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この着物を着て撮った
唯一の父との写真
過去にこだわらずパッパと
ものを整理する性格の私
が50数年も捨てられな
かった着物、
絆を思わずにいられない

         

    こうして昭和十年から始まったあなたの海上での生活に、十七年春で一応終止符が打た

    れ佐世保第一海兵団勤務が始まるのです。

    これを期に結婚となるのですね。

    昭和十八年九月三日私の誕生日です。

    その時母は、鳥栖の実家へ帰郷しての出産となるのですが、その間あなたは佐世保の自宅

    で単身生活を強いられ、私の誕生を首を長くして待ちわびてくれたんですね。

    海兵団の激務の中で、私の誕生をどんなに楽しみに待ち望んでいたかを物語る次の様な手

    紙があります。


母の妹の敏子おばさん、チヅ子おばさん宛に。誕生直前の八月二十九日消印


敏ちゃん、チヅちゃんその後いかが。昨今すっかり涼しくなって参りましたね。

ごぶさたばかり致しおりますが、いかがですか。元気でお暮らしでしょうね。こちらは元

気旺盛新兵さん教育に専念致しおります。御安心下さい。   

さて姉さんが皆さんにご厄介になっている事と思いますが、具合はいかがですか。

昨今内から音沙汰ないので心配致しおりますが今日が出産予定日ですが、まだでせ

うか。毎日案じております。二人でこれから姉さんの代筆を頼みますよ。

ではご機嫌よう。

    又無事誕生の報を受けとった直後に、  

敏子おばさん宛に。九月十日消印


お手紙ありがとう。本日ただ今拝読致しました。

家からの便りを今日来るか明日来るかと毎日仕事も手につかず、毎日郵便の来る午後

頃気が気にかかり、あまり後便がないので心配致しおった処、今日の嬉しい便りで今ま

での杞優がからりと晴れて朗らかになっちゃったよ。

然し、便りに聞くだけで赤坊の泣き声も聞けない父チャンの身にもなって下さいよ。

これから敏ちゃんは美恵子の成育日誌を父チャンに報告するよう命令するよ。

キットね。

戦地に居るときは手紙が唯一の楽しみで待ちこがれていたものだが、今丁度あの時の気持

ちです。                        後略   

九月九日     敏子様     

海兵団にて  兄より

 

チズ子おばさん宛     九月十一日消印                    


朝夕は本当に涼しくなって、随分しのぎやすくなりましたね。 お手紙本日頂きました。
  
チズちゃんからは再三頂き有り難う。 皆さんお元気の由何よりです。

兄さんも毎日大元気で軍務に励んでおります故、御安心下さい。

美恵子が一人増えて家内も随分賑やかになった事でしょう。

毎日朝から晩まで泣いてばかりいる事でしょうね。
 
泣き顔でも良いから一目見たいものです。乳も出るそうですから安心いたしました。

時候も段々よくなるし、子供の成長には恵まれた季節です。  

                       中略

美恵坊が生まれた三日の日、盟那として誓いも固かりし伊太利もあえなく崩れ、無条件降

伏という屈辱へ、日獨との盟約も一片の彼古のごとく裏切り、バトリオ政権の卑劣極まる

行為にあきれましたが、我々は人を頼りにせず自らの力を以て勇往邁進益々一億の底力

を出さなくてはなりません。  

体に気をつけて体力を作り、益々努力されん事を。  

皆さんによろしく 九月十日      

妹へ             兄より
 

    又一日も早く親子対面を果たしたい気持ちを込めて出産直後の母宛に 

九月十四日消印 

朝夕めっきり涼しくなって随分凌ぎやすく良き事と思う。 
              
その後いかが。美恵子も日増しに成長している事と思う。   

二日市の姉さんに通知していなかったらすぐ知らせておいてくれ。

随分待っている様子だから。早急だが何日佐世保へ帰る予定なりや。

都合あり至急知らせて呉るよう頼む。 

九月十三日  

    私の誕生を心待ちにして下さったという、二日市のあなたのお姉さんのキマエおばさん、

    八十七才の今日までとてもお元気、あなたの分まで長生きなさっていますよ。

    さらに、赤ん坊の私の帰りを待ちくたびれたあなたは、こんな手紙も書いています。

 敏子おばさん   チズ子おばさん宛に   十月十二日消印   
 

暑苦しかった夏もいつか過ぎ去って朝夕はうすら寒さを感ずる秋冷の候と相成りました     

御祖父母様はじめ、美恵子にいたるまで元気な様子、何よりです。

兄さんもおかげさまで至極元気にて日夜軍務に精勤致しおります故、御安心下さい。

このごろ便りがないので案じておりました処、二人より元気な便りが届き有り難うございまし  

た。美恵子を中心に一家ずいぶん賑やかになったようですね。

美恵子も随分幸福者です。

敏ちゃんやチズちゃんに可愛がられて、父ちゃん全く美恵子がうらやましいものです。

チズちゃんも学校で、時局下、銃後国民として前線の兵隊に負けないよう、頑張って居る

ようだが、益々時局は女性の力を必要としている秋ですから、二人とも負けないよう励み

なさい。

戦局も益々深刻化して参り、銃後の女性がうっかりしていると、とんでもない事になりますよ。

兄さんも美恵子の顔を見たら、安心して前線に出動して米英激減に邁進致す覚悟です。

美恵子を早く佐世保へやって下さい。

賑やかな現在の状態より、美恵子を連れ去られて寂しいでしょうが、二人とも佐世保に来れば

一番いいですよ。出来得ればね。では、元気で。

親子対面を楽しみに待っています。

敏子様   チズ子様       十月十一日        兄より  

    九月三日に誕生した私は、何かの事情で十月になってもまだあなたと対面が果たされなか

    ったとみえ、業を煮やしたあなたは医学書を読み、産後五週間もたてば赤ん坊連れの移動

    も支障ない事を突き止め、母に矢の催促をしています。

    お父さん!私はとっても幸せです。

    自分が生まれてくる事を、父親がどんなに待ち望んでくれたかという事を、手紙に書き残し

    てもらっている人は、そうはいないはずです。

    文明の発達した現在なら、「生まれた?・・じゃ明日新幹線で行く・・」と電話をすればすむ事

    ですから、こんな手紙有るはずありませんよ。

    戦争体験者の手記を、この一年間に随分たくさん読みましたが、その中に「私は母のお腹の

    中にいる時父は戦地へ行き、そのまま戦死しました。父は私が生まれた事も知らない・・」

    とか、戦地からのお父さんの便りに「もし生まれてくる子が男の子だったら名前は○○○で、

    こんな男の子に育ってもらいたい」といった文面がたくさんありました。

    佐世保海軍墓地で聞いたお話の中に、「父が戦死した時、私は母のお腹の中でしたから、

    父の声も顔も知らず、何にも接点が有りません。ここ海軍墓地に来る事だけがただひとつ

    の父との係わりです・・・」と言って、毎月命日に足を運ぶ五十歳くらいの男性がいらっしゃ

    るそうです。こんな方がたくさんいらっしゃるかと思うと、ただ悲しくて言葉もありません。

    そんな方達に比べたら私は何と幸せ者でしょう。

    こんなに望まれて誕生し激しい戦況の中、あなたと一緒の生活を一年も送る事が出来、そ

    して戦地へ行く直前まで抱いてもらって。

    私の名前も生まれる前から、あなたが決めておいてくれたのだそうですね。

    こうして親子三人の生活が丁度一年続いた後、冒頭の「萬栄丸」で、門司出港となったわ

    けです。これからとうとう悲しい話に近づくかと思うと気が重くなります。

    元気旺盛な時代のあなたを辿るのは実に楽しいものです。

 

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