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昭和十七年三月四日、米第八機動部隊が南鳥島を空襲した時、空母エンタープライズから SDBの通信員として出撃し、日本軍の対空砲火で撃墜され、捕虜になったジャック・リーミング氏 (83歳、ラス・ベガス在住)が、当時同島におられた次の方々を探しています。 非常に人道的な取り扱いを受けたことを感謝して、ご本人、またはご家族の方に連絡したいとのことです。 日本軍の残酷さを聞いていたので、いつ射殺されるかと怯えていましたが、海軍の監視兵たちは非常に 親切にしてくれ、彼らとすっかり仲良くなりました。 その5日後に日本本土へ移送される時には、お互いに別れを惜しみ、住所を交換しあい、戦争が終わ ったらぜひ再会しようと約束しました。 その後彼は、横浜、大船、大阪、富山の収容所を転々とし、辛い捕虜生活を送ったのですが、戦後数 十年経っても南鳥島での親切が忘れられず、ぜひ彼らと再会したいと、切望しておられます。 当時、南鳥島に駐留していたのは、小笠原・父島のです。 ジャックリーミング氏は次のメモを持っておられます。 横浜市鶴見区市場191 |
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