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2007年9月
私の住んでいる地域の中核病院である、そして勤務先である兵庫県立柏原病院は、元は、結核療養所であった。それが、地域の救急医療を担うまでに大きく中心的な存在を占め、多くの優秀な医師が働いていた。 私は、神戸から地元へ帰ってきて、昭和60年から採用になり、現在に至っている。 若い研修医も多く働き、地元の美しい看護師と結ばれる人もあったり☆ その柏原病院が、今重大な医師不足、地域の医療を担えない状態に陥っている。。。 三大疾患に罹って、生死を争うような事態になったら、住人はどこを頼ればいいのか?遠くの病院へ運ばれ、入院したら、家族はどのように患者を支えていけばよいのか?一看護師として志のある医師を求めます。。
2006,9月、家から離れたところにある畑に、栗を植えた。
みかんみかん君が好きだったみかん☆、南側の庭に植えていました。。。二年目でやっとみかんが実りだしました♪色づいたらみかん君にお供えしますね♪クリックで大きくなるよ☆
2006、9月17日台風が九州に上陸☆そして、お願いしていた稲刈りをしていただくはずの77歳の方が今年はできないといってこられた。急遽、他の方にお願いすることになった。そして、今日、昼から買っていただけたのだが・・・・途中雨が降り出して・・・なんとか終了☆


黄金の実り
(クイックすると大きくなるよ)


2005,9,10頃、義母が早いタマネギの種を蒔くそうだ



*2005年の米の取れ高は・・・農地の60%の作りで38袋
保有米に12袋・出荷20袋・お義母に3袋・芽衣子に2袋・夫の使い物1袋・・・去年は、稗で不作だったため、9月16日から早くも新米を食べることになる。
2006,9月6日紀子様が男の子を出産


義母が大根の種を蒔く。

キャベツの苗を植える。虫の薬と石灰をまいた。
有機肥料を施す

(可憐な薬草・・・ゲンノショウコ)


気の早いコスモスが・・・・


野生のニラの花、ニラといえば、韓国料理の「チジミ」を思い出す。以前神戸に住んでいた頃、隣の人が韓国の人で、チジミを頂いたことがある。大好きな料理の一つ。ニラを栽培してみようかなぁ〜


秋の実りの代表栗が・・・・
(クイックすると大きくなるよ)


野菊のごとき君なりき・・・・
野菊の墓を読んだ頃が懐かしい

しげひろさんの家の前の栗林の雑草を草刈り機でかる。(今年二回目・草はすぐ伸びる(-.-#)


人にも気の早い人があるように、花にも同様のことが・・

義母が白菜の種をカップに蒔いた。少し大きくなったら地に植える。(カップには虫の薬と土を混ぜる)
しげひろさんと家の畑の土手を草刈り機でかる。


H16,9月5日夜中0時前、地震が起きた。
和歌山辺りが一番強い揺れであったようだ。


(5角形のかたち、マルバルコウ)
H16,9月7日台風18号、凄かった。
家の瓦が10枚ほど剥がれて飛んでいった
Iさんちの鶏舎が壊れた。
70歳を越した婦人が「70年生きてきて、こんなに凄い風は初めてやったわ」と・・
翌日、屋根を修理する父と息子の姿があちこちで見られた
災害はいやだったけど良い光景だった。H17,9,7同じ日台風14号、大きなゆっくりとしたペースの台風が九州から上陸し、大荒れ、日本海の方へぬける。稲がべちゃっとこけてしまった。
H16,9月11・12日大変苦労した(・・・)稲田が
刈り取られることとなった。
家にはコンバインが無いのでいつもお願いする70歳を越した農夫の方にお願いする。
最近はできあがった籾の袋を持つのは私の方がよく持てる様になっている
いつまで頼めるかなぁ〜と思う。
9月の空

H16年、今年の稲作は「踏んだり蹴ったり」の終末であった。いつもの収穫は35袋から40袋くらいあるところなんと29袋そのうち屑米が4袋という成績であった。。。。でも、台風で凄い被害を受けた農家や果樹園の経営者の方々に比べれば、わたしんちは、草取りの農薬をちゃんとやっていなかった結末、自業自得とはこのことを言う(/_;)
大きくなるよ夕陽をあびて・・・(クイックすると大きくなるよ)

義母が大根の種を蒔いていた。9月15日ごろタマネギの種を蒔く。今年は、義母が弟さんにお願いしている。種を蒔いて、軽く土を被せて、有機肥料を少し蒔くそうだ。
こんなかわいいミニ朝顔みたいなお花が・・・

畑仕事は、現在義母が技術的なこと、私が後始末や草引きを担当している。
西瓜の後を片づけ、そこに白菜の苗(カップに蒔いていたもの)を植えた。
肥料をまいて、整備しなくてはならない。
9月の末、だいぶ涼しくなってきた・・・(萩の花・・クイックすると大きくなるよ)