暴走するほど愛してる

とんとこは美しいものが好きです。

美術・工芸品はもちろん、人物・・・そして仏像・・・・。観てるだけでも幸せになります。

このページは、とんとこのディープな趣向(笑)を気が済むまで語り尽くし、暴走するためのページです。

かなり、ディープです。

だから、ちょっと裏ページ的な意味合いがあって、ここは妖しく・・・そして綺羅やかにつくってみようとおもいます。

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                1.はじめに・・・「耽美」という言葉について。

                2.春は桜・・・ほころびかけた、桜のつぼみのあでやかさ・・・              

                少年の楽しみ方・・・英国正統派美少年とAmerican Boysの楽しみかた               

                春爛漫! 華談義               


はじめに・・・「耽美」という言葉について。

 最近、「耽美」ということばが本来の意味と違う意味でよく使われている。

 「耽美」それは読んで字のごとく「美に耽る」ということではないのでしょうか?

 なのに・・・最近は「耽美小説」というと「ボーイズラブ小説」をさすことが多い。

 「ぜんぜん意味ちゃうがな〜」と思う。いまのこの用語の用法を聞いたら谷崎潤一郎先生はどう思うだろう?
白洲正子先生は?

 私は「耽美」という言葉はとてもすばらしい言葉だと思います。
美に耽る、美を堪能する・・・。とても贅沢なことだと思う。

 でも、美を十分理解し、堪能しようと思ったら、生半可なことではいけないと思う。

その「美」の象徴たるものの本質を知り、何よりも深く愛さなければいけないと思う。

 それはとても・・・とても難しく・・・そして終りの無い、永遠に続けなければいけない努力だと思う。

 私は自分が美しいと思い、好きになったらできる限り・・・自分のできる限りの努力でその本質を見つめ、調べることができれば調べ、どんどん・・・どんどん・・・のめりこもうとする。

 ただし・・・本質を追いすぎて、変に批評をしたりすることは好まない。

 あくまでも・・・私がそれを知りたいのは、その対象物に対する「愛」があるから。

 だから、専門家のような批判や批評はしない。

 できません。それだけのための専門知識はもっていないから。

 もし、批判できるような知識を持っていても・・・私はそれについて語らない。

だって・・・好きなものに対しては「好き」という思いと、それを「たたえるための言葉だけ」で十分だと思うから。

(でも、たまに、欠点を認める勇気も必要だなぁ・・・と感じることもある)

 

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春は桜・・・ほころびかけた、桜のつぼみのあでやかさ・・・

   桜は日本の国花です。本当に・・・美しい花を国花にしてくれたな・・・。このセンスは日本の政府を褒めて差し上げたい。

 とんとこは桜が好きです。しかも、ほころびかけた桜の花が好きです。

 昔、通勤時に使っていた電車が、うつくしい桜並木のトンネルを抜けて走るところがありました。その職場に勤めていたのは2年半ほどだったので、私はその桜のトンネルを3回ほど楽しむことができました。
 いまでもたまに、あの桜のトンネルを思い出し、春の息吹を楽しんだ日々のことを思い出します。

 私が桜に重ねるイメージ・・・それはずばり「少年の成長」です。

 桜の幹、枝がほんのり紅(くれなゐ)に染まる時期・・・それは、童子の紅潮した頬を連想させます。遊ぶことに夢中で走り回り、楽しげに息を弾ませている童子の頑是無い笑顔・・・。ちなみに姿かたちは平安風で・・・。

  やがて枝のつぼみが膨らみ始めます。
少年の姿は少し精悍さを増した・・・でもどこかに幼さを残して・・・。
未来への期待がつぼみの中一杯に詰まっています。これからその夢をどう伸ばしていくのか・・・。未来への期待だけ・・・不安などは微塵も持たず、自分の持つ可能性に十分な自身を持っている。

 でも・・・そんな夢ばかりの時間も短くて・・・

 花がほころび始めます。

 花は咲けば散るだけ・・・そのときになって・・・初めて将来への不安が胸によぎる。

 無邪気で傲慢だっただけの少年は、憂いを秘めた・・・大人に近づき始めます。

 これからの自分。その存在意義に不安を抱きながら・・・でも、過ぎていくときは止めることができず、「時間(とき)」に急かされながら少年は大人への道を模索し始める。

 そして・・・降りしきる花吹雪!!

 楽しかっただけの子供の時代は終わり!

 無邪気な子供時代との惜別。降りしきる花吹雪は、惜しむべき春の時間との別れの涙。
 あまりにも・・・あでやかで・・・美しい涙・・・。

 そして・・・少年は大人になる・・・。

 花の後・・・桜の木はたくましく、豊かな青葉をその枝に茂らせる。
それは、青年の姿。
 雄々しく茂る青葉は、どっしりと・・・これからの夏の盛りを迎えて・・・人生の盛りをたくましく、すべての困難、苦難も受け止めて人生を踏みしめていこうとする青年の姿。

 それまでの自分の人生をすべて受け入れて、楽しい思い出を胸の底に秘めながら、人生の大海原に乗り出す青年。

 その姿は清々しい・・・・。

 桜を見るたび・・・毎年、毎年・・・同じことを思ってしまう。
春から夏にかけての桜の変化の中にもドラマはあるのです。

 

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少年の楽しみ方・・・英国正統派美少年とAmerican Boysの楽しみかた

 かなりヤバメなタイトルですね・・・自分でつけて笑っちゃいました。ははは・・・

ダニエル=ラドクリフ・・・と聞いて「あっ・・・ハリーポッターね。」と思った方・・・多いと思います。そう、ダニエル=ラドクリフ君は昨年末、日本中を席巻した「ハリーポッターと賢者の石」で主人公のハリーポッターを演じている少年です。

太目の眉に瑠璃の玉のような瞳・・・筋の通った形の良い鼻・・・。薄い唇は白い肌に鮮やかに映える薄紅色・・・。
久しぶりに見つけた!英国正統派美少年!!
映画の番宣で見ていたときからちょっと気になっていました。
でも、やはり大画面で見たら・・・「私の予感は当たっていた!」彼こそ久しぶりに見つけた英国正統派美少年!

「美少年?ジャニーズもいるし、ハリウッドにだってかわいい子役がいっぱいるでしょ。」なんて言うなかれ。

ハリウッドの少年達は、ちょっと小生意気な少年達。 彼等にも彼等のよさはある。
オスメント少年(A.Iの主役)もStar Wars Episode気暴个討い織献Дぅ・ロイド(アナキン・スカイウォーカ役→つまり後のダースベーダー)もかわいらしい華がある。

でも・・・それとも違う、ダニエル=ラドクリフ・・・・彼には「哀」がある「愁」がある・・・。
あの、長くつややかな睫毛に縁取られた伏目がちな瞳、乳白色のつややかな肌、微笑みの形を取るとさらに艶やかに紅さを増す唇・・・。
少年独特の無駄の無い体躯は・・・ああ・・・天平文化の華!興福寺の阿修羅像のよう。

不幸の中にあっても、決していじけない・・・美しさを持った少年(ハリーのこと)にはぴったりです。

彼だからこそ、Englandの重厚な歴史の重みあるお城が似合います。England独特の深緑色の森が似合います。
オスメント君にはお城よりも、開拓時代のアメリカ・・・大地主の育ちよい純粋なお坊ちゃんが似合う。ジェイク・ロイドには「あらいぐまラスカル」のスターリングや、アメリカ育ちの英国貴族「小公子」もいけるかも。いや、小公子はオスメント君もいいかも・・・。
そして、彼らにはスカーッと晴れ渡る、アメリカの高い高い紺碧の空。そして若々しい新緑! 風にうねる鮮やかな若い緑色の草原! 彼らが走っている姿を想像したらすごくいい!

そう・・・彼らは太陽の国の人。明るい人たちだから「哀」や「愁」も明るくなる。彼等のそれは・・・限りなく透明に近い乳白色の「哀」や「愁」。ダニーはエキゾチックな「哀」や「愁」を持っているんです。

・・・私としてはいずれの華も、今後の成長が楽しみです。

・・・そう・・・少年達は、いつまでも・・・いつまでも無邪気な天使のままではないのです。
彼らが大人の・・・裏の部分を知ったとき、それをどのように取り込んで、大輪の華を咲かせることができるのか・・・

そう考えると、楽しみではありませんか? 彼等のこれからの成長ぶりが?

そうそう・・・ジャニーズの少年達についてはまた今度・・・
(彼らも彼等なりの楽しみ方があります。)

     この文章は去年くれから今年頭にかけて書きかけていたものです。ちょっと時間的に話題がずれていますがご了承ください。

 

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春爛漫! 華談義!

今年は春の訪れがとても早く感じられました。
例年なら静かで清楚な冬のシンとした空気から、萌芽へのエネルギーを徐々に徐々に溜め込んで、一気に爆発するような春への変化を楽しむことなく、まるで「早替わり」のように春へと変ってしまいました。
今年のこの季節の変化をたとえるなら、まさにリレーのバトンタッチのよう。あっというまに次のランナーに代わってしまいました。

そのせいか・・・確かに気温は開花できる気温だったのでしょうが、妙な季節感のズレのせいか・・・どうも私には今年の桜たちの「元気さ」が今ひとつだったようで・・・・。

今回は「華」をテーマにしてみたいのですが、その前に・・・
私は「冬の女帝」から徐々に徐々に「新緑の妖精」(私の季節のイメージです。)変っていく「瞬間(とき)」が大好きです。
あの「冬の女帝」がまるで舞台からゆっくりと退場していくような・・・あの荘厳な重みが好きです。そして、それと入れ替わるように、幼い・・・まだ生まれたての新緑の妖精があちこちで目覚めていく・・・あの少しずつ、少しずつ・・・生身の人間には気取られないように、季節の主役が交代していく様が好きなのです。

でも・・・今年はそれが無かった・・・寂しいです。
「若春の生まれいづるを知らぬ間に 散り逝く花よ そこしうらめし」
・・・へたっぴぃな短歌でごめんなさい。(久しぶりに詠んだ歌なので・・・)

でも、それでも華は美しいものです。
どのような季節であろうと、美しいもののその本質は変りません。
今年、初めて長浜の盆梅展に行ってきました。
もう終わりかけの頃でしたが、美しい梅の木の姿にうっとりしました。

梅の木は・・・「雄々しい」ものもあれば、「妖艶な」ものもいろいろあります。
私は「紅梅」に対しては天女・・・もしくは花魁(おいらん)のイメージを持っています。ですから、蕾の頃はさしずめ「禿(かむろ)」でしょうか?
 まだ、見習の・・・それでも、その奥に潜む幼い色香・・・純粋な中の未熟な「艶」が心をときめかせます。 その華が開く瞬間を鑑賞者である私は「どのように変化するのか?」この胸のうずうずとした感覚がまた華の変化により一層の期待を添えます。
そして、咲きほころんだ紅梅は甘美な匂いをまとい、気高く咲き誇る。

それから、白梅は妖精です。
白梅の蕾はそれとはなかなか気がつかないのですが、華が咲くと清廉な美しさと、清々しい香りで私を魅了します。だれも汚すことのできない高潔な存在。その手につかもうと思っても、つっ・・・とわずか指の差で身をかわす・・・そんなイメージが白梅にはあります。
そして、白梅は・・・咲き始めは少女のようなはかなさを持っていたのに、咲き誇ると途端に雄々しく感じます。
とくに、枝垂れの白梅は「妖精の王」のよう。
このあたり、中性的なイメージがあるところが桜に似ていると感じます。
中でも白梅の古木などは、その苔むしたごつごつとした逞しい幹をみると、荘厳で玲瓏たる「春の到来を統べるもの」といった感じがします。

木蓮も色によってイメージが変る花です。
白は清楚で上品な若い姫・・・。 赤紫が混じるものは、艶やかな美しさを持つ・・・それでいて気品あふれる姫。
どちらにせよ、品のある花だと感じます。

枝をいっぱいに伸ばし、咲き誇る桜の陰で、ひっそりと気高く美しく咲く花・・・。
桜のような派手さは無いけれど、その気高さに心打たれます。

さて・・・最後は・・・一番最初にも暴走した「桜」です。
梅が「春の到来を統べるもの」・・・初春の王ならば、桜はまさに「春の王者」です。

漆黒の闇の中、大きく天に向かって伸ばした枝のそこ、ここに、幽玄なる白い花をたわわに抱えるその姿。
風がひと撫ですれば、夜の雪かと紛うばかりの鮮やかさ・・・。
(現在ではなかなかそんな闇にはお目にかかれません。 山奥にでもいかなければ)
私は夜桜が好きです。 暗い夜・・・月夜に照らされ輝く桜の花。そして、風を受けてきらきらと閃きながら散り逝く姿・・・。
あまりにも儚く・・・そして幽玄なその姿に・・・胸が締め付けられるような思いがします。
・・・往く春を惜しむ・・・
この新たな命が芽生える季節、終りがあることがわかっているからこそ美しいと感じるのですね。

「散る桜(はな)に 往ぬる季節を惜しむれば かくありたしと 願うわが世も」
(ちょっと無茶してる?)

花の季節に惑わされ、へたっぴぃな歌を詠んでしまいました。
みなさんは、どのような花がお好きですか?

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