金 子 み す ゞ 詩集

POEM V-T KANEKO MISUZU

さみしい王女

世界中の王様

   

ときどき私はおもふのよ。

雀に御馳走してやつて、
みんな馴らして名をつけて、
肩やお掌にとまらせて、
よそへあそびに行くことを。

けれどもぢきに忘れるの。
だつて、遊びはたくさんで、
雀のことなんか忘れるの。

思ひ出すのは夜だもの、
雀のゐない夜だもの。

いつも私のおもふこと、
もしか雀が知つてたら、
待ちぼけばつかししてるでしよ。

わたし、ほんとにわるい子よ。

 

  つくる

小鳥は
藁で
その巣をつくる。
  その藁
  その藁
  たあれがつくる。

石屋は
石で
お墓をつくる。
  その石
  その石
  たあれがつくる。

わたしは
砂で
箱庭つくる。
  その砂
  その砂
  たあれがつくる。

 

  世界中の王様

世界中の王様をよせて、
「お天気ですよ。」と云つてあげよう。

王様の御殿はひろいから、
どの王様も知らないだらう。
こんなお空を知らないだらう。

世界中の王様をよせて
そのまた王様になつたのよりか、
もつと、ずつと、うれしいだらう。

 

  時のお爺さん

タッ、タッ、といそいで駈けてゆく、
忙しい「時」のお爺さん。

私の持つてるものならば、
なんでもあなたにあげませう。

穴のある石、縞の石、
あをいラムネの玉いつつ。

ふるい不思議な芝居繪も、
銀の芒(ススキ)のかんざしも。

タッ、タッ、と休まず駈けてゆく、
巨きな「時」のお爺さん。

もしも、あなたがお祭りを、
いますぐ持つて來てくれるなら。

 

  人形の木

いつだか埋めた種からは、
ちひさい桃の木生えました。

たつた一つの人形だけど、
お庭のすみに埋めませう。

さみしくつてもがまんして、
ちひさい二葉を待ちませう。

ちひさいその芽をそだてたら、
三年さきで花が咲き、
秋にやかはいい人形が生つて、
町ぢゆうの子供にひとつづつ、
木からもいでわけてやる、
人形の木が生えるから。

 

 ねがひ

夜が更けるなあ、
ねむたいなあ。

いいや、いいや、ねてしまはう。
夜の夜なかに、この部屋へ、
赤い帽子(シャッポ)でひよいと出て、
こつそり算術やつておく、
悧巧な小びとが一人やそこら、
きつとどこぞにゐるだろよ。

 

  橙 畑 (ダイダイバタケ)

橙畑の橙の木は、
みんな伐られた、その根も掘られた、
ただの畑になるつて話だ。

なにをつくるか知らないけれど
茄子にやぶらんこ掛けられまいし
  (てんと蟲ならできようけれど)
豆で木登りできるものか。
  (ヂャックの豆なら知らないけれど。)

橙畑の橙の木は、
青い實のままみんな伐られた。
あそぶ處がまた一つ減つたよ。

 

 魚 市 場

瀬戸に
渦まく
夕潮

とほく
とどろく
夕暗

市のひけた
市場に、
海からかげが
のぞくよ。

子供は、子供は、
どこにと、
何か、何か、
のぞくよ。

秋刀魚の色した
夕ぞら、
烏が啼かずに
わたるよ。

 

  みえない星

空のおくには何がある。

 空のおくには星がある。

星のおくには何がある。

 星のおくにも星がある。
 眼には見えない星がある。

みえない星は何の星。

 お供の多い王様の、
 ひとりの好きな たましひと、
 みんなに見られた踊り子の、
 かくれてゐたい たましひと。

 

  トランプのお家

トランプの札でお家(ウチ)を
つくりませう。
お室(ヘヤ)はみんな裏むきで、
床のもやうがうつくしく、
ダイヤの一が電燈(デンキ)です。

お庭にやスペード、クラブの木、
ハートの花もちらちらと。

トランプの札でお家にや
誰が棲む。
四人の王と四人の女王のそのなかで、
きらはれもののスペードの、
王と女王を棲ませませう。

トランプの札のお家を
こはしませう。
ボンボン時計が五つ鳴り、
ねえやが箒を持つて來た。

 

  

「夏」は夜更し
朝寢ばう。

夜は私がねたあとも、
ねないでゐるが、朝早く、
私が朝顔起こすときや、
まだまだ「夏」は起きて來ぬ。

すずしい、すずしい、
そよ風だ。

 

  夏越(ナゴシ)まつり

ぽつかりと
ふうせん、
瓦斯の灯が映るよ。

影燈籠(カゲドウロウ)の
人どほり、
氷屋の聲が泌(シ)みるよ。

しらじらと
天の川、
夏越祭の夜更けよ。

辻を曲れば
ふうせん、
星ぞらに暗いよ。

 

  雨の五穀祭

ざんざの雨に流された、
五穀まつりの夜更けて、
いまはちらほら星がでた。

誰もとほらぬ、ぬかるみに、
消えた提灯映つてる。

遠い通りを自動車で、
わつと囃して通るのが、
空ゆくやうに、きィこえた。

ひとつ、ふたつ、みィつ、
お空に星がふゥえた。

どこかの軒の提灯が、
またひとつ、消えた。

 

  夏の宵

暮れても明るい
空のいろ、
星がハモニカ
吹いてゐる。

暮れても街には
立つ埃(ホコリ)、
空馬車からから
踊つてる。

暮れても明るい
土のいろ、
線香花火が
もえ盡(ツ)きて、
あかい火だまが
ほろと散る。

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  ひよどり越

ひよどり越(ゴエ)の
さかおとし、
蟻の大軍
攻めくだる。

めざす平家は
梨の芯、
わたしの捨てた
梨の芯。

  峠の茶屋の
  ひるさがり、
  ふるは松葉と
  蝉しぐれ。

蟻の大軍
いさましく、
梨のお城を
とりまいた。


  唖 蝉 (オフシ ゼミ)

おしやべり蝉は歌うたふ。
朝から晩まで歌うたふ、
誰が見てても歌うたふ、
いつもおんなじ歌うたふ。

唖の蝉は歌を書く、
だまつて葉つぱに歌を書く、
誰も見ぬとき歌を書く、
誰もうたはぬ歌を書く。

  (秋が來たなら地に落ちて、
   朽ちる葉つぱと知らぬやら。)

 

 山の子の夢

山のおくの
湯の町の
宿のむすめの
見る夢は、
うつくしい
海の夢。

  まろく
  かさなる
  朱の波に、
  金と
  銀との
  むら千鳥。

さめておもへば
さみしいな、
それは手筥(テバコ)の
舞扇。

 

  ちひさなお里

芥子(ケシ)人形、
芥子人形、
おまへのお里へ行きたいな。

おまへのお里の藁屋根は、
わたしの掌にでものるのだろ。

それでもげんげも咲くのだろ、
おまへも摘んでゐたのだろ。

げんげつみつみ日がくれりや、
ちひさな月も出るのだろ。
芥子人形、芥子人形。
おまへのお里の春の日は、
わたしでさへも、なつかしい。
巨きな室(ヘヤ)がさむいとき、
巨きな猫がこはいとき、
どんなにおまへにや戀しかろ。

 

  象の鼻

むうく、むうく
山の上、
巨きな象が白い。

むうく、むうく
空に、
象の鼻が伸びる。
―― 水いろ空に、
    失くした牙が
    しィろくほそく。

むうく、むうく
鼻が、
伸びても伸びても遠い。
とどかぬ
ままに、
灰いろに暮れて、
―― しづかな空に、
    とれない牙は、
    いよいよしろく。

 

  文字焼き

文字焼きの焼けるにほひよ、
雨がふる、
こんこんこまかな雨がふる。
 
駄菓子屋の奥の暗さよ、
ぽつちりと、
あかい煙草の火がみえる。
 
五六人そこらの辻で、
くちぐちに、
さよならしてる聲がする。
 
文字焼きの焼けるにほひよ、
雨がふる、
こんこんこまかな雨がふる。

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  海を歩く母さま

母さま、いやよ、
そこ、海なのよ。
ほら、ここ、港、
この椅子、お舟、
これから出るの。
お舟に乗つてよ。
 
あら、あら、だァめ、
海んなか歩いちや、
あつぷあつぷしてよ。
母さま、ほんと、
笑つてないで、
はよ、はよ、乗つてよ。
 
とうとう行つちやつた。
でも、でも、いいの、
うちの母さま、えらいの、
海、あるけるの。
えェらいな、
えェらいな。

 

 舟 の 歌

わたしは若い舟だつた。
あの賑やかな舟おろし、
五色の旗にかざられて、
はじめて海にのぞむとき、
限り知られぬ波たちは、
みんな一度にひれ伏した。
 
わたしは強い舟だつた。
嵐も波も渦潮も、
荒れれば勇む舟だつた。
銀の魚を山と積み、
しらしら明けに戻るときや、
勝つた戦士のやうだつた。
 
わたしも今は年老いて、
瀬戸ののどかな渡し舟。
岸の藁屋の向日葵(ヒマワリ)の、
まはるあひだをうつうつと、
眠りながらもなつかしい、
むかしの夢をくりかへす。

 

 
 蝉しぐれ

お汽車の窓の
蝉しぐれ。
 
ひとりの旅の
夕ぐれに、
眼(マナコ)とぢれば
眼のなかに、
金とみどりの
百合が咲き、
 
眼ひらけば
窓のそと、
名知らぬ山は
夕焼けで、
すぎて
また來る
蝉しぐれ。

 

  お月さんとねえや

私があるくとお月さんも歩く、
いいお月さん。
 
毎晩忘れずに
お空へくるなら
もつともつといいお月さん。
 
私が笑ふとねえやも笑ふ、
いいねえや。
 
いつでも御用がなくて
あそんでくれるなら
もつともつといいねえや。

 

 

ちよいと
渚の貝がら見た間に、
あの帆はどつかへ
行つてしまつた。
 
こんなふうに
行つてしまつた。
誰かがあつた――
何かがあつた――

芒とお日さま

  さみしい王女

つよい王子にすくわれて、
城へかへつた、おひめさま

城はむかしの城だけど、
薔薇もかはらず咲くけれど、

なぜかさみしいおひめさま、
けふもお空を眺めてた。

  (魔法つかひはこはいけど、
  あのはてしないあを空を、
  白くかがやく翅(ハネ)のべて、
  はるかに遠く旅してた、
  小鳥のころがなつかしい。)

街の上には花が飛び、
城に宴はまだつづく。
それもさみしいおひめさま、
ひとり日暮(ヒグレ)の花園で、
眞紅(マツカ)な薔薇は見も向かず、
お空ばかりを眺めてた。

 

  林檎畑

七つの星のそのしたの、
誰も知らない雪國に、
林檎ばたけがありました。
 
垣もむすばず、人もゐず、
なかの古樹の大枝に、
鐘がかかつてゐるばかり。
 
  ひとつ林檎をもいだ子は、
  ひとつお鐘をならします。
 
  ひとつお鐘がひびくとき、
  ひとつお花がひらきます。
 
七つの星のしたを行く、
馬橇(バソリ)の上の旅びとは、
とほいお鐘をききました。
 
とほいその音をきくときに、
凍つたこころはとけました、
みんな泪になりました。

 

 はつ秋

白いいかめしい日曜の銀行に、
ころ、ころ、ころ、とこほろぎが鳴き、
 
白いやうにうすい朝の空を、
すらすらと蜻蛉(トンボウ)が飛ぶ。
 
  (秋は今朝、
  港に着いた。)
 
白い巨きな日曜の銀行に、
陽はかつきりと影をつくり、
 
白い絲のついた蝉は電線にからまつて、
うすい翅をふるはせてゐる。

 

  踏切
 
踏切の小屋は大きな空の下。
 
小屋のおもてで爺さんは、
けふの新聞よんでゐる。
 
  ながい、ながい、影ばふし、
  裾(スソ)に嫁菜(ヨメナ)の花が咲き、
  胸のあたりで蟲がなく。
 
踏切の柵はしィろい空のなか。
 
草の葉かげでこほろぎは、
晝の月見てないてゐる。

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 曼珠沙華(ヒガンバナ)

村のまつりは
夏のころ、
ひるまも花火を
たきました。
 
秋のまつりは
となり村、
日傘のつづく
裏みちに、
地面(ヂベタ)のしたに
棲むひとが、
線香花火を
たきました。
 
あかい
あかい
曼珠沙華。

 

 小さい女の子と男の子
 
赤いビラが散つた、
青いビラが散つた、
春の日の街に。
 
小さい女の子が
赤いビラ拾うた、
赤いビラ折つて、
石つころに着せて、
ねんねんころりと
子守唄うたうた。
 
小さい男の子が
青いビラ拾うた、
青いビラ持つて、
お家まで駈けて、
電報、電報と
力一ぱいどなつた。

 

 
秋は一夜に

秋は一夜にやつてくる。

二百十日に風が吹き、
二百二十日に雨が降り、
あけの夜あけにあがつたら、
その夜にこつそりやつて来る。

舟で港へあがるのか、
翅(ハネ)でお空を翔(カ)けるのか、
地からむくむく湧き出すか、
それは誰にもわからない、
けれども今朝はもう來てる。

どこにゐるのか、わからない、
けれど、どこかに、もう来てる。

 

 落葉のカルタ

山路に散つたカルタは
なんの札。
金と銀との落葉の札に、
蟲くひ流の筆のあと。
山路に散つたカルタは、
誰が讀む。
黒い小鳥が黒い尾はねて、
ちちッ、ちちッ、と啼いてゐる。
 
山路に散つたカルタは、
誰がとる。
むべ山ならぬこの山かぜが、
さつと一度にさらつてく。

 

 

親指の爪は
平たいお顔。
丈夫さうなお顔。
  わたしらの先生。
 
人差指の爪は
ゆがんだお顔。
泣きそなお顔。
  いつかの曲馬の子。
 
中指の爪は
まあるいお顔。
笑つてるお顔。
  まへゐたねえや。
 
紅さし指の爪は
四角なお顔。
考へてるお顔。
  あの旅の小父さん。

小指の爪は
ほそくて、きれい。
  知つてるやうで
  誰だか知らぬ。

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 紙鐵砲

紙鐵砲、
ポン、ポン、ポン。
 
きのふまでなかつたに、
一にちで流行(ハヤ)つたよ。
 
みんなが篠竹切つてくる、
みんなが紙玉こしらへる。
 
紙鐵砲、
ポン、ポン、ポン。

きのふまで暑かつたに、
一にちで秋が來た。

みんなが篠竹けづつてる、
みんながお空をみあげてる。

 

 お勘定

空には雲がいま二つ、
路には人がいま五人。
 
ここから學校へゆくまでは、
五百六十七足(アシ)あつて、
電信柱が九本ある。
 
私の箱のなんきん玉は、
二百三十あつたけど、
七つはころげてなくなつた。
 
夜のお空のあの星は、
千と三百五十まで、
かぞへたばかし、まだ知らぬ。
 
私は勘定が大好き。
なんでも、勘定するよ。

 

  こはれ帽子(シヤツポ)

てんてん手毬、
おててん手から、辷(スベ)つてころげて、
乞食の子供にひろはれた。
 
手まりは欲しし、怖さは、怖し、
睨みや、睨んではうつてくれて、
 
行くか、歸るか、あち向きかけて、
麥藁帽子をすぽりとかぶりや、
すぽり、こはれた、こはれた、帽子、
つばがすぽりとくびまで抜けた。
 
くるり、ふりむき、アハハと笑うた、
私もうつかり、アハハと笑うた。
 
こはれ帽子の、そのゆくみちにや、
とんぼ、千も萬も舞ひ舞ひしてた。

 

 らくがき

雨の音
ききながら
みつめる壁の
樂書きよ。
 
いつの日
誰が描いたやら、
私みたいに
拙(マズ)い画(エ)。
 
くすりの香(カ)
芬(プン)とする、
大きな火鉢に
ひとりゐて、
 
しみじみと
ながめてる、
お顔だけの
あねさま。

 

 萬倍

世界中の王様の、
御殿をみんなよせたつて、
その萬倍もうつくしい。
――星で飾つた夜の空。
 
世界中の女王様の、
おべべをみんなよせたつて、
その萬倍もうつくしい。
――水に映つた朝の虹。
 
星で飾つた夜の空、
水に映つた朝の虹、
みんなよせてもその上に、
その萬倍もうつくしい。
――空のむかうの神さまのお國。

 

 ねんねの汽車

ねんねん寢る子は汽車に乗る、
ねんねの駅を汽車は出る。
 
汽車の通るは夢のくに、
なんきん玉の地の上の、
赤い線路をひた走り。
 
月は明るし、雲は紅(ベニ)、
硝子の塔のてつぺんに、
ちらりと白い星も出る。
 
みんなお窓に見て過ぎて、
おめざの駅へ汽車は着く。
 
お夢のくにのお土産は、
誰も持つては歸れない。
お夢のくにへゆくみちは、
ねんねの汽車が知るばかり。

 

子供と潜水夫(モグリ)と月と
 
子供は野原の花をつむ、
けれども、歸るみちみちで
はらり、はらりと撒きちらす。
 
お家へかへれば、何もない。
 
もぐりは海の珊瑚採る、
けれど、あがれば舟におき、
からだ一つでまたもぐる。
 
自分のものは、何もない。
 
月はお空の星ひろふ、
けれど、十五夜すぎたなら、
またもお空へ撒きちらす。
晦日(ミソカ)ごろには、何もない。

 

 遠い火事

遠い火事、
忘れたやうに、みんなして、
戦ごつこをしてゐたよ。
 
消えた、消えた、と駈けて來た、
誰かの鼻先、工兵が、
敵の地雷をつかまへた。

勝負がついて、みちばたで、
みんながせいせいいつてたら、
三番組が引上げた、
らつぱ吹き吹き通つた

みんな、だまつて見送つた、
黒くポンプのゆく空にや、
半分かけたお月さん、
とても大きな傘さしてた。

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 うらなひ
 
夕やけ、
小やけ、
赤い草履(ゾンゾ)
飛ばそ。
 
赤い草履
裏だ、
も一度
飛ばそ。
 
出るまで、
何べんでも
飛ばそ。
 
夕やけ、
小やけ、
雲まで
飛ばそ。

 

  芒(ススキ)とお日さま

――もうすこし、
――もうすこし、
芒はせい伸びしてゐます。

あまり照られてしほれそな、
白いやさしいひるがほを、
どうにか、陰にしてやろと。

――もうすこし、
――もうすこし、
お日はぐずぐずしてゐます。

まだまだ籠(カゴ)は大きいに、
あれつぽちしか  よう刈らぬ、
草刈むすめがかあいそで。

 

  みんなを好きに

私は好きになりたいな、
何でもかんでもみいんな。

葱も、トマトも、おさかなも、
残らず好きになりたいな。

うちのおかずは、みいんな、
母さまがおつくりなつたもの。

私は好きになりたいな、
誰でもかれでもみいんな。

お醫者さんでも、烏(カラス)でも、
残らず好きになりたいな。

世界のものはみィんな、
神さまがおつくりになつたもの。

 

  水と影

お空のかげは、
水のなかにいつぱい。

お空のふちに、
木立もうつる、
野茨(ノバラ)もうつる。
   水はすなほ、
   なんの影も映す。

みずのかげは、
木立のしげみにちらちら。

明るい影よ、
すずしい影よ、
ゆれてる影よ。
   水はつつましい、
   自分の影は小さい。

 

 
 井戸ばたで

お母さまは、お洗濯、
たらひの中をみてゐたら、
しやぼんの泡にたくさんの、
ちひさなお空が光つてて、
ちひさな私がのぞいてる。

こんなに小さくなれるのよ、
こんなにたくさんになれるのよ、
わたしは魔法つかひなの。

何かいいことして遊ぼ、
つるべの縄に蜂がゐる、
私も蜂になつてあすぼ。

ふつと、見えなくなつたつて、
母さま、心配しないでね、
ここの、この空飛ぶだけよ。

こんなに青い、青ぞらが、
わたしの翅に觸(サワ)るのは、
どんなに、どんなに、いい氣持。

つかれりや、そこの石竹(セキチク)の、
花にとまって蜜吸つて、
花のおはなしきいてるの。

ちいさい蜂にならなけりや、
とても聞こえぬおはなしを、
日暮れまででも、きいてるの。

なんだか蜂になつたやう、
なんだかお空を飛んだやう、
とても嬉しくなりました。

 

大きな手籠

手籠、手籠、
大きな手籠。
廣い野へ出て、この籠に、
いつぱい蓬(ヨモギ)摘まうとて、
どの子も、どの子も、町の子は。
 
けれど、どの子も知りやしない、
野にある蓬はみいんな、
町へと賣りに行くために、
田舎の人が摘んだのを。
 
  節句は來ても、春淺い。
  よもぎはほんの、芽ばかりで、
  摘めばしほれてしまふのに、
  摘めばしほれてしまふのに。

手籠、手籠、
大きな手籠。
どの子も、どの子も、樂しげに。

 

 花のお使ひ
 
白菊、黄菊、
雪のやうな白い菊。
月のやうな、黄菊。

たあれも、誰も、みてる、
私と花を。
 
  (菊は、きィれい、
  私は菊を持つてる、
  だから、私はきィれい。)

叔母さん家(チ)は遠いけど、
秋で、日和(ヒヨリ)で、いいな。
花のお使ひ、いいな。

 

  納屋

納屋のなかは、うす暗い。
納屋のなかにあるものは、
みんなきのふのものばかり。
 
あの隅のは縁台だ、
夏ぢゆうは、あの上で、
お線香花火をたいて居た。
 
梁に挿された、一束の、
黒く煤けたさくらの花は、
祭に軒へさしたのだ。
 
いちばん奥にみえるのは、
ああ、あれは絲ぐるま、
忘れたほども、とほい日に、
お祖母(バア)さまがまはしてた。
 
いまも、夜なかにや屋根を洩る、
月のひかりをつむぐだろ。
  梁にかくれて、わるものの、
  蜘蛛がいつでもねらつてて、
  絲を盗つては息かけて、
  呪いの絲に變へるのを、
  晝は眠てゐて知らないで。
 
納屋のなかは、うす暗い。
納屋のなかには、なつかしい、
すぎた日のかずかずが、
蜘蛛の巣にかがられてゐる。

橙の花

 墓たち

墓場のうらに、
垣根ができる。
 
墓たちは
これからは、
海がみえなくなるんだよ。
 
こどもの、こどもが、乘つてゐる、
舟の出るのも、かへるのも。
 
海辺のみちに、
垣根ができる。
 
僕たちは
これからは、
墓がみえなくなるんだよ。
 
いつもひいきに、見て通る、
いちばん小さい、丸いのも。

 

 叱られる兄さん

兄さんが叱られるので、
さつきから私はここで、
袖無の紅い子紐を、
結んだり、といたりしてる。
 
それだのに、裏の原では、
さつきから城取りしてる、
ときどきは(トビ)もないてる。

 

 私の髪の

私の髪の光るのは、
いつも母さま、撫でるから。
 
私のお鼻の低いのは、
いつも私が鳴らすから。
 
私のエプロンの白いのは、
いつも母さま、洗ふから。
 
私のお色の黒いのは、
私が煎豆たべるから。

 

 硝子と文字
 
硝子は
空つぽのやうに
すきとほつて見える。
 
けれども
たくさん重なると、
海のやうに青い。
 
文字は
蟻のやうに
黒くて小さい。
 
けれども
たくさん集まると、
黄金(キン)のお城のお噺もできる。

 

  お月さん

夜あけのお月さん
山のきは。
籠に飼はれた白い鸚鵡(アウム)、
ねとぼけお眼(メメ)でひょいと見て、
おうやおや、お連れだ、呼ばうかな。

晝間のお月さん
沼の底。
麦藁帽子の子供が岸で、
釣竿かまへて睨めてた。
すてきだ、釣らうか、かかるかな。
 
日ぐれのお月さん
枝のなか。
くちばし赤い小鳥が一羽、
お眼くりくりみはつてた。
とつても、熟れたぞ、つつこかな。

 

 初あられ

あられ
あられ
手に受けて、
春の夜の
お雛まつりを
ふとおもふ。
 
おなじみの隣の雛は
こんな晩、
暗いお倉の片隅の
ひとりびとりの箱のなか。
ぱら、ぱら、と
きれぎれに
樋(トヒ)うつ音を聽いてゐよ。
 
あられ
あられ
初あられ。

 

 冬の星

霜夜の

まちで

お姉さま、

空をみながら

いひました。

――しずかに

  さむく

  さよならと。

 

霜夜の

そらの

お星さま、

いちばん青い

お星さま。

――ちやうど

  あなたに

  いふやうに。

 

 白い帽子

白い帽子、
あつたかい帽子、
惜しい帽子。
 
でも、もういいの、
失くしたものは、
失くしたものよ。
 
けれど、帽子よ、
お願ひだから、
溝やなんぞに落ちないで、
どこぞの、高い木の枝に、
ちよいとしなよくかかつてね、
私みたいに、不器つちよで、
よう巣をかけぬかはいそな鳥の、
あつたかい、いい巣になつておやり。
 
白い帽子、
毛絲の帽子。

 

 店の出來事

霰(アラレ)がこんころり、
潛戸(クグリド)からはいつた。
お客さんが、霰と、
お連れになつてはいつた。
  (こんばんは。)
  (はい、いらつしやい。)
歌時計がちんからり、
お客さんの手で鳴つた。
あられの音にまじつて、
一つとやを歌うた。
  (さやうなら。)
  (はい、ありがたう。)
 
歌時計がちんからり、
鳴り鳴り出てつた。
消えるまできいてて、
ふつと氣がつけば、
霰はとうに止んでゐた。

 

 大晦日(オオミソカ)と元日

兄さまは掛取り、
母さまはお飾り、
わたしはお歳暮。
町ぢゆうに人が急いで、
町ぢゆうにお日があたつて、
町ぢゆうになにか光つて。
 
うす水いろの空の上、
鳶は靜に輪を描いてた。
 
兄さまは紋附き、
母さまもよそゆき、
わたしもたもとの。
町ぢゆうに人があそんで、
町ぢゆうに松が立つてて、
町ぢゆうに霰が散つてて。

うす墨いろの空の上、
鳶は大きく輪を描いてた。

 

 昨年

お舟、みたみた、
お正月、元旦、
旗も立てずに黒い帆あげて、
ここの港を出てゆく舟を。
 
お舟、あの舟、
乘つてるものは、
けふの初日に追ひ立てられた、
ふるい昨年か、昨年か、さうか。
 
お舟、ゆくゆく、
あのゆく先に、
昨年のあがる港があるか、
昨年を待つて、たあれか居るか。
 
昨年、みたみた。
お正月、元旦、
黒い帆かけたお舟に乘つて、
西へ西へと逃げてく影を。

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 硝子のなか
 
おもての雪が見えるので
ひらひらお花のやうなので、
明(アカ)り障子の繪硝子を、
お炬燵(コタ)にあたつて見てゐたら、
 
うらの木小屋へ木をとりに、
雪ふるなかを歩いてく、
お祖母さまのうしろかげ、
ちらちら映つて、消えました。

 

 朝蜘蛛
 
朝から朝蜘蛛さがつたし、
朝からなんだかうれしいし、
きつと、今日こそ來るでせう。
 
お母さまも知らないが、
生きて、遠くに棲んでゐる、
お父さまのおむかへが。
 
すぐに、私は髪結うて、
好きな手毬のおべべ着て、
赤いお馬車に乘るでせう。
 
赤いお馬車のゆくみちは、
白い芒のみちでせう、
野菊もちひさく咲いてませう。
 
旗のたつてる小(チ)さい村。
鐘の鳴つてる寺のまへ、
しめつた、暗い森のなか。
 
そして、夕焼消えるころ、
むかうのむかうに城のよな、
大きなお家がみえるでせう。

お父さまは待ちきれず、
門から駈けてくるでせう、
私も馬車から飛ぶでせう。

私は「父さま」と呼ぶでせう、
いやいや、黙つてゐるでせう、
あんまり、あんまり、嬉しくて。
朝からなんだかうれしいし、
朝から朝蜘蛛さがつたし、
けふは、何かがあるでせう。

 

  
 
どこにだつて私がゐるの、
私のほかに、私がゐるの。
 
通りぢや店の硝子のなかに、
うちへ歸れば時計のなかに。
 
お台所ぢやお盆にゐるし、
雨のふる日は、路にまでゐるの。
 
けれどもなぜか、いつ見ても、
お空にや決してゐないのよ。

 

 かたばみ
 
駈けてあがつた
お寺の石段。
 
おまゐりすませて
降りかけて、
なぜだか、ふつと、
おもひ出す。
 
石のすきまの
かたばみの
赤いちひさい
葉のことを。
――とほい昔に
  みたやうに。

 

 まち
 
通る、通る、
春の日の街を、
通る、通る、
縦に通る。
 
荷馬車、荷ぐるま、
自動車、自轉車。
 
通る、通る、
白い白い路を、
通る、通る、
横に通る。
 
乞食の子供と
けむりの影が。

 

 貝と月

紺屋(コウヤ)のかめに
つかつて、
白い絲は紺になる。
 
青い海に
つかつて、
白い貝はなぜ白い。
 
夕やけ空に
そまつて、
白い雲は赤くなる。
 
紺の夜ぞらに
うかんで、
白い月はなぜ白い。

 

 絹の帆
 
王様のお船にかける帆は、
うすく、うすくといひつかる。

うす紫のうす絹に、
港のまちが繪と透(ス)いて、
とてもきれいな帆は帆だが、
風はびゆうと來て、
穴あけた。
 
風のみちあけたらやぶるまい、
風のみちあけろといひつかる。
 
うすむらさきのうすぎぬに、
王様の御紋のきりぬきで、
とてもきれいな帆は帆だが、
風はびゆうと來て、
行きぬけて、
船は出やせぬ、
一尺も。

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