104.【か】 『蛙(かえる)の子は蛙』 (2001/11/19)
『蛙の子は蛙』
何事も子は親に似るものだということ。子は親の進んだ道を歩むものだ。また、凡人の子はやはり凡人だというときにも使う。
類:●瓜の蔓に茄子はならぬ●Like father, like son.
反:●鳶が鷹を生む
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八兵衛は、事があまりにも呆気(あっけ)なく済んでしまったので、長屋へは帰らず、「だるま」に向かった。
熊五郎と五六蔵たちは、もう好い加減出来上がっていたが、八兵衛の報告を聞くまでは帰るものかと、頑張っていた。

>八:やっぱり居やがったな。この飲んだくれども。
>熊:なにを? こっちはな、お前ぇのこと心配だから待ってやってるんじゃねえか。
>八:へっ、ちょちょいのちょいよ。心配なんか要るもんか。大きなお世話だってえの。
>熊:まったく可愛気(かわいげ)ない野郎だな。
>五六:それで、どんな風だったんで?
>八:手の中の鼠みてえに「きゅーっ」って言って昇天よ。全く手間も掛からなかった。
>熊:おや、そいつはまた随分と神妙なこったな。大それたことを仕出かした野郎とは思えねえな。
>八:そりゃあ、なんてったって、上様が直々にお運び遊ばしちゃあ、大悪人だってぐうの音も出まいよ。

>熊:お前ぇ、今、なんてった? 上様だと?
>八:上様がお出でなさったのよ。
>五六:あ、兄い、う、上様をお見掛けしたんですか?
>八:見掛けたも何も、話だって、ご忠告だってしてきたさ。
>熊:嘘吐(つ)けってんだ。こっちが居なかったからってな、冗談にも程があるぞ。
>八:嘘じゃねえって。「どうだ? 城に上がる気はないか?」って、そう仰(おお)せ賜(たまわ)れたぞ。
>四:それって、お召し抱えってことですか?
>八:そうに決まってんだろ?
>熊:何を吐(ぬ)かしてやがる。お武家でもねえお前ぇを召し抱えるなんざ、お天道様が西から昇ったって在り得ねえよ。
>八:まあな。断っちまったから、結果はおんなじなんだけどな。・・・でもよ、その内お忍びで会いにいらっしゃるそうだ。
>熊:お前ぇ、お頭の具合が悪いんじゃねえのか? どっかにぶつけてこなかったか?
>八:お頭ははっきり冴え渡ってるし、耳だって目だっていつもの通り万事(ばんじ)支障なしだよ。
>三:分かった。寝惚けてたんでしょ。夢を見たんでやすよね?
>八:まったく疑り深(うたぐりぶけ)え野郎どもだな。明日にでも、ご隠居のとこに行って確かめてみりゃあ良いじゃねえか。

>熊:・・・ほんとなのか?
>八:ほんともほんと、嘘みてえな本当だ。
>三:上様と、直(じか)にお話なさったんですか?
>八:諄(くど)いぞ、お前ぇら。さあさ、飲も飲も。

帰り支度を終えたお夏が、この話を聞いていたらしく、八兵衛に質問してきた。

>夏:ねえ八兵衛さん。上様ってどんなお方だった? まだお若いのよね? 高貴な感じ? それとも、きりりとした好男子?
>八:そうさな、年の頃は五六蔵くらいかな? 三十路(みそじ)前なんじゃねえのか? そりゃあ立派な服装をしてなさった。
>夏:それで? ねね、お顔は? 姿形(すがたかたち)は?
>熊:なんだよ、お夏坊もそんなことが気になるのか?
>夏:当り前じゃない。お目に掛かることなんか一生ないような雲の上の方なんだもの。話までしたことがあるなんて、物凄(ものすご)く貴重よ。・・・で、どんな声だった?
>八:お顔は、一見神経質そうな感じだな。でも、喋ってみると、案外気さくなお人でよ。声は思ったより高かったな。姿形は、そうさな、鴨の字を小さくして、青白くしたってところだな。
>夏:鴨太郎さん? ・・・あんななの?
>熊:お前ぇ、あんなのとは失礼なんじゃねえのか?
>八:・・・うーん、体付きだけなら、お夏ちゃんの兄上の方が近いかな?
>夏:兄上? あんな風なの? ・・・なんだかがっかり。白馬に乗った美丈夫(びじょうふ)だとばかり思い込んでたのに。
>熊:はは、そんなところだな。しかしお夏坊がねえ・・・
>夏:なによ。乙女の夢なんだから、勝手でしょ。
>熊:夢ってったって、側室になれる訳じゃなし。真逆(まさか)お前ぇ、大奥に入ろうなんて考えてた訳じゃねえだろうな?
>夏:当たり前じゃない。夢は夢だから良いの。
>熊:「医学に亭主は要らない」なんて言ってるが、ほんとは誰かと添いてえんだろ? 好いのが居るだろ? 手近によ。
>八:おいらのことか?
>夏:ご冗談。あたしは独りで、強く逞(たくま)しく雄雄(おお)しく、医術を極めるのよ。

>熊:八の話じゃあよ、上様は、そのうちお忍びでお下(くだ)り遊ばすらしいから、そんときでもじっくり眺めたらどうだ?
>夏:もう良いわよ。鴨太郎さんと兄上みたいなんじゃ、見たって仕様がないもん。
>熊:捌(さば)けちまってるねえ、今時の若い娘は。
>夏:こういう性分は、生まれ付きなの。今更治(なお)りゃしないわ。
>八:でもよ、おんなじ兄妹なのに兄上とは似てねえよな。あっちは結構ねちっこそうだもんな。
>夏:それがそうでもないのよ。兄上ったら、あたしに輪を掛けて見切りが早いのよ。あれも駄目これも駄目って、欲しいものから順に見限っちゃうもんだから、最期に残るのは一番欲しくないものだったなんての、しょっちゅうよ。
>熊:報われねえな。

>夏:でもね、兄上って、周りから拾われることも多いから不思議なのよ。今の役に付いたのだって父上の上役(うわやく)だった人の口利きだし、おしかさんだって親方が宛がってくださったし。後から振り返ってみると上首尾だったなんてことばかり。
>熊:そういうところも似てると良いんだがな。
>夏:それは無理よ。あたしったら、見た目からして「剛の者」だもの。
>熊:そうじゃねえって見てるやつだって、ごまんと居るさ。なんてったって、親のやってきたこととおんなじようなことをやるように、世の中ってものはできてるもんだからな。
>八:そういうのってよ、『親の因果が子に報い』ってんだよな?
>熊:違うってんだ。・・・打(ぶ)ち壊しじゃねえか。

>熊:八よ、お前ぇの親父こそ、生前なんか悪いことでもしてたんじゃねえのか?
>八:なんで分かるんだ?
>熊:なんだ、当たっちまったのか?
>八:おっ母から聞いた話なんだがよ、どうやらそうみてえなんだ。どっかのお店(たな)の下働きみてえなことをしてたそうなんだが、納め会かなんかの席で腹踊りを見せたら、旦那が笑い転げちまってよ。・・・で、そこまでは良かったんだが、旦那ったら、笑い過ぎて、引き付けを起こしてお陀仏よ。
>熊:血は争えねえって言うかなんて言うか・・・

雰囲気は、いつもの酒飲み話になっていた。
「鹿之助に一件が落着したことを伝えておいて呉れ」と託(ことづけ)してお夏を送り出し、改めて新しい酒を注文した。

>八:お咲坊と半次には、お前ぇの口から説明しておいて呉れよな。
>熊:またおいらにやらせるのか?
>八:だってよ、考えてもみろ。今夜の主役だったご当人の口から、「こうで御座いやした」って言ったら、自慢してるようで嫌味だろう?
>熊:まあ、それもそうだろうが・・・
>三:違うんですよね、兄い。お咲さんから、「さもしい」って言われたのが応(こた)えてるんですよね。
>四:自分だけ役を貰ったってことで、気兼ねしてるんですよね。
>五六:上様とのことを話し始めたら終わんなくなっちゃうから、我慢してるんですよね。
>八:まあ、そんなこともあるんだがよ・・・
>熊:正直に吐いちまいな。
>八:ご大層なことをしてきた割りに、何も実入りがなかったってのを、半次に笑われるのが嫌なんだ。・・・まったくよ、鹿の字のとこと違って、おいらんとこの家系はどうやら、取り立てられはするが実入りが来ないってのが、代々の決まりらしい。
>熊:因果だな。
>八:まったく不幸な身の上だよな・・・
>熊:そういうことを言ってるじゃねえよ。あのな、なんでもかんでも「物だ銭だ」って欲張って考えるから、損な方損な方に向かうの。貧しくても元気でさえあれば良いって思ってりゃ、そのうち良いこともあるだろうよ。因果応報、仏様はみぃんなお見通しってことよ。
>八:・・・なあ熊よ。矢っ張り仏様って、神様だった将軍様より、上なんだよな?
>熊:あのなあ。だから、将軍様は端(はな)っから人間だってんだ。何度言やあ分かるんだ。
つづく