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父の故郷
佐賀県三養基郡基山町小松
大興善寺

    それでは、あなたが再び佐世保に入港して、冒頭の手紙を書き残した後の事に移ります。

    修理を終えた「萬栄丸」は船団を組む為に、門司へ集結する事になったのです。

    ここであなたは佐世保から門司まで、列車に乗って移動する事になりました。

    そして、途中駅である私達家族の居る鳥栖駅を通過する事を、電報で知らせてくれたんですね。

    そうすれば最後に鳥栖や生家のある基山の景色を眺められる、家族の顔をもう一度見られると思ったのですね。

    あなたが鳥栖駅を通過する日、私は母におんぶされて、曽祖父母、祖母、敏子おばさん、チヅ子おばさん

    あなたのお母さん、あなたのお姉さんのキマエおばさんや妹の泰子おばさん達と一緒に、鳥栖駅のホームで首

     を長くして、何時来るかわからない列車を待っていたのだそうです。

    朝から何時間も待って、ようやくそれらしい列車がホームに入り、わずか二、三分の停車時間にあなたはホーム

    に降り立ち、あっけないつかの間の別れをしたのだそうですね。

    泰子おばさんは、その時見た最後のあなたの姿を、50年もたった今でもはっきり覚えているのだそうですよ。

    列車の窓から目に映る故郷の景色はいかがでしたか。

    岩田さんが教えて下さったんですけど、岩田さん達が海兵団での訓練を終え、いよいよ戦地へ行く時の別れの

    茶話会で、あなたは当時流行の「誰か故郷を思わざる」という歌を歌って、岩田さん達を送り出してあげたんだ

    そうですね。

    あなたにとっても生まれ故郷は何ものにも変え難く、あなたが少年時代、野山を駆けめぐり過ごした基山の町

    を目にした時は、この駅へもう一度降り立つ日が来る事を信じたかった事でしょうね。

    そんな思いを残しながら門司港まで行ったんですよね。

    そして、出港までまだ間があるとわかったあなたは、もう一度母の所へ電報を打ち,私を門司までつれてくる様

    にと言って来たそうですね。

    母と祖母は私をおぶって困難な汽車の切符を手に入れると、取るものもとりあえず会いに行ったのだそうです。

    あなたは本当に最後まであきらめないで、わずかの時間ものがさず、私を最後まで抱いくれたようですね。

    そして、門司での一夜が私とあなたのこの世での最後となるわけです。

    あの日のあなたは、事の重大さが良くわかっていたのだと思います。

    海軍生活の長いあなたは戦況についてもよく捕らえていて、自分がこれから向かう戦地は、生きては帰れない

     激戦の地である事もわかっていたのだと私は思います。  

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