投げ出す様に更に格納庫外へ機体をせり出させる。
「野郎…ドコいった?」
コクピットのレーダーサイトを睨み付けながら、機外モニターでキョロキョロと見やるファルコニア。
3機のドップは上昇から反転して、ミデアのくコクピット真上から攻撃を仕掛けんとしている時だった。
「パイロット!機体を傾けろ!」
ファルコニアの叫びにパイロットも反応する。
『頼むぜ!新型!』
ミデアは思い切り機体をバンクさせ、垂直状態に近い姿勢を取る。
「きゃあ!」
たまらないのは、シルフィ達だった。
突然、垂直にも近い姿勢で機がバンクした為、一瞬、身体が宙に浮き、更には壁に叩きつけられる。
「グホッ!」
壁に落ちたシルフィの肘がアルノーの鳩尾に食い込む。
哀れ、アルノーはそのまま白目を向いた。
「軸線!もらったぜ!」
ファルコニアは吼えるなり、トリガーを絞り込む。
ドルッ!ドルルルルッ!
再び、軽い衝撃とともに、弾丸が打ち放たれて行く。
閃光弾の行き着く先は確実にドップ隊の先頭の機であった。
小型機はその脆弱な機体にタップリとファルコニアの放った弾丸を受け止めていく。
「あぁ!あぁぁぁ〜」
哀れ、ドップのパイロットも機体よりもせり出したコクピットに弾丸を受け、粉々に消し飛んでいった。
『隊長!5番機、やられました』
6番機パイロットの絶叫に隊長はイライラと言葉を返す。
「判っている!敵の射撃は思ったより正確な様だ…。気を引き締めてかかれ!」
隊長はそう、叫んだものの、5番機をポロクズの様に打ち砕いた敵機の銃弾に恐怖を覚えた。
(れ、連邦め!なんて兵器をつくりやがった…!?)
すかさず、ドップ隊は降下を止め機体を水平に戻すと、隊長機を先頭に必死にミデアの後部へ回り込もうと、機体をバンクさせた。
(後ろからなら、攻撃できまい!!)
隊長がニヤリとしながら、トリガーをひこうとした時だった。
(な、なに!?)
彼は眼前の光景に目を疑った。
ミデアの格納庫から、今、まさに、MSが飛び降りようとしている!
(ば、馬鹿な!死ぬ気か!?)
最初のドップを撃墜した時、ファルコニアの中で鼓動がした。
ドクンッ…
(これがMSの戦闘能力…)
ドクンッ…
(今、一人の命がついえた…。俺の手で…?)
そう、心のどこかから問いかけられた時、ファルコニアの心の箍が外れた気がした…
うぉぉぉぉぉ!
吠えながら、ファルコニアは残る左足の固定金具も外す。
その挙動、インコムを通じて響くファルコニアの慟哭にシルフィは何が起こったか理解出来なかった。
彼女が我を取り戻した時、目の前のガンダムは蒼空に向けて、ミデアの格納庫を蹴っていた。
「止めて!ファルコニア!どうする気!?」
が、彼女の叫びも虚しく、ファルコニアの駆るガンダムは蒼空の懐に飛び込んでいく。
恐怖なのか、力を手にした衝撃なのか、怒りなのか、ファルコニアは突き上げる感情のままに、MSを駆った。
メインモニターに映るのは、ただ青い空と遥か彼方の大地。
その雄大な景色に身を寄せるかの様に、ファルコニアはMSを自由落下に任せる。
『中尉!何を!?ファルコニア!』
耳をつんざくシルフィの声にファルコニアはハッと我に返る。
「シルフィ!俺は、俺はまだ、死にたくないんだ!」
『な、何を!?』
ファルコニアは全身を包み込む恐怖を打ち払うかの様に、サイドスティックを引き寄せる。
背中に装着された補助推進用のバーニアが点火し、空中でありながらも、その巨大な機体に推進力を与える。
うぉぉぉ!
再びフアルコニアが吠えた時、彼の搭乗するMSがクルリと蒼空を振り返るかの様に反転する。
仰向けの状態となったファルコニアのMSはすかさず、上空を見据え、ミデアに襲いかからんとする2機のドップを認めた。
「墜ちろよ!お前ら!」
ガガッ!ガガガガガッ!
落下しつつも、行動範囲に障害がなくなったファルコニアのガンダムが一気にマシンガンを打ち放つ。
徐々にマシンガンの火線がドップに重なって行く。
その小型の機体にMSの放つ弾丸を受けて、ドップ隊の隊長機と6番機はあっと言う間に、火達磨と化した。
回避の余裕など無かった。
目の前の輸送機から飛び出しだMSは空中で反転したかと思うと、あっと言う間に手にしたマシンガンを放って来たのだから。
ドップ隊の隊長はその迫り来る閃光弾の火線に呪いの言葉を吐きだした。
「ちきしょう!やっぱり、俺の人生はぁぁぁ〜!!クソまみれだったぜぇぇぇぇ〜!!」
6番機のパイロットがその言葉を聞いていたかどうかは定かではない。
何故なら、彼も又、目の前を落ちていく連邦のMSがマシンガンを構えた所までしか意識は無かったのだから。
だた、彼は、心の中で呟いた。
(母さん…)と。
2機のドップが火達磨となって、ミデアのコクピットをかすめて落ちていくまで、マチルダは外で何が起こっているのか理解出来なかった。
インカムに飛び込むのはファルコニアの怒号とシルフィの絶叫だけだったから。
しかし、あり得ぬ方向から飛んだ火線と撃墜されたとおぼしき、ドップの姿を認めて、マチルダはすかさず、コクピットキャノピーに駆け寄り、ミデアの下方を覗き込んだ。
「!?ガンダム!?」
彼女が眼前の光景を目にした時、既に全てを理解していた。
だが、どうやって回収する?
そんな考えが、一気に彼女の頭脳を駆け巡る。
『お願い!マチルダ!ファルコニアを助けて!』
シルフィの叫びがマチルダの耳元へ響きわたる。
「シルフィ!?何故!?」
解っているのに、聞いてしまう自分も普通の人間だと、ふと思う。
とにかく、回収しなければ…。
マチルダはシルフィの回答も待たずに、パイロットへ機体をダイブさせる様に指示をだした。
「お、落ちて…、落ちてたまるかぁぁぁ〜!」
ファルコニアは精一杯、バーニアを吹かし、落下を食い止めようとしていた。
今は冷静だ、と彼は思う。
何故、こんな馬鹿な真似をしたのかと、我ながら思う。
最初の1機を撃ち落とした時、全てが真っ白になった。
自暴自棄の様な守備行動。
全ては何かを護る為だという衝撃に突き起こされた気がする。
(何を護りたいんだ…?)
そんな自問自答もどこかで囁いている。
そんな自分はとても冷静なのだ、とファルコニアは思った。
(と、とにかく、生き延びる為だったんだ!それは、仕方の無い事…そうだろう!?)
誰に問うのか、誰に語るのか、ファルコニアは自身の中で言葉を繰り返しながらも必死にバーニアスロットルを引き続ける。
ピーピーピーッ
警報が響く。
バーニアの限界が近い。
(こ、このままでは…エンジンがもたん…)
冷却能力も遥か限界点に、今、自分は居る。
どこまで、やれるのか?
俺は、生き延びる事が出来るのか??
そんな考えもふと脳裏を過る。
(畜生!これが戦争って奴か!畜生、これがMSって兵器なのか…?畜生、足が…震えやがる…。)
『大丈夫さ。』
誰かが、脳裏で囁いた。
(?)
ファルコニアはその何かにビクンッと反応する。
(誰だ?俺じゃない、誰か、だ。)
インカムに意識を集中させる。
聞こえるのはノイズの中に聞こえる途切れ途切れのシルフィの声。
(シルフィなのか?今、誰かが、『大丈夫』って言った…)
その時だった。
ふと、鮮明な声がファルコニアの耳に入る。
『中尉!ファルコニア中尉!もう、少し、もう少しだけ我慢してください。』
聞き覚えの無い声だった。
「誰だ?お前は?」
ファルコニアはインカムに向かって囁いた。
つづく。
episode57:「救援」
「誰なんだ!?お前は?」
ファルコニアが再びインカムに向かって話掛ける。
『…もうすぐ、お会いできますよ。中尉。』
(もうすぐ…?)
『それにしても、噂通りの方ですね。あのお方が言っていた通りです。実に楽しい方です。』
「ふざけるな!見ず知らずの野郎に『楽しいお方』などと、言われたくはねぇ!」
『…これは…失礼しました。中尉。』
「とにかく、先ず、名乗れ!」
『名乗るといっても、そろそろそんな余裕も無くなってきました。先ずは中尉、姿勢を変えて、地上の方を向いてください。そろそろバーニアも限界でしょう…。』
(ん?)
ファルコニアは高度計に目をやった。
(陸戦型MSに何故、高度計が付いているのか?それは海抜高度から酸素濃度を推定し、必要に応じて、コクピック内の酸素濃度を自動調整する為である。)
(地上まで、あと2000…)
『中尉!とにかく、姿勢を反転、そして、前方2時を確認してください。』
謎の声に従うのも少々、癪ではあったが、取り敢えずファルコニアはその指示に従う事とした。
(おお!)
反転したファルコニア機のモニターに飛び込んできた光景、それはほぼ、水平高度に位置するミデア3番機であった。
そして、そのミデアの背面には…。
「ガ、ガンダム!お前なのか!?その機体は!?」
ファルコニアが驚愕と共に叫ぶ。
激情と恐怖に駆られ、空中に飛び出した自分も無茶ではあるが、自分の救出の為にミデアの背面に飛び移っている相手も相当無茶だ。
何せ、ミデア背面にはMS固定用の構造物など、在りはしない。
つまりは、非常に高い訓練を受けたパイロットがガンダムの操縦をこなし、更には不安定かつ、圧倒的な空力抵抗の中で、バランスを保っているのだ!
ファルコニアの叫びに相手が応える。
『はい!ファルコニア中尉!もうすぐ、コンタクトできます!軸線に乗ったら、『腕』を!』
相手の言葉をファルコニアは即座に理解した。
ミデア背面にたたずむ、ガンダムが『コッチへ来い』」というジェスチャーを繰り返す。
「了解した!今から、機体方向及び高度の調整をする。たぶん、チャンスは1回…。そうだな。」
『はい、失敗すれば、中尉だけ、若しくはこの3番機諸共、火達磨です。』
「…了解、お前が誰だか知らんが、命は預けるぜ!」
フアルコニアは空中を漂うガンダムの背部バーニアを切ると、精一杯に四肢を伸ばし、空力抵抗を受けて、落下速度を落す様に操作する。
また、一方のミデアも徐々にその巧みな操艦技術でジワリとファルコニアの機体に近づいて行く。
「もう、すこし…」
ファルコニアのガンダムが必死に腕を伸ばす。
そして、ファルコニア機のやや下方高度を取る様にミデアが進入してくる。
「よし!タイミングは合いそうだ!いくぞ!3,2,1!」
ファルコニアの合図とともに、ミデアのエアブレーキ類が一斉に放たれる。
同時にジェット推進力が切られ、揚力用ローターがフル回転した。
フワッとその場でミデアが浮き上がった。
一方、ミデア背面では背面で待ち受けていたガンダムが少しばかりシャンプするとファルコニアの機体を抱き抱える様にしてガシリと受け止めると絶妙のタイミングで逆進を掛け、再びミデア背面に軟着陸する。
流石にこの操縦テクニックにはファルコニアも感心した。
(な、なんて奴なんだ…。MSの着地をこうも簡単に、しかも振動も無く…!!?)
ファルコニアの感動も知らず、3番機背面のガンダムのパイロットはコクピットに連絡を取る。
『ファルコニア中尉は無事に回収したよ。3番機、2番機に食いつくジオン機の迎撃体制に入ってください。』
『コクピット了解、水平推進に入る、振り落とされるなよ!』
ミデアのパイロットは待ってましたとばかりにジェットエンジンに火を入れた。
『ファルコニア中尉!ミデアの挙動を感じる様にして、機に同調してバランス取りしてください!大丈夫!中尉なら上手くやれるハズです!』
謎の声が言う。
「ちょ、ちょっと待て!このまま、2番機の支援だと?」
『はい!まだ、2番機にはジオンのドップが食い付いてますからね!ヤツらを墜とします!』
「だ、だが、この3番機の積載重量は…!?MS2機も載っけて、戦闘なんて…!」
『大丈夫!余計なモノは捨てました!こっちの機に載っていたのは、追加装甲と予備パーツでしたから!』
「な、なにぃ〜!す、捨てただと!」
『はい、捨てました!!残ってるのは、この機と一部兵装のみです!』
「ば、馬鹿野郎!す、捨てたって…!!」
ファルコニアの頭が真っ白になる。
(だ、誰なんだ、コイツ…!?)
『でも、中尉をお助けする為です!仕方ありませんよね!?』
「うっ…それは…。(それを言われると…)」
『とにかく、この機は2番機応援に向かいます!中尉も残弾確認してください!』
「お、おう…」
言われるままに、ファルコニアはウエポンデータを確認する。
「残弾…300…」
何気に呟くファルコニアだったが、すかさず、インカムから声が突き刺さる。
『残弾300…!また、随分と無駄弾を使ったものですね!』
「な、なんだとお!」
この言葉には流石のファルコニアもムッとした。
「き、貴様、名も名乗らずに、偉そうに…!一体、お前は誰なんだ!」
口元のマイクに向かってファルコニアは思いきり怒鳴りつけた。
『…これは、失礼しました。まだ、名乗っていなかったですね。ベイル…ベイル・トレマーと申します。』
「…ベイル…?知らない名だな。所属は?」
『はい、ジャブロー第110機械化師団、極東方面隊第01MS小隊…』
「それは、今の所属だろうが!何処に居たんだ?お前さんは?」
『それは軍の機密に触れますので、お答えできません。』
「けっ!機密だと?とにかく、回線繋いで、面ぁ拝ませてくれや!」
『残念ながら、中尉、お見合いをしている暇は無さそうです。前方3時、敵機視認しました。』
ベイルの言葉にファルコニアもモニター画像に注意を払う。
確かに、前方ではミデア2番機に2機のドップが食い付いていた。
「ちっ!墜とされるなよ!2番機!!」
ファルコニアは照準器をヘッドレスト後部より引き出し、覗き込んだ。
『中尉も落ちないでくださいよ。もう、救出は無理ですからね。』
ベイルがすかさず、茶々を入れる。
「るせー!お前、ホントに生意気だな!」
『はい、上官の性格が移った様です。』
(…上官?何言ってんだ、こいつ…?)
ファルコニアはふと、そんな事を思いながらも、照準を合わせる作業に没頭する。
(…もう少し…もう少し…。)
自らのマシンガンに残された弾丸あと300…。
トリガーを引けば、あっと言う間に撃ち尽くしてしまう数だ。
『中尉!撃ってください!』
ベイルが叫ぶ。
「馬鹿野郎!この距離で撃っても、あたりゃあしねぇよ!」
『それでも、威嚇位にはなります。とにかく、敵機を引き離さないと!』
「…なるほど!だが、俺の方は残弾もすくねぇ!お前の武器は!?」
『これです!』
「…!おほっ!スゲーのを持ち出しやがったな!」
ファルコニアはベイルのガンダムが手にした兵器を観て、感嘆の声を挙げた。
ベイルのチョイスした兵器は通称『ドラゴン・アイ』、熱感知型対空自動追尾式ミサイルだった。しかも、MSサイズの。
「しかし、ベイル、そんなモン、ぶっ放したら、ミデアもやばいぜ!?」
『御心配無く。中尉!コイツはCO2感知センサーも備えたタイプです。ミデア2番機にはローター飛行に切り換えてもらって…。』
「おお!その手があったな!ベイル、お前、中々やるじゃねぇか!」
ファルコニアは単純に称賛の言葉を送る。
『ありがとうございます、中尉。そろそろ…。』
「了解した。願わくば…当たっちゃっても!」
ファルコニアのガンダムがミデア背面で腰だめにマシンガンを放った。
ドガガガガガガガガッ!
ミデア2番機と後ろに食い付くドップの間に割り込む様に火線が飛ぶ。
「…ちっ。やっぱり、あたらねえ…」
ファルコニアは舌打ちをしながら、2機のドップを見据える。
2機のドップは突如として左後方から飛んだ火線に驚いた挙動で、ミデア2番機から距離を取った。
そして、一旦、機首を挙げると同時にファルコニア達の乗るミデアに向けてダイブした。
「くるぜ!ベイル!」
ファルコニアが叫ぶ。
『了解です。ミデア3コクピット!2番機に連絡してくれ!念の為、ローター飛行に切り換えろって!』
『コクピット了解!』
ミデアのキャプテンがすかさず返答を返す。
ミデアコクピットとベイルの間には既に信頼関係が築かれている様である。
『ベイル曹長、ミデア2より連絡。 敵機の攻撃により、電気系統破損したらしい。ジェット推進からの切り換え不能だそうだ。どうする?』
『な、なんだって!このまま撃ったら、熱量の高いミデアにミサイルが食い付く事は確実だぞ!?』
明らかに動揺したベイルの声がインカムに響く。
「ちっ!ベイル、そのまま攻撃準備だ!奴らはこっちを先に落とすつもりだ!俺が援護する!お前はなんとか奴らの尻を取れ!」
『…中尉が?援護…?しかし…どうやって…?』
「るせ!ベイル、ごにょごにょ言ってねぇで、準備しろっ!」
ファルコニアの言葉にベイルはすかさず、返事を返す。
『りょ、了解です!中尉!』
ベイルのガンダムがガシリと『ドラゴン・アイ』を担ぎ挙げる。
両の足を踏ん張らせると、ベイルは照準器を覗き込んだ。
『中尉!いつでもいいですよ!』
ベイルの言葉にファルコニアが応える。
「よし!ベイルチャンスを逃すな!ミデア3、そのまま、直進だ!」
『し、しかし、このまま直進すれば、奴らの正面だ!下手すれば、コクピットを撃たれるぞ!?』
流石に、ミデアのパイロットも驚きの声を挙げる。
「いいから、前だけ観て、運転しろ!」
『ミデア3、了解。ベイルといい、アンタといい、無茶苦茶だぜ!』
ミデア3のパイロットが吠える。
ファルコニアは左腕に装着したシールドをミデアコクピットの上面にかざした。
「取り敢えず、これで、上部からの攻撃には耐えられる。ミデア3のパイロット!とにかく、奴らの下を潜れ、腹を見せれば、勝ち目は無いと思え!」
『ちっ!そう言う事かよ!ミデア3了解だ。ベイル、お前の攻撃に任せたぞ!』
ファルコニアの言葉にパイロットは多少呪いの言葉を吐いたが、腹を括った様に、ドップ正面に突っ込んだ。
正面から突入してくるミデアを見据えてドップのパイロットがニヤリと笑う。
「マトはでかいぜ…。外しようもねぇ…。」
トリガーに手を掛けようとした瞬間、ミデア背面に立つMSから火線が飛んだ。
ファルコニアが胸部バルカンを使用したのだった。
「ちっ!あのMS、固定兵装があるってのかよ!」
機首付近に立つMSは右手のシールドで輸送機コクピットをかばう様に位置し、攻撃の為の挙動を見せない為、油断していた…
しかしながら、狙いも付けずに放たれた様な弾に当たる気もさらさら無い。
「こうなりゃ!」
ドップのパイロットは互いにサインを送ると、二手に別れた。
1機が囮となり、もう1機が背後から襲いかかれば、恐らく…
連邦の新型MSとはいえど、動力炉に一発でも当たれば、誘爆を引き起し、輸送機ごと撃墜できるハズだ。
それぞれの攻撃位置にドップは散開した。
「敵が分散した。ベイル、くるぞ!」
『了解です。』
ファルコニアはミデアの正面からドップが散開したのを見届けると、シールドでのコクピット防御を解き、右手に離れたドップを眼で追った。
同じくして、ベイルが左手に旋回するドップを照準器越しに見つめる。
『3…2、1!いけっ!』
旋回するがらドップのアフターバーナーノズルが目に入った瞬間、ベイルはトリガーを引いた。
バッシュー!
バッシュー!
3連装のミサイルベイの扉が開き、2発の対空ミサイルが弾き出される。
うねるが如く、白い尾をひいて、ミサイルが獲物を追った。
「ドップ2よりドップ3へ!敵からミサイル発射。気をつけろ!ホーミングかもしれん!」
右手に回ったドップパイロットは輸送機背面にのるMSの担ぐミサイルポッドに驚愕した。
(なんて、武器を持ってやがる!)
MS開発に先手を打ったジオンでさえ、ザク主兵装はマシンガンとヒートソードという接近兵器なのに。
一部には、バズーカタイプの兵器も出回り始めたそうだが、空中攻撃隊の自分には関係の無い話だった。
だが、連邦にMSが存在し、更にはそのMS用の兵器として、対空兵器が存在するのならば、これは由々しき問題だ。
ドップ2番機のパイロットは呆然とミサイルの行方を眼で追った。
「ちきしょう!やっぱり、ホーミングだ!」
ドップ3番機のパイロットは逃げても逃げても、ケツに食い付いてくるミサイルに呪いの言葉を吐く。
スパイラルダイブから、急上昇を掛ける。
それでも、ミサイルは追撃を止めない。
「ちきしょうめ!」
彼は思いっきり、操縦桿を引くと、太陽を探す。
サーマルセンサーを騙せば!
太陽に向かって上昇し、軸線にミサイルが追従してきた所で、彼は機首を反転させてダイブした。
「これでっ!」
ホーミングとはいえ、ミサイルは太陽の熱量にセンサーが感知して、燃料の続く限り、飛び続けるハズだ!
が…。
「な、なにぃ!」
パイロットは我が目を疑った。
上昇を続けるはずのミサイルがゆっくりと弾道を変え、更に自分の機に追いすがってくるではないか!
「ふざけんなぁ!」
どうにも、堪えきれない恐怖に押しつぶされそうになりながら、パイロットは必死にスロットルを開放する。
水平飛行。
再びミサイルが自分の機と平行に位置する。
(なんなんだ?コイツは!リモコン操作なのか?だとすれば…。しかし、既に目視限界だぞ!?カメラ内蔵タイプなのか?それでは、さっきの太陽との軸線時にモニターが…)
「これで…どうだ!?」
ドップ機体下部の扉が開く、ザァッ!と流れ出るアルミ箔。
チャフだった。
ミノフスキー粒子が開発された宇宙世紀においては、ほぼ、無用な戦法ではあったが、目に見えないミノフスキー粒子では不安と、地球上のパイロット達の中には気休め程度でも機体装備するパイロットもいたのである。
しかし、ミサイルセンサーは混乱される事なく、一直線にドップのエンジンノズルを目掛けて飛んだ。
ドォォォォーン!
ドォォォォーン!
1発目のミサイルがドップの機体に食らいき、爆発した。
直後、2発目が更に機体の分解を手伝うかの様に着弾すると、即座に爆発を開始する。
パイロットは結局、何も解らぬままに、故郷よりも遠い世界へ旅立つ事となった。
一方、ミデア3番機では、残ったドップ2番機がなんとしても、一矢報い様と、ミデアの廻りを旋回する。
「ちくしょう!うざったい奴だぜ!」
胸部バルカンで威嚇するものの、当たる気配さえ見えず、MS2機とドップは膠着状態に入った。
「このままじゃ、埒があかねぇ…」
『というより、弾丸も残り少ないですね。ジリ貧ですよ。』
ベイルが応える。
ベイルのドラゴン・アイにも1発のミサイルが残ってはいたが、敵機は中々スキを見せようとはしなかった。
「…もいっぺん、ダイブするか…?」
ファルコニアがぼそりと呟く。
『なんですって?』
ベイルが聞き咎める。
「このままじゃ、どうにもならねえ!なぁベイル、一辺、上昇してから、俺が機でダイブする。奴さん、多分、こちらを仕留めようとするハズだ。そこで、カマすってのはどうだい?」
『カマすって…どうやって?』
ベイルが胸部バルカンを放ちながら、ヘッドセンサーをファルコニアの機に向ける。
「…コイツでさ。」
ファルコニアのガンダムがガシャリとふくらはぎ部のポケットを開いた。
『ファルコニア中尉…。ソレって…』
コクピットでベイルが驚きの声を挙げる。
ファルコニアはニヤリと笑った。
つづく。
episode58:「切り札」
ファルコニアの言葉にミデア3番機は一気に高度を揚げた。
このままドップを無視して極東方面基地に赴いても良いのではとパイロットは提案したが、新型MSの駐留基地を敵に明かす訳にはいかない。
無論、連邦の制空圏内に入れば、味方の応援も期待できようが、前線の状況如何によっては確約は出来ないのだ。
自らに降りかかった火の粉は自分で払う以外、生き延びる道が無い、というのが、連邦の現状であった。
『高度10000… もう、クルーもアップアップですよ…。』
気密性の高いコクピットに比べて、機体下部につり下げられる様にしているコンテナ部はおよそ気密性などという言葉は無い。
外気温が下がれば、コンテナ内は極寒であったし、周辺の空気が薄くなれば、無論、呼吸も困難になる。
大体が、下部貨物室はあくまでも物資輸送用のコンテナであって、今回の様に多数の人間が機体整備しながら待機している様な場所では無いのだ。
「よし…。御苦労だった、機長。俺は奴を何としても叩き落とす!ベイルは引き続き、ミデア3の護衛に付いてくれ。無論、ドラゴン・アイで討てれば、それでかまわん。」
『了解しました。中尉。で、回収ポイントは?』
「今から3分後、ここから、半径500m以内に納まる地点になると思う。勝負は俺が奴を落とせるかどうかと、ミデアの下降速度がコイツの落下速度とどれくらい違うかで決まる。正直、分は悪いな。」
『でしたら、中尉。やはり、作戦変更した方が…?』
ベイルの心配そうな声。
「大丈夫。俺だって無駄死にするつもりはねぇさ。俺には護らなきゃならねぇモンが山ほどあるからな。」
『護るべきモノ…、ですか?』
「おおよ!ベイル、お前にもあるだろう?親、兄弟、親友、プライド、そして愛する女…。」
『私には…良く…判りません。私はあの方の信頼の為に闘って、ここまできましたから…』
「あの方…?ってのは良く判らないが、ベイルにも『信頼を護る』っていう理由があるはずだ。そうだろう?」
『…!そうか、そうですね。ファルコニア中尉!私にも護るべきモノがありました!』
顔こそ見えないが、ガンダムのコクピットでベイルなる青年がニコリと微笑んだ事をファルコニアは直感した。
「じゃあ、いくぞ!機長!ベイル、俺が合図したら、同時にダイブしろ!」
『了解!』
『了解!』
両者が同時に応答する。
「3,2,1!GO!!」
ファルコニアの号令一下、ミデアと背面に乗る陸戦型ガンダムが一気に下降に転じた。
同時にファルコニアのガンダムが更なる高みへとバーニアをふかした。
驚いたのは、ミデアの後ろから食い付いていたドップであった。
目の前の輸送機から、1機のMSがジャンプしたかと思えば、輸送機ともう1機のMSが突如、姿勢を変えて下降に転じる。
あまりにも突然の挙動だった為、自らの機はオーバーシュートした状態でミデアとすれ違う。
しかし、ドップパイロットの視線の先には中途半端に宙に浮くMSの姿があった。
(くく。七面鳥撃ちより始末が悪いぜ…)
ドップのパイロットの口元に思いがけず笑みが溢れる。
何故、眼前のMSが輸送機を離れ、宙に浮いているのか、彼の頭脳は色々な思考を生んだが、でた答えは『そんな事はどうでも良い』であった。
とにかく、奴だけでも墜とせば、特進は間違い無い。
特に、コクピットをぶち抜いて、パイロットだけを葬り去り、機体を回収できれば将校だって夢では無い。
空中戦においての機動性は遥かにこちらの方が有利だ。
「仕留めてやる…。」
誰にとも無く、彼は呟いた。
ドップはガンダムの正面に位置するとコクピットを狙える位置に慎重に移動する。
時折、ガンダムが胸部バルカンを放ってくるが、固定武装の為、ドップを狙おうとする胸部がスイングする為、弾道の予想は付け易い。
ましてや、連邦のMSパイロットはまだまだ未熟の様で、パルカンを放つタイミングが解り易かった。
「へっ…素人が。」
ドップのパイロットはMSのコクピットを撃ち抜くタイミングをワクワクとしながら、図っていた。
こんなにワクワクしたのは何時以来だろう。いつも、いつも死と隣り合わせの恐怖に苛まされていた。
ジオン公国軍に招集され、初めて降りた地球。
そこで自分を待っていたのは小さな小型戦闘機だった。
巨大で頑丈そうなMSに比べて、なんて頼り無い機体。
しかも、大気圏下の圧倒的な空気量と重力とに悩まされ続けた。
サイド3での訓練とは全く違う環境。
(しかし、こんな生活とももうすぐおさらばだっ!)
彼の心はときめき、踊った。
そして、その時が来たのだと彼は直感した。
敵の放つ胸部バルカンが一斉射しない内にバレルから白煙を上げて停止したのだ。
「くっ…クックックッ。遂に弾切れか…。ざまぁ…ねぇぜ。」
ゆっくりとドップがMSのコクピットに銃身を向けられる位置に移動する。
そして…。
ファルコニアの表情に焦りは無かった。
案の定というべきか、幸運と言うべきか。
敵の戦闘機は自分の機に食い付いてきた。
これで、ミデア3とベイルの危機は一応、脱したハズだ。
それで、いい。とファルコニアは思う。
そして、彼は全開にしたスロットルレバーを徐々に戻し始めた。
MS背部のバーニアノズルからの噴射が徐々に弱まる。
能力以上の噴射力が巨体のMSを支え続けていたが、もうその必要も無くなったとばかりに、ファルコニアのガンダムは地上に向けて、落下を開始する。
「バーニア吹かすにゃ、酸素濃度が薄過ぎる…。」
独り呟くと、ファルコニアは完全にスロットルを閉じた。
フワ…
上昇から落下に転じる一瞬、胃を押し上げられる様な感覚に捕らわれながらも、ファルコニアはモニターを睨み付けた。
ドップが正面に位置している。
パイロットの表情が見える。
ニヤニヤと口元に笑みを浮かべた表情。
そんな敵のの表情にファルコニアもニヤリとした。
「甘いってんだよ…。」
ファルコニアの操るガンダムが空中でダラリと両腕を下げる。
まるで、抵抗を止めた様に。
そんなガンダムの挙動にドップパイロットの興奮は最高潮に達した。
(くくっ。それでいい、それで!)
ドップの機体下部の扉が開く。
機体に装備された旧式の空対空ミサイルが顔を覗かせる。
(切り札はとっておかなきゃな。)
ほころぶ顔も抑えずに、パイロットはトリガーに指を掛ける。
もう、本国は目の前だった。
「切り札は取っておくモンだ。」
ファルコニアも呟いた。
眼前のドップはミサイルをきらめかせて、正面から突っ込んでくる。
多分、至近距離でコクピットにミサイルをぶち込んだ後、離脱する一撃必殺の戦法を取るに違いない。
この時を待っていたとばかりに、ファルコニアは行動を起こした。
ガシャン!
ガンダムのふくらはぎにあたる部位の装甲がパカリと開き、外装が外側にスライドゲート方式に降りる。
本来、その部位には近接戦闘用のビーム兵器『ビームサーベル』の出力制御機器が(サーベルの柄)収納されているハズだった。
が、ファルコニアの機乗するガンダムには別の兵装が施してあった。
PBR-79-X「プロトタイプビームガン」
「X」NOのつけられた開発途中の兵器であったが、CAPシステム研究用資料として、ファルコニアの元に届けられていた兵器である。
MS本体からの電源供給システムは備えておらず、銃身にねじ込まれた巨大なコンデンサより電源供給をするタイプであった。
「射撃可能は3発…。しかし、この距離なら外しはしまい…。悪く思うな…。」
ドップのパイロットの表情がみるみる強張って行くのが、解った。
しかし、ファルコニアのトリガーを引く意志に戸惑いは無かった。
キュイーーーン…プシュ。
マシンガンと比べて、およそ現実味の無い音が響いた。
コクピットモニターに高電流によるノイズがちらつく。
ビームガンの先端から可視光線が発射される。
ピンクがかった光の弾丸。
質量の大きい実弾とは違い、放物線を描く訳でも無く、ひたすら直線に飛ぶ、光の矢。
高高度において、酸素濃度が薄いという状況下は空気中の様々な障害によるビームの拡散障害も少なく、その攻撃力は発射時点の出力低下を招く事も無く、ただひたすらにドップを目指した。
スッ…
己を貫く光の矢にたいした抵抗を感じる事も無く、ドップのパイロットは一瞬で絶命した。
むしろ己を貫く光にかすかな温かみを感じてさえいた。
次の瞬間には冷たい死の淵に突き落とされる事となろうとしても、だ。
一瞬でドップを貫いたビームはやがて、遥か前方に飛び去り、空気の中に溶けこけむ様に拡散していった。
そして、爆発。
ファルコニアの初陣は空中戦闘という形で始まり、今、終わった。
「ふう…。すげぇ、武器だ…。」
無論、ビーム兵器そのものは既に宇宙艦隊兵器として実用化されている。
が、携行できるビーム兵器をMSに装備させるという技術革新が今後の戦争の在り方の大きな転換期になるであろうという事は容易に想像できる。
それほど、ビーム兵器の威力は絶大なのだった。
右腕に構えたビームガンを元の『ふくらはぎ』のラックに納めると、ファルコニアは頭部カメラを下方に向けた。
「…どうやっておりるかな…」
高度8000。
ファルコニアの眼下には広大な海原が雲の間に見え隠れしている。
そして、遥か下方に黄色い翼。
ミデアだった。
流石にベイルのガンダムは視認できそうも無い。
「ほぼ、位置は変わらず…。このまま、落ちていく他ないな…。」
ファルコニアはスロットルレバーから手を離すとフゥーッと肩の力を抜いた。
ガンダムにGがかかっていく。
身体を持ち上げられる様な、胃が突き上げられる様な感覚がくすぐったく感じる。
その時だった。
ビィーッビィーッ!
レーダーに敵機を示す赤い輝点が点滅する。
(んあ?て、敵?)
ファルコニアの全身に新たな緊張が走った。
(一体どこから?)
モニターに全周のカメラ画像を映し出す。
後方カメラに捕らえられた画像に黒点を見いだした。
(…あれは…!?敵輸送機かっ?)
データーベースに照合する。
コンピューターが弾き出した答えは『ジオン公国軍、大気圏内用、ファットアンクル』であった。
前史のオスプレイ型輸送機をそのまま巨大化させた様なシルエット。
機首下方に巨大な観音開き方式の扉が設えられ、強襲輸送艇としての能力も備わっている。
その巨大な扉が徐々に口を開け始めている。
(空中で…?失速するぞ!?何をしようってんだ?)
ファルコニアは戸惑った。
新たな敵はかなり無謀な策を練っているらしい…
垂直落下の自分と水平移動の敵輸送機。
先にミデアとコンタクトするのはいずれか…?
ファルコニアの心中に焦りが生まれる。
その時だった。
敵輸送機の開いた大口の闇の中から赤い瞳が進み出た。
(!MS!!?)
どうやら、ジオン側もMS搭載の輸送機を近場の前線基地から発進させたらしい。
距離が離れているせいで、MSの機種は判別できないが、その凶々しい赤い一つ目は間違いなく、ジオンのMSだ。
ファルコニアは空中で姿勢を変えた。
バーニアを逆吹させ、肩に空気抵抗を与えると機体はクルリと向きを変える。
メインモニターに敵機が映しだされる。
ズーム…
デジタル処理された画像がモニターに映しだされる。
(…ザクじゃないっ!?)
ジオン特有のモスグリーンに彩られた機体では無かった。
形状こそ酷似しているが、その機体色は真っ青であった。
(何だ…アレは…!?)
ファルコニアの心臓が早鐘の様に鳴り響いた。
つづく
episode59:「蒼き戦慄」
ファルコニアの焦燥とは別に、陸戦型ガンダムとファットアンクルの距離はグングンと近づいていた。
それに伴い、ファルコニアのモニターに映り込むジオンのMSも次第にハッキリとそのデティールが映しだされる。
全身を蒼を基調とした色彩で彩られ、両の肩にはザクのスパイクアーマーよりも更に凶々しい曲線のスパイクが装備されていた。
数々の戦いを生き抜いた証の様に、スパイクアーマーの先端の塗装が剥がれ落ち、金属地が露出していた。
ザクのモノアイレールを中間で絞り込んだ様な形状の中心に輝くモノアイは怪しく輝き、精悍なイメージを醸し出す。
そして何より、ファルコニアの目に焼きついたのは、右肩のスパイクアーマーに描かれた死神のペイントであった。
(なんて…嫌な感じのMSなんだ…)
ファルコニアは死神に見入られた様な感覚に陥った。
サーッ…
軽いノイズの中に無線ノイズが混じる。
『…こえるか?…前方の連邦!…こえたら、周波数を合わせろ……数は1575MHz…。こえるか!?』
(ジオン機から無線だと!?どうなってんだ?)
ファルコニアは戸惑いながらも、周波数を合わせる。
『…聞いているか?前方の連邦機!』
突如としてクリアーな音声が入った。
「ああ。聞いている。何の用だ。」
『…素直な奴だな。私はジオン軍地球方面隊のグレッグ・キースロン。蒼の13番隊、『ブルーレイス』のグレッグという。』
「…その『ブルーレイス』が何の用だ?」
『こちらは名乗ったのだ。そちらも名乗るのが礼儀だと思うがね?』
「…生憎と、こちらは空中降下中で余裕が無い。名乗りを上げてるほど、暇じゃないんだ。」
『…面白い奴だな。まぁ、いい。連邦のMS、始めてお目に掛かる。こちらは帰投中に偶然、貴官を発見した。今日は大した戦果が上げられなくてな。ついては手土産に貴官のMSを頂きたい。』
敵機の飄々とした言い様にファルコニアは少々呆気に取られた。
「ふ、ふざけるな!」
『いや、私はふざけているつもりは無い。連邦のMSを見るのは始めてだが、中々に良いものの様だ。基地指令への手土産には丁度いい。』
「…どうやって、手に入れようってんだ!?」
『『ブルーレイス』と呼ばれる私は、欲しいものは絶対に手に入れる主義でね。手段はえらばんよっ!』
言うなり、蒼い機体が右手を構える。
(なんだ?)
突然の挙動にファルコニアは戸惑った。
すると、敵MSの右手の指先からマズルフラッシュが輝く。
(ま、マシンガンだと!?)
敵MSの指先から飛び出した弾丸がファルコニアのガンダムをかすめる。
「あ、あぶねーじゃねーか!」
『くくっ。今のは威嚇ですよ。貴官も面白い方だ。』
「そりゃどーも。」
『さて、貴官は今、絶対的窮地に居るという事をお分かり頂いたかと思います。ここは一つ、自発的に捕獲させて頂くと喜ばしいのですが…。』
「へっ。ばかばかしい。黙って、連れてかれるほど、聞き分けは良く無いんでね。」
ファルコニアは再び、ビームガンラックを開放した。
ふくらはぎからビームガンを取り出すと、右手に構える。
『…ほう。面白い。では、連邦のMSの実力、見せて頂きましょう!』
いうや、蒼いMSがファットアンクルの格納庫から、パッと飛び出した。
(馬鹿な!死ぬ気か?)
信じられぬものを見たかの様に、ファルコニアは唖然とした。
『地上までの距離、約5000。地上に激突する恐怖を背にして、貴官がどこまで闘えるのか拝見させて頂きますよ。』
(…くっ。こんな戦闘、あるのかよ!冗談が過ぎるぜ…。)
ファルコニアはスロットレバーを握りしめるとコントロールパネルに手をかけた。
(…ドッグファイト…アクティブ!!)
ガンダムの頭部デュアルセンサーが指令を受けて輝いた。
『ふふん。やる気になった様ですね…。』
『ブルーレイス』のグレッグが呟く。
「俺はまだ、死ねんのでな!」
ファルコニアは地表と水平になる様に姿勢を変える。
空力抵抗を受けた機体がフワリと浮かび上がるかの様に、落下速度が落ちる。
『なるほど、考えましたね。落下速度も落として、標的となる面積を減らす事で、私の攻撃を回避できる、と?それなら…。』
いうや、『ブルーレイス』も姿勢を変えた。
ガンダムの落下速度を超えながらも、蒼い機体は斜めに滑り込むかの様な挙動で、ガンダムの下方に滑り込んでくる。
『さらに、こういう芸当も可能ですよ…』
グレッグは蒼い機体の右腕を再び、機体正面に構える。
(マシンガンか!?)
ファルコニアが左腕に装備したシールドを構える。
『くく。』
グレッグの不気味な笑い声。
『そんなに単純ではありませんよ。』
ブシッ!
蒼い機体の右腕、手首に当たる部位から一本のワイヤーが飛び出した。
ワイヤーがファルコニアのガンダムの右足に絡みつく。
(うおっ!?)
ガクン!という衝撃とともに、ガンダムの姿勢が崩れる。
『ブルーレイス』のグレッグが巻きついたワイヤーを絡め捕り、思いっきり引っ張った為だった。
右足を引かれたガンダムは無防備に姿勢を崩した。
すかさず、『ブルーレイス』バーニアを吹かし、ガンダムの羽交い締めの如く背後を取ると、即座に右腕のマシンガンをガンダムのこめかみに当てた。
『チェック・メイト。でしょうか?』
笑いをかみ殺す様にグレッグが言う。
(…ちくしょう。こいつ…)
ファルコニアは苦々しい思いをしながらもアレコレと考える。
「やるな…アンタ…。」
素直な一言が唇をつく。
『ふふ。観念しましたか?』
「…いや、まだだっ!」
ファルコニアは肘打ちの要領で左腕を振り上げる。
ガツンッ!
ガツンッ!
『うおっ!お、おやめなさいっ!』
「…馬鹿か!おめーはっ!」
ファルコニアは更に肘を入れる。
更に、右のこめかみに押し当てられた敵機のフィンガーマシンガンをシールドで払いのけると、素早く、マシンガンを封じ込めるかの様にガードする。
『くおぅ!やりますね!連邦も!』
流石にコクピット付近にあたる腹部にMSの肘打ちを食らった『ブルーレイス』はたじろいだ。
激しい衝撃にガンダムから離れる。
ファルコニアはすかさず、バーニアを吹かし、姿勢を変える。
『ブルーレイス』を正面に捕える。
『連邦にもMSが存在する事自体が驚愕なのですが、あなたの様なパイロットが存在するとは、嬉しい限りですよっ!!』
『ブルーレイス』のグレッグが叫ぶ。
同時に右手を振り上げると、マシンガンを構える。
「うおっ!」
ファルコニアも反射的にシールドを構える。
ガガッ!ガガガッ!
シールドに着弾する衝撃。
一射が終わって、ファルコニアは反撃に出ようと、シールドを下げた。
「何ぃっ!?」
メインモニターに『ブルーレイス』の姿が無い。
ファルコニアの全身から一気に脂っこい汗が噴き出す。
(どこだった!?どこっ!?)
ガンッ!
すさまじい衝撃が機体下方から襲う。
「ぐおっ!」
『くくくっ。戦闘とは、2手、3手先を読むものですよ…。』
グレッグの声が異様な程、冷静に響く。
「し、下かっ!?」
あわてて、ファルコニアはメインカメラを機体下方に向ける。
蒼空に溶け込むかの様な蒼い機体が悠然とマシンガンを構える。
既にシールドを構え直す余裕は無い。
(南無三!)
ファルコニアは死を覚悟する。
『ぐおぉぉぉっ!』
突如響くグレッグの絶叫にファルコニアはしばし、呆然とした。
(な、なんだ!?)
下方に位置する『ブルーレイス』の背中が爆炎に包まれている。
(オーバーブースト!?暴発したのか?)
だが、ファルコニアの予想は外れていた。
『ファルコニア中尉!御無事ですか!?』
飛び込んで来た声でファルコニアを状況を理解する。
「ベイル!お前か!?」
『はいっ!中尉!今です!敵機から離れて!!』
どうやら、間一髪の所でミデアと共に飛び込んできたベイルが『ドラゴン・アイ』をぶっ放したらしい。
『敵機…小破!?蒼い奴のシールドは粉砕しましたが、中尉!早く!』
ベイルの声に「おお。」と応えながら、ファルコニアは更に姿勢を変え、『ブルーレイス』との距離を離そうとする。
が、ファルコニアの思う様には距離は開かない。
(…!?)
『まだです…逃がしはしませんよっ』
『ブルーレイス』は背中に背負っていたシールドを粉砕されただけで、機体性能の低下には至っていない様であった。
(くっ!?ワイヤーかっ)
ファルコニアは自機の右足に絡みついた敵機のワイヤーを認めた。
『ブルーレイス』がグイッ!と右腕を振り抜く。
ファルコニアの機がまるで凧の様に空中を引き寄せられる。
(くぅっ!このままでは!)
翻弄される我が身を呪いながら、ファルコニアは右手のビームガンを自らの足元に向ける。
ブシュ!ブシュ!
残されたエネルギー弾で自らの脚とワイヤーを撃ち抜く。
足元のワイヤーがハラリと空中を堕ちて行く。
『!なんと!ビーム兵器ですか!?』
驚愕した『ブルーレイス』の声が響く。
ファルコニアは一か八かの賭にでた。
残弾の無い、ビームガンを『ブルーレイス』に向けたのだ。
「これ、一発で、貴様は…お終いだっ!」
『くっ!連邦のMSがこれほどとは!この勝負、預けましたよっ!ファルコニア中尉とやらっ!!『青の13番隊』は舐めない方がいぃ!』
言うや、『ブルーレイス』は機体を翻したかと思うと、アフターバーナーで下方降下していく。
前方には阿吽の呼吸でファットアンクルが待機している。
敵機の背面をじっと見つめながら、ファルコニアは大きく息を吐いた。
(フゥ〜ッ。…実際…ヤバかった…)
なんとか、生き残ったという安堵と敗戦の屈辱がふつふつとこみ上げてくる。
『中尉!無事ですか?すぐにこちらとコンタクトとなりますよ!右足が動かないハズですから、着艇には十分…』
ベイルの声が、どこか遠くから聞こえる様だった。
「ああ、ああ。」と放心したかの様な気のない返事を返すファルコニア。
やがて、ミデア3番機がファルコニアのガンダムの下方に滑り込み、ガンダムとファルコニアは屈辱にまみれた初陣からの帰還を果たしたのであった。
つづく。