191.【こ】 『呉越同舟(ごえつどうしゅう)』 (2003/07/28)
『呉越同舟』
1.呉の国の人と越の国の人が一つの船に乗り合わせるという意味で、不仲同士や敵味方が、同じ場所に居合わせること。
2.反目(はんもく)し合いながらも共通の困難や利害に対して協力し合うこと。
★元々は、孫子が、呉と越の敵対する国の人が同じ船に乗り嵐に出合った場合、敵味方が協力して水を掻き出し、困難を乗り切るという団結心を説いたもの。
出典:「孫子−九地」 「夫呉人与越人相悪也、当其同舟而済而遇風、其相救也、如左右手」
出典:
孫子(そんし) 中国の兵法書。1巻13編。呉の孫武撰と言われる。戦略戦術の法則、準拠の詳細を説明した。古代中国の戦争体験の集大成で簡潔警抜な記述による名文で知られる。後世兵学への影響は大きく、「呉子」「六韜(りくとう)」「三略」などの類書を生じた。
人物:孫武(そんぶ)・孫子 中国春秋時代の兵法家。斉の人。紀元前6世紀頃。生没年不詳。呉王闔閭(こうりょ)に仕え、楚・晋を威圧し、呉を覇者とした。軍隊に節制規律を徹底させ、兵書「孫子」を著したとされている。
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お夏が言うところの「人騒がせなこと」とは、こんな話である。
「豪華大金餅詰め合わせ」というものを、10箱ほど桐箱入りで拵(こしら)えて、勘定組頭に買い取らせる。

>夏:1箱当たり50文(約1千円)でどうかしら?
>八:50文は幾らなんだって吹っ掛け過ぎじゃねえのかい? 中身は良いとこ16文(約320円)だぜ。金太親爺(おやじ)なんか、嬉しさを通り越して卒倒(そっとう)するぜ。
>熊:そんなことより、なんで桐箱入りの大福餅なんだ? そんなの買わせたからって、食っちまえば終(しま)いじゃねえか。
>八:そうそう。材木1本切るほどの間も掛からねえ。
>熊:そりゃあ、お前ぇだけだっての。・・・そもそもだ。餅の詰め合わせなんて、誰が10箱も買うかってんだ。
>夏:買うわよ。ちょっとした小細工(こざいく)をすればね。
>熊:うーん。どうも話の先が見えねえな。一体どういうことなんだ?
>夏:・・・要するに、林田って人でも亘理って人でも、賂(まいない)をばら撒いているところを押さえれば良いんでしょう? それなら、ばら撒きたくなるようにしてあげれば良いのよ。
>八:それで? どうして「豪華大金餅詰め合わせ」なんだ?
>夏:肝心(かんじん)なのは、中身じゃなくって箱の方よ。切り餅(25両=約200万円)4個がぴったり収まるようにするの。そして、蓋(ふた)には丸に金の文字。・・・どう? 賂にはぴったりなない? 受け取る人の心を鷲掴(わしづか)みよ。
>八:そうか。そいつは凄(すげ)えや。お夏ちゃんはやっぱりお頭(つむ)のできが違うな。
>熊:かなり突飛(とっぴ)ではあるがな。
>夏:好いじゃない。欲に目が眩(くら)んだお役人なんてものは、案外騙(だま)し易いものなのよ。
>熊:分かった風な口を利くじゃねえか。
>夏:知らなかった? 鴨太郎さんの口癖よ。「上役に媚(こ)びを売ってる奴は、こっちが下手に出て、甘い言葉で騙すに限る」だってさ。
>熊:半端役人なりの処世術ってやつか。あんまり、誉(ほ)められたもんじゃねえな。

とは言いつつ、鴨太郎のそんな言葉を知っているということは、そう捨てたものでもないのかなと、内心喜んでもいた。

>夏:ねえ坂田様、切り餅を1つ用意できます? 寸法を計らなきゃ。
>太:そのくらいなら用意できますが、しかし、本当にそんなに巧く行きますか?
>夏:巧く行かなかったらまた何か考えますよ。・・・でも、あたしの勘だと、どっちか欲の皮が突っ張ってる方が飛び付いてくるわね。
>太:そうでしょうか?
>八:太市の旦那。巧く行くか行かないかなんてことを考えてても始まらねえでしょう? やらないでじっとしてるのは、悪さに肩入れしてるのとおんなじだって、そう言ってたのは旦那じゃねえですか。
>太:成る程、そうでしたね。・・・分かりました。その桐箱のお代はあたしが持ちましょう。
>八:そんなら、おいらが安兵衛の父(と)っつぁんに頼んでくるよ。頑固だけど、腕だけは確かだからな。
>熊:そんな口を利いてると雷が落ちるぞ。
>八:構うもんか。親方に比べりゃ、あんな死に損(そこな)いの拳固なんか高が知れてらあ。
>夏:切り餅は八兵衛さんが作ってよね。木(こ)っ端(ぱ)なら幾らでもあるでしょ? 数は4つで良いわ。ちゃんと紙で包んでね。
>八:お安い御用だぜ。

>咲:ねえ、あたしは何をすれば良い?
>夏:それじゃあ、2人のどっちの方が騙し易そうか聞いて回って。・・・そうねえ、例えば、生駒屋の白粉(おしろい)かなんかで、お内儀(ないぎ)さんでも丸め込んでおいて頂戴(ちょうだい)。
>咲:白粉なんかで丸め込めるのかしら?
>夏:余裕ができた家のお内儀で、化粧の道具に興味を示さない人がいたら、お目に掛かりたいものだわ。案外ちょろいかもよ。
>熊:そういうことなら、おいらは用なしだな? 大工が白粉なんか持ってたら変だもんな。
>夏:熊お兄ちゃんは、同じ家に雨漏り直しの御用聞き。ないとは思うけど、もしものことがあったら直ぐに駆け付けられるでしょ?
>熊:もしものことなんか起こるかよ。
>夏:何言ってるのよ。予想が付かないことだから、「もしものこと」なんじゃないの。それとも何? お咲ちゃんの逃げ足のこと、本気で信頼しちゃってるって訳?

鴨太郎の出番は、「豪華大金餅詰め合わせ」が出回り始めてから、ということになる。
目処が付いたら、熊五郎が話を付けに行くことになった。

>夏:でも、坂田様は暫(しばら)く知らん振りしていてくださいね。
>熊:だがよ、いざふん捕まえる段になったら、太市の旦那1人じゃ大変なんじゃねえですかい? いくら町奉行様が立派な方だってったって、畑違いはご法度(はっと)でやしょう? 握り潰されちまいやしませんか? それに、鴨太郎の立場だってどうなるか分かったもんじゃねえ。
>太:そうかも知れません。しかし、そのようなことであっても、悪事は悪事です。その事実は隠し果(おお)せるものではありません。若年寄の名前は出ないにせよ、少しずつ追い込んでいることに違いはありません。それに、林田と亘理が着服(ちゃくぶく)していた金品だけでも、幕府の蔵に戻れば、今回の一件には役に立つのですからね。
>熊:あの竹上なんとかって学者を引き込むことはできませんか?
>八:だって、1回断られちまってるんだぜ?
>熊:そりゃあ、相手が若年寄だからだろ? もうちょっと小者が相手なら、うんと言うかも知れねえだろ? どうです、旦那?
>太:どうもわたしを避けているようなのです。ちゃんと話を聞いてくれるかどうか・・・
>八:やっぱり恨んでるんでやすかね? 斉(なり)ちゃんから、こってり絞(しぼ)られてやしたからねえ。
>太:個人的な恨みはあるかもしれません。しかし、個人的な感情を持ち出している場合ではない筈です。もう一度説得してみることにしましょう。・・・幕府のためなのです。小さいことに拘(こだわ)っているときではないのです。
>八:そうでやすよね。それでもまだごちゃごちゃ抜かしてるんなら、おいらが行ってお頭(つむ)をごつんと・・・
>熊:またそれかよ。お前ぇは唯誰かを引っ叩きたいだけだろう。
>八:暫く釘の頭を殴り付けてねえからな。うずうずして仕方がねえんだ。お前ぇも分かるだろ?
>熊:分かるかってんだ、そんなの。お前ぇがあの爺さんの頭なんか引っ叩くから、そんなことになったじゃねえのか?
>八:あ、そうか。あの爺さんもいたんだっけな。・・・どうです旦那、塩十の爺さんも仲間に入れてやっちゃあ?
>太:そ、それは、止めましょう。それこそ三つ巴です。進む話も進まなくなってしまいます。

翌日昼過ぎに、太市が八兵衛を訪ねてきた。見本の切り餅を持ってきたのである。

>太:お恥ずかしい話ですが、これは借り物ですので、指物師の安兵衛さんのところでもご同道して、今夜までに持ち帰ろうかと思っているのです。
>八:恥ずかしいことなんかじゃねえですよ。おいら、こんなもの初めて見やしたよ。持たして貰っても良いですかい?
>太:ええ、どうぞ。存分に計ってください。
>熊:それで? 竹上さんとは話せたんでやすか?
>太:ええ。出仕前の早朝を狙って押し掛けました。お夏さんの考えを説明したら、渋い顔をしてはいましたが、「考えさせてください」という返答を寄越(よこ)しました。きっと色好い返事を呉れるでしょう。
>八:今回は随分と手際が良いじゃありませんか。
>太:先の見通しが良い場合は、とんとんと運ぶものですね。お夏さんのような、先の見える良策を思い付かないと、良い方には進みませんね。
>八:そうでやしょう? まったく、お夏ちゃんは頭が良いんでやすからね。「だるま」なんて小汚いとこに置いとくのが勿体無いくらいですよね。
>熊:だから辞めるって言い出したんじゃねえのか?
>八:お、おい。そういう意味で言ってるんじゃねえんだって。お夏ちゃんにはずっとあそこにいて貰わなくっちゃな。
>熊:辞めさせてやるのが、お夏坊のためになるんじゃねえかと、おいらは思うぜ。
>太:お夏さんには何か目当てがあるのですか?
>熊:ええ。長崎に行って医術を勉強してきたいんだそうです。
>太:長崎に、ですか? それで、長崎まで往復できるほどの額かと聞いたのですか。・・・ふむ。そうですか。
>八:旦那、惚れちゃったなんて言わないでくださいよ。恋敵になっちまいやすからね。
>太:はっは。そんな年ではありませんよ。・・・それに、今はこっちのことに一所懸命ですから、それどころではありません。
>八:そうですよね。仮令(たとえ)恋敵だろうと、そんな個人的なことを持ち出してる場合じゃねえんでしたよね。
>熊:ちゃんと分かってるのかねえ。
つづく