金 子 み す ゞ 詩集

POEM V-U KANEKO MISUZU

さみしい王女 U

 自動車

すぎてゆく
自動車に、
わたしの影が
うつります。

自動車は
すぎてゆく、
わたしの影は
すぐ消える。

もう遠い
町のはて、
春の日ぐれの
雲の下。

自動車よ、
ああ、いまは、
誰をうつして
ゐるのやら。

 

 田舎の町と飛行機

飛行機お空にみえたので、
町ぢゆう表へ出て來たよ。

菓子屋の店にも誰もゐず、
床屋の鏡も空つぽで、
 
みんな揃つて口あけて、
春のお空をみてゐたよ。
 
群れて小鳥のとぶやうに、
ビラがお空を舞つてたよ。
 
うちの庭にはちらちらと、
櫻になつて散つてたよ。
 
飛行機お空をすぎたので、
町ぢゆうぽかんとしてゐたよ。

 

   桃の花びら 

みじかい、みどりの
春の草、
桃がお花をやりました。
 
枯れてさみしい
竹の垣、
桃がお花をやりました。

しめつて黒い
畑(ハタ)の土、
桃がお花をやりました。
おてんとさまは
よろこんで、
花のたましひ呼びました。
 
(草のうへから、
畠から、
ゆらゆらのぼるかげろふよ。)

 

  梨の芯

梨の芯はすてるもの、だから
芯まで食べる子、けちんぼよ。
 
梨の芯はすてるもの、だけど
そこらへはうる子、ずるい子よ。
 
梨の芯はすてるもの、だから
芥箱(ゴミバコ)へ入れる子、お悧巧よ。
 
そこらへすてた梨の芯、
蟻がやんやら、ひいてゆく。
「ずるい子ちやん、ありがとよ。」
 
芥箱へいれた梨の芯、
芥取爺さん、取りに來て、
だまつてごろごろひいてゆく。

 

 額のなか

額のなかの人通り、
硝子にうつる人通り。
 
白い浴衣の小母さんが、
赤い苺を踏んでゆく。
 
黒いお洋傘(カサ)の薬屋は、
葡萄の房を越えてゆく。
 
あかい苺が踏むほどに、
紫葡萄は山ほどに。
 
額のなかはいいお國、
誰も入れぬ、いいお國。
 
額のなかの人どほり、
午(ヒル)のまちの人どほり、
ひとりの部屋もたのしいな。

 

 橙の花

泣いじやくり
するたびに、
橙の花のにほひがして來ます。

いつからか、
すねてるに、
誰も探しに來てくれず、

壁の穴から
つづいてる、
蟻をみるのも飽きました。

壁のなか、
倉のなか、
誰かの笑ふ聲がして、

思ひ出しては泣いじやくる
そのたびに、
橙の、花のにほひがして來ます。

 

 茶碗とお箸

お正月でも
花ざかり、
私の紅繪のお茶碗は。
 
四月が來ても
花咲かぬ、
私のみどりのお箸には。

空いろの帆

 男の子なら

もしも私が男の子なら、
世界の海をお家にしてる、
あの海賊になりたいの。
 
お船は海の色に塗り、
お空の色の帆をかけりや、
どこでも、誰にもみつからぬ。
 
ひろい大海乘りまはし、
強いお國のお船を見たら、
私、ゐばつてかういふの。
「さあ、潮水をさしあげませう。」
 
よわいお國のお船なら、
私、やさしくかういふの。
「みなさん、お國のお噺を、
置いて下さい、一つづつ。」
 
けれども、そんないたづらは、
それこそ暇なときのこと、
いちばん大事なお仕事は、
お噺にある寶(タカラ)をみんな、
「むかし」の國へはこんでしまふ、
わるいお船をみつけることよ。
 
そしてその船みつけたら、
とても上手に戦つて、
寶殘らず取りかへし、
かくれ外套(マント)や魔法の洋燈(ランプ)、
歌をうたふ木、七里靴・・・・・・・・・。
お船いつぱい積み込んで、
青い帆いつぱい風うけて、
青い大きな空の下、
青い靜かな海の上、
とほく走つて行きたいの。
 
もしもほんとに男の子なら、
私、ほんとにゆきたいの。

 

   こ こ ろ  

お母さまは
大人で大きいけれど。
お母さまの
おこころはちひさい。

だって、お母さまはいひました、
ちひさい私でいつぱいだつて。

私は子供で
ちいさいけれど、
ちいさい私の
こころは大きい。

だつて、大きいお母さまで、
まだいつぱいにならないで、
いろんな事をおもふから。

 

 お風呂

母さまと一しよにはいるときや、
私、お風呂がきらひなの。
母さまは私をつかまへて
お釜みたいにみがくから。
 
だけど一人ではいるときや、
私、お風呂が好きなのよ。
 
そこでする事、多いけど、
なかで一ばん好きなのは、
ぽかり浮べた木のきれに、
石鹸(シャボン)の凾(ハコ)や、おしろいの、
かけた小瓶(コビン)を並べるの。
 
  (それはすてきな御馳走の、
  ならんだ黄金(キン)の卓子(テイブル)で、
  私は印度の王様で、
  白蓮紅蓮咲きみちた、
  きれいなお池に浸つてて、
  涼しいお夕飯あがるとこ。)
 
玩具を持つてゆくことは、
いつか母さま、禁(ト)めたけど、
時にや隣の花びらが、
散つてお船になつてくれ、
時にや私の指たちが、
魔法つかつて長くなる。
 
誰も知つてやしないけど、
私、お風呂が好きなのよ。

 

 汽車の窓から
 
お山であかいは
あれはなに。
 
あれは櫨(ハジ)の木、櫨紅葉、
なにか怖いな、黒い赤。
 
お里であかいは
あれはなに。
 
あれは熟れてる柿の實よ、
見てもうまそな、黄いな赤。
 
お空であかいは
あれはなに。
 
あれはお汽車の燈のかげよ、
さみしい赤よ、亡い赤よ。

 

 けがした指
 
白い繃帶(ハウタイ)
してゐたら、
みてもいたうて、
泣きました。
 
あねさまの帶(オビ)借りて、
紅い鹿の子でむすんだら
指はかはいい
お人形。
 
爪にお顔を
描いてたら、
いつか、痛いの
わすれてた。

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  私と小鳥と鈴と

私が両手をひろげても、
お空はちつとも飛べないが、
飛べる小鳥は私のやうに、
地面(ヂベタ)を速くは走れない。

私がからだをゆすつても、
きれいな音は出ないけど、
あの鳴る鈴は私のやうに
たくさんな唄は知らないよ。

鈴と、小鳥と、それから私、
みんなちがって、みんないい。

  [POEM Tにも、収録]

 

黄金(キン)の小鳥

木の葉が黄金に變はつた、
私も黄金に變はろ。
 
とほいお國の王様の、
使ひが私をおむかへに、
寶玉(タマ)でかざつた籠(カゴ)もつて、
きつと、きつと、きつと、やつて來る。
 
黄金の木の葉は散つた、
散つても黄金のいろだ。
 
明日はきつと、變はろ、
くろい私が黄金に。
 
黄金の木の葉は朽ちた、
黄金になりや、朽ちる、
黒くて光つてゐるような。

 

 

波は子供、
手つないで、笑つて、
そろつて來るよ。
 
波は消しゴム、
砂の上の文字を、
みんな消してゆくよ。
 
波は兵士、
沖から寄せて、一ぺんに、
どどんと鐵砲うつよ。
 
波は忘れんぼ、
きれいなきれいな貝がらを、
砂の上においてくよ。


 落 葉

お背戸にや落ち葉がいつぱいだ、
たあれも知らないそのうちに、
こつそり掃いておきましよか。
 
ひとりでしようと思つたら、
ひとりで嬉しくなつて來た。
 
さらりと一掃(ヒトハ)き掃いたとき、
表に樂隊やつて來た。
 
あとで、あとでと駆け出して、
通りの角までついてつた。
 
そして、歸つてみた時にや、
誰か、きれいに掃いてゐた、
落葉、のこらずすててゐた。

 

 海と山

海からくるもの
なあに。
 
海からくるもの
夏、風、さかな、
バナナのお籠。
 
それから、新造(シンゾ)のお船にのつて
海からくるもの
住吉まつり。
 
山からくるもの
なあに。

山からくるもの
冬、雪、小鳥、
炭積んだお馬。
 
それから、ゆづゆづゆづり葉にのつて、
山からくるもの
お正月。

 

 女王さま

あたしが女王さまならば
國中のお菓子屋呼びあつめ、
お菓子の塔をつくらせて、
そのてつぺんに椅子据ゑて、
壁をむしつて喰(タ)べながら、
いろんなお布令(フレ)を書きませう。
 
いちばん先に書くことは、
「私の國に棲むものは
子供ひとりにお留守居を
させとくことはなりません。」
 
  そしたら、今日の私のやうに
  さびしい子供はゐないでせう。
 
それから、つぎに書くことは、
「私の國に棲むものは
私の毬より大きな毬を
誰も持つこと出來ません。」
 
  そしたら私も大きな毬が
  欲しくなくなることでせう。

 

 柘榴(ザクロ)の葉と蟻

柘榴の葉つぱに蟻がゐた。
柘榴の葉つぱは廣かつた、
青くて、日陰で、その上に、
葉つぱは靜かにしてやつた。
 
けれども蟻は、うつくしい、
花をしたうて旅に出た。
花までゆくみち遠かつた、
葉つぱはだまつてそれ見てた。
 
花のふちまで來たときに、
柘榴の花は散つちやつた、
しめつた黒い庭土に。
葉つぱはだまつてそれ見てた。
 
子供がその花ひィろつて、
蟻のゐるのも知らないで、
握つて駈けて行つちやつた。
葉つぱはだまつてそれ見てた。

 

 あと押し
 
車のあと押し
せつせつせ。
どつこい、重いぞ
上(ノボ)り坂、
汗が、ぽつつり、
地にしみる。
 
車のあと押し
せつせつせ。
ほらほら速いぞ
下り坂、
みちの小石が、
縞になる。
 
車のあと押し
せつせつせ。
下ばつかりを
みてゆくと、
眞紅な薔薇が、
みつかつた。

 

 生きたかんざし

子守りころころ漁師の子
もしやもしや髪の毛、これやいいな、
雀、巣かけよととまつたら、
赤いダリヤが燃えてゐて、
あつつ、あつつと
飛んで逃げた。
 
日ぐれにやしほれたかんざしは、
髪から抜かれてすてられて、
濱からかへつた母さんに、
髪結てもらふ漁師の子。
雀は軒に
巣をかけた。

 

 のぞきからくり

のぞきからくり
のぞく子は、
みんなちひさい子供たち。
 
昨年まで
母さまと、
おまゐりするたび、この前を、
よこ目で見い見い
通つてた、
指をくはへて
通つてた。
 
けふは
ひとりで來てゐるし、
光る銀貨もあるけれど。
 
のぞきからくり
替る子は、
またもちひさい子等ばかり。

 

 土曜日曜

土曜は葉つぱ
日曜は花よ。

柱ごよみの
葉つぱをちぎる、
土曜の晩は
たのしいものよ。

お花はぢきに
しぼむものよ。

柱ごよみの
お花をちぎる、
日曜の晩は
さみしいものよ。

 

 犬とめじろ
巨きな、犬の吠えるのは、
大きらひだけれど、
 
小さい目白のなく聲は、
大好きなのよ。
 
わたしの泣くこゑ、
どつちに似てるだろ。

 

  人形と子供

(人形)
 一、二ィ、三、
 嬢ちやんがいま瞬(マタタ)きするよ、
 この間にすばやく伸びをしよう。

(子供)
 あら、あら、あら、
 お行儀のわるいお人形ね、
 たつた今、すわらせてあげたのに。

 

 山の子濱の子

町を見て來た山の子よ、
町には何がありました。
 
日ぐれの辻の人ごみに、
踏まれもせずにぽつちりと、
森の一軒屋の灯のやうに、
茱萸(グミ)がこぼれて居りました。
 
町を見て來た濱の子よ、
町には何がありました。
 
電車どほりの水たまり、
底のきれいな青空に、
さみしい晝の星のよに、
鱗(ウロコ)がうかんで居りました。

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 大將

僕が大將になつたとき、
横町のいぢめつ子が失敬したら、
空見て、かつぽ、かつぽ、
お馬を飛ばそ。
 
僕が大將になつたとき、
田圃の案山子(カカシ)が失敬したら、
ていねいに失敬かへしてやらう。
 
僕が大將になつたとき、
お父さんがやつて來て失敬したら、
僕のお馬に乘つけてあげよう。

 

 不思議

私は不思議でたまらない、
黒い雲からふる雨が、
銀にひかつてゐることが。
 
私は不思議でたまらない、
青い桑の葉たべてゐる、
蠶(カイコ)が白くなることが。
 
私は不思議でたまらない、
たれもいぢらぬ夕顔が、
ひとりでぱらりと開くのが。
 
私は不思議でたまらない、
誰にきいても笑つてて、
あたりまへだ、といふことが。

 

 打ち獨樂(ゴマ)

いつかはメンコが流行(ハヤ)つてた、
いつかはパチンコが流行つてた、
みんな學校で禁(ト)められた。
 
このごろ流行つた打ち獨樂も、
また學校で禁められた。

誰もかくれてみなしてる、
時にや私もしたくなる。
 
けれど、私は思ひ出す、
歩くことさへ禁められた、
石や草木のあることを。

 

 荷馬車
 
お馬は
じぶんの影んぼの、
をかしなお耳が踏みたくて、
下見ていそいで歩きます。
 
馬車屋は
空つぽの馬車の上、
おほきなお煙管(キセル)横つちよで、
のどかにお空をみてゐます。
 
空には
雲がかがやいて、
昨夜(ユウベ)の火事はうそのやう。
町にも春がぢき來ます。

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 足ぶみ

わらびみたよな雲が出て、
空には春が來ましたよ。
 
ひとりで青空みてゐたら、
ひとりで足ぶみしましたよ。
 
ひとりで足ぶみしてゐたら、
ひとりで笑へて來ましたよ。
 
ひとりで笑つてしてゐたら、
誰かが笑つて來ましたよ。
 
からたち垣根が芽をふいて、
小徑(ミチ)にも春が來ましたよ。

 

 お店ごつこ

杏(アンズ)のかげの、
三軒お店、
店はちがへど
ずらりと出たは、
おんなじ草つぱ、
名なしの草つぱ、
名前ないから
なんにでもなるよ。
 
お菓子屋さんでは
亀の子せんべい、
下駄屋さんなら
草履にこつぽり、
魚屋さんなら
小鯛に比良目(ヒラメ)よ。
 
さあさ、店出し、
誰もかもおいでよ、
小石のお銭を
うんとこさ持つて。
 
三軒ならんだ
お店のうへに、
杏のお花が
ひらひら散るよ。

 

 漁夫(レフシ)の子の唄

私は海にでるだらう。
  いつか大きくなつた日に、
  そしてこんなに凪の日に、
  濱の小石におくられて、
  ひとりぼつちで、勇ましく。

私は島に着くだらう。
  ひどい暴風(アラシ)にながされて、
  七日七夜の、夜あけがた、
  いつも私のおもつてる、
  あの、あの、島のあの岸へ。

私は手紙を書くだらう。
  ひとりで建てた小屋のなか、
  ひとりで採つた赤い實を、
  ひとり樂しく食べながら。
  とほい日本のみなさま、と。
  (さうだ、手紙を持つてゆく、)
  お鳩ものせて行かなけりや。)

そして私は待つだらう。
  いつも、いぢめてばかりゐた、
  町の子たちがみんなして、
  私とあそびにやつてくる、
  あかいお船の見えるのを。

さうだ、私は待つだらう。
  丁度こんなふうにねころんで、
  青いお空と海を見て。

―仙崎八景―

 花津浦(ハナヅラ)

濱で花津浦眺めてて、
「むかし、むかし」と
ききました。
濱で花津浦みる度に、
こころさみしく
おもひ出す。

「むかし、むかし」と
花津浦の
その名の所縁(イハレ)きかされた
郵便局の小父さんは、
どこでどうしてゐるのやら。

あのはなづらの
はな越えて、
お船はとほく消えました。

いまも入日に海は燃え、
いまもお船は沖をゆく。

「むかし、むかし」よ
花津浦よ、
みんなむかしになりました。

 

 辨天島(ベンテンジマ)

「あまりかはいい島だから
ここには惜しい島だから、
貰つてゆくよ、綱つけて。」
 
北のお國の船乘りが、
ある日、笑つていひました。
 
うそだ、うそだと思つても、
夜が暗うて、氣になつて、
 
朝はお胸もどきどきと、
駈けて濱辺へゆきました。
 
辨天島は波のうへ、
金のひかりにつつまれて、
もとの緑でありました。

 

 王子山

公園になるので植ゑられた、
櫻はみんな枯れたけど、
 
伐られた雑木の切株にや、
みんな芽がでた、芽が伸びた。
 
木(コ)の間に光る銀の海、
わたしの町はそのなかに、
籠宮みたいに浮んでる。
 
銀の瓦と石垣と、
夢のやうにも、霞んでる。
王子山から町見れば、
わたしは町が好きになる。

干鰮(ホシカ)のにほいもここへは來ない、
わかい芽立ちの香がするばかり。

 

 小松原

小松原、
松はすくなくなりました。
 
いつも木挽(コビ)きのお爺さん、
巨きな材木ひいてます。
 
押したり、引いたり、その度に、
白帆が見えたり、かくれたり、
 
かもめも飛びます、波のうへ、
雲雀(ヒバリ)も啼きます、空のなか。
 
海もお空も春だけど、
松と木挽きはさみしさう。

ところどころに新しい、
家が建ちます、
小松原、
松はすくなくなりました。

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 極楽寺

極楽寺のさくらは八重ざくら、

八重ざくら、
使ひにゆくとき見て來たよ。
 
横町(ヨコチョ)の四つ角まがるとき、
まがる時、
よこ目でちらりと見て來たよ。
 
極楽寺のさくらは土ざくら、
土ざくら、
土の上ばかりに咲いてたよ。
 
若布結飯(ワカメムスビ)のお辨當(ベント)で、
お辨當で、
さくら見に行つて見てきたよ。

 

 波の橋立

波の橋立よいところ、
右はみずうみ、もぐつちよがもぐる、
左や外海、白帆が通る、
なかの松原、小松原、
さらりさらりと風が吹く。
  海のかもめは
  みづうみの
  鴨とあそんで
  日をくらし、
  あをい月出りや
  みづうみの、
  ぬしは海辺で
  貝ひろふ。
波の橋立、よいところ、
右はみづうみ、ちよろろの波よ、
左や外海、どんどの波よ、
なかの石原、小石原、
からりころりと通りやんせ。

 

 大泊港

山の祭のかへりみち、
送つてくれた伯母様と、
別れて峠を降りるとき、
杉の梢(コズエ)にちかちかと、
きれいな海が光つてた。
 
海に帆柱、とまり舟、
岸にちらほら藁の屋根、
みんなお空にあるやうな、
みんなお夢にあるやうな。
 
峠くだれば蕎麥畑
畑のはてに見えるのは、
あれはやつぱり、大泊
ふるいさみしい港です。

 

 祗園(ギオン)社

はらはら
松の葉が落ちる、
お宮の秋は
さみしいな。
 
のぞきの唄よ
瓦斯の灯よ、
赤い帶した
肉桂(ニツケイ)よ。

いまは
こはれた氷屋に、
さらさら
秋風ふくばかり。

鯨捕り

 

誰も知らない野の果で
青い小鳥が死にました
  さむいさむいくれ方に
 
そのなきがらを埋めよとて
お空は雪を撒きました
  ふかくふかく音もなく
 
人は知らねど人里の
家もおともにたちました
  しろいしろい被衣(カツギ)着て

やがてほのぼのあくる朝
空はみごとに晴れました
  あをくあをくうつくしく
 
小(チ)さいきれいなたましひの
神さまのお國へゆくみちを
  ひろくひろくあけようと

 

 栗と柿と繪本

伯父さんとこから栗が來た、
丹波のお山の栗が來た。

栗のなかには丹波の山の
松葉が一すぢはいつてた。

叔母さんとこから柿が來た、
豊後のお里の柿が來た。

柿の帶(ヘタ)には豊後の里の
小蟻が一ぴき這つてゐた。

町の私の家(ウチ)からは、
きれいな繪本がおくられた。

けれど小包あけたとき、
繪本のほかに、何があろ。

 

 向日葵

おてんとさまの車の輪、
黄金のきれいな車の輪。

青い空ゆくときは、
黄金のひびきをたてました。

白い雲をゆくときに、
見たは小さな黒い星。
天でも地でも誰知らぬ、
黒い星を轢くまいと、
急に曲つた車の輪。

おてんとさまはほり出され、
眞赤になつてお腹立ち、
黄金のきれいな車の輪、

はるか下界へすてられた、
むかし、むかしにすてられた。

いまも、黄金の車の輪、
お日を慕うてまはります。

 

 十三夜

今朝がた通つた
とほり雨、
霰がまじつて居りました。

きのふから
急につめたい風吹いて、
母さま障子を貼りました。

いまは雲さへ
見えないで、
つめたく冴えた十三夜。
 
このくさむらで
なく蟲が、
きふにすくなくなりました。

 

 お祖母様の病氣

お祖母さまが御病氣で、
庭には草がのびました。

花咲くころは朝ごとに、
佛さまに、と剪(キ)つてゐた、
薔薇の葉つぱは穴だらけ、
松葉ぼたんも枯れました。

となりから來る鶏も、
なにか小くびをかしげます。

畫もひろうて、しんとして、
秋の風が吹いてゐて、
空家みたいになりました。

 

 
 鯨捕り

海の鳴る夜は
冬の夜は、
栗を焼き焼き
聽(キ)きました。

むかし、むかしの鯨捕り、
ここのこの海、志津が浦。

海は荒海、時季(トキ)は冬、
風に狂ふは雪の花、
雪と飛び交ふ銛(モリ)の縄。
 
岩も礫(コイシ)もむらさきの、
常は水さへむらさきの、
岸さへ朱(アケ)に染(ソ)むといふ。


厚いどてらの重ね着で、
舟の舳(ミヨシ)に見て立つて、
鯨弱ればたちまちに、
ぱつと脱ぎすて素つ裸、
さかまく波にをどり込む、
むかし、むかしの漁夫たち―
きいてる胸も
をどります。
 
いまは鯨はもう寄らぬ、
浦は貧乏(ビンボ)になりました。

海は鳴ります。
冬の夜を、
おはなしすむと、
氣がつくと―


(資料  舳⇒「へさき」)

 

雪に

海にふる雪は、海になる。
街にふる雪は、泥になる。
山にふる雪は、雪でゐる。

空にまだゐる雪、
どォれがお好き。

 

 大きなお風呂
 
とても大きな
大きなお風呂。
湯槽(ユブネ)は白砂、
天井は青空、
誰がはいろと
お湯錢は要らぬ。
 
ここぢや私と西瓜の皮が、
そこぢや弟と玩具の亀が、
 
見えない遠いどこぞのふちにや、
支奈の子供も浸つてゐよし、
くろい印度の子供も遊ぼ。
 
世界中つづいた
大きなお風呂、
すてきなお風呂。

 

 角の乾物屋の
  ―わがもとの家、まことにかくありき―

角の乾物屋の
塩俵、
日ざしがかつきり
もう斜(ナナメ)。

二軒目の空家の
空俵、
捨て犬ころころ
もぐれてる。
 
三軒目の酒屋の
炭俵、
山から來た馬
いま飼葉。
 
四件目の本屋の
看板の、
かげから私は
ながめてた。

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お風邪なほつて
表へ出たら
みんな袖無(ソデナシ)着てました。
 
みんなで唄ふ
唄きけば
「ほうい、ほうい、ほうれん坊。」
 
知らぬその唄
ききながら
ふところ手して山見れば、
山は紅葉(モミジ)になりました。

 

 日曜の朝
 
青い洋服さんは
父さんと、
丸屋根のヘ會堂へ
ゆきました。
 
白い前かけさんは
母さんと、
四つ辻で朝の新聞
つてます。
 
夏が來ました
青い空。
 
ヘ會堂の
丸屋根に
きのふ來た燕がとまつて
みてゐます。

 

 日曜の午後
 
この掌(テ)のなかにあるものは、
青と白との
十二竹。
 
竹であそんだみいちやんは、
呼ばれて使ひにゆきました。
 
朝から氣にして、今までも、
お復習(サラヒ)しない日曜の
あそび疲れたお八つすぎ。
 
晴れたお空にあるものは、
お湯屋の煙突
ひるの月。

 

 丘の上で
 
あたまの上には青い空
足のしたには青い草。
 
お伽噺の繪でみたは、
きれいなきれいな王女さま。
 
けれども黄金の冠は、
青い空よりちひさいし、
 
きれいな黄金のあの靴も
青い草よりかたいだろ。
 
あたまの上には青い空
足の下には青い草。
 
丘に立つてる私こそ、
もつとりつぱなおひめさま。

 

 守唄

ねんねよねんね、
日のくれがたは、
つんで來たあかいげんげも
おねんねするよ。
ほそいみどりの
おくびをたれて。
 
ねんねよねんね、
日のくれがたは、
あの丘の白いお家も
おねんねするよ。
あをい硝子の
お眼(メメ)をとぢて。
 
ねんねよねんね、
日のくれがたに、
ほつかりとお眼さますは、
電燈(デンキ)のたまと、
森のほうほう
みみづくばかり。

 

 廣告塔

さやうなら、
さやうなら―
 
汽車のうしろの赤い燈は、
はるかの暗に消えました。
 
あきらめて、
くるり廻れば
はなやかな、
春のいい夜の街の空。
 
廣告塔の赤い燈は、
みるまに青くなりました。

 

 十ニ竹

二貫借りてる
かんしやくの、
やりばのなさに
投げ出した、
竹のおもての
こみどりを、
ちかりと白く
光らせる、
縁の日ざしの
うららかさ。
 
十ニ竹
かへしそこねて
投げ出して、
すこし泪の
にじむ眼に―

 

 小さなお墓

小さなお墓、
まあるいお墓、
おぢいさまのお墓。
 
百日紅(サルスベリ)の花が、
かんざしになつてた。
去年のことよ。
 
けふ來てみれば、
新しいお墓、
しろじろと立つてる。
 
せんのお墓、
どこへ行つた、
石屋にやつた。
 
今年も花は、
百日紅の花は、
墓の上に散つてる。

 

 鯨法會(クヂラホフエ)

鯨法會は春のくれ、
海に飛魚採れるころ。
 
濱のお寺で鳴る鐘が、
ゆれて水面(ミノモ)をわたるとき、
 
村の漁夫が羽織着て、
濱のお寺へいそぐとき、
 
沖で鯨の子がひとり、
その鳴る鐘をききながら、
 
死んだ父さま、母さまを、
こひし、こひしと泣いてます。
 
海のおもてを、鐘の音は、
海のどこまで、ひびくやら。

 

 お朔日(ツイタチ)

お朔日、お朔日、
とてもきれいな朝の空、
けふから私は単衣(ヒトヘ)です。
 
お朔日、お朔日、
お巡査(マハリ)さんも白の服、
黒い喪章が目立ちます。
 
お朔日、お朔日、
晩にや坊さまおいでです、
あとでお菓子がさがります。
 
お朔日、お朔日、
とてもすてきな日和です、
けふから町は夏でせう。

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 達磨(ダルマ)おくり

白勝つた、
白勝つた、
揃つて手をあげ
「ばんざあい」
赤組のほう見て
「ばんざあい」

だまつてる
赤組よ、
秋のお晝の
日の光り、
土によごれて、ころがつて、
赤いだるまが照られてる。
 
も一つと
先生が云ふので
「ばんざあい。」
すこし小聲になりました。
 くれがた
 
暗いお山に紅い窓、
窓のなかにはなにがある。
 
空つぽになつたゆりかごと、
涙をためた母さまと。
 
明るい空に金の月、
月の上にはなにがある。
 
あれはこがねのゆりかごよ、
その赤ちやんがねんねしてる。

 

 お風邪

風吹きや匂ふ
橙の花よ、
橙畑の
橙に、
わたしは昨日、
鞦韆(ブランコ)かけた。

けふはお風邪よ
お床のなかよ、
さつき來たのは
おひげのお醫者、
にがいお藥
くれるだらうな。
 
しろじろ
にほう
橙の花よ。

 

 籔蚊(ヤブカ)の唄

ブーン、ブン、
木蔭にみつけた、乳母車、
ねんねの赤ちやん、かはいいな、
ちよいとキスしよ、頬つぺたに。
 
アーン、アン、
おやおや、赤ちやん泣き出した、
お守どこ行た、花つみか、
飛んでつて告げましよ、耳のはた。
 
パーン、パン、
どつこい、あぶない、おお怖い、
いきなりぶたれた、掌のひらだ、
命、ひろうたぞ、やあれ、やれ。

ブーン、ブン、
籔のお家は暗いけど、
やつぱりお家へかへろかな、
かへつて、母さんとねようかな。

 

 をどり人形

をどり人形は、箱の上、
けふもちりから、くるくると。
 
前にや夜店の瓦斯の灯(ヒ)に、
欲しそな顔が七つ八つ。
 
くるり廻れば暗い海、
お船の灯(アカリ)がちらちらと。
 
をどり人形は、越えて來た、
とほい海路をおもひ出し、
 
眼にはなみだが湧いてても、
足はやすまず、くるくると。
 
またもまはれば、瓦斯の灯に、
更けて浴衣(ユカタ)の子がふたり。

 

 知らない小母さん

ひとりで杉垣
のぞいてゐたら、
知らない小母さん
垣の外通つた。
 
小母さんつて呼んだら
知つてるよに笑つた、
私が笑つたら
もつともつと笑つた。
 
知らない小母さん、
いい小母さんだな、
花の咲いた柘榴(ザクロ)に
かくれて行つたよ。

 

 なぞ

なぞなぞなァに、
たくさんあつて、とれないものなァに。
  青い海の青い水、
  それはすくへば青かない。

なぞなぞなァに、
なんにもなくつて、とれるものなァに。
  夏の晝の小(チ)さい風、
  それは、團扇(ウチハ)ですくへるよ。

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