
機動戦士ガンダム 外伝
ファルコニア サーガ
「語られぬ英雄」

00:プロローグ
宇宙世紀0083…
一年戦争と呼ばれる人類史上最初の"宇宙戦争"が終結して3年。
人類の半数を死に至らしめた争いの残火は広大な宇宙空間の様々な狭間で青白い種火の様に今だに燻っていた。
宇宙世紀と呼ばれる時代において地球圏統一国家の主権を握る組織がある。
地球連邦政府。
1年戦争勃発の直接的原因となったジオン公国軍の独立宣言に対して、宇宙移民者の独立権を認めずに、あくまでも地球圏統一国家による全人類統括を唱える組織である。
とは言うものの、地球連邦政府自体は、『地球連邦政府は宇宙移民者の独立権は認めないものの、自治権は認めている』というプロパガンダ的発言を繰り返して来ている。
事実、一年戦争終結後から3年が経過した現時点で、地球連邦軍上層部・諜報部・宣言広報部等による発刊物、各宣教誌、情報メディアにおいては、1年戦争における地球連邦軍の在り方はジオン公国軍の指導者たるザビ家の独裁支配による煽動的戦争勃発を抑止、若しくは鎮圧する為の活動であったと自軍の正当性を繰り返している。
地球連邦軍の広告物に記される内容は総じて似通ったモノであり、ジオン公国軍は1年戦争当時にコロニー落としを始めとし、『G-3』殺人ガスや水素爆弾の使用の事実を繰り返し強調、対峙した地球連邦軍はそれらの兵器の使用の事実は無いと否定する事で、自らの正当性を強調する内容であった。
しかし、これらの文献には語られない兵器がある。
モビルスーツ。
ジオン公国により開発された全長高約20mを誇る巨大人型兵器。
宇宙世紀における巨大人口建造物『コロニー』建設の為のロボット技術が更に研究開発され、軍事用の転用された人型兵器。
マニュピレーターと呼ばれる人工の指はコンピューター制御による滑らかな動きを可能とし、人の五指と同じ様な動きを再現した。
その結果、従来、固定兵装が常とされていた軍事兵器の概念が取り払われる事となる。
モビルスーツは兵装の形状を選ばない事でその汎用性が高く評価され、1年戦争において戦況を直接左右する兵器として認知されていく。
1年戦争開戦当初からモビルスーツを投入したジオン公国軍に対して、地球連邦軍はモビルスーツ開発の出遅れから、1年戦争初期から中期に掛けては苦戦を強いられたものの、戦争末期に開発した試作型RXシリーズを始めとし、量産化にこぎ着けたRGMシリーズの大量投入によって、戦局を大きく変える。
結果、地球連邦軍はジオン公国軍の宇宙最終防衛ライン、『ソロモン』に続き、宇宙要塞『ア・バオア・クー』の陥落に成功、ジオン公国軍の1/3に近い部隊を撃破する。
これらの闘いの際にジオン軍首領のザビ家一党全員が戦死。
指導者を失ったジオン公国軍の無条件降伏をもって和平交渉が成されたというのが1年戦争末期の戦史である。
これらの戦史においてのモビルスーツの功績は偉大なものであった。
だからこそ、1年戦争が終結した現在でも、地球連邦軍においては、モビルスーツ研究に十分な予算が投入され、世に燻る青白い種火が燃え広がった状況を想定して更なるモビルスーツの開発に力を入れているのであった。
01:「赤い大地にて」
地球。
南半球 オーストラリア。
かつて、ジオン公国と名乗った宇宙移民者達が起こした独立戦争において、ブリティッシュ作戦と呼ばれた大量殺戮と破壊行為が実行された地。
直径6.5km 全長40kmという人類史上類を見ない巨大な人口建造物がジオン公国軍の手によって、宇宙空間よりこの地に落された。
シドニーと呼ばれた白亜の都市は一瞬にして消滅し、残されたのは落下したコロニーとの衝突で作られた直径100kmに及ぶ巨大なクレーターとコロニーの残骸、そして一瞬にして消滅し、その存在のかけらさえも失ってしまった者達の墓標だけであった。
そのオーストラリアの赤い大地に、消失した数多くの魂を背負って駐留する地球連邦軍の部隊がある。
トリントン基地。
地球連邦軍の核弾頭貯蔵庫を持つ同基地はその重要性から多数のモビルスーツとパイロットが配属されている。
基地の守備隊には地球連邦軍量産型モビルスーツとして開発された『RGM-79』通称"GM(ジム)"の後継機として開発された『RGM-79C』を主要配備機種として、一部のエースパイロットにのみ支給された、最新鋭の『RGM-79N』"GMカスタム"が配備されていた。
また、これらのモビルスーツを操るパイロットにも1年戦争時「不死身の第4小隊」隊長として名を馳せた、サウス・バニング中尉等の名パイロットが名を連ねている。
そして、もう一人。
「ファルコニア・フォーエバーロング」
30半ばを過ぎた彼の経歴は少々、他のパイロットとは違っている。
民間のエンジニアだった彼は1年戦争時に地球連邦軍に技術士官として招聘されたが、軍の最高機密『RX-78
ガンダム』の開発に携わった事から、本人の知らぬ内に軍属とされ、少尉の階級を与えられて、前線の整備部隊へと回されるといった経歴を持つ。
以後、彼はアジア戦線において絶対的な人手不足という理由から自ら『RX-79G』を駆って戦果を上げた事により、パイロットとしての手腕も買われて行く事となった。
そして、現在。
小隊長として、彼はオーストラリアの地に居た。
トリントン基地。
第2格納庫MS整備ハンガー内。
一人の男が腰に手を当て、たたずんでいた。
右手には使い古されたパイロット用のヘルメット。
そのヘルメットには大きく隼を形取った意匠が描き込まれている。
浅黒く日焼けした顔の真ん中にはがっしりとした鼻筋が通り、やや太めの眉の下の双眸には思慮深い瞳がたたえられている。
濃い茶の瞳の奥に、今見上げているモノ、『RGM-79N』"GMカスタム"が映り込んでいた。
「中尉!ファルコニア中尉!!こちらでしたかっ!」
その声に男、ファルコニア・フォーエバーロングは振り返った。
「おお、ベイル。探したか?」
ファルコニアはベイル・トレマー曹長の姿を認めると、右手のパイロットメットを振って応える。
ベイルがファルコニアの元に駆け寄った。
「いいえ、ちっとも。中尉がここにいる事は確信してましたから。」
ニッコリと人懐こい笑みをベイルが浮かべる。
「バニングのおっさん、カンカンでしたよ。」
ファルコニアと共にベイルが歩きながら可笑しそうに笑う。
「新型機を持っていかれてか?」
ファルコニアもニヤニヤとしながら、頭一つ分身長の低いベイルを顔を見る。
「ええ、そりゃあ、凄かったですよ。俺のMSになるハズだったのに!なんだって、教導隊なんだっ!て。基地指令に詰め寄る勢いで。」
「へええ。そりゃあ…。しかし、バニングのオヤジにもそろそろ楽隠居してもらわなきゃな。ヒヨッコの相手でもしてもらって、ノンビリとな。」
「そうですね。40過ぎて第一線ってのはキツイですからね。あのおっさんには長生きして貰いたいですね…。」
新型機の周囲をグルリと一周しながら、二人は元の位置に戻る。
改めてサウス・バニング大尉という基地NO,1パイロットから権利を勝ち取ったという新型機を見上げる二人。
「どうです、新型は?」
ベイルは恐る恐るといった面持ちでファルコニアの表情を仰ぎ観る。
それもその筈だった。
この新型機導入に当たってはベイル本人が基地指令の了解を取り付け、更にはバニング小隊との熾烈な受領合戦を展開し、苦労の末にファルコニア小隊への導入を勝ち取ってきた機体なのだ。
その経過において、ベイルも様々な手を使ったのだ。
一番の決め手になったのは、ベイルが偽造したバニング小隊の教導隊への配置転換願だったかも知れない。
しかも、転換願の書面にはサウス・バニング本人の直筆サインが入っているというシロモノであった。
結果、サウス・バニングの小隊は新兵教育の教導隊転換が命じられ、配備MSには『RGM-79C』"GM改"及び、完全試作型の『RGM79』"パワードGM"とジオン軍から接収された『MS-06J』"ザクU”が与えられた。
サウス・バニングは突然の転属命令に驚愕しながら肩を震わせ、基地指令に怒鳴り込もうとしたのが、つい先程であった。
他部隊の転属願の偽造までして、手に入れた最新鋭機である。
ベイルにとって、ここで、小隊長であるファルコニアに気に入られなくては、全ての努力が水泡と帰す。
ベイルは審判を待つ様な気持ちでファルコニアの言葉を待った。
「うん、いいな。RX-79Gと同等位か?」
ファルコニアの言葉にベイルの心臓は早鐘の様に鳴った、そして、感情の一番奥の奥から満面の笑みを浮かび上がってくる。
「あ、あはは。あは。隊長…RX-79G…って3年も前の機体と比較するのは酷ってモンすよっ…」
裏返り、引きつった歓喜の声でベイルはファルコニアに抗議する。
ファルコニアとベイルにとって、『RX-79G』は自らが駆って戦場を生き延びた機体だ。
まして、ファルコニアはその開発をも手がけている。
そんなRX-79Gと同等と言ったファルコニアの言葉は送られたMSにとっては最大の賛辞であった。
「いや、それだけ、RX-79Gは良かったって事さ…。」
ベイルの抗議にファルコニアはハハハと笑いながら応える。
「RX-79G先行量産型 ガンダム…懐かしいですね。」
ベイルの声にうっすらとビブラートが掛かる。
「ああ。たった3年。だが、もう3年…だ。MSは進化を遂げたが、パイロットはどうかな…。」
感慨深げなファルコニアの言葉にベイルも頷く。
「1年戦争によって生み出されたMS…そのパイロット達の多くを同じ戦争で失いましたからね…。」
「機械は進化しても、操縦する人間の技量はまだまだだ。殆どの制御をコンピューターが行うとはいっても、トリガーを引くのは人間だからな…。」
「その為の戦技競技会なのでしょう?」
「そういう事だ。1年戦争終結後、パイロット育成と士気高揚の為の1年に1度のお祭り騒ぎ。」
「そのお祭り騒ぎと『戦争の練習』を何故、オーストラリアの地で行うんでしょうねぇ?ここはブリティシュ作戦が実行された地で、死者への哀悼を捧げるべき聖地の筈なのに…。」
ベイルの言葉にファルコニアは考え込んだ。
「だからこそ、なんじゃないか?多くの死者を出したこのオーストラリアの地で行う事で、2度と過ちを繰り返さない。全ての連邦兵がオーストラリアの赤い大地に堕ちたコロニーが引き起こした惨事を繰り返させない、という決意を持たせる為に、ココなんだろうな。」
ファルコニアの言葉をベイルは静かに心にしまった。
「なぁ、ベイル…。」
ファルコニアのトーンがいささか下がる。
「なんです?」
ベイルが顔を上げる。
「まあ、なんだ。今度の戦技競技会への出場は俺達の小隊に決まった。それはめでたい。が、このペイントはなんなんだ?戦技競技会とはいえ、ちょっと派手すぎやしないか?」
そう言いながら、ファルコニアは最新鋭機を再び見上げる。
ファルコニアの言う通り、『RGM-79N』にはかなり派手なペインティングを施してあった。
全身を鮮やかな黄色で塗られた上に黒々とゼブラ模様の"斑"が彩られ、各所には鮮やかな「紅」が入っている。
俗にいう「タイガー迷彩」なのだが、使用されている色からして、正に『虎』であった。
「派手ですかねぇ…。」
ベイルがニヤニヤとしながら、応える。
「ですかねぇ…ってお前…。」
ファルコニアはベイルの言葉に呆れる。
「戦競なんですから、この位、派手でもいいじゃないですか。」
「そういう問題か?」
ファルコニアの言葉にベイルはアハハと笑う。
「いや、隊長。実はこれ、自分なりに研究した結果なんです!今回の戦競フィールドは砂漠戦想定がメインですからね。砂漠に虎模様って案外、目立たないんですよ!」
ベイルは楽しそうに目を細める。
「で、『虎』にする意味は?」
ファルコニアがベイルを見下ろしながら、すかさず問う。
「あれ?隊長知らないんですか?このトリントン基地に伝わる伝説。」
ベイルは、自分の一番語りたいポイントに隊長が乗ってきたと内心ニヤリとしながら、惚ける。
「は?伝説?オーストラリアに虎は居ないだろ?」
ファルコニアは更に呆気に取られた。
「ヤだなぁ、隊長。トリントン基地に伝わる虎カラーのモビルスーツの伝説ですよ。」
「…そんな話は知らんぞ。」
ファルコニアは手にしたパイロットメットを手近な作業台の上に置くと、床に座り込んだ。
同調する様に、ベイルも腰を下ろしながら話出す。
「隊長が御存知無いとは…。いいですか?この虎カラーはですねぇ…。」
ベイルが得意気になって語り始めた。
02:「兄妹」
UC0079 オーストラリア。
シドニーは既に消滅していた。
あの、衝撃の『コロニー落し』から10カ月、ジオン公国軍はモビルスーツ部隊を機軸とした地球降下作戦を実行、地球の数カ所の主要都市を制圧した後は、地上生産拠点より軍備を拡大し、より地球制圧に向けた兵器や局地仕様MSにて、各地の制圧を進めて行った。
この、コロニー落しが実行されたオーストラリア大陸に関しても、鉱物資源の採掘という目的でジオンはその触手を着実に延ばして居た。
アデレードより80キロ程西に小さな漁村があった。
総人口100人ほどのひっそりとした小さな漁村であった。
人々の暮らしは20艘程度の小さな漁船によって支えられ、日々の細々とした漁獲で各人らの生活は成り立っている。
その日もいつもと変わりの無く、朝日が昇り始める頃に村の男達は船に乗って漁に出、そしていつもと変わり無く、夕日が落ちる頃に帰ってくる筈であった。
そう、いつもなら…。
「お父ちゃんの船、帰って来ないんだ…。」
エミリが不安そうな瞳で自宅に戻って呟いた。
いつもなら、大好きな父が戻ってくる時間になっても、水平線に父の船影は姿を現さない。
彼女は薄暗くなった水平線を眺めながら、自宅に戻った。
3つ年上の兄、ロックウェルがエミリの肩にポンと手を置く。
「大丈夫だよ。きっと、スゲェ大漁なのさ。お父ちゃんの事さ。必ず、帰ってくるよ。今日は波だってそんなに高くは無いし…。」
そう妹を励ますロックウェルも内心は不安で仕方が無い。
母は、村の小さな酒場に仕込みの手伝いに出ている。
いつもならば、既に父は帰宅して、一緒に漁に使う網をつくろっている時間の筈だった。
ロックウェルは妹を自室に促すと、そっと家を出た。
自宅から少し行った所に母の手伝う酒場がある。
ロックウェルはそっと裏木戸を開けると、中を伺った。
いつもならば、漁から帰った男達で賑わっているはずの酒場はシンと静まり返っている。
調理場に続くドアをそっと開けてみる。
すると、中から、酒場の女将の甲高い声が聞こえた。
「…でも、確かではないんだろう?」
「いや、村長の所に、『使いの者』が来ているんだ。」
女将と話をしているのは、この村で雑貨屋を営んでいる店主の様だ。
「だけど…。こんな小さな村でどうしようってのさ?」
キーキーと女将ががなり立てる。
「なんでも、連邦のトリントン基地陥落の為の前線基地として駐留するって言ってるらしいんだ。その為に宿泊先と食料、物資の供給を要求しているらしいぜ。ジオンは。」
「で、なんだって、船の連中が人質になってんのさ。」
「ああ、船の連中は連邦へ連絡する奴が居ない様に人質とする、と言っているらしい。船を抑えられりゃ、この村はお手上げだ。」
雑貨屋の主人は大げさに溜め息を付いてみせる。
「なんだって、こんな小さな村に…。」
再度、同じ事を繰り返して、女将も甲高い溜め息を付く。
「それで、船の男達は無事なんですか?」
ロックウェルの母親の声だった。
「…何人かは怪我もしている様だが、取り敢えず生きているらしい。奴らの潜水艦内に監禁されているという話だ…。」
「しかし、男共がとっつかまっちまってたら、この村はどうにも立ち行かないんだよっ!ジオンの連中はそれで、どうしろって言ってんのさ。」
再び、女将ががなった。
ロックウェルは雑貨屋の店主が耳を抑える仕種を想像しながら、耳をそばだてる。
「一応、ジオンから金は出るらしい。それで、村に協力しろ、と言っているらしいんだ。近隣の町から指示された物資を買い込んで、ジオン軍に付け届けろ、という事らしい…。」
「へっ…たいした金じゃないんだろ?連邦も渋いけど、ジオンの連中が金を持っているとは思えないねぇ…。」
「いや、それが、奴ら、金塊で…。」
「金塊だって?」
「ああ。たぶん、この村じゃ、一生お目に掛かれない様な金塊だそうだ。それで…。」
「それで?」
途端に女将の声のトーンが下がる。
「それで、村長が雑貨屋の俺ントコと、酒場のオマエさんのトコに相談しろって来たって訳よ。」
「金塊じゃあ、悪くないねぇ…。」
女将の欲深い目がキラリと輝く所をロックウェルは安易に想像出来た。
「でも…。男達は何時迄、人質なんです?怪我している人だっているんでしょうに。」
ロックウェルの母親が抗議の声を上げる。
「馬鹿だねぇ…そんな金塊を持っている連中が人質をぞんざいに扱う訳ないよぉ。むしろ、ジオンの船の方が快適さぁね。漁にも出ずにタダでオマンマ食えるんだ。有り難いこっちゃないかい?」
「そ、そんな…。」
ロックウェルの母親が絶句する。
「アンタ、馬鹿な事、考えるんじゃないよぉ?その金塊頂いて、適当にジオンの連中の言う事きいてりゃ、そのうち、奴らは戦争しにどっかにイッチまうんだ。こんな良い話、滅多にないさぁね。」
女将の甲高い声が一層、トーンをあげ、ロックウェルの母親を牽制する口調になった。
そして、雑貨屋の店主も「そりゃ、そうだなぁ」とのんびりと同意する。
ロックウェルはここまで聞いてそっと店を出た。
というのも、ジオン兵が上陸しているとするならば、自宅でただ一人留守番をしている妹のエミリの身が非常に心配になったし、もう、女将や雑貨屋はジオン軍に協力する事を決定しているのだ、と直感していたからだ。
後は、村長に「ジオン軍の申し入れを受け入れよう」と件の二人が申し入れれば、村の実力者の二人に逆らえない村長は否応なく、首を縦に振る事になるだろう。
そうなれば、ロックウェルの父親は帰って来ない事になるのだ。
ロックウェルはそっと自宅へ戻った。
エミリが心配そうに玄関口にたたずんでいる。
「エミリ!中へ入れっ!」
いつになく厳しいロックウェルの口調にエミリはビクリと肩を震わせた。
「どうしたの?お兄ちゃん?」
「ジオンが…ジオン兵が上陸してくるらしい…」
ロックウェルは苦々しく呟いた。
「え?ジオン…?」
エミリの身体が硬直する。
10カ月前に繰り広げられた恐ろしい光景。
高い空を割って、突如現れた巨大なコロニーはロックウェルとエミリの村からもハッキリと見えた。
コロニーはみるみる地表に近づいていった。
衝突して数秒後、眩い閃光が全てを包んだ。
ドンッ!という爆風が頭上を過ぎ去り、そして、地響きと共に地を割る爆音が耳をつんざいた。
やがて、エミリの部屋から眼前に広がる大海原がスッと音もなく、みるみる内に沖合に引いた。
爆圧に押された海水が一気に沖合に押されたのだ、次の瞬間には押し戻す力が働き、大津波が来る事になる。
『エミリ!逃げろ!』ロックウェルの声が浜から響く。
エミリは何も解らないまま、木立を抜けて、村からもっとも近い丘に登った。
結局、大津波は来なかった。
沖合に押し出された海水は一気に、その怒張仕切った圧力を地表に向かって押し返したが、殆どの海水はコロニーの衝突した際に削り取った直径100kmに及ぶ巨大なクレーターに流れ込んだ。
突如現れた湾の周辺は巨大な津波に飲み込まれたが、恐らく、人的被害は皆無であった。何故なら、コロニー衝突の際の爆風で近隣地域は全て消し飛んでいた為、生物と呼べる存在は全て消滅していたからである。
コロニー衝突の衝撃は波動となって、大地を伝わり、地球各地に様々に障害をもたらした。
オーストラリアの赤い大地は巻き上げられた粉塵で覆われ、半年以上に渡って、太陽光線が遮られこの世の地獄と化した。
それでも、人々はこの地に止まり、生活を営んだのだ。
それが、オーストラリアに住む人々のささやかなるジオンへの反抗の証であった。
地球連邦は積極的とも言えるほどでは無いが、オーストラリアに救援物資を送り、多少でも、連邦軍部隊を派遣し、治安に務めた。
しかし、地獄と化した地での生活は、人々の心を荒ませ、派遣された連邦軍兵士でさえ、己の運命を呪った。
ジオンとの戦闘にしか生きる望みを持たず、負傷すれば、北半球へ移動できると、喜んで戦闘に参加する有り様であった。
それでも、半年が経過し、巻き上がった粉塵が少しずつ収まり、太陽が見え隠れする様になると、不思議と人々は心を落ち着けて、徐々に以前の暮らしに戻っていったのであった。
そんな、暗い思い出がエミリの心を縛りつける。
『ジオン…落ちて来たコロニー…暗黒…恐怖…怖い…怖い…怖いよ…』
壊れそうになる自分の心にエミリは全てを閉ざそうとした。
しかし、そんな恐怖の支配から救ってくれたのが、、やさしい父と母、そして眼前の兄、ロックウェルであった。
「どうしよう…お兄ちゃん…」
エミリはガクガクと膝を震わせて、その場に座り込んだ。
”ジオン”の生む恐怖が再びエミリの心を支配しようとする。
エミリは自分の肩を抱き抱えるとガタガタと震える身体を兄、ロックウェルに預けた。
「エミリ…御免。」
ロックウェルは必要の無い恐怖を妹に与えてしまった事を深く後悔した。
彼は妹の肩を抱くと、そっと耳元で呟いた。
「御免よ。エミリ…。まだ、ジオンが来た訳じゃ、無いんだ。でも、酒場の女将が…。」
ロックウェルは先程、酒場で聞いた話を大まかに説明する。
「だからさ、ジオンの畜生共がこの村にやってくれば、何があるか解らないだろう?エミリだって、母さんだって、酷い目に合うかも知れない…。だから、じっと隠れてなきゃあ、駄目なんだよ。当分は外に出ちゃ、ダメだ。」
「酷い目って…?」
12歳のエミリにはロックウェルの言っている言葉がまだ良くは理解出来ない場合が多い。
3つ年上のロックウェルは無論、ある程度の事は理解していたが、幼いエミリに余計な心配を掛けない様、優しく説明する。
「酷い目ってのはさ…。ジオンの畜生共に殴られたりとか、銃で追いかけ回されたりとか…さ。」
「そんなの…怖いよ。」
エミリが床に目を落す。
「そうだろ?だから、家の中に隠れているんだ。そして、隙を見て、父さん達を助けるんだ。」
「どうやって…?」
「いや、その…。それはさ…地球連邦軍の基地へ行って…。」
「そんな事したら、みんな殺されちゃうよぉ。第一、誰が連邦軍の基地へ行くの?」
「それは、俺が…。」
ロックウェルはその言葉を口にして、再び後悔した。
「お兄ちゃんが出ていったら、私と母さんだけで隠れていなきゃ…。」
不安げなエミリに声にロックウェルは再び、考え込む。
「うーん…。そうだよな…。何か…漁船の無線とか…。」
「船はジオンに抑えられちゃって…。それに、漁船の無線じゃ、ミノフスキー粒子の影響で連邦の基地までは届かないと思う…。」
エミリの鋭い指摘にロックウェルは再び、黙り込む。
海上に浮かぶ満月の光が二人の影を長く延ばし初めていた。
03:「出会い」
ロックウェルは月夜に照らされる浜辺を一人、歩いていた。
これから、どうすべきか、何が出来るのか、一人前の男として、彼は自分に出来る可能性を模索していた。
村の男達は事あるごとに、彼を子供としか見てくれない。
だが、屈強だった村の男達の大半がジオンに捕まってしまった今では、村を守れるのは自分だけなのだ。
そう、ロックウェルは考えていた。
打ち寄せる波の音に耳を傾けながら、一人浜辺に座り込む。
月光が照らし出す波の狭間で砂の粒がキラキラと輝いていた。
小さな砂粒達が自己主張する様に、きらめく様にロックウェルは自分の姿を重ね合わせた。
(こんな、小さな砂の一粒が輝きを放っている…。どんなに小さくても、ココに居るんだと叫んでいる様に…。僕だって、小さな砂粒かも知れないけど…。)
そう、少年が心に思った時だった。
前方の海面にボコボコと気泡が上がった。
ロックウェルがその様子に気がついた時、一気に海面が隆起した。
「うわっ!うわぁぁぁ〜!!」
ロックウェルの心臓が鼓動する。
眼前に現れたのはジオンのモビルスーツであった。
ずんぐりとしたシルエットの機体は月光に照らしだされ、大きな影となって、ロックウェルにのしかかった。
逆光の中で、紅い一つ目がキラリと輝く。
機体は上半身をマリンブルーに、下半身をダークグリーンを基調として彩られていた。
頭部から続く上半身の胸元と呼べる部位にはジオン章が誇らしげに描かれている。
大げさな撫で肩に思えるラインから蛇腹を思わせる両の腕が伸び、先端には凶々しいほどの鉤爪が装備されていた。
海中から現れたモビルスーツはロックウェルの姿を認めたかの如く、海中の歩を進め、真っ直ぐに向かって来る。
「うわっ!うわぁぁ〜!!」
叫びとも悲鳴ともつかない声を上げながら、少年は砂浜を走り出した。
(殺される…)
そんな衝動が少年の心を支配し、頭の中は真っ白になる。
(逃げなきゃ、逃げ…逃げ…)
がむしゃらに走り出す少年の後をモビルスーツが追う。
少年は浜辺に続く岩場に駆け込むとキョロキョロと周辺を伺う。
(あそこだっ!)
ロックウェルの目に入ったのは、岩場にポッカリと口を開けた巨大な洞穴であった。
モビルスーツですら憂に入れる大きさである。
洞穴に駆け込むと、ロックウェルは入口付近の岩に身を隠す。
そして、少しだけ首を延ばすと、海中から現れたモビルスーツの姿を伺った。
モビルスーツは洞穴から300m程離れた場所で立ちすくんでいる。
ガニマタのシルエットの両脚は今や、海面を離れ完全に上陸を果たしていた。
しかし、紅い瞳は絶え間なく、左右を窺う様にキョロキョロと動いている。
まるで、獲物を探す獰猛な海中生物の様だ。
やがて、モビルスーツの瞳が止まる。
見つめているのは、ロックウェルの居る洞穴であった。
(見つかったのか?)
ロックウェルはドキドキと鼓動を打つ己の心臓の音さえも、立ちすくんだモビルスーツには聞こえているのでは無いかと恐怖を覚えた。
そして…
ガシンッ。
軟らかな砂浜に沈み込みながら、巨大なマシーンが歩を進めてきた。
少年に向かって。
ロックウェルは口から出そうになる悲鳴を抑えながら、漆黒の闇に包まれた洞穴の中に走り込んだ。
洞穴は深く、一番奥迄言った者は居ない。
村の人間の間では魔物の巣くう洞穴として、誰も近づきはしなかったのだ。
ロックウェルはこのとき思った。
魔物でもいい、あのモビルスーツを呪い殺してくれるのならば、魔物でも現れてほしい!と。
漆黒の闇の中で、足元の砂地に足を取られながら、地表から飛び出した岩に躓きながら、ロックウェルは走った。
後ろは振り向かない。
振り向けば、すぐそこにあの、鉤爪がある様な気がしたから。
どの位走った事か…少年は大きな岩に身体をぶつけて転んだ。
全身がズキズキと疼く。
それでも、と少年が頭を上げた時、彼は眼前に不思議な輝きを放つ物体を見た。
「中尉!そろそろ移動っすよ!」
ベイルの話は中断された。
小隊のもう一人の隊員、シュガト・グレーフィールドがいつの間にか、2人の後ろに立っていた。
「あ?ああ。そうか…。」
ファルコニアはベイルの妙に達者な話術に引き込まれていた。
シュガトの声で現実に引き戻されたファルコニアは背後に立ったシュガトの顔を見上げると、すっくと立ち上がり、パンパンと尻のあたりを叩いた。
「ところで、システムチェックは?」
ファルコニアと肩を並べたシュガトが何気なく問う。
すると、ファルコニアは作業台の上に置かれたシートをチラリと見やった。
シュガトはファルコニアの目線の先にある作業台の上に置かれたチェックリストに目を通すと、頭を掻いた。
「中尉…半分も終わってねーっすよ!?」
シュガトの視線を流しながら、ファルコニアはアハハと笑い、シュガトの肩に手を置いた。
「すまん。残りは移動中に…」
ファルコニアが頭を垂れる。
「移動中にって…移動時間、たいしてないんすけど…?」
シュガトは溜め息をつきながら、ベイルの方を見やる。
「ベイル、またお喋りに夢中だったか?」
シュガトの視線にベイルも俯いた。
「いや、あの…僕は…。」
ファルコニアがポンポンと2度3度とシュガトの肩を叩く。
「いや、スマン。本当に、スマン。チェックは後できっちりやるから、シュガト少尉、こいつらの搬送準備、頼むわ。な。」
ファルコニアは真顔でシュガトを見つめる。
シュガトもファルコニアのこの表情にはノーとは言えないのだ。
「仕様がないっすねぇ…。あと10時間で起動っすよ?」
「了解だ。会場到着後2時間で完全起動してみせるから、勘弁、な。」
ファルコニアはパチリとシュガトにウィンクを送ると、パイロットメットを片手にベイルを伴って歩き出した。
ベイルの耳元に口を近づけて、ファルコニアが囁く。
「な、ベイル、それでどうなったんだよ?」
ファルコニアの言葉にベイルはウフフと微笑んだ。
ブリーフィング・ルーム
ハンガーを出た二人は場所を移した。
どの小隊にも訓練予定が入っていない為、ブリーフィングルームに人影は無かった。
椅子に腰を降ろしたファルコニアが紙コップに注がれたコーヒーをすすりながら、ベイルをちらりと見やる。
ベイルはファルコニアの視線を感じると、再びニヤリと笑った。
「続き…ですね。」
ロックウェルの眼前に輝く発光体は薄いグリーンの輝きを放っていた。
これが、噂の『魔物』かと彼はゆっくりと、用心深く近づいた。
「誰だ?」
突如、声が洞穴に響いた。
ロックウェルは心臓が口から飛び出すほどの驚きを覚えた。
「あ、あの…あの…。」
暗闇に突如響いた声に向かって、返事をしてしまったロックウェルは声を発してから、後悔した。
(しまった…。捕まって…僕は…殺されてしまう…。)
ガチャ。
ロックウェルは即座にその音が拳銃のコッキング音だと思い込んだ。
(殺される…)
しかし、次の瞬間、ロックウェルは意外なモノを見た。
暗闇にポッと明かりがともる。
オイル式のライターであった。そして、その明かりに照らしだされた人物。
それは連邦の制服に身を包んだ一人の男であった。
ロックウェルは混乱した。
背後にはジオンのモビルスーツ。
眼前には連邦兵。
これは一体、どういう状況なのか?
驚愕の表情を浮かべるロックウェルに男が言葉を掛けた。
「いよぉ。坊主。ココは一体、ドコなんだ?」
「えっ?」
ロックウェルは男の質問が良く解らなかった。
(今、何て言った?ココはドコなんだ?)
「坊主、俺の言葉は解るか?」
再び、男が言葉を発する。
ロックウェルはコクリと頭を縦に振った。
すると男は立っていた岩場から飛び下りると、ロックウェルの目の前に立った。
「あの、あの…助けてください…。」
ロックウェルの口から突然、言葉が出る。
「あ?」
男は怪訝な表情を浮かべる。
「すぐ、すぐそこに、ジオンのモビルスーツが居るんです。た、助けてください。連邦軍の方なんでしょう?」
ロックウェルは早口で訴えた。
男は更に困惑した表情を浮かべた。
「ジオン…?坊主。ジオンのモビルスーツってな、どういうこったい?残党軍なのか?」
男の言葉に今度はロックウェルが怪訝な表情を浮かべた。
「残党軍?それは解りませんが、ジオン軍がお父さん達を捕虜にして村を占拠しようとしているんです。」
「…なんだって、まぁ、ジオンの連中が…?オーストラリアの敗残兵は既に駆逐されたと思ってたんだがな…」
男は不思議そうにロックウェルの顔を見つめた。
「とにかく、直ぐそこにジオンのモビルスーツが…。」
ロックウェルが後ろを振り向き、ビクビクと言った。
「どういう事かわからねぇが…まぁ、ジオンの連中が悪さをしてるって事か…?」
男はそう言うと、ロックウェルの瞳を見つめる。
ロックウェルは男の視線を真正面から捉えると、コクリと頷いた。
「そうか…よし、坊主、こっちだ。」
男はクルリと振り返ると、背後の不思議な輝きを放つ物体に近づいて行く。
「あ、あの…それは…?」
ロックウェルも男の後を追いながら、光を放つ物体に近づいた。
「これか?これは…」
男がライターの明かりを物体に近づけた。
「これは…?モビルスーツ!?」
淡い光に照らし出されたのはモビルスーツの頭部であった。
グリーンの輝きは頭部正面のカメラアイが放つ輝きであった。
「ちょっと狭いんだが…」
男はそういうと、胸部から腹部にかけて設えられたコクピットハッチを開けた。
ウイーン。
滑らかな機械音と共に、様々なランプ類が輝く操縦席が現れた。
「シートの後ろに入れ。坊主位なら、なんとか入るハズだ。」
男はシートの後ろの手荷物スペースらしき空間をざっと片づけると、ロックウェルを促した。
ロックウェルは初めて乗り込むモビルスーツにドキマギしながら、周囲をキョロキョロと見回しながら、納まった。
「これ、連邦軍のモビルスーツなんですか?」
シートに座り、コクピットハッチを閉める男の耳元でロックウェルは囁いた。
「ああ。連邦の最新式だ。」
途端に、コクピットの前面、側面パネルに外部画像が映った。
しかし、漆黒の闇であった。
「赤外線モード…」
男がコンソールパネルを操作すると、モニターは赤いフィルターを掛けた様に染まり、周囲の岩肌がグリーンに染まって映しだされる。
「ほほう…?」
男はコンソール中央のレーダーを見つめる。
アンノウンと表示された輝点が赤く点滅していた。
「旧ジオンのコードじゃねえか…。随分と物好きな奴がいるもんだぜ…。」
男が呟く。
「システム起動…OKと。ウエポンセレクターシステムOK…。とはいっても、ペイント弾だがな…。」
男は独り呟くと、モビルスーツを立ち上がらせた。
「少々、坊主には乗り心地は悪いかもしれんが…。吐くなよ。」
男はニヤリと笑ってモビルスーツの歩を進めた。
上下に揺れる振動がロックウェルの胃を突き上げる。
ガション、ガション…ゆっくりとモビルスーツが歩き始めた。
コクピット内に振動が伝わる。
「あの…」
ロックウェルは心配そうに、男に声を掛ける。
「喋るな!舌を噛むぞ。」
男が鋭く叫ぶ。
ロックウェルは黙り込んだ。
「距離…500。奴め、洞穴から出たな…。良い具合だ。」
レーダーを見つめながら、男が呟く。
徐々に月明かりの輝く浜辺がより一層、明るくモニター表示される。
「センサーモード切り換え…っと。」
男がセレクタースイッチをひねると赤いモニター画面が薄暗く切り替わる。
「カメラ感度、倍…っと。」
デジタル処理されて映し出された周囲画像が月明かりの下で更に明るく浮かび上がる。
既に、モビルスーツは洞穴の入口に達していた。
「…ズーム」
男は操縦桿の手元にあるダイヤルを捻ると左側面のモニターに子画面が現れ、拡大画面を映し出す。
「ヒュー!こいつぁ…」
男は口笛と共に、感嘆の声を上げた。
「ズゴックじゃねーかっ!良くもまぁ、あんな中古モビルスーツを…。」
岩場の影から覗き込む様にして男の操縦するモビルスーツが浜辺を伺う。
「周辺には…他の奴ぁ、いねぇ様だな…。」
レーダーレンジを拡大しながら、男が呟く。
赤く輝いている輝点は一つだけだった。
「ちょいと、警告してやるか…。こういう奴はコードも旧ジオンってのが相場なんだ。」
誰に言っているのか、ロックウェルは解っていたが、喋るなと言われた以上、彼は口を開かなかった。
いや、初めての経験に口を開けなかったというのが真相かも知れない。
男がコンソールを操作すると正面モニター上部の小型モニターにノイズが走る。
「ミノフスキー粒子…レベルB…?ふうん…通常戦闘濃度ってのも意外だな…。近くに母艦が居るのか?」
男は呟きながら、ジオンのモビルスーツ、ズゴックの方へ自らのモビルスーツの頭部を向けた。
「おい!聞こえるか!?そこのズゴック!」
男は装着したインカムマイクに向かって叫ぶ。
すると、前方のズゴックがビクリと反応した。
『なんだ!貴様は?』
突然に入った無線にかなり慌てた様子でズゴックのパイロットが答える。
「そんな中古ズゴックを何処で手に入れたか知らんが、悪さをするのもいい加減にしろ。」
『き、貴様、何故、この機の名を…?何処だ?お前は何処に居る!?姿を現せ!!』
慌てた様子のパイロットはキョロキョロとモノアイを動かし、周囲を窺っている。
「お前、ジオンマニアだろ?個人でのモビルスーツ所有は禁止されているんだぞ?とっとと降りろ!この戦争マニアめっ!」
男はズゴックに向かって叫ぶと、わははと笑った。
『せ、戦争マニアだと!?貴様、この私を愚弄するのかっ!この誇り高き、ジオン軍人に向かって!』
「ジオン軍人なんてな、全員、3年前に廃業しちまってんだっ!」
そう叫ぶと、男のモビルスーツは月光輝く浜辺に飛び出した。
『うぬっ!?連邦のモビルスーツなのかっ!?』
明らかに困惑している声が響く。
しかし、ズゴックもすかさず、迎撃の構えを見せた。
「やろうってのかっ!この連邦エースの俺と!この敗残兵崩れがっ!」
男はズゴックの構えを見て取ると、即座に機体を右方向へ移動させる。
『貴様、敗残兵とはどこまで、私を愚弄するっ!』
ズゴックの構えた両腕からビーム光が発射される。
しかし、男のモビルスーツは既に回避運動を開始していた。
「ズゴックの攻撃パターンってな、研究されつくされてんだよっ!」
ズゴックのビーム攻撃を回避するや、男は手にしたマシンガンを構える。
ドルッ!ドルルルルッ!!
軽い振動と共がコクピットに伝わる。
男の放った弾丸は着実にズゴックに着弾した。
ズゴックの頭部周辺に集弾した弾丸はズゴックの機体に当たるや、派手なペンキをぶちまけて破裂する。
『ぐおっ!カメラがっ!』
視界を奪われたズゴックのパイロットの焦燥が手に取る様に解った。
ズゴックは上半身を左右に回すと、四方八方にビーム砲を乱射した。
「わわっ!馬鹿、アブネーじゃねーか!」
男はおどけた様に言うと、すかさず、モビルスーツをズゴックの背後に走り込ませる。
だが、予想に反した声が、男とロックウェルの乗るコクピットに響いた。
『掛かったなっ!』
パイロットの声と共に、ズゴックのモノアイがギョロリと後部モノアイレールに廻る。
素早い動きで、ズゴックは反転すると、その尖った鉤爪を繰り出した。
『貰ったぁぁぁ〜』
完全に相手をだまし取ったと思い込んだズゴックパイロットの声が響く。
しかし、驚いたのはズゴックのパイロットだった。
繰り出した鉤爪は凄まじい勢いで、宙を切り裂いたものの、手応えが無い。
『何ぃぃぃっ!ドコだ!?』
パイロットの驚愕の声を聞いて、男がニヤリと笑う。
「ここだよっ!」
ズゴックの足元に屈み込んでいた男のモビルスーツが渾身の力を込めて、ズゴックの腹部コクピットにブローを放った。
メキッ!
鋼鉄の腕がズゴックの腹部にめり込む。
その衝撃にズゴックのパイロットは頭部を激しくシェイクされ、意識を失った。
「流石に模擬弾で、勝てるとは思っちゃいねーよ…」
男は吐き捨てる様に呟くと、敵機の腹部にめり込ませた鋼鉄の腕を引き抜いた。
ズゴックは崩れ落ちる様に軟らかな砂浜に倒れ込んだ。
04:「男達」
「凄いっ!凄いよ!うにゅ〜っ…」
感嘆の声を上げて、ロックウェルは狭いコクピットで飛び上がった。
勢いあまって頭をぶつけたロックウェルは痛みと嬉しさに奇妙な声を上げていた。
男はそんなロックウェルには気も止めず、足元に倒れているジオンのモビルスーツを仰向けにすると、ひしゃげたコクピットハッチをモビルスーツのマニュピレーターで器用にこじ開け、中のパイロットをズーム画像で確認する。
「うわっ…こいつ、旧ジオンのパイロットスーツまで着込んでやがるぜ…。」
モニターに映り込んだジオン兵はモスグリーンのパイロットスーツを身を包み、白目を向いて気絶していた。
そんな男の言動に、ロックウェルは不思議に感じて居た事を口にした。
「あの…旧ジオンって…?」
ロックウェルの言葉を聞いている風もなく、男は素早く、コクピットハッチを開けると、ジオンのモビルスーツハッチに飛び移り、白目を向いたジオン兵をコクピットから、引きずり出した。
「おいっ!坊主も手伝え!」
男は伸びきったパイロットの重さに閉口しながら、ロックウェルを見上げて叫んだ。
「は、はい…。」
少年と男はパイロットを引きずりだすと、そのまま機体上から、砂浜へ投げ下ろす。
「ぐへっ…」
哀れパイロットは更に意識を死の淵ギリギリまで追い込まれる事となった。
「おい、起きろ!」
男はパイロットのヘルメットをむしり取ると、波打ち際から水を汲んでパイロットにブチ掛ける。
無論、容器はパイロットの被っていたヘルメットだった。
「うぐっ…ううっ…」
朦朧とした意識でパイロットは覚醒した。
全身に覚えのない激痛が走る。
「ぐっ…き、貴様ぁぁ〜」
目の前にいる見覚えの無い男が敵なのだと即座に理解する。
何故なら、男は連邦の制服を身にまとっていたからだ。
だが、パイロットは既に自分が捕虜の状態である事も、確信していた。
両の腕は荒縄で括られ、自らが所持していた拳銃は目の前の男が自分の額に押し当てている。
「俺は…俺は何も喋らんぞ…。」
それだけ言うと、パイロットは自らの意識を閉ざそうとした。
本国でパイロット訓練を受ける際に、万が一、捕虜となった場合の拷問に対する訓練をも受けていた。
「喋らんでもいいさ。アンタの情報位は、コイツが教えてくれる。」
男はズゴックの方をしゃくってみせる。
「くっ…連邦風情に、高貴なるジオンの機体を触らせるか…。」
「おっと、証拠隠滅の為の設備は排除させて貰った。ズゴックあたりは徹底的に研究させて貰ったからな…。」
その言葉にジオンパイロットは驚きの表情を隠さなかった。
「徹底的に…だと…?こ、これは…受領して数日だぞ…?何故…?我がジオンにスパイでも…。」
しかし、その言葉に男が更に驚いた表情を浮かべる。
「ちょっと待て、受領して…って、どういう事だ?こいつぁ、0079年製の中古品だろ?0079といや、既に4年も前の…。」
しかし、その言葉に男は『はっ』として言葉をつぐんだ。
「おい、坊主…もしかして…ココは?いや、今は…何年何月何日なんだっ!?」
男はロックウェルを見上げた。
「えっ…。…UC0079年、10月5日です。」
ロックウェルの言葉に男が呟いた。
「そんな…馬鹿な…。」
「ほおお。ズゴックが一発か。しかも肉弾戦とはな。やるなぁベイル。」
ファルコニアはもう、完全にベイルのペースにはまっていた。
「無論、お気づきだとは思いますが、その時に現れたのが、『虎カラー』のモビルスーツだったという事です。」
したり顔で、ベイルはうんうんと頷く。
「しかし、ベイル、その話は若干…。」
「解っています。UC0079年10月5日。連邦はRXシリーズを完成させていたものの、RGMシリーズは生産途中。オーストラリア戦線に、モビルスーツの配備は…。」
「そういうことだ。それに、10月5日といやぁ、ジオンは全宇宙規模で戦闘を自粛しているハズなんだがな…。」
「前日のガルマ・ザビ地球方面軍司令官の戦死ですね。」
「ああ。10月4日に戦死が確認され、10月6日にギレン・ザビによる追悼演説が実施された。中日の5日は全ジオンが喪に服し、戦闘が自粛された日だな…。」
「まあ、だから、伝説なんですよ。実際、1年戦争時を振り返れば、連邦のモビルスーツ配備計画と合いませんし、そんな派手なカラーリングの連邦機が在る訳ありません。大方、地元の住人がジオン軍を牽制する為に、流したデマだとは思うんですが…。でも、いいじゃないですか。夢があって。伝説っていうのは、そうやって紡ぎ出されるお伽話って事です。」
ベイルは全てを話きったと満足気な笑みを浮かべた。
「まあ、そういう事かな。」
ファルコニアもそう言うと、煙草を一本加え、愛用のオイルライターで火を付ける。
「あれ?隊長、銘柄変えました?」
めざとく、ベイルがファルコニアの煙草のパケッージを指さす。
「あ、ああ。PXで試供品配っててな。いつもの奴が切れてたんで、貰ってきたのさ。」
ファルコニアはフゥと紫煙を吐き出すと、くわえ煙草で歩き出す。
「そろそろ、行くか。シュガトが怒り出す頃合いだ。」
ファルコニアは再び、ハンガーに向かった。
トリントン基地。
B滑走路。
薄汚れたミデア輸送機の前で、シュガト・グレーフィールドが忙しく歩き回っていた。
今回の戦競の参加にあたり、小隊内の装備チェックは全て自分の役割だった。
「GMカスタム3機、各機兵装…。弾薬・食料・指令基地装備一式と…、後は…。」
そこへ1台のホイールローダーに積まれた木枠梱包の巨大な箱が運び込まれる。
「おっと、来たな…。今回の目玉。ミノフスキークラフト…。これが、携行型だってんだから、恐れ入るぜ…。」
自分の背丈の5倍はあろうかという梱包品を見上げて、シュガトは溜め息をつく。
ホイールローダーに追従してきたトラッククレーンを誘導しながら、シュガトはミデアのコンテナ内に入った。
コンテナの内部には整然と様々な荷物が積み上げられている。
今回の戦競でトリントン基地はホスト役を務める為、全ての部隊に対する支給品を用意する必要があったのだ。
中には、医薬品からアルコール類、煙草等の趣向品、はてはコンドームの類まで準備されている。
「これだけの荷物にミデアが2機だけってのは…基地指令は何考えてんだぁ?」
シュガトのぼやきに近くのスタッフがハハハと笑う。
「まぁ、戦時中と違って、貨物満載でも、落される心配は無いですからねぇ。噂じゃ、この後に、新型のモビルスーツ積んだ新造戦艦が入港するって話ですから、基地指令もそれドコじゃないんでしょう?」
「ほお?新型?RGM−79Nとは違うのか?」
シュガトも興味津々といった面持ちで訊ねる。
「いやあ、自分もよくは知らないんですが、アナハイムの新型って噂ですよ。なんでも、コーウェン中将の秘蔵っ子って奴だそうで。」
「ふうん…。じゃ、アレだな。その新型もウチの小隊に頂きって訳だ。あはは。」
シュガトが高らかに笑うと、スタッフも一緒に笑い出す。
「アハハ。それはどうですか?バニングのおっさんも、偉く鼻息が荒かったですよ。」
「教導隊に新型はいらんだろ。あのおっさんにはGMカスタム位は分けてやってもいいが。」
「おお!強気ですねぇ!シュガト少尉!流石はライトニングブリッツと呼ばれるエースですね。」
「ライトニング…勘弁してくれ。その恥ずかしい名前は…。」
シュガトはその端正な顔を赤く染めて頭を掻いた。
「はは。流石にファルコニア隊長に掛かれば、ですか。」
スタッフはからかう口調で言った。
「まあ、そう言う事だ。あの人の無茶さ加減には到底敵わないってモンだ。」
シュガトはそれだけ言うと、庫内のチェックリストに全てチェックが入った事を確認すると、サインを書き込み、コンテナを出た。
シュガトが夕暮れの迫った滑走路に降り立つ。
すると、前方から見慣れた二人が歩み寄ってくる。
ファルコニアとベイルであった。
「よお!シュガト。準備はOKか?」
ファルコニアが手を挙げた。
シュガトもそんなファルコニアに呼応して手を挙げる。
「隊長、準備は整いました。モビルスーツの最終チェックを除いて!!」
シュガトの言葉にファルコニアは膝を崩して、おどけてみせた。
トリントンの夕焼けに3人の男の笑い声が響いた。
「この後のスケジュールだ。」
ミデアのコンテナ内に設えられた控所でファルコニアはベイル、シュガトに書類を手渡す。
「ヒトマルマルマル・現着予定。ヒトフタマルマルまでにモビルスーツ起動。サンマルマルマルまでに兵装シークエンスチェック…」
これを読み上げて、ベイルは目を丸くする。
「うわぁっ…。文字通り、寝る間も無いスケジュールですねぇ…。」
「まあ、仕様がねぇわな…。シュガトは自分の仕事は終わらせた。次は俺達の番って訳だ。」
ファルコニアはベイルと肩をポンポンと叩くと、ニヤリと笑って見せる。
「と、言う訳で、今から、最終チェックをやっちまおう。」
「ええっ?だって隊長、コンテナの中ですよ?」
ファルコニアの言葉にベイルが驚きの声を挙げる。
「寝る時間が欲しいなら、やるしかないだろ?」
「でも、他のスタッフは全員、別動隊でもう1機の方ですよ!?」
ベイルが抗議の声を挙げる。
「なぁ…。」
ファルコニアはニヤリとしてベイルの肩に置いた手に力を込める。
「い、イテテテ…なぁって…、そんなぁ…」
半べそをかきながら、ベイルはシュガト方に救いの目を向ける。
しかし、シュガトはニヤニヤしただけで、何も答えない。
「ほら!行くぞ!ベイル。コクピットに行け!シュガトは電源をブチ込む用意だ。」
「いいっ?」
意外なトコロで自分の名を呼ばれたとシュガトは目を丸くした。
「隊長、俺は…」
シュガトも狼狽した声を上げる。
しかし、そんなシュガトには目もくれずに、ファルコニアはベイルを袖口を引っ掴んで、モビルスーツに歩み寄る。
シュガトはファルコニアの背中を見つめながら、大きく溜め息を付きながら、立ち上がる。
「やれやれ、やっぱりムチャクチャだな…。」
05:「戦技競技会」
『…あの忌まわしい、1年戦争が終結してぇ…』
既に、アリススプリングス郊外の設置された本部会場での開会セレモニーが開始されて、2時間が経過していた。
壇上では、地球連邦軍上層幹部の人間が長い祝辞を延べている。
が、開始されてから、まだ3人目であった。
「ふわぁ…。」
大きな口を開けて、ファルコニアが欠伸を繰り返す。
「隊長、行儀悪いっすよ…ふぁぁぁ〜」
ベイルも大きな口を開ける。
「ベイルも人の事言えんな…。」
ファルコニアがニヤニヤとベイルの背中に回した手で、彼の背中をつねる。
「欠伸ってのは…ちょっ、止めてくださいよ。うつるんですよ…。大体、隊長が…。」
ベイルは真っ赤になった目に涙を溜めて抗議する。
ベイルの言いたい事は既に解っている。
徹夜に近いモビルスーツの起動作業への抗議である。
「そんな事より、アレ見ろよ!」
ファルコニアは更にベイルの背中をこずいて、顎をしゃくってみせる。
開会式会場のステージ後ろには各部隊の参加機体がズラリと並べられていた。
連邦軍のモビルスーツは勿論、旧ジオン側より接収した機体までが荘厳に、軍神・鬼神の如く並べられている。
ざっと見渡しただけでは、如何様なモビルスーツが参加しているのか把握出来ないほどの状況であった。
隅々まで眺めて、ファルコニアは嬉々とした声を上げる。
「おいおい〜。ザク・デザートまで持ち出した奴らがいるぜ。相伴機はザク・キャノン2機ときた…。」
一見すれば、古今東西のモビルスーツ展示会の様な会場の様子に、ファルコニアは満面の笑みを浮かべた。
「それより、アレ、どうです?隊長機がRGM−79SCに、相伴機はゲルググJっすよ!アソコは狙撃専門みたいですね…。要注意だ。」
ファルコニアの左後ろに立つベイルもうっとりと並べられたモビルスーツを眺める。
「しかし…こうして見ると、我々にカスタムが廻って来たのも、なんとなく解りますねぇ…。」
今度は右後ろに位置したシュガトがぼそりと呟く。
「どういうことですか?」
ベイルが多少、むっとした口調でシュガトに訊ねる。
最新鋭機であるGMカスタムの受領に関しては、自分の努力のお陰と彼は自負している以上、シュガトの発言は聞き逃せなかった。
「これだけの部隊が集結していても、新鋭機は殆どいないだろ?大概が1年戦争当時のモビルスーツか、カスタム機だぜ?これはさ、ホスト基地であるトリントン代表の俺達に華を持たせようっていう配慮なんだよ。きっと。」
シュガトは少し冷めた口調でそう囁いた。
それを聞いたファルコニアは口許を歪めて言った。
「ふん。だがな、シュガト、他のチームの連中はそう思っていないみたいだぜ?見ろよ、奴らの目を…。」
そういうと、ファルコニアは会場の整然と並んだ他の参加部隊員の表情を盗み見る。
各連邦軍基地、及び所属部隊の代表として集まった猛者達の殆どの視線がタイガー迷彩の最新鋭機に注がれている。
中には、舌なめずりする人物や、こっそりとカメラを構えて、既にデータ分析に入っている輩さえも居た。
「面白くなりそうだろ?」
ファルコニアはそうシュガトに言うとウィンクを送ってみせた。
軍隊にはあまり馴染みの無い長いセレモニーが終了し、全部隊がげんなりとした面持ちで解散し、各ベース基地に戻った。
今回の競技会はグレートサンデー砂漠を会場として、各部隊は一度、本部より指示のあった地点に分散する事となる。
最終目標は砂漠の中央に設置され地球連邦軍旗を争奪する事にある。
ただし、軍旗の付近にはミノフスキークラフトが設置されている為、最終目標に近づくにつれ、センサー,レーダー類は使用不能となり、全機がパイロットの肉眼でのみ行動する事となるのだ。
この間、参加部隊は別部隊を発見次第、模擬弾による戦闘を開始し、相手部隊を全機撃破した方が勝ち抜けるというサバイバル方式で執り行われる。
各部隊はベースキャンプを拠点に活動する訳であるが、ベース自体の移動は許されてはいない。
目標に近づくにはベースから小隊行動で移動しながら、戦闘を繰り返して移動しなければならない。
しかし先を急ぎ過ぎても、補給が受けられなくなり、小隊の活動がままならなくなる。
かといって、あまり慎重になりすぎても、他の部隊に出し抜かれるという、各部隊の戦闘能力は無論、作戦立案力、索敵能力、サバイバル能力が求められる意外に過酷なものであった。
再び、ミデアに乗り込んだファルコニアの小隊はグレートサンデー砂漠の北西にベースキャンプを張る事となった。
アリススプリングスでの開会セレモニー終了から6時間が経過していた。
既に周辺は夕闇が迫り、薄暗い中での活動開始であった。
『出るぞっ!』
ファルコニアの声が各機のインコムに届く。
ベースキャンプ周辺はミノフスキー粒子濃度もさほど高くは無い為、通常無線の使用が可能である。
『了解!』
『了解!』
セレモニー時と同様、左翼にベイル、右翼にシュガトという布陣の小隊行動である。
隊長機であるファルコニアの機体はタイガー迷彩に、胸部排気ダクト上に指揮官を示す2本のストライプが入っている。
兵装は同機の固定兵装である出力制限の掛けられた「XB−G−1019H」ビームサーベルが1本。
模擬ペイント弾がフルロードされた通称『ジムライフル』と呼ばれる「HFW−GR/MR82−90mm」及び「RGM M−Sh−ABT/S−0057」型シールド。
そして、左上腕には「サーベルラック」がマウントされ、予備のビームサーベルが2本納められている。
左翼に位置するベイル機は同じタイガー迷彩だったが、頭部左側には光学センサーユニットが装備されていた。
兵装はビームサーベルは同様に1本と、右肩ラッチには中距離支援用ミサイルランチャーがマウントされ、左腕に装備されたMS−06ザク様シールドを改造したカウンターウエイトシールドにはミサイルポッドが4基備えつけられていた。
ベイルのモビルスーツは本来、このGMカスタムに装備されている高機動型バックパックが外され、長期作戦行動用の兵装コンテナが装備されていた。
このコンテナの中には予備弾倉、食料、キャンプ用の固形燃料等、作戦行動中の日用品までもが詰め込まれている。
一方、右翼に位置するシュガトの機体は更に趣を変えている。
腰の後ろには弾倉が設けられ、弾帯が両の腕に伸びていた。
両の腕には「HFW−GMG/MG79−90mm」GMマシンガンが2丁括られた格好の2連マシンガンが握られている。
マシンガントリガーはリレーハーネスによってつながれ、一方のトリガーを絞れば、もう1丁も同期して2丁同時に弾丸を発射出来る仕組みであった。
その2連マシンガンが両の腕に2丁ずつ計4丁、そして更に予備のマシンガンが腰部弾倉のラッチに1丁。
連邦のマシンガン使いとして、シュガト・グレーフィールドが1年戦争時に『ライトニング・ブリッツ』の異名を取った所以である。
3機ののGMカスタムが軟らかな砂地を踏みしめながら、歩を進めていく。
足元が柔らかい為、モビルスーツの操縦にはやや気を使ったが、基本的にはオートバランサーが姿勢制御をしてくれる為、転倒する心配は無かった。
逆に、足元の砂がクッションになる為、コクピットへの上下振動が通常より抑えられ、長距離移動する3人にとっては有り難かった。
『さて隊長、初日としては、どの辺りまで行ってみます?』
ベイルの声がファルコニアのヘッドセットに響く。
「そうだな…。哨戒も兼ねて、北部20KMってトコロか?」
ファルコニアはコンソールに映し出された周辺地図を眺めて言った。
『そうですね…。多分、他のチームも今日のトコロはそんなに活動範囲を広げていないでしょうから…。』
シュガトの声が届く。
3人の間にノンビリとした雰囲気が漂う。
その時だった。
『隊長!レーダーに金属反応感知!』
ベイルの声が飛び込んだ。
3人の間に緊張が走る。
「何っ?全機、停止!」
ファルコニアの一声に3機のGMカスタムがその場で停止する。
『距離、5000…。うん?この辺、粒子が濃いですね…。』
ベイルが周辺の索敵レーダーを覗き込みながら言う。
「まさか?この辺りでミノフスキークラフトが作動しているのか?」
ファルコニアもキョロキョロと外周モニターを確認しながら、ベイルに訊ねる。
『解りません…。でも…、ミノフ…濃度は…戦闘…度です。』
ベイルの声が途切れ始めた。
これは、ミノフスキー粒子特有の電波干渉を示していた。
「各機、指向性通信に切り換えろ。」
ファルコニアはそういうと、コンソールの通信モードを無線から指向性通信に切り換える。
「感度どうか?」
GMカスタムの頭部をベイル機に向ける。
『ベイル機、感度良好』
続いて、ファルコニアはシュガト機に頭部を向けた。
『…良好。』
モビルスーツが頭部を向け合う姿は本当に会話している様な、滑稽な姿でもあった。
「とにかく、慎重に進むこったな。」
そう一言呟いて、ファルコニアはゆっくりと、歩みを再開させた。
06:「コンタクト」
既に日は地平線の彼方に沈み、冬の白々とした月が地上を照らしている。
黄金に輝いていた砂はやがて銀色の光を放ち、砂漠の様相は日中のそれとは趣をガラリと変えていた。
3機のGMカスタムはゆっくりとだが、確実に歩を進め、やがて小高い砂丘の麓へとたどり着いた。
何も無い様な、それでいて、何かが潜んでいそうな砂漠は日毎、その表情を変える。
どの様な自然の悪戯なのかは定かでは無いが、こんもりとした丘が眼前を覆っていた。
「気をつけろ…何か、気になる…」
ファルコニアはそのどことなく、不自然な雰囲気に違和感を感じた。
『了解。』
ベイルが即座に答える。
『隊長、俺の勘も何かを感じます。』
シュガトもうっそりと呟く。
静寂の砂漠に3人の呼吸音だけが、互いのヘッドセットのスピーカーを通して聞こえる。
『隊長…』
ベイルが声をひそめる。
「どうした?」
『目の前の丘の中から…駆動音。徐々に近づきます。』
ベイルがそう言いながら、2機からやや、後方に下がる。
「砂の中から…。やはりな。シュガト、貴様も下がれ。」
ファルコニアは前方に立ちはだかる砂の丘から目を離さずに、ヘッドセットのマイクに囁いた。
『了解。』
シュガトは両腕のマシンガンを構えながら、ゆっくりと後退った。
『…来ますっ!』
ベイルが叫んだ瞬間だった。
ファルコニアの眼前の砂の壁が一気にせりあがり、漆黒の大口を開けた。
刹那、暗闇から、紅い獰猛な煌きが飛び出してきた。
ズバァァッ!
2機のモビルスーツ。
それも、かなりの速度で突貫してくる。
「ドムかっ!」
即座にファルコニアが機種を見分ける。
漆黒の闇から、砂の滝を突っ切って迫る2機のドム。
機体脚部に装着されたホバー推進器が砂塵を舞い上げる。
「うおおっ!くるぞっ!」
肩に担いだジャイアント・バズの照準器を覗く格好で2機のドムは交互に機体をクロスさせながら、ファルコニアに迫った。
ドムの足元から舞い上がる凄まじい砂塵にファルコニアはその視界を遮られ、焦燥した。
「くっ…見えねぇ…。シュガト、俺の機体は確認できるかっ!?」
ファルコニアの叫び声にシュガトが即答する。
『隊長機は視認しています。が、敵機は砂塵に紛れ込んで…。』
「かまわんっ!俺の右前方にブチ込んでくれっ!奴らの動きを止めるんだっ!」
ファルコニアはそう叫ぶと、自らもGMライフルを左前方に撃ち込んだ。
同時にファルコニアの背後から、火線が飛ぶ。
シュガトが手にしたマシンガンの連射を開始したのだった。
砂塵の壁を貫いて、ファルコニアとシュガトの放つ弾丸が着弾していく。
その火線をかい潜るかの様な動きをしながらも、前方のドムは徐々にその行動範囲を狭められていく。
2機のドムは足元の砂をホバーで巻き上げながらバズーカーの発射タイミングを図っている。
が、シュガトの圧倒的な攻撃とファルコニアが微妙に位置を変えながら、ライフルを発射する事で、反撃のタイミングが掴めずに居た。
『隊長!』
後方待機していたベイルが突進してくる。
「ベイル、奴らの動きが読めるかっ!?」
ファルコニアはライフルを放ちながら、自らの機も後退させ、ベイル機と並んだ。
『はいっ!動作ルーチンはほぼ!』
「よし、次に奴らが交差した瞬間を狙え!」
『了解ですっ!』
ファルコニアとシュガトの弾丸の嵐によって狭まれた砂漠のステージで2機のドムはフィギィアスケーターの様に優美な演技を見せている。
が、徐々に彼らの動きはパターン化していき、ついには、同じ位置での回転、同じ位置での配置交換といつしか単純な動きになってしまっていた。
ベイルは次にドムが重なるタイミングと場所を予測する。
『そこだっ!』
ドンドンドンッ!
ベイルのミサイルポッドが火を噴いた。
3発の対置ミサイルが流麗な噴煙を上げて、敵機に迫る。
『うおおっ!』
ドムのパイロットは眼前に迫ったミサイルに驚愕の声上げた。
機体両翼に弾丸の嵐を見舞われ、真っ正面にミサイルの洗礼だった。
己に回避する能力が備わっていない事を即座に直感した。
『読まれたかっ!回避できんっ!』
そう思った瞬間、彼はドムの両の腕を広げ、3発の迫りくるミサイルを抱き抱える様にして着弾させる。
せめて、僚機だけは被弾させずに、反撃のチャンスをを作ろうという即座の判断であった。
ドォーーンッ!
ドォーーンッ!
ドォーーンッ!
3発のミサイルを腕に抱いて、正面のドムが崩れ落ちた。
間髪を入れず、後方に控えていたもう1機のドムが影から飛び出す。
『くらえっ!』
ドムパイロットは叫んだと同時にトリガーを絞った。
ドンッ!
ジャイアント・バズから迫撃弾が飛び出す。
が、砂塵に視界を奪われて、ろくに照準もしていない弾頭は3機のGMカスタムの間を抜け、飛び去っていく。
『ぬぅぅ…』
自らが放った一撃が虚しく空を切った事を悟ったドムはクルリと向きを変え、3機に背を向けて滑走を開始する。
再び、砂塵に身を隠し、反撃の機会を窺うつもりであった。
『逃がすかぁ!』
すかさず、シュガトが叫びながら、背部バックパックの出力をアフターバーナーにたたき込む。
背部バーニアが一気にその威力を吐き出す。
シュガトのGMカスタムはフワリと宙に浮く。
逃げるドムを追走してシュガトは空中から両腕に構えたマシンガンのトリガーを絞った。
ドガガガガガガガガッ!
『もらったぜ…』
シュガトの口許が歪む。
攻撃レンジでは空中からの方が断然に優位であった。
シュガトの放つ弾丸の嵐は徐々にドムとの距離を詰め、あっさりと獲物を捉える。
『くっそぉぉぉ〜』
戦競用のペイント弾の破裂した塗料を全身に浴びてドムのパイロットは絶叫した。
「やるなぁ…」
シュガトの空中からの対地攻撃を眺めながら、しみじみとファルコニアが呟いた時だった。
『隊長!気を付けてくださいっ!まだ、敵が居るハズですっ!ドム2機編隊の小隊長機は…!』
ベイルが叫んだ時だった。
ドムが飛び出した穴からキラリと紅い瞳が輝くや、一気に飛び出してくる。
凄まじいほどのレスポンスでモビルスーツが突進してくる。
『デザートザクッ!』
「デザートザクかっ!」
ベイルとファルコニアの叫びがシンクロする。
MS−06D『デザートザク』1年戦争の折、ジオン軍は地球環境に順応させた局地戦闘用モビルスーツを開発した。
ザクタイプはその汎用性から、局地改修を受けた様々なバージョンが存在しており、一般的な砂漠戦用ザクはMS−06”J”型の改修版が殆どである。
しかしながら、ファルコニアの眼前に飛び出した”デザート・ザク”はMS−06”D”の開発インデックスが示す通り、設計段階において、砂漠環境下での使用を想定された専用機であった。
専用機とはつまり、日中は50℃を超え、夜間は零下までも気温変化する過酷な砂漠環境下においても、稼動可能な設計と部品構成で製作されているという事である。
ガスケット、パッキンの類は収縮率に優れた材料で製作され、稼動部のオイルは沸騰もしない、凝固もしない最高級の品質が求められ、冷却能力と保温能力は常に最高の状態が求められる、正に工業芸術品とも言えるマシンであった。
また、作戦中においては、焼けただれた砂中に身を隠して敵を待ち伏せする事すらも考慮されたモビルスーツである。
そのコクピット居住性は空調問題においてのみ、未だに最高品質であると言われていた。。
サンドイエローに彩られたその機体は体を低く屈めながら、右肩に装着されたスパイクアーマーを突き出して、まっすぐにファルコニア機目掛けて突っ込んでくる。
「戦競で、肉弾戦かよぉ!!」
ファルコニアは咄嗟に手にしたシールドを前面に突き出し、デザート・ザクの一撃を受け止める。
ガッシィィィ〜ンッ!
静寂の砂漠に激しい金属音が響きわたる。
「くぅ!」
あまりの衝撃にファルコニアの口許から声が漏れる。
「こいつぁ…効くぜっ!」
そう叫びながら、ファルコニアは左手に受けた衝撃を跳ね返す様にデザート・ザクを押し返す。
すると、ファルコニアの機体からの反発を受け流すかの如く、デザート・ザクを自らを後方にジャンプさせた。
「うおっ!やるなっ!」
肩すかしを食らった様にファルコニア機体が前方につんのめる。
デザート・ザクは後方に飛びすさりながらも、頭部バルカンを放ってきた。
バランスを崩しながらもファルコニアはすかさずシールドを前面に突き出し、バルカンを受ける。
シールドに当たっては破裂していくペイント弾の塗料飛沫がモニターに映し出される。
更にデザート・ザクは着地したと同時に腰部側面のクラッカーパウチを空けると中に装備されたクラッカーを取り出し、ファルコニアに向かって投げつけた。
クラッカーは空中で安全弁が抜け落ち、閃光を放って破裂する。
「…!閃光弾かっ!」
ファルコニアは眩い輝きに咄嗟に目を伏せると、自らの機を後方にジャンプさせ、相手との距離を取った。
空中を飛びながら、GMライフルを構え、トリガーを引く。
3ショットバースト。
が、連射された弾丸は虚しく空をきり、デザート・ザクが居た場所に着弾する。
そう、デザート・ザクはその驚異的なレスポンスでクラッカーの投擲後、即座に突進を開始していたのだった。
『隊長!気をつけて!』
ベイルの声にファルコニアは焼きついたモニターを見据える。
前方には突進してくるデザート・ザクのモノアイの輝きがほのかに映る。
「強い!コイツは本物だっ!」
ファルコニアは半身をシールドに隠し、突き出したライフルのトリガーを更に絞る。
トンットンットンッ!
再びの3ショットバースト。
が、まるでその攻撃を予知していたかの様に、デザート・ザクは機体を右にスウェーさせる。
ファルコニアの弾丸は再び空を切り、デザート・ザクの左の空間を切り裂いて行く。
突進するスピードも落さずに、ファルコニアの攻撃を回避したデザート・ザクは右手を腰部に延ばし、腰ラッチに取り付けられたヒートホークを握った。
「くうっ!読まれたかっ!」
ファルコニアも着弾は確認せず、回避された事を予感して、更に後方に飛ぶ。
空中に身を躍らせながら、更にライフルを放つ。
トンットンッ…
「ちいいっ!弾切れだとぉ!?」
ウエポンコントロールコンソールが残弾0を示し、アラート警報を鳴らす。
ファルコニアは着地するや、ライフルをデザート・ザクに向かって投げつける。
デザート・ザクは投げつけられたライフルを弾き返しながら、更に突進してくる。
大きく振りかぶった右手には既に灼熱化したブレードのヒートホークが握られている。
「くそっ!やってやろうじゃねえかっ!」
ファルコニアは背部バックパックに装備されたビームサーベルを引き抜くと、右手に構える。
制限されたビームジェネレーターが最小限のビーム出力を放つ。
その様子をモニター越しに見て、ファルコニアは嘆いた。
「これじゃあ、サーベルじゃなくて、爪楊枝だぜ…。」
ファルコニアのGMカスタムも大きなスライドの1歩を踏み出す。
2機のモビルスーツの距離が一気に距離を縮める。
フッ…
デザート・ザクがジムカスタムと接触する寸前に体を沈める。
ファルコニアのモニターに映り込んでいたデザート・ザクの姿が消え失せる。
デザート・ザクは体を沈めるた次の瞬間に振り上げた右腕を半月を描く様に斜め前方に繰り出す。
確実の相手の足元を狙った攻撃であった。
ガッシィィィーンッ!
猛烈な金属の接触音が響き渡る。
「させるかよっ!」
しかし、ファルコニアもモニターから一瞬にして消えたデザート・ザクの動きを読んでいた。
デザート・ザクの振り降ろしたヒートホークがファルコニアのシールドを捉える。
出力制限されているとは言え、灼熱化したブレードはシールドの表面を焼き、溶解させ、食い込んだ。
「今度こそぉ!」
ヒートホークの一撃を食らうと同時にファルコニアはシールドを突き放す様に放棄する。
同時に両腕でビームサーベルを構え、振り上げる。
体を沈めたデザート・ザクに対し、上から見下ろす格好のポジションを取ったファルコニアは一気に構えたサーベルをデザート・ザクの背部バックパックに突き降ろした。
ブッシューー!
砂漠戦用モビルスーツ特有のラジエーターフィンを幾重にも重ねた形状のバックパックから、真っ白な水蒸気が立ち昇る。
ビームサーベルによって切り裂かれた冷却装置からの水蒸気であった。
「ハァ、ハァ、ハァ…。」
ファルコニアは息詰まる闘いに勝利した事を感じながらも、まだ油断せぬ様にと自分に言い聞かせた。
『すっかり、やられちまったな。』
突然、ファルコニアのメインモニターの左上に通信モニターが開く。
デザート・ザクのパイロットだった。
『俺はアフリカのモザンビーク基地所属、ヒーヨン・ベアーと言う。流石だな、最新鋭機は。』
「抜かせ。機体能力じゃねぇさ。トリントンのファルコニアだ。」
『いや、大したモンだよ。ホントに。俺達、デザート・アタッカー隊がヤられちまうとはな…。』
ヒーヨン・ベアーはモニター越しに頭を掻いて見せる。
「いや、アンタ達のアン・ブッシュ攻撃も中々だったぜ…。世辞は抜きで、だ。」
ファルコニアもニコリと笑って見せる。
『まぁ、なんだ。何時迄も、こうしていても仕方無い。機を降りて小隊同士の交流といこうじゃねぇか。熱いコーヒーでも飲みたいんだがな。』
ヒーヨン・ベアードもニコリと笑った。
07:「暴走」
2小隊計6名の連邦兵が固形燃料式のコンロを囲む。
更に背後には6機のモビルスーツが彼らを取り囲む。
ユラリ、ユラリと6体の巨神と小鬼達の宴が影絵となって地に映る。
「しかし…なんだな…こうして、トリントンの連中とやり合うってのもオツなもんだ。」
上機嫌でヒーヨン・ベアーがカップを突き上げる。
ヒーヨンのカップのコーヒーにはしこたまブランデーが注入されている。
「小隊長、我々は1日目にして負けちまったんですよ?」
ヒーヨンの隣で彼の部下がカップにドボドボと酒を注ぎ込んでがなっていた。
しかし、ヒーヨンはガハハと笑いながら、杯を煽った。
「いいじゃねぇか。後はオーストラリア観光と洒落込んで、なーんにもねぇアフリカに御帰還するだけだ。砂漠の景色なんざぁ、ドコでも一緒だがな…。それより、トリントンの連中に乾杯と行こうぜっ!なぁ!御同輩!!」
ヒーヨンはもう1名の隊員に、酌をして回る様に目配せをして、再びガハハと笑った。
注がれるブランデーを見つめながら苦笑いをするファルコニア。
「ところで…ヒーヨン少尉。ちょいとばかし、気になる事が…。」
ファルコニアは注がれた酒をチビリと口にして、ヒーヨンに瞳を向ける。
「なんでぇ!?トリントンの御同輩!」
ヒーヨンは更に上機嫌でカップを空けると、グイッ!と部下に差し出す。
突き出されたカップを見るや、ソソクサとブランデーボトルを傾ける部下の姿はおよそ、ドムに乗って、ファルコニア小隊に肉薄したパイロットとは思えない姿だった。
「この辺はやたらとミノフスキー粒子が濃い様だが…。ヒーヨン少尉。気付いていたか?」
ファルコニアの言葉にヒーヨンの表情が即座に強張った。
「あ、ああ。そうだな…確かに、この辺は粒子が濃い様だ…。」
その言葉と表情にすかさず、ファルコニアが言葉を重ねる。
「アンタ、何か隠してるね?」
ファルコニアの不躾な言葉にも動じず、ヒーヨンは更にガハハと笑った。
「いや、すまねぇ。アンタにゃ、嘘はつけんらしい。実はな…ミノフスキー粒子が濃いのは俺のせいなんだ…。」
手にしたカップを地面に降ろし、ヒーヨンはボリボリと頭を掻いた。
「なんだって?アンタ達、アフリカからミノフスキークラフトでも持参してきたのかい?」
「まさか。いくら、旧式モビルスーツでの参加っていったって、そこ迄はしねぇさ。」
ヒーヨンは真っ赤になった顔をファルコニアに向ける。
「どういう事なんだい?」
ファルコニアは興味津々といった面持ちでヒーヨンを見つめる。
「ああ、こういう事だ。俺達が貴官らにアン・ブッシュをしかけた洞があったろう?」
「洞…ああ、あの砂漠の不自然な丘だな?」
ファルコニアはドムが飛び出してきた漆黒の空間を思い出した。
「そうだ。あの丘の正体は砂に埋もれたコムサイなのさ。一年戦争当時に不時着したらしい…」
「ほほう?」
「俺達は本部から指示された場所に到着後、早速に周辺偵察に出た。で、コイツが…」
そういいながら、ヒーヨンはブランデーの瓶を抱えて、コックリコックリと船を漕ぎ始めている部下を顎でしゃくる。
「砂漠の金属反応に気が付いたって訳だ。俺達が調査を進めると、モビルスーツ格納庫の入口を発見した。で、中に入って見た訳だ。ナニか残されたもんはねぇかと思ってな…。」
「で?」
「格納庫の中はもぬけの空だった。不時着した連中は何とか生き延びて脱出したらしい。モビルスーツはおろか、携行食料のかけらも無かった。俺はジオンの『コズミックウェハース ハムチーズ風味』が好きなんだけどな…。」
「あ、ああ…。それは残念だったな…。」
ファルコニアは曖昧に相槌を打つ。
「ああ、残念だ…。あの独特の風味は一度食ったら忘れられねぇ…。スペースノイドってのは、こんなに美味いモンを食っているのかと思うと…。」
ヒーヨンはボンヤリと宙を眺めながら、想いを馳せる。
しかし、ヒーヨンの妄想をファルコニアは即座に止めさせる。
「ヒーヨン少尉、ハムチーズ風味はどうでもいいから、その先を話せ。」
するとヒーヨンは抗議の声を上げる。
「どうでもいい事あるか?俺は…まぁ、いい。俺はMSを降りて、艦の中を探索して回った。こいつら2人は見張りに残した。別段、ジオン兵が艦内に残っているハズも無いんだが、一応、念の為にな。ブリッジ、機械室、兵器庫、通信室…そして、俺は見つけたんだ。」
「ミノフスキークラフトか?」
ファルコニアの言葉にヒーヨンはウンウンと頷く。
「モビルスーツ格納庫に続く別の部屋でな。ミノフスキークラフトは無傷だった。そこで俺は直感した。電源さえをぶち込めば、稼動するってな。」
「また、迷惑な話だな…。」
「迷惑?これも戦術の内さ。ミノフスキー粒子を散布すれば、俺達の様な旧式の接収機をあてがわられた部隊でも勝算は出てくる。俺は自機から艦内の自家発電機に電源を投入してみた。」
ヒーヨンが心外な事を言うなとばかりの表情を浮かべて話を続ける。
「発電機が何とか稼動すると艦内の30%の電力が回復した。無論、ミノフスキークラフトは最優先で稼動する様に設計されているからな。思惑通りに動き出した訳だ。」
「それで、この辺の粒子が濃いって訳か…。」
「ああ、それで、俺が稼動を確認した途端、奴らから連絡が入った。艦の外に未確認の機体が居るってな。俺はコムサイの存在を掴まれない様に二人にアン・ブッシュと陽動を兼ねた攻撃命令を出した、その相手がアンタ達だったって事だ。」
「そうかっ!解りましたよ!それで、ドム2機が飛び出してきてから、ヒーヨン少尉ののデザート・ザクが出る迄にタイムラグがあったって事ですね!それなら、私も納得できますよ!私も不思議に思っていたんです。あのタイミングでは、コンビネーション攻撃としては、効果的では無いな、と…。」
ベイルがファルコニアの隣から言葉を挿む。
ヒーヨンはチッと舌打ちして、苦々しい表情を浮かべる。
「まあ、そう言う事さ。本来はこいつらの「砂の壁」を付いて、俺が突貫するという奇襲戦法なんだが、二人を先行させた事で、いつも通りの戦術が取れなかった。それが、今回の敗因だな…。」
ヒーヨンはしみじみと呟くと、再び杯を煽った。
「それで…ミノフスキーラフトは今だに稼動中って事か?」
ファルコニアが問う。
「まあ、そういうこったな。結局はミノフスキー散布下でも貴官ら小隊の最新鋭機の性能は立証されたと言う訳だ。」
ヒーヨンはそこまで、言うと、ゴロリと横になる。
「星はドコへ行っても同じだなぁ…。」
満天の星空を見つめながら、ヒーヨンは独り呟くと、直ぐに寝息をたてはじめた。
「出るぞ。」
突然のファルコニアの言葉にシュガトとベイルは即座に彼の顔を見つめた。
「出るって、何処にです?」
ベイルが怪訝な表情を浮かべる。
「決まっているだろう?不時着したコムサイだ。」
ファルコニアは立ち上がると、スタスタとGMカスタムに向かって歩き出す。
慌てて、シュガトとベイルも後に続く。
「隊長!待ってください。何も今すぐじゃなくても…。」
「馬鹿野郎!不時着して3年も放置された艦なんぞ、放って置けるかっ!万が一の事でもあったら…」
「万が一って…?」
「勝手に小型核融合炉が動いているんだぞ!もし熱暴走でもしたら…」
「こんな、砂漠の地中に埋まっている核融合炉が暴発したって…。」
ベイルの言葉にファルコニアの足が止まる。
「お前、本気で言ってるのか?ふざけるなよ、ベイル。この地球がこれ以上、汚染されても平気なのか?」
ファルコニアの剣幕にベイルは黙り込む。
「いいか、ベイル。ここで、俺達が何もせずに放置したコムサイがもしも、爆発して核汚染が広がったら、俺達はジオンの連中と一緒だっ!このオーストラリアにコロニーを落し、数多くの命を奪ったジオンとな!」
振り向いたファルコニアの燃える様な瞳がベイル・トレマーを射抜いた。
「ベイル。ファルコニア隊長が正しい。俺達は全ての命を護る為に居るんだと自覚しろ。例え、それが砂漠の蜥蜴一匹でもな…。」
シュガトがポンとベイルの肩に手を置く。
「それは…。」
ベイルは力なく肩を落す。
「それは…忘れてなんか居ません。申し訳ありません。隊長…。」
ベイルは素直に謝罪の言葉を口にする。
ファルコニアはシュガトに目配せを送ると踵を返して、モビルスーツに歩み寄った。
「ここだな…。」
ファルコニアの搭乗するGMカスタムの眼前にぽっかりと大きな穴が開いている。
砂の丘の中腹に不自然に空いた四角い洞だった。
モニター感度を上げると、非常灯らしき灯が点々としているのが見てとれる。
ファルコニアはGMカスタムの頭部をシュガト機に向ける。
「お前らはここで待機していてくれ。何があるか解らん。」
ファルコニアの言葉にシュガトが異論を唱える。
『隊長。危険です。ここは小隊で動いた方が…。』
「なに、心配するな。動いている電源供給部を止めるだけだ。それに、外との連絡体制は整えて置きたいんだ。夜間戦闘専門の部隊が居るかもしれんしな。」
ファルコニアはそれだけ言うと、GMカスタムを前進させる。
『ああ、隊長、待ってください。コレを。』
シュガトが自機の腰部背面に備えたGMマシンガンとマガジンが3つ括られたマガジンパウチを取り外すと、ファルコニア機に突き出した。
「…何だ?」
『隊長のライフルは先程の戦闘からまだ弾薬補充していませんので…。何かあったら、コレを使ってください。』
「何かって…。」
『万が一、ですよ。もしかすると、我々が襲われる可能性もある訳ですから、その時は…。』
「なるほど。了解した。シュガト、有り難く拝借するぜ。」
『それから…こちらは、実弾装備済です。』
シュガトは更にマガジンパウチを差し出す。
見れば、弾頭の先端が赤くペイントされている。
しかし、ファルコニアはもう、何も言わなかった。
黙ってシュガトの差し出す武器を受け取ると、ライフルをベイルに渡し、シュガトのマシンガンを装備する。
「じゃあ、行ってくるぜ。これだけのミノフスキー粒子だ。連絡はほぼ無理だとは思うが、通信機は入れておいてくれ。」
『了解です。気をつけて。』
シュガトの声が入る。
『隊長、気をつけて下さい。それから、さっきは…』
ベイルの力ない声がファルコニアのインカムに入る。
「ベイル。解っているよ。お前はそんな奴じゃないさ。」
それだけ言うと、ファルコニアは器用にGMカスタムの右手の親指を突きたてて”サムズアップ”をして見せるとコムサイの格納庫に進入した。
格納庫内は申し訳程度の非常灯に照らされ、薄暗い不気味な雰囲気を醸し出していた。
ヒーヨンが語った通り、乗員の生き残りなどは居るはずは無いと解っていても、何処からか、ジオンのパイロットスーツが飛び出してきそうな気もする。
ファルコニアは慎重に歩を進めると、非常灯の明かりを頼りに格納庫の右手の方へ向きを変える。
朽ち果てたモビルスーツ整備用のハンガーが所々で折れ曲がったり、崩落していたりする。
やがて、格納庫の端迄来ると、ファルコニアは眼前の光景に苦笑した。
格納庫の壁がこじ開けられ、モビルスーツがそのまま艦内に侵入出来るほどに広げられている。
(ヒーヨンめ、無茶しやがる…。)
ファルコニアはそのまま、ヒーヨンのこじ開けた通路に入り込んだ。
本来は人間サイズの活動スペースだったと思われるが、ヒーヨンは既に四方を突き破ってモビルスーツで探検したらしい。
ファルコニアのGMカスタムでも充分に活動出来るスペースが広がっている。
ゆっくりと歩を進めながら、ファルコニアは機外集音器の音に耳を傾ける。
ヴオンッ…ヴオンッ…
静寂の闇の中から、獰猛な獣の唸り声の様な音が響く。
(こっちか…)
ファルコニアはコムサイ中央部あたりに位置するであろう一つの部屋にたどり着いた。
部屋の入口のドアには『MCL』の文字が書き込まれている。
ドアそのものも、作業用モビルスーツが出入り出来る大きさだ。
(ここだ。)
2分割の引き戸型の扉の中央がややひしゃげている。
ヒーヨンがこじ開けた痕に違いない。
ファルコニアも迷わず、ひしゃげた部位にマニュピレーターを突っ込むと、勢い良く扉を引いた。
「こ、これだ…!」
ファルコニアはゆっくりと部屋の中央に置かれた機械に近づいた。
目の前に設えられたミノフスキークラフトはブンッ!ブンッ!と不気味な音をたてながら、振動している。
ファルコニアはミノフスキークラフトの制御パネルをモニターを通して眺めた。
(既に熱暴走してやがる…)
パネルメーターの温度計は既に振り切っていた。
室内の温度は実に80度を超えている。
(このままじゃ…)
ファルコニアは手近の冷却パイプの一つをへし折った。
ザザッー
配管からは大量の砂がこぼれ落ちた。
(冷却システムが完全にイカれてやがる。とうする?この室温じゃあ、機外には出られない…)
(とにかく、発電システムを探して、電源供給を止めなければ…)
ファルコニアはモビルスーツを反転させようとした時だった。
フィーッ!フィーッ!
室内に警報が鳴り響く。
(くっ!ピーク警報かっ!間に合わんかもしれん…)
サブモニターのミノフスキー濃度表示が一気にレッドゾーンに跳ね上がる。
こうなれば、通信機器などは一切使用出来ない。
(どうする?どうする?俺!!?)
このまま、ミノフスキークラフトを破壊してしまうか。
しかし、別の考えが頭をよぎる。
(駄目だ、このまま破壊すれば、爆発によって誘爆の可能性も…)
ファルコニアの眼前では設備の一部が赤熱化を開始しているほどだった。
(ええいっ!)
ファルコニアはGMカスタムのビームサーベルを引き抜くと、室内の天井に向けて突き上げた。
(外気を!外気を何とか入れれば、あるいは!)
しかし、次の瞬間、ファルコニアは自分の運命を呪った。
突き上げたビームは最低出力に抑えられていた為、天井は切り裂いたものの、およそ、その装甲をブチ破るほどのものでは無かった。
しかも、ファルコニアが目にしたもの。
(何っ!?ビームジェネレーターだと!?)
サーベルが突き破った天井の上に位置していたのは艦自衛ビーム兵器用のビームジェネレーターであった。
これは電気出力を一気に押し上げ、ビーム変換して発射する為の設備だった。
「しまったぁぁぁ〜!!」
ファルコニアのビームサーベルのビーム出力がジェネーレーターを通して逆流する。
つまり、GMカスタムのビーム出力が電気出力に逆変換されて、コムサイ艦内を駆けめぐるのだ。
次の瞬間、艦内の電灯、機能が一気に回復した。
が、老朽し劣化しきった艦内設備が耐えうる筈も無く、直ぐに各所のヒューズが切れ、周囲は漆黒の闇と化した。
しかし、漆黒となった部屋の中で、暴走を重ねるマシンが更に赤く膨れ上がる。
ファルコニアは即座にビームサーベルを戻したものの、目の前のミノフスキークラフトは一気に流れ込んだ大電流にその出力を上げた。
膨大な量のミノフスキー粒子が発生され、部屋を、ファルコニアの機体を包み込んでいく。
「あ、ああ…」
ファルコニアの眼前でミノフスキークラフトが筐体本体がガタガタと震え出し、異様な悲鳴の様な音を掻き立て始める。
目には見えない筈の粒子までもがきらめく様に宙に舞う。
急速に発生させられた粒子は部屋を埋めつくしファルコニアの身体までも包み込んでいく。
ファルコニアは息苦しさまで感じる気がしながら、目の前の暴走し続けるミノフスキークラフトを見つめた。
いよいよ臨界に達した様に見える。
赤熱化したマシン表面がミノフスキー粒子のフィルターが掛かった様に虹色に輝き始める。
同時にファルコニアのGMカスタムも呼応するかの様に虹色に輝き始める。
しかし、ファルコニアは気付いて居なかった。
自分の身に起こりつつある異変を。
(もう…ダメか…。脱出にも間に合わんな…)
そう感じ取った時、彼はインカムに叫んだ。
「ベイル…シュガト…聞こえているハズもないだろうが…直ぐに退避しろ…お前達だけでも生き延びてくれ…。」
真っ白に輝くモニターを見つめながら、ファルコニアの意識は漆黒の闇に落ちた。
「ベイル…今、隊長の声がしなかったか…?」
シュガト機がベイル機に頭を向ける。
近距離の指向性通信であっても、音声が途切れる程、周囲のミノフスキー濃度は濃かった。
『…ん…しかに…えた…が…ますねぇ…。』
ベイルの声がノイズの狭間に漂いながら運ばれる。
シュガトはイライラとしながら、聞き取っていたが、ついに我慢が出来ずに自機をベイル機に並べると機体を接触させての通信を試みた。
「指向性通信でも話が出来んとはな。ベイル、聞こえるか?」
『はい。接触回線ならば、粒子のジャミングが関係ありませんものね。』
「さっきのアレ、何だったと思う?」
『…解りません。艦内機能が復活した様に見えましたが…。格納庫内が一瞬ですけど、見えましたから。』
「お前にも見えたか…。それと、隊長の声がした様な…。」
『隊長の声?そうですか?』
「お前には聞こえなかったか?退避しろと言っていた様な…。」
『…そうですか?でも、艦に異常は無い様ですよ…。』
ベイルは自機の頭部をコムサイに向け、ゆっくりと様子を窺う。
「とにかく、俺も突入してみようと思う。ベイル、お前はここに残れ。」
『そんな!シュガト少尉!?』
「隊長に何かあったのかも知れん。」
『それなら、自分も行きます。』
「…ベイル、生きて帰れる保証は無いんだぞ…。」
『構いません。小隊長の何かあったのなら、何も出来なかった自分が許せなくなります。』
「それは…そうだな。」
『三位一体。私達は家族でしょう?』
ベイルが微笑む顔がシュガトの脳裏に浮かぶ。
「お前と俺がか?よしてくれ…」
シュガトもクスクスと笑いながら答える。
『あ、ひどいなぁ…シュガト少尉。』
「…ふふ。行くぞ。兄弟!」
『はいっ!』
2機のGMカスタムがコムサイ艦内に侵入を開始する。
漆黒の闇に包まれた艦内で2機はファルコニアが居ると思われるミノフスキークラフトルームを目指す。
〜MCL〜
時が止まった艦内にあって、こじ開けられた扉の傷が妙に生々しい一室を彼らは見つけた。
「隊長!?」
シュガトが室内に飛び込む。
最悪の状況も想定はしている。
しかし、彼の中で沸き上がる衝動は慎重という言葉を忘れさせていた。
勢い込んで飛び込んだシュガトの目には信じられない光景が映った。
「…こ、これは…?」
ミノフスキークラフトルーム室内には何も存在していなかった。
08:「少年」
(んん…)
(俺は…死んだか…?)
ファルコニアの意識が漆黒の闇に漂う。
(なんだか…やけに胃の辺りが重いな…。)
(死んじまった割に身体がだるいってのはどういう事なんだ…?)
(ん?星…?違うな…)
意識の彼方、いや、自らの目に輝く光点が映り込む。
(ここは…コクピット…?)
(死んでも俺はコクピットに座っているのか…?)
(…)
(…)
(!)
(俺は…!?)
はっ、と彼は意識を取り戻した。
しかし、周囲は依然、暗闇だった。
(…ここは…コクピット…それは間違い無い…。)
手に触れる操縦レバーとスロットレバー。
フットペダルの感覚も馴染んだものだ。
(起動…)
慣れた手つきで自らの乗るマシンに起動を掛ける事を試みる。
(…起動せず…か。)
(参ったな…電気系が動かなきゃ、コクピットから出られやしない…。)
ファルコニアはチッと舌打ちしながら、どっかりとシートに身を預ける。
(俺は…砂漠に放置されたコムサイのミノフスキークラフトの暴走に巻き込まれて…それで…それからどうなったんだ?)
必至に自らの脳膜に焼きついた光景を思い出してみる。
暗闇に輝く虹色のミノフスキークラフト、そして計測不能な程のミノフスキー粒子が自分を包み…
そして意識を失った。
いくら考え直しても、記憶の断片には同じ光景しか浮かばなかった。
(とにかく、何とかしなきゃ…だな。)
ファルコニアは同じ事を何度思い出しても仕方無いと、再び身体を起こす。
コンソールパネルに寄り掛かる様に身体を預けると、モゾモゾとパネル下のヒューズボックスに手を突っ込んだ。
(…これか?ヒューズが切れチマって…?ちっ…ケーブルも溶けてやがるな。)
狭いコクピットの中で窮屈そうに身体を折り曲げ、ボックスの中を覗き込みながら、彼は胸のポケットからオイルライターを取り出し、ポッと火を点けた。
(…基盤類は無事な様だ。何とかなるかな…)
オレンジ色の光に照らし出されたケーブルの束をズルズルと引っ張り出すと、ケーブルの溶断した部位を引きちぎってはつなぎ直して行く。
(予備のヒューズ…)
ケーブルの復旧を終えると彼は予備ヒューズボックスから数種のヒューズを取り出し、交換していく。
(これで…なんとか…)
吐き気すら覚える程の姿勢からシートに座り直し、彼はホォッと息をついた。
コンソールを観れば、息を吹き返したランプ、ゲージ類が点滅を繰り返している。
(よし…なんとかシステムは起動出来そうだ…。)
起動チェック用の操作を開始し、システムに起動開始の命令を出す。
すると、マシンは素直にメインモニターを映し出した。
(…ここは?)
見覚えの無い光景が広がる。
(いったい、俺はどうしちまったんだ?)
ファルコニアは訝しげに周りを見渡すと、メインモニターにGPS情報を表示させてみる。
(…GPSが動作不能?いや、データ転送がされていない…と言う事は、かなりの地下深くって事か、巨大な遮蔽物の中って事になる…か。)
(しかし…、ここはどう見ても天然の岩肌だよなぁ…。)
いよいよ訳が解らないと、ファルコニアは自然な手つきで胸のポケットに手をつっこむと煙草のパッケージを取り出す。
(…とと。コクピット内は禁煙か…。)
独り、苦笑しつつも、彼はメインモニターの電源を落し、コクピットハッチを開放させる。
ヒンヤリとした空気がカビ臭い特有の匂いを運んで、ファルコニアの鼻腔をくすぐる。
(間違い無い…ここはどっかの洞窟の中だな…しかし、またなんだって…)
1本、煙草をくわえると、胸からオイルライターを取り出す。
ライターの蓋を親指ではね上げようとしたその時だった。
「はぁ、はぁ、はぁ…。」
どこからともなく、人の声がする。
ファルコニアは慌てて、付近の岩に身を隠した。
「ああっ!」
暗闇の中で、ドシンッと人の倒れる音が響いた。
ファルコニアはそっと顔を出してみる。
しかし、漆黒の闇の中では、様子が解らなかった。
やがて、ハァハァという人の喘ぐ様な、苦しげな呼吸音がファルコニアのすぐ近くを通過した。
と、アイドリング状態を保ったGMカスタムの頭部センサーが放つ淡い光の中に声の主が浮かび上がった。
少年であった。
ファルコニアは少年の様子をじっと観察する。
歳の頃は14〜5歳であろうか。
華奢な身体つきの割に、腕にはしっかりと筋肉が付いている。
薄い金髪にしっかりと焼けた肌が妙に艶かしい。
整った顔だちにはまだ幼さが残っている。
少年は眩しそうにGMカスタムの放つ光を見つめるとゆっくりと近づいた。
「そいつに手を触れるな。」
ファルコニアは岩影から飛び出し、少年に声を掛ける。
「ひっ!ヒィィッ!!」
完全に怯えきった表情で少年は飛びす去った。
ドシンと腰を落す。
「いや、驚かせてすまんな。坊主。」
ファルコニアはそういうと手にしたオイルライターの蓋を開けた。
カチャン。
特有の音が洞窟の中に響く。
すると少年は腰を落し、後ずさりを始める。
「こ、殺さないで…お願いです。撃たないでください…。」
懇願する様に両手を上げる少年。
ファルコニアはそんな少年の様子に驚きながら、火を付けた。
シュボッ!
柔らかな光が辺りを照らしだす。
同時に少年がヒィィィ〜と声にならない声を挙げる。
(なんだってんだ?)
ファルコニアはくわえた煙草に火を付けると、美味そうに紫煙を吐き出した。
09:「ファーストバトル」
「おい、坊主。情けねぇ声を出すんじゃねえよ。」
ファルコニアは煙を吐きながら、少年に声を掛ける。
少年は涙を潤ませながら、ファルコニアを見上げた。
「僕を、殺すんじゃ無いんですか?」
「はぁ?何でさ?」
「…」
ファルコニアはゆっくりと少年に近づいた。
「なあ、坊主。教えてくれ。ココはドコなんだ?」
ファルコニアの言葉に少年は怪訝な表情を浮かべていたが、GMカスタムの放つ光の中に浮かび上がるファルコニアの姿にみるみる歓喜の表情に変わっていく。
「あの…あの…。連邦の方ですか?」
「ああ?」
少年の言葉の真意は良く解らなかったが、ファルコニアは「そうだが…」と答える。
「助けてください。連邦の方なんですよね。助けてください。お願いします。」
少年は突然、ファルコニアの足元にすがる様にると地面に頭をこすり付けた。
「ちょ、ちょっと待て。な、待ってくれよ。突然、『助けてくれ』って言われても…落ち着けよ。なぁ、坊主。」
突然の少年の挙動にファルコニアも慌てた。
「落ち着けってばよ。こっちに来いよ。そうだ、もっと顔が見える所へ…。ああ、足元に気を付けてな…。」
ファルコニアの言葉に少年は素直に従った。
「ジオンのモビルスーツがソコに居るんです。僕、追われてて…。」
少年の言葉は突然過ぎた。
「はあ?ジオンのモビルスーツ?坊主、お前、クスリでもやっているのか?」
「クスリ…?」
「あ、いや、お前の眼はそんなんじゃねえな…。しかし、突然、ジオンときたか…。」
クックッと笑いながら、ファルコニアは少年の肩を叩く。
「本当なんです。信じてください!そこまで来てるんです。ジオンのモビルスーツ…。」
「解った!解った!どっかの馬鹿に苛められてんだな?そうか!ジオンマニアの奴か?それともモビルスーツコレクターって奴が最近は居るらしいな…。」
「あ、あの…。」
「よーし!解った。そんな弱い者苛めする奴は、このおじ…いや、お兄さんが説教してやるからな。」
「え?あの…説教って…、それとお兄さんって…?」
ボクッ!
少年の言葉にファルコニアの鉄拳が飛ぶ。
「お兄さんはお兄さんだろう。間違っても、オジサンでは無い。」
真顔でファルコニアはそう言うと、立ち上がって、GMカスタムに近づく。
「これは…連邦のモビルスーツですか?」
恐る恐る少年が訊ねる。
ファルコニアは「ん?ああ。」と曖昧な返事を返す。
「いいか、坊主。民間人相手にモビルスーツを使ったとなりゃ、俺もただじゃすまねぇ。だから、今からの事は内緒だかんな。」
ファルコニアは少年にそう告げると、コクピットに乗り込む様に顎をしゃくる。
「坊主位なら、シートの後ろに入れるだろう。ちょっと狭いが我慢しろ。」
少年が窮屈そうだが、なんとか納まった事を見届けると、ファルコニアもシートに座り、ハッチを閉じる。
モニターに再び灯が入ると周辺の岩肌が浮かび上がった。
「相手はモビルスーツだと言ったな?」
ファルコニアの言葉に少年は「はい」とだけ答える。
「そうか…なら、相手に気付かれない事が大事だな…。」
そういうと、ファルコニアはコンソールパネルを操作し、赤外線モニターに切り換える。
「相手がどんなモビルスーツかは知らんが、GPSも使えん所だ…。熱トレーサーの範囲に入らなければ、中々見つかるモンじゃない…。」
独り呟きながら、ファルコニアはGMカスタムを起動させた。
ウィーン…モーターの駆動音が洞窟に響く。
「何とか、動くみたいだな。」
ゆっくりと異常箇所が無い事を調べる様に、彼はモビルスーツの各間接を少しずつ駆動させてみる。
「…OKと。行くぞ、坊主。口は閉じてろ。舌、噛むぞ。」
「…はい。」
少年のいらえを耳に、ファルコニアはGMカスタムの歩を進め始めた。
「赤外線トレーサー…CGモニター起動。」
ファルコニアの言葉通り、メインモニターの隅に小さな画面が更に表示される。
それはGMカスタムの機体から放射される赤外線の反響を計測し、即座に演算された距離、形状をCG画像として再現させた画像であった。
「ほう…?随分と深い様だな…。」
機体正面から放たれた赤外線からの反応が返って来ない、と言う事は、洞窟の出入口方面を示していると思われる。
ガシィン!ガシィン!
ファルコニアの機体の足音が洞窟の反響し、凄まじい騒音をたてる。
「大丈夫ですか?」
恐々と少年がファルコニアの耳元で囁く。
「何がさ?」
いささか、ムッとして、ファルコニアが聞き返す。
「こんなに大きな音がするんじゃ…あうっ…。」
「喋るなと言っただろう?舌噛んだな?」
アウアウと言いながら、少年が頷く。
「まあ、仕方ないな。歩く以外に移動方法は無いからな。まあ、見つかったとしても、素人さんにゃ、やられんよ。」
ファルコニアはそう言いながらもCG画像とメインモニターを見比べながら、歩を進める。
「ほう?コイツは都合が良い。」
しばらくすると足元の岩場が砂地に変わる。
先程まで響いていたモビルスーツの歩行音が途端に消え失せる。
「ブリップ…?モビルスーツ反応だ。坊主、嘘じゃなかった様だ。コード解析…何てこったジオンコードだぜ!」
レーダーサイトに輝点が現れる。しかも表示は赤だった。輝く点の脇には「ZION・MSM−07」とある。
「ほほう!?ジオンのコードを平気で使う酔狂な奴が居るとはな…。しかも、ズゴック!こいつぁ、マニアだわ。」
ファルコニアはニヤニヤとしながら、モニターを見つめる。
「…出口が近いな?それに、奴はこの洞窟からは出た様だ。」
レーダースコープに表示された敵機との距離は赤外線センサーの検出距離外である事と、いよいよ赤外線モニターに外光によるチラつきが入りはじめて、ファルコニアは洞窟の出口が近い事を悟った。
ファルコニアはモニターを通常モードに切り換える。
薄暗くではあるが、なんとか肉眼で岩肌が確認出来る。
「ちょっと暗いかな…モニター感度、倍感…。デジタル画像だとちょっと不鮮明になっちまうのが不服なんだが…。」
ブツブツと言いながらもファルコニアは操作を続ける。
技術屋上がりのパイロットにありがちな特徴でもある。
「おっ!?いやがったぜ。坊主。アレだな?」
少し、身体をずらして、ファルコニアは少年からモニターに見易い様にしてやった。
少年は顔を引きつらせながらも、ウンウン、と頷く。
「よし。アイツが坊主を苛める悪い奴か。この辺はそういう輩が多いのか?」
ファルコニアの言葉に少年は何と答えれば良いか解らず、黙り込んだ。
「ま、ここがドコなのか、まだ聞いてなかったか…。」
ファルコニアはハハハと笑い声を挙げると、GMカスタムの頭部をズゴックに向けた。
「ああいう輩はキチンとお仕置きしてやらんとな。」
そう言うと、ファルコニアはインカムのヘッドセットを身につけ、怒鳴り付けた。
「おい!ソコのズゴック!お前だ!馬鹿者が!そんな中古を何処で見つけたか知らんが、個人でのモビルスーツ所有は現連邦では認めて居ないぞ。さっさと降りて、お前の苛めた坊主に土下座しろっ!この野郎!」
そこまで、言うと、ファルコニアはカカカッと笑った。
「見ろ!見ろ!坊主。野郎、ビビッてやがるぜ。」
モニターに映るズゴックはキョロキョロとモノアイを動かして、辺りを窺っている。
「馬鹿野郎!こっちだ!このウスノロめっ!貴様の様な軍事マニアだか、兵器マニアだかの変態野郎はこの俺様が引きずり降ろして、ケツをひっぱたいてやるからな!覚悟しろよ!」
再び、ファルコニアはインカムに向かって怒鳴り付ける。
『…貴様…。何者だ…?』
途切れ途切れに相手パイロットらしき声がファルコニアのインカムに響く。
薄暗い、鋭利な刃物を思わせる様な声であった。
「ズゴック乗機の者か?ならば、さっさとモビルスーツから降りて、投降しろっ!今なら、まだ許してやるぞ!」
『…投降しろ?だと。貴様…誰に向かって、言葉を吐く?連邦の者か?捻り潰してくれるわ。姿を現せっ!』
「面白れぇ!そうこなくっちゃな!」
言うや、ファルコニアは洞窟から飛び出した。
『ぬう!?連邦の…モビルスーツ?』
明らかに狼狽した声が響く。
ファルコニアは口許をニヤリと歪める。
「それも、最新鋭機だぜっ!」
一気にブースターで加速を掛けるとズゴックとの距離を詰める。
しかし、ズゴックのパイロットもすかさず、その鉤爪のついた両の腕をファルコニアのGMカスタムに向けて突き出す。
『馬鹿め!真っ直ぐ突っ込んでくるとは!食らえ!』
プシュッ!
ブシュッ!
鉤爪の生えた根元のビーム口から閃光が放たれる。
が、ファルコニアは予想していたとばかりに、機を右サイドにバンクさせビームを避ける。
『何!?』
ズゴックのパイロットが驚愕の声を挙げる。
「馬鹿め!ズゴックの攻撃パターンなんざ、研究されつくされているんだよっ!」
ファルコニアは手にしたGMマシンガンを腰だめに構えると一斉射する。
ガガガッ!
マシンガンから放たれた弾丸が次々とズゴックに着弾する。
『うおおお!』
パイロットの悲鳴にも思われる叫びがファルコニニアのインカムを付く。
が、次の瞬間、ズゴックのパイロットの憤怒の声があがる。
『ペ、ペイント弾だと?貴様ぁぁっ、ふざけるなっ!』
真っ赤に染まったズゴックを見て、ファルコニアはカカカっ!と笑い飛ばした。
「どうだ?これが腕の差ってやつなのさ。解ったろう?素人さんが、プロに手を出しちゃ、イカンて事だな。」
『ふ、ふざけるなっ!貴様、どこまで、高貴なるジオン軍人を馬鹿にするかっ!?』
ズゴックのパイロットは叫ぶや、ズゴックのバックパックにブーストを掛ける。
本来は水中航行用のバックパックとは言え、地上であっても、多少の推進力にはなり得た。
GMカスタムとズゴックの距離が一気に縮まる。
加速しながらズゴックは右腕を引く。
その鋭い爪先でGMカスタムのボディを貫こうという構えであった。
が、ファルコニアもその動きは見逃さない。
「お前!それ以上やったら、冗談では済まされんぞっ!」
ファルコニアは迫りくるズゴックに向けて、マシンガンを一度構え直したが、距離が近過ぎると判断するや、すかさず銃を放棄する。
『冗談などではないわっ!ジオン軍に刃向かった事、地獄で悔いるがいいっ!』
ズゴックの右ブローが繰り出される。
鋭い爪が風を切り、GMカスタムに迫った。
「ジオン軍人なんてなぁ、3年前に廃業しちまってるんだぁぁっ!」
ズゴックから突き出された右ブローに対してファルコニアは機体をズゴックの右に流した。
蛇腹の様な形状をしたズゴックの腕でも、外側に向ける構造にはなっていないと判断したからである。
つまり、ズゴックのパイロットが自らの攻撃を避けられたと即座に判断しても、更に攻撃を掛けるには態勢を整え直す以外に方法は無かった。
しかし、ズゴックが次のアクションを起こすよりも早く、ファルコニアは反撃に転じた。
GMカスタムは突き出された敵機の右手をむんずと抱え込むと、凄まじい速度で右脚の膝をズゴックの腹部にたたき込む。
『おおぅ!?』
ズゴックのパイロットの叫びが響く。
「どうだっ!」
ファルコニアが叫んだ。
しかし、ズゴックのパイロットもひしゃげたコクピットから応戦を試みようと左腕をぐいと延ばすとビーム口をGMカスタムに向ける。
『勝負はまだついてはいないっ!』
プシュ!
ビームの煌きが放たれる。
が、発射されたビームは虚しく空を切り、満天の星空に消えていく。
『馬鹿なっ!ドコだ!?』
ズゴックのパイロットの狼狽する声。
そして…
「残念だったな!ここだよっ!」
ズゴックの足元にしゃがみこむ様な姿勢でビーム攻撃を避けたGMカスタムが一気に体を起こし、充分にパワーの乗ったボディブローを放つ。
GMカスタムの右ブローがズゴックのひしゃげた腹部にたたき込まれる。
『ぐへぇぇぇぇっ!』
GMカスタムがゆっくりと右手を引き戻すと、ズゴックは崩れる様に膝を折る。
そして、動きが停止した。
「殺したんですか?」
コクピットシートの後ろから少年が恐る恐る訊ねる。
「…どうかな。俺も流石に力の加減が出来なかった…。」
ファルコニアはそう言うと、ズゴックのひしゃげた装甲をマニュピレーターを使って引き剥がすとコクピットハッチをこじ開ける。
「坊主、眼をつぶってろ。酷い有り様かも知れん。」
少年は素直に眼をつぶる。
コクピットの中に血まみれの肉塊と化したパイロットの姿を想像する。
が、少年の恐ろしい想像を打ち破ったのはファルコニアの口笛だった。
「ヒュー!こいつぁ…ジオンマニアか?パイロットスーツまで着込んでやがるぜ。大丈夫、死んではいない様だ。」
メインカメラのズーム機能で、パイロットの様子を観察する。
パイロットが呼吸をしている事が胸の動きで解る。
が、衝撃の為に、気を失っている様だった。
ファルコニアはコンソールボックスから拳銃を取り出すと、GMカスタムのコクピットハッチを開け、ズゴックのコクピットに飛び移った。
そして、コクピットシートの後ろにいる少年を見上げる。
「坊主!お前はそこにいろ!」
少年はまたもやウンウンと素直に頷く。
ファルコニアは気を失っているジオン兵の腰にぶら下がった拳銃を引き抜く。
「…ほほう?拳銃まで持ってやがるぜ…。しかも本物のジオン製かよ…。つくづく…。」
そこまで言うと、おもむろにパイロットの腹部に蹴りを入れる。
ドカッ!
「おい!起きろ!この野郎!」
2発、3発と蹴りを入れるもパイロットは気付く様子も無い。
いよいよ、ファルコニアはパイロットの頭に蹴りをぶち込んだ。
「起きろって言ってんだ!この野郎!」
「うう…」
パイロットが呻きながら、眼を開ける。
「うう…れ、連邦…め…。」
「連邦め、じゃねーんだよっ!この野郎!」
ボクッ!
更に蹴りをぶち込む。
「うう…。ほ、捕虜の扱いは…南極条約にのっとって…。」
「南極条約だぁ?テメーはどこまで、戦争オタクなんだよっ!」
更にファルコニアが蹴りを放つ。
「うう…、高貴なるジオン軍人は拷問等には負けはせんぞ…。この不当な扱いには…。」
「なんだ!?お前、ジオンから来たのか?で、何処からこんな中古を持ち出したんだよ?それとも敗残ゲリラか?また、戦争でもおっぱじめようとでも思ったのか?コラァ!」
ファルコニアはパイロットの胸ぐらを掴むと、ぐいと締め上げる。
「カハァ…その汚い手を…放せ…。貴様、どこまで、我々を愚弄するか?さっとと殺すが良い。貴様には屈しない…。」
「殺せ?馬鹿が。そう簡単に殺せるもんか。一年戦争当時じゃあるまいし。」
「貴様、何を言っている…?屈辱ではあるが、汚らしい連邦の手に掛かったのだ、私は潔く死を選ぶぞっ!」
言うや、パイロットはファルコニアの手を振りほどき、その身を宙に躍らせた。
夜空にパイロットの姿が吸い込まれる。
ドサァ!
頓挫したズゴックの10m近い高さからダイブしたパイロットが地上と激突した。
その後ろ姿を呆然と見つめるファルコニア。
「どう…なっちまってんだぁ?何なんだ、こりゃ?」
訳が解らないとばかりに彼は呟くと、GMカスタムのコクピットを降り仰ぎ、叫んだ。
「坊主!どうなってんだ!?こりゃあ!?」
少年はコクピットからゆっくりと這い出すと、ファルコニアの傍らに降り立った。
「戦争なんです…仕方無いですよ…。」
少年の言葉にファルコニアは信じられないという表情を浮かべる。
「戦争?誰と誰が!?誰が戦争を仕掛けてるってんだよ!?」
「誰って、ジオン軍ですよ!そんな事は知っているでしょう?だって、連邦なんでしょ?おじさんは、連邦軍だから、僕達を助けに来てくれたんでしょ?ジオンはコロニーまで落したんですよ!10カ月前に!皆…皆、死んじゃったんだ!」
「誰がオジサンだっ!コラァ!!…10カ月前…?坊主、お前、ナニ言ってんだ!?」
ファルコニアが困惑した表情を浮かべた時だった。
ピピッ、ピピッ、ピピッ…
ズゴックコクピットの通信機のLEDが点灯する。
ザザッというノイズと共に、声が響く。
『作戦行動中のズゴック2!聞こえるか?ジオン本国より即時停戦命令が発令された。おい!聞いているのか?…返事位、しろって言うんだ!ったく…。』
ファルコニアは慌てて、無線機を取る。
「あーあー…スマンな。音声がクリアーじゃ無い。どうもミノフスキー粒子が濃い様だ…。」
『そうか…そういや、貴様の声も変だな…?まぁ、聞き取れる程度なら良い。いいかっ!?昨日、…北アメリカ、ニューヤーク市において、地球方面隊司令官ガルマ・ザビ閣下が名誉の殉職を遂げられた。これは誠に残念な事ではある。よって、活動中の各機は即時停戦し、所属原隊へ帰還せよ…との指令が発令された。』
「ガルマ…ザビ司令が戦死…?」
『そうだ。誠に残念な事である…。崇高なるザビ家末弟が連邦の手に掛かるとは…。明日、ジオン本国にて国葬が予定される。従って活動中の隊は全て、所属基地に帰還し、喪に服せとの指令だ…。』
「…了解。」
そういうと、ファルコニアは一方的に無線を切った。
無線機を見つめながら、ファルコニアが呟く。
「…坊主、教えてくれ…。今日は、一体、何年の何月で、何日なんだよ…?」
ファルコニアの言葉の真意が解らず、少年は怪訝な顔をする。
「あの…えっと…宇宙世紀0079…10月5日です…。」
そういいながら、少年は腕にした安物っぽいデジタル時計をファルコニアに見せた。
「…なんてこった…。」
呆然とファルコニアは少年の顔を見つめた。
10:「未来から来た男」
「ああ…まだ、名前を聞いて居なかったな…。」
ズゴックのパイロットの遺体を砂浜に埋めながら、ファルコニアは少年に声を掛ける。
「…ロックウェルです。ロックウェル・バートランド…。」
「ロックウェル…か…。どこかで聞いた様な…?」
「あの…お名前を伺っても…?」
ロックウェルも砂を被せる手を休めずにファルコニアに訊ねる。
「あ、ああ…俺はファ…。」
そこまで言って、ファルコニアは口をつぐんだ。
(待てよ…。もしも、だ。本当にこの世界がUC0079だとすれば、俺は時を超えてきた事となる…。馬鹿馬鹿しいとは思うが…。もし、本当に時空を超えてしまったのなら…。俺は二人存在する事になってしまう…。UC79年10月6日…俺はギレン・ザビの演説をアジア戦線で聞いた…。そして、翌日のジオン軍総決起戦において、俺は奴と決着をつけ…負傷してジャブローに連れ戻された…。)
「…さん?お兄さんっ!?」
記憶の断片をつなぎ合わせる様なファルコニアにロックウェルが必死に声を掛ける。
ファルコニアはいつの間にか、呆然と夜空を眺めていたのだ。
「どうしたんですか?大丈夫ですか?」
洞窟に突如現れた連邦兵はロックウェルにとって、まだまだ不可思議な存在であった。
その言動は時々、不自然な言葉を放ち、その挙動もどことなく、ぎこちない。
ロックウェルはそれでも、自分にとっての唯一の救いの神となるかもしれない、ファルコニアに付き従った。
「あ、ああ。すまん。俺の名はファルコン、だ。」
「ファルコン?」
「ああ。軍務機密から本名を明かす訳には行かない。だから、そう呼んでくれ。『ファルコン』だ。」
「…解りました。ファルコンさん。」
「そうだ、それともう一つ、今日観た、このモビルスーツの事は誰にも喋っちゃ駄目だ。これは連邦の超極秘機密だ。お前が誰かに話せば、俺はお前と、秘密を知った人間を…解るな?」
ファルコニアの言葉にロックウェルはゴクリと喉を鳴らし、首を必死に縦に振る。
そんなロックウェルの様子にクスリと微笑みを浮かべながら、ファルコニアは墓穴が埋まった事を確認し、後方のズゴックを見上げた。
「よし。それで良い。じゃあ、こっちに来てくれ。このモビルスーツを洞窟に隠す。」
そういうと、ファルコニアは自らのGMカスタムにスタスタと歩み寄る。
「あ、あの…。ファルコンさん…?」
ロックウェルが呼び止める。
「ん?」
振り返るファルコニアの目に、モビルスーツを見上げる少年の姿が映る。
「ファルコンなのに…モビルスーツはタイガーなんですか?」
ロックウェルの言葉にファルコニアはガハハと笑った。
そして、彼は言った。
「タイガーにファルコンが乗ってりゃ、最強だろ?」
そして、パチリをウィンクをして見せると、彼はGMカスタムに乗り込んだ。
二人が頓挫したズゴックを洞穴に隠し、ロックウェルの自宅に戻ったのは明け方近くだった。
ロックウェルの提案もあり、ファルコニアは彼の家に身を寄せることとした。
白んできた東の空を見上げながら、二人がロックウェルの自宅の勝手口に近づくと、ダイニングテーブルに彼の母親が突っ伏している。
ギーッという軋むドアの音に彼の母親は目を覚ました。
「…ロック…ロックウェルなのかい?」
夫をジオンに捕らわれた心痛と長引く戦争への暗い気持ちが彼女の目の下にありありと浮かんでいる。
美しい母親の苦労が手に取る様に解るその面持ちにロックウェルの心は酷く痛んだ。
「か、母さん…。」
「一体、こんな時間まで…」
普段は絶対に出さない様なヒステリックな言葉をだしかけて、彼女はハッと言葉を呑んだ。
「…その方は?」
ロックウェルの後ろにたたずむファルコニアの姿に彼女は言葉を飲まざるを得なかったのだ。
男は連邦軍の制服に身を包んでいる。
そのカーキ色の制服は見間違う訳も無い。
「母さん…取り敢えず、家に入れて。」
ロックウェルの言葉に、彼女は急いで、二人を家の中に招き入れた。
「この人は、ファルコンさん。連邦軍の人だよ。」
ロックウェルは心配しないで、という目線で母親を見つめた。
ファルコニアもロックウェルの母親の動揺を見透かした様に丁寧に挨拶を返す。
「訳あって、詳細は語れませんが…地球連邦軍オセアニア方面軍中尉であります。「ファルコン」と呼んでください。」
「…連邦の方…?」
彼女は息子が連れてきた男をいぶかしむ様に見つめ、警戒した様子でファルコニアから距離を取る様に後退った。
「母さん、この人は本当に連邦の人なんだよ。さっきもジオンのモビルスーツをやっつけたんだ。」
ロックウェルはまるで自分の手柄の様に胸をはった。
「…連邦軍がこの付近にいらっしゃるのですの?」
ロックウェルの母親はゆっくりとテーブルの向こう側に回ると、ファルコニアからは見えない様にキッチンに置いてあった包丁を握りしめる。
「連邦は…」
ファルコニアはそんな彼女の行動を観察しながら、言葉を選ぶ。
「残念ながら、今だこの区域には駐留はしておりません。」
「では…何故、貴方はお独りで?」
彼女は必死にロックウェルの瞳を見つめ、息子に自分の側に来る様、思念を送る。
だが、ロックウェルにはその想いは伝わっては居ない。
「自分は…いや、私は…」
ファルコニアの言葉の端に迷いが生じた。
そんなファルコニアの言葉に彼女の瞳がさっと反応する。
「自分は特務命令でこの沿岸パトロールに来た者です。基地のレーダーに未確認の金属反応を探知したものですから…。」
「そ、そうなのですか?で、でも…奇怪しいじゃないですか?中尉さんともあろう方がお独りでパトロール?しかも、こんな明け方に…。」
母親の言葉にははっきりと怒気を含んでいた。
ファルコニアはこれ以上の言葉は生まれて使った事が無いとばかりに、丁寧にゆっくりとした語気に変わる。
「…落ち着いて、マダム…。私は昨晩からこの海岸線をパトロールしていました。単機行動なのは特務だからです…。詳細は軍機に触れる為、お話出来ませんが…。そして、海岸の洞穴を調査中に、彼…、ロックウェル君に逢ったんですよ。彼はジオンのモビルスーツに追われていました…。」
「そうなんだ。母さん!信じてくれないの!?」
やっと、母親の言動と挙動に不信を感じたロックウェルが言葉を挟んだ。
「黙りなさい!ロック!!貴方はお母さんの方に来てっ!!」
母親がヒステリックな声を挙げ、背に隠した包丁を思わず、ファルコニアに向ける。
「か、母さんっ!」
ロックウェルは母親の行動を愕然として見つめた。
「ロック!母さんの方に来なさいっ!」
母親の鋭い言葉にロックウェルは頭の中が真っ白になる。
「か、母さん…。」
「だって奇怪しいでしょう?ジオンの兵隊が来て、父さん達の船を人質に取ったのよ!そして、ジオン兵はこの村からの援助を要請しているのっ!村長と酒場の女将と雑貨屋の主人はすっかり、ジオンへ協力するつもりでいるわっ!連邦へ連絡を取れば、人質は全員殺すとジオンは言っているのよっ!そんな状況で、連邦兵が独りでパトロールなんてのは、話が巧過ぎるわっ!この男はジオンから偵察にきた人間なのよ!ロック、その男から離れなさい。早くっ!」
彼女は包丁を突き出しながら、ゆっくりとファルコニアとロックウェルに近づいた。
「か、母さん…?」
ロックウェルは初めてみる母親の鬼の形相と凄い剣幕に圧倒された。
その時だった。
「おにいちゃん…?帰ってきたの?」
ロックウェルの妹、エミリがパタパタと階段を降りてくる。
「エミリッ!降りてきては駄目っ!」
母親がハッとエミリに気を取られた瞬間だった。
放たれた弾丸の様に俊敏な動きで、ファルコニアの肉体が躍った。
「ロックウェル、すまん!」
ファルコニアは一言言い放つと、ダイニング中央のテーブルに駆け上がり、その勢いで、母親の握りしめる包丁を蹴落とした。
「あっ…。」
流れる様な動きでファルコニアは母親の眼前に降り立ち、手刀を彼女のうなじ辺りにたたき込んだ。
「うっ…。」
小さな呻き声と共に、彼女はファルコニアの懐に倒れ込んだ。
「な、何て事…。」
ロックウェルが唖然としている。
「すまんな、ロックウェル。こうしなければ、君の母さんは…。」
そういうと、ファルコニアは母親を抱き抱えた。
「お、おにいちゃん…?」
エミリが眼前で起きた光景にガタガタと身体を震わせながら、うずくまっている。
ロックウェルは即座にエミリのもとに走り寄る。
「大丈夫、大丈夫だよ。エミリ…。この人は連邦軍の人なんだ。僕達を助けてくれる人なんだ。でも、母さんが、ジオンと勘違いして…。」
「本当?本当に連邦軍なの?」
「ああ。本当さ、名前はファルコン。モビルスーツの…」
そこまで、ロックウェルが口にした時、ファルコニアは彼の名前を鋭く呼んだ。
「ロックウェル!」
それ以上は口にするな。そういうニュアンスである事は少年であるロックウェルにも十分に理解できた。
だから、ロックウェルはそれ以上は口にしなかった。
彼は妹の耳元で「僕を信じて。」とだけ囁くとにっこりと微笑んでみせた。
朝の眩い光が窓から差し込んでいる。
遠く、海鳴りがいつもの様に、単調に繰り返される。
「どうするおつもり…。」
ベッドに横たえられたロックウェルの母親が天井を見つめながら、うっそりと呟いた。
「気が…つかれましたか。」
ベッドサイドに座るファルコニアが呟く。
「子供達は…?」
母親らしい言葉が先ず、口を付く。
「ご安心ください。二人とも自室で寝ています…。」
「そう。」
母親の瞳に涙が浮かぶ。
「それで…これから、どうしたいのですか…?」
既に覚悟は決めた。そんな物言いだった。
「先程は失礼しました。ああいう状況だったので…仕方無く…。」
ファルコニアは心の底から、女性に対して振るった非礼を詫びた。
「所詮、女の力…夫が居ない覚悟では居ましたが…。情けないものです…でも…。」
「はい?」
「貴方は何故、その拳銃を使わなかったの?銃声が聞こえてはまずいと思ったのかしら?」
母親はファルコニアの腰元にぶら下がった拳銃の存在を見抜いていた。
しかし、ファルコニアは、この言葉にハァァァ〜っと深い溜め息を付いた。
「貴方はまだ、私をジオン軍だと?」
「だって…だってそうでしょう?連邦にとって、この貧しい村は何の意味もなさない地域ですわ。小さな漁村に何の価値があって?」
初めて、彼女はファルコニアの方に瞳を向ける。
じっと彼女の瞳を受け止めながら、ファルコニアは考え込んだ。
「…解りました。全てお話しましょう。だが、この話は貴方の理解を超えているかもしれませんよ?それと、貴方のお子様方には話しては欲しく無い、のですが。」
ファルコニアはゆっくりと座り直す。
「私は…連邦軍所属の軍人である事は間違いありません。」そういうと、彼は胸のポケットから軍の認識証を取り出し、彼女に見せた。
「地球連邦軍…オセアニア方面軍、トリントン基地所属…ファルコニア・フォーエバーロング…」
ゆっくりと彼女が認識証を読み上げる。
「これで、信じろ、と?」
彼女は目線を外し、ファルコニアを見つめる。
「いえ、その下です。」
彼女はファルコニアの言葉に不思議そうな表情で再び、認識証を見つめる。
「…?発行日…UC0082/09/01…?」
「はい。」
「これは?」
「私がトリントン基地に配属となった日です。」
「で、でも…。日付が…。」
「マダム…。お笑いになるかも知れません。いや、むしろ、お怒りに…実は、私は…。」
ファルコニアが一瞬、言いよどむ。
が、次の瞬間、はっきりと言い切った。
「私は、どうやら、未来からやってきた様です。」
ファルコニアの言葉にロックウェルの母親はキョトンとした。
そして…
「…!?そんな…。そんな事を信じろと?」
まるで、目の前の男は気でも違っているのか、それとも可哀相な病気にでも掛かっているのかとでも言った怪訝な顔が朝日に照らされる。
「私にも説明のしようがありません。ですが、事実、私はUC0083に居たハズだったんです。が、突如、何らかの影響により、この時代のこの地へ飛ばされた様です…。この辺については、私にも説明のしようが無いのですよ…。」
「まさか…子供が見る絵本じゃ在るまいし…。じゃ、じゃあ…。この後、この後の戦争はどうなるんです?夫は?子供達は?」
ファルコニアの言葉にロックウェルの母親は徐々に感情を高ぶらせ、声のトーンを上げていった。
「マダム。落ち着いて。戦争はもう、じきに終結します。UC0080年、1月1日。ジオン軍の無条件降伏で戦争は終結します。人類はこの戦争で多大な損失を受けますが…。残念ながら、この村がこの後、どうなるのか?までは私には解りません。UC0079
10月5日。本当の私、いや、この時代に存在していた私はアジアの最前線に居るはずなのですから…。」
「この戦争は終る…。」
嘘でも良かった、彼女はファルコニアの言葉に、一瞬ではあったが、安堵の溜め息をついた。
「そう、それだけは間違いありません。連邦軍はヨーロッパ戦線において、大反抗作戦を展じます。そして、その勝利を機に連邦は一気にジオン勢力図を塗り替えて戦争を終結させるのですよ。」
ファルコニアはにっこりと微笑みを浮かべた。彼女を安心させようする彼なりの精一杯の気遣いであった。
「でも、でも…ファルコニア…中尉…?」
「しっ!マダム。この場で私の名を呼ぶ事は控えて頂きたい。いや、忘れて頂きたいのです。呼ぶのであれば、『ファルコン』と。」
「…それは?」
「ファルコニア・フォーエヴァーロングは同じ時空に2人存在してはならない。アジアとオーストラリア。同時にファルコニアを名乗る人物が存在する事は今後の世界に何らかの影響を与えてしまいかねない…。我ながら、手前味噌だとは思いますがね。」
クスクスと苦笑気味の笑顔でファルコニアは笑った。
「貴方は…、これから何をされようとしているのです?」
彼女は少しずつ、態度を柔らかくし、ファルコニアの言葉を聞き入れる雰囲気を示す。
「私は…この村からジオンの脅威を取り除きたいと考えています。村の男達がジオン兵に捕まった。そして彼らは捕虜としてジオンの船に捕獲されている。そうですね?」
「そう、その通りです。」
「ならば、その男達を救出し、ジオンの連中をこの村から追い出したい。それが、私の望みです。」
「で、ですが…たったお独りで…何をなされるのですか?何が…出来ますの?」
「何が、出来る…。」
ファルコニアはちょっと考え込んでから、高々と2本の指を突きたてた。
「重要なファクターが二つあります。」
ファルコニアは突き出した二本の指をゆっくりと折り曲げながら、言葉を続ける。。
「1つ。幸い、連中にはまだ私の存在は知られていない事。」
「2つ。私にはUC0083年製の最新型モビルスーツがある事。」
ファルコニアがニッと笑う。
「この二つのファクターを効果的に使用する事でロックウェルのお父さんの救出が可能となるのです。」
「あの人を…助ける…?」
「はい。」
ゆっくりと、しかし大袈裟にファルコニアは首を縦に振った。
「私達に…いえ、私に何かお手伝い出来る事はありますでしょうか?」
いつの間にか、彼女はファルコニアの言葉を全てを信じていた。
いや、到底、打破出来そうもない現状を打破する為の手段としてファルコニアの言葉を信ずる決断したのだった。
その決断を彼女にさせたのは、ファルコニアが彼女をベッドから出る様に促し、ファルコニアと共に子供達の寝室を見て回り、ロックウェルとエミリが安らかな眠りについている事を確認したからである。
本当にファルコニアがジオン兵ならば、とっくに子供達は連れ去られ、こんな回りくどいやり方で漁村の女などに近づきはしない、というのが彼女の確信であった。
「情報が欲しいのです。」
ファルコニアはきっぱり言った。
「情報?」
「はい。ジオンの兵が何処に居て、どの位の勢力なのか。出来れば、どんな兵器を持ち合わせているのか。」
「で、でも…そんな情報…。」
「噂話の類でも結構なのですよ。それと…旦那様の服を一揃えお貸し頂ければ…。いくらなんでもこの服装でウロウロする訳にも…。」
そういって、ファルコニアは連邦の制服をつまんで見せた。
「そ、それは…そうですわね…。」
彼女も同意する。
「それから…私はヨーロッパ戦線の戦火から逃げ出した遠縁の者だと村の人々には説明して欲しいのです。そうでもしないと私の存在はあっと言う間にジオンを警戒させてしまう…。」
「そ、そうですわね。そういう事に…。でも、そうなるとお名前が…」
「なるほど…『ファルコン』でも不自然ですね…」
ウーンと考え込んでファルコニアは言った。
「『ベイル・F・グレーフィールド』と名乗る事にしましょう。」
ファルコニアはニヤニヤと笑った。
ロックウェルの母親はファルコニアの微笑みの意味は解らなかったが、彼に一つの提案を持ち掛けた。
「情報を手に入れるのならば、私がお手伝いしている酒場はどうかしら?」
「酒場?」
「ええ。ジオン軍が上陸してくるという話は私も酒場で聞いた事ですし、情報収集には良いかと…。」
「なるほど、良い考えです。マダム、ここは一つ、私を村の酒場に就職させる手伝いをお願い出来ませんか?」
「構いませんわ。夫が居ない間、私も子供達の側に付いていてあげたいですし…。」
「助かります。昔から、噂話と情報は酒場に転がっているモンだと言いますからね。お子様方についていてあげたいというマダムのお気持ちにも沿えるかと思えますし…。」
「酒場の女将には私から話してみますわ…。」
「御協力を感謝します。」
「そんな…私の方こそ…。貴方が未来から来た、と仰るのはよく分かりませんが、悪い方ではなさそうですし…。私に出来る事は…。」
11:「駆け引き」
エミリは階下から聞こえる話声で目を覚ました。
明け方に見知らぬ男が家の中に居た事は覚えている。
その後、男は母親を抱き抱えて両親の寝室へ消えていった。
兄のロックウェルがずっと、自分を抱きしめて、耳元で『心配するな』と繰り返していた。
エミリはそんな兄の声とぎゅっと握られた手の温もりに包まれて、いつの間にか眠りに落ちた気がする。
そんな茫漠とした記憶を辿りながら、彼女は大分、明るさを増した自室のベッドで天井を見つめていた。
(誰の…話声なんだろう…。)
一人は母親だった。
そしてもう一人…。
聞き覚えの無い声だった。
(あの見知らぬ男の人…?ジオン…?)
そう思った時、自らの身体がガタガタと震える。
思い切り、叫び出したい衝動に駆られる。
兄に、ロックウェルに助けを求めたい…。
だが…
彼女はぐっと堪えた。
自分がここで大声を上げてしまえば、階下の母親の身によからぬ事が起きてしまうかも知れない。
10歳の彼女にとっては冷静すぎるとも言える判断だった。
そっと彼女はベッドから抜け出し、軋むドアをそろそろと開けながら、階下の様子を伺った。
「…合うかしら…」
母親の声が聞こえる。
「ちょっと大きい様ではありますが…」
男の声だ。
不思議と母親の声には緊張感も緊迫感も感じられない。
エミリはそうっと階段を降りていった。
キッチンに通ずる階段をゆっくりと降りていく。
やがて彼女の目に映ったのは、見慣れた母親の後ろ姿。
そして…
「と、父さんっ!?」
思わず、エミリは声を上げる。
彼女の目に映ったのは、見慣れた父親のフィッシャーマンズセーターに袖を通した男だった。
だが、「えっ?」と振り向いたその顔は父のそれとは全く違う風貌であった。
「あ…」
少女が絶句し、立ちすくむ。
すると、母親が優しく、エミリの肩に手を置いた。
「大丈夫よ…エミリ。この人はベイル・F・グレーフィールドさん。父さんの遠縁にあたる人なの…。」
「えっ…でも…。」
明け方に母親を殴りつけた人物では無いのか?
エミリの心臓が早鐘の様に鳴り響く。
「ベイル・F・グレーフィールドだ。宜しく。エミリ…」
ファルコニアはゆっくりと彼女に近づき、ゆっくりと右手を差し出す。
「あ、あの…あの…」
もじもじと彼女はファルコニアを見上げると、直ぐにうつむいてしまった。
「あの、でも…かあさん?何故、この方は、父さんの…?」
「え?あ、ああ。ヨーロッパの方でね、戦争があって、逃げ出してきたそうなのよ。だから、父さんの服をね…。」
母親は言い慣れない嘘で場を繕った。
連邦兵などは見た事の無い、エミリにはファルコニアが連邦軍の制服を見分けられる訳も無い。
彼女はすんなりと母親の話を受け止めた様子であった。
「そう…なんだ…。お父さんの親戚…。」
そうエミリは呟くと、もう何も質問したりはしなかった。
チラリ、チラリとファルコニアの姿を盗み見ながら、朝食に出されたスープをすすった。
ロックウェルが目を覚ましたのは、大分、日が昇ってからであった。
階段を降り、階下の食堂に行くと、母親の姿は無かった。
妹のエミリが一人で書き取りの勉強をしている。
「おはよう…あれ?母さんは?」
ロックウェルの言葉にビクリとエミリが振り向く。
「母さん…いないわ。」
「いないわ…って、ドコへ行ったの?それと、ファルコンさん…?」
「あの、男の人?」
「うん。」
ロックウェルが頷く。
「…お兄ちゃん…。あの男の人はだぁれ?」
「誰って…ファルコンさんだよ。連邦の人なんだ。」
「…嘘。」
エミリの言葉にロックウェルはムッとする。
「嘘なもんか。」
「あの人、ベイル・F・グレーフィールドって言ったわよ。それに、ヨーロッパから逃げてきたんだって。」
「…ベイル?あの人の名前なのかな…?まあ、でも連邦の兵隊って事は間違い無いよ。俺、昨日の夜、あの人のMSに乗っけて貰ったんだぜ。」
「モビルスーツ?」
「へへ。そうさ。最新型モビルスーツだって言ってたなぁ…虎柄のカッコイイ機体なんだっ!」
うっとりしながら、ロックウェルが回想に浸る。
「じゃあ、あの人が言った、ヨーロッパからら逃げてきた、って言うのは嘘なの?父さんの遠縁の人だって、母さんが…。」
「ヨーロッパから?父さんの遠縁?そんな事あるかよ。家の親戚がヨーロッパに居るなんて、聞いた事ないよ。」
「じゃあ、あの人は一体、何なの?」
「だから、連邦軍の…あ、いけね。内緒にしとくんだった…。」
ロックウェルがペロリと舌を出す。
そしてね真顔で妹にこう告げた。
「いいか、エミリ。あの人はな、父さん達を助けてくれる人なんだ。だから、疑ったりしちゃ、ダメなんだぞ。それとな、MSの事は誰にも言うなよ。言ったら、俺達は消されちゃう運命なんだぞ?」
ロックウェルが口許に人指し指をたてながら呟く。
「消されちゃう…殺されちゃうって事?」
エミリが怯えた目で訊ねる。
「そうだ。」
ロックウェルはちょっと脅かし過ぎたかと思って、慌てて付け加える。
「いいか。でも、ホントは良い人なんだぞ。だからさ…」
ごにょごにょと彼は妹の耳元で何かを耳打ちする。
エミリは打ち明けられた話の内容に驚きながらも、うんうんと頷いた。
一方…。
ファルコニアとロックウェルの母親は村の酒場に居た。
夜は酒場、昼は定食屋として村でただ一軒の社交場でもあった。
流石に、海岸線にジオンが駐留しているあって、店内に人影は無く、石造りの建物の中はひっそりとしていた。
「ちょっと、どういう事だい?」
酒場の女将がキーキーと叫び声を上げる。
「ですから…。その。この人をここに置いて貰いたいんです…。」
ロックウェルの母親だった。
「アンタさぁ…突然、訳の解らない、男を連れてきて、ここで雇えってぇのは…どういう了見なのさぁ。」
呆れ返った、とでも言いたげな表情で女将はキーキーとがなり立てる。
「身元の保証は私が…夫の遠縁の者なんです…。ヨーロッパから逃げ出してきて、親戚筋を頼ったんですが、どこにも…。結局、私共の方に身を寄せてきて…。夫がジオンに捕らわれた事もあって、男手が無いのも辛いものですから…。」
「そりゃあさぁ…ジオンが男共を引っ張ってチマって、心細いってのは私も同じさねぇ…だけど、考えてもみなよ。客になる男共が居ないんじゃあ…、こっちだって、商売あがったりさぁね。どうやって雇え、てんだい?」
「それは…。」
女将の言う事は正論であった。
村の男達を相手にしていた酒場が客である筈の男手が居なければ、商売にはならない。
結局、村に残っている男は年寄りと漁には出ていなかった男達、そして、別の商売をしている男達程度なのだ。
何より、金離れがいいのは断然、漁に出ている男達の方なのだ。
「マダム…。」
ファルコニアがゆっくりと口を開く。
「マダム…だってぇ?」
酒場の女将がニヤ〜と煙草のヤニで黄色くなった歯を剥き出して微笑む。
その微笑みは猛将と讃えられるドズル・ザビでさえ、震え上がる程ではないかと思われた。
「はい、マダム。それには、私も色々と考えていまして…。」
ファルコニアはうやうやしく言った。
「何さ。」
「先程、村長に挨拶をしてきました。その折、ジオン兵の上陸を許可する合意に至ったとか…。とすれば、ジオン兵相手の商売で…。」
「ジオン相手…だって?」
「はい。」
「あいつらは、宇宙人だろ?宇宙人に酒の味が解るのかい?いや、酒なんか飲むのかい?」
女将のセリフにファルコニアは苦笑する。
「まあ、宇宙人でも酒位は飲むのでは無いかと。何せ半年以上は地上で暮らしてる”宇宙人”ですから…。」
「へええ?そうかい?でも、あいつらは金もってんのかねぇ〜?」
「マダム、ジオンの地上部隊は結構、持ってるって噂ですよ。で、なきゃぁ、遥々宇宙からこんな地球にまで来て、戦争なんかしたかぁ無いでしょう?よっぽど、良い給料貰ってなきゃ、ね。」
フヘヘ、とファルコニアは下品に笑って見せる。
「アンタ?ジオンじゃないだろうね?」
鋭く、女将が目を光らせる。
「と、とんでも無いですよ!」
ファルコニアはブルブルと首を振って見せるとロックウェルの母親を振り返った。
「そ、そうですよ。女将さん、ウチの親戚筋なんですから…。」
慌てて、彼女も言葉を添える。
「へぇぇぇ。ま、いいさ。それで?」
女将は完全に主導権を握ったとばかりに目を細める。
「いや、ジオン兵が来るとなれば、多少は男手も必要でしょうし…何より…。」
「アンタ、そんなに腕が立つってのかい?」
女将がニヤリと笑う。
「まぁ、多少は。」
ファルコニアもニヤリと笑って見せる。
「アンタの言いたい事は解ったよ。じゃあさ、こうしようじゃないの。アンタの給金は当面、1/3。様子見だからね。アンタの言う通りジオンからかっぱげる様だったら、考えてあげてもいい。どうさ?」
ファルコニアは内心、ニヤリとしながらも、おどけて見せた。
「マダム、1/3は酷いっすよ。それじゃあ、夕飯にもありつけねぇ…。」
「へええ。そうかい。そういう事なら、別にアタシャ…。人手は足りてるしねぇ…。」
女将はジロリとロックウェルの母親を睨み付ける。
すかさず、ファルコニアは首をブンブンと振った。
「いや、すいません。マダム、私が間違ってました。もう、それで雇って頂ければ…。」
大袈裟なジェスチャーでファルコニアが懇願して見せる。
女将は満足気な表情を浮かべた。
「アンタ、話が早くていいよ。アタシャ、ウジウジした男は嫌いなんでねぇ…。」
12:「ジオン兵、大いに語る。」
ファルコニアが酒場に『就職』した晩であった。
酒場が開店するや、雑貨屋の主人が酒場に駆けつける。
「おいっ!女将!聞いたか?」
「何だってんだい?騒がしいねぇ。」
「ジオンがいよいよ上陸して来るらしいぞ…。」
「へぇぇ…そら、また…。」
「おいおい、随分と余裕じゃねぇか。ジオン兵がこの村に駐留して来るってんだぞ?」
「そんな事…。村長から聞いて、とっくに覚悟してんだろ?男だろ?ホント、だらしないねぇ。」
女将は吸っていた煙草の煙をプゥッと雑貨屋の主人に方に吹き掛ける。
「お前だって、昨日はあたふた…おい。」
雑貨屋の主人がチラリとファルコニアの方を見て顎をしゃくる。
「誰だ?」
「誰って…?ああ。今日からこの店で世話してんだよ。バートランドのトコの遠縁だってさ。」
「おいおい、この時期に…変じゃねぇか?」
「へっ、腰抜けだねぇ、アイツはジオンとは何の繋がりもないさねぇ…。バートランドのトコのルイーズが身元引き受け人さねぇ。」
「…ふーん…。バートランドのトコだったら、間違いはねぇか。アイツのトコは村でも一番の古株だからなぁ…。」
そういって、雑貨屋の主人はグラスに注がれたビールを煽ると、ファルコニアの方へ向き直る。
「なぁ、アンタ、名前は?」
「…ベイル。ベイル・F・グレーフィールド」
「ふうん…。アンタ、客商売には向いていない様だな…。」
へへっと笑いながら、空いたグラスをファルコニアに突き出す。
「お代わりだよ。」
反応を示さないファルコニアにムッとしながら、雑貨屋の主人は出っ張った腹をさすった。
ファルコニアは黙ってグラスを受け取ると、サーバーからビールを注ぐ。
「なぁ、アンタ、どっから来たのさ…?」
おもむろにカウンターに身を乗り出すと、ファルコニアにつっかかる。
「…ヨーロッパの方ですよ。ダンナ…。」
グラスをカウンターにおきながら、ファルコニアもムッスリと答える。
「へへ。ダンナと来たか。まぁ、いい。俺は雑貨屋をやってるオリバー・レールコットだ。宜しくな。ゲェェップ」
雑貨屋のオリバーは無粋なゲップを盛大に吐き出すと、目の前のビールを煽った。
ファルコニアはカウンターの下で掃除をする振りをしながら、舌を出す。
(この、太っちょオリバーめ!その内に…)
元来、技術屋で軍人のファルコニアには、愛想などというものは、振りまかれるものであって、振りまくものでは無かった。
その時だった。
1台の車両が酒場の前に停車する音がした。
バタンっ!
荒々しく開かれたドア口に立っていたのは、ジオンの兵士達であった。
人数にして5人ほど。
ファルコニアの表情が一気に引き締まる。
(おいでなさったぞ…。ガルマの国葬の日だってのに、随分と不謹慎な連中じゃねーか…。)
ジオン兵達の先頭に立ち、野戦服にヘルメットを被った人物が、高らかに宣告する。
「村長からの通達は来ているか?我々は高貴なるジオン軍である。村の中で食事出来る所はココだけと聞いた。本日よりこの店は我々が徴収するものとするっ!」
この言葉を聞いて、女将の顔が青ざめる。
「ちょっ、ちょっと待ってくださいよ!軍人さん。この店を徴収って…?どういう事なのさ?そんな話は聞いてないよ、あたしゃ!」
「なんだぁ、貴様?」
「アタシャ、この店のオーナーさねぇ…。食事させろ、ってならまだしも、徴収するってのは、聞き捨てならない話さね。」
「…金の話なら、村長と済んでいる。」
「ば、馬鹿な…そんな話…あっ…。」
女将の口上が終る間もなく、女将は先頭のジオン兵に突き飛ばされて、床に転がった。
「アイタタ…な、何を…?」
「うるせぇぞ、ババァ。話があるなら、村長としろ!とにかく、酒だ。それと料理を人数分…。持ち帰りを含めて、38人分だぁ!!」
「そ、そんな…。」
「ガタガタ喚くんじゃねぇよ!聞こえねぇのか?何なら、その耳を風通し良くしてやろうか?」
言うなり、兵はタンッタンッ!と構えた自動小銃をへたり込んだ女将の耳元に着弾させる。
「ひぃぃぃ〜」
青ざめた女将は腰を抜かさんばかりに厨房に逃げ込んだ。
雑貨屋のオリバーも慌てて、テーブルの影に隠れる。
ファルコニアはカウンターの影から、様子を伺っていた。
(…食事は28人分…ここにいるのは5人…。捕縛されている村の男は20人くらい…。敵兵は17〜8人…程度って事か。)
「おい!ババァ!早くしろ!」
更に兵が小銃を構える。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。」
ゆっくりと両手を上げながら、ファルコニアがのっそりと立ち上がる。
突然のファルコニアの登場にジオン兵はギョッとして小銃を構え直した。
「な、なんだ?貴様?」
「いやいや、私はここの雇われバーテンで、ベイルと申します。ダンナ、ズドンってのは勘弁ね…へへ。」
精一杯の愛想笑いを浮かべながら、ファルコニアは答える。
「…バーテン?こんなチンケな店でか?」
ジオン兵は疎ましそうに、ファルコニアをジロジロとねめつけた。
「へへ。どこも、景気が悪くってねぇ…こんなチンケな店でバーテン位しか職も無くて…。へへ。」
ジオン兵はゆっくりと銃を降ろしながら、ペッと唾を吐く。
「男がヘラヘラするんじゃねぇ。」
ファルコニアはゆっくりと両手を下げながら、更に答える。
「へへ。すいません。ダンナ。これも性分でして…。両手は下げても?」
ファルコニアの様子にジオン兵は緊張を解く。
「ああ、貴様の様な腰抜けならば、いいだろう。早く、食事を作れっ!」
「ああ、はいはい。お食事ね…。マダム!お食事の方、頼んますよ!」
厨房の床にペタリと座り込む女将にファルコニアはウィンクしてみせる。
「ところで、ジオンのダンナ…タチンボも何ですから、お座りなってくださいよ。へへ。」
ファルコニアはジオン兵の数だけのグラスを用意すると、すっと持ち上げて見せる。
そんな様子に、ジオン兵もゴクリと唾を飲み込んで、ニヤリと笑った。
「貴様、中々に要領がいいじゃないか。」
雑貨屋のオリバーがそんな様子を呆気に取られて眺めていた。
すると、ジオン兵の中の一人がオリバーの存在に気付く。
「おい…お前…?雑貨屋の主人だな?聞いていたろう?ここは我々が接収した。でていけ!」
そう、怒鳴られて、オリバーは”ひぃぃ”という情けない声を上げながら、店を飛び出して行く。
そんな姿にファルコニアはそっと笑いをかみ殺した。
「ところで、ダンナ方…。」
グラスになみなみと注いだビールをテーブルに置きながら、ファルコニアはジオン兵に話しかける。
「なんだ?」
早く、黄金の液体を飲み干したいものだという明らかな態度でジオン兵はイライラと返事を返す。
「いえね、…まあ、どうぞ。ものは相談なんですが…。」
ジオン兵はいかにも、久しぶりにありつくといった様子でビールをガブガブと飲み干す。
ファルコニアは慌てて、カウンターに戻ると、更にビールを注いだグラスを用意する。
「イイ飲みっ振りで…。いや、相談ってーのは…。実はですね…。」
「勿体付けるな!」
「ハイハイ、まぁ、どうぞ、ググッと。いえね、村長からは何も聞いてなくてでですね。この店を接収するのは、そらね、構わないんですよ。一向に。ええ、もう。」
「ですがね、ジオンのダンナ、接収されても、先立つモンがね、無いとですね、仕入れもね、仕込みも出来ないし、ですね…。」
ファルコニアはそうっと耳打ちする位の声で囁いてみせる。
「その辺は村長と話が付いていると言ってるだろうが!?」
ジオン兵はガツガツと出されたビールを飲み漁る。
「いや、ほら、村長は中々、ケチな野郎でして…。ダンナの方で、ちょいと用立てて頂けると、こちらとしても…ね。」
ニヤニヤと口許を緩めて見せるファルコニア。
「ほら、イロイロと融通出来るってモンも…。」
すっ…と、ファルコニアは数枚の札ビラをジオン兵のポケットに入れて見せる。
すると、ジオン兵は半眼の様な目つきで自分のポケットを見下ろすと、おもむろに周りの連中を見回した。
「そーか…。バーテン、貴様の言う事も理解出来ない訳では無いな。そういう事ならば、我々から司令に談判してやってもいいぞ…。今日の所は店の奢り、と言う事にしておけ。」
「はい、もう、それは。」
調子良く、ファルコニアは手もみして見せる。
「じゃぁ、ガンガン、奢らせて頂く事に。」
そういって、ファルコニアはバックバーの最上段に飾ってある、いかにも高級そうなスコッチの瓶を取り出して見せた。
「うい…バーテン…。」
「はいはい。」
「地球の酒は…イイ…。」
「…そうですかね?」
「ああ、お前の様な地球暮らしの奴には、スペースノイドの悲しみは解らんだろうがな…。」
「はあ…。」
「コロニーで作られる酒なんてのは、ヒック…。合成酒か、農業プラントコロニーのやせ細った土地から作られる原料産の酒程度。それさえも、我々の様な一般兵士の口には入らんのだ…。ヒック…そこへいくと…地球の連中ってのは、こんなにも美味い酒を…。呑んで…。」
ヒック、ヒックと言いながら、ジオン兵は既に酩酊状態に近い。
「ジオンのダンナ、しっかりしてくださいよ?」
「だいじょーうーぶだぁぁっっ〜」
赤ら顔で兵が叫ぶ。
「それより…、持ち帰り分は出来たのか?おお?」
厨房に向かって、ジオン兵が叫ぶ。
奥では、女将が必死に鍋と格闘していた。
「へへ、ダンナ、もうすぐ、出来ますからね〜。もうちょっと、呑んでて…。ええ、次、空けます?何でもいいですよ?接収されたんですからね。」
調子の良い事をいいながら、ファルコニアは次々とウィスキーのボトルをカウンターに並べて見せる。
厨房からは、女将が凄い視線で睨み付けている。
「ところで…ジオンのダンナ…?」
オーストラリア産のワインボトルを開けながら、ファルコニアはジオン兵のグラスに注いで回る。
「なんだぁ?」
御機嫌でジオン兵もグラスを飲み干す。
「おお…こりゃあ…良いワインだなぁ…。地球ってのは…ヒック…。」
「はいはい、良いワインでしょ?地球産の原材料ですからね。」
調子を合わせて、ファルコニアはヘラヘラと笑う。
「きさま〜ヘラヘラわらうな〜」
ジオン兵はすっかり酔いが廻っているらしい。
「いえね…先程、衛星回線で聞いたんですがね…。なんでも、ザビ家の末弟がお亡くなりになったそうじゃないですか?」
ファルコニアは思い切って、話題を情報収集に切り換えてみる。
「貴様!何故、その様な、機密を!?」
酔ったジオン兵は突然、立ち上がる。
「…ダンナ、機密って…。衛星回線でギレン総帥が演説してましたよ?」
苦笑しながら、ファルコニアは囁く。
無論、小さな漁村には衛星回線による映像配信を受信出来る設備などはありもしなかった。
「…そうか…。そうだったな。高貴なるザビ家末弟が…ヒック…連邦の手に…。残念である。」
酔ったジオン兵はファルコニアの嘘にも気付かず、うっとりとした口調で語り始める。
「ガルマ…ザビ…閣下には、俺も地球降下作戦の折に拝謁願ったが…ヒック。誠に御立派な御大将であった…。若く、部下思いでヒック…。」
ファルコニアは何も言わずにじっと聞き耳をたてる。
「しかし…こんな事になろうとは…。ヒック、誠に、まことに…。」
そう言いながら、兵は更にワインをグビグビと煽る。
「で、ダンナ?ダンナ方はまた、何でこんな辺鄙な所に?」
思い切って、ファルコニアは核心を突いてみる。
「…馬鹿野郎…。軍の機密を話せるかぁ…。だがな…。ヒック」
「へい…。」
ファルコニアはゆっくりと、ジオン兵の口許に耳を寄せていく。
絶妙なタイミングであった。
「お前には教えてやろう…奢って貰ったしな…へへ。我々はキャリフォルニアベースからの特務部隊を運搬中だったのだ…。南極までな。南極で何やら連邦の機密作戦が発動中らしくてな…。」
「へぇぇ?連邦の機密…ですか?」
「おうよ、詳しくは教えられんぞぉ!まぁ、お前は田舎のバーテンだからな、特別に教えてやってるんだ。どうだ?凄いだろう?」
「いや、ホント、凄いですな。へへ。」
「ところが、だ。潜行中に我々の艦に故障しちまって、だなぁ…。仕方無く、こんな田舎の村を接収した、という訳だ。ヒック。」
「潜行中って事は…ダンナ方は潜水艦部隊ですか…?」
「お、お前、中々、鋭いな…ヒック。まぁ、そういうこった。修理も捗らんのでな…こんなちっぽけな村に居るって事だ。しかし、特務隊の奴らがまた…威張りくさった連中でな…。」
「へぇ…?」
「隊長ってのは、立派な人物なんだが…。部下の出来が良くない…。特に、あの…なんていったか…。…ガルシア…そうだ、ガルシアだ…。って若造は口の聞き方もしらねぇ野郎でな…。サブマリナーの俺達を自分と同等だと思ってやがる…アレじゃあ、ダメだ。」
「はあ…?」
やたら愚痴っぽいジオン兵に少々、呆れながらもじっとファルコニアは耳を傾ける。
「どうも、MS乗りってのは…。しかし、あの隊長は立派だ。なぁ?」
ジオン兵は周りの兵達に同意を促す。
周りの連中もうんうんと赤ら顔で頷くばかりだ。
「シュタイナー…って言ったか?あの隊長?我々の艦が故障するや、特務隊権限で、補給隊の緊急要請を出してくれてな…。自分達は作戦があるからと、キャリフォルニアベースの潜水艦隊に別動要請を出して、そっちの艦でいっちまったんだが…。」
「へええ…。出来た隊長さんなんですねぇ…。で、ダンナ方は補給隊ってぇのが、来なさると、この村から撤収して頂けるんで?」
「おい、バーテン、なんだその言い方は?我々が邪魔だとでも言うのか?」
「あ、いえ、そういう訳じゅあ…。まぁ、接収といわず、お客で来て頂けると歓迎なんですがね。」
少々の皮肉を交えてファルコニアはへへ。と笑う。
「まあ、良い。貴様の様にヘラヘラした男ならば、別にどうとも思わん。ヒック…。ところが、だ。出動要請した補給隊ってぇのが…。」
「へぇ。」
「何を勘違いしたのか、特務隊の方を追いかけていっちまった…。」
「ありゃ。」
ファルコニアは驚いた様子で目を丸くしてみせる。
「と言う事で、我々の方は当分、動けなくなった、と言う訳だ。どうだ?嬉しかろう?」
酒臭い息をはぁぁとジオン兵は吐いて見せる。
ファルコニアは幾分、顔をしかめながらもへへ。と愛想笑いを浮かべて見せる。
「ところが、だ。」
ジオン兵が突然、声のトーンを変える。
「昨晩、歩哨を兼ねて、パトロールに出たモビルスーツが姿を消してしまったのだ…。」
「…!」
「残念ながら、未だ見つかってなくてな…。おい、バーテン。」
「はあ?」
「お前、モビルスーツを見なかったか?なーんてな。」
ガハハハハと下品な笑い声でジオン兵達が笑い合う。
ファルコニアもガハハと同調しながら、笑い、付け加えた。
「見つかったら、お届けにあがりますよ。ジオンのダンナ…。」
それから暫くして、厨房から女将の声が小さく聞こえた。
「ベイル、出来たよ…さっさと持たせて、追い出しておくれよっ!」
大むくれにむくれて、女将は調理された食事を並べた。
「ったく…毒でも盛ってやりたいよ…。」
その言葉にファルコニアはニヤニヤと笑った。
「マダム、それは次回にしましょうや。」
結局、ファルコニアが用意された食事の皿をジオンの車両に積込み、店内に戻った時、5人のジオン兵は完全に酔い潰れていた。
ペラペラとお喋りな兵の肩を揺すって、ファルコニアは耳打ちする。
「ダンナ、料理の用意が出来ましたぜ…。こんなんじゃ、運転は無理ですな…仕方ないですねぇ…。私でよけりゃあ、艦まで、お送りしますが…?」
ファルコニアの口許がついほころぶ。
13:「潜入!ユーコン99」
酩酊したジオン兵5人を装甲車に担ぎ込み、ファルコニアはドライバーズシートに乗り込んだ。
汗くさく、硝煙の香りが充満した戦闘車両特有の匂いが鼻を突く。
しかも、その匂いに、後部に放り込まれた5人のジオン兵の吐く、酒臭い息がもうもうとこもり車内の大気環境は最悪だった。
(…こいつぁ…。たまんねぇな…。)
そう、思いながらもファルコニアが車両を起動させる。
ドルルルルルルッ…
トルクの太さを物語るエンジン音を響かせて、車両は起動した。
ふと、ファルコニアはナビシートを見やる。
(…む?)
無造作に置かれたプラスチックファイルを取り上げると、パラパラとめくってみる。
(…こいつぁ…。艦の位置と村の地図…。こついつさえあれば…。)
GPSから打ち出されたと思われる用紙には村の地図がプリントされ、村長の家と雑貨屋、そして、酒場の位置に×印が書き込まれている。
ファルコニアはニヤリと笑うと、おもむろに車両を発進させた。
「…アレか。」
村の東側の海岸だった。
岩場に隠れる様にサブマリンが停泊している。
(…ユーコン99…。搭載MSは5機前後…)
だが、と思う。
(特務隊…小隊規模として、3機はマイナスと考えていい…。1機は昨晩の奴。残るは…1〜2機…チョロいか?)
ゆっくりと、周辺を見回しながら、車両を艦に近づける。
全高18m前後のMSを直立搭載出来る艦である。
一般的なジオン潜水艦とはいえ、かなり大きいものである。
(これだけの艦でスタッフが20人前後…ジオンも人手不足って事か…。)
妙な感慨に耽りながらもその目は絶えず、キョロキョロと周辺の情報を求めていた。
暫く行くと、小銃を構えたジオン兵が2名、浜辺に立っていた。
おもむろに兵は”止まれ”のジェスチャーを送る。
ファルコニアは用心深く、車両を止めた。
「なんだぁ!?貴様!?」
ジオン兵はファルコニアの顔を見るなり、怒鳴りつけてくる。
ファルコニアは再び、ぎこちない笑顔を作りながら答える。
「いえね、ワタシャ、ベイルっていう酒場のバーテンでしてね。先程、こちらの兵隊さんが、ウチに来られまして…。料理を用意しろって仰るもんですから…。」
「…食事か?」
「はい。」
「で、先遣隊はどうした?」
「ああ、ウチで楽しくヤッテらっしゃいまして…そのぉ…。運転も出来ない程で…。」
「…ちっ、しょうがないな…小隊長殿も…。」
2人の兵は顔を見合わせて、苦々しく笑う。
やがて、一人が車両の後部ハッチを開け、料理を確認する。
「おっ…蟹に…サーモンか…。どれ。」
行儀悪く、つまみ食いしながら、片手を振って見せる。
「味は…悪くない様だ…。」
もう一人の兵も後部ハッチに廻り、パクリと料理を摘んでみる。
「間違い無い様だな…。」
そう言うと、ドライバーズハッチに廻り、ファルコニアに耳打ちする。
「おい、お前の所は良い酒があるのか?」
ファルコニアはニンマリと笑って囁き返す。
「もう、地球の酒は最高ですよ…。」
すると、兵は満面の笑顔を浮かべて言った。
「今度は俺達が上陸予定なんだ。その時は…頼むぞ。」
「へい。」
ファルコニアも愛想良く返事を返した。
「行ってよし!」
二人の兵が同時に叫んだ。
ファルコニアはゆっくりと車両を進めると、潜水艦の上部マシンハッチに続く桟橋を渡る。
艦のハッチ開放されたままになっており、車両はハッチ内のエレベーターに乗る。
暫くして、エレベーターの可動音と共に、軍車両を乗せたエレベーターが降下を開始する。
ブゥゥゥゥゥ〜ン…
ファルコニアは落ち着きを払って、周囲を観察する。
(…ジオン艦にしては…随分、キッチリした作りじゃねぇか…)
それもその筈だった。
ジオン軍は地球降下作成開始後、北米大陸のキャリフォルニアベースを連邦軍から奪い取ると、基地に蓄積されていた潜水艦技術及び造船ドックの類を全て接収し、海洋部隊の設立を実施していた。
この艦もキャリフォルニアベースで建造された艦の一つに違いなかった。
やがて、エレベーターの駆動ワイヤーに制動が掛かり、降下スピードが格段に落ちた事は車内にいたファルコニアにも感ぜられた。
エレベーターは巨大な艦内MSハンガーらしき場所に繋がっていた様だ。
眼前には広いハンガーが広がっている。
天井は無骨な鉄骨が組み合わされ、水銀灯がボンヤリと輝いている。
MS用ベッドがハンガーの両脇に設えられている。
「…ベッドは6つ…」
ぐるりと廻りを見回し、ファルコニアはおっ!と声を上げる。
奥のベッドには1体のMSがベッドに在った。
(MS−07B…グフ、か。)
鮮やかな蒼に染められた機体が暗いハンガー内で水銀灯に照らしだされ、鈍い光を放っている。
(この1体で全部かな?)
そう、ファルコニアが思った時だった。
車両に備えつけられた無線機からノイズまじりの音声が飛び込んだ。
『貴様、何をしておるか?』
慌てて、ファルコニアはレシーバーを取る。
「あ、いえ、いえね。食事を届けにきたんすが…。潜水艦の中ってのは勝手が…」
『…連絡のあった村の者か。そこから、右手前方に車両通路がある。そこに入れ。キョロキョロするな!』
「え?あ。はいはい。」
ファルコニアは素直に従った。
車両をゆっくりスタートさせると言われた通りに通路を進む。
ハンガーから別の倉庫に繋がる通路らしく、通常のフォークリフト程度なら優に3台は走れる広さがあった。
通路を抜けると、確かに別の倉庫らしき空間が広がっていた。
ジオン兵が2名、銃を構えている。
「止まれっ!」
ジオン兵が叫ぶ。
ファルコニアはゆっくりとブレーキを踏むと、車両を停止させた。
「貴様はここで、降りろ。」
いうや、ジオン兵が運転席のドアを開ける。
もう一人は油断無く、銃を構える。
「へい。」
ファルコニアはゆっくりと運転席から降りると、素直に両腕を上げた恰好で、車両の脇に立った。
一人の兵が車両に乗り込み、更に奥へと移動させる。
その車両を見送りながら、もう一人の兵がファルコニアを小突いた。
「おい、もう、行っていいぞ。」
「え?行っていいぞって、ダンナ、あっしはどうやって帰れば?」
「歩いて帰るなり、走って帰るなり、好きにしろ。」
「いや、そんなぁ…。せめて、送ってくれたって…」
「世の中はそんなに甘くない。貴様、長生きしたかったら、とっとと…」
ジオン兵は手にした小銃の銃口をファルコニアに突きつけようとした。
刹那!
「ぐおっ!?」
ファルコニアは渾身のブローがジオン兵の鳩尾に入る。
反射的に腹を押さえながら、崩れ落ちようとするジオン兵の後頭部に更にファルコニアは拳を叩き下ろす。
ジオン兵は完全に白目を向いて床に崩れた。
「…。人には親切にしておかないとな…。」
ファルコニアは気を失ったジオン兵の両足を担ぐと、ズルズルとハンガーの片隅へ引きずっていった。
「ベタベタかな…」
独り呟きながら、ファルコニアはジオン制服の上着を羽織った。
ヘルメットを目深に被り、小銃を肩に担ぐと、下着姿で横たわっているジオン兵を一瞥する。
「風邪、ひくなよ」
一言残して、ファルコニアはハンガーから通路に戻る。
艦の中は人影も無い。
やがて、彼は兵の私室が並ぶ居住ブロックに出た。
壁際にパイプフレームで組まれたベッドが3段、4段と天井まで高く積まれている。
ベッドの通路側には申し訳程度のカーテンが掛かっており、一般の兵士はここで休息を取る様である。
中には、カーテンが引かれたベッドもあり、中にはジオン兵の気配もある気がする。
ファルコニアはその中央通路を静かに通りすぎようとした。
その時だった。
「誰だ?」
酷くジオン訛りの強い言葉がカーテンの向こうから響く。
ビクリッ!としながら、ファルコニアはゆっくりと振り向く。
突然の事に何と答えたものかと考えながら、しどろもどろと答える。
「あ、あの…」
言いながら、ヘルメットの奥からゆっくりと声の方向を見やる。
果たしてそこには、デップリとした男がベッドの最上段からファルコニアを見下ろしていた。
「もう、交代らろか?」
男は酔っている様子で、舌が廻っていない。
ファルコニアはやや、安心した面持ちで言葉を返す。
「あ、いや…定時歩哨です。」
すると、男は怪訝な顔をする。
「ああ?定時歩哨…?誰がそんな事をしろと言った…?」
「は、あの、艦長命令で…」
恐る恐る言葉を返すファルコニア。
「…艦長命令…?艦長…?」
「は、はい…」
男の意外な反応にファルコニアはマズイ事を言ったかと、心臓が飛び出る思いだった。
すると、男は手にしたウイスキーボトルをグビリと煽る。
「そうか…俺が…そんな命令…だしたっけ…?まぁ、適当に切り上げろや…。」
うい〜と言いながら、男は再びベッドに横になる。
ファルコニアは呆気に取られた。
(こ、こいつが艦長だったのかよっ!しかし、脅かしやがる…ジオンもメタメタだな…。)
ファルコニアは小さく溜め息をつき、踵を返すと再び通路を進んだ。
薄暗い階段をゆっくりと降りていく、壁には常夜灯程度の灯がぼんやりと灯っている程度だ。
足元がヌルヌルと滑る感覚がある。
滑り落ちそうな足元に気をつかいながら、ゆっくりと降りていく。
やがて、ファルコニアの目に一人の見張りが目に入る。
(ここだ…)
ファルコニアは確信した。
薄暗い倉庫の様な場所に見張りが一人。
このシチュエーションは人質の監禁場所の雰囲気を醸し出している。
「何か用でありますか?」
若い見張りの兵は疑う様子も無く、手にした本を手近のテーブルにバサリと置くと立ち上がって、にこやかな笑顔を浮かべる。
「あ、ああ…。町から食事が届いたんでな。連絡に来た。」
ファルコニアは咄嗟に言った。
すると、若い見張りの兵が満面の笑顔を浮かべる。
「ええっ!?それをわざわざ、僕…いや、自分に、でありますか?」
「あ、ああ…。」
「あ、ありがとうございます。こんな、こんな事、初めてで…」
見張りの兵は今にも泣き出しそうな声を上げる。
「そ、そうだったか…?ま、まあ、早く、行けっ!みんな喰われちまうぞ。」
ファルコニアはポンポンと彼の肩を叩くと、顎をしゃくった。
「は、はいっ!ありがとうございます!」
青年兵はビシリっ!と敬礼を送ると、薄暗い階段を駆け上がって行った。
そんな後ろ姿を見ながら、ファルコニアは首を傾げる。
(…どうなってんだ…こりゃ…)
気を取り直すと、ファルコニアは倉庫のドアノブに手を掛けた。
キィィィ〜ッ
錆びついたヒンジが甲高い音をたてる。
ファルコニアは更に薄暗い部屋の中をゆっくりと覗き込んだ。
むっ…とする異臭が鼻を付く。
部屋の中で、何かが蠢いている。
「…だれだ…?」
ドスの効いた声が暗闇から響く。
ファルコニアも小さな声で返事を返す。
「ここに、居るのは村の男達なのか?」
「…」
返事は無い。
中に居る人物の視線が一気に己に集まる事をファルコニアは肌で感じた。
「ロックウェルの親父さんはいるのかい…?」
ファルコニアは反応を期待して質問を変えてみた。
すると…
「ロックウェル!?アンタ誰だい?ロックウェルは俺の息子だっ!俺の息子がどうしたんだっ!?」
暗闇の奥から、ガッシリとした体格の男が床を這いずり出てくる。
男は両手・両足を拘束され、身動きが出来ない状態であった。
通路から入り込む少しばかりの灯で中の様子がやっと窺い知る事が出来た。
その場はまさに地獄であった。
男が20人ほど、全員が拘束され、床に転がっている。
床は男達の汚物にまみれ、そのなかで芋虫の様にモゾモゾと蠢いているのだ。
そんな汚物まみれの床の上をロックウェルの父は這いずってきた。
頭を動かす度に口もとに液体が入り込む。
「アンタ、誰なんだっ!?何故、俺の息子を…!?」
ロックウェルの父親の必死の形相でファルコニアを見上げた。
「落ち着け。俺は村から来た。アンタの息子にアンタを助けてほしいと頼まれたモンだ。安心してくれ。」
「…」
男達の間にどよめきが沸き起こる。
「アンタ達を今すぐにでも助け出したい…。だが、この人数を一度に出すのは到底、無理な様だな…。」
ファルコニアは辺りを見回して言った。
男達から溜め息が洩れる。
「…早く、助けてくれ。このままじゃ、全員死んじまう…」
ロックウェルの父親が声を振り絞る。
「ああ。この状況じゃ、確かにヤバイな…。」
ファルコニアは再び、汚物の中でのたうつ男達の姿を見回した。
「いいか。俺にアイデアがある。直ぐに助けてやるから、もう少し辛抱してくれ。ここには全員で何人が捕まっているんだ?」
「…23人だ…。」
ロックウェルの父親が答える。
「よし…23人だな。他に、この艦の兵士の数なんかは解るか?」
ファルコニアは身を屈めて、訊ねた。
「いや…解らん…。乗っていた漁船をいきなりMSに襲われて、そのまま曳航された。艦に乗り移る時には目隠しだったからな…。」
「そうか…。」
「ま、待て…。アンタ、本当にジオン兵じゃないのかい?」
別の男が声を絞り出す。
「ホントは、ジオン側の人間で、俺達を安心させて…。」
男の言葉にファルコニアは苦笑した。
「安心させて、どうするってんだよ。アンタ達がそんなに重要な情報を持っているとは思わんがね…?」
そう言うと、ファルコニアは立ち上がった。
「とにかく、だ。もう暫くの辛抱だ。なんとか、助け出す手段を講じるから希望を持って、辛抱していてくれ。」
男達の中で安堵の溜め息と、今すぐに外に出たいという溜め息が洩れる。
そんな様子にファルコニアはやるせない気持ちになる。
その時だった。
「あ、あの…何を?」
声はファルコニアの背後からだった。
ビクリとファルコニアは後ろを振り向いた。
背後に立っていたのは先程の見張りの青年兵であった。
青年は目元を張らせ、口許には血が滲んでいる。
「ど、どうしたんだ?」
ファルコニアは声を掛けられた事よりも、青年の姿に驚いた。
青年は口許を拭い、じっと、ファルコニアを見つめた。
「食堂に行ったら…、上官殿に…殴られたんです…。」
その瞳は怒りと悲しみを湛え、じっとファルコニアを見据える。
「殴られた…・また…なんで…?」
「あ、貴方のセイでしょう?アナタが…いえ、貴官が飯が喰えるって言うから…。」
「喰えなかったのか?」
「喰えなかったのか?じゃ無いですよっ!アナタだって、私の事、馬鹿にしてあんな嘘を…。いや、罠ですよね!?そうやって自分を…。自分を虐げて…。」
「…?」
青年は完全に我を忘れていた。
「そりゃあ、補給艦が南極に向かってしまったのは、私の連絡ミスです。でも、だからってこんな…。酷いじゃないですかっ!」
(…そう言う事か。コイツがミスって…。)
ファルコニアは即座に理解した。
この地でトラブッた特命艦の救援部隊は連絡ミスから他の部隊を追って行ってしまった。
よって、この潜水艦部隊は補給を絶たれて、村の接収に掛かったのだ。
結果、男達は捕虜とされ…。
そう、理解した時、ファルコニアは目の前にいる青年兵になんの同情も寄せる気を無くした。
「そうか…そう言う事か。」
ファルコニアの言葉に青年兵は怪訝な顔をする。
「まあ、自分のミスは自分で償うんだな…。俺は同情なんかしないし、お前が気の毒だとは思わんよ。」
「…」
黙り込む青年兵。
ファルコニアは胸のポケットに入っていた手帳を取り出すと、サラサラとメモを書き綴った。
そして…。
「おいっ!」
青年兵の胸ぐらを掴むと、グイと顔を近づける。
「このクズ野郎。お前より気の毒な人達がここに居る。お前には責任を取ってもらうぜ?」
言うや、ファルコニアは書いたメモを青年兵の胸元に押し込んだ。
何が起こったのか、理解出来ない青年兵はポカンと口を開けたまま、ファルコニアの顔を見つめる。
「いいか、この部屋から出られたら、このメモを艦長に渡せ。いいな?」
そう言うと、ファルコニアはドンっ!と暗がりの部屋に青年兵を突き飛ばした。
「う、うわぁ…。」
汚物にまみれた床に青年兵が転がり込む。
中にいた男達は一気に青年兵の上にのしかかる様に襲いかかった。
その様子にファルコニアが言葉を掛ける。
「流石はみんな海の男だぜ。俺は、必ず、アンタ達を助けにくるからな。俺がこの艦を抜けるまでの間、その馬鹿な小僧の相手をしてやってくれ!」
そう言うと、ファルコニアはロックウェルの父親の耳元に再びしゃがみ込んで囁いた。
「今、俺の手元にはジオン兵の捕虜がいる。ソレを切り札にあんた達の開放をジオン側に交渉する。だから、もう少しだけ我慢してくれ。」
そう言うと、ロックウェルの父親が黙って頷いた。
「じゃあ、たのんだぜ!」
ファルコニアは捕虜の部屋を出ると、元来た通路を駆け抜けた。
潜入した艦から脱出するのに、大した手間は掛からなかった。
将校達は食道に届けられた食事に夢中であったし、残りの兵達も早く、自分も相伴に預かりたいと気も漫ろであった。
見慣れない顔の兵が「先遣隊を迎えに行って来る」と言って、車両で出て行っても、別段、ナニを気にする訳でも無かった。
ファルコニアは村へ通じる道を外れると、ロックウェルと出会った浜辺に向かった。
14:「伝令」
ファルコニアは浜辺に到着すると、車両をMSの隠してある洞穴に横付けした。
そっと洞穴に入ると、手にした懐中電灯の明りを灯した。
暫く歩くと、巨大な機影が小さな明りの中に照らし出される。
ファルコニアが昨晩、撃破したズゴックである。
ズゴックは片膝をつく姿勢でその右腕の爪が洞穴の地面に深々と突きたてられている。
そして、爪に括り付けられたロープにはジオン兵5人が縛りつけられていた。
5人は今だ、眠りから覚めないらしく、高いびきをかいている。
ファルコニアは苦笑いをしながら、ズゴックの足元に設えられたスイッチパネルを開けると中のレバーを回した。
カチッという機械音に続いて、コクピットハッチが開き、搭乗用のワイヤーが降りて来る。
三角形の形をしたフットリングに足を掛けると、ワイヤーはパイロットをコクピットへと誘う。
ファルコニアはコクピットに納まると、手慣れた操作で起動操作を行う。
ブゥゥゥーン。
電気系統の励磁音と共に、正面のスクリーンモニターが正面の景色を映し出す。
ファルコニアはズゴックを起動させると、右腕をそっと持ち上げ、爪の先にぶら下がった5人の兵隊にモノアイを向けた。
5人は己の置かれた状態にも気付かずに眠りこけている。
ファルコニアは少々呆れてしまった。
ゆっくりとズゴックの歩を進めるとそのまま、洞穴を出る。
洞穴の前に止められた車両の脇に立つと彼は5人の兵士を車両脇にそっと下ろす。
とは言っても、生身の人間にとってはかなりの衝撃だ。
「うううん」と、小隊長殿が目を覚ました。
彼はアルコール漬けになった頭脳で、ただボンヤリと宙を凝視していた。
が、しかし、見慣れない風景と聞き慣れた機械音にふっと自我を取り戻した。
彼の眼前にそびえ立つ一台のモビルスーツ。
それは、自軍の水陸両用のモビルスーツだ。
「?」
だが、まだ彼は全てを理解しきってはいない。
昨晩から行方不明であったMSが自分の目前に立っている。
これは、どういう事なのか?
自分は村の酒場で美味い酒を楽しんでいた。
ちょっと生意気だが、接待上手なバーテンを相手に…。
(うん…?俺は…酔いながら、MS捜索でもしてたのか…?それで、このMSを発見した…?)
彼の功名心を刺激する物体が目の前にある事を理解してから、彼は急速に自我を取り戻した。
(そうか!?俺は酔いながらもMSを見つけ出したんだな!これは…凄いぞ!これは昇進ものだっ!)
だが、と彼は思った。
(何故、身体が動かん?)
隣を見れば、部下達が高いびきで眠りこけている。
両手は後ろ手に縛られ、5人は円を書く様に繋がれていた。
(!?)
ふと、ズゴックを見上げた途端だった。
コクピットハッチがパカリと開き、ワイヤーで一人の男が降りて来る。
(…!?)
どこかで見た顔。
そう、あのバーテンだ。
「よお!お目覚めかい?」
バーテンは何故かジオン軍の制服に身を包んで、自分を見下ろして居る。
「こ、ここは、何処だっ?」
隊長は必死に身体を揺すらせて身体の自由を奪っているロープを緩めようとした。
「無駄だよ。おっさん。」
バーテンがハハハと笑いながら、ワイヤーに捕まって降りて来る。
隊長はそんなファルコニアに精一杯の虚勢をはって睨み付ける。
「貴様、こんな事をしてどうなるか解っているのだろうな…?」
なおも身体をモジモジとさせながら、隊長は吐き捨てる様に言った。
だが、バーテンは不敵な笑みを浮かべるだけだった。
「覚えておこう、隊長さん。しかし、アンタらが無事に生きて帰れればの話だ。」
「なんだとぉ?」
バーテンのセリフに隊長はムッとする。
「貴様、何者だ?」
改めて問う。
すると、バーテンはジオンの制服を脱ぎ捨てた。
「…そうだな。正義の味方、とでも言っておくか。
「ふざけるな!」
ジオンの制服の下には普通のフィッシャーマンズセーターを身につけている。
どう見ても、只の町男だ。
バーテンはそれ以上の問答は必要無いとばかりに腰に吊るしたホルスターから拳銃を取り出す。
「隊長さんよ。他の連中を起こしな。起こしたら、全員で仲良く、その車に乗り込むんだ。」
バーテンが顎をしゃくる。
その先には見慣れた自軍の車両が停車してある。
「クソっ…不覚…。だが、貴様、我々をどうしようと言うのだ?」
隊長は両脇の兵隊を小突きながらもファルコニアから視線を外さなかった。
「アンタ達は捕虜なんだよ。村人と交換する為のな。」
「くっ…そう、そう上手く行くと思うな。我々ジオン軍は誇り高き軍隊だ。」
「その誇り高い軍隊が無抵抗の村人を捕縛して、村を蹂躪するのか?笑わせるな。」
ファルコニアの言葉に隊長はグッと言葉に詰まるも、その目は爛々とファルコニアを睨み付ける。
「我々を捕虜にしたからと言って、取引に応じると思っているのか?」
「いいや。」
ファルコニアはあっさりと否定した。
「アンタ達の艦の内情については、大体、予想はついてるよ。あの艦長は取引には応じない。」
そう、言われて隊長は戸惑い見せる。
「…何故、そう思う?」
「呑兵衛の艦長だ。艦内の規律、組織はメタメタ。牢番の若い奴はちょっとのミスで私刑状態。こんな軍隊じゃ、部隊内の士気なんてのは無いに等しい。食事も満足に取れない軍隊で、5人も捕虜になってりゃ、その方が有り難いハズだ。」
「な、なんだと…?」
「アンタ達の部隊は実質、作戦遂行上には必要ない部隊となった。ならば、5人の捕虜なんざ、無視してたって、村人を捕虜にして村から食い物を要求してた方が得策だろうしな。つまり、アンタ達の上官はこの取引には応じんよ。」
「き、貴様…!?」
「どうだい?俺の読みは?中々、鋭いとはおもわんか?」
「な、ならば、その取引に我々をどうするつもりだ?」
「一応、道具として使わせてもらう。ただし、大した効果は期待していない。」
「…」
そこまで言われて、隊長は完全に黙り込んだ。
「さて、と。俺の読みが正しいかどうか、確かめに言ってみるかい?」
ファルコニアがニヤリと笑う。
「どういう事だ?」
隊長が絞り出す様ないらえを返す。
「さっき、アンタ達の船に潜り込ませてもらってな。牢番のアンチャンに艦長への言付てを預けてきた。」
「な、なんだと!?」
にわかには信じられないとばかりに隊長が答える。
「言伝てのは、こうだ。『5人の兵士は預かった。返して欲しければ、村人全員の身柄と交換を要求する。本日26:00に岬の突端で人質の交換を行いたい。要望が叶わぬ場合は、捕虜の命は保証しない。』とな。」
「…。」
「さーて、アンタ達の艦長は来ると思うかい?」
「…。」
「で、そろそろ約束の時間だ。確かめに行ってみようじゃねぇか。」
そう言うと、ファルコニアは再び、拳銃を隊長に向け、車に乗れと催促する。
隊長は廻りの兵士を叩き起こすと、数珠つなぎのまま、荷台に転がり込んだ。
そんな様子をニヤニヤとファルコニアが眺める。
その時だった。
洞穴の方から近づく影が一つ。
ファルコニアは鋭く、影に気付く。
「誰だ?」
ファルコニアはすかさず、人影に向かって叫んだ。
「あ、あの…僕です。ロックウェルです…。」
影が両手を上げて返事をする。
「ロックウェル?お前、ナニやってんだ?」
ファルコニアはロックウェルの姿を認めると、銃口を下ろす。
「あ、あの…ファルコンさんが帰ってこないので…多分、ここかと…。」
「…ガキは寝てる時間だっ!」
ファルコニアが怒鳴りつけるとロックウェルは身体を竦ませる。
「ごめんなさい!ごめんなさい!!」
「おっかさんが、心配するだろうがっ!」
泣き出しそうな少年の肩に手をおくと、ファルコニアは声のトーンを落とす。
「オヤジさんはもうすぐ帰って来るぜ。」
その言葉に少年は俯いた顔を上げる。
「ほ、本当ですか?」
「ああ。だから、お前はおっかさんの所にいてやれ…。」
「は、はい…。」
踵を返そうとする少年の横顔を見て、ファルコニアはふと声を掛ける。
「ロックウェル…。」
「は、はい?」
ファルコニアの突然の呼びかけに少年は振り返った。
「すこうしだけ、手伝って貰えるか?」
ファルコニアのの言葉にロックウェルは笑みを浮かべた。
「やはりな…。」
車両に積んであった双眼鏡を覗き込み、ファルコニアは首を振った。
岬を望む小高い丘に停車させたジオン車両から、周辺の様子を窺ってみる。
「アンタ達の呑兵衛艦長は取引に応じない様だな…。」
足元にうずくまるジオン兵を見下ろしながら、ファルコニアは呟いた。
「くそっ…。」
隊長は予想はしていても、現実を目の当たりにすると、呪いの言葉を吐く。
「どうする気だ?俺達の死体でも送りつけるか?そうすれば、取引は完全に出来なくなるぞ?」
精一杯の強がりで隊長はハハハと笑う。
既に自暴自棄にすらなっている様であった。
「手は、あるさ。」
ファルコニアは別に、気にしていないとばかりに双眼鏡を再び覗き込みながら、返事を返す。
運転席に座るロックウェルが「どうするんです?」とファルコニアを見上げる。
「隊長さんよお。アンタ達の内、一人を開放してやるよ。」
ファルコニアの言葉に隊長は無言でファルコニアを見上げる。
「隊長以外で一人。誰が行くんだ?さっさとキメてくれ。」
「どうするつもりだ?」
「伝令になってもらう。伝言はこうだ。『取引に応じるつもりは無い事は了解した。こちらとしては次の手段に移行する。27:00を持って貴艦に攻撃を開始させて頂く。艦の撃沈に備え、人質及び、乗組員の撤収準備を開始せよ』だ。」
ファルコニアの言葉にジオン兵全員が目を剥いた。
隊長が思わず声を上げる。
「き、貴様!?そ、それは…!まさか…!?」
「アンタ達からイイモノを頂いたからなぁ。」
ファルコニアは傍らにたたずむズゴックを見上げた。
「アンタが、艦についたら、さっさと報告しなよ?嫌でも俺は時間通りに攻撃するからな。」
一人のジオン兵が縄を解かれ、隊長の視線を投げかけている。
隊長は言う通りにしろとばかりにかぶりを振る。
「時間はあと30分少々…。足に自身はあるのかい?」
ジオン兵はファルコニアを睨み付けながら、ウンと頷く。
「伝言は心得たな?じゃあ、出発だ!」
ファルコニアがジオン兵の足元に拳銃を一発撃ち込む。
闇夜に轟音が響きわたる。
ジオン兵は「ひぃぃっ」と一声上げると、必死に走り出した。
その後ろ姿を見送るとファルコニアはクルリと残ったジオン兵を振り返る。
「さて、次の場所に移動するぜ。」
ファルコニアはジオン兵4人が車両に乗り込むのを見届けると、ロックウェルに車を発進させた。
やがて、ジオン兵を積込んだロックウェルの運転する車両とファルコニアの操るズゴックはジオンの潜水艦を視認出来る場所まで移動した。
ファルコニアは予めロックウェルと申し合わせていた無線バンドで通信を開始する。
「どうだ?ロックウェル。艦に動きはあるか?」
『…まだです。まだ、何も…。』
「ジオンのおじちゃん達はおとなしくしているか?」
『…はい。荷台のフックにロープを括り付けてありますから…。』
「拳銃は身体から離すな。何か怪しい動きをしたら撃てよ。手足程度なら死にはしないからな。」
『…はい。そう、簡単じゃないですけど…。僕も男です…。』
「そうだ。父さんを助け出すまでは気を抜くなよ。」
『…はい。あ、艦のブリッジに灯が入りました。』
ロックウェルが高揚した声で報告する。
「よし、伝令が無事に着いたな。」
ファルコニアはズゴックのコンソールを操作すると半身を立ち上げた。
近くの森林に身を隠しているズゴックのモノアイが輝く。
「ロックウェル、桟橋のあたりを観察していろ。オヤジさん達が出て来たら、報告しろよ。」
『…はい。今、桟橋からは…数人の兵士が出入りしています…。それから、艦橋のレーダーらしきものが回り始めました…。』
「ちっ…索敵を始めやがったか…。トコトンやる気なのかな…?」
『あ、ファルコンさん、艦の中央のハッチが開き始めましたよ!MSが見えます!』
「ナニ?奴ら徹底抗戦の構えか?思った以上に骨がある艦長って事か…。」
『大丈夫ですか?どうします?』
ロックウェルの声に動揺が混じる。
「ここまで、きたんだ。後はヤルしかねぇよ。」
『そうですね…。』
「ロックウェル、俺は予定通り、攻撃を開始する。お前は逐一、状況を報告しろ。それから、くれぐれも後ろのオッサン達には気を付けろよ。」
ファルコニアはそう言い残すと、ズゴックを起動させ海岸線に歩を進める。
『はい。大丈夫です。』
ロックウェルは気丈にそう答えると、ふっと後ろの荷台を振り返る。
ジオン兵4人はじっと艦の方を見つめている。
ロックウェルはぐっと左手の拳銃のグリップを汗ばむ手で握り直した。
15:「ズゴック進軍」
コーン…
コーン…
ひっきりなしに潜水艦から放たれるビーコン波の音響がコクピットに響く。
「うるせぇな…。」
ファルコニアは不機嫌に呟きながら、チョロチョロと水漏れを起こしているハッチの隙間に目をやった。
「ハッチの変形は直したつもりでも、やっぱり水漏れは防げねぇな…。」
自らの攻撃で変形させてしまったコクピットハッチだから、文句を行っても仕方が無い。
だが、精密機器に囲まれたコクピットに流入する海水、などというのは、不安材料になるばかりだ。
「これ以上、水圧掛けるとダメかもな…。」
そう、言いながらも、レーダーレンジを切り換えてみる。
前方にクッキリと潜水艦を示すブリップが点滅している。
しかも、表示は「友軍」だ。
「そろそろ、来る頃か…?」
そう、呟いた矢先だった。
フィーン!フィーン!
ロックオンされた事を示すアラームが鳴り響く。
「来たな!」
ファルコニアはすかさず、相手までの距離を計測させる。
距離2000。
頭部魚雷の射程には充分だ。
「おらっ!」
頭部8門の魚雷発射管の管番号を指定し、トリガーを引く。
が、機体は何の反応も示さない。
「おろっ?」
ズゴックの反応にファルコニアは一瞬戸惑った。
レーダーに4発の相手魚雷が示される。
「おいおい!どうなってんだ!?」
と呟いてから、ファルコニアは苦笑いした。
「識別が友軍じゃ、攻撃はできんですわな…。」
独り呟くと、コンソールを叩き、識別信号を変更する。
「えーと…。取り敢えず、『0078 ジオン所属
/実戦テスト機』にしとくか…。」
と、レーダーレンジの艦表示が「友軍/テスト目標」と切り換わる。
「よーしよし!いい子だ。」
再び、敵艦をロックすると、魚雷管発射口を1〜5と指定しトリガーをひいた。
パッシュー!
パッシュー!
と軽い圧搾空気の振動を伝えながら、魚雷が駆けていのが、モニターの隅に映り込む。
「と、回避もせんとな…。」
呟きながら、機の姿勢を捻り込む。
水中の抵抗は航空機よりも強く感じられ、機体はググッ!と回転を開始する。
バシュー!
バシュー!
バシュー!
バシュー!
4発の魚雷がズゴックの傍らをすり抜けて行く。
「巧いもんだろ!?」
自画自賛しながら、ファルコニアは更に加速すると、ユーコンに迫った。
『ファルコンさんっ!聞こえます?敵の機銃が…!』
ロックウェルの声が響く。
「対魚雷弾幕だ!それより、オヤジさん達は!?」
『…まだです!まだ出て来ません!!あーっ!!?』
ロックウェルの悲痛な叫びが響く。
「どうした?」
『潜水艦の艦体に水柱が!』
「俺の魚雷が命中したんだっ!」
『父さんが乗っているんですよ!』
「オヤジさん達は艦尾に収容されているっ!大丈夫だっ!」
『…大丈夫なんですね!?』
ロックウェルが叫ぶ。
「ああ、安心しろっ!その辺はわきまえているさっ!」
そう叫びながら、ファルコニアは更にユーコンに迫る。
ユーコンは更に4発の魚雷を放つ。
ユーコンとズゴックの距離は既に500m程度。
この距離で爆発すれば、ユーコン自身も巻き込まれる距離の筈だった。
「刺し違えるつもりなのか?」
流石にファルコニアも動揺する。
彼はズゴックの姿勢を変えると、両腕のビーム砲を迫り来る魚雷にロックした。
プシュッ!
プシュッ!
ピンクに輝くビーム砲が海中を進む。
見事に二発の魚雷を貫くと、魚雷はその場で爆発する。
ユーコンの船体が大きく揺らぐ。
だが、残りの2発は更にファルコニアのズゴックに迫る。
だが、ファルコニアは冷静だった。
撃ち抜いた2発の魚雷は自機の軸線上であったが、後の2発は大きく外れている。
「なろっ!」
言いながら、2発の魚雷がすり抜けて行く事を見届けようとした。
その時だった。
ドォォォォォ〜ンッ!
ドォォォォォ〜ンッ!!
くぐもった爆音と共に、魚雷が爆発した。
「ぬおっ!?距離固定信管かっ!」
凄まじい爆圧に、ズゴックが海中深くに押し込まれる。
メキッ!
ひずんだハッチが大きく変形する。
(も、もたんかっ!?)
変形するハッチを目前にしてファルコニアの脳裏に嫌な考えがよぎる。
次の瞬間、一気にコクピット内に海中がなだれ込んで来る。
だが、至近距離での爆発はユーコンの船体にも大きな衝撃を与えた。
爆圧は巨大なユーコンの艦首さえをも大きく持ち上げる程の威力であった。。
『ファルコンさんっ!大丈夫ですかっ!?』
ユーコンの艦首が海面から大きく隆起する様を見たロックウェルの叫びがコクピット内のファルコニアの耳をつんざく。
「だ、大丈夫じゃねぇけどな!このぉ!ヤられて、たまるかぁぁぁぁ〜」
ファルコニアは海水に沈み掛けるコクピットの足元に設置されたエアーボンベの樹脂配管を引きちぎると一気にバルブを開放した。
ブッシュー!!
耳障りなノイズと共に圧縮されたエアーが一気に気化する。
エアーはコクピット内の海水を押し出そうと働いた。
その刹那、ファルコニアはフットバーを力一杯踏み込んむ。
ズゴックのバーニアが一気に吹き上がり、機体をズンッと持ち上げる。
みるみるズゴックの機体は海面付近まで浮上すると、そのまま海中から、一気に海面に飛び出す。
ズバァァァァ〜ンッ!!
大量の水柱と共に躍り出たズゴックは更に空中にまで、そのズングリとした容姿を海面に映し出す。
大気に飛び出した瞬間、コクピット内の海水が吹き出された。
『おおっ!』というどよめきがズゴック内のスピーカーを通して、ファルコニアの耳にも届く。
それは、鯨が海面から飛び上がる様な光景にロックウェルと背後のジオン兵から沸き上がるどよめきであった。
ファルコニアは内心、得意気になりニヤニヤとしながらも、次の動作に移行する。
「どりゃぁぁぁぁ〜」
ファルコニアのズゴックは空中を突進すると、一気にユーコンに取りつく。
先程までは18mに近い巨体が宙を舞えば、『鯨の様な』という形容であったが、巨大な艦体に取りつくズゴックはさながら、牛にたかる蠅の様でさえあった。
それほどに水中母艦は巨体であった。
ファルコニアは艦に取りつく刹那、左の鉤詰めを艦に食い込ませた。
左腕で機を支えながら、右の鉤詰めをブスブスと艦に突きたてる。
流石に、深海を突き進む潜水艦だけに、ズゴックの一撃で穴の開く様な華奢な装甲ではなかったが、それでも2度、3度と攻撃を加えると鉄板は大きくひしゃげ、やがて大口を開けた。
ファルコニアは穴の空いた所から右腕を突っ込むと、容赦なくビーム砲を乱射する。
ビームは艦内部の設備を刺し貫いて行く。
だが、ユーコンの方も黙って見ているだけではなかった。
ファルコニアが攻撃を開始すると即座に側面の機雷投下孔が口を開く。
(馬鹿な!?自滅するだけだぞ!?)
ファルコニアは敵軍の行動に目を疑い、機雷投下は無いとタカをくくった。
だが…。
バシャーン!
バシャーン!
次々とファルコニアのズゴックのすぐ脇を機雷が海中に投下されていく。
しかも、0距離爆破。
海面付近で信管が動作し、最初の爆発が起きると次々と付近の機雷に誘爆していく。
紅蓮の炎に包まれたズゴックはその突きたてた左爪を艦体より引き抜いた。
(冗談じゃねぇ…。なんて攻撃の仕方をしやがる…。あの艦長はよっぽどのアル中か、狂人だぜ…?)
ファルコニアは即座にズゴックを海中に沈めると周囲の爆炎をかいくぐる。
(正直言って、ここまでの反撃を受けるとは思わなかったな…。)
艦底表面は酷く焼けただれ、既に浸水を開始している所もある。
(確実にこの艦はこのまま沈む!と、すれば、この艦の連中は共に沈むつもりなのか?)
ファルコニアは艦から少し、距離を取ると、海面からひょっこりと頭部だけを出してみる。
炎が光を生み出し、黒煙がもうもうと巨大な艦を包み込む。
爆炎が艦体を照らしだし、海面はユラユラと不気味な影を映し出す。
(まだ、人質はあの中に?ちっ…この作戦は裏目に出たか…?)
ファルコニアが次の行動について思案をしていると、不意にロックウェルからの通信が入った。
『ファルコンさんっ!父さん達が、出て来た様です!!』
「ナニ!?ドコだ!?」
『桟橋の方、20、21…全員、いる様です。』
ロックウェルの嬉しそうな言葉に現状を確認しようとしたが、ズコックのいるほうとは艦を挟んで反対側の方だ。
ファルコニアはスーッと機体を艦尾の方に移動させた。
海面から様子を窺おうとしたその時だった。
コンソールの通信機がノイズまじりの音声を拾い上げる。
『…こちら…ユーコン隊の総責任者の…エンドーユ…だ…。今…この艦を攻撃…いる…ガガッ…に問う。』
『貴様の…は何か…。我々には…の…用意が…ある。即座に…して…ガガッ…願いたい…。』
16:「闇夜の烏と深海のウツボ」
「ああ?ナニいってんだか、わかんねーぞ!?」
ファルコニアは無線のチューニングを繰り返すが、いよいよノイズが強くなる。
「ちぃぃっ!ミノフスキー粒子を散布しやがったな!奴ら、徹底的にやる気か!?」
イライラとしながら、ファルコニアは海面から顔を覗かせると左右を窺ってみる。
艦尾の巨大なスクリューのペラにぶら下がる様な恰好で、ズゴックはそっと海面から上半身を突き出している。
ファルコニアは何とか見える桟橋付近に焦点を合わせて、モニター画像をズームさせる。
なるほど、確かに薄汚れて疲れ果てた様子の男達が団子状態で座り込んでいる。
その周辺には銃を構えた兵隊達がウロウロと周辺を窺っている。
さて、どうしたモンか。
ファルコニアは考え込んだ。
このまま、上陸し、強襲すれば、人質の生命が危ぶまれる。
敵の拠り所となる潜水艦を沈める事で相手の無条件降伏を引き出すつもりであったのだが、敵も中々に骨がある様だ。
この条件下においても、人質を開放するつもりは無いらしい。
さて…。
ファルコニアは思い切って、相手との回線を開く事にした。
なんとかして、人質の開放と敵部隊の撤収を勧告しなければ…。
ファルコニアは先程の周波数にチューニングを合わせると、手元のスイッチを入れた。
「…こちらはズゴック乗機の者だ。」
返事は無い。
「聞こえるか?ユーコン艦長!?こちらはズゴック乗機の者だ。」
『…聞こえる。貴様、何者か?』
急速に無線が回復する。
周囲のミノフスキー粒子が薄らいでいくのが、感覚的に解った。
しかし、この敵さんはこのごに及んでもこちらの素性を知りたいらしい。
ファルコニアは苦笑を浮かべる。
「俺の素性なんて、どうでもいい。アンタ達には勧告したハズだ。こちらの要求は人質の開放だ。」
『勧告…?何の事かね?貴君は突如として我が艦を奇襲した。許されざる暴挙だ。この突然の攻撃に我々は人質の生命確保に手間取った。その間に、当方には死傷者が出た事も事実だ。こうなった以上、我々も人質の生命に関しては保証出来かねるぞ?』
「ふざけるな!元はといえば、貴様等が素直に取引に応じなかった事に非が在るハズだ!いや、元々は人質をとる事自体が卑劣と言わずに、何と言うつもりだっ!?」
『…どうとでも言え。我々にも生きる権利はある。地球に降り立って、この様な辺境で野垂れ死にする訳にはイカンのだ。ならば、生き抜く為の手段を取ったまで。貴君にその様な物言いをされる筋合いは無い。』
「生きる為の手段…だと。小さな漁村の男達を人質にし、人間扱いもしない貴様等が、偉そうに言えた義理かっ!」
『ふはは。地球の僻地の人間には南極条約は適用されんわっ!』
「ふ、ふざけるのも、いい加減にしろよ!お前、本当に、あの呑兵衛艦長かっ!?」
ファルコニアの頭に一つの疑問が沸き起こった。
会話の相手が艦内で出会った艦長だとは到底思えない。
『ほほう?貴様、あの木偶の坊を知っているか?』
「何だと!?」
『私をあの馬鹿と一緒にするな!奴なら、始末した!貴様の攻撃に対する責任を取って貰った!!』
「お前、味方までも!?」
『ふははは。兵など、いくらでも替えは居る!必要なのは優秀な人類種のみだけなのだっ!』
「ザビ家の受け売りかっ!?お前はふざけ過ぎだっ!」
ファルコニアは怒りに任せて、水中から踊りでた!
飛び出すや、艦橋目掛けて、ビーム砲を発射する。
プシュ!
プシュ!
二筋の光の矢が艦橋を貫いた。
『馬鹿がっ!引っかかったな!!そこかぁぁ!!』
刹那、ファルコニアのズゴックの頭上に黒い影が舞い降りた。
月光を遮る巨大な影。
「ちいぃぃぃっ!!グフかっ!」
ズゴックの頭上を舞うMS−07−B『グフ』の腕にはオレンジ色に灼熱化するヒートサーベルがきらめく。
『名も知らぬ、愚か者よっ!死ねぇぇぇいっ!』
グフはそのサーベルを渾身の力で振り下ろす。
「うおおおお〜!!」
ファルコニアも即座に反応を示す。
半身を引き、右腕でグフのサーベルを受ける。
グズッ!
衝撃がコクピットに伝わる。
グフは更に、両腕を引き下ろし、一気にズゴックを切り裂こうとパワーを込める。
刹那、ファルコニアは引いた半身を一気に押し込み、残った左腕のクローをグフに向かって放つ。
が、ズゴックの一閃は空を切った。
グフはズゴックの右腕を切り落とすや、即座に後方に飛び去る。
「野郎!」
ファルコニアの口から呪いの言葉が吐き出される。
『貴様、面白いっ!』
グフのパイロットは一気に距離を詰めるべく、両腕に構えたヒートサーベルを腰だめに構えると、突進を開始する。
「うおおおおおっ〜〜〜」
ファルコニアも叫びながら、グフに向かって突進する。
交差する刹那、グフのサーベルが突き出される。
その間合いを見切る様に、ズゴックが上半身を捻り込む。
サーベルから放たれる熱がズゴックの機体表面のジリジリと焼く。
が、紙一重でサーベルを交わしたズゴックは残った左腕でグフ胴を抱え込むと、即座に右足でグフの足を払った。
『ぬおお!?』
グフはバランスを崩しながらも、ユーコンの艦尾まで突進を続ける。
転倒しそうな機体を御しながらも、脚部バーニアを吹かし、背部バーニアをアフターバーナーまでたたき込む。
結果、グフは宙を舞った。
宙を舞い、空中で姿勢を変えたグフは艦尾に接地する。
「お前、只者じゃねーな!?」
その機体の動きにファルコニアは戦慄を覚えた。
『ククク。貴様、面白い。こんなにMS戦闘に充実感を覚えるのは久しぶりだ…。』
「くそ。こんなMSじゃ、結構、キツイぜ…。」
ファルコニアはスッと足を引いた。
『貴様、逃げるか?』
「…バレたか。アンタとの決着は必ず、つけてやるからな。」
『…面白い。貴様の申し出、受けて立とう。』
「ならばっ!人質は開放しろっ!この艦が沈めば、人質も乗組員も拠り所は無くなる筈だっ!」
『人質がいれば、村は好きに出来る…。我々にはそれ位の余力は残っている…。』
「…何処までも卑怯な奴なんだ…。ジオンのMS乗りってのは、もっと男気があると思っていたんだがな!」
『貴様、ジオンを冒涜するか?だがな、今は臥薪嘗胆の思い。…今の我々は手負いの虎なのだよ。部下の為には汚い手段も選ばん…。』
「ならば、どうすれば、人質を開放する?」
『先ずは、我が軍の安全が保証され、基地への帰還手段が確認される事だ。そうすれば、こんな僻地に我々が止まる必要は無い。それが出来ない以上は人質の開放はあり得ん…。』
「くっ…。それじゃあ、話にならん。」
『ただし…私と決着を付ければ…。万が一にでも私が倒れる事があれば、艦の連中も諦めが付く事だろう…。』
「結局はそう言う事かよ。」
『ならば、今、逃げずにここで決着を付けるべきでは無いかね?』
ギンッ!とグフのモノアイが輝く。
しかし、ファルコニアは挑発には乗らなかった。
「…嫌だね。今の俺にはハンデが有り過ぎる。」
『ハンデ…?お前の実力は認めてやるが、何をハンデとする?貴様に残されたモノは何も無いというのに…。それとも卑怯な手で勝とうと言うのか?』
「お前なぁ…。人質を取っておいて、卑怯も無いだろう。それに、俺の機体は陸戦には向いていない。これをハンデと言わずに何と言うんだ?」
『…なるほど。貴様の言い様は多少、理解してやろう。だが、どうする?替えの機体があると言うのか?』
「…。決着は付けてやる。今日の10:00。この先の岬に来い。」
『…よかろう。貴様の仕掛ける罠、どの様なモノか見てみたい気がする…。貴様は愚かな様だが、闘い振りは見事。もし、我に勝つ事が出来れば、人質は開放してやろう。』
「…本当か?」
『言った筈だ。現状の我が軍において、我が倒れる事は部隊の消滅を意味するのだ。』
「…なんだか、物言いが気にいらんが、取り敢えずはアンタを信用するしかなさそうだ。」
ファルコニアはそう言って、海面を目掛けて、飛び込んだ。
元居た岸に向かって海面を突き進んでいく。
と、コクピットコンソールから敵艦よりのロックオンを伝えるビーコン波キャッチの警報が鳴り響く。
「くそっ!」
ファルコニアは苦々しい想いを胸に深度を取ると、ギョロリとモノアイを背部に回す。
背部の光景がモニターに映る。
ユーコンの艦上部に展開された機銃の銃口が全てこちらを向いている。
弾丸の径は大した事はなくとも、背部バックパックを撃ち抜かれれば、誘爆しかねない。
ファルコニアは「くそっ!」と再び呟く。
だが、背後からは一発の弾丸も飛んでは来なかった。
ふと、ユーコン艦のデッキに立つグフの姿が目に入る。
グフは左腕を水平に挙げると「撃つな」の挙動を示している。
ファルコニアなるほど、と思った。
「こいつは、本物かもな…。」
ファルコニアは独り呟いた。
17:「虎、起動」
日は天高く登っていた。
約束の時間だった。
ファルコニアはプカリ、と煙草の煙を吐き出した。
「来るでしょうか?」
ロックウェルがズゴックの足元にたたずみ、コクピットハッチに座り込むファルコニアを仰いで叫んだ。
「来るさ。」
ファルコニアはまたプカリと煙を吐き出す。
「でも、奴等、ジオンですよ?」
ロックウェルの言葉にファルコニアはカカカッと笑う。
「ジオンでも、来るさ。そういうの、解るんだよな…。」
ファルコニアの言葉にロックウェルが首を傾げる。
「もし、来なかったら?」
「そんときゃ、お前の村が襲われてるな。」
「…!!」
ファルコニア の言葉にロックウェルが青ざめる。
「大丈夫だよ。心配すんな。」
「どうしてです?」
顔面蒼白になりながら、ロックウェルが訊ねる。
「昨日のアイツなら、そんな事はしねぇさ。」
「根拠はないんでしょ?」
「うーん…根拠…。まぁ、80%は勘だがな。」
「勘…ですか…?」
「いや、20%は確信だよ。こっちには、奴らと対等の条件が揃っている。人質、MS…。まぁ、MSの方はポンコツもイイトコだが…。」
ファルコニアの言葉にロックウェルは傍らのズゴックを見上げる。
昨晩の戦闘で切り落とされた右腕、焼けただれた装甲。
人では無いと解っていても、人型に近しいだけに痛々しい。
満足にメンテナンスも受けられないズゴックで闘うつもりなのか?
ロックウェルの心は疑問符で一杯だった。
「ほら、来たぞ!」
突然のファルコニアの言葉にロックウェルは慌てて、双眼鏡を目に当てる。
一台の軍用型トラックが砂煙を上げて疾走し、後方には蒼いMSが疾駆している。
二つのマシーンは一度、丘陵の影に姿を消した。
程なくして、土煙をあげながら、トラックがこちらに向かって来るのが肉眼でも確認される。
ファルコニアは即座にズゴックのコクピットに駆け上がると無線機を握った。
「あーあー。聞こえるか?トラック。そこで停車しろ。停車後は人質を全員、降車させて一列に並ばせろ。」
ファルコニアの言葉が終るか終らないか位でトラックは素直に停車する。
停車したトラックがヘッドライトをパッシングすると相手の言葉が無線機を通してズコックのコクピットに返された。
『お前か!?こんな馬鹿な取引を要求しているのは?』
独特のジオン訛り、若い兵の声だった。
「…その声は牢番の馬鹿だな。貴様が運転してきた所を見ると、お前らの上官はイザって時はお前ごとトラックを始末するつもりか…。」
『な、なんて事を?ふざけるな!お、俺も…だと?』
明らかに動揺している若い兵の声だ。
「相変わらず、貧乏籤を引かされている様だな…。まぁ、いい。MS戦になれば、そのトラックは邪魔になる。人質を確認したら、とっとと離れろ。いいな、馬鹿。」
『くっ…了解した。』
すると、停車したトラックの荷台からゾロゾロと男達が出てくる。
全員、手首を縛られた程度ではあるが、既に立ち上がる元気も無い様子だ。
「いいか、ロックウェル。一人ずつ確認しろ。ジオン兵が紛れているかもしれん。」
ファルコニアは並んだ男達の顔を一人一人確認する様に申しつける。
「はい。」
ロックウェルは慎重な面持で、人質達の人相を確認していく。
「…21人…2人足りません…。」
ロックウェルが泣き出しそうな声で報告する。
「…」
ファルコニアはロックウェルには言葉を返さずに、再び、無線機に向かって怒鳴り付けた。
「二人、足りんそうだ。どういう事か。」
ファルコニアの言葉に若い牢番が言った。
『二人は死んだ…。一人はこちらの不手際だった。もう一人は昨晩、脱走を図ろうとしたのでな。その場で射殺された。』
「…嘘ではないな?」
『嘘では無い。それより、早く引き上げさせてくれ。少佐が…。』
「ロックウェル、残念だが、2人は死んだそうだ。オヤジさんはいるか?」
その言葉にロックウェルの瞳に涙が浮かぶ。
「父さんは居ます…。でも、隣のじっちゃんが…。」
ファルコニアは再び、無線のスイッチを入れた。
「よし、人質にについては了解としよう…。こちらの人質についても確認しろ。」
言うと、ファルコニアは4人のジオン兵をその場に立たせる。
『…視認した。』
「相互確認が取れたならば、これで取引条件については文句は無いな。人質は即座に車両に乗せて、離れた所で待機しろ。アンタ方の少佐とケリを付けて、勝った方が迎えに行く。いいな。」
『その取引については、部隊内で少佐から厳命が出た。了解している。』
「俺が勝てば、人質開放、お前らは撤収。俺が負ければ、村はお前らの好きな様にしろ!」
最後の言葉を強調してファルコニアはロックウェルの方を振り向いた。
少年は瞳一杯の涙を湛えて、コクリと頷いた。
「ファルコンさん…。どうか…。」
少年の言葉にファルコニアは微笑むと、胸から取り出した煙草をロックウェルに投げ降ろした。
「戦闘中にクシャクシャになっちまうと困るからな、預かっとけ。坊主。」
ロックウエルは煙草のパッケージを受け取ると、大事そうにポケットにしまい込んだ。
ファルコニアはコクリと頷くと、ロックウェルにすぐにこの場を離れろ!と叫ぶ。
ロックウェルは言われた通り、ジオン兵の人質を乗せた車両の運転席に飛び乗ると、アクセルを踏み込んだ。
走り出す車両を見送りながら、ファルコニアはズゴックの無線機を取り上げる。
「…少佐とやら、聞こえているんだろう?お互い、背水の陣をひいた訳だ。条件はさっきのでいいんだよな!?」
ファルコニアは姿の見えない蒼いMSに向かって叫んだ。
「くくく。いいだろう。ただし、お前が勝てればダァァァ〜!!」
狂気を孕んだ叫びがズゴックに返される。と同時にグフが岩影から飛び出した。
あまりに突然の出来事だった。
南国の柔らかな日差しの中に蒼い機体がきらめく。
紺碧に彩られた凶鳥は軽やかに岩場を蹴り出すと、その右手に携えたヒートサーベルを振り上げる。
充分に暖められたサーベルは日中といえど、鮮やかなオレンジ色の輝きを放ち、紺碧のボディとのコントラストを描き出す。
グフは飛び出すや、ズゴックの左の肩口を目掛けて、手にしたヒートサーベルを打ち込んだ。
ガッシィィ〜ン!
灼熱化したヒート部はズゴックの左腕を付け根からねっとりとバターの様に切り落としていく。
「やはりなっ!汚い真似をするっ!」
ファルコニアはグフが現れた瞬間に、反射的にズゴックのコクピットから飛び降りた。
機体を早々と放棄したファルコニアは洞穴に向かって疾駆する。
「ズゴックは勿論、囮なんだけどな!」
言いながら、彼は敵機の次の動きを予測しようとしていた。
(ズゴックに機を取られている間に!)
ファルコニアは自分の作戦通りだと確信した。
だが…
次の瞬間、ファルコニアは信じられない光景を目にする。
ズゴックの左腕を切り落としたグフは呆気なくサーベルを放棄すると左腕のフィンガーバルカンを走り出したロックウェルの車両に向けるではないか。
ガガガガッ!
左の掌の銃口から弾丸が発射される。
ファルコニアは走りながら、叫んだ。
「ロックウェル!逃げろ!ジグザグに走れ!!」
しかし、ロックウェルに届き様も無い。
砂浜を走破する車両を追従するかの様に着弾した砂塵が一気に距離を詰めていく。
ついには車両に弾丸が食らいついた。
「!!」
背後を振り返りながら、ファルコニアは絶句した。
車両は突風に舞い上げられた木の葉みたいに宙に舞い上がる。
勝ち誇った声がグフの外部スピーカーを伝って発せられる。
「クククク。ハハハハァァ!どうだ!常勝の武士とは、手段は選ばず枷は常に排さねばならぬのだ!」
グフは執拗にロックウェルと4人のジオン兵を収容した車両に向かって発砲を続ける。
とうとう、車両は爆炎に包まれた。
「どうだ?これで、私の勝ちだな!」
爆炎に包まれながら、落下した車両が地面に叩きつけられる様子をみて、グフはようやく発砲を停止する。
「くくく。どうだ?誇り高きジオンに刃向かう事がどういう事か思い知ったか!?」
己の手にした兵器の絶対的な力に酔いしれる様にグフのパイロットは高らかに叫ぶ。
「まだだ!勝負は付いちゃいねーぜっ!」
ファルコニアの声が轟く。
突然の声にグフのパイロットは明らかに動揺し、モノアイをキョロキョロと動かす。
「なにっ?」
グフは背面の洞穴に熱を感知すると、クルリと振り返る。
「お、お前は!?」
眼前に立ちはだかるモビルスーツにグフのパイロットは驚愕した。
全身に虎を模した塗装を施された黄色い見慣れないモビルスーツ。
そのモビルスーツの頭部デュアルセンサーがキラリと輝く。
「こ、これは!!」
即座にグフのデータベースから敵機と表示されたモビルスーツのデータ照合を行う。
結果、該当無し。
「虚仮威しだぁぁ!」
グフはズゴックの足元に突きたてられたサーベルに突進を開始する。
だが、相手は動かなかった。
「やはりな!」
パイロットは何かを確信した。
サーベルをむんず、と掴むや、グフは宙に舞った。
ファルコニアがGMカスタムのコクピットにたどり着いた時、遠くの方で爆音が轟いた。
ハッ!と振り返ると、黒煙と業火に包まれたロックウェルの車両が地面に叩きつけられた瞬間だった。
「ぼ、坊主!」
ファルコニアは一瞬の後悔と憤怒に駆られて、GMカスタムのコクピットに飛び乗った。
システム起動とアイドリングは既に完了している。
GMカスタムは何時でも動き出せる状態であった。
コクピットに納まるや、ファルコニアは即座に手にしたGMマシンガンの照準を前方のグフに合わせた。
(野郎!)
だが、ファルコニアは撃つ事を躊躇した。
(こんな勝ち方じゃ誰も納得しねぇ…)
ファルコニアはGMカスタムの歩を進めると、グフに向かって叫んだ。
「まだだ!勝負は付いちゃいねーぜ!」
(そうだ、こんな勝ち方じゃ、坊主の御霊はすくわれねぇ…俺が、俺が仇をうってやるぜ!圧倒的にな!)
ファルコニアの中で、イライラとした何かが蓄積していく。
前方では、明らかに動揺した様子のグフが立ちすくんでいる。
が、敵機はこちらを認めると、即座にズゴックの足元に突きたてられたサーベルに突進していった。
(そうだ!来い!貴様の一番得意な武器で、一番得意な戦法で!俺が叩き潰してやるよ!)
ファルコニアはじっとグフの動きを静観した。
グフはサーベルの柄を掴むや、その疾駆の勢いから、宙に舞った。
『死ねぇぇぇぇ〜い!』
グフのパイロットの絶叫が響く。
しかし、ファルコニアは動じない。
サーベルと共に落下してくるグフの動きを見切り、太刀筋を僅かにかわす。
グフのパイロットには一瞬にして敵機が消えた様にしか感じられなかった。
『な、なに!』
驚愕さえも含んだ声がグフから発せられる。
そして、次の瞬間、グフの機体に強烈な衝撃が走る!
半身をずらして、グフの太刀を避けたGMカスタムは円を描く要領で機し、そのスピードに乗った右足がグフの背中に襲う。
『ぐほぉぉぉ〜』
余りの衝撃にグフのバイロットの悲鳴が上がる。
GMカスタムの蹴りはグフの背部ランドセルをもぎ取る程であった。
グフは蹴られた蹴られた勢いで前方の岩場に頭から突っ込んでいく。
ドガァ!
岩場を大きくえぐり、グフの頭部がひしゃげる。
グフは岩場に激突し、少しの間、身動きしなかった。
「おい!まだ、ヤレるんだろ!?さっさと立てよ!」
怒りに燃えるファルコニアの声がこだまする。
『ぐっ…き、貴様〜』
グフのパイロットはそれでも、負けられぬ、という気負いの声を上げながら、即座に姿勢を変えた。
だが、ランドセルをもぎ取られたグフは岩場を背に、立ち上がるのがやっとの様であった。
「どうした?来いよ!」
ファルコニアはGMカスタムのマニュピレーターを『おいでおいで』させる。
『な、舐めるな!』
グフのパイロットはその挙動に怒りを露にし、再びサーベルを正眼に構える。
『でやぁぁぁぁ〜』
サーベルを力一杯振り出し、グフはGMカスタムに突き進む。
「来い!そうだ!来いよっ!」
ファルコニアは右手に持ったGMマシンガンを即座に左手に持ち変えると、右肩に装備されたビームサーベルを引き抜く。
既に出力抑制の封印が解かれたビームの刃が天高く放たれる。
だが、グフは怯むことなく、GMカスタムに襲いかかっていく。
ファルコニアも、即座に背部ブースターをアフターバーナーにたたき込む。
『でやぁぁぁぁぁ〜』
「このぉぉぉぉ〜」
二人のパイロットの怒声が交錯し、二つの機体の影が交錯する。
グフのヒートサーベルが真っ二つに切断され、宙を舞う。
そして、もう一つ、宙を舞う物体。
それは、グフの頭部であった。
『ま、まだだ!』
視界を奪われたはずのグフのパイロットはそれでも、諦めない。
グフはサーベルを放棄するや、右手のフィンガーバルカンを打ち放つ。
5本の指から放たれる弾丸はファルコニアのGMカスタムに襲いかかる。
「諦めが、悪いってんだよ!」
斉射された弾丸をシールドで受けながら、ファルコニアのGMカスタムは宙に舞った。
だが、そんな様子には気付かないグフはまだバルカンの射撃を止めようとはしない。
『くそっ!くそぉぉぉ〜!俺は死にたくないんだぁぁ〜』
グフのパイロットの言葉にファルコニアはスッと目を細めた。
「都合が良過ぎるんだ、お前は…」
ファルコニアは左手に構えたGMマシンガンを空中で構えると、照準をグフに合わせる。
今度は躊躇しなかった。
トリガーを引き絞る。
タタタタタンッ!
90mmの実体弾が打ち放たれる。
弾丸は迷う事無く、グフの機体に食い込み、その装甲を打ち破っていく。
ボロボロと蒼い装甲が剥がれ墜ち、内部のメカは露出していく。
一方で、食い破った弾丸は機体の内部に侵入し、駆動部を、シリンダーを、小型核融合炉を破壊していく。
『た、助けてください!エンドーユ少佐!しょうさぁぁぁ〜』
パイロットの最期の断末魔と共に、グフは爆発、消滅した。
グフの爆炎を突き破る様にファルコニアのGMカスタムが地上に着地する。
が、次の瞬間、強烈な衝撃がファルコニアを襲った!!
18:「決戦」
ドオーンッ!
GMカスタムの装備したシールドが半分吹き飛ぶ衝撃であった。
「うおっ!?」
突然の事に、ファルコニアは驚愕の声を挙げる。
襲いかかった衝撃の正体を見極める前に、彼は本能的に機体を回避運動させる。
アフターバーナー。
背部のバックパックが冷却する間も無いと、抗議の声の様に唸る。
空中高く舞い上がったGMカスタムは残ったシールドを前面に押し立て、謎の正体を突き止めるべく、姿勢を変える。
「ドコだ?」
ファルコニアは四方をモニター管制しながら、熱探知トレーサーのレンジを最大限に上げる。
熱源は前方で炎上する車両、そして足元に残るグフの残骸…そして…。
「…!いたっ!」
大分離れた林の中に、一つの熱源を探知する。
ファルコニアはその方向にメインモニターを向けると画面をズームさせる。
林の木立のその向こう。
黒い影が横ぎる。
「速いっ!」
通常のMSの地上移動速度を遥かに上回る。
その影が停止したかと思うと、携行した武器を担ぐ。
「バズーカかっ!」
ファルコニアは即座に反応した。
弾頭はファルコニアの反応と同時に打ち出され、みるみるGMカスタムに襲いかかる。
が、ファルコニアも、手にしたGMマシンガンを構えると、即座にトリガーを引いた。
タタタタタンッ!
機体を伝わる振動は確実にマシンガンから90mm鉄鋼弾が打ち出されている事を感じさせる。
敵機と軸線上に居るGMカスタムの放つ弾丸は確実に相手バズーカの弾頭を打ち落とす。
ドオオオーッン!
真っ赤な爆炎が空中で火の玉の様に発生すると、ファルコニアは相手の姿を見失った。
「くおっ!」
ファルコニアはスロットレバーを引き戻すと、GMカスタムを着地させる。
いなや、全力でGMカスタムを疾走させ、砂浜を走り出す。
(同じ所に停まれば、確実にやられる。)
激しく上下する機体に揺られながらも索敵行動は怠らない。
しかし、敵機の挙動は皆目、掴めなかった。
疾駆しながら、ファルコニアは焦りを感じる。
全身からアドレナリンが湧き出し、じっとりとした汗が背中を伝う。
(どこだ?)
敵の気配を探る。
マシーンを通して、気配を探るというのも、奇怪しな話だが、戦士としての勘、というものは確実に存在している。
ファルコニアはマシンの進行方向を徐々に変えながら、林に向けて、マシンガンを斉射してみる。
(出て来い!!)
半分は祈りにも似た様な気持ちになる。
ジリジリと追い詰められる様なジレンマが精神を蝕んでいく。
新兵ならば、叫び出したくなる様なプレッシャーだ。
(!きたかっ!?)
少しずつ、林に接近しながらファルコニアは突然、強烈なプレッシャーを感じた。
左前方。
それは、殺気であった。
(むん!)
ファルコニアは機体に急制動を掛け、姿勢を崩しそうになりながらマシンガンを放つ。
(どうだ?)
だが、手応えが無い。
(くっ…)
確実だと思った方向に敵は居ない。
自分の信じていた、勘ですら歯が立たない、という意識が急激にファルコニアに恐怖を感じさせる。
(どこだっ!?どこなんだっ!?)
モニター全面に気を配る。
なにか、動くものは…
なにか、なにか…
その時だった。
『きぇぇぇぇぇぇ〜いっ!』
強烈な声がコクピットに入り込む。
刹那、ファルコニアは驚きもしたが、多少、安堵する覚えた自分が可笑しかった。
(きたかっ!)
レーダーの示す方向に敵機を示す輝点を確認すると、メインモニターをそちらに向ける。
(いたっ!)
敵機は両腕を振り上げ、突進してきていた。
両の腕には灼熱化したヒートホークが振り上げられている。
その距離、0に等しい。
敵機はその振り上げた両腕を左右から挟み込む様に振り下ろす。
左右から迫り来る戦斧。
まともに受ければ、GMカスタムの機体は分断される事は間違い無い。
だが、ファルコニアはこの攻撃をかわした。
即座に、GMカスタムの腰を落し、戦斧が交わる位置よりも、自機を沈め込んだ。
頭部の指向性通信用アンテナが戦斧の餌食とはなってしまったが…。
次の瞬間、GMカスタムは地についた、両腕と左足を軸にして、右足を突き上げた。
カウンター気味にGMカスタムの右足が敵機の交差した腕に打ち込まれる。
バコォォ!
その衝撃で敵機とGMカスタムは互いに吹き飛んだ。
両者が背後の木々を薙ぎ倒しながら、距離を分かつ。
ゆっくりと起き上がりながら、ファルコニアは敵機を視認した。
(…なんだ?イフリート?違うな…違う…。)
かつて、一年戦争後に開示されたジオン公国軍のMS開発資料を頭の中で思い返しながら、ファルコニアは模索した。
前方でやはり、ゆっくりと機体姿勢を整えようとする機体は奇異な形状をしている。
上半身は確かにMS−06「ザクU」である。
だが、下半身は明らかに違う。
巨大なドーム型の円盤というか、ボールをひっくり返した様な形状をしている。
その円盤の淵はゴム上のシートに覆われ、機体そのものが、少しだが宙に浮いている。
(ホバー駆動だと?なるほど!ドムへの試作段階機か!)
ファルコニアは理解した。
機体下部がドーム状なのは、後にジオンが開発・導入するMS−09「ドム」のホバー駆動研究用機体に違い無い。
確かに、外部集音器は、前方のMSが放つボゴォォォォォ〜という圧倒的な量の吸気・排気音を拾っている。
(タネが解れば…)
ファルコニアは前方のMSの観察をもう少し続けようと考えた。
2機のMSは対峙する恰好で、お互いを見つめ合っている。
敵機が挙動しても対処は充分に可能な距離だ。
多分、向こうのパイロットもこちらのMSを初めて見る機体だと、観察しているに違いない。
敵機もゆっくりと、手にした得物を構え直しながらも移動しようとしてはいなかった。、
上半身のザクの部位は通常機の様に思われる。
が、右肩のシールドアーマー、左肩のスパイクアーマーは取り去られ、代わりに2連装のカノン砲が装備されている。
右腕の二の腕あたりにファルコニアには見慣れないボックス状のパーツが設えられている。
下半身の円盤は茹でた卵を真ん中で切った様な形状をしており、断面とは反対側の球状の天辺にザクがはまり込んだ様なイメージだ。
1年戦争末期に建造途中であった「ジオング」のシルエットを連想させなくもない。
腰にあたる部位の両脇には兵装ラッチらしきものが設けられ、そこには多分、ヒートホークが装備されていたのだろうと容易に想像出来た。
(…なんて…無茶な…。)
この機体があって「ドム」が開発されたのだと解っていても、ファルコニアは内心、苦笑した。
『…名を聞こう…』
突然、敵機のパイロットと思われる声が響いた。
向こうも、こちらの機体に興味がある様だ。
「アンタが名乗れよ…。」
探る様にファルコニアは返答する。
『バーライン・エンドーユという…。』
意外な程、素直にジオン兵は名乗った。
「ベイル・F・グレーフィールドだ。」
『互いに、墓に彫る名が解った、と言う事か…。』
「アンタの墓に名は彫れるが、アンタらの部下の名は彫れねぇぜ…。」
『その心配はなかろう…。』
「特に、捕虜になってた4人は可哀相な事をしたとおもわねぇのか?」
『隙を見せて捕虜に取られた兵など、ジオン公国軍には必要ない…。』
「さっきのグフのパイロットも汚ねぇ奴だったが、アンタも十分に汚ねぇな。」
『奴は手柄に目が眩んだ愚か者だ。一緒にされては困る。』
「どうだかな…。昨晩の事は痛み入るが、アンタの戦法は基本的に卑怯だぜ?」
『何とでも言え。ジオンは勝たねばならん事には間違いは無い。』
「スペースノイドの開放か?ジオンの親玉の常套句だな。結局は破滅していくとも知らずに…。」
『…貴様、何者だ?』
「ちょっと訳知りの通りすがりだよ。」
『ほう?』
「アンタ、この機体に興味があるんだろ?この機体が欲しけりゃ、俺を倒しな。もしかすると、未来が変るかもな。」
『未来が変る…?貴様、なにを言っているかわからんが、その機体は確かに興味深い。是非、そうさせて貰おう!』
言うや、試作機が動いた!
ブルンッ! と全身を震わせ、たかと思うと、両肩の2連装カノンをぶっ放す!
4門の砲が一斉に火を噴くと、ファルコニアのGMカスタムに襲いかかる。
だが、ファルコニアも予想はしていたとばかりに、バーニアを吹かすと宙に舞う。
カノン砲はGMカスタムが存在していた空間を切り裂き、さらに先の木立を焼き払う様に炸裂する。
一方、宙に舞ったGMカスタムも反撃とばかりに上空から、マシンガンを腰だめに打ち放つ。
タタタタタタンッ!
90mm鉄鋼弾が着弾していく。
だが、その攻撃も虚しく空を切った。
ジオンのMSはカノン砲を打ち放つや、即座に疾駆していた。
その巨体は林立する木々を薙ぎ倒していく。
両者は距離を保ちながらもお互い牽制し合う、一撃を放ちながら、やがて砂浜に出た。
「くそ!速ぇぇ。」
一年戦争を既に体験しているファルコニアも全てのMSを相手に闘って生き抜いたという訳ではない。
持ち前の勘をMS開発で培ったマシン駆動の在り方という知識で補う、という闘い方をして来ただけなのだ。
決して、彼は一年戦争末期に伝説と化した「アムロ・レイ」ではなかったし、ソロモンの悪夢とうたわれた「アナベル・ガトー」の様なスーパーパイロットでは無いのだ。
焦りと恐怖さえ感じさせる敵を前に、ファルコニアは必死に冷静になれ、と自分に言い聞かせた。
砂浜に出た途端だった。
ジオンの試作型MSの移動速度が更に上がる。
起伏の多い林の中の移動に比べて砂浜は平坦な面が多い分、ホバー移動には分があった。
ファルコニアは必死に一定距離を保とうとするが、あっと言う間に肉薄される。
敵は両肩の2連装カノンを撃ち放ち、ファルコニアに回避行動を取っている間に加速し、両腕のヒートホークで叩き斬らんと接近してくる。
対してファルコニアもヒートホークの攻撃をかわすと、マシンガンによる反撃を試みるのだが、足場が砂地の為、バランスが取りにくく、照準などは付けている余裕も無いので、放たれた弾丸は虚しく空を切るだけであった。
『往生際が悪いっ!!』
バーライン・エンドーユが思わず叫ぶ。
ファルコニアも構わず返す。
「お前こそっ!このドムの成り損ないがぁ!」
『貴様の言う事は一々わからんっ!さっさと我が戦斧の錆となれいっ!』
「なるかっ!お前みたいな中途半端なモビルスーツなんぞにヤラレはしないっ!」
『これで…どおだぁっっ!』
エンドーユの叫びと共にジオンのMSは両肩の4門のカノン砲を放った。
「その攻撃パターンは読みきってるぜ!」
ファルコニアはこの戦闘中に何度も繰り返された攻撃パターンに同じ様な回避行動を取る。
が!
ガシィィィ〜ンッ!
「ぬおっ!?」
強烈な衝撃を感じてファルコニアは思わず声を漏らす。
たちまちコクピット内のアラームが鳴り響く。
右腕損傷、左脚部損傷…
しかも、右腕は使い物にならない事を管制システムが告げる。
エンドーユはカノン砲を撃つと同時に手にしたヒートホークを投げ放っていたのであった。
4門のカノン砲攻撃と同時に放たれたヒートホークは見事にファルコニアのGMカスタムを捉えたのであった。
完全にファルコニアの油断であった。
何度も繰り返された攻撃パターンだと思い込んだ事によって、油断が生じていた。
『ははは。馬鹿め。何度も同じ攻撃を繰り返していた訳が解ったか?』
勝ち誇った声でエンドーユが叫ぶ。
「ちっ…流石にやるな…。だが、まだだっ!」
ファルコニアはヒートホークの攻撃によって、切断され、ブラブラとぶら下がっているだけの右腕を左腕でもぎ取ると、右手のマニュピレーターが握っていたマシンガンを毟り取るや、すかさずマシンガンをぶっ放す。
虚をつかれた、エンドーユのMSの左肩に着弾する。
90mm鉄鋼弾をタップリと食らい込んだジオンMSの左腕は炸裂しながら、吹き飛んだ。
『くぬぅ…』
エンドーユも思わず声を漏らす。
試作型MSは左腕を庇う様に後退しながら、右腕に装着されたボックス状の部品を突き出した。
ファルコニアも流石に警戒した。
なにせ、相手は皆目解らない兵器だ。
自分が知らない様な武器を携行していても奇怪しくはない。
と、敵機はそんなファルコニアの思いを悟ったかどうかは定かではないが、これ見よ、とばかりに右腕に装着されたボックス状の部品を押し立てる。
そして、その部品の両脇のラッチがカチリと展開した。
スラリッ。
箱だと思っていた部品は薄い金属板の集積物だった。
肘に近い部分一カ所で支持された金属板は支点一カ所を中心として円を描いて展開し、円盤状の形状を形取った。
と、その円盤状の部品を突き出し、シールドの様にして、マシンガンの弾丸を受け止める。
(ちっ…脅かすな…。てっきりスゲェ兵器かと思っちまった…)
ファルコニアは少々、拍子抜けしたとばかりに、そのシールドを凝視し、射撃を続ける。
だが、予想以上に、件の円形シールドは硬く、打ち砕けない。
(馬鹿な…!?なんで撃ち抜けない?ガンダリウム合金だとでもいうのかよ!?)
ファルコニアは後退していく試作MSを追う様に、左脚を引きずりながらも掛け出した。
敵が後退をかけた、この機会を逃せば、勝負は付けられない。
彼はそう、直感していた。
「勝負を掛けるっ!!」
ファルコニアは一気に背部バーニアをアフターバーナーまでたたき込んだ。
みるみる、敵機との距離が縮まる。
「もらったぁぁぁぁ!!」
ファルコニアは左手のマシンガンを放棄するとビームサーベルを引き抜いた。
だが、ファルコニアの耳に飛び込んだのはエンドーユの冷静な声だった。
『掛かったな…』
「ナニッ!?」
眼前のMSが突如、円形シールドを引き下げる。
と、ファルコニアの目に飛び込んで来たのは、ザクの胸元にあたる部分の装甲が上部に展開し、その奥には硝子体がきらめいていた。
(ばかなっ!?収束ビーム砲だってのか?)
ファルコニアの脳裏に一年戦争当時にアジア戦線で見掛けたジオンの試作型MA「アプサラス」の凶々しい姿が浮かぶ。
ファルコニアの見つめる硝子体は一層、輝きを増していく。
「回避…できるか!?南無っ…!!」
ファルコニアは更にブースト圧を高め、敵機に落下ラインを描いていた自機の姿勢を強引に変えようとした。
だが、同時にエンドーユも叫んだ。
『もらったぁぁぁ〜』
「くおおおおお〜。」
試作型MSの胸部からビーム砲が放たれる。
そのビーム砲に脚部を焼かれていくGMカスタム…。
その時だった。
『危ないっ!ファルコンさんっ!』
『なんだとぉ〜!?』
エンドーユの絶叫。
ドーンッ!
ドーンッ!
ドーンッ!
ファルコニアの耳に爆裂音が鳴り響く。
「だ、誰だっ!?」
ファルコニアはすかさず、背部モニターに目をやった。
そこには、両腕をもぎり取られたズゴックが頭部をこちらに向け、頭部ミサイルの発射体制を取っている。
ミサイルは既に発射されているらしく、発射口からは白煙が薄く立ち昇っている。
ファルコニアは直感した。
「ロックウェルかっ!」
ドンッ!とGMカスタムに衝撃を受ける。
敵の上空を通過し、砂地に着地した衝撃だった。
が、ファルコニアは即座に機体を敵機に向けるとスロットルレバーを力一杯に引いた。
「今度こそ、終わりだぁぁぁぁっ!」
同時にエンドーユの絶叫が響く。
『ふ、不覚…。このバーライン・エンドーユ…ジオンの未来を見届けずに逝くのかぁぁぁ〜!!」
左腕のビームサーベルが敵機に深々と突き刺さる。
サーベルはホバー部から、上部ザクを貫いた。
フォォォォォォーンッ!
巨大な扇風機が怪しげな音を立てる。
ファルコニアは急いでサーベルを引き抜くと、体制を変えて離脱した。
ズンッ…。
駆動停止した機体は砂浜に落下し、更に自重で崩壊する。
核融合炉の爆発こそはなかったが、機体のあちこちが小爆発を起こし、やがて原型をとどめない程に瓦解した。
ファルコニアはその様子を見つめると、やがて、ゆっくりとコクピットに身を埋めた…。
「終った…んですよね?」
真っ黒になったロックウェルがファルコニアを見上げる。
二人は瓦解したジオンの試作型MSの傍らに座り込んでいた。
「…ああ。終った…。」
ファルコニアはロックウェルから一本だけ煙草を受け取ると、『ふう』と煙を吐き出したながら、呟いた。
「しかし…ロックウェル、お前、良く生きてたな…?」
「…はい。最初にに銃撃を受けた時、ドアが外れまして…。外に投げ出されたんです…。」
「そうか…。良かった。お前を死なしたら、俺は皆に顔向けできん…。すまなかったな。怖い思いをさせた…。」
「いえ、怖くは無かったですよ。ファルコンさんが闘っている姿はずっと見てましたから。ファルコンさんが闘ってくれているのに、逃げ出したりしたら、それこそ、僕は父さんに会わす顔が無いです…。」
「お前は良くやったよ。しかし…よく、ズゴックが動かせたな…。」
「あ、あはは。それは…」
少年ははにかんだ表情でファルコニアを見上げた。
「実は…昨日の昼から、洞穴に居たんです…。モビルスーツを見たくって…。」
「なんだと?」
「ごめんなさい!ファルコンさん、あの水中用のモビルスーツを使ったら、父さんの漁にも役に立てるかと…。」
「あ?ズゴックを漁に使う…?」
「…はい。」
ロックウェルの言葉にファルコニアは大爆笑した。
「あははは。面白い事を考える奴だな。確かに、モビルスーツってのは、元来、人の為に働く機械だものな。」
「はい。」
「結局、そういう事なんだよな。使う人間の善し悪しで、使われる機械の善し悪しも決まるんだ。モビルスーツには罪は無い。」
ファルコニアはしみじみと言った。
「オヤジさん達を迎えにいくか…。」
初めて、ロックウェルの方に顔を向けて、ファルコニアがニカリッと笑う。
ロックウェルもニカリッと笑うと大きく頷いた。
大きく傷ついたGMカスタムを何とか駆動させ、捕虜となった村人達を乗せた車両に行くと、既にジオン兵の姿は無かった。
疲れ切った男達が虚ろな瞳で座り込んでいた。
だが、ファルコニアとロックウェルの姿を認めると、ささやかながら小さな歓声があがった。
ロックウェルは父の姿を見つけると、駆け寄って抱きしめ、父親もその太い腕で愛する息子を抱きしめた。
そんな二人の姿に改めて男達の歓声が上がる。
「父さん…。良かった…。」
ロックウェルはそれだけ言うのが精一杯であった。
そして、父親もロックウェルの瞳を見つめ、「俺の息子がいつの間にか、一人前になってやがった…。」
と呟くのが精一杯であった。
ファルコニアはそんな二人を見つめて呟いた。
「今日はみんなの戦勝記念日だ…。さぁ、村へ帰って、イッパイやろうぜ!宿屋の女将に奢らせてやるぜ」
彼の言葉に更なる歓声があがった。
19:「語られぬ英雄」
既に日は高く上り詰めていた。
南洋の太陽は白い砂浜を照らし出し、何事も無かったかの様に、さざ波が寄せては返す。
昨日迄の悲壮感がまるで嘘だったかの様に村は静かながらも、活気に溢れていた。
生きて帰った男達は、まだ、体力の回復はしては居ないものの、その表情は安らぎを湛え、起き出している者の瞳には光が宿っている。
男達は村へ帰った後、各々の家にたどり着き、それぞれの家人を驚かせた。
泣いて抱きしめ合う者、しっかりと手を取り合うもの、見つめ合う者、全員が生の恩恵と感動を享受した。
そして、ファルコニアとロックウェルも又、そんな感動の中に居た。
ファルコニアの肩に担がれて、ロックウェルの父は妻と娘が待つ実宅の扉を叩いた。
恐る恐る扉を開く、妻の驚いた表情が堪らなく、嬉しく、可笑しかった。
傍らに立つ息子は煤だらけの顔だったが、誇らしげな瞳を輝かせている。
母親は愛する良人に抱きつくとそのまま、その場にへたり込んだ。
家の奥から様子を窺っていたエミリも父親の姿を認めると、弾かれる様に駆け出し、父の逞しい胸元に飛び込んだ。
そんな様子を嬉しそうに、兄のロックウェルが見つめる。
「と、とにかく、中へ。」
気を取り直した母親に促されて、家族は家の中に入った。
母親は早速、自慢のスープを暖め直し、足りないもの買い出しに出かけていく。
村に1件しか無い雑貨屋はそんな村人達でごった返し、男達を取り戻した女達の黄色い歓声がさんざめいた。
そんな女達の様子に一人ニヤニヤとしていた男が居た。
雑貨屋の主人、オリバーである。
「こりゃあ、稼ぎ時だ。」
いそいそと店の奥から在庫を引きずり出してきては棚に並べる。
この辺りでは滅多に見掛けなくなったフルーツの缶詰さえもが店に並ぶ程であった。
「いやいや、奥様方、今晩はお祭りですな。さぁさぁ、どんどん、買ってってくださいな。」
そう言いながら、手もみするオリバーに女達はグイッと迫る。
「ちょいと、オリバー。普段じゃ見掛けない様なモノまで引っ張り出して来て…。アンタんとこはジオンからたんまり貰ったんだろうが?いざと言う時は何も役に立たないで…。風見鶏の腰抜け野郎が!これ以上、儲けようって魂胆なのかい?」
「そうだよ。オリバーんトコと村長、酒場のアドリーンんとこはたんまり貰ったそうじゃないか?これ以上、ナメた真似をしてると、承知しないよ?」
女達の剣幕に雑貨屋のオヤジはタジタジになった。
「いや、それは…」
女達はグイグイと雑貨屋のオヤジを店の隅に押しやると、店のカウンターを乗り越え店舗の裏の倉庫に入り込んだ上、在庫という在庫を全て引きずりだす。
「今日は、村の祝い日さねぇ。アンタんトコにも協力してもらうよっ!いいね!?」
女達の剣幕に、オリバーはついに何も言えず、黙ったまま自らの資産が運び出されるのを見守るしか無かった。
「カカカッ!ふとっちょのオリバーめ!いい気味だぜっ!」
ファルコニアは雑貨屋のオヤジの話をロックウェルの母親から聞かされ、愉快、愉快と笑い転げた。
バードランド家の食卓に落ち着いたファルコニアは、並べられた暖かい料理を有り難く頂戴しながら、父親の体調に気をつかいながら、食事を共にしていた。
ゆっくりとした時間を過ごしながら、ロックウェルの父親はファルコニアに何度も礼を述べる。
そして、ロックウェルが訊ねた。
「ファルコンさん、これからどうするの?」
この言葉にファルコニアが押し黙る。
「ベイルさんは原隊に戻られるんでしょう?」
ロックウェルの父親が何気なく呟く。
「…いや、原隊復帰は出来ない状態で…。」
ファルコニアは少し考え込んでから、そう言った。
「何故です?」
父親が素朴な疑問をぶつける。
だが、ファルコニアは答えなかった。
いや、答えられなかったのだ。
(未来から来ました、帰れる場所がありません、なんて言えるかっ!)
そんなファルコニアの表情を察知して母親がはっとする。
「あ、あの…よろしかったら、家に居てくださいな。その方が子供達も喜びますし…。までジオン兵がウロウロしているかも知れませんし…。」
その言葉を聞いて、父親も大きく頷く。
「是非、そうしてくださいよ。何も無い所だが、寝る場所位なら何とかなりますから。」
しかし、ファルコニアは大きく、かぶりを振った。
「お言葉は有り難く…。しかし、私がここにいれば、色々と御迷惑が掛かります。」
「そんな事無いでしょ!?」
ロックウェルが叫ぶ。
「いや…」
ファルコニアはロックウェルを制止する様に、掌をかざす。
「俺は本来、ここにいちゃあ、いけない人間なんだ。ロックウェルの気持ちは有り難いが、ここに居る事は出来ない。」
「そんな!何故!?」
ロックウェルの言葉に父親が鋭く言い放つ。
「よしなさい!ロックウェル。人にはそれぞれ事情ってものが在るんだ。解らない歳では無いだろう?」
父親の言葉にロックウェルは黙り込む。
父親はゆっくりとファルコニアの方を向くと言葉を続けた。
「貴方の良い様にしてください。この家に停まって頂く事は一向に構いませんから。お手伝い出来る事があれば、何でも…。」
すると、ファルコニアも深々と頭を下げる。
「本当に有り難い事です…。一つだけお願いがあります。これから、どうするかと言われれば、例の潜水艦…。あの潜水艦のMSドックで私のMSの修理をしたいと考えています。だが、出来うる限り、あのMSは人目に触れさせたく無い…。そこで、あの潜水艦の付近はジオン兵がまだウロウロしているという噂を流してほしいんです。。そうすれば、おいそれと近づく輩も居ないでしょう?」
ファルコニアの言葉にロックウェルの父親が頷く。
「簡単な事です。承知しました。」
「それと…多少の食料の支援をお願い出来れば…MSの修理が済めば、私は消えますので…。」
「それは、無論。しかし、消えるなんて寂しい言葉を使わないで頂きたい…。貴方は英雄なのですから。」
この言葉にファルコニアはボリボリと頭を掻いた。
「英雄…。お恥ずかしい…。私は決してそんな大それた者では無いですし、先程も言った様に、ここにいてはいけない人間なのです。出来れば、今後も私の正体や、消息については、不明として頂きたいのですが…。」
「深い事情があるのですね。」
父親の言葉に「はい」とだけファルコニアは答えた。
「語られぬ、英雄。こんな辺鄙な村にはもったいない程の話の種なんですがね。」
そう言って、ロックウェルの父親は豪快に笑った。
ファルコニアはその晩、浜辺に向かうと、傷ついたGMカスタムに機乗し、ユーコン99に向かった。
艦体は激しく傷ついていたが、係留されたままで沈没はしていなかった。
GMカスタムがMSデッキに乗り込むと、内部はもぬけの空であった。
艦内を捜索してみたが、転がっていたのは数人のジオン兵の死体と酔どれ艦長の射殺体だけであった。
ファルコニアは艦内の遺体を何とかデッキに運び終えると、緊急脱出用のボートに乗せ、士官室にあったジオン軍の軍旗を掛けてやると、ボートをMSで担ぎ上げて、南洋の海に流した。
それから、数日を掛けて彼は艦内の残された物資と設備の状態を見て回った。
艦橋は自らが吹き飛ばした為、通信施設等は期待出来なかったが、MS格納庫に続く第2格納庫を覗いた時だった。
「こ、これは…?」
ファルコニアは驚愕した。
なんと、格納庫の中にはMSが放置されていたのだ。
しかも、2体。
薄暗い格納庫に放置されたMS−07BとMSM−04
2体のMSを見つけた時、彼は戦慄を覚えた。
もし、あのエンドーユとの闘いの時、この2体も出撃していたとしたら…。
「ヤバかった…」
結局、この艦の役割は特務隊の輸送とその警護、そして試作機を別の研究施設に送り届ける役目を担っていたのだろう。
そう、彼は推測する。
だが、、この艦は航行不能となり、特務隊は別の艦で南極に向かう事となり警護隊と試験隊が残された。
だが、何らかの事情で人員が削減された。
特務隊と一緒に別の作戦従事に移ったのかもしれない。
結局はMSだけが余り、それを動かせるパイロットが足りなかったのだ…。
「どこも人手不足だからな…。」
彼は独り呟くと格納庫の扉を閉めた。
彼はMSハンガーのベッドにGMカスタムを乗せると、ノンビリと修理を開始した。
幸い、艦の発電機設備とバッテリーは無傷であったので、ハンガー内の什器設備はあらかた使用出来た。
GMカスタムの各メンテナンスハッチを開放し、間接部のパーツを解体していく。
砂浜の闘いで、メカに付着したパーツをオイルで洗い、艦内の部品倉庫が見つけたオイルシールやパッキンに交換していく。
やらなければならない事は膨大にある。
時々、開かれたハッチの上を海鳥がミャーミャーと鳴きながら飛んでいく。
しかし、彼には待たねばならない長い時間が膨大にあったのもまた事実であった。
やがて、時が流れた。
一年戦争が終結し、村には本当の平和の訪れを迎えた安堵感が満ち溢れていた。
その頃から、村に奇妙な男の噂が流れ始める。
それは、バートランド家を時々訪れる男の噂であった。
男は村人の目を盗む様に、村の近くまで来ると、待ち受けていたロックウェルの車に同乗して海岸のん方へ消えて行くのだった。
日の沈む頃、ロックウェルは独りで帰って来るのだが、いつもその帰りの車は大きな魚や、膨大な漁獲が積み込まれていた。
村人の独りがロックウェルに「あの男は誰だ?」と訊ねてもロックウェルはただ、首を横に振り、「語られぬ英雄なのさ。」と答えるだけであった。
村の中には、「ジオンの残党兵」では無いかと勘繰る者も居たが、漁船が捕縛された折に一緒に捕まっていたバートランド家の者がジオンと通ずる訳は無い、と一笑に付された。
少なくとも、男とロックウェルがもたらす漁獲は村の安定した収入に繋がっていたし、ロックウェル本人もそんな漁獲を独り占めしようとはしなかったので、村人達は大して、大きく騒ぎ立てなかった。
一時期は酒場あたりで話題にもなったが、2年も過ぎると大して気にする者も居なくなり、ふと気付くと、ロックウェルは時々、独りで海辺の方へ出かけていくが、謎の男の姿はいつの間にか見掛けなくなっていた。
そして…
UC0083
グレートサンデー砂漠。
『どうします?シュガト?』
ベイルがGMカスタムのコクピットから話しかける。
『隊長が消えちっまった、とは報告出来ないな。』
広大な砂地を掘り起こす手を休めずにシュガトは応える。
『ですよね…』
ベイルも砂地を掘り起こしながら、ふう、と溜め息を付く。
『せめて、せめて遺品の一つでも…。』
シュガトの言葉にベイルが心外だとばかりに抗議の声を上げる。
『や、やめてくださいよ!縁起でも無いっ!』
だが、二人の心は既に、何かを感じていた。
『そういえば…』
突如、ベイルが声のトーンを変えて話し始める。
『UC0079のソロモン宙域でこんな事件が起こったという記録を読んだ事があるんです…。』
『なんだ?』
『ジオンが研究中だったサイコミュシステム搭載機が周囲の戦艦のミノフスキークラフトに同調し始めたらしいんです。』
『ほお?』
『誤動作し始めたミノフスキークラフトは大量のミノフスキー粒子を発生させ、その膨大な量のミノフスキー粒子は空間の歪みを生み出したそうです。そして…。』
『そして…?』
『多くの兵が目撃していたんですが…。消滅したんです。』
『消滅?何が?』
『そのサイコミュ搭載機が、です。』
『爆発したのか?それこそ縁起でも無いぞ。ベイル…。』
『いや、違うんですよ。その後、ジオン軍の報告書によると、同時に別の場所で目撃されたんです。その機体。』
『どこで?』
『木星のヘリウム採取基地付近…。』
『…馬鹿。』
『ですよねぇ…』
二人は溜め息を付くと、再び砂漠を掘り起こし始めた。
「そうか…そう言う事だったのか…。」
突如として声が響いた。
ベイルとシュガトがGMカスタムの顔を見合わせる。
『隊長!?』
『隊長だ!?』
二人は機体の後部カメラを見つめるとそこに佇む1体のMSを凝視した。
間違いなく、ファルコニア・フォーエバーロングの機体だった。
「元気そうだな。二人共。…ところで、ナニやってんだ?落とし穴か?」
ファルコニアの言葉に二人はグズリと鼻をすすった。
『た、隊長!』
ベイルはGMカスタムを座し、コクピットハッチを開けると飛び下りた。
ファルコニアもコクピットハッチを開けると眩しそうにこちらを見下ろしている。
「隊長!」
ベイルがファルコニア機の足元にたどり着くと、ファルコニアもまた地に足を付けたところだった。
駆け寄る部下の肩にガシリと手をおくと、ファルコニアはベイルの身体を引き寄せて抱きしめた。
「逢いたかったぜ…ベイル。」
「た、た、隊長…御無事で…。でも、この3日間、ドコに…?」
「3日…そうか、3日か…。お前らには3日。俺には3年…。」
ファルコニアは感慨深く呟く。
「えっ?」
ベイルは怪訝な顔をファルコニアに向けるが、彼は気にした様子も無かった。
「隊長…。気のせいですか…少し、老け込んだ様な…。」
ベイルの見つめるファルコニアの表情は3日前のそれとは違っている気がする。
顔の皺が増え、目の輝きもどこか違う…。
だが、ファルコニアはニカリと笑った。
「いーや、俺はファルコニアだ。それだけは間違いないさ。」
その言葉にベイルもニコリとする。
「そうですよね。隊長は隊長です…。」
二人はゆっくりとシュガトのGMカスタムを振り返ると大きく手を振った。
エピローグ
ファルコニア達は戦競で見事に優勝を果たした。
それはベイルもシュガトも目を見張るファルコニアの戦法によっての功績だった。
相手に同じ攻撃を繰り返し、自分の武器を印象付けた直後に、同じ攻撃パターンと見せかけたフェイント攻撃を与えるという方法であった。
彼らには、戦競を見事に優勝した栄誉として一週間の休暇が与えられた。
その帰りのミデア機中。
「隊長?」
ベイルがファルコニアの傍らに佇んだ。
「あ?」
「色々、お聞きしたいのですが…。とにかく、一つだけ教えてください…。」
「あ、ああ。なんだ?」
「あの空白の3日間、何処にいらっしゃったのですか?何故、隊長のGMカスタムの右腕はズゴックになってんです?」
ファルコニアは長い沈黙の後、一言だけ呟く。
「…それは秘密だ。」
さらに二人の間に沈黙が流れる。
「ベイル、俺も一つだけ教えてくれ。」
「…はい。」
「例の伝説の虎模様のな、あのMSパイロットは何ていったかな?」
するとベイルが瞳を輝かせる。
「あ、それはですね。諸説あるんですが…。一つは『ファルコン』、そしてもう一つが『ベイル・F・グレーフィールド』と名乗ったそうです。可笑しいですよね。僕と、隊長とシュガトの名前…」
可笑しいでしょう?などと言う割にベルの表情は誇らしげだった。
「ふーん。」
ファルコニアは一瞬、ニヤリとしたが、後は何も語らずに、腰掛けていた簡易ベッドにゴロリと横になった。
オーストラリアの赤い大地に今、大きな太陽が沈もうとしていた。
そして、同じ太陽を見つめている瞳がここにもあった。
窓から見つめる夕陽はいつにも増して大きく、輝いてみえる。
「兄さん?居るの?」
トントンっと階段を駆け上がってくる。
「ん?エミリ、帰って来たのかい。」
ロックウェルは自室のドアを開けると妹を迎え入れた。
「お帰り、エミリ。どうだい?アリススプリングスは?」
「ええ。とても賑やかで、今は、連邦軍の戦技競技会の話題で持ちきりになっているわ!」
「ふうん…。」
「兄さん?元気が無い様だけど、どうしたの?」
エミリは浮かない顔の兄を気遣った。
「あの人が行ってしまった…。1週間ほど前にね。」
「そう…なの。」
あの人というのが、ベイルと名乗った人物だと、彼女は直感した。
ベイルおじさんは、兄とずっと仲良しだった。
3年前のあの事件の折の潜水艦で暮らし始め、父さんと兄さんはその潜水艦に近づかない様に村の中で色々な噂を流していた。
ジオンの残存兵が居るかもしれないとか、夜に明りの灯る艦を見掛けたとか、MSの動く姿を見た等々。
村人達は父と兄の言葉を信じて、潜水艦には近づかなかった。
1年戦争が終って、暫くすると、兄が嬉々とした顔で家に戻って来た事を覚えている。
兄は興奮して父さんと話をしていた事を良く覚えている。
「父さん!凄いんだ!!今日、ファルコンさんに戦争が終った事を伝えに言ったんだよ!そしたらね、ファルコンさん、知っていたんだ!何故だろう?アソコには何の通信設備も無いんだよ!?」
「ロックウェル、落ち着きなさい。」
「もっと凄いのはね、ファルコンさん、それなら、もう大丈夫かな?って言って僕をMSに乗せてくれたんだ!」
「なんだって?」
「でね。凄い事を思いついたんだ!MSで魚を獲るんだよ!あのでっかい爪の付いたMSなら、水中移動出来るし、何よりどんな大物だって一撃なんだ!それこそ、鯨だって取れるかも!」
兄は興奮してまくし立てた。
父は冷静な面持で、兄の話を聞いていた。
「それで、そのMSは誰が操縦するんだ?」
「僕だよ!僕がファルコンさんから操縦を習うんだ!」
「馬鹿を言いなさい!」
父は凄い剣幕で、兄を叱りつけた。
「そんな、MSに乗るだなんて…!父さんが、許すはずがないだろう!」
「でも、父さん、MSは本来、人間の為にあるべきマシーンなんだ。そう、ファルコンさんも言ってたよ!」
「私はMSを否定するんじゃないっ!息子がそんなマシーンに乗る事を否定しているんだっ!」
それから、父さんと兄さんは夜中まで、話合っていた。
結局、それから、MSに乗って漁をするのは、ファルコンさんで、兄さんは地上から連絡を取る仕事をしていた。
二人は時々、大きな魚を取っては村に大きな利益をもたらした。
そのお陰で、私はアリススプリングスの全寮制の学校に通い始める事が出来た…。
エミリはボンヤリと回想しながら、兄の横顔を見つめた。
「そう…行ってしまったのね…。」
彼女は兄の失意を思いやる様に彼の肩に手をおいた。
だが、兄はニッコリとエミリに微笑み掛ける。
「ありがとう。エミリ…。でも、大丈夫だよ。」
「本当?」
「ああ。あの人はいつか行ってしまうとは思っていたからね。実は、ここ最近、父さんには内緒なんだけど、MSの操縦も教えて貰っていたんだ…。だから、今後も、魚を取って暮らして行ける…。すこうし、寂しいけれど、ね。」
兄は妹に優しく微笑んで見せる。
エミリはすっかり逞しくなった兄の胸に顔を押しつけた。
「兄さん、立派だよ…。」
ベイル/ファルコンと名乗った謎の男はロックウェル達に多くの謎を残した。
どこから来たのか、何者なのか、そして、不思議なMS。
ロックウェルとエミリは事あるごとに、母親にそんな話をしたが、母は「さてね?」と言ったまま、何も言わなかった。
そして、ロックウェルの元に残された最大の謎…。
それは、彼が最期の闘いの折にロックウェルに託した煙草のパッケージ…。
ボックスの脇に記された文字。
『製造:UC0083 試供品』
ロックウェルは母親に不思議なんだ、と言いながら見せた事もあったが、彼女はただ、クスクスと笑うだけであった。
END