大きな家と転校生



サッカーボールを前かごに入れ、ポニーテールを風になびかせて、わたしは一人自転車をいきおいよく走らせていた。いつもの公園が工事中で、三ヶ月ほど来ることのなかった小さな公園へ着いた。以前と変わらない景色に、見知らぬおじさんがこかげのベンチで昼寝をしていた。ちょっとめいわくかな? でも、けさテレビで見たフェイントを忘れないうちに練習したくて、少しはなれた場所でやり始めた。しばらくすると、おじさんは起き上がり、どなって近づいてきた。
「女の子が一人で遊んどったら、危ないだろ。早く家に帰れ!」
ボールを前かごに投げ入れ、急いで自転車に乗り走り出した。昼間から働きもしないで公園で寝ているくせに、大きなおせわよ。しかし、逃げたのは家と反対方向、急ぐようじも無いので、そのまま走り続けた。すると、ある大きな家の広い庭で、女の子がなわとびをしていた。三日前に、いなかから転校して来た神野ミエちゃんだ。
「ミエちゃん!ここに住んでるの?」
と、声をかけた。
「うん」
「わたし、同じクラスの蟹江温子。カニちゃんて呼んで」
「カニちゃん、こっちへこりん…。こっちへおいでん」
と、てまねきした。あれっ、表札は青山だ。
「なわとびしてたの?」
「うん、ニュースで子供をなぐる事件が多いんで、一人で外に遊びにいくと父ちゃんに怒られるの。いなかでは山をかけ回っとったから、何もしないと体がなまっちゃうもん」
「そうだ、まちを案内してあげるよ」
「でも、まちはおそがいから」
「わたし、空手習っているから大丈夫」
「じゃあ、母ちゃんにたのんでみる。父ちゃんも空手やってたんだ。まちに来てからわたしにも習わせたいって」
ミエちゃんはサッカーボールを見つけた。
「カニちゃん、サッカーもするの?」
「うん、けることがすきなんだ」
 そして、玄関のドアを開けると、とつぜん家の中から赤ちゃんの泣く声が聞こえた。おどろいているわたしに、ミエちゃんは、
「弟のユキオ。まだ、一才なの。私と違って、母ちゃんに似て目がふたえでかわいいだにー。さあ、上がって」
ミエちゃんは目が細く、ちょっとあごが出ていた。
「母ちゃん、クラスメートの蟹江さん」
「よく来てくれたねー。よろしくね」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
 おばさんが抱いていた赤ちゃんは、目がパッチリしていて本当にかわいかった。
「ねえ、母ちゃん。蟹江さんがまちを案内してくれるって、行ってもいい? 蟹江さんは空手やってるから安心して」
「そうだね、せっかくだから行っといでん」
家から出ると、ミエちゃんは自転車を持ちにものおきへ行きながら話し出した。
「いなかでは、にわとりをかっとったんだけど、最近、鳥インフルエンザのせいで、卵や鳥肉が売れなくなったんで、かうのをやめてにわとりも家も全部売ったの。で、長期出張中のおじさんの家を借りて住んでるんだ。だもんで、入っちゃいけない部屋ばっかり。住んでる家を見るとお金持ちに見えるらー」    
そうか、だからミエちゃんの笑顔見たことないんだ。
物置から自転車を出し、門の所に来た。
「さあ出発」
と、わたしは明るい声で叫んだ。商店街、お寺、お墓、神社、公民館、保育園、駅といろいろ案内して回って、さっきの小さな公園の前へ来て、自転車を止めた。
「今日は行かない方がいいかな」
「大丈夫、行くまい」
と言って、ミエちゃんは先に公園へ入っていく。やだなー、まだあのおじさんがいるよ。
「父ちゃん」
と、ミエちゃんは叫んだ。起き上がったおじさんをよく見ると、顔が似ている。
「友だちにまちを案内してもらっとる」
わたしは、はなれた場所で頭を下げた。
「今日は一人じゃないからおこらんでね」
「気を抜いちゃいかんぞ」
と言って、またベンチで横になった。二人は公園を出ると、自転車をひいて歩いた。
「父ちゃん、昔やってた空手をいかして、夜にガードマンの仕事をしとるじゃんねー。家だと、弟が泣いてねむれんから、公園でねとるの」
そして、二人はミエちゃんの家に着いた。
「カニちゃん、今日はありがとう。また遊ぼうね」
「そうだ、明日からいっしょにサッカーやろうよ。サッカーやる女子、少ないんだ」
すると、ミエちゃんがニコッとしてうなずいた。ミエちゃんのすてきな笑顔を見ることができて、私はとてもうれしかった。




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