SIS(United Kingdom)

 大英帝国が誇る諜報機関、それがSISである。

 SISには、大きく分けて二つの部署がある。MI5とMI6で、その前身は軍事情報部の第五課と第六課であり、名称の由来MI(ミリタリー・インテリジェンス)はここからきている。さらにこの二つの部署からいくつかの組織と部署が枝別れしている。
 
 MI5は英国国内で行動する外国のスパイ(冷戦時は主として共産陣営)の摘発や、国家機密の漏洩阻止などの防諜活動を主任務とし、国内で活動するIRAやアラブ系テロ組織の情報収集や取り締まりも行っている。日本でいうところの警察庁公安部や公安調査庁にあたる組織である。
 MI5は建前上、逮捕権限が与えられておらず、スパイやテロリストの摘発・逮捕の際にはロンドン警視庁保安部に依頼し、ロンドン警視庁の刑事たちが逮捕を行う。
 そのためか、MI5には多くの警察官が出向している。また、事務を取扱う職員に女性職員が多いのもMI5の特徴でもある。

 北アイルランドでのIRA絡みのカウンター・テロ任務には北アイルランド警察、アイルランド共和国のダブリン警視庁特別保安部、英国陸軍SAS、陸軍情報部とも連携してこれにあたる。

 そして、MI5最大の敵はソ連の情報機関、KGBと赤軍情報部GRUだが、ソ連崩壊後はIRA過激派やイスラム原理主義者のカウンター・テロ任務に移りつつある。

 MI6はMI5とは対照的で海外での情報収集と諜報活動を担当する。映画007のジェイムズ・ボンド海軍中佐もMI6に所属している。
 前大戦中はナチス・ドイツへの諜報活動を行い、ドイツ国防軍情報部アプヴェールやナチス親衛隊保安部、ゲシュタポと渡り合った。米OSS(後のCIAの前身)やSOE(英国の特殊作戦を執行するための部署)とも連携して、ヨーロッパ大陸のナチス占領地区における連合国側情報網の成立にあたった。

 MI6最大のライバルはソ連KGBで、冷戦時には米CIAや西側諸国の情報部と連携し、敵対する東側の情報部と諜報合戦を繰り広げた。特にCIAとの繋がりは深く、両機関の間で情報交換が頻繁に行われた。

 しかし、1962年には情報部員であったキム・フィルビーがソ連のスパイであったことが発覚し、大きなスキャンダルを巻き起こしたことがあった。彼は第二次大戦中から英国の機密情報をソ連側に流し続けていた。
 フィルビーは英国情報組織の上層部に位置し、ソ連側に浸透したMI6のスパイの名前を知る立場にあったのと同時に、英国側に浸透しているソ連側スパイを保護できる立場にもあった。ソ連にとってこれほど都合のいいスパイはいなかっただろう。
 また、フィルビーはワシントンの英国大使館に勤めていたこともあり、アメリカの国家機密でさえもソ連側に流していた。

 フィルビー事件はCIAとFBIが警告を発し、MI5が調査に乗り出したことで発覚し、身の危険を感じたフィルビーはソ連に亡命。この事件によってSISは大きな打撃を受け、ソ連に浸透したスパイ網はほぼ壊滅したと言われている。

 そして、フィルビーの後もバージェス、マクリーンなどSIS上層部に浸透したソ連スパイが次々と明らかにされ、今だにSIS内に第四、第五の男がいると囁かれているという。ソ連崩壊後も、新生ロシア情報部との諜報合戦はいまだに続いているのだ。

 冷戦終結後は、他国の情報組織同様に縮小されつつも、経済関連の情報収集や、バルカン半島での諜報活動にシフトしつつある。