
Bhaktic
Yogin Cowboy
prose about super bhaktic
traditions
ハイ、僕はBhaktic Asu。伝承されてきた英知を小説で書いている。ここには僕が世界へのバクティ(神秘的献身)のために書いたものを置いている。過去のノートにはいろいろなリンクもある。
BBSにはなんでも書き込んで。
all so eMail to me possible here.
過去のノート1、ノート2、ノート3も読んで。
2002/5/5
表現の最先端/ぼくの思想
時代の旗手たらんとしてすべての文章を書いてきたから、こういう話題は率直にしておきたい(笑わないでください。真剣な人もいるんです)。ただし行きすぎないように恐れおののきながら。
思想という言葉がなにか気恥ずかしいものになっているようで、そのことの責任がどこにあるかという点の細部に立ち入ることは控えるとして、実際、思想という言葉は、現在、いささか、時代錯誤という感がある。それは、思想、もてはやされる、話題にされる思想が、進歩、もしくは変化していないからだ。
最近、サドの著作や、サドの思想(サディズム?)についてのフランス人、日本人の評論を読む機会があった。思うところが多かった。
ぼくの小説やバクティックヨーギンカウボーイの文章を読んで、つまらないと言う人がけっこういる。その「人」というのは、彼自身のアカデミックな教養に欠けるという理由でそういう感想を持つのではない。つまらないのだ。
それでぼくは困惑して、彼らから理由を聞き出してみると、少しずつわかってきた。存外、単純な理由があった。
ようするに、ぼくの思想が、既存の道徳に沿っていて、なんら目新しくなく、ときに偽善的にも写り、退屈だと、こういうことらしい。
だがぼくには反論がある。ぶ然としてこれを言うのではないし、ぼくの思想がつまらないと言う人の考えは、一理も二理もある。しかし言っておきたい。
ぼくの周りの人間も、サドやニーチェやフロイトを熱心に勉強してぼくにいろいろと教えてくれる。歳を取ったコミュニストも友達にいる。アメリカ人のひとりのヒッピーにはとくに人間と社会の深い部分を教わった。加えて言うなら、ぼくは常にアンダーグラウンドな文化に身を置いてきた。置こうとしてきた。いまも置いている。そこにいる。ぼくの力強い友達たちがその証拠だ。
メインストリーム世界というのは、なるほど、腐っている。見るに耐えない代物だ。だからと、直接、それをメインストリームの人間、大衆「に向けて」知らせるのもいいだろう。
でもぼくがサドやニーチェの思想をはじめて知ったとき、それはたぶん17歳くらいのことを指すのだと思うが、そのとき、どうも、ぴんとこなかった。それは、時代遅れだな、と感じたという意味。なぜこんな中途半端に古い世界の古い思想をいまもてはやすのか、よくわからなかった。大人になって、もっと視野が広くなってみても、サドとニーチェに魅力を感じない。それは、現在、彼らの思想は、すでに充分に知られているからだ。澁澤龍彦のサド裁判はもう40年も昔の話で、たった40年前の話だ。少し学問をした人間にはよく知られ、そして忘れられてはいない。
この文章を「ぼくの思想」と題したが、これは単純にぼくの思想ではなくて、ぼくが表現したいと思っている思想について書こうとして題した。物書きが「ぼくの思想」と言うとき、それはつまり、そういう意味だ。
ぼくが表現するものを選ぶとき、サド、ニーチェ、フロイトは選ばない。それは中途半端に古く、世界中の先人によって充分に確認され、そしてまだだれも忘れていないから。ぼくは本当に新しいものか、べらぼうに古いものが好きだ。それを表現するのは、知られていないことだから、価値がある。
つまり、ぼくが芸術家としての位置を選ぶとき、既存の道徳を否定して悪徳を賛美してみせたりする必要は、感じない。そのようなことはすでにありふれていて退屈だ。もう少し微妙な位置に行きたい。例えばぼくが「伝統を見直さなければならない」と肩肘を張るとき、それはありふれているだろうか。「伝統なんかくそくらえ」と言うほうが現在ではありふれてはいないだろうか(加えて言うに、ぼくの言う「伝統」という語は、サドの思想よりも知名度がずっと低い)。芸術家は原則として少数派につくものである。そしてその立場は常に微妙でなければ、彼の表現には価値がなく、効力がない。微妙というのは、ぼくの好きな言い方なのだけど、ここでは最先端と言おう。表現の最先端というのは、そう言うからには、突端であって、光が宇宙空間を飛んでいるように、常に進んでいっている。ここで言う常にというのは、ほんとうに常にだ。つまりまだだれも位置したことのない場所について言う。
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サドの評論をいま例えばフランス人や日本人が書いたとしても、それは魅力がない。しかしインド哲学を修めたインド人が書いたなら、それは最先端たりえる。彼の位置は微妙だ。
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最近のぼくがインドで発見したことをさも目新しいもののように言うのを、時代錯誤だと言うのは誤りだ。カウンターカルチャーという単語を字義通りにとらえるなら、なるほど、ぼくの思想はそうだろう。でも時節用語としてぼくのインドかぶれをカウンターカルチャー、ヒッピーカルチャーの二番煎じなどと呼ぶなら抗議させてもらいたい。ヒッピーは牛をじっと眺めていただろうか? そういう人がいたとしても、牛に乗って大衆の前を闊歩し、さらに地下鉄に乗り込んだろうか? ガンディジーの鷲鼻のつくりものを鼻にくっつけて? 連中が乗っていたのは曼陀羅をペイントしマイクとスピーカーをつけたアメリカ製のバスではなかったか?
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わかってもらえないことを気にするのはもうやめにしようと思う。よくよく考えずとも、表現の最先端というのは、物理学の最先端と一緒で、専門家にしかわからないのは、当然のことだ。こちらがときに韜晦することが有意義だとしても、表現に必要なのは確信だけだから、理解されないことなど、表現者、芸術家には関係がないことだ。それは別の話題だ。
2002/5/5
ドラッグはドーピングか
字義通りに言うならそうなのだろうが、実際には、ずるではないと思う。なぜなら芸術の発表の場というのは、オリンピック会場ではないから。こんな話題を書くのは、昔好きだった松本人志さんのエッセイにそんなことが書いてあったから。ずるだと(人の書斎を覗くのはためになることです。ふだん手に取らない本を読むことになるから)。
表現の美徳というのは自由であることで、とくにルールはない。国家の法律をはじめとするルールが及ばないのは当然で、それは芸術表現が、人の想像力によってなされるからだ。
ドラッグはずるいという物言いはずいぶん根強いし、それは一見かっこいいが、実際には、効力がない物言いだ。的がはずれている。例えば臨死体験のごときものはどうだろう。その経験からなにか表現したらずるいだろうか(なるほど臨死体験などを神秘的にして儲ける売文屋、宗教屋はずるいが)。アウトサイドアーティストはずるいだろうか。
それにジョイント一本、アシッドペーパー一枚なにほどのものだろう。ティモシー・リアリーはもう500年ほど前に死んでいるのではなかったか。ドラッグ=向精神薬というのは、ほとんど、嗜好品と言い換えることができると思うが。あくまでほとんど、である。やはりコーヒーとは違う。だからといって、ドラッグから筋肉増強剤、神秘主義、犯罪などと連想していくのは、唐突である。それでは話題が違ってくる。
それから絵描きや詩人はどうか知らないし、ダンサー、ミュージシャンははずすとして、小説家は、ジョイントをくわえながら書いたりするものではないと思う。その理由を事細かに書くのはぼくには荷が重いからやめるが、泥酔して将棋を指すのが無茶なのと同じような様子だろう。コークならいいんじゃないかなどと無粋な指摘はご遠慮願いたい。まっとうなアンダーグラウンダーにはそのような金はないし、コロンビアに行ってまでそうするような命知らずは、それこそずるいかもしれない。
ともかく、芸術はサッカーとは違う(なるほど22人でやるサッカーでもひとりの一瞬のファンタスティックなひらめきによる一点で試合が決まることもあるかもしれない。ところでサッカーで芸術的なプレーなどとよく言うがいかがなものか。美しい=芸術という短絡な認識しか一般にないなら確かにサドはまだ出番があるだろう。おっとサディスティック・スーパーゴール!)。現代、芸術の価値というのは、ジョイント一本、コーク一列で左右されるような、一朝一夕のものではなかったはずだ。
連載「Beast
Sport-獣の戯れ」
インド。ヒマラヤの麓にコンピュータ管理の自動自給自足システム、「生活カプセル」を建て、ひとり自由を求める芸術家。そこに別のやり方で自由を求める女が来訪し、芸術家は危機に陥る。
混迷する現代に清らかな禁欲生活を求めた男の行き着く先。
2002/4/6
第一回 why not
アンダーグラウンドパブでアカイケのパーティを知るマヤ。
2002/4/9
第二回 halloween
Party zone, ハロウィンの出会い。
2002/4/13
第三回 心臓に近い
インドにやってきた虎。出迎える牛。
2002/4/4
イスカリオテのカーゴゥ・カルト/アンチ・カバリスト
世の中には駄本というのがいくらもある。堕本、と言ってもいいんじゃないか。
少し以前に、「トンデモ本」などともてはやされたものがある。嘘つきや、気ちがいが書き、商人が出したオカルト本のことをここで指す。
こうした本は、もともと愚人が書くので、その種類はそう多くない。ジャンルは、あくまで「オカルト」にとどまる。競馬予想本にしても、オカルト、もしくは、たわいのないシャマニズムの本だ。
ユダヤ人の陰謀とか、UFOとか、ニューエイジ、チャネリング、疑似科学。
どれもこれもくだらぬが、すごいのは、こうした本が大量に刷られ、買われていることだ。信じられないが、そうらしい。
ものすごい量だ。頭痛がする。
2年ほど前に、僕は「カーゴゥ・カルト」という小説を書いた。でもそのころ、僕は「積荷儀礼」について、しっかり把握していたわけではなかった。
僕がキリスト教にどこかなじめないのは、どこか邪悪で、愚かしい匂いがするからだ。商人、権力の匂いと言っても良い。それは大衆-無学な愚か者、また無垢な人のことだ-を使って利己を満たす人のことだ。積荷信仰というのは、終末に、世界が焼かれ、信仰深い人だけが助かり、空から、あるいは海から、富がやってくるというものだ。
くだらぬ。
しかし積荷儀礼は、怠慢な人間にとってこの上なく魅力的である。はじめイエスが積荷を背負っていた。次に宇宙人になった。ニューエイジはイルカに金貨をせびる。
みんな、恐ろしく謙居だ。自分の能力を低く見積もること、小人のようだ。それなのに欲しがる。不思議なことだ。謙居な人とは、満足する人のはずだ。
願望は持てばよい。しかしそれを見て動く人がいる。
正直な商売というのは、ガンディジーが言うとおり、あると思う。でも商売というのは、欲深い人にとって、その才分をいかんなく発揮させてしまうものだ。
よくわからぬ。なぜ人を騙す本をたくさん刷るのか。儲かるのか。しかしそれがどうかしたのか。
僕の小説、「口(サイ)」に、こんなふうに書いた。
「愚人の道をゆくのは簡単であって、そこには伝統がない。それは微妙ではないからである。誰に教わるともなしに、人は簡単にいたずらに獣を食い、金を集めて、賢人を中傷し、殺すことが出来るのである。愚か者には師などいらぬ。学ばぬ者を愚と言うからである。」
「オカルト本」のたぐいを見てみると、古典を、伝統を無視していることが、共通点としてわかる。しかしこれは、現代人に常のことだ。
大航海時代以降、地球の広さが定まった。人間は、人間は、もう全部知っていると思っている。しかり。全部知っている。しかしそのことは、知られていない。
毎年、毎月、膨大な量の新しい本、新しい映画、音楽が発売される。みんな買う。なぜだ。僕は追いつかない。まだ調べていない古典が山のようにある。なぜみんなそれを放っておくのだ。整理しなくては。
★
もうずいぶん長いこと、宇宙人が、人間の技術、能力にびびっているという話を考えている。彼らが驚倒しているのは、もちろん人間の科学技術や、現代人の社会にではなくて、伝統的な、人間の精神力がなしてきたものについてだ。
2002/3/21
コント「禁欲」
妻を寝取られた男の苦闘。
連載「クムラン・アーシュラム」
死海北西岸、クムランの洞穴群で共同生活する「エッセネ派」。平和なアーシュラムは、油を注がれた者の東方からの帰還によって、その秩序を乱していく。
全四回一括表示
2002/3/15
第一回 処女ヨセフと大工のマリア
2002/3/16
第二回 離れがたきふたりのもとに
2002/3/18
第三回 イスカリオテのユダはいかにして聖地を乱したか
2002/3/19
最終回 なにを戸惑う?
2002/3/12
僕とインド
はじめてインドの地に降り立ったとき、どんなふうに思ったかなどいまでは忘れてしまったが、ともかく、僕はすぐにインドに慣れた。それはたぶん、僕が「あらかじめ」インドに慣れていたからだと思う。
かなり若い頃からインドに憧れていた。それはやはり仏教の哲学に惹かれていたから。日本人である僕は、中学生くらいになって、唐突に社会へ出るための訓練を受けるのだが、そのことへの知性的な疑問に関係ありそうなのが、仏教哲学だった。いくつか啓蒙書など読んだり、90年ころに流行しはじめたバルドソドル(チベット死者の書)など読んだりした。そうして玄奘や法顕にならって、インドへ行きたいなどと思うようになった。
さて大人になってより詳しく勉強してみると、仏教というのは、いわゆるヒンドゥー教の亜種、異端などではなくて、むしろ正統派のインド哲学なのだと認識するようになった。そうしてインド哲学と仏教哲学とを分け隔てることなく考えるようになった。仏陀は、まさにインドの正統派のヨーギンだと思う。スッタニパータとバガヴァッドギーターのどこに矛盾点があるというのだろう? 両書ともただ伝統を叙述しているだけだ。
そういうわけかどうか、僕はあらかじめインドの作法を修得していた。1500年の日本仏教の伝統を、20余年間で僕も自然と手習いしていた。僕は父親の葬式も出したし、お盆も毎年迎えたし、仏壇も家にある。日本の仏教はニーチェの頃のヨーロッパ以前にすでに死んでいるなどと思われがちだが、ことさらに学ぼうとせずとも、日本人はインドの伝統を遠く2500年隔てたいまでも、自然と引き継いでいるように思う。
例えば地べたに座ること。インドの山奥で会ったアメリカ人がひどく嫌悪していた。椅子の意味については僕は知識が全くない。
それから菜食。そのアメリカ人はしきりに肉を食べたがっていた。日本人は最近まで牛を食べ物とは思っていなかったはずだ。ガンジス河がヒマラヤからインド平野へと出るリシュケシュ北部、スワラグ・アーシュラム、ラクシュマンジュラは、卵を含む肉食を禁じられた町だ。僕は獣肉が決して嫌いではないが、この町に二ヶ月滞在して、不都合はなかった。人参、ピーマン、ひよこ豆のカレー炒めと牛乳と果物(パパイヤ、リンゴ、雨期にはマンゴー)で過ごした。でも現代の日本人には菜食の習慣はほとんど失われているし、もともとなかったと思う。仏教伝来とともに奈良貴族が菜食になったとは聞いていない。牛を食べないのは、インドの影響だとは思う。
菜食についてインドでずいぶん調べ、考えたが、よくわからないことはまだ多い。はじめインドは暑いから、衛生上の理由からだろうと思ってみたが、禁欲の神シヴァは凍てつくヒマラヤからやってくるし、蒸し暑いカルカッタの市場で鳥肉の死臭に当てられてお腹を壊しひどい目にあったものだ。ただ衛生上の理由は、なくはないと思う。実際スワラグ・アーシュラムという町は、現在、殺菌剤の匂いが常に立ちこめている。僕はこの匂いがどうにも苦手だったのだが、スワラグ人が言うには、これは化学殺菌剤ではないそうだ。どうだか...
細菌、病虫とシャマニズムは不可分で、中国の南方、越の呪術に代表されるが、インドでも同様だと思う。でも衛生上の、経験的な発見と、ヨーガの禁欲主義の発現と、どちらが先かなどわからない。
シャマニズムとヨーガの違いについてだが、純粋な意味のヨーガには、呪術と呼べるようなものは見あたらないし、ヨーガは呪術へのアンチテーゼとでも呼べそうだ。呪術は心のくびきをはずす、ヨーガは心にくびきをかける。
単純に、呪術的な陶酔を統御するより高等な技術がヨーガだなどとは言えない。洗練されたシャマンと、熟達したヨーギンは、結果的に、同じプロセスをたどるのかもしれない。
それはさておき。
座ることについてだが、僕はあぐらと正座に慣れ親しんでいた。これはあきらかにインドの影響だ。
ヨーガの物理的な目的は、動かないことだ。人は、体が動くから、止むに止まれず、行動する。時間に追い立てられる。そうならないために、ヨーギンはまず座り、体を固定する。もっとも簡単なのが、あぐらだ。足を組んでロックする。または正座だ。正座は背筋が伸びるなどと言われているが、もっと重要なのは、足を折り畳んでお尻で押しつけ動かなくすることだ。
座るポーズ、座法をアーサナと言って、座る意外にもいろいろなポーズがほとんど氾濫していて、ヨーガ体操はアーサナを連続してとっていくようなものだが、本当のヨーガは、ひとつのアーサナに何時間も止まるものだ。
ヨーガ・スートラに最も実用的なアーサナのひとつとして、蓮華座(パドマアーサナ)が紹介されている。あぐら状に足を組んで、腕を背中で回し、右指で右足の親指をつかみ、左指で左足の親指をつかむ。実際このアーサナをとってみると、なるほど体はしっかりと固定される。
★
日本人である僕へのインドの伝統の影響についてちょっと書いてみたが、当の現代インドはどうだろう。
もちろん、例えば、僕が日本の電車でプラーナヤーマ(調息)をすーはーとはじめれば、白い目で見られ、インドでは、ちょっと面白がられるくらいで、「あ、プラーナヤーマだ」と了解される。
ただインド人の教育水準は低いというか、偏っているように思った。例えば一般的なインド人にインド哲学の知識はないし、ガンディの哲学すらすでに失われ、学校ではもっぱらイギリス式の教育しか受けないそうだ。体育の時間、ヨーガのアーサナを習ったりするわけでもないとのこと。
インドはここ10年ほどで大きく変わったそうだが、まったくこのあたりが僕を失望させた最も大きなものだった。ただ、そのおかげで、僕はインドにほとんど違和感を持たず溶け込んだのかもしれないが。
ヨーガの実際はまたあとで。
2002/3/12
バンコク本日も大にぎわい
とはいかなくなった。まずパブ、クラブの営業時間に規制がかかった。夜中2時まで。2時をすぎると警察がパトロールにやってくる。
それでも去年の6月に僕がバンコクにいた頃には、鍵を閉めたアンダーグラウンド・ゲイ・クラブがあったりして、そこで朝までどんちゃん騒ぎをやらかしていたものだ。でも11月、僕がインドからバンコクに戻ってみると、めっきり静かになっていて、きっちり2時までのパーティばかりで、僕を失望させた。
なんでもバンコクは新空港を建設中で、それを高架鉄道で市街と直結させるそうだ。ますます国際的にますます物価高にもっていこうとしているらしい。
それでもプログレッシヴハウスのSound Elementなどいいパーティはまだあるし、ゲイもそう強引でもないし・・・「鍵パブ」で踊り疲れた僕がレズとゲイとひとつベッド添い寝していると、彼が言うのだ・・・「抱きしめてくれ」・・・いやなことだった。「悪いが僕は女の子が好きでね」・・・すると彼は数分後には高いびきをはじめたので僕はそうっと部屋を抜け出した。でもぜんぜん恐くなかった・・・またバンコクには行こうと思う。
2002/02/26
知られざる菜食主義の世界
僕とインドが菜食主義を取り扱うのは、いくつかの点でそれが人間に有益だからだ。
食事を意識的に制限するというアイデアは、たぶんインド人がはじめに思いついたことだと思う。なぜなら、ヨーガはインドの発明品だから。
菜食主義の目的について、一般には無殺生のためと理解されていると思うが、インドにおいては、むしろ牛の模倣という意味合いが強い。そして禁欲。
ヨーガの目的とは自己の確立、体の統御で、体内の物理的な事情による欲求に、知性による検問を設けることだ。つまり禁欲。牛がなぜ肉を食いたがらないのか、人間がなぜ肉を食いたがるのか不明だが、ともかく、肉を食いたいという体内の欲求を、知性的な力で抑えるというような食事の制限は、自律の修練になる。
インドは、牛を人間よりも神に近い、知性的な生き物だと見なす。神クリシュナは、牛の特性をいくつか備える‖角、無感情、無関心。神とは、理想的な人間、人間の目標とすべき有り様だ。牛は、ことに成熟した牛は、冷静で、感情がなく、謙居だ。インド人は牛を長く観察した結果、これを人間の目標と定めたわけである。それでインド人は牛を真似て肉を食べない。
ようするにインド人は人間本来の特性に不満で、他のものになりたがる。選んだのが牛だ。もし現在、世界中の人間が牛を真似たなら、さぞ平和な世の中になるだろう。なぜなら牛は盗みも殺しもしないし、ねたんだりおごったりもしない。もし虎を真似たなら、世界は乱れるだろう。虎は殺し、盗む。
そういうわけでインドは牛を尊敬して肉を食べない。
★
さて僕は菜食主義に関心があるが、僕自身は、現在、肉も食べる。それは僕に自覚がないからなのと、母が肉を買ってきて冷蔵庫にあるから。でも自分で獣肉を買う気はあまりしない。せいぜい黒はんぺんとか、ししゃもとか。獣肉は血が滴っていてなんだかいやだ。卵はすぐ割れる。どうしても肉が食いたいとは思わない。そばを茹でて椎茸と人参をあぶれば満足。湯葉があったら気分は大富豪。でもカツオ節はなくてはならぬ...
any way.
なにが言いたいかと言うと。
菜食主義というと、無殺生の一言で認識する人が多いと思う。でも現代、菜食主義は、もっと多くの意義を含んでいる。
50億の人間の食事は、生態系に、地球環境に大きい影響を与えている。また食料産業は、現代社会の最も主要な産業だ。
それからはじめの、食事を意識的に行うことが、自律に結びつくということ。
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ところで実際の現代インドでは、菜食の伝統が濃く残ってはいるものの、鳥や魚や羊、山羊をよく食べる。肉はご馳走で、結婚式では、ベジコーナーとともに、マトンコーナーが欠かせない。ただ日本とはやはり肉食への意識はぜんぜん違っている。例えば僕はインドの山奥の温泉町の中古本屋で井上ひさしの吉里吉里人・上中巻を手に入れて感心しながら読んだが、このなかで人糞を直接牛に食わせるという話がある。吉里吉里人は牛肉を食べているというのにだ。これはまずい。狂牛病云々の昨今ならまだしも、出版当時は、日本ではこんな話も違和感なく受け入れられたわけだ。してみれば、狂牛病騒動が日本人にインドを向かせるきっかけになっているのだろうか? TVを見ない僕にはわからないが。そういう話題は出ていないのだろうか。続きはまた。