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三年殺し


これは「第六回雑文祭」参加作品です。


(縛り)
題名は「三年」で始まること(例: 三年目の浮気)
「口から飛び出す」「内心そうだと思い込んでいた」「大会」を、この順序で雑文中に含めること。
順序を守ること。たとえば「内心そうだと思い込んでいた」よりも前に「大会」を使ってはならない。
お題はそのまま使うこと。漢字をひらいたり、語尾を変えたりするのは不可。




〔決心〕
私は暗殺拳の使い手である。流派の名前などない。ただ暗殺拳。本物とはそういうものだ。 しかし昨今は暗殺が流行る時代ではない。猫も杓子も自爆テロ。そこには宗教性はあっても芸術性はない。デューク東郷の時代は終わったのだ。そんな時代が、私に表舞台で大金を稼ぐことを決断させた。

決勝戦目前の選手控え室、時刻は午後5時50分。あと少し大金を手にすることができる。そして表の世界への本格デビューだ。思えば予想外に長引いてしまったものだ。そう、始まりは3年前のニューヨークであった…。


〔闘心〕
第1回天下一武道会。 これから毎年元旦に開催されることになった優勝賞金100万ドルの世界的大イベントだ。 第1回ということもあり、会場となったニューヨークのマジソンスクエアガーデンは最高の盛り上がりを見せていた。

私は無名の格闘家の1人として全く注目されていなかったが、圧倒的な強さで予選を勝ち抜いた。 当然のことだ。私は裏の世界の人間である。表の世界の格闘家など赤子の手を捻るようなものだ。 そう、強さの次元が違うのである。


〔放心〕
そしてついに決勝戦。私はミスターXという覆面格闘家と闘うことになった。 ミスターXとはふざけた野郎だ…と思ったのも束の間、実際に相手と対峙した私は青ざめた。 ミスターX。ふざけているわけではないのだ。彼はまさしくミスターX。裏の世界での通り名だ。 裏の世界でミスターXを知らない奴はモグリだと言われても仕方がない。彼こそは裏の世界最強の傭兵。真のプロフェッショナル。

暗殺専門の私とはジャンルが異なっていたので直接的な面識はなかったが、その姿は何度か見掛けたことがある。彼はいつも独特のオーラを放っていた。敵を圧倒し萎縮させる戦闘者としてのオーラ。私の目の前に立っているミスターXの放つオーラはまさにそれであった。 覆面をしているが間違いはない。彼は正真正銘のミスターXである。

そうか…。戦争がハイテク兵器の遠隔操作で行われるようになり、彼も活躍の場がなくなったのだ。それで、表の世界で稼ぐべく天下一武道会に出てきた。暗殺者の私と異なり比較的顔が知られているが故に覆面を付けて。


〔一心〕
…いかん。悔しいが面と向かった状態での格闘では彼の方が一枚上だ。 こうなれば暗殺拳、それも奥義を使って挑むしかない。 何故これまで暗殺拳を使ってこなかったか。 それは地味で見栄えが悪いからだ。大勢の観衆が喜ぶような派手で華麗な技は、我が暗殺拳にはない。 暗殺拳はあくまで影の拳。 スポットライトは似合わないのだ。 しかし、ミスターX相手にはそんなことを言ってはいられない。

こうなれば捨て身で暗殺拳究極奥義を使うしかない。

肉を切らせて骨を断つ!

気づいたときには大の字に倒れていた。彼の強烈なボディーブローを受け続け、私の口から飛び出す吐瀉物が胃液のみになってきたところまではどうにか記憶にあるのだが…。 いずれにしても、無惨な姿をさらして私は負けたのだ。しかし命までは取られていない。 そう、これでいいのだ。今日のところはこれでいい。生きていれば必ず勝てる。それこそが我が暗殺拳の究極奥義…。


〔疑心〕
続く第2回、第3回の天下一武道会に、私は参加しなかった。 公式会見では、「山に籠もって修行をする」と言っておいた。 誰の目にもミスターXの強さは圧倒的であった。 そして、決勝戦での私の無惨な敗北は衝撃的な記憶として皆の脳裏に残っていたであろう。 「修行をするとは言ってはいるが、あいつはもうダメなのだ…」 「本当は逃げ出してしまったのだ…」 「心が折れてしまったのだ…」  大っぴらに口に出す者はいなかったが、誰もが内心そうだと思い込んでいたにちがいない。

そんな私が3年後の東京大会に出場してきた。 当然皆が驚いた。そして注目した。 「奴は大丈夫なのか?」「逃げ出したのではなかったのか?」 「心が折れてしまったのではなかったのか?」

第4回天下一武道会の会場となった東京ドームは、期待と不安とが入り混ざり、異様な盛り上がりを見せていた。そんななか、私はまたもや圧倒的な強さで予選を勝ち抜いていった。

山籠もりの成果だと?  笑わせてはいけない。こんな相手は赤子の手をひねるようなものだと前にも言ったではないか。 しかも、私は山籠もりなどしていない。3年間優雅にバカンスを楽しんでいただけだ。 修行など必要ないのだ。 相手はひとり、ミスターXのみ。そして、そのミスターXの命も今日で終わりなのだ。

今回、ミスターXの技にはさらに磨きがかかっているようだ。3年間で彼も表の世界に馴れたのだろう。見事に魅せる格闘家になっていた。しかも、確実に前よりも強くなっている。敵ながらあっぱれだ。 まともに闘えば十中八九、私は命を落とすことになったであろう。 しかし今日は私が勝つのだ。そう、ただ勝つのだ。


〔肝心〕
我が暗殺拳究極奥義、その名を『三年殺し』という。結果が出るまでに丸3年かかるのだ。 ほとんど忘れた頃に結果が出るこの『三年殺し』は非常に優れた暗殺技なのである。やられた本人でさえ誰にやられたのか分からずに死んでいくのだから。

あの屈辱のニューヨークで私はただ漫然と負けたわけではない。確かに予想以上に肉を切られはしたが、それと引替えに確実に骨を断ったのだ。そう、私はこの究極奥義『三年殺し』を確実に決めていたのだ。 3年前の元旦、午後6時05分。しっかりと確認済だ。そして、ミスターXの運命もその時に決まったのだ。誰も『三年殺し』の呪縛からは逃れられないのだ。


〔会心〕
午後5時55分。5分後には決勝戦が始まる。ここまでは3年前と何もかも同じだ。しかし今回は、試合開始5分後に、私が勝つ。5分間意味ありげな構えをして見得を切ってさえいれば、それだけで私が勝つ。 本当の勝負は3年前に既に着いているのだ。

係員が呼んでいる。

さあ行こう、あの表舞台のスポットライトの中に!

大観衆が注目するスポットライトの中に!

3年越しの勝利のスポットライトの中に!




〔慢心〕
ニューヨークと東京の時差、14時間。


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