
鳩
耳の中を走る雨音がうるさくて 眠れない都会では 黄色いスポンジ製の耳栓だけが 側頭葉と外界とを遮断してくれる が、時として内耳道あたりに 耳慣れぬ生物の到来を許すこともある それを蛞蝓と呼ぶのか ブリキの蝉と呼べばいいのか 私には分からない 泥酔し 駅の階段から転落したあと 物忘れと 感情の爆発の抑止ができなくなったK氏の 今後の身の振り方を考える 義理人情など世間には無い ニューロン繊維を縄跳びにして 跨いで遊んでいるのはK氏であり 私でもある 昔、乗り物酔いどころではない メリーゴーラウンドに吐く私を 抱えてくれた帽子の怪人はどこへ行ったか 解剖学の教科書にでも 広告を出そう 撫でられた背中の感覚だけが記憶に残る 手品の鳩にはいったい 飛び立つ日は来るのか 私は今日もまた 六月の青い窓際で K氏の8度めの しかも同じ話を聞く 初耳のような顔をして 同じきっかけには同じ結末がつきまとう そのストーリーを何と名付けようが 高い空から鳩が墜ちてくることはないだろう いつまで待てばよいのか 職場では たしか 去年の今日も晴天だった 『詩と思想』2000年7月号より

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