金 子 み す ゞ 詩集

POEM  U−2 KANEKO MISUZU

 金魚

月はいきするたびごとに
あのやはらかな、なつかしい
月のひかりを吐くのです。

花はいきするたびごとに
あのきよらかな、かぐはしい
花のにほいをはくのです。

金魚はいきするたびごとに
あのお噺の継子(マゝコ)のやうに
きれいな
玉(タマ)をはくのです。

U-61

 

  仔牛(ベエコ)

ひい、ふう、みい、よ、踏切で、
みんなして貨車をかずへてた。
いつ、むう、ななつ、八つ目の、
貨車に仔牛が乘つてゐた。
賣られてどこへ行くんだろ、
仔牛ばかしで乘つてゐた。
夕風冷たい踏切で、
みんなして貨車を見おくつた。
晩にやどうして寢るんだろ、
母さん牛はゐなかつた。
どこへ仔牛は行くんだろ、
ほんとにどこへ行くんだろ。

U-62

 

  夢と現(ウツツ)

夢がほんとでほんとが夢なら、
よからうな。
夢ぢやなんにも決まつてないから、
よからうな。

ひるまの次は、夜だつてことも、
私が王女でないつてことも、

お月さんは手ではとれないつてことも、
百合の裡(ナカ)へははいれないつてことも、

時計の針は右へゆくつてことも、
死んだ人たちやゐないつてことも。

ほんとになんにも決まつてないから、
よからうな。
ときどきほんとを夢にみたなら、
よからうな。

U-66

 

  星とたんぽぽ

青いお空の底ふかく、
海の小石のそのやうに、
夜がくるまで沈んでる、
畫(ヒル)のお星は目にみえぬ。
  見えぬけれどもあるんだよ、
  見えぬものでもあるんだよ。

散つてすがれたたんぽぽの、
瓦のすきに、だァまつて、
春のくるまでかくれてる、
つよいその根は眼に見えぬ。
  見えぬけれどもあるんだよ、
  見えぬものでもあるんだよ。
   

U-68

 

 

  花のたましひ

散つたお花のたましひは、
み佛さまの花ぞのに、
ひとつ残らずうまれるの。

だつて、お花はやさしくて、
おてんとさまが呼ぶときに、
ぱつとひらいて、ほほゑんで、
蝶々にあまい蜜をやり、
人にや匂ひををみなくれて、

風がおいでとよぶときに、
やはりすなほについてゆき、

なきがらさえも、ままごとの
御飯になつてくれるから。

 
U-69

 

 麥の芽

お百姓、畠に麥まいた。

毎晩、夜霜が降りたけど、
毎朝、朝日が消してつて、
畠はやつぱり黒かつた。

ある夜、夜中に誰か來た、
杖を三べん振つてゐた。
「こどもよ、こども、出ておいで。」

あけの明星と、お百姓と、
一しよに麥の芽みィつけた。
そこにもここにもみィつけた。

U-71

 

 虹と飛行機

町の人ははじめて
虹を見た、
飛行機見に出て
虹をみた。

しぐれの空から
飛行機は、
虹の輪のなかへと
急いでる。

わかつた、
わかつた、
飛行機は、
町の人に
この虹
みせようと、
虹から
つかひに
來たんだよ。

U-72

 

 

小鳥は
小枝のてつぺんに、
子供は
木かげの鞦韆(ぶらんこ)に、
小ちやな葉つぱは
芽のなかに。

あの木は、
あの木は、
うれしかろ。

 
U-74

 

 淡雪

雪がふる、
雪がふる。

落ちては消えて
どろどろな、
ぬかるみになりに
雪がふる。

兄から、姉から、
おととにいもと、
あとから、あとから
雪がふる。

おもしろさうに
舞ひながら、
ぬかるみになりに
雪がふる。

U-77

 

  學校へゆくみち

學校へゆくみち、ながいから、
いつもお話、かんがへる。

みちで誰かに逢わなけりや、
學校へつくまでかんがへる。

だけど誰かと出逢つたら、
朝の挨拶せにやならぬ。

すると私はおもひ出す。
お天気のこと、霜のこと、
田圃(タンボ)がさびしくなつたこと。

だから、私はゆくみちで、
ほかのの誰にも逢はないで、
そのおはなしのすまぬうち、
御門をくぐる方がいい。

 

U-78

 

   (ツユ)

誰にもいはずにおきませう。

朝のお庭のすみっこで、
花がほろりと泣いたこと。

もしも噂がひろがつて
蜂のお耳へはいつたら、

わるいことでもしたやうに、
蜜をかへしに行くでせう。

U-81

 

 雲のこども

風の子供のゐるとこに、
波の子供はあそびます。

波の大人のゐるとこにや、
風も大人がゐるのです。

だのに、お空を旅してる、
雲の子供はかはいさう。

大人の風につれられて、
いきをきらしてついてゆく

U-84

 

  蓄音器

大人はきつとおもつてゐるよ、
子供はものをかんがへないと。

だから、私が私の舟で、
やつとみつけたちひさな島の、
お城の門をくぐつたとこで、
大人はいきなり蓄音器をかける。

私はそれをきかないように、
話のあとをつづけるけれど、
唄はこつそりはいつて來ては、
島もお城もぬすんでしまふ。

U-86

 

 山茶花

居ない居ない
ばあ!

風ふくおせどの
山茶花は。

居ない居ない
ばあ!
いつまでも、

泣き出しさうな
空あやす。

U-87

 

  あるとき

お家のみえる角へ来て、
おもひだしたの、あのことを。

私はもつと、ながいこと、
すねていなけりやいけないの。

だつて、かあさんはいつたのよ、
「晩までそうしておいで」つて。

だのに、みんなが呼びにきて、
わすれて飛んで出ちやつたの。

なんだかきまりが悪いけど、
でもいいわ、
ほんとはきげんのいいほうが、
きつと、母さんは好きだから。
 
U-88

 

  お花だつたら

もしも私がお花なら、
とてもいい子になれるだろ。

ものが言へなきや、あるけなきや、
なんでおいたをするものか。

だけど、誰かがやって來て、
いやな花だといつたなら、
すぐに怒つてしぼむだろ。

もしもお花になつたつて、
やつぱしいい子にやなれまいな、
お花のやうにはなれまいな。
 

U-89

 

  舟乘と星

舟乘は星をみた、
星はいつてた、
「おいでよ、おいで。」
波はずゐぶん高かつた。

舟乘の眼はかがやいた。
風もおそれず、波もみず、
星へへさきをむけてゐた。

舟乘は岸へついてた、
知らぬまに。
「星か、星か。」とおもつてた。
星はやつぱり遠かつた。

舟乘をにがしたと、
波はなほさら怒つてた。

U-90

 

  失くなつたもの

夏の渚でなくなつた、
おもちやの舟は、あの舟は、
おもちやの島へかへつたの。
  月のひかりのふるなかを、
  なんきん玉の渚まで。

いつか、ゆびきりしたけれど、
あれきり逢はぬ豊ちやんは、
そらのおくにへかへつたの。
  蓮華のはなのふるなかを、
  天童たちにまもられて。

そして、ゆふべの、トランプの、
おひげのこはい王さまは、
トランプのお國へかへつたの。
  ちらちら雪のふるなかを、
  おくにの兵士にまもられて。

失くなつたものはみんなみんな、
元のお家へかへるのよ。

U-91

 

    北風の唄


  中ぞらの凩(コガラシ)のおと、

  ふと止んだとき

  おもふこと――

 

  中ぞらで風がいふ。

  きけ、きけ、唄を

  私の唄を、

  氷の原に

  すむ鳥の唄、

  雲のひろ野を

  ゆく橇(ソリ)の鈴、

  みんな私は

  もつて來た――

  誰も答へず、ききもせず。

  中空で風はふと、

  さびしくなつた――

 
U-93

 

  月のひかり

  一

月のひかりはお屋根から、
明るい街(マチ)をのぞきます。
 
なにも知らない人たちは、
ひるまのやうに、たのしげに、
明るい街をあるきます。
 
月のひかりはそれを見て、
そつとためいきついてから、
誰も貰はぬ、たくさんの、
影を瓦にすててます。
 
それを知らない人たちは、
あかりの川のまちすぢを、
魚のやうに、とほります。
  ひと足ごとに、濃く、うすく、
  伸びてはちぢむ、氣まぐれな、
  電燈(デンキ)のかげを曳きながら。
 
  二

月のひかりはみつけます、
暗いさみしい裏町を。
 
いそいでさつと飛び込んで、
そこのまづしいみなし兒が、
おどろいて眼をあけたとき、
その眼のなかへもはいります。
  ちつとも痛くないやうに、
  そして、そこらの破(アバ)ら屋が、
  銀の、御殿にみえるよに。

子供はやがてねむつても、
月のひかりは夜明けまで、
しづかにそこに佇(タ)つてます。
  こはれ荷ぐるま、やぶれ傘、
  一本はえた草にまで、
  かはらぬ影をやりながら。
 
U-94

 

  わらひ
それはきれいな薔薇いろで、
芥子つぶよりかちひさくて、
こぼれて土に落ちたとき、
ぱつと花火がはじけるように、
おほきな花がひらくのよ。
 
もしも泪がこぼれるように、
こんな笑ひがこぼれたら、
どんなに、どんなに、きれいでせう。 

U-97

 

 金魚のお墓

暗い、さみしい、土のなか
金魚はなにをみつめてる。
夏のお池の藻の花と、
揺れる光のまぼろしを。

靜かな、靜かな、土のなか、
金魚はなにをきいてゐる。
そつと落葉の上をゆく、
夜のしぐれのあしおとを。

冷たい、冷たい、土のなか、
金魚はなにをおもつてる。
金魚屋の荷のなかにゐた、
むかしの、むかしの、友だちを。

U-101

 

  

花咲爺さん、灰おくれ、
笊(ザル)にのこつた灰おくれ、
私はいいことするんだよ。

さくら、もくれん、梨、すもも、
そんなものへは撒きやしない、
どうせ春には咲くんだよ。

一度もあかい花咲かぬ、
つまらなそうな、森の木に、
灰のありたけ撒くんだよ。

もしもみごとに咲いたなら、
どんなにその木はうれしかろ、
どんなに私もうれしかろ。

 
U-102

 

  

うちのだりあの咲いた日に
酒屋のクロは死にました。

おもてであそぶわたしらを、
いつでも、おこるおばさんが、
おろおろ泣いて居りました。

その日、學校でそのことを
おもしろそうに、話してて、

ふつとさみしくなりました。

 
U-103

 

  草の名

人の知つてる草の名は、
私はちつとも知らないの。

人の知らない草の名を、
私はいくつも知つてるの。

それは私がつけたのよ、
好きな草には好きな名を。

人の知つてる草の名も、
どうせ誰かがつけたのよ。

ほんとの名まへを知つてるは、
空のお日さまばかりなの。

だから私はよんでるの、
私ばかりでよんでるの。

U-104

 

 獨樂(コマ)の實(ミ)

赤くて小(チ)さい獨樂の實よ
あまくて澁いこまの實よ。

お掌(テゝ)の上でこまの實を
ひとつ廻しちやひとつ食べ
みんななくなりやまた探す。

ひとりだけれど、草山に
赤いその實はかず知れず
茨(イバラ)のかげにのぞいてて、

ひとりだけれど、草山で
獨樂を廻せば日も闌(タ)ける。

U-105

 

 しけだま

夕燒のなかに、
しけだまが赤いよ。
しけだまの下では、
仔牛(ベエコ)があそぶよ。

もういつからか、
あがつたきりだよ。
誰もうはさも、
しなくなったよ。

夕燒のそらに、
しけだまは赤いよ。
いつか來る、
いつか來る時化(シケ)を知らすよ。

註  しけだま ━ 暴風雨警報

U-106

 

 げんげの葉の唄

花は摘まれて
どこへゆく

ここには青い空があり
うたふ雲雀(ヒバリ)があるけれど

あのたのしげな旅びとの
風のゆくてが
おもわれる

花のつけ根をさぐつてる
あの愛らしい手のなかに
私を摘む手は
ないか知ら

U-107

 

 星のかず

十(トォ)しきやない
指で、
お星の
かずを、
かずへて
ゐるよ。
きのふも
けふも。

十しきやない
指で、
お星の
かずを、
かずへて
ゆかう。
いついつ
までも。

U-109

 

 夜の雪

ぼたん雪、こ雪、
雪ふる街を、
盲人(メクラ)がひとり、
子供がひとり。

明るい窓で
ピアノはうたふ。

盲人はきくよ、
杖をとめて。
牡丹雪はかかる、
その手のうへに。

子供はみるよ
明るい窓を。

牡丹雪はかざる
おかつぱの髪を。

ピアノはうたふ、
こころをこめて、
ふたりのために、
春の日の唄を。

牡丹雪、こ雪、
ひらひら舞ふよ、
二人のうへに
あたたかく、うつくしく。

U-110

 

 たもと

袂(タモト)のゆかたは
うれしいな
よそ行き見たいな氣がするよ。

夕顔の
花の明るい背戸(セド)へ出て
そつと踊りの眞似をする。

とん、と、叩いて、手を入れて
誰か來たか、と、ちよいと見る。

藍の匂(ニホイ)の新しい
ゆかたの袂は
うれしいな。

U-111

 

 さびしいとき

私がさびしいときに、
よその人は知らないの。

私がさびしいときに、
お友だちは笑ふの。

私がさびしいときに、
お母さんはやさしいの。

私がさびしいときに、
佛さまはさびしいの。
 

U-112

 

 椅子の上 

岩の上、
まわりは海よ、
潮はみちる。

おおい、おおい、
沖の帆かげ。
呼んでも、なほ、
とほく、とほく。

日はくれる、
空はたかい、
潮はみちる・・・・・・。
  (もういいよ、ごはんだよ。)
あ、かあさんだ。
椅子の岩から
ゐせいよく、
お部屋の海に
とびおりる。

U-115

 

 蓮と鷄

泥のなかから
蓮が咲く。

それをするのは
蓮ぢやない。

卵のなかから
鷄が出る。

それをするのは
鷄ぢやない。

それに私は
氣がついた。

それも私の
せいぢやない。

U-117


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