
| 『そこに僕はいた』 第1話 「子供は残酷だ」こんな言葉をよく聞く。「子供は、自分のしているコトの意味もわからずに残酷なことをしてしまう」というような意味ではないだろうか。子供の頃、死という言葉の意味もわからずに捕まえた虫の足を一本ずつちぎっていくように・・・。 あの時、学校の長い廊下には僕とイチ君しかいなかった。 あの時、僕は自分がしていることがヒドイコトだとも、残酷なコトだともわかっていた。 もうすぐ体育の時間なので体操服を取りに、僕は教室を出て廊下の壁にかかっている母が作ってくれた体操服が入ったミッキーマウスの布袋を探していた。ふと、横を見るとイチ君がおそらくこれも手作りであろうセサミストリートの布袋から体操服を出しているところだった。 「なぁ、どんな気持ちだった?・・・・・・・やっぱ悲しかった?」 と僕は聞いてみた。 「・・・。」 イチ君は無言だった。 「おい、どうなんだよ!?」 と、語気を少し荒げてみるとようやく、 「はは・・・。いや・・よくわかんないんだ。」 ちょっと困った顔をしてイチ君は答えた。話しながら体操服に着替えた僕は、コイツ感情までトロい奴だなーと思いながら、まだセサミストリートの布袋を抱えて突っ立っているイチ君を置いて、体育館の方に走り出した。 イチ君は、気が弱く少しボーっとしていて忘れ物が多く、よく先生に注意されるような子だった。しかしそれだけのことでも、僕等イジメッ子にとってはかっこうのエジキである。そのことをはやしたてたり、軽く小突いたりして僕等はよくイチ君をイジメて遊んでいた。僕等がイチ君をイジメるといつも彼は怒るでもなく、泣くでもなく、ただちょっと悲しそうに微笑んでいた。 ある日、イチ君は学校を休んだ。その次の日も休んだ。そのまた次の日も休んだ。だいたい1週間くらい学校を休んだ。風邪ひいたワケでもなかった。ケガをしたワケでもなかった。イチ君のお母さんが亡くなったためだった。 1つ気が付いたコトがあった。イチ君の体操服はいつも真っ白だった。僕等は週末に体操服を家で洗ってくることになっていたのだが、僕を含め大多数の 男子は体操服とその袋を持って帰ることを忘れ、汚い体操服のままでいること が多かった。でも、イチ君だけは違った。忘れ物が多いはずのイチ君の体操服とセサミストリートの布袋はいつもピカピカだった。そのセサミストリートの布袋はイチ君のお母さんが作ったものだと後で知った。 「なぁ、どんな気持ちだった?お母さんが死んで・・・やっぱ悲しかった?」 ヘドがでる・・・・・・・。 10年以上経った今でもよくイチ君の夢を見る。どんなにバカにしても、どんな嫌がらせをしても決して泣かなかったイチ君。いつもちょっと悲しそうに微笑んでいたイチ君。彼が・・・セサミストリートの布袋を抱えて、笑いながら泣いている夢を。 「僕、バカだから・・・よくわかんないんだ。」 夢の中のイチ君はそう言っていた。 6年生になった。もう誰も体操服を布の袋には入れてこない。でも、ある廊下の壁にはプーマやアディタスのビニール袋に囲まれて、あのセサミストリートの布袋が揺れていた。 『そこに僕はいた』 第2話 あれが僕等クラスの男子の初恋かどうかは、わからない。もしかしたら幼稚園の時、保母さんに初めて恋をしたのかもしれない。もしかしたら近所の幼なじみに初めて女の人を意識したのかもしれない。あれがみんなの初恋かどうかを確かめるコトは僕にはできない。けれどもはっきりと断言できるコトがある。 クラスの男子全員がイズミちゃんのコトを好きだった。 というコトである。 今思い出してみて、ボクの23年間の人生の中でもあれほど完璧なオンナノコをボクはイズミちゃん以外知らない。容姿端麗、勉強はいつもクラスでイチバン、運動神経もピカイチ。もちろんそれだけじゃない。誰にでもやさしくて、誰にでも微笑んでくれたあの笑顔は23歳になった今でもハッキリと思いだすコトが出来る。 イズミちゃんはまさに天使だった、と・・・。 クラスの男子全員がなんとかして彼女のあの笑顔を独占したかった。小学校低学年のあの頃、ボク等はイズミちゃんの気を引こうと四苦八苦していた。なんとかしてイズミちゃんと話がしたかった。どうにもこうにもイズミちゃんに話かけるコトが出来なかったボクが彼女の気を引くためにとった行動は、彼女をからかうコトだった。ボクは普段そんなに前に出るタイプではなかったが、大多数の男子が恥ずかしがって行動を起こしていない今コソがチャンスなのだとボクは考えた。 しかしながら完璧なオンナノコであるイズミちゃんをからかうコトはかなり難しかった。欠点が全く無かったからである。あの頃、勉強をそっちのけにイズミちゃんをからかうネタを毎日さがしていたような気がする・・。授業中でもず〜っとイズミちゃんの一挙一動を観察していたボクはストーカーと呼ばれてもよかったんじゃないだろうか。通知表には「先生の話を聞かずにボ〜っとしている事が多い」と書かれてしまうほどで、1度授業中に担任の先生から、 「いったい何にボ〜っしているんだ?」 と聞かれたコトがある。 「ボクの天使にココロを奪われていました」 などと小学校1年生のボクに答えられるハズもなく、 「イヤ・・窓の外を・・・」 と、シドロモドロに答えるのが精一杯だった。 「フフフ、もうやめてよー」 ボクがイズミちゃんをからかうと彼女はちょっと困ったカオをして・・・それからあの天使のような笑顔でボクに微笑みかけてくれた。最高だった。ボクが今クラスの男子の中でイズミちゃんにイチバン近いトコロにいるんだ、とその時は思っていた。 ある日ヒロタとイズミちゃんが話をしていた。ヒロタは小太りで勉強は出来たがあまりパッとしないヤツだとそれまでは思っていた。 「それじゃあ、ヒロタ君また明日」 「うん、また明日」 聞き耳をたてていたボクは自分の耳を疑った。 明日!? 今日は土曜日だから明日は学校はないハズだ。どういうコトなんだ!?ま・・まさか日曜日に2人で会うなんてコトは・・・。ボクの疑惑の視線に気付いたのか、ヒロタがボクの方に近づいてきた。 「いやぁ、明日は町内会の行事で動物園に行くんだよ。それでサカイさんと打ち合わせをしていたんだ」 なにがサカイさんだ!スカシやがって!なにが打ち合わせだ!テメーはただオトナに付いて行くだけだろうが!だいたいボクはなにも聞いちゃいない!ボクはココロの中でそう叫んでいた。ヒロタはそれだけ言うと嬉しそうに帰っていった。 くやしかった。イズミちゃんに行動を起こしていたのはボクだけじゃなかったのだ。そしてイズミちゃんと同じ町内のヒロタが死ぬほどうらやましかった。からかうコトでしかイズミちゃんとコミュニケーションを取れないボクはヒロタとイズミちゃんが普通に話をしていたのがショックだった。 はなから誰にもイズミちゃんを渡すつもりはないが、あの小太りにだけは死んでもイヤだった。 その日からボクはイズミちゃんをからかうのをやめた。そしてその日からボクとヒロタの2年間にも渡る戦いの日々が始まったのだった。 『そこに僕はいた』 第3話 ギンヤンマとういトンボを知っているだろうか? オニヤンマほど大きくはないがそれでも大型のトンボである。名前の通り銀色のトンボ・・・というワケではなく、お腹のあたりに白銀色の紋があることからギンヤンマと名前がついたのだそうだ。その白銀色の紋よりむしろ、若草色の体に目の覚めるような鮮やかなグリーンの、まるで宝石のような大きな瞳。というのがボクのギンヤンマの印象である。 実はボクはギンヤンマを捕まえたコトが一度もない。実物を見たのも23年間で1度きり。ギンヤンマが全国的に珍しいトンボであるかどうかは、ボクにはわからない。少なくともボクの住んでいた地域では極めて珍しいトンボだったのではないだろうか。オニヤンマを見るコトはあっても、ギンヤンマを見るコトはまずなかった。当時ボクの虫好きはかなりのもので、しょっちゅう虫捕りに出掛けていた。自転車で片道2、3時間かかるような遠出も虫を捕まえるためなら、全く苦にならなかった。あの日、ギンヤンマを初めて見た時のコトは今でもハッキリと覚えている・・・つもりだ。というのはその時の光景、つまりギンヤンマを初めて見た時の光景がひどく幻想的なものだったからだ。あれは夢だったんじゃないだろうか? と今でも思うコトがある。 「もしかして道に迷ったのかなあ?」 というそれまであった不安な気持ちは、もうどこかえ吹き飛んでしまっていた。 親と小さな山にキャンプに来ていたボクは、1人で虫を探しているうち山の奥の方へと迷い込んでしまい、途方に暮れていた。どうしよう・・・泣きそうになるのをグッとこらえて、とりあえずボクは歩き出した。しばらく歩いていると子供のボクでもまたげるような小川があった。小川の水は驚くほど綺麗で、水底の砂の一粒一粒がハッキリと見てとれるほど透き通っていた。あたりはやけに静かで、チョロチョロと流れる小川の水の音だけがボクの耳に聞こえていた。 「ん? なんだろう?」 小川の水草に何か付いていた。ヤゴ(トンボの幼虫)の抜け殻だった。かなり大型のヤゴだ。これ・・・オニヤンマの抜け殻かな?と思いかけた時、ボクはすぐそばの水辺にとまっているトンボに気が付いた。今まで見たことのない綺麗なトンボがそこにいた。ボクがもう少し近づこうとしたとたん、トンボは飛んでいってしまった。虫網さえあればなあ、と思いながらボクはトンボの飛んでいった方に目を向けた。 トンボが飛んでいった方向を見た瞬間、ボクはその光景に圧倒されて驚きの声を挙げるコトさえできなかった。 おびただしい数のトンボ・・・ 透き通った水面の上を若草色のトンボが乱れ飛ぶ、どこか神々しいその光景にボクはただ呆然と立ち尽くした。木漏れ日でキラキラ光る小川の上を縫うように飛んでいるギンヤンマの姿を見ながら、ボクは思った。「こりゃ夢に違いない」と・・・。 どこをどう歩いたのかハッキリと思い出せない。とにかくボクはギンヤンマが乱れ飛ぶ小川に沿って歩き続けた。なぜかはわからないがボクの中に「帰れる!」という強い確信があった。事実、ボクは元の場所に戻るコトができたのだった。次の日ボクは朝早くからあの小川を捜したのだが、何時間捜してもあの小川を見つけるコトはできなかった。あれほどいたはずのギンヤンマを見るコトもなかった。 あれからいくつもの夏がすぎていき、その度にボクは思い出す。あの小川とギンヤンマのコトを。 |