
返事の来ない手紙
「父への手紙」をマニラの海に奉投して頂いた第6回洋上慰霊祭の挙行中に、
とても奇遇な
事から「万栄丸」の同乗者の御家族が見つかり、その後
家族以上のおつきあいをさせて頂く事になる運命を頂きました。
返事のこない手紙はそのいきさつを書いたものです。

渡辺守氏
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福岡県八女郡にお住まいの渡辺守さんは、レイテ沖海戦で囮艦隊として戦い、全滅した
小沢艦隊の空母千歳に乗っておられました。
千歳が沈みかけ、機関兵だった渡辺さんは船底に閉じこめられてしまい、死を覚悟したそ
の時、ふと見上げた通風口から、決死の脱出をはかり仲間と共に漂流されました。
年若い仲間の将兵達が力尽きて「お母さ−ん、お母さーん」と叫びながら沈んで逝った、そ
の声が一生耳から離れず、どうしても遺族をその場所へつれて行ってあげたいと思い、戦
後計8回も客船をチャーターして慰霊の船旅を決行されました。
大型客船を予約しても、参加者が集まらず、キャンセル料を払わなければならなくなったら、
田畑を売ってもと覚悟されたそうですが、初回から5百数十名もの参加者で溢れ、沖縄、台
湾、フィリピン、ベトナム、ラバウル、シンガポール、ホニアラ、メナド、ポートモレスビー、サイ
パン、ガダルカナル、上海、キスカ、樺太、シベリアと、ほぼ全戦場を周り、「皆さんのご家
族がお見えになりましたよ・・・・・。一緒に日本へ帰りましょう」と、童謡「ふるさと」や「七つ
の子」をみんなで歌いながら船の甲板から戦没者に呼びかけられ、同行されたご住職様の
読経により各所で慰霊祭を執り行い、一生を洋上慰霊祭に賭けてこられた方なのです。
その上、この洋上慰霊祭に参加出来ない遺族の為に、戦死者宛の返事の来ない手紙を遺
族から預かり、各海域や陸地の各所に奉投してきて下さる、この様に大変細かく遺族の気
持ちをくみ取って下さってもおられます。
そうして慰霊の旅から帰られた後は、参加者全員で千鳥が淵霊園へ集まり、慰霊団の皆さ
んと共にお帰りになった戦死者の魂を安置する「遷座慰霊祭」をなさいます。
慰霊の旅の間には、体調を壊され第8回の洋上慰霊祭を最後にもうお役目を降りられるか
な、と皆さんが心配なさる事もありましたが、まだまだ一人でもたくさんの人を戦場までつれて
いかなくてはという責務にさいなまれ、「俺の所へは一度も来てくれない」と首を長くして待って
おられるであろうまだ一度も訪れていなかったハワイ、ミッドウエーの戦死者を訪ねてこの20
01年2月に再び旅立たれます。
過去8回の参加者5百数十名の皆さんは、すっかり顔なじみになり、大きな大きな家族の様です。
渡辺さんの事を「団長、団長・・」と慕い、全国各地から面会に訪ねてに来られる遺族の皆さんは、
渡辺さんの穏やかな優しいお顔に触れると、まるで戦死者と面会しているような気持ちにさせら
れ一様に涙をぼろぼろこぼされるのです。
私もその一人、渡辺団長の顔みると・・・・無性に涙が。
渡辺さんどうぞいつまでもお元気でいて下さい。
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