のんびりコンサートレポート



好きな音楽の傾向は両極端に分かれていて、フォークソングとロック。
フォークで好きなのは。
高石ともや笠木透といったフィールドフォークと呼ばれるもの。
ロックは、
浜田省吾尾崎豊甲斐バンドなどの80年代からのJAPANESE ROCK.。
最近行くのは浜田省吾ぐらいだが、
これまで行ったものの中から印象深いコンサートを紹介しよう。
こうやって並べてみると印象深いのは青春を過ごした時期のものが多い。

浜田省吾’01福岡 きたがわてつ 浜田省吾'00
尾崎豊 高石ともや 浜田省吾'83 '88
南こうせつ 甲斐よしひろ 加川良


HOME



 佳境に入ってきたOnTheRoad2001。浜田省吾のマリンメッセ福岡での公演にわがままをとおして行って来た。午後7時開演ということで、時間が気になって車で行った。駐車場にもスムースに入れて、腹ごしらえ・・と。すてきです。ここは。港に面していて、ちょうど夕陽が海に沈むところ。いいねえ。
 さて、コンサートは前代未聞。なんてったって10:30までやったんだよ。結果的に車で行って正解だった。新幹線で行ってたら、どこかホテルにでも泊まらないといけなかった。さすがにそれはねえ・・。翌日は仕事だし。
 省吾もすごくのっていて、ハイテンション。はじけてるって感じ。なんともとりとめのないMC。同時多発テロなど世界情勢、日本の状況といった話から、前日屋台で食べたことや愛奴時代の話まで。なんといっても圧巻は、センターステージでのアンコールだ。「朝からごきげん」など懐かしい曲を聞かせてくれたし、距離感が近い。プロレスのリングのような四角いステージなんだけど、省吾はそこをぐるぐる歩き回って、客に語りかけてくる。ビデオカメラまで持って客を写すんだよね。ウエーブもやったし、なんだか最高だったなあ。そして、最後はメインステージでの「君の名を呼ぶ」。ぐっときました。このごろこの曲の切ない感じが好きになってねえ。おとなだねえ。
 今回、ぼくが注目していたのは、同時多発テロと報復戦争に対する省吾の反応だ。「A NEW STYLE WAR」「愛の世代の前に」をひさしぶりに演奏したのはやはりそうした意味があったのだろう。世界は確かに悪い方向に向かっている。「裸の王達」の中にこういうフレーズがある。「混乱と憎悪と暴力に満ちてるこの世界 祈りを銃弾に変え・・・」そして、「A NEW STYLE WAR」には、「貧困は差別へと 怒りは暴力へと 受け入れるか 立ち向かうか どこへも逃げ出す場所は無い It's A NEW STYLE WAR」と歌っている。テロリズムは許されない。だが、そこにいたる怒りが何なのか。報復で世界はいい方向に向かうのか、考えなくてはいけないことは多い。省吾は、明確には言わなかったし、言うべきでもなかったとも思うが、やはりこの世界について感じてることが、曲のメッセージとしてあらわれていたように思う。アンコールで「アメリカ」を歌ったとき、こんなことを言っていた。「ぼくがこの曲を作ったら、ああ浜田はアメリカが好きなんだ、といわれた。俺は、戦後アメリカ軍に支配された構造、精神構造は何にも変わっちゃいないんだ、という問題提起をしたんだ。俺は日本が好きなんだ」。ちょっとおどけたように言っていたけど、本当に言いたかったことなんじゃないかな。
 コンサートでもうひとつ感じたのは、客を大事にすることだ。今回はほんとうに聴衆がどのように楽しんでくれるかを考えたステージになっていた。センターステージなんてのはその心がほんとうに表れている。アコースティックな感じで省吾をほんとうに身近に感じた。そこには、省吾の誠実さがあらわれているように思う。とりとめのないように思うMCも、考え抜かれたありきたりのMCに比べたらどんなにうれしいだろう。「昨日の夕焼け、見た?」「今日は11月7日、さて今日のニュースは、・・」など、今のこの時間を共有している感覚を大事にしている感じがとてもうれしかった。
 さて、家に帰り着いたのは深夜2:00過ぎ。くたびれたなあ。
2001/11/11記


 いままでプロのとても有名なミュージシャンばかり取り上げてきた。でも、あまり知られていなくてもすばらしいミュージシャンはたくさんいる。自分が企画したのもあるけど、何人かのコンサートを取り上げてみたいと思う。
 まずは、きたがわてつ。ぼくはファンクラブにも入っている。「きたがわてつ応援団」っていうんだ。コンサートを聞いたのは何回かあるけど、やはり一番心に残っているのは1990年の柳井でのコンサート。柳井の労働会館でコンサートを開いた。何ヶ月も前から企画して、宣伝し、ぼくはもう転勤で柳井の町にはいなかったのに、日曜のたびに行っては手伝ったっけ。その甲斐あって、本当にすばらしいコンサートになった。コンサートが終わって、知り合いのおじさんに「こんなに心に残るコンサートは初めてだ」といわれた。うれしかった。
 きたがわてつは、岩手の出身で、ヒット曲としては「日本国憲法前文」がある。あの憲法前文をそのまま歌にしたものだ。ほかにも、「そんな町を」「まつり」など元気になれる歌が多い。豊かな声量で、明るく歌う歌い方に特徴がある。「美土里」という歌のエピソードには泣かされた。ぼくはこのコンサートの間、照明を担当した。なかなかおもしろいもんだ。学校から借りたビデオライトや会館の古いスポットライト、市から借りたバックライトなどを駆使して、素人がやる分には効果的で素敵な照明ができたと思っている。1部の終わりには、照明をすべて落として、きたがわてつ本人も驚かせたっけ。だって勝手にやったんだもんな。自分たちで企画するってのは実におもしろいもんなのだ。その分苦労もするんだけど。

2001/05/29記

 

 



 行って来ました。OnTheRoad2001 浜田省吾の防府公演。これはよかったぁ。最高でしたよ。何度も行った浜田省吾のコンサートだけど、今回は胸にしみる部分、元気になれる部分。絶妙にミックスされていた。今回のコンサートレポートは、昨日終えたばかりということで、その興奮と、省吾について感じることを割と深く書いてみようと思う。
 さて、省吾がコンサートを防府でやるのは14年ぶり、86年の12月以来ということだ。省吾くらいのビッグなアーチストが防府市公会堂でやるというところがすごい!防府市公会堂は、席順が前からいろはで並んでいて、何列目なのか非常に分かりにくい。しかもカタカナで書いてあるので、ぼくたちも「マ」と「フ」とをまちがえてしまった。ぼくたちの席は後ろよりの右側。客席全体が見渡せるいいところ。省吾の姿もよく見える。
 コンサートは、全体としては3部にわかれている。はじめに4〜5曲ぶっ飛びで行き、2部はバンドメンバーの休憩もかねているのだろう、省吾一人の弾き語りがある。映画上映の休憩のあとは、3部、バラードからハードなナンバーまでぐっと見せていく。あきさせない。10年以上前の曲も随所におりこみながら、メリハリのついたいいステージ構成となっている。省吾の曲は長いのが多いが、今回は、弾き語りで1番だけですませたり、メドレー風に短いフレーズで流したりと工夫が見られた。演奏も、バイオリンなどのストリングスが入って深みを増した感じ。厚みが出てきて、うるさいだけのロックになっていない。
 今回のコンサートを通じて、省吾の曲を流れるテーマを考えさせられた。それは一言で言えば、「孤独の自覚」あるいは、「個の確認」「個の確立」といっていいかもしれない。「人間は結局のところ、一人なんだよ」という色濃いメッセージが強く感じられる。こう書くと、これを読んでいる人にはさびしく感じる人がいるかもしれないが、安易な「仲良くしようよ」「友達を信じようよ」などというメッセージよりははるかに深いメッセージ性を持っているのだ。「死ぬときはひとり」「「2人でいながら気持ちがはなれていく感覚」を歌いながら、同時に「弱さを持った自分」「悲しみを背負わざるをえない孤独感」を歌っているわけだ。
 今回、考えさせられたことのもうひとつは、「戦争への憎しみ」だ。「八月の歌」を歌うときに、「8月になるたびにヒロシマの名のもとに平和を唱えるこの国、アジアに何を償ってきた」の部分だけ、メロディーに乗せずにことばとして歌っていた。続けて「J BOY」で、「J BOY 頼りなく、豊かなこの国に J BOY 何を賭け、何を夢見よう」と歌う背景には、森首相の「神の国」発言、あるいは、今の教科書を自虐史観だと攻撃する自由主義史観の連中とくらぶべくもない、歴史に対する深い洞察がある。MCで、「ぼくは日本人として、8月は戦争について考えてしまう」というようなことをいっていた。そして、「負けた方は覚えているけど、勝った方は忘れてしまうんだ。恋愛も同じだね。別れたと思っても、相手はまだ好きかも知れない。戦後処理をきちんとしないとね」なんて言っていた。もしかすると、省吾にとっても、最近の戦争にかかわる論争については危機感があるのかもしれない。それをコンサートのなかでオブラートに包んだ表現がそういう形になるのかもしれないと思う。山口ということで、「会津若松ものがたり」というエピソードを語ってくれた。ぼくもこの夏、福島へ行ったので興味深く聞いた。でも、旅館の仲居さんに「俺たちは山口から来たんだけど、ここでは嫌われるかな」なんて、ぼくたちのボスが聞いたら、その仲居さんきょとんとしていた。「そんなことはもうだれもいいませんよ」だって。戊辰戦争に関しては、福島の人たちも忘れてしまってるのかな。
 さて、省吾のコンサートをそんな厳しい目でばかり見ていたら、ミーハーなファンが怒るかもしれないな。とにかく今回のコンサートはあったかい。それは曲から来るものもあるし、流れから来るものもあるけど、やはり省吾の誠実さから来てるもののような気がする。立見の人へわざわざあいさつすること、30代の客に向かって「今大変だろ?上と下にはさまれて。月並みなことばだけど、がんばって」ということば、ひとりひとりのメンバーだけでなく、スタッフをさりげなく紹介するやさしさ、バンドメンバーが休める時間を作るステージ構成など、随所にそれはあふれていた。
 最後に、ステージングについて、紹介したい。ステージ上にあるのはドラム、キーボードなどといったいつものものだが、今回はステージの後ろのほうに大きな柱が立っていて、それにライトなんかがセットしてある。全体としてきわめてシンプルな作りになっていて、ライブハウスの感覚に近い。とってもよかった。目をみはったのが、照明である。ライティングがとてもよかった。白や青の自然色を多用したライティングできれいだった。曲とのマッチング、タイミングもばっちり!全体に明るい感じで、多少重めの曲のときでもライトとのバランスで、のることができた。サウンドのほうも、席の場所にもよるのだろうが、ロックのコンサートにありがちな、ただやたら音がでかいのとは違って、本当にストレスなく自然に楽しむことができた。
 今回のコンサート、30代、40代が客の80〜90%を占めるだけあって、盛り上がったなかにも落ち着きのあるすばらしいコンサートになった。ところで、省吾が弾き語りのときに、「なにかいっしょに歌おうか?」といって、「いつかどこかで」と叫んだのはぼくです。省吾の曲に、「いつかどこかで」なんてない。「いつかもうすぐ」のまちがいでした。もう別の曲に決まりかけてたのであまり気づかれないようだったけど、ぼく自身はすぐに気づいて恥ずかしかった。ごめんなさい。そして、コンサートが終わって、駐車場から出るときに入れてくれた、クーパーミニの人、ありがとう。助かりました。
 次回は、娘もつれていこうかと考えている。1回くらいつれていってもいいかな。それまでに聞きこませておかないと・・。 

2000/08/28記

 

 


 Bestはやはりこれです。大学を卒業した年の12月にあった尾崎豊のコンサート。今でも思い出すと興奮する。このときには一般のプレイガイドでも売っていて、しかもぼくが買ったときは、発売して1週間ぐらい後だった。それでもど真ん中の3列目が取れた。会場は山口市民館の小ホール。その後の尾崎の大ブレイクを考えるとうそのようだ。このコンサートで感激したのは「シェリー」。弦を何本も切りながらシャウトしていた。本当にすごかった。アンコールのときだったか、ちょっとかがんだおなじみのポーズで手で招くものだから、みんな興奮しちゃって、前に殺到していった。ぼくはちょうど真ん中だったので、みんなが怪我しないようにパイプ椅子を整理したのを覚えている。ちょっと冷静すぎたかな。尾崎豊は確実にぼくに影響を与えていると思う。でもその後の彼の生き方はあまりに痛々しい。せっかくの才能をお金の前につぶしてしまったような気がする。尾崎はちょうど音楽がビジネスとして受けとめられて、そのレールを歩かされ続けた初めてのシンガーかもしれない。ところで、コンサートが終わって市民館の前にいると、尾崎が小ホールの丸窓にパンツのお尻を当てておどけていた。

 

 




高校時代から高石ともやはあこがれだった。そのステージを見たいと思っていたのだが、とうとうその願いがかなったのがこのピクニックコンサートだった。5月のとてつもなく晴れた日に、先輩のKさんと一緒に船に乗って巌流島に渡ったわけだ。ステージの後ろには関門橋が見える。本当に一枚の絵のようだった。ぼくたちは少し離れた斜面に腰を下ろしてゆったりとした気分。かまやつひろしのステージは忘れたけど、ナターシャーセブンのステージはよく覚えている。高校時代にさんざん聞きこんだアルバムの1曲1曲が流れてくるのに心地よく身をゆだねたものだ。就職してから何回か高石ともやのステージは体験した。そのたびに感激している。でも、ナターシャーセブンとしてのコンサートはこのとき限りだ。

 


 改めて振りかえってみると、83年に浜田省吾は3回も山口県に来ている。チケットを見てもわかるように、それぞれコンセプトは違うのだ。
4月14日、防府市公会堂は立見で見た
6月19日、徳山市文化会館も立見だった。
12月21日、山口市民会館は31列目。
 浜田省吾で一番いい席だったのは、88年で一番前だったとき。結婚する前だったが、かみさんが投げたスカーフを省吾がとって首に巻きつけてから、別の人に投げ返したのを覚えている。コンサートの間中そのスカーフが気になって仕方なかったが、コンサートが終わって、その人に「返してくれ」といって返してもらった。
 昨年徳山に来たときは、5列目くらいだったと思う。もちろんこの夏の防府での公演にも行くが、一応2階席の指定になっている。
 省吾のコンサートで思い出深いのは、「MainStreet」のころ、防府での公演だ。アメリカの下町っていうような設定のセットで、最後にセットの2階にあがったり、車のヘッドライトがついたりしてドラマチックだった。もちろん、このチケットのころの有名な地球のセットもよかったね。
 ぼくが浜田省吾を知ったのは大学のとき。友達に好きなやつがいて、影響された。はじめのころは「かっこうつけたやつ」みたいな感じで、受け入れなかったが、特にその社会性、メッセージ性、そして具体的な詞の世界に引かれていった。声がいいのはあるし、曲もいいけど、今はその生き方、もっと言えば人柄、誠実さに引かれている。
 省吾のファンでミーハーな人が多いのは仕方ないとも思うけど、熱心なファンでも、ジャクソン・ブラウンに似た社会的なメッセージの鋭さや詞の深さを理解している人は少ないような気がする。このまえ、FMの番組で省吾に「浜田さんは占いを信じますか?」とか、「浜田さんは家電占いでワープロです」なんて言っていて、とても腹が立った。省吾を前になんだ。もっと天下・国家を論じるか。せめて詞の中身を理解できるようなインタビューをしろよ!!
 ぼくにとって省吾のBEST SONGは、「AMERICA」「夏の終わり」です。

 

 


 南こうせつのピクニックコンサートは楽しかった。これも84年です。とにかく徹夜。ぶっ通しでやる徹夜のコンサートはいいね。このときのゲストはチャゲ&飛鳥で、でもぼくは退屈で寝ていた。こうせつのファンはとにかくバイタリティがあって、すんごく盛り上がってたなあ。
 ぼくは南こうせつそのものはファンというわけじゃないけど、あの元気さには感心するね。フォークの中で商業ベースに乗ってしまったってことで批判する人もいるけど、そういう生き方もあっていいんじゃないかなって思う。やはりかぐや姫はぼくたちの世代にとって、ビートルズと並んで発達課題だったような気がする。このときもかぐや姫時代の歌を何曲かやったけど、「神田川」とか「ぼくの胸でおやすみ」なんていうのは今聞いてもなんかぐっとくる感じがある。
 89年ごろに南こうせつが岩国に来たことがある。このときは民音主催で、わけのわかんなそうなおじさんがいっぱい来ていた。ぼくたちは、一番前に陣取って、立って終始盛り上げてた。その甲斐あってか、最後にステージを降りようとするこうせつに向かって、手を差し出したら戻ってきてわざわざ握手をしてくれた。うれしかったな。


 


 はっきり自慢になりそうだけど、甲斐よしひろも1番前で見たことがある。とは言っても注意してほしい。甲斐バンドではなく、甲斐よしひろなのだ。87年9月。甲斐よしひろとして徳山でやったコンサート。1番前のど真ん中。全部埋まっていなかった。これは甲斐よしひろとしても悔しかっただろうな。それまでの実績を捨てたような感じだったから。実際、このコンサートでは甲斐バンド時代の曲をまったくやらなかった。「きょうは甲斐バンドの曲はやらないよ」って自分で宣言していた。そりゃあそうだよなんてぼくは納得はしたけど、大半の客はがっかりしたような反応だった。結局甲斐よしひろはソロとしては目立ったヒットもなく、甲斐バンド時代の曲のベストなんかを出したっけ。
 ぼくが甲斐バンドの曲で好きなのは、「破れたハートを売り物にして」です。

 



 加川良を知っていますか?最近は、BSのフォーク特集なんかで姿を見かけるようになったけど、ぼくもこのコンサートに行くまではその姿を知らなかった。このコンサートは、90年8月に山口市湯田温泉の駅前にあるRagという喫茶店であったもの。Ragはもう有名になったけど、いわゆるイベンターです。喫茶店のRagは、それはもうこじんまりとしたもの。ここであるということを知ったのが前日。即電話をしたら、「いくらでも空いていますよ」というのんびりとした返事。行ってみると、本当にここでやるんだ、という感じ。ぼくはコンサートというからにはできるだけ前で見るのが好き。1ドリンクのビールを飲みながら開演を待ったのであります。
 いや、すごい迫力。加川良は「知る人ぞ知る」って感じのすごいフォークシンガー。その人の生演奏をすぐ目の前で聞けるんだから幸せだった。「教訓T」ぐらいしか知らなかったけど、その「教訓T」だって昔のとはえらい違い。レゲエにはまってるとかで、すべての演奏が躍動している感じ。ギターもめちゃうまい。特に、4弦を印象的にたたいてるのにしびれてしまった。
 そして、この人えらい汗っかき。したたりおちる汗がエレアコのボリューム調整のところにぽたりぽたりと落ちて、途中で調子悪くなったりして、こっちが心配してしまった。とにかく迫力のあるステージだった。
もったいない。客はわずか20人もいなかったような気がする。こういう人が細々とフォークをやって、なんだかとんでもないへたくそがヒットを出すのってなんか間違っていないか。

 



のんびりとした話NO1

のんびりとした話NO2

のんびりむかしのかんちがい

のんびり見た映画

のんびり読んだ本

のんびりできない世の中

のんびり倶楽部の庭

のんびりDIY作品集

のんびり登山ことはじめ

のんびりキャンプ場案内(東部)

のんびりキャンプ場案内(西部)

のんびり山口平和の旅

のんびりコンサートレポート

のんびりさきのダジャレ集

小説「ありったけのやさしさで」

のんびりリンク集


HOME