AcidRain 200万Hit記念アンケート & 小ネタSS「親愛の呼び方:秋隆さんの場合」


「夜分に失礼いたします、黒桐様」
「……秋隆さん?」
それは日付が変わろうかという時刻。深夜の呼び鈴にドアを開けてみれば、そこにはスーツ姿の秋隆さんがいた。

「突然、押しかけまして申し訳ございません」
「いえ、構いませんけれど……それよりどうかしたんですか? 式なら来ていませけれど」
恐縮した表情で頭を下げる秋隆さんに答えながら、僕は少しだけ身構えた。
秋隆さんがこんな時間にくるということは、それなりの理由があるんだろうし、秋隆さんの「それなりの事情」には式が絡んでいる可能性が高いから。
でも、そんな僕の考えを見透かしたように秋隆さんは申し訳なさそうに首を横に振った。

「いえ、式お嬢様の事ではないのです」
「? じゃあ、何のご用でしょうか」
「……」
首をかしげて問い掛ける僕に、秋隆さんは少し思い詰めたように視線をふせる。

「秋隆さん?」
「……それでございます。黒桐様」
「はい?」
呼びかける声に、ぽん、と手を打って、秋隆さんは目を輝かせた。

「私、気付いたのです」
「気付いたって……何にですか?」
「私、硯木秋隆と申します」
「ええ」
よく知ってます。「硯木秋隆」。それが秋隆さんのフルネームだ。今更、教えて貰うまでもない。

「黒桐様は、黒桐幹也様です」
「……ええ、まあ」
それもよく知ってます。
そう頷きながら、僕は内心でため息混じりに「あること」に気付いた。

……今日の秋隆さんは不思議時空のスイッチが入っているようだ。それを悟った僕は何もかもを諦めた気分で、夜空に視線を投げかける。

 ああ、月が綺麗だなあ。

「聞いておられますか、黒桐様」
「聞いてます。勿論」
本当はもう布団をかぶって寝てしまいたいところだったけれど、それはそれで危険を呼び込みそうな気がするので、僕は諦観を胸に秋隆さんに問い掛けた。

「えーと。僕と秋隆さんの名前がなにか問題なんでしょうか」
「それなのです、黒桐様!」
「うわ?!」
急に声を荒げた秋隆さんに、僕は思わず一歩下がる。対して、秋隆さんは勢い込んで一歩前に進みながら僕の手をがっしりと握る。

「あ、秋隆さん……?」
「黒桐様は私のことを秋隆、と呼んでくださいます」
「え、ええ……あの、それがお気に召さなかったりするんでしょうか?」
「とんでもございません。名前で呼んで頂けることに、この硯木秋隆、黒桐様からの親愛を感じさせていただいております」
「は、はあ」
「ですが! ですが……私は黒桐様を黒桐様とお呼びいたしております」
そう言うと秋隆さんは、一度言葉を切って、痛ましげに目を細めて僕を見つめて問い掛けた。

「黒桐様は私を名前で呼んでくださいます。しかし、私は名字でお呼びしている。それはひょっとして……黒桐様にとってひどく失礼なことなのではないか―――記念に、と秘蔵のウォッカを一息にあおっておりましたところ、不意にそう思い至ったのです」
「……えーと」
なんで僕を黒桐と呼ぶと失礼になるのか話がさっぱりと見えない。けれど、要するに秋隆さんはしらふに見えて強烈に酔っぱらっていると言うことは今の発言で察しが付いた。

酔っぱらいに逆らってはいけない。だから、なるべく穏便にいなしてお帰り願うに限るんだけど……。

「あの、秋隆さん」
「はい」
呼びかけながら考えをまとめる。今の秋隆さんが僕にくだを巻いている理由は……要するに僕への呼び方に問題があると感じているわけだから。

「だったら、僕のことも名前で呼んでください」
「……よろしいのですか?」
「ええ」
僕の提案に、秋隆さんの顔が、喜色に輝いた。
……って、いや、なんでそんなに喜んでもらえるのかさっぱりわからない。

その喜びの表情に、一瞬、「早まったか」という後悔が頭をよぎったけれど、「まあ、いいか」と考え直す。だって、そもそも僕の方が名前で呼んでいる訳だし、年長者の秋隆さんが僕のことを名前で呼び捨ててもおかしい事なんて無いから。

「では……お呼びしてもよろしいでしょうか」
「ええ」
真剣そのものの表情で僕の顔を伺う秋隆さんに、頷きを返す。すると、秋隆さんは一度大きく息を吸い、そして、再び真剣そのものの眼差しで僕を見つめて……言った。

「……幹也様」
「はい」
「幹也様」
「はい」
「……」
「……」
「……み、幹也」
「は、はい」
「幹也」
「えーと……」
「……」
「……」
「……ぽっ」
「いや、あのですね」
真顔のまま何度も僕の「名前」を呼んでから、なぜか、頬を赤く染める秋隆さんに、一瞬、意識が遠のきかける。が、今意識をうしなったらそれこそ取り返しの付かないことになりそうで、僕は必死でどこかへと逃げていきそうな意識をつなぎ止める。

と、僕が俄に、何かの危険を感じ取っていた、その時。

「何が、「ぽ」なんだ。お前」
そんな耳慣れた声と。

 ざくり。
そんな冗談みたいな効果音が、耳に届いた。

「式、お嬢様……お、お美事でございまする」
「あ、秋隆さん?!」
呟くような声を残して、ばたり、と玄関に倒れ伏す秋隆さん。その脳天には、まがう事なき式のナイフが直立していた。
どうやらさっきの「ざくり」という音は、これが秋隆さんの頭に突き刺さるときの音だったらしい。

「って、し、式?!」
倒れた秋隆さんの背後。見慣れた彼女の姿に、僕は思わず声を上げていた。

「大声出すな。夜中だぞ」
「あ、ごめん……って、そうじゃなくて!」
「なんだよ」
「頭! 秋隆さんの頭に、何か刺さってるよ?!」
「当たり前だろ。刺したんだから」
「あ、当たり前って……秋隆さん死んじゃうじゃないか!」
「死なない」
狼狽する僕に、式ははっきりと言い捨ててから、心底嫌そうにため息をついて髪をかき上げた。

「……『こういう時』の秋隆は何しても死なない。分かるだろ」
「……まあ、そうだろうけれど」
式も僕と同様「こういう不思議時空」の秋隆さんには引っかき回された経験があるのだ。だから、躊躇うことなくナイフを突き刺したんだろうけれど……流石にやり過ぎじゃないだろうか。

そう僕が式をいさめようとした刹那、直立の姿勢で倒れていた秋隆さんが、まるでバネ人形のように直立のまま跳ね上がった。
そして、だくだくと流れる血で顔を赤く染めながら、僕に向かって礼儀正しく会釈する。

「ご心配はご無用です、幹也様。この程度の傷で命を落とすようでは両儀の執事はつとまりません」
「……そ、そうですか」
そのナイフ、おもいっきり脳幹にまで達しそうな勢いで突き刺さってますが、それでも「その程度」でしょうか。
最早、何も言うまいと小さく首を横に振る僕の傍ら、式が秋隆さんを見て忌々しげに舌打ちを零す。

「ちっ……確かに「点」を刺したのに」
……殺す気まんまんだね、式。

「式お嬢様」
秋隆さんは取り出したハンカチで顔をぬぐいながら、無造作に殺意を向ける式に、恭しく一礼して見せた。

「式お嬢さまのお手を煩わさずとも、この硯木秋隆。ご命令とあらば、今すぐにでも腹を割き、果ててご覧にいれます」
「わかった。じゃあ、死ね」
「……」
「ここで、死ね」
「……」
「すぐに、死ね」
「……」
さながら相手の言葉尻をとった小学生のように、情け容赦なくたたみかける式。
秋隆さんは、その式の言葉を正面から受け止めて―――。

「……」
「……」
「幹也さま。明日は晴れるそうですね」
思いっきり目を逸らして、無視してのけた。

「……本当に死ね」
「ストップ! 式、やっぱりナイフは駄目だって!」
流石に切れたのか、再びナイフを振りかぶる式を、僕は慌てて押しとどめた。

「どけ、幹也! こういう奴は殺しても無罪なんだぞ!」
「そんな法律はありません! いいから、ほら、落ち着いて」
「幹也様のおっしゃるとおりでございます。式お嬢様」
「……っ、お前」
「わーっ、だから、落ち着いてってば! 秋隆さんも挑発しないでください!」
そうやって式ともみ合うことしばし。
ようやくナイフを突き刺すのは諦めてくれたのか、式はナイフをしまいながら忌々しげな視線を秋隆さんに突き立てた。

「秋隆、大体、なんで、お前が幹也のことを名前で呼んでるんだ」 
「名字には名字で、名前には名前で呼び返すのが、親愛の証でございます……ぼ」
「それをやめろ。気色悪い」
「しかし、名前で呼んでいただいている方には名前で呼び返すのが親愛の証かと」
「ふーん」
表情を変えない秋隆さんの言葉に、びしり、と式のこめかみに青筋がはしった……様な気がした。

「俺の命令が聞けないのか。秋隆」
「……式お嬢様のお言葉は、何よりも重いと心得ております。しかし……幹也様のご親愛に答えなくてはならないのです」
……いや、その言い方だと、まるで僕が秋隆さんに「幹也って呼んでください」って強制しているように聞こえてしまうんですけれど。
が、そんな僕の危惧は杞憂だったようで、式はあくまで秋隆さんに、殺意に似た苛立ちをたたきつけている。

「ご託はいい。結局、その呼び方、止めないんだな?」
「幹也さまのお心に答えるためにも」
「……」
「……」
そうして式の視線を秋隆さんが申し訳なさそうに無言で受け止めること、しばし。
やがて、式が「わかった」と軽く手を挙げて息をついた。

「わかりました。好きにしなさい」
「……式?」
「お嬢様?」
不意に変わった、式の態度。久しぶりに聞く彼女の女言葉に、僕と秋隆さんは一瞬目を見合わせて、驚いた。
そんな僕たちの態度が面白かったのか、式は、くすり、と涼やかな笑みを零す。

「変な顔。どうかしたんですか?……『硯木さん』」
「……っ?!」
笑いの混じった式の言葉。その言葉に、目に見えて秋隆さんが狼狽えた。

……まあ、その気持ちはよく分かる。
いや、だって、いきなり、もの凄い他人行儀な口調に変わって、しかも「さん」付けされたら、僕だって混乱するだろうから。

「し、式お嬢様……?」
「あら、おかしいわね、硯木さん」
秋隆さんの声に、式は仄かな笑みを湛えたまま、小首をかしげて見せた。

「名字で呼ぶ人には名字で呼び返すのが礼儀なのでしょう? なら、私のことも名字で呼ばないとおかしいでしょう」
「……そ、それは」
 がーん。
背中にそんな文字が浮かんで見えるほど、式の言葉に打ちひしがれて秋隆さんがよろめく。

「そうなのでしょう? 硯木さん」
「そ、それは」
「どうしたんですか? す・ず・り・ぎ・さん?」
よろめく秋隆さんに容赦なく「よそ行きの言葉」をたたきつけていく式。
そんな式の態度に、秋隆さんは見ているこちらが気の毒になるほどに青ざめて―――そして。

「わ、私が間違っておりました……っ」
まるで血を吐くような声で、そう言うと、がっくりと項垂れて、その敗北を認めたのだった。



「……結局、何しに来たんだ。あいつ」
「さあ……何か記念にお酒を飲んでいたとか言っていたけれど」
何の記念か知らないけれど、ああいう良い方をするお酒の飲み方は止めて欲しい。

「でも、ちょっと可愛そうだったんじゃないかな」
「なんだよ、文句あるのか」
肩を落として去っていった秋隆さんを見送りながら、僕が零した言葉に式が不満げに唇をとがらせた。

「お前の名前を呼ぶときのあいつ、変な気配だっただろ」
「まあ、それはそうだったけど」
確かに「幹也」と呼んだ秋隆さんの視線は妙に熱っぽかったような気がしなくもなかったけれど。

「でも、式」
「なんだよ」
「そんなに秋隆さんが僕の名前を呼ぶの、嫌だったの?」
「当たり前だろ」
少しからかうつもりを込めた僕の台詞。それに式は正面から頷いて、少しだけいたずらっぽく笑っていった。

「お前のこと名前で呼ぶのは、俺ぐらいでいいんだから」


(おしまい)



須啓です。

……200万Hit記念とほとんど何の関係もない小ネタですが(笑。いや、らっきょの用語集で秋隆さんの名字が判明してから
書きたいなーと思っていた小ネタなので、この機会にえいや、で書いてみました。
例によって脇役会議時空のお話ですが、少しでも笑ってもらえたら幸いです。

ということで、そんなこんなでいろいろSSを書いてきて、AcidRainでも200万Hitを記録しました。
多くの方に拙作を見ていただけたのかな、とちょっと感動しております。今後ともぼちぼちと続けていきたいなーと
思っておりますので、また訪れていただければ嬉しいです。

以下のメールフォームに、記念用のアンケートも設置しました。よろしければ、回答いただけますと、歓喜します。

今後とも、どうぞ、よろしくお願いいたします。

2008年4月4日。須啓。



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質問1:一番好きな空の境界キャラは? 両儀式   黒桐幹也  蒼崎橙子
黒桐鮮花  浅上藤乃  巫条霧絵
臙条巴  秋巳大輔  荒耶宗蓮
コルネリウス・アルバ  玄霧皐月  黄路美沙夜
白純里緒  硯木秋隆  その他   
質問2:一番好きなTYPE-MOON作品キャラは?
質問3:AcidRainで一番好きなSSは?
質問4:AcidRainで今後SSを書いて欲しいゲームはありますか?
質問5:何か、一言