海防艦「択捉型」
 
 昭和16年度計画で建造が決定した海防艦30隻のうち、新規設計をするには時間的余裕がなかったために「占守」型を若干簡易化させたものが「択捉」型に該当する。簡易化させた部分は、艦橋、上部構造物、艦首尾であった。この簡易化により、所要工数が「占守」型の9万工数に対し、「択捉」型は7万工数と2万工数削減することができた。しかし、兵装では依然として砲力を重視しており、また補助缶(北方海域行動用)を残すなど、まだまだ改良すべき点が多々あった。公式的には「占守」型に類別される。
 所要工数が減ったとはいえ完成までに平均11カ月もかかっており、日本海軍が海上護衛艦艇に力を入れていなかったことを物語っている。就役は昭和18年3月〜昭和19年2月となり、完成次第すぐに熾烈な対潜作戦に従事している。
 同型艦14隻中7隻が戦没した。
基準排水量 870トン
全長 77.70m
水線幅(最大) 9.10m
吃水(公試状態) 3.05m
主機/軸数 艦本式22号10型ディーゼル機関2基/2軸
出力 4,200馬力
燃料搭載量 重油200トン
速力 19.7ノット
航続力 16ノットで8,000浬
兵装(竣工時)

 
12p45口径単装砲3基、25o連装機銃2基、94式爆雷投射機1基、3型爆雷装填台1基、爆雷投下台6基、95式爆雷36個、93式水中聴音機1基、93式水中探信儀1基
兵装(昭和19年11月の択捉:機銃と電探の装備は各艦で相違がある)

 
12p45口径単装砲3基、25o3連装機銃5基、同連装機銃2基、8p迫撃砲(この時点では台のみ設置)、94式爆雷投射機1基、3型爆雷装填台1基、爆雷投下軌条2基(推定)、2式爆雷60個、22号電探1基、93式水中聴音機1基、93式探信儀1基、
 
乗員 147名
艦名  建造所 竣工日 除籍日(喪失日) 除籍理由
択捉 日立造船桜島造船所  18年5月15日 20年10月5日 終戦時残存
松輪 三井造船玉野造船所 18年3月28日 19年8月22日 潜水艦雷撃
佐渡 日本鋼管鶴見造船所  18年3月27日 19年8月22日 潜水艦雷撃
隠岐 浦賀船渠 18年3月28日 20年11月20日 終戦時残存
六連 日立造船桜島造船所 18年7月31日 18年9月2日 潜水艦雷撃
壱岐 三井造船玉野造船所  18年5月31日 19年5月24日 潜水艦雷撃
対馬 日本鋼管鶴見造船所 18年7月28日 20年10月5日 終戦時残存
若宮 三井造船玉野造船所 18年8月10日 18年11月23日 潜水艦雷撃
平戸 日立造船桜島造船所 18年9月28日 19年9月12日 潜水艦雷撃
福江 浦賀船渠 18年6月28日 20年10月5日 終戦時残存
天草 日立造船桜島造船所 18年11月20日 20年8月9日 空襲
満珠(2) 三井造船玉野造船所 18年11月30日 20年4月3日 空襲
干珠 (2) 浦賀船渠 18年10月30日 20年8月15日 触雷
笠戸 浦賀船渠 19年2月27日 20年6月22日 潜水艦雷撃