金 子 み す ゞ 詩集

POEM V-V KANEKO MISUZU

さみしい王女 V

波の子守唄

 こだまでせうか

「遊ぼう」つていふと
「遊ぼう」つていふ。

「馬鹿」つていふと
「馬鹿」つていふ。

「もう遊ばない」つていふと
「遊ばない」つていふ。

さうして、あとで
さみしくなつて、

「ごめんね」つていふと
「ごめんね」つていふ。

こだまでせうか、
いいえ、誰でも。

 

 數字

二つと三つで五つです、
五つと七つで十ニです。

一年生になりたては、
濱の小石を拾つて行つて、
それで算術習ひます。

何萬、何千、何百を
割つたり、掛けたり、加へたり、
そんなお算用(サンニョ)する今は、
サンタクロスの小父さんほども、
小石背負はなきやなるまいに。

かろい鉛筆一本で、
書ける數字は、嬉しいな。

 

 りこうな櫻んぼ

とてもりこうな櫻んぼ、
ある日、葉かげで考へる。
待てよ、私はまだ青い、
行儀のわるい鳥の子が、
つつきや、ぽんぽが痛くなる、
かくれてるのが親切だ。
  そこで、かくれた、葉の裏だ、
  鳥も見ないが、お日さまも、
  みつけないから、染め殘す。
 
やがて熟れたが、櫻んぼ、
またも葉かげで考へる。
待てよ、私を育てたは、
この木で、この木を育てたは、
あの年とつたお百姓だ、
鳥にとられちやなるまいぞ。
  そこで、お百姓、籠もつて、
  取りに來たのに、櫻んぼ、
  かくれてたので採り殘す。
 
やがて子供が二人來た、
そこでまたまた考へる。
待てよ、子供は二人ゐる、
それに私はただ一つ、
けんくわさせてはなるまいぞ、
落ちない事が親切だ。
  そこで、落ちたは夜(ヨル)夜中(ヨナカ)、
  黒い巨きな靴が來て、
  りこうな櫻んぼを踏みつけた。

 

 山と空

もしもお山が硝子だつたら、
私も東京が見られませうに。
――お汽車で
  行つた、
  兄さんのやうに。
 
もしもお空が硝子だつたら、
私も神さまが見られませうに。
――天使に
  なつた
  妹のやうに。

 

 お寢着(ネマキ)

八時打ちます、
お時計が、
おねまき着せます、
おかあさま。
 
白い、白い、おねまきを、
着て寢りや、
白い夢ばかり。
お花のついた晝のべべ、
着て寢りや、
お花になれように。
蝶々のついた外出着(ヨソユキ)を
着て寢りや、
蝶々になれように。

だけども母さま
着せるから、
だまつて着ませう
白ねまき。

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 玩具のない子が

玩具のない子が
さみしけりや、
玩具をやつたらなほるでせう。

母さんのない子が
かなしけりや、
母さんをあげたら嬉しいでせう。

母さんはやさしく
髪を撫で、
玩具は箱から
こぼれでて、


それで私の
さみしいは、
何を貰うたらなほるでせう。

 

波の子守唄
 
ねんねよ、ねんね、ざんぶりこ、
ざんぶり、ざぶりこ、ねんねしな。
 
  海の底では貝の子が、
  藻のゆりかごでねんねした。
 
ねんねよ、ねんね、ざんぶりこ、
お十五夜さま、もう高い。
 
  海の渚ぢや蟹の子が、
  砂のお床でねんねした。
 
ざんぶり、ざぶりこ、ねんねしな、
あけの明星の白むまで。

 

 學 校
   ― 人におくる ―

氷がとけたら
みづうみの
底に學校は
あるでせう。
 
葦の葉かげに
映つて揺れた
赤い瓦よ
白壁よ。
 
草は枯れ
學校はあとなく
なつたけど、
氷がとけたら
みづうみに
むかしの影があるでせう。
 
葦が青めば
その底で
鐘のなる日も來るでせう。

 

 早 春

飛んで來た
毬が、
あとから子供。

浮いてゐる
凧が、
海から汽笛。

飛んで來た
春が、
けふの空 青さ。

浮いてゐる
こころ、
遠い月 白さ。

 

 明日

街で逢つた
母さんと子供
ちらと聞いたは
「明日(アシタ)」
 
街の果(ハテ)は
夕燒小燒、
春の近さも
知れる日。
 
なぜか私も
うれしくなつて
思つて來たは
「明日」

 

 あさがほ
 
青いあさがほあつち向いて咲いた、
白いあさがほこつち向いて咲いた。
 
  ひとつの蜂が、
  ふたつの花に。
 
  ひとつのお日が、
  ふたつの花に。
 
青いあさがほあつち向いてしぼむ、
白いあさがほこつち向いてしぼむ。
 
  それでおしまひ、
  はい、さやうなら。

 

 しもやけ

しもやけの
すこうしかゆい小春日に、
お背戸の山茶花咲きました。
 
その花折って髪にさし、
そしてしもやけ見てゐたら、
ふつと、私がお噺の、
継娘(ママコ)のやうにおもはれて、
 
淺黄に澄んだお空さへ、
なにかさみしくなりました。

 

 

お宮の池の
丹頂の鶴よ。

おまへが見れば、
世界ぢゆうのものは、
何もかも、網の目が
ついてゐよう。

  あんなに晴れたお空にも、
  ちひさな私のお顔にも。

お宮の池の
丹頂の鶴が、
網のなかで靜かに
羽(ハ)をうつときに。

一山むかうを
お汽車が行つた。

 

 赤い靴

空はきのふもけふも青い、
路はきのふもけふも白い。
 
溝のふちにも花が咲いた、
小(チ)さいはこべの花が咲いた。
 
坊やもべべがかろくなつて、
一足、二足、あるき出した。
 
一足踏んでは得意さうに、
笑ふ、笑ふ、聲を立てて。
 
買つたばかしの赤い靴で、
坊や、あんよ、春が來たよ。

 

 暗 夜

暗い廣い原つぱで、
誰か唱歌をうたつてる。
 
高臺(タカダイ)に並んだ窓の灯の、
一つを影が暗くする。
 
とほい巨きな都の空、
ぼつと砂金をぼかしてる。
 
物干臺にひとり居て、
蜜柑たべたべ眺めてる。


 野茨の花

白い花びら
刺のなか、
「おうお、痛かろ。」
そよ風が、
駈けてたすけに
行つたらば、
ほろり、ほろりと
散りました。
 
白い花びら
土の上、
「おうお、寒かろ。」
お日さまが、
そつと、照らして
ぬくめたら、
茶いろになつて
枯れました。

 

 宵節句

蟲齒がいたい
齒がいたい、
しぼしぼ小雨の
宵節句。
 
雪洞(ボンボリ)の灯も
いつか消え
官女も仕丁(シチヤウ)も
ねむつたろ。
 
寢ててみえるは
ほの白い
裸人形の
足のうら。
 
むし齒がいたい
齒が痛い、
更けてさみしい
宵節句。

 

 木屑ひろひ

朝鮮人の子、何つむの、
げんげが咲いたの、よもぎなの。
  いやいや、草は枯れてます。
 
朝鮮人の子何うたふ、
朝鮮人のお唄なの。
  いやいや、日本の童謠です。

朝鮮人の子、たのしげに、
こぼれ木屑をひろひます。
  製材裏の廣つぱで。
 
木屑ひろうて、束にして、
頭にのせてかへります。
  小さなお小舎(コヤ)で、母さんと、
  とろとろ赤い火を燃して、
  父さんの歸りを待つために。

 

 やせつぽちの木

森の隅つこの木が云うた。
「きれいな小さい駒鳥さん、
わたしの枝でも、おあそびな。」
 
高慢ちきな駒鳥は、
よその小枝で啼いてゐた。
「あかい實もない、花もない、
やせつぽちさん、お前には、
森の女王は呼べまいよ。」
 
  (誰がきいてた、
  誰か知ら、
  きいてお空へ告げに行た。)
 
高慢ちきな駒鳥が、
日ぐれにまた來てたまげたは、
やせつぽちの木、その梢、
黄金の木の實が光つてた。
 
  (まるい、十五夜お月さま。)

 

 かくれんぼう

かくれんぼう、かあくれた。
太郎も、次郎も、かあくれた。
裏戸にしよんぼり、鬼ばかり。
  (向日葵まはつた、
  五分ほどまはつた。)
かくれんぼう、何してる。
 
ひとりはお背戸の柿の木で、
青い柿の實むしつてる。
ひとりは日ぐれの台所、
お鍋の湯氣でも眺めてる。
 
そして鬼さん、何してる。
 
らつぱの音で飛んで出て、
お馬車へついて行つちやつた。
 
裏戸に立つは桐の木の
靜かに、たかい、影ばかり。

 

 あけがたの花
 
お宮の太鼓は鳴つたけど、
花のおめめはまだ眠い。
 
しらしら明けの靄(モヤ)のなか、
とほくひびいて、近く來て、
だんだん消える轍(ワダチ)の音を、
花はうつつにきいてゐる。
 
夢にまじつて、その音は、
とほい、とほい、見知らぬ里へ、
花のこころをのせてゆく。
 
名なしの草の花たちは、
きのふの埃、今朝の靄、
のせたまんまで、みちのはた、
うつらうつらと夢みてる。

 

 すかんぽ

すかんぽ、すかんぽ
みいつけた。
豆の畑の畦道(アゼミチ)に。
 
遠いお里よ、あのころよ、
とうに忘れた、その味よ。
 
  ここは巨きな都會の裏、
  一山越えた、段畑、
  ぽうと鳴るのは汽船(フネ)の笛、
  ごうとひびくは、なんの音。
 
すかんぽ、すかんぽ
噛みしめて、
空のはるかを見た時に、
なんの鳥やら、わたり鳥、
群れて、ちひさく行きました。

 

 

憎まれつ子、
憎まれつ子、
いつでも、かつでも、誰からも。
 
雨が降らなきや、草たちが、
「なんだ蛙め、なまけて。」と、
それをおいらが知る事か。
 
雨が降り出しや子供らが、
「あいつ、鳴くから降るんだ。」と、
みんなで石をぶつつける。
 
それがかなしさ、口をしさ、
今度は降れ、降れ、降れ、となく。
 
なけばからりと晴れあがり、
馬鹿にしたよな、虹が出る。

 

 冬の雨

「母さま、母さま、ちよいと見て、
雪がまじつて降つててよ。」
「ああ、降るのね。」とお母さま、
お裁縫(シゴト)してるお母さま。
――氷雨の街をときどき行くは、
  みんな似たよな傘ばかり。
 
「母さま、それでも七つ寢りや、
やつぱり正月來るでしよか。」
「ああ、來るのよ。」と、お母さま、
春着縫つてるお母さま。
――このぬかるみが河ならいいな、
  ひろい海なら、なほいいな。
 
「母さま、お舟がとほるのよ、
ぎいちら、ぎいちら、櫓をおして。」
「まあ、馬鹿だね。」とお母さま、
こちら向かないお母さま。
――さみしくあてる、左の頬に、
  つめたいつめたい硝子です。

 

 紙の星

思ひ出すのは、
病院の、
すこし汚れた白い壁。
 
ながい夏の日、いちにちを、
眺め暮した白い壁。
 
小さい蜘蛛の巣、雨のしみ、
そして七つの紙の星。
 
星に書かれた七つの字、
メ、リ、−、ク、リ、ス、マ、七つの字。
 
去年、その頃、その床に、
どんな子供がねかされて、
 
その夜の雪にさみしげに、
紙のお星を剪(キ)つたやら。
 
忘れられない、
病院の、
壁に煤けた、七つ星。

 

 きりぎりすの山登り
 
きりぎつちよん、山のぼり、
朝からとうから、山のぼり。
  ヤ、ピントコ、ドッコイ、ピントコ、ナ。

山は朝日だ、野は朝
(アサツユ)だ、
とても跳(ハ)ねるぞ、元氣だぞ。
  ヤ、ピントコ、ドッコイ、ピントコ、ナ。

あの山、てつぺん、秋の空、
つめたく(サハ)るぞ、この髭に。
  ヤ、ピントコ、ドッコイ、ピントコ、ナ。
 
一跳ね、跳ねれば、昨夜(ユウベ)見た、
お星のとこへも、行かれるぞ。
  ヤ、ピントコ、ドッコイ、ピントコ、ナ。

お日さま、遠いぞ、さァむいぞ。
あの山、あの山、まだとほい。
  ヤ、ピントコ、ドッコイ、ピントコ、ナ。

見たよなこの花、白桔梗(シラキキヤウ)、
昨夜(ユウベ)のお宿だ、おうや、おや。
  ヤ、ドッコイ、つかれた、つかれた、ナ。

山は月夜だ、野は夜露、
露でものんで、寢ようかな。
  アーア、アーア、あくびだ、ねむたい、ナ。

 

  巻末手記

――できました、
  できました、
  かはいい詩集ができました。

我とわが身に訓(ヲシ)ふれど、
心をどらず
さみしさよ。

夏暮れ
秋もはや更(タ)けぬ、
針もつひまのわが手わざ、
ただにむなしき心地する。

誰に見せうぞ、
我さへも、心足らはず
さみしさよ。

(ああ、つひに、
登り得ずして歸り來し、
山のすがたは
雲に消ゆ。)

とにかくに
むなしきわざと知りながら、
秋の灯(トモシ)の更(フ)くるまを、
ただひたむきに
書きて來し。

明日よりは、
何を書かうぞ
さみしさよ。


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