TOPへ 

この手紙は、広島にお住まいのある女性が、南方で戦死なさった恋人にあてて書かれた恋文です。
洋上慰霊団の渡辺団長に託されて、お船に積まれたものですが、この手紙に胸を打たれた、神奈
川県の若女井さんが、手紙が海へ奉投される前に船室で夜を明かしてワープロしておいて下さった
ので、ここへ公開して皆さんに読んで頂く事にしました。
ですからこの手紙は今、南方の海に眠る恋人の元へ届いています。
作家の三島由紀夫さんが、江田島の資料館で特攻隊員の遺書を読み、「命をかけた人の文章
には叶わない」と言われたそうですが、
この手紙もエミバンさんしか書けない名文だと思います。

初めて差し上げますお便りがこんな形になるんて想像した事もございません。

ご無事にご帰還遊ばさ
れる日をだれもが待ち望んでいましたのに、今

でも当時を思い出しますと涙が溢れてとまりません。  

戦争を恨まずには居られません。

数多くの前途有望な素晴らしい方達の大切な命を無残に奪ってしまっ

た のですもの。

現在の日本は平和で品物も豊富で便利な世の中になりましたけど、昔

の面影は何処にもなく、国中広い道路と車社会、建物も二十階三十

階と大きな物ばかり、看板は外国の真似をして横文字ばかりで、一見

しただけでは何なのかは分かりません。

若い男性が茶髪に染め、ピアスを付け女の子と腕を阻んで堂々と街を歩

ています。私共年寄りは戸惑う事ばかりで暮らしにくくなりました。

幸男様が姉と同級生でいらっしゃつた事を最近初めて知りました。

年齢も存じ上げないままあの日以来ずっとお慕い申し上げて参りました。

私が小学生の時、晩秋のある夜、お宅様にもらい風呂に伺った時、おば

おばさんや父の目を逃れ、一瞬の素早さで身体を合わせてこられ、私を

強く抱き締めじっと顔を見つめ、可愛いのう、大きくなったらわしの嫁さん

になっておくれと囁かれましたけど、あの頃の私は唯々無邪気で恥ずか

しいばかりでございましたけど今考えますと、古い時代にあの告白をして

下さるには大変な勇気のいるご行為だった事でございましょう。

お察し申し上げる度に、幸男様の熱いお心が痛い程汲み取れ胸が一杯

でございます。

私の様な者には過ぎる程もったいなさも感じます。

でも未来の夢と希望と幸せを与えて頂き誠にありがとう存じました。

あの日を堺にエミバンと愛称をつけて下さり、よく呼びかけて下さり、何持も

お優しい笑顔で接して下さったお姿をはっきりと覚えております。

その後、私も大阪の姉 達の処に行き邦文タイビストとして会社勧めを致し

ました。

幸男様に最後にお目にかかりましたのは戦況が厳しくなった頃、一時休暇

でお寺の御家にお帰りになられました時、途中迄まで見送りに参りました

私に挙手の礼をして下さいました。

長剣を吊るされたご立派で凛々しい青年将校さんのお姿が眩しく尊く、感

激し見えなくなりましてもずっと立ちつくしておりました。

言葉一つおかけ出来ないのが当時の兵隊さんと私達の常識として通用して

いた時代でもございましたし、言葉で表すよりも奥深く重い万感の思いの

寵めらたれた挙手の礼の意味を、全て汲み取らせて頂きました。

幼い日のエミバンと幸男様の純粋な愛情と秘め事と、凛々しい青年将校さ

んの素敵なお姿、どちらも私にとりましては大切な思い出であり宝物でござ

います。

何時でも当時の事は鮮やかに 甦って参ります。

幸男様の事を思い出しています時がエミバンには一番幸せを感じる刻みで

ございます。

幸薄き結婚生活の中で私も七 十二歳の誕生日を迎えます。

お迎えを頂き幸男様と同じ世界に参りました特、昔の様にエミバンの事覚え

ていて下さいますかしら。

あなたはお若くご立派な青年将校さんのお姿のままでいらっしゃいますし、

私は長い年月の苦労で昔の面影は何処にも残っていない程、姿形まで

変わったお婆さん、お逢いしましても「アンタ、誰かいのう、わし覚えがな

いがのう」とおっしゃられるのではないかと心配しております。

でも心だけは昔のままのエミバンですので何卒よろしく。

寒林様には親の代からお世話になりっ放しの杉原一家でございます。

現在も正美さんご夫妻からお目をかけて頂き感謝しております。

過ぎ去りし昔を懐かしみつつ幸男様にお便り書かせて項きました。

慰霊祭に参加なさる正美さんに託し届けて頂きます。目まぐるしく移り変わ

る日常生活の中で、一つでも多くの事を吸収してお側に参りました時、少

しでも多くお土産話をして差し上げたいと存じます。待っていて下さい。

直接お言葉を交わせないのは誠に残念ですけど、私の心には何時もお優

しい笑類と若き日のお姿が永遠に輝き続けています。

長い間戦場でご苦労遊ばされ平和なる日本の礎となられた御魂に心から

感謝とご冥福をお祈り申し上げます。 合掌      

寒林幸男様    エミバンより   訳者・若
女井 利治

 
 TOPへ