シャッシャカー
            魔法の歯ブラシ物語 1
    りょうくんのカブトムシ
 
            加藤 暖彩  

 みんなは魔法の歯ブラシを知っていますか? この歯ブラシで、一日三回五分間七日続けて歯をみがき、願い事を言った後に「シャッシャカー」と呪文を唱えると、魔法でその願い事がかなうのです。もしかしたら、みんなの友だちも持っているかもしれないよ。

 夏休みのある土曜日、パパも休みでゴロゴロ昼寝、ママはあいかわらず忙しそう。 りょうくんは、コソコソと歯ブラシのシャッシャカーに話しかけた。
「ねえ、シャッシャ、あと何日で魔法が使えるの?」
「今日、ちゃんとみがいたら、今日の夜から使えるよ」
「ヨッシャー」
 りょうくんは、ガッツポーズとともに、大声を出した。
「パパ、りょうが最近、変なのよ。ああやって歯ブラシにむかって話かけてるのよ」
「あっそう」
「聞いているの?」
「聞いてるよ」

「りょうくん、ハイ、カブトムシ」
 おばあちゃんがオスのカブトムシを一匹、買ってきてくれた。
「わー、ありがとう」
「スーパーで安く売ってたの」
 りょうくんは大喜びで、パパの所に持っていって、
「パパ、おばあちゃんがカブトムシ買ってくれたよ」
「今じゃスーパーで買ってくるのか」
 パパはカブトムシをとりあげ、ながめながら
「パパが子供のころは、友だちが捕まえては売りにいってたのになー」
「かえしてよ」  
 パパはカブトムシを返すと、
「虫かごの中じゃかわいそうだな…。おれもカブトムシになって、大空を飛んでみたいな」  
 パパはひとり言を言って、物置へプラスチック容器の虫かごをとりに行った。

 北にある玄関の土間のところにカブトムシの入った虫かごを置いた。カブトムシは、買ってきたクヌギマットにもぐっていて、姿が見えない。
「パパ、見えない、出して」
「手でさわるとカブトムシに良くないんだぞ」  
 パパは、ワリバシでかき回してクヌギマットの上に出した。パパの言葉も聞かず、りょうくんはおそるおそるさわってみる。すると、つのにはさまれて、
「イタイ!」  
すぐに手をふってはなした。
「パパの言うことを聞かないからだ。ふたを開けてると、カブトムシが逃げるぞ」
「わかってるー」  
 りょうくんはふたを閉めてながめ続けた。

 ブーン、ババババババババ。
 夜になるとカブトムシは飛び立とうとして羽が虫かごにあたり、音をさせた。歯もみがき、あとは寝るだけ。りょうくんはカブトムシを見に行った。
(昼間、せっかくおばあちゃんが買って来てくれたのにパパはかわいそうと言った。空を飛びたいのかな、逃がしたほうがいいのかな。でも、ずっといっしょにいたいな。そうだ、かぶとむしにどうしてほしいか聞いてみよう) すでに七日間歯をみがき、魔法が使えるのだ。
「虫と話ができるようになりたいシャッシャカー」  
 歯ブラシを掲げ、魔法を唱えた。  そして、りょうくんは虫かごにいる、カブトムシにむかって話しかけた。
「カブトムシくん、ぼくの言葉がわかる?」
「えっ、人間が虫語を話した」  
カブトムシは驚いた。
「驚かなくてもいいよ、ぼくの名前はりょう、魔法が使えるんだ。魔法の力できみと話ができるようになったのさ」  
 りょうくんは、自慢そうにいった。
「ねえ、カブトムシくんは空を飛んでみたいの?」
「こんなにりっぱな羽があるのに、一度も飛んだことが無いんだ。生まれてからずっと、プラスチックの壁と網の 天井に囲まれてくらしてきた。一度でもいいから窓から見えるあの青い空で飛んでみたい。だから、ぼくを自由にして!」  
 カブトムシはそう言った。
「ぼくも空を飛んでみたいんだ、カブトムシくんの背中に乗せてもらって」  
 りょうくんは少し考えた。
「あと七日間待って、そうしたら魔法が使えて、ぼくが小さくなってきみの背中に乗れるから、そのときに逃がしてあげるよ」
「りょうくん、約束だよ。必ず背中に乗せて空を飛ぶから」
カブトムシの声に、喜びがあふれていた。
 その日から、いつまでも虫かごの前に座り、カブトムシといろいろな話をするようになった。
「パパ、りょうが最近、変なのよ。ああやって、カブトムシにむかって話し掛けるの」
「あっそう」
「聞いてるの?」
「聞いてるよ」

 魔法を使ってから七日後の朝、目が覚めるとりょうくんは、カブトムシに会いにいった。
「おはよう、カブトムシくん」  
カブトムシに話しかけても返事が無く、そして、動かない。  カブトムシは死んでしまっていた。
(パパの言うことを聞かないで、ボクがカブトムシにさわったりしたから、死んじゃったんだ)  
 りょうくんは、死んだカブトムシを手に持ってみんなに見せて回った。
(魔法でかぶとむしを生き返らせることができるかな?)  
 りょうくんは、歯ブラシに聞いてみた。
「シャッシャ、魔法で、カブトムシは生き返るの?」
「時間がたつと、魔法でも生き返らないかもしれないけど…」
「わかった、今度使える魔法で今すぐカブトムシを生き返らせることにするよ」
 りょうくんは、自分の部屋へ虫かごを持って行き、
「カブトムシよ、生き返れ、シャッシャカー」
 りょうくんは、魔法の力でカブトムシをみごとに生き返らせた。するとカブトムシは、
「りょうくん、今日は約束の日だよね」
 自分が死んでいたことに気づかず、眠りから覚めた気分でいたのだ。
「早く小さくなって、ぼくの背中に乗りなよ」
「もう、ほかの事に魔法は使っちゃったんだ」
「じゃあ、もう七日間待たなきゃいけないの?」
 すると、シャッシャカーが
「カブトムシくんは死んでいたんだよ。それを魔法で生き返らせたのさ。また、七日間歯をみがかないと魔法は使えないよ」
「ありがとう。でも、また七日間待たないと、逃がしてもらえないんだね」
 カブトムシは複雑な思いだった。
「今日、逃がしてあげる」
 りょうくんは笑顔でそう言った。
「本当?」
「そのかわり、七日後にぼくを背中に乗せて飛びに、戻ってきてね。そうしたら、魔法で小さくなるから」
「ありがとう、七日後に背中に乗せて空を飛びに、かならず戻ってくるよ」
 カブトムシは、空高く飛んでいった。シャッシャカーが胸のポケットの中からしゃべりだした、
「カブトムシが、七日間生きているとはかぎらないよ。だから、戻ってこないかもしれない」
「わかってる」
「もしかしたら、外の世界が楽しくて、りょうくんを忘れてしまうかも」
「うるさいな」
 シャッシャカーに、イジワルを言われても、りょうくんは良いことをしたと思った。

(七日後に生きているかどうかは、半分半分だろう)  
 りょうくんはそう思いながらも、歯みがきは欠かさずにした。

「りょうくん、戻ってきたよ。今日は魔法で小さくなれる日だよね」
「うん」
 7日後、約束どおりカブトムシは戻ってきた。
「カブトムシに乗れるように小さくなれ、シャッシャカー」
 そして、背中に乗せてもらい、空を飛んだ。空からいろんなものが見えた。家に保育園、小学校、川、公園、駅、神社、お寺。初めて見る空からの景色に心を弾ませた。
 カブトムシの羽の音はうるさいけれど、空を飛ぶことの気持ちよさを初めて知った。
 一緒に小さくなったシャッシャカーもポケットの中から顔を出して景色を楽しんだ。
 空を飛べたのはうれしかった。でも、なぜかわからないけど、カブトムシが生きて戻ってきたことの方が、とてもうれしかった。

 心地よい風が、少しずつ涼しく感じはじめ、楽しかった時間も終わりに近づき、赤い雲の間を沈む夕日を見ながら家にたどり着いた。
 りょうくんの部屋の窓から家に入り、羽を止めたカブトムシから飛び降りた。
「カブトムシくん、今日はありがとう。これで本当にお別れだね。さよなら」
「うん、さよならりょうくん」
 カブトムシは羽を広げ、森へ向かって飛んでいった。
「元気でね」
 りょうくんは、手を振って叫んだ。

 しばらくして、あることに気がついた。
(机やイス、本棚がやけに大きいぞ。いや、そうじゃない、体が小さいままなんだ)
「これから七日間どうしよう」
 りょうくんは一緒に小さくなった歯ブラシを見つめた。

             つづく


 HOME          掲示板